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Ysさん寄稿 チョウゲンボウ

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 赤とんぼのYsさんからの寄稿です、雄大に飛翔するチョウゲンボウです。場所は埼玉方面の田圃だそうです。彼が何時も空高くグライダーを飛ばすとチョウゲンボウが縄張りを主張して飛行機を威嚇するそうです。

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 飛行中のYsさんのグライダーに並走して飛行するチョウゲンボウです。問題は操縦しながらどうやって撮影したか?です。空中戦の常識では既に上空を制圧されているので、ラジコン飛行機の方が負けでしょうね。(笑)

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北イタリア紀行 その14 コルティナ・ダンベッツォ山歩き

 承前 北イタリア紀行 その13 ドロミテ ミズリーナ湖

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 宿泊したホテルはコルティナ・ダンベッツォから山を少し登った山麓のビラ・アルジェンティーナというリゾートホテルでした。半日、近くの山歩きをしましたが、お花畑があり、ドロミテの山塊が目の前に広がり、深い森も広がり、雲上の楽園でした。

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 マイフォト コルティナ・ダンベッツォ山歩き 写真集

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週末はインドです

 昨日は北海道が強風と大雪という事で心配になり、娘にメールをしたが、大丈夫そうでした。高圧線鉄塔が倒壊し、真っ暗な街の様子がテレビで映され、娘の家はオール電化の家だから、暖房も照明も炊事もなにもかも機能停止となり、心配になりメールした。

 考えてみると、我が家は貧乏だからいまだに、石油ストーブで暖房をとり、都市ガスで炊事をし、蛍光灯で照明やらテレビ、パソコンを駆動させている。という事は、災害に強いシステムであると言えますね。更に、山登りをする人ならガソリンベースのホエーブスを持っているだろうから、いざという時はサバイバル可能である。家の中でテントを張ればよいし、ホエーブスで炊事をすればよい。

 最近、世の中が嫌になり鶴見川の中州の草むらに『方丈の庵』を結び、隠居生活をしたいとブログに書きましたね。若い頃のワンゲル生活経験者だから、特に奇妙な発想でもないと思う。この二日間、テレビで観たい番組が一つも無いのと家内に言うと、東京MXテレビで地球の歴史番組が二日間に渡り放送されるとサジェストされ、眺めていた。

 50億年の地球の歴史を眺めていると、人間の歴史なんてほんの些細な出来事のような気分になり、隠居してる暇などないと、むしろ些細な命だから、もっと精一杯生きなければ地球に悪いと思うようになった。過酷な地球の歴史の中で生命体は生きて来た歴史があるんです、それを忘れてはいけないと思いました。

 インド

 初めてインドという国を訪問する事になります、スリランカは近年に訪問したが、日本語のルーツがタミール語であると大野先輩が仮説を述べておられるので、興味があり訪問した経緯があります。インドは仏教やヒンドゥー教が生まれた由緒ある国です、尊敬の気持ちを持ち訪問する積りです。

 数年後にはインドは中国に次ぐ経済大国になるとOECDでは予想しているが、その実態はどうなのか、この目で確かめて来たいと思う。インドは中国と国境を接し領土問題も抱えているし、中国が西のパキスタン、東のミャンマー経由でインド洋に進出する南下政策を慎重に観ている。西側諸国の立場に立つ鍵となる国でもある。

 OECDが予測している各国のGDP予想は私は本当だろうかと、最近疑っている。13億の民、10億近い民を持つ国が今の儘成長するには資源が無限大に存在する事が前提ではないだろうか。火力発電所をある国が今後20年間で2千基作るなんてされたら、どないなるんだろうか。化石燃料の枯渇速度は急となり、地球温暖化は加速し、ヒマラヤの氷河が融け長江と黄河もメコン河も枯れてしまうのではないだろうか。

 経済成長を維持する為に資源を求め世界中に進出すると、どうなるか、危うい世界が予想されるだけだ。

 日本は幸い海に囲まれ、排他的経済水域では世界第6番目の国だそうですね。とすれば、この海域を国が独占して何もしないのでは勿体ないと思います。私は列島改造論ではないが、海を民間企業に開放したらどうかと思います。海を分譲し風力発電所や波動発電所や干満差発電所や養殖業、メタンハイドレード利用、深海利用産業の開発、等々の道を切り開いてはどうかと思います。

 律令制国家が出来た時から始まった土地の国有化から民間に開放し経済が発展した、今度は日本大山脈の膨大な斜面(海底から一万メートルもあるんです)を分譲し、未来の海底産業を切り開くというのは問題があるんでしょうかね。宇宙もいいけど、身近な海底の科学に日本は集中してはどうなんだろうか。

海人族の末裔である日本人、アマテラスさんも賛成してくださるのではないだろうか。

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北イタリア紀行 その13 ドロミテ ミズリーナ湖

 承前 北イタリア紀行 その12 ドロミテ ブライエス湖

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 ドロミテで一番人気のある湖がミズリーナ湖だそうです。アルプスの山々と森に囲まれた静かな湖です。

