« November 2013 | Main | January 2014 »

2013年回想 青い鳥を追いかけた年

 2013年も師走、もうすぐ終わりとなります。こんな師走にAbeさんが靖国を参拝し隣国の2国から非難を受け、八方美人のオバマさんも、新任駐日大使のケネデイ女史も最初の試練に遭遇している。

 私の生きた戦後67年の敗戦国日本は歴史上珍しく平和な時代だった。こんなに長期間戦争が存在しなかった近世・現代史は世界でも稀だった。この期間、日本は外国に出向き他国民を殺害した事は無かった、これは誇りだと思います。一部、過激派が海外でテロを起こしたが、国家が殺人を行った事は無い。これからも、このように武器は輸出しない、他国民を殺さない、国内は何でも言える自由な国でありたい。

 このような日本に対して今でも軍国主義の国だとか、とやかく批判し国内政治をまとめる隣国が存在する。そうすると、日本国内でもタカ派が成長してくる。緊張を隣国に迫れば否応なく武装せざるを得なくなる。世界の警察を自負し軍需産業が大きな経済基盤になっているアメリカにとり東アジアの緊張はアメリカの国益となる、と考える兵器産業の人々は存在するでしょうね。

 嫌な世の中の到来を予感させる匂いが漂い始めている。世界第一の経済大国を目指す隣国は14億人の経済を支える為に資源が必要だ、海洋資源を求めると目の前に日本列島の防波堤が海洋進出を許さないように立ちはだかっている。何としても、太平洋を支配するアメリカと話し合い一部の海洋資源を独占したいと考えているかも知れない。

 しかし、本当に海洋資源なんて存在するのだろうか、そして、存在したとしても経済的に成り立つ世界なのか疑問ですね。海底8千㍍からどうやって資源を採掘するんだろうか。大陸棚ならそんなに深くないだろうが、資源が存在しそうな父島あたりは深い海でプレートが衝突している場所だ。宇宙開発より、深い海の開発の方が国益にかなうかもしれないが、簡単そうでも無い。

 しかし、67年間も何故、日本は戦争の無い平和な世の中だったのだろうか。安全保障の面では日米安保条約が歴然と東アジアの平和に貢献したのではないか。日本が戦前のように軍国主義に走りアジアの国々に軍事脅威を与える心配がないようにアメリカが保障した。そんなアメリカも中東やアフリカや世界各地で起こる紛争で体力も精神力も消耗してしまった。

 日本の平和を守る為にアメリカだけに頼る事は難しい時代が到来している。そんな予感がしている。しかし、そもそも国の安全保障を他国に頼るなんて幻想だったかもしれない。戦国時代の大名ならもっと利口に立ち回ったかもしれない。戦後67年間、日本は韓国をはじめ中国やアジアの国々、それ以外の国々に対して経済発展や教育発展の為に大きな貢献をしてきた。製鉄所の建設や道路、産業インフラ整備、教育施設の建設や先生の育成、中国からも毎年数百人レベルの指導者を招待し教育した。

 この民間レベルを含めた交流の根は簡単に切れない力となると期待しています。ソウルでW坏の開会式とフランスvsセネガル戦を観戦したとき、見も知らない隣に座る韓国の家族に大変に御世話になりました。私は一人でしたので、巻き寿司をくれたり、いろんな食料を下さり、あたたかい「おもてなし」を受けた経験があります。これで、韓国と日本の将来は明るいと思っていました。

 今は、毎日、早朝から完全装備に身を包み『青い鳥』に出会える事を楽しみに鶴見川の河原にでかけ寒さと戦っています。大きな温かな手袋だとシャッターを切れないし、各種ボタンを操作する必要からウス手の手袋で頑張っています。足の指先が凍えそうに寒く、靴下を2枚履いても寒い。

 懐に暖かいミルク紅茶のペットボトルを抱いて、ポケットには非常食の柿の種やチーズを持っている。この河原で今年、56種類もの野鳥の撮影に成功している。他の場所を含めると85種類の野鳥の撮影をした、本当に「青い鳥」を追いかけた1年だった。 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

日本古代史と椿の関係

 先日、日本酒の製造に関するテレビ番組を観ていたが、日本酒製造の根幹である米麹(米偏に花)の製造に椿の葉を焼いた灰が重要である事を知りました。

 参考 種麹

 此処で椿と古代史の深い関係に触れてみたいと思います。縄文時代から弥生時代の変化は稲作だと考えられています、その稲作を普及させたのは海人(アマ)族だと推測されている。最近の研究によりかなり急速に列島に稲作は普及したらしい。縄文文化は食料を山の幸や海の幸、河の幸という沢山の資源に根ざし安定した文化・文明でした。

 古代史研究家にとり何故、急速に列島に稲作が普及したか謎でした。早稲田大学で考古学を学んでいた頃(62歳の頃)、高橋先生が米から製造する日本酒が稲作普及の原動力だったと仮説を述べておられた。これは、非常に面白い仮説だと思いました。

 ヤマト王権発祥の地の候補である三輪山山麓、大三輪神社も酒と関係が深い。秦氏の京都の松尾大社も酒の神さまです。スサノオがヤマタノオロチを倒したのも酒でした。そして、箸墓古墳は三輪山の出雲の神である大物主に嫁いだ卑弥呼と考えられる巫女さん。其処は海柘榴市(つばいち)=椿と呼ばれ、椿の花が咲き誇る場所でした。大きな市場が成立する人々が集まる場所だった。

