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関西に帰省します

 家内の親戚に不幸があり、暫く関西に帰省致します。10月3日頃には横浜に戻る予定です。

 急に朝夕は涼しく、河原ではウインドブレーカーを着て撮影をしています。すっかり冬の様相を河原は示しています。これから、冬鳥の季節です、楽しみが継続しますが、暫くは、鶴見川ともお別れです。

 師匠も手術入院が予定されており、二人とも不在の鶴見川が暫く継続しそうです。

来月は、赤とんぼの秋合宿やG4の会の磐梯山登山紀行が待っています。

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明日から佐渡旅行

 今年は壱岐に行き、今度は佐渡島です。初めて佐渡を訪問する事になります。日本海に浮かぶ標高千㍍を超す山を持ち且つ稲作が出来る大きな平野を持つ海洋交易の国というイメージがあります。

 奈良時代から国として認められ国司が赴任していたと聞いています。佐渡おけさは海洋民族が伝えた芸ですね。政治犯の流刑地としても有名でした、世阿弥が流された事は有名ですね。江戸時代は金山で有名、世界最大の金産出地として知られました。

そして、芭蕉が歌った、『荒海や 佐渡に よことう 天の川』昔、学校で習いましたね。この歌の解釈はいろいろとあるようですが、荒海と聞くと人を寄せ付けない流刑の最果てというイメージが湧きます。芭蕉は佐渡の枕詞を創造したのかも知れませんね。

 どうも、先日から風邪もようで今日は鳥撮も止め一日中風邪薬と喉のうがい薬で静養した。明日は大丈夫だろうと推測している。何せ、佐渡で『たらい舟』に乗らねばならない。

 ・たらい舟

 これ、子供の頃に一寸法師の絵本でお馴染みですが、舟として何処に行きたいのか不明の構造であり、むかしから疑問である。

 昨年か、一昨年にベトナムの中部、昔のチャンパ王国が栄え東アジアの貿易港として栄えたフエ、ダナンを訪問した時に何と、海岸で大きな『たらい舟』が幾つも海岸に干してあったり、人々が乗船していた。どうも、佐渡というか、日本列島の『たらい舟』は南方のダナンあたりから伝播したと今では推測している。

 構造的にも胴廻りを竹の材料を使用するので、明らかに南方系だと考えていいでしょうね。モンゴル草原に竹は存在しないでしょう。今回、初めて『たらい舟』挑戦です。

一寸法師やかぐや姫の物語は列島では南の海洋民族である隼人が南方の交易から得た知識ではるか、日本海の越の国まで伝えたのでしょうね。

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北海道から帰還しました

 本日、昼頃に羽田に到着しました。約1週間の北海道は北広島の孫たちと遊んで参りました。生憎の天気でしたが、昨日と今日の早朝は野鳥の観察が出来ました。自転車で10分も走れば千歳川の近くの遊水地が沢山ある湿地帯があります。

 沢山の野鳥達と遭遇できましたので、今後、整理して御紹介したと思いますが先ずは数回に分けてダイジェストを報告したいと思います。

 千歳川散策 『コヨシキリ』と『ホオジロ』ダイジェスト

 孫が年少組で爺婆の参観日があり、参加して来ました。楽しかったです。下の2歳の孫が手足口病にかかっていましたが、今日別れる時には随分と回復し、安心しました。

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第19回 『G4の会』 上高地・西穂・乗鞍岳紀行(目次編)

 2013年7月14日~16日の期間、第19回 『G4の会』 上高地・西穂・乗鞍岳紀行が開催されました。私は体調を壊し残念ながら参加出来ませんでした。

大岩さんの記録メモと小島さんの写真をもとに記録を残す事になりました。

 ・第19回 『G4の会』 上高地・西穂・乗鞍岳紀行(1) 上高地編

 ・第19回 『G4の会』 上高地・西穂・乗鞍岳紀行(2) 西穂独標編

 ・第19回 『G4の会』 上高地・西穂・乗鞍岳紀行(3) 乗鞍岳編

 記念すべき第20回 『G4の会』は磐梯山を10月に計画しています。

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2020年 東京オリンピック開催

 何時ものように、早朝起床し野鳥観察の準備をしようとテレビをつけると、イスタンブールか東京かと騒いでいる。あれ、マドリッドで決まりではなかったのかな~と予想していたのが、大外れ、何とイスタンブールが残っていた。噂というのは本当に当てにならないものだと思う。

 汚染水問題で東京は厳しい状況となり、且つ、お隣の韓国がタイミングよく関係ない群馬県の水産物(群馬県て海に面していましたかね)まで輸入禁止処分を発表し東京開催妨害とみられてもしかたない政治的な動きをした。私は韓半島の歴史と文化を尊敬し日本の古代の歴史に多大な貢献をしてくれた誇りある民族だと信じています。

 しかし、最近、突然に前大統領が竹島に上陸したあたりから何が韓国で起こったのか不思議だった。前大統領は日本の大阪で生れ、大阪で育った日本をよく理解する人であり、韓国では歴史的に無視された百済の歴史に光をあて、大百済展を開催し百済の都の建物を復元し、百済の歴史に韓国内部から光をあてた人でした。一体何があったのか、今でも不可思議です。

 私はかの大戦を知らない戦後生れ、もう戦争から67年も経過した、殆ど戦争を知らない戦後生れの中国人や韓国人、そして日本人です。未来志向で隣近所はつきあわないと何もいいことは生れない。日本の政治家のお陰で隣近所付き合いが出来ないなら、そんな政治家は国益に反する政治家だと思う。韓国でも、中国でもそうではないでしょうか。