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 まるで、サウンド・オブ・ミュージックの映画の撮影現場のようなお花畑が広がり天国のような場所です。

 マイフォト ドロミテ ミズリーナ湖(Misurina) 写真集

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スコットランド オークニー諸島の巨石神殿(世界遺産)

 承前 イングランドのストーン・ヘンジ訪問記(2009年10月)

 昨夜、英国のBBCが制作した歴史、考古学に関する番組が放送された。スコットランドの北のオークニー諸島のメインランドに5000年前、即ち、英国のストーン・ヘンジよりも500年古い石器時代の巨石神殿の遺跡が存在するという内容でした。

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こんな極地に近い北海の海で何故、高度な文明が5000年前に花が開いたのだろうか、全世界が注目している。

 遺跡は南の位置に生の世界(この世)を具現化したストーン・オブ・ステネス(Stones of Stenness)という遺跡が存在する。そして、北に向かい、北の端に死の世界(あの世)を具現化したリング・オブ・ブロッガー(The Ring of Brodgar)という遺跡が存在する。この、この世とあの世の中間地点に、ネス・オブ・ブロッガー(Ness of Brodgar)という遺跡が存在するそうだ。

人々は死を迎えると、生の世界からあの世であるリング・オブ・ブロッガーに埋葬される為に葬送の列は南から北に向かい中間のネス・オブ・ブロッガーを通過していたと考えられる。

 今までは、石器時代の環状列石の文化は英国のストーン・ヘンジから始まったと考えられていたが、今回のオークニー諸島での遺跡の炭化物の放射性炭素14法により此方の方が500年も早く遺跡が作られたと考えられている。

 遺跡は3㍍の高さの石垣の壁により囲まれていたという。複雑な壁で仕切られた内部では炉が三カ所存在していたらしい。特別な宗教的な祭祀が行われていたそうだ。

そして、最大の謎はこの遺跡は牛を500頭も一度に殺し遺跡全体を破壊し消滅させたと考えられる事だそうです。ある仮説は青銅器文明が渡来し、今までの石器文明が消滅した歴史を物語っているのではないかと推論されている。

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2012年度 赤とんぼ秋合宿記録(続篇)

 承前 2012年度 赤とんぼ秋合宿記録

 Ysさんが撮影された映像をご紹介します。

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 白馬の佐ノ坂上空から撮影した白馬連峰の空撮映像の一部です。

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 佐ノ坂の雪田に4台の赤とんぼの車が縦列駐車、その傍で飛行機を飛ばしています。

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 空撮用の機体から飛行中のラジコン機を撮影した場面です。

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箱根で出会った野鳥

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 箱根旧街道で出会った野鳥です。休憩していると、鳴き声がするので見上げると土蔵の屋根に止まっていました。綺麗な色ですが、逆光でカメラも望遠ではなく、これが限界でした。

 この鳥は何と言う鳥でしょうか、不明です。私は、ジョウビタキではないかと推測しますが、此れだけの映像では判りません。

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4年振りの箱根旧街道

 承前 第一回『G4の会 箱根旧街道(江戸古道・鎌倉古道)』

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 この三人で1年振りに山歩き&宴会をして来ました。(写真は甘酒茶屋にて)

 第一回 『箱根から三島大社(箱根西坂)を歩きました』(2011年11月14日)

 今回は4年前に第一回『G4の会』で歩いた箱根旧街道の逆コース(下りの楽ちんコース)を歩き、小田原で大宴会をして閉じました。

 浦川どんは三島からバスで箱根まで行き、松林さんと私は東海道線で小田原経由箱根湯本、そしてバスで箱根まで行き、浦川さんと合流となりました。

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最近読んだ古代史関連本

 2週間に一度は大倉山の山の上の図書館で古代史関連や宗教関連の本を3冊から4冊を2週間借りる事にしている。山の登り降りで健康にもいいので、かれこれ2年程度継続している。今回借りている本は3冊で意外と面白かったです。

 1.荒神谷遺跡と青銅器(科学が解き明かす荒神谷の謎)島根県古代文化センター

 同朋舎出版(1995年11月10日初版)の本ですが、丁度、上野国立博物館で『出雲展』を訪問するので、事前に、久しぶりに荒神谷遺跡の過去を思い出す為に借りた本でした。『出雲展』では荒神谷遺跡で発掘された銅剣のうち、42本(紀元前2世紀~前1世紀)や銅鐸5個(紀元前2世紀~前1世紀)、銅矛16本(紀元前2世紀~前1世紀)の重要文化財をこの目で観る事が出来ました。

 本を読んでみて、これ等の遺物の取り上げ段階から保存処理をするのに7年も苦労がかかった事実は本を読まなければ判りませんでした。関係者苦労に敬意を表したいと思います。この本はどちらかと言えば専門家が読むものでしょうね、素人には少し専門的でした。しかし、誰が何の目的でこれ等の膨大な青銅器を何処で製造し、原材料は何処から入手し、何故、出雲の神庭に埋められたのか。この謎に迫る書物ではないでしょうか。

 2.大阪狛犬の謎 小寺慶昭 ナカニシヤ出版(2003年11月30日初版)