 大三輪神社(大神神社)は今でも酒作りの人々の神さんでもあります、そこに、日本酒製造で欠かせない『こうじ菌』培養で必要な椿が必要でした。大物主は出雲の神さん、どうも奈良盆地に稲作を伝えたのは出雲の海人族だった。日本酒文化を伝えたのでしょうね。今でも箸墓の近くは出雲荘があり古事記を記述した太安万侶の本拠地である多神社と環濠集落が存在する。

 更に、今でも相撲の力士さんは椿油を頭につけます。力士のルーツは出雲の野見宿禰であります、出雲と椿と酒の関係は深い繋がりがある事が判りますね。力士像は継体天皇の陵墓と考えられる今城塚古墳からも埴輪が出ています。

 この椿はどうみても南方系の植物です、海人族の人々が長江流域や南朝鮮半島から伝えたのではないだろうか。稲作と椿(酒)がセットで伝播したのではないだろうか。この日本酒を製造する技術は極秘の技術だったと思います。卑弥呼の邪馬台国連合もヤマト王権も稲作と日本酒製造の極秘技術を独占出来たから政権を取れたと考えられますね。

 箸墓古墳にも存在する吉備発祥と考えられる特殊器台の上に搭載された壺には日本酒が満タンに満たされ、祭りが開催されたと考える面白いと思いました。考えてみると豊作の秋祭りは、本当は酒の原料が獲れる祝いだったと考えるのは不謹慎だろうか。

蛇足ながら、現在の清酒が出来たのは江戸時代末期に偶然に反逆者が醸造中の濁り酒に灰を投入し偶然に出来たものだと、聞いていた、しかし、何故、反逆の若者が灰を投入したのか理解不明でしたが、今考えると、身近に麴製造に椿灰が存在してたのですね。これで、謎は解けました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

JoBlog累計280万アクセス

 ニフテイのココログはもうすぐ10年目だそうです、私も来年の3月が来ればJoBlog開設10周年を迎える事になります。今日調べるとJoBlogが累計アクセス数: 2700151を達成し、最近は鳥撮や紀行記事と写真を掲載しているインデイヒストリーが累計で130433となり約283万アクセスとなりました。

 このココログを始めたのは京都の友人であるMuBlogの旦那に勧められ、その後、ふうてん老人も参加され、三人で助け合い此処まで来ました。途中からは、奈良のほかもどりさん、旧友の蝦夷地のてっちゃんにも励ましを受けて継続して来ました。

 2年ほど前に京都のMuBlogの旦那と一緒に古代史・邪馬台国関連のブログを始めようと企画し、ニフテイさんの御協力を得てインデイヒストリーというココログを始めようとしました。しかし、肝心のMuBlogの旦那が本年7月に急逝され、それもかなわぬ夢と成りました。従い、今は亡きMuBlogの墓標として毎日、鶴見川の鳥の写真をインデイヒストリーには掲げています。

 JoBlogも10ギガの容量を超過し、10年間継続したJoBlogも、しおどきが来たと感じています。古代史関連の記事を書いても、喜んでくれる京都のMuBlogの旦那がこの世にはいないので気力がでないのです。関西に帰省の度に二人で古代史の現場を訪問し、古代の歴史に夢をはせた時代は終わったような気がしています。

 先日、テレビ番組でポーランドから来たマッチョな身体をした男性が40㌔の荷物を担ぎ、日本の戦国時代の歴史現場を訪問する姿が放映されて驚きました。関ヶ原の古戦場を訪れテントで野営して現場を自分の目で確認しビデオを撮影しポーランドの友人たちに報告する映像を作成していました。日本人よりも日本史を愛するマッチョなポーランド人に拍手を送りたい。YouTubeを探せば彼のホームページを探す事が出来るかも知れない。

 もう彼ほどの元気が無いが、一人でも頑張る事は出来るかもしれないと、勇気をいただいた番組でした。最近は殆どテレビを観ないですが、たまたま、いい番組もあると思いました。

 さて、この1年は鳥撮を本格的に始めた年となりました。2年前頃からウオーキングの途中で300㍉の一眼レフのカメラで鳥の撮影を始めていたのですが、今年の2月末に、鶴見川の河原で鳥撮の師匠と出会う事が出来、500㍉の超望遠レンズ、三脚、本格的な一眼レフカメラ購入と初期投資をい行い、師匠の指導の元に鶴見川で鳥撮を始めたのです。

 毎日毎日、早朝から2時間程度鶴見川の特定の一ヶ所の場所で定点カメラの要領で鳥を中心に撮影を継続しました。最近はもう一人仲間が増え、三人で鳥撮を行っています。撮影内容は毎日、ブログにアップする事にしています、ブログはインデイヒストリーというブログです。このブログは先ほど御説明した通りMuBlogの旦那と一緒に古代史を扱うブログとして計画を進めていたものです。

 インデイヒストリーに掲載された記事はヘッドラインの地域、『日本』をクリックし、『関東』を選択すると過去の記事や鳥の写真を観賞する事が出来ます。最近は『北海道』でも千歳川の鳥を掲載しています。暇な時に御参照下さい。

 今年1年の鳥撮の総括をしたいと考えていますが、なかなか時間がなく実現出来ていません。1年間で鶴見川の特定場所(中流域)でどれだけの鳥を撮影したか、どんな事件があったか、大倉山の山の上はどうか、北海道の北広島・千歳川の鳥たちは、海外旅行や国内旅行で出合った鳥たちは誰か。できれば整理したいです。

| | Comments (0)

« November 2013 | Main | January 2014 »