« September 2013 | Main | November 2013 »

第20回『G4の会』 会津紀行(目次編)

 2013年10月22~23日の期間、第20回『G4の会』 会津紀行が行われました。残念ながら、磐梯山の登山口である八方台登山口まで行きましたが、雨と霧で登山を断念し、裏磐梯の五色沼散策、磐梯山噴火記念館、桧原湖遊覧、翌日は『八重の桜』の舞台となった、鶴ヶ城、飯盛山・白虎隊関連遺跡を訪問しました。

 最後は飯盛山近くの美味しい蕎麦屋さんで打ち上げとなり、今回の合宿を無事終了した。

 ・第20回『G4の会』 会津紀行(1) 五色沼編

 ・第20回『G4の会』 会津紀行(2) 鶴ヶ城編

 ・第20回『G4の会』 会津紀行(3) 飯盛山(白虎隊自刃場所)

 ・第20回『G4の会』 会津紀行(4) 磐梯山噴火記念館編

 ・第20回『G4の会』 会津紀行(5) 桧原湖・猪苗代湖眼下のホテル

| | Comments (0)

台風26号襲来

 台風26号が関東を襲来するというので、朝の4時頃から起きて台風の状況を観察。

大倉山の自宅付近は、それほどの風も雨も強くない。鶴見川が心配なので定点カメラを観ると凄い事になっている。

000048730

 普段はこのように、鳥山川手前と鶴見川本流が合流する地点ですが、対岸の護岸工事をされた畑と森(鶴見川の堤防の内側に存在)も映っている。それが、今日の朝6時頃の状況は

Cam_kamenoko

 こんな按配で、私が撮影する場所は水面下である。昔から、鶴見川は氾濫する川として有名だったようです。最近は遊水池の建設や、治水工事が進み氾濫する事は無い。

S_185828

 夏の撮影場面を師匠さんが撮影して下さりました。師匠は現在、手術で入院中です。

 台風で今日のFsolの役員OB会も中止だそうです。週末は、赤とんぼの秋合宿が白馬村で開催予定です。今回は、富士川の清ちゃんと、メインシェフのワコちゃんが参加出来ない。淋しい限りです。

 最近又、大倉山の山頂にある図書館に通うようになり、本を借りて読んでいる。上田正昭さんの『私の日本古代史(下) 『古事記』は偽書か 継体朝から律令国家成立まで』と、中西正幸さん編『伊勢の海と神宮 二見ヶ浦の神々』の2冊です。

 そのうち、読書印象を記録する積りですが、中西さんの本によると、伊勢の語源は磯だという説が印象深いです。岩だらけの浜を磯と呼ぶそうですが、その音が変化し『イソ』→『イセ』となったそうです。だから、石と書いてイソと読ませる事がある。石上神宮もそういえば、イソノカミと読みますね。海人族である阿曇族が開拓した磯なんですね、隣の渥美半島も元来は阿曇半島で、ヤマト王権が進出すると、伊勢津彦(伊勢の湊の勇者)がヤマト王権に土地を譲り、自分は信濃に移動したという。

 思うに、海人族の血を引く大海人皇子(おおあまのみこ)=天武天皇が壬申の乱を制する事が出来たのは伊勢神宮のお陰、東国に拠点を築いていた阿曇族の末裔を束ねる事が出来た。伊勢神宮の始まりは大海人皇子に依る所大なんでしょうね。

| | Comments (0)

少年の宝物

 先日テレビで神戸の灘の小学生が古墳公園で拾った青銅鏡の破片を宝物として大事に4年間しまっていたという。それが、西求女塚(にしもとめつか)古墳、3世紀後半頃に埋納されていた中国製、紀元1世紀頃の画文帯神獣鏡の一部である事が判明した。

 少年の宝物は本当に重要文化財だった訳だ。私も子供の頃から周囲の古墳を歩き、土器の破片を宝物としてきた事もあり、少年の気持ちに拍手でした。そして、市に寄付したというので安心した。素晴らしい少年だ。

 NHKニュース 少年の宝物 実は重要文化財

 参考 西求女塚古墳(文化遺産オンライン)

 実はこの古墳については、以前に記事を書いています。東西に3個並んで建造された前方後方墳は万葉の時代から真中の処女塚古墳に埋葬された姫さんを東西の二人の男性が競い、三人とも悲劇の死を遂げたという悲恋物語です。

 過去記事 古代河川交通で栄えた湊(4) 処女塚古墳と五色塚古墳

| | Comments (0)

67歳

 先月末、誕生日を迎え67歳になりました。あと10年生きれば親爺と同じ歳、この世で過ごした事になる。出来れば7年後のオリンピック、観れるでしょうか。20年後の伊勢神宮の遷宮は無理でしょうね。