 小寺さんは全国の6千社に及ぶ神社を自分の足で調査し、狛犬がどうなっているかを研究された人です。狛犬は神社の参道に必ずお坐りになっている訳ではない、伊勢神宮や出雲大社、明治神宮、賀茂御祖神社、の参道には狛犬は存在していない。狛犬が設置されている神社は彼の研究では60%しか存在しないそうだ。

 一般的に狛犬は右側が口を開けた阿形で雄、左が口を閉じた吽形で雌と考えている人が多いが実際は、左右逆だったり、雄だけとかも存在するらしい。読んでいるうちに、何が何だか自分でも判らないようになりました。しかし、ルーツはやはりエジプトのスフインクスやライオンを神殿の参道に設置する考えは古代の中東諸国や中国経由や朝鮮半島経由で日本列島に伝播したんでしょうね。

 参道の置物でアンコールワットやアンコールトム、ベトナム中部のチャンパ王国の遺跡など、ヒンズー教の寺院では身体が一つで頭が複数あるコブラの像、ナーガがいます。此れと、出雲の八岐大蛇との関係について何か関係があるのではないかと最近考えています。もともとは、インド神話に存在する蛇の聖霊であり蛇神なんですが、海のシルクロードを通じて日本列島に伝播していた可能性が有ります。

 3.鳥居 稲田智宏 光文社新書(2002年10月20日初版)

 鳥居には色んな種類が存在する事を知りました。鳥居の名称ですが、柱、笠木、島木、貫(ぬき)、額束(がくづか)、楔(くさび)という部材の名前が存在する事も初めて知りました。沢山の種類はあるが、大きく分類するとシンプルな神明系鳥居と装飾的な明神系鳥居に分類出来るそうです。 

 

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2012年度 赤とんぼ秋合宿記録

 承前 2012年度 赤とんぼ秋合宿無事終了

 今回は、わこちゃんが私用で陸奥、八戸へ出かけておられ、メインシェフ不在での合宿となりました。従い料理は簡単な『おでん』と『キムチ鍋』になりました。

 横浜組は三浦さんの車に4名乗車し参加、千葉からよっちゃんの車で大岩さんも参加。Ysさんは単独で参加、山小屋管理人と清ちゃんは沼津から参加となりました。11月16日~18日の期間開催されました。

 初日は快晴なれど、既に現地の白馬村は白銀の真冬の世界でした。これでは、冬合宿と同じで飛行機にはソリが必要と思われる程でした。

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 写真は三浦さんの飛行機を飛ばすYsさんと、それを見守る三浦さん。白銀の白馬三山を背景に飛ばしました。

 マイフォト 2012年度 赤とんぼ秋合宿記録(2012年11月16日~18日)

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 18日は午前中早い時間はフライトが出来ましたが、雨となり、大町山岳博物館を訪問する事となりました。

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赤とんぼ 2012年秋合宿無事終了

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 2012年度秋合宿(11月16日~18日)は無事、白馬村『ちんぐるま』で開催され、無事終了しました。

今回は写真のような一面雪化粧の真冬のような状況で開催となりました。背景の白馬三山は雪化粧です。

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狗奴国か 東之宮古墳再掘調査

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 本日、読売新聞朝刊にて犬山市の東之宮古墳に関する記事が掲載されていた。

東海地方を代表する古墳時代初期、3世紀後葉~4世紀初頭に築造された前方後方墳です。1973年に発掘され200点に及ぶ遺物は重要文化財の指定を受け、現在、京都国立博物館で保管されている。今回、39年振りに再発掘調査がされた訳です。

 現地説明会 動画ビデオ(投稿された人に感謝)

 参考 東之宮古墳紹介(犬山市)

 動画ビデオを観て頂ければ、竪穴式石室の様子が良く判ると思います。全長72㍍、後方墳頂上に長さ4.8㍍、幅0.96㍍の竪穴式石室があり、7枚の天井石は愛知や岐阜では産出しない石だそうです。推定1枚、約1トンの天井石を何処から運んだのでしょうね。

 ビデオで拝見すると、石室の床には粘土が敷かれその上に、現存しないが割竹式木棺が置かれていたと思われます。石室は朱で覆われていたようですね。まさに、大王級の墳墓だと思います。

 遺物は、京都国立博物館のホームページを参照し、収蔵品を索引して下さい。

 国宝・重要文化財の高精細画像を検索して貰うと、東之宮古墳出土の重要文化財の説明と高精細画像を学ぶ事が出来ます。(考古をクリックして下さい、9番目に出て来ます)

 この古墳の規模と副葬品、古墳の丁寧な建造方法からヤマト王権に匹敵する権力者がこの3世紀後葉~4世紀初めに存在した事を考古遺構と遺物は物語っている。

読売新聞では白石太一郎氏(近つ飛鳥博物館長と赤塚次郎氏(愛知県埋蔵文化財センター副センター長)の二人の説を紹介している。

 白石説

 大きな天井石を敷き詰め遺体を封じ込める方法は畿内的であり、墳形や一部の副葬品を除けば畿内の古墳システムを取り入れている。初期ヤマト政権は中枢部では前方後円墳を、後に政権に組み込まれた地域の有力者には前方後方墳を建造させた。前方後方墳が多くみられる東海を中心とした東日本は、後にヤマトに従った『狗奴国連合』地域と観る。