 東京オリンピックは7年後、私は生きていれば74歳だ、2度の東京オリンピックを経験する事になる。幸せな限りです、あの新幹線がオリンピックを目標にしたと記憶している。2020年にはリニアモーターカーを東京から富士山まで走らすのでしょうか。ついでに、スイスのように富士山山頂近くまで運んでくれないでしょうか。

 2020年までに福島原発事故の復旧、東北の被災地の再建、これをちゃんとして、オリンピックを迎えないと世界に恥をかくことになるでしょうね。目標が出来ると日本人は強いと思います、7年後を目指して私も頑張って生き延びようと思います。韓国や中国の人々も喜んで日本に来て頂けるような、アジアを代表して開催しているという意識でやれればいいと思います。

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宮崎駿引退

 町工場の職人が引退会見をした。本人がそう言いました。

 文化的なアニメーション映画と町工場をどう理解すればいいか、海外のメデイアの人々は当惑しているだろう。しかし、此処に、日本の伝統的な鳥獣戯画から連続する深いアニメーションや漫画の伝統を感じる。

 昔、日本では文字を理解出来ない人々が多く存在した、その人々に深い話を伝える手段として、巻物に連続する絵を描き細かい内容を伝える文化が生れた。源氏物語絵巻などは、先週Eテレで勉強したが、登場人物の細かい精神状態を色んな描画手法を駆使し、表現しようとしてる事を学んだ。

 これは、日本だけでなく海外でも教会や博物館を訪問すれば判るが、一般大衆にキリスト教を伝える絵巻物のようなものを散見した。世界共通の発想なんだけど、日本では何故か現代の宮崎駿に繋がる漫画やアニメーションの文化を育んだ。

言語で伝えるのは正確だし、間違いが存在しない。しかし、絵や絵巻物にすると観る人のイマジネーションが重なり、色んな解釈が生れてくる。どうも、日本人には信貴山縁起や源氏物語絵巻や鳥獣戯画の方が一般大衆の心に染み込んだ文化となったのではないだろうか。

 江戸時代の浮世絵も広重の絵は大胆不敵、凄まじい動きがあり、動画をみているようです。綿々と日本人にはこのような『作り手』と『受け手』の素晴らしい切磋琢磨が蓄積されたのではないだろうか。

 宮崎さんが最初居られた、東映動画、当時は月岡貞夫さんという『狼少年 ケン』を製作した大御所がいた筈です。私は梶山君の紹介で何回か月岡さんとお会い出来、アニメーションの基本について御教授して頂いた。その頃、東アジアの昔話のアニメーション番組を制作しようという企画があり、私も少し関係させていただいた。この世界には素人ですが、日本人の深い伝統の力を感じておりました。

 芸術家に引退は無いといいます、しかし、宮崎駿の映画製作の手法では肉体的・精神的な限界が存在するだろうと同情します。

先日、横浜の映画館で観た『風立ちぬ』これが、最後の作品となりました。本当に御苦労さんでした。

 

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富士山周遊紀行 感想

 世界文化遺産に登録された富士山とその周辺、今回、白糸の滝、朝霧高原、本栖湖、精進湖、富岳風穴、西湖、富士スバルライン、富士山五合目・小御嶽神社、河口湖、北口(きたぐち)本宮富士浅間神社、忍野(おしの)八海、山中湖と巡る旅でした。

 参考 富士山周遊の旅

 富士講

 ガイドさんの話では、世界最初の旅行会社は日本の『講』という組織だそうです。伊勢講、富士講、熊野講、御嶽講、白山講、・・・・・・等々と室町時代から存在するそうです。

 簡単に私の理解する範囲で説明しますと、神聖な山の登山口には神社があり、その神社の周りに宿坊を備え御師(御祈祷師の略)と呼ばれる、百姓と神官の中間に位置するような旅行会社の従業員みたいな人々が存在する。彼らは、地方を廻り各地の村に○○講という無尽のような金を集める組織を作り、毎年、村人から集めた金を使用し、富士山を参拝旅行出来る人を撰んだ。

 御師はそれらの人々を無事に富士山参拝に添乗員として付き添い、御師が手配する宿を利用し、浅間神社のお札を村人全員の分を貰い、村に帰る楽しいツアーだったそうだ。そういえば、伊勢神宮を参拝した時もそんな御師の話(伊勢講)を聴いた。精進落としという名の遊郭もこれらの名所近くに栄えたのも事実だそうです。

 参考 お伊勢さん参拝記(目次編)

 日本人は昔から団体旅行が好きだったという話ですが、土地に縛られた百姓が土地を離れ、他の土地を見聞するなど幕府側は心配だったでしょうね。従い、管理された団体旅行しかも信仰の名のもとだけを許可し通行手形を発給したのかも知れない。これも、藩毎差異があるでしょうね。

 忍野八海という場所はガイドさんの話では、土地が溶岩だらけで痩せていて、稲作などは程遠い貧乏な村落だったそうです。しかし、富士講のお陰で御師という職業が成立し、『御師の八海』がなまり、現在の忍野八海となったのではないでしょうか。

 ところで、世界最古の旅行会社という話ですが、私は十字軍以降のテンプル騎士団の方が古いのではないかと推測しています。彼らは聖地エルサレム巡礼の為に参詣路の安全保全や為替の発明、等々行い、欧州の多くのキリスト教徒が無事にエルサレムに参拝旅行できる仕組みを作り、各地域の商業を保全し巨万の富を蓄積したと、スペイン・ポルトガル紀行で知りました。

 ともあれ、日本でも古い時代から旅行をする人と旅行会社が存在した事は事実のようですね。富士山の複数の登山口には浅間神社が存在し、富士山山頂のお釜に投げられたさい銭の分配を巡り争いがあったそうです。

最後に、忍野八海は冬の季節も写真家にはとても人気があるようです、一度、雪が積もる冬に出かけてみたいと思いました。

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