 毎日、早朝に鶴見川に出かけて鳥や野生動物・昆虫も含めて撮影しているが、毎日異なる表情の鶴見川である。今日は堤防の草が国土交通省の指示でしょうね、綺麗に刈られていた。近くの堤防で陽が昇ると業者さんが堤防の草を刈っていました。鳥は敏感なので、これでは鳥は来ないと思い早々に河原をあとにした。

 昨日も今日も、蚊取線香を焚いて蚊の襲撃から身を守っている。蚊は10月7、8日というのに健在である。黒い網の目の手袋をしていると、蚊に刺されるが、白い手袋だと蚊に刺されない。黒い靴下も危険で蚊に刺される、白い靴下なら大丈夫である。

雨具を上下に着て、首にタオルを巻き、帽子を被り殆ど生身が出ていない状態でも、蚊に刺される。蚊取線香を2本焚くと流石に蚊は近寄らないようだ。

 蚊取線香と言えば、子供の頃、北河内の招堤村(しょだいむら)に住んでいた頃、除虫菊の生の草を燃やして煙を充満させて蚊を退治していた記憶があります。寝る時は勿論、蚊帳を吊り寝ていました。蚊帳に入るのがとても楽しみだった記憶があります。部屋の隅に蚊帳を吊るフックがあり、蚊帳を吊るのですが、入る時は慎重に蚊を一緒に中に入れないようにしていました。

 ホタルを蚊帳の中で飛ばすような事もしていましたね。当時は庭に沢山のホタルが飛んでいました。庭には沢山の鶏が小屋に居り、イタチから守っていました。

 昨日、67歳になったのでアメリカの年金を申請に近くの年金事務所に出かけた。62歳か63歳の頃に年金事務所で67歳から満額貰えると聞いていたが、私の記憶違いで66歳からだったようです。僅か3年半しかアメリカに駐在していなかったので僅かな額だと思います、半年後には給付を受ける事が出来るそうです。

 最近、感動した事と言えば女子ゴルフの最終日の最後のホールで長い下りのロングパットを奇蹟的に決め優勝した宮里美香選手でした。久しぶりに、ゴルフの番組をテレビで観ていたのですが、感動を受けました。やはり、米国で過酷な戦いを毎日している選手は違うと思いました。

 今月は行事が多いです、週末の土曜日は正木さんから頼まれた船上の音楽会、そして、昔の職場であるFSOLの役員OB会が新橋で開催、赤とんぼ秋合宿もあり、そのあと、直ぐに爺さん4人の温泉&山歩きの旅があり磐梯山に登山の予定です。忙しいですね。

| | Comments (0)

横浜に帰還しました

 今回の突然の関西への帰還は義父の妹さんの葬儀に出席する為でした。場所は世界的にも日本が誇る自由都市だった堺でした。折しも市長選挙と重なりました。やはり、予想通り自由都市の精神が綿々と堺衆には残っている事が判りました。

 火葬場に行く途中、大仙古墳(伝・仁徳天皇陵)の雄大な古墳群を眺める事が出来ました。5世紀、此処は世界に開かれた国際貿易湊だった訳ですね。故森浩一先生の話ではラグーンが上町台地の海側に沿って形成され、湊として利用されていたそうです。そうそう、河内湖の水を瀬戸内海に逃がす為に仁徳さんは上町台地を横切る人口の運河(大川)を掘削し巨大な河内湖に水田を開墾したと聞いていました。

 百舌鳥古墳群と古市古墳群は世界に誇れる巨大歴史建造物(古墳)を擁する場所なんですね。世界遺産の登録が待たれます。

 昨夜、伊勢神宮では御神体の八咫鏡(やたのかがみ)が古い神殿から新しい神殿に遷宮されましたね、所謂『遷御の儀』です。天武天皇の時代より伊勢神宮には天皇の娘を齋王として仕える慣習が出来たのですが、その名残か、昨夜の遷宮では元、紀宮清子内親王が臨時祭主としてお姿を拝見しました、齋王制度の名残りでしょうか。

 齋王と言えば、赴任するときに柄の部分に『トキ』の羽根を飾った鳥装太刀を持参する必要があったそうです。今回も20年に一度の遷宮で『須賀利御太刀(すがりのおんたち)』が新調されたそうです。2週間前に丁度、佐渡を旅行し『トキ』と出会えており、その事は現地で知らされていました。

 しかし、熱田神宮には草薙剣が御神体として祭られており、皇室のレガリアの2個が皇居に存在しないと言うのが不思議ですね。

  今回、帰省時、1日暇が出来たので、宇治の平等院が新調されたと勘違いして出かけましたが、未だ修理中で見学出来ませんでした。しかし、応神天皇が一番愛した息子で和邇氏のお母さん、木幡在住で宇治天皇になったという記録もある兎道稚郎子(うじのわけいらっこ)の古墳を訪問して来ました。別途、記録を残す予定です。

| | Comments (2)

« September 2013 | Main | November 2013 »