 赤塚説

 今回の発掘で3世紀中頃と思われる土器が出土し、竪穴式石室がヤマトと同時期に建造がはじまり、ヤマトの真似ではないと主張。前方後方墳は東海発祥の古墳であり、ヤマトで前方後円墳が建造されると同時期に前方後方墳が築造されたと考える。

 

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北イタリア紀行 その12 ドロミテ ブライエス湖

 承前 北イタリア紀行 その11 ドロミテ ドッビアーコ湖

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 ドロミテには幾つもの著名な美しい湖があるそうです。ドッビアーコ湖も美しい湖でしたが、今回訪問するブライエス湖もドロミテを代表する湖だそうです。湖畔には素晴らしいホテルがありますので、時間に余裕のある人は湖畔のホテルの宿泊される事をお勧めします。

 それでは、ブライエス湖の御紹介です。

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 湖を取り囲むドロミテ山塊です。

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 次回はこのホテルに宿泊して、湖を眺めながら、のんびりしたいと思います。

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 湖の写真は、マイフォトを御参照して下さい。

 マイフォト ドロミテ ブライエス湖(Lago di Braies)写真集

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NHKスペシャル 『中国文明の謎』第二回感想

 承前 オバマ氏再選

 昨夜、NHKスペシャル『中国文明の謎』第二回目の放送がありました。

 参考 NHKスペシャル『中国文明の謎』 第二回 漢字の誕生 王朝交代の秘密

 漢字の誕生の話は私は白川静さんの本を少し読んだレベルしか知識が無い。しかし、今回の番組も何処か納得がゆかない内容でした。

番組が終わったあと、何故、納得がゆかないか、少し考えてみたが、その理由が判明した。私が尊敬する甲骨文字研究の世界の第一人者である故、白川静先生の説を全く無視して番組が作られているNHKの番組制作の態度に腹がたっていたのです。

 この番組を制作した人は文化勲章を受けた世界の甲骨文字研究に一生を捧げた白川静さんを何故無視するのかという事です。

 占の文字の説明

 私のつたない知識で言えば、白川静さんであれば、こう説明されたと思います。漢字は王が神に対しての祭祀儀礼を表象した姿を描いているという風に理解していました。占という漢字はNHKの番組でも説明していた亀の甲羅や動物の骨に占う言葉を書き込み、焼いた青銅の針を差し込みその熱でひびが入る模様で占いをした。

 そのひびが概ね、トの形になるので占いの漢字にはトが組み込まれた。そして、そのひび割れは神の意志であり、その意志を王が口で伝えたのが占の漢字であると説明されていた。しかし、白川静さんの甲骨文字研究の根底はこの今迄の常識である、口が人間の口では無いという驚天動地の発想から多くの口や日が組み込まれた漢字の誕生の背景を説明されたと記憶している。

 白川静さんなら、ト(刻まれた甲骨文字と神の意志であるひび割れ)を『うけひ』=のりとの器、の上に載せた姿であると説明される筈である。

白川静さんは、『甲骨文・金文の文字には、口形を含む文字で、この形を口耳の口と解しうるは一字も無い』(白川静 漢字百話 中公新書 27頁)と断言されている。日本人が制作した天下のNHKの番組なのだから、白川静さんの説も紹介するのが道義ではないのか。

 どうも、今回のスペシャルは政治の匂いがするのは私だけでしょうか。

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北イタリア紀行 その11 ドロミテ ドッビアーコ湖

 承前 北イタリア紀行 その10 ドロミテ山塊を眺めるホテル

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 コルテイナダンベッツォをベースにドロミテ渓谷を楽しみましょう。今回はドロミテ山麓東側ルートの自然を楽しみました。オーストリア国境が近いドッビアーコ湖やブライエス湖畔の散策、そしてミズリーナ湖を見学します。

先ずは、ドッビアーコ湖という神秘の湖の廻りを一周してみました。

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 ドロミテ山塊に囲まれた静寂の湖です。雲上の湖ですが、動植物は沢山生息しているそうです、動物達の樂園でもあるようです。

 詳しくは、マイフォトを参照して下さい。

 マイフォト ドロミテ ドッビアーコ(Lago di Dobbiaco)写真集

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大阪の文士に思う

 先日、11pmで25年間人気の司会者だった藤本義一さんが逝去された。テレビの画面でしか知らないが、話し方がとても優しい、けど、刺のある事をストレートで言う人だという印象です。何か、大阪の品の無いゴテゴテの世界を愛し、その中から光輝く宝石を何時も探しているロマンテイストのように感じていた。

一方、同じく白髪の司馬遼太郎さんも喋りが上手で、人を引き付ける。関西人なのに、関東の百姓をしながら刀で身を守る、一所懸命の武士の精神を愛した人だ。筆より重いものは持たない事を至上とする儒教の教養人を嫌い、土にまみれる武士に美しさを求めた作家だった。何処か、泥の中に光り輝くものを探し求めるロマンチストではなかったでしょうか。

