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ジャワ島・バリ島紀行(3) ジョグジャカルタ 王宮(クラトン)

 承前 ジャワ島・バリ島紀行(2) バリ島世界遺産 棚田

Photo

 ジャワ島・バリ島のグーグル衛星写真です。今回の旅は成田からジャカルタ空港に飛び、国内線に乗り換えジャワ島のジョグジャカルタが第一の訪問地でした。そして、二日後にバリ島に飛び、デンパサールで二泊する旅でした。

 ジョグジャカルタは特別州だそうです、日本の敗戦後、直ぐにインドネシアは独立戦争を起こしますが、オランダとの戦いでジョグジャカルタの第9代スルタンが独立戦争に大いに活躍しインドネシアの独立を実現させたそうです。従い、独立後もこのジョグジャカルタは特別州として認められ、スルタンは知事に任命されているそうです。

 現在は第10代スルタンが存在し、現在もジョグジャカルタの王宮に住んでおれらます。今回はその王宮(クラトン)の訪問です。

 マイフォト ジョグジャカルタ 王宮(クラトン)写真集

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ジャワ島・バリ島紀行(2) バリ島世界遺産 棚田(Jati Luwih)

 承前 ジャワ島・バリ島紀行(1) 世界遺産『プランバナン寺院遺跡』

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 バリ島中部にある世界遺産の『ジャティルイのライステラス(棚田)』です。椰子の木が無ければ、まるで日本と同じ風景です。

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 世界遺産に登録された棚田ではフィリピンの棚田に次いで登録されました。日本の棚田も何れは世界遺産に登録されておかしくないと思います。

 

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 棚田と言えば、そういえば雲南省の羅平の棚田も美しいものでした。

 参考 中国雲南紀行その6 羅平 牛街からの菜の花畑展望

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ジャワ島・バリ島紀行(1) 世界遺産『プランバナン寺院遺跡』

 承前 ジャワ島・バリ島紀行 無事帰国しました

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 世界遺産 『プランバナン寺院遺跡』です、2006年5月のジャワ島中部地震で多くの遺跡は壊滅的な崩壊をしてしまい、日本の協力もあり現在も少しずつ修復が進んでいます。

 9世紀末~10世紀に建立されたヒンドゥー教の寺院です。中央奥の一番大きい建物がシヴァ神を祀る建造物で、向かって右側奥の建物はヴィシュヌ神を祀り、向かって左手奥の建物はブラフマ神を祀る建物です。そして、それらの建物の前に建造されている(手前に見える建物)はそれぞれの神が乗るもの、即ち中央のシバ神であれば、牛、ヴィシュヌ神の建物の前にはガルーダを祀る建物、ブラフマ神の建物の前には水鳥ハンサを祀る建物が建造されている。

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 シバ神を祀る中央の建物です。手前がブラフマ神を祀る建物です。

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 後ろがシバ神を祀る建物ですが、傾いており現在は自己責任でヘルメットを被らないと入る事は出来ません。我々は残念ながら参拝する事が出来ず、ブラフマ神殿のみを参拝する事が出来ました。

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 ブラフマ神殿の回廊から眺めるシバ神殿です、この回廊には『ラーマーヤナ』の物語レリーフが存在し綺麗な石像彫刻が残されています。詳しくは別途記事を掲載したいと思います。

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ジャワ島・バリ島紀行 無事帰国しました

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 ジャワ島の世界最大級の仏教遺跡、世界遺産『ボロブドゥール遺跡』の朝日が昇る瞬間です。朝3時に起床し4時過ぎに現地で待機しました。ムラビ山に朝日が昇る瞬間です。

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 以前に『アンコールワット』で朝日・夕日を拝みましたが、此方の方が迫力ありました。盆地の森や村には霧が立ち込め幻想的な風景が感動を一段と高めてくれました。