 藤本義一さんと司馬遼太郎さんは、ジャンルが異なるが何処か、浪速の人間という匂いがする作家であり、語り部だったと思います。本当に愛すべき先輩だったと思います。

 仏法僧とカワセミ

 話は、鳥の世界となります。先日、仏法僧(ブッポウソウ)を大事にしている田舎の番組がありました。電信柱に仏法僧の巣箱を沢山ぶらさげ、ヒナを育てるサポートを村ぐるみでしている報告でした。大きさはヤマセミより少し大きいようですが、綺麗な瑠璃色の羽根を翻して飛翔し、飛行中のカブトムシや昆虫を捕獲し巣箱に運ぶのです。

 古来、悪食と呼ばれているが、硬いカブトムシでも食べてしまいます。巣箱には陶器の破片や小さな石コロが散乱している。子供にこれ等を食べさせ、硬い昆虫を体内ですりつぶす為に使用するそうです。必要無くなれば、吐き出すそうです。

 この鳥は可哀そうに、生活環境がコノハズクと似ており、同じ木に生活する場面が多く、夜中にコノハズクが鳴く、ブッポウソウ♪と鳴く声を人々は瑠璃色輝く獰猛な鳥と間違ってしまったようです。

 本当の仏法僧の鳴き声

 仏法僧は獰猛で、カラスが領空にくれば戦い、追い出すそうです。カラスより強い鳥なんですね。何処か、カワセミに似ていると思います。姿も似ているが、性格も似ているのではないでしょうか。御百姓さんは、仏法僧のお陰でカラスの被害から守られているそうです。

瑠璃色に輝く美しい衣をつけて、実は獰猛果敢な仏法僧とカワセミ、昔の武士が綺麗な甲冑を身に付けた所も何処かこれ等の鳥から学んだのかも知れませんね。

 

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オバマさん再選

 今日は朝から主夫として多忙を極めた。洗濯物や布団を専用バルコニーに干し、買い物にでかけ、次は大倉山を登り図書館に借りた本を三冊返却に向かい、又、三冊を借り、家に帰れば、おでんの準備。その最中に電話があり、メキシコから一時帰省した娘から電話、お昼に『豚汁たべたい』と注文がはいり、早速、おでんの鍋の隣で『豚汁』の製造にとりかかった。

 娘は着物が必要らしく、数日前から家内が着物を取り出し、娘に渡す準備をしていた。しかし、着物を着るという事は大変である事が再認識である。何とパーツが多い事か、着物1枚あればいいという話ではないのだ。こんな複雑な衣類は世界に例がないのと違うだろうか。現代、一人で着物を着れる人は殆ど存在しなのではないだろうか。日本の伝統芸術は未来が暗いと思う。

 駅まで娘の荷物を運び、娘を家内と一緒に見送った。自宅に帰ると夕方オバマさんが再選されたというニュースが飛び込んで来た。今回は接戦だったようです。ところで、オバマさんは何時になれば、日本海の小浜に来られるのでしょうね。松葉蟹が美味しい季節がいいと思います。

おとなりの、中国でもトップが交代するんですね。どうやら、二世の時代が来るようですが、自民党と同じような雰囲気ですね。中国では太子党と呼ぶそうです。中国と言えば、先日NHK特集で『中国文明の謎』第一回放映がなされていました。「中華の源流 幻の王朝を追う」だったと思います。

 参考 NHKスペシャル 『中国文明の謎』

 私は何時もNHKのこの手の特番には何時も感心して眺めているのですが、今回はかなり違和感を持ちました。番組が黄河文明史観に支配されているとしか考えられないと感じた。長江流域の文明を下流の物と観る史観に感じた。

且つ、黄河流域文明は遊牧民の文化・文明が基底に存在するのですが、番組では掘り下げが薄く感じた。これは、私の感想であり、人により意見は異なると思います。

この番組よりも、琉球大学の鷹島での海底発掘(水中考古学)の報道の方が面白かったですね。

 参考 NHK特集 幻の巨大軍船

 この鷹島(伊万里湾)に沈む蒙古軍船の調査に関しては以前、記事を書きました。

 参考過去記事 伊万里湾に沈む蒙古軍船(2011年12月9日)

今回の報道では、海底から10㍍もの大きなキール(竜骨)が発見されたという話と、それ以外の司令官の印鑑に触れていました。

 話題が飛ぶが、この伊万里湾の鷹島(タカシマ)という名前が古代から重要な名前であった事が以前より気になっています。琵琶湖西岸の継体大王の拠点、高島(タカシマ)です。そして、四天王寺でも触れましたが、太子が白い鷹になったという話です。私の知識では、タカは金や銅や水銀の鉱物資源を指す言葉であり、シマとは場所という意味だと何処かで仕入れてきた未確認情報があります。

 志賀島(しかのしま)は奴国、海人である阿曇族の拠点でしたが、今は滋賀県の名前で近江に残っています。志賀島も鷹島(高島)もともに海人の拠点とする場所であったと考えられますね。

 そうそう、田中大臣は発言を翻したようですね。しかし、何でメデイアも知事も揃って大臣が認可もしていない学校が生徒を募集したり、建屋を建設してる事を擁護するんだろうか。何処かおかしいと思う。三重方面の考古学の先生が、こんな事言っていますよ。

 yaaさんの宮都研究

 そうそう、三重と言えば吉田選手、国民栄誉賞の副賞に地元企業の宣伝で『黄金色のパール』を希望し、本日13ミリの素晴らしい黄金色パールを貰ってました。これで、御木本さんも眞珠が売れるといいですね。170万円程度らしいですよ。

卑弥呼の時代から眞珠は特別の神秘な力がある宝石だと考えられていたようですね。

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北イタリア紀行 その10 ドロミテ山塊を眺めるホテル

 承前 北イタリア紀行 その9 コルティナ・ダンベッツォ

 コルティナ・ダンベッツォの近くの山の上に素晴らしいリゾート・ホテルがあります。私が宿泊したのはポコル(Pocol)のヴイラ・アルジェンティーナ(Villa Argentina)というホテルでした。

 コルティナ・ダンベッツォ ヴイラ・アルジェンティーナ

ホテルの部屋からは、周囲に広がるドロミテ山塊の見事な景色を眺める事が出来ます。

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 部屋のベランダからは美しいドロミテ山塊が取り巻いています。

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 ホテルの庭とドロミテ山塊が眼前に広がります。このホテルに2泊する事になりました。

 マイフォト コルティナ・ダンベッツォ  ヴイラ・アルジェンティーナ写真集

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北イタリア紀行 その9 コルティナ・ダンベッツォ(1956年冬季五輪)

 承前 北イタリア紀行 その8 ドロミテ街道をゆく

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 私が10歳の時に冬季オリンピックがこのコルティナ・ダンベッツォで開催され、オーストリアのトニー・ザイラーが回転・大回転・滑降で金メダルを独占し、日本の猪谷千春が回転でアジアとしては初めて冬季オリンピックでメダル(銀メダル)を獲得した事で有名ですね。優雅に滑るオーストリアスキーはその後、スキーの主流となりました。

 ・映画 『白い恋人たち』動画

 ・トニー・ザイラーの優雅な滑り 動画

 ・白銀は招くよ 動画

 トニー・ザイラーは男前だし、歌に映画に活躍し男どもは皆彼に憧れ、スキーブームを作りました。懐かしいですね、スキーが出来ない男は男でないという按配だった。

 しかし、1968年のフランス、グルノーブル冬季オリンピック、映画『白い恋人たち』の時にはフランス人のジャン・クロード・キリーが三冠王になり、それ以降、フランススキー全盛の時代へと変化したのです。優雅な立ち上がり、沈み込みのオーストリアスキーから重心を後ろに落としスキーをフラットに平行に拡げた観た目に格好悪いスキーが全盛となりました。私が大学4年生の頃だったと記憶します。

 ワンゲルではフランススキーが実用的で、新雪の山を滑る時は昔からフランス流の滑りでしたが、ゲレンデではトニー・ザイラーを目指してオーストリースキーを目指した訳です。

 そんな、トニー・ザイラーと猪谷千春が活躍した記念すべきドロミテの山とスキーのメッカコルティナ・ダンベッツォの風景を写真集でお楽しみ下さい。

 マイフォト ドロミテ街道 コルティナ・ダンベッツォ 写真集

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日本の文化財保護に思う

 日本列島は島ではなく世界有数の大山脈である

 最近、何気なく教育テレビを観ていると高校生向けの教育番組に出合った。地学というのでしょうか、地球物理なのでしょうか、講師の次の言葉が新鮮でした。

 『世界にはヒマラヤ山脈や欧州のアルプスに代表される大山脈があります。その条件は大昔に海底であった事、そしてそれが地殻変動により褶曲や断層を起こし海面から上昇し数千㌔に及ぶ山脈となったものである。

 日本列島は南北2千㌔に及ぶ昔の海底面が地殻変動で海面上に押し上げられ、褶曲し断層し、海底から1万㌔の高さを持つ世界有数の大山脈なのです。島というよりも、ヒマラヤに匹敵する大山脈なのです。』

 そうか、日本海溝は6千㍍以上の深さを持つ海底である事を考えると富士山は1万㍍以上と考える事ができるのだ。という事は、我々はヒマラヤの6千㍍、7千㍍当たりで暮らしているんだ。海底から観るとこんな風に考えられ、海抜という考えでは数多くの島と見えるだけなのだ。

 上野の国立博物館

 上野の国立博物館には沢山の外国人旅行客が訪問している。彼らは、大英博物館やルーブル博物館などの海外の博物館に馴染であろうと思います。そんな彼らは上野の国立博物館を見学してどう思うだろうか、少し、心配になります。例えば、国宝の部屋を見学すればほんの僅かしか国宝が展示されていない。え?日本の文化財はこんなレベルなのかと、思わないだろうか?