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 実は2010年の11月に『ボロブドゥール』を訪問する予定でしたが、10月26日に大規模な噴火が発生し上空10㌔まで噴煙があがり、火砕流が発生しジョグジャカルタ空港は閉鎖され、320人の犠牲者と35万人が避難するという事態が起こり、私の旅行もその時キャンセルとなりました。空港に火山灰が積り使用不能となったのです。

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明日からしばらく休載します

 明日から暫く休載します。

 鶴見川の潮の状況も暫くは大潮が連続し干潟が期待できないと、丸山師匠が述べておられます。と言う訳で、その間に『ジャワ島』『バリ島』に出かける事にしました。

インドネシアは初めての訪問となります、昨年か一昨年前に予定していたのですが、火山の爆発で飛行場が火山灰で使用出来ない状況となり、断念した経緯があります。

 インドネシアは昔から興味のある場所であり、飛鳥村の謎の石造物の原型が存在するのではないかという仮説もあり、面白そうです。

 もっと、面白いのは日本人のルーツがインド南東部の『タミール族』にあるという大野さんの仮説ですね。アーリア人がインドに侵略し多くの原住民の『タミール族』はインドから追い出された、一部はインド南東部とスリランカ北部に残っているが、多くは陸路と海路で東に逃れた。

 インドネシアも海路の中継地として、『タミール族』が経由した場所ではないかと推測している。そして、ポリネシア、メラネシア方面へ船をこぎ出し最後はハワイ島やイースター島まで民族は広がっていったと推測されている。

日本語で、同じ音が重複して発音する言葉はインドネシアあたりの南方の言葉だと記憶している。例えば、トボトボ、ノコノコ、コトコト、プカプカ、・・・・・数限りない。

インドネシアと言えば、『ボロブドゥール遺跡』ですね、8世紀に建造された世界最大級の仏教寺院で知られていますね。

 野鳥で言えば、バリ島に300種以上の鳥の種類と遭遇出来るそうです。インドネシアには1600種という驚愕の数の鳥の種類がいるそうだ。これは、楽しみですね、一応300㍉の望遠レンズは持って行く積りです。確かウオーレス線が近くにある筈ですね。

毎日高温で雨ばかりが予想されていますが、病気をしないように休養して来ます。

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お陰さまで250万アクセスです

 承前 お陰さまで240万アクセスです(2012年12月20日)

 2004年3月にブログを始めて9年目でしょうか、光陰矢のごとく過ぎました。お陰さまで累積アクセスが250万に到達しました。もうブログの容量も満杯で写真を掲載する事も不可能に近くなり、記事掲載の度に過去の記事を削除する必要があります。

 しかし、ココログは膨大になった記事を整理する為の編集機能が貧弱で困っています。例えば、古い過去の順から写真と記事を削除しようとしても、なかなか辿りつけないし、写真と記事の両方を削除しなければ容量が空かない。もう面倒臭くなり、何れはこのJoBlogも閉店しようと考えています。

 先日、PCデポで無理やり1テラのクラウドサービスの契約をしてしまいましたが、1年間契約で7千円程度なんですね。私はココログに毎月1千円支払っており、10KMBの容量です。ココログに9年間毎月1千円を支払い続けて来ましたので、10万円程度を支払った勘定です。

 今年は67歳を迎える訳で、そろそろ身の廻りを整理しておこうと考えています。ラジコン飛行機も部屋の中に未だ沢山残っています。赤とんぼの岩ちゃんは、思い切って飛行機やヘリコプターの整理をしたそうです。部屋がすっきりして毎日クラシックとジャズを楽しんでいるそうです。そろそろ、何もかも、捨てる時期が近いのかも知れない。

 累計アクセス数: 2500135

  ・過去4カ月 ページ別アクセス記録

解析対象期間: 2013年1月1日(火) ~ 2013年4月2日(火)