 日本の文化財で国宝となっている物を眺めると、殆どが寺社仏閣の建造物であり、且つ彫像や絵画でも寺社仏閣が保有している。だから、日本全国、とりわけ京都・奈良を訪問しなければ観る事が出来ない。又、公開されるのも限られているかも知れない。正倉院御物も何年かに渡り順次公開されているのが実情である。

 欧米の人々は文化財は国民のものであり公開が前提であると考えているのではないだろうか。日本では宗教と絡んだ文化財は難しい、法隆寺の秘仏もフェノロサという西洋の文化財思想の人が公開した歴史がある。

日本の文化財は殆どが寺社仏閣が千年以上守って来た歴史も事実である。博物館なんて、信用しない思想も存在するのではないだろうか。

 上野の国立博物館に来る外国人に対して、日本の重要文化財とりわけ、国宝については日本全国の地図を表示し、カテゴリー別に何処に行けば観れるか、観れないか(非公開)を展示する部屋を造るべきではないだろうか。いや、現代ならインターネット上でかっ国の言葉で日本の重要文化財が何処に行けば観れるか、そして、そのデジタル映像を公開すべきではないだろうか。

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小堀遠州の転合庵(てんごうあん)

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 上野の国立博物館の帰路、裏庭の庭園を散策する事にした。写真は小堀遠州が八条宮から茶入『瀬戸茶入 銘 於大名(おだいみょう)』を拝領しその茶入を披露する為に伏見の六地蔵に建立した茶室である。さて、六地蔵のどの場所か調べていないが、今度、六地蔵に帰省した時に調べてみましょう。

 彼は近江の生まれ、近江の長浜近くの1万石の大名だったようですが、千利休や古田織部の正当な継承者としての茶人で有名だそうです。

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 庭も素晴らしく、此処で茶会が開催されるそうですが、一度は茶の湯の世界を味わってみたいと思います。

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赤とんぼ秋合宿の準備 スピコン到着

 承前 赤とんぼ秋合宿準備

 昨日インターネットで注文した電動機のブラシレスモータ制御用スピードコントローラ(アンプ)は今日夕方には到着しました。夕方、上野の国立博物館の『出雲展』から帰宅するとクロネコさんが届けてくれました。何と、アマゾンも早いけどKKホビーさんも迅速です、驚きました。

 早速、不具合のスピードコントローラから電源用のコネクタ、モータ向け3端子のコネクタを熱したハンダゴテでハンダを溶かし、コネクタ部品を取り外し、そのコネクタを新しいスピードコントローラにハンダで接続しました。下手なハンダの技術でまた、赤とんぼのメンバーの厳しい意見が浴びせられるのを覚悟です。

 ともあれ、これで、2機の電動機が完成しました。

 出雲展

 荒神谷遺跡から出土の国宝の銅剣42本、銅矛16本、銅鐸5個及び、加茂岩倉遺跡出土の国宝、銅鐸16個が展示されていた。これは、出雲の古代出雲歴史博物館に行かねば見れない国宝です。そして、古事記や出雲国風土記の現物を観たのも初めてでした。

そして、鎌倉時代に16丈(48㍍)の高さの出雲大社を支えていた宇豆柱(うずばしら)の柱根の遺物が展示されていた。三本の柱を鉄輪で束ねた直径3㍍の神殿を支える柱の遺物です。伝説では32丈という説もあり、そうすると高さ96㍍となります。

 16丈としても神殿への階段(雲梯)は100㍍の長さとなる。此れが、南の方角から北に向かい階段を登る事となる。しかし、出雲大社の不思議は確か大物主さんは西を向いて居られると何処かで読みました。大物主さんは海を向いておられるのです。その先には新羅から大陸方面です。

 出雲から越の国にかけての日本海文化では高い柱を神と考える文化、トーテム信仰が存在しています。青森の三内丸山遺跡でもそうです。細かく説明しませんが、金沢にもあるし、沢山の縄文から弥生時代のトーテムの遺跡と考えられるものがあります。

 司馬遼太郎さんは、この高い建物の上で火を焚いていたのではと仮説を述べておられます。即ち、灯台説ですね。日本海沿岸を航海していた人々にとり、灯台は大事でした。

 16丈の出雲大社(杵築大社)の模型を眺めながら、この雲梯(100㍍の階段)に下部から上部まで夜は松明を灯せば海上から良く見えるのではないかと想像していました。

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赤とんぼ秋合宿の準備

 山小屋管理人さんの話では次回の赤とんぼ秋合宿は第42回目の合宿となるそうです。随分と赤とんぼのクラブは継続している事に驚きます。最初の合宿は確か1978年の夏合宿だったと思います。それまでは、多摩ニュータウン造成地で飛ばしたり、東京近辺で飛ばしていました。

 さて、今日から飛行機の準備をする事にしました。前回の夏合宿に2機を持参したのですが、2機ともモーターからの線が断線しており、飛ばす事が出来ませんでした。理由は、リポ電池を無理やりブラシレスモータ起動3線と一緒に押し込んだ結果、ハンダ接続部分が断線したのでした。(笑)皆に大変叱られました。

 という訳で、今日は昼頃からハンダゴテを片手に、修理となりました。結果、1機は完成したのですが、もう1機はスピードコントローラ(アンプ)の調子が悪く、ブラシレスモータが作動しない状況となりました。1時間程度かけて、障害の切り分け作業をした訳です。

 先ほど、インターネットでスピードコントローラ(アンプ)の注文とプロペラの注文をKKホビーさんに頼みました。

 今回の合宿は11月中旬ですから、白馬村では雪が降る可能性もあります。山小屋管理人さんの話では、今回もトレッキングをやるようです、前回の夏と同じく五竜の遠見尾根をゴンドラやリフトを乗り継ぎ、登れる所までトレッキングをやるようです。最近は、飛行機を飛ばす時間よりも山歩きをしてる時間の方が多いようです。

いや、一番多くの時間をかけているのは宴会でした。(笑)

 今回も10名参加のようです、皆さん、爺さんになりましたが、まだまだ元気で飛行機を飛ばしています。

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秦氏と仏教

 承前 四天王寺参詣 聖徳太子さんを偲んで

 最近、四天王寺を訪問したが日本で最初に建立された寺であり、塔・金堂・講堂が直線で並ぶ四天王寺方式の伽藍です。聖徳太子さんは、物部守屋を倒す事が出来れば四天王寺を建立すると祈願されて、出来たお寺であると伝えられている。

 この四天王寺を調べると、秦氏との関係が極めて深い事を段々と知る事となりました。聖徳太子のパートナーは勿論、秦河勝でしたので、秦氏がこの寺を建造した可能性があります。推古天皇18年7月に新羅から使者の竹世士(ちくせいし)が来た時、10月にも新羅から使者が到来、6年後の推古天皇24年にも新羅は竹世士を遣わせ、仏像を献上している。その時の案内役は秦河勝です。更に5年後の29年2月に聖徳太子が斑鳩の宮で身罷るが、直ぐに、新羅は推古天皇31年7月に大使、奈末智洗爾(なまちせんに)を派遣し仏像は葛野の秦寺に納め、舎利・金塔・観頂幡等々は四天王寺に納めるとある。

 私は高校生の頃から日本に仏教が伝えられたのは百済の聖明王が欽明天皇に献上した金銅製の釈迦如来像及び経典・仏具類の時期、即ち日本書紀でいう552年、もしくわ元興寺縁起でいう538年だと教えられて来た。しかし、此れは百済経由で長江中流域の南京の仏教伝来の話であり、高句麗・新羅経由の仏教伝来ではない。

 元来、朝鮮半島では高句麗が最大の国であり、文化レベルも中国に近接している関係から半島の国々では一番レベルが高く、仏教も黄河流域の仏教が3世紀頃には高句麗に伝播していたという。従い、仏教伝来を語るならばこの黄河流域の仏教伝来ルートである、高句麗・新羅経由と長江流域仏教伝来ルートの百済経由の二つを語らねばならない。

 実はスリランカやカンボジア、タイ、ベトナム中部等々の仏教遺跡を訪問して感じた事は、第3の仏教伝来ルートである南海ルートでの仏教の伝播も日本列島に仏教を伝播していたのではないかと、考えるようになっています。ともかく、聖徳太子さんのブレーンは高句麗の僧、恵慈と秦氏でした。秦氏は新羅系渡来氏族ですが、彼らが信仰する仏教は高句麗・新羅経由の黄河系仏教だったようです。特に弥勒菩薩を信仰する弥勒信仰だったようです。

 聖徳太子さんと秦氏に関係が深い京都の広隆寺(蜂岡寺)の国宝第1号の弥勒半跏思惟像、そして中宮寺の弥勒半跏思惟像。この中宮寺の仏像は京都・太秦の新羅で製造されたと推測される赤松一本造りをモデルに日本でクスノキの寄木造だそうです。これは、推古29年頃であり、広隆寺の宝冠弥勒半跏思惟像は推古11年に新羅から太子に献上された像であると考えられています。

 中宮寺は太子の第3妃である尾治(おわり)王女子位奈部(いなべ)橘王の私邸です。尾治王とは敏達天皇と推古女帝の間に生まれた尾張皇子の事であり、橘王は推古さんの孫にあたります。彼女は太子が身罷ると天寿国曼荼羅繍帳を作成した事で誰にでも知られていますね。実はこの、天寿国曼荼羅繍帳を製造したのは、椋部(くらべ)秦久麻であったと銘文に記されている。

 第3妃の橘王が位奈部(いなべ)=猪名部とも書くようですが、彼女は皇族であり太子の妃になって後、秦氏の同族である猪名部氏が彼女の財政を賄っていたと考えられるそうです。法隆寺の北に今でも猪名部の地名が残っているそうです。さて、この天寿国とは弥勒浄土の事ではないかと谷川健一さんは『四天王寺の鷹』で述べておられます。その理由は繍帳には兔と桂の木のある月が描かれ、天を示しているところから弥勒浄土説が唱えられている。

 

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