 1.JoBlog: トップページ 4839

 2.オリエントエクスプレス イスタンブール駅 328

 3.スリランカ キャンディー街歩き: 風俗はインドと同じ 257

 4.オルセー美術館 (Musée d'Orsay): ドガ  186

 5.JoBlog: 古代海人族と鹿の深い関係  181

 6.JoBlog: 京都魔界探訪 古代の鳥辺野篇 174

 7.JoBlog: 高句麗(コグリョ) 文明      167

 8.オルセー美術館 (Musée d'Orsay): ルノワール  160

 9.JoBlog: 感謝の会 至弘さん   143

 10.オルセー美術館 (Musée d'Orsay): モネ  139

 

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『呪の思想 神と人との間』白川静・梅原猛対談集メモ

 白川静さん、梅原猛さんともに立命館で研究をされた仲である。この二人の巨匠が対談した貴重な資料が本となり平凡社から出版されていた。私が特に興味が魅かれた部分のメモを残しておきたい。中国の歴史を語る人はこの本を是非、一度は読まれる事を推奨する。

 ・中国古代の民族移動

 夏王朝が起こる以前に長江中流域に「南(なん)」と呼ばれる人々が高い文化を築いていた。苗族(びょうぞく)はその一つであるが、彼らは北方モンゴル系統で北方から湖南地方まで南下していた。これが中国では一番古い民族移動である。これを、考古学的には『屈家嶺文化』と呼びます。

 この文明は長江中流域、湖北省の屈家嶺遺跡を標準とする新石器文化であり、虹色の焼土塊の表面に籾痕がみられ、水稲中心の農業の存在が認められた。(稲作発祥)

 中国神話は殆どこの苗族から出現しており、「伏羲・女媧」も苗族の神であった。

 夏王朝とは

 紀元前21世紀~17世紀に存在した古代王朝であるが、民族的には西の遊牧民が東に移動し建国した。考古学的には仰韶(ぎょうしょう)文化、彩陶文化と呼ばれる。黄河中流域で起こり土器に彩色した幾何学文・植物文・動物文を施す。

 殷王朝とは

 夏王朝が西から東に民族移動した西方遊牧民が建国したとすれば、夏王朝を倒したのは東の山東半島あたりにいた海洋系の民族が西に民族移動し陝西省あたりまで押し寄せて建国した。考古学的には龍山(りゅうざん)文化、黒陶文化と呼ばれている。そして、殷王朝のあと、西の遊牧民が東に移動し周王朝を建国した。

 ・玉の文化(琮そう、璧へき、鉞えつ)

 良渚遺跡からは青銅器文明の前に素晴らしい玉文明が存在していたと推測される、玉の遺物が出土している。

 琮とは、腕輪ですが、時とともに大地を祀る祭器となりました。

  写真参考 琮写真

 璧とは、玉で出来た円盤状のもので真中に円孔がある。祭器と考えられる。

  写真参考 璧写真

 鉞とは、王の儀器として軍事的価値を占める。

  写真参考 鉞写真 王という漢字はこの形から生まれた

 ・青銅器は本来呪鎮(じゅちん)だった

 白川さんの話では青銅器は本来、『呪鎮』であったと述べている。

 殷の青銅器で『鐃(どう)』というのがある、大きな釣鐘の形をしたもので、それを逆さまして地中に埋める。口を上にして江南の地に埋めてあるという。これは他から出ない、墓からも出ない、全部地下からしかでない。

 揚子江を渡った、要所要所に70㌔もする大きな鐃を埋め、南方族に対する呪鎮であったと考えられる。

 之に対抗して、南方族は『銅鼓(どうこ)』で対抗した。此れは、本来は楽器であるが、音が遠方までよく届くそうだ。これも祭器となり、土に埋めて呪鎮とした。

 白川さんは日本の銅鐸も呪鎮であったと述べています。山の斜面に敵との境界線に埋め、呪鎮としたと考える。

  参考 ベトナム民族学博物館

 

 

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