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桜井(外山=トビ)茶臼山古墳 関連メモ

 昨日は三輪山セミナーでした、毎年参加していますが、大神神社が出版されている機関紙『大美和』(代123号)に森浩一さんが寄稿されており、『纏向を探求するさいの心構え』という表題の論文が気になりました。私も森さんと同じで、昔から重要な河川の交通路であるヤマト川上流の初瀬川の右岸が三輪山山麓にあたり、箸墓古墳を含む纏向遺跡が存在しています。一方、左岸というか南岸地域は磐余と呼ばれ鎌倉時代からは外山(トビ)と呼ばれていました。

 この外山には箸墓古墳に次ぐ時期に建造された大王の墳墓であると誰もが認める桜井茶臼山古墳が存在しています。60年前に発掘された時から大王の墓だと考古学者は誰でも考えていたと思いますが、最近の橿考研の再度の発掘調査により、水銀朱を200㌔使用してるとか、鏡が81面破砕された、想像を絶する権力者の墳墓だという状況になった。

 注:従来、北九州の卑弥呼の墳墓ではないかと考える人々が多く存在する平原遺跡では40面の鏡が破砕されていた。参考 邪馬台国への旅その4 伊都国続編

 外山(トビ)の鎌倉以前の表記は記紀では鳥見と表記されています。森さんの話では、紀で登場する磐余彦(イワレヒコ)の東征神話に登場する鵄邑(トビムラ)は鳥見を一字で表現したものであると述べています。拠点集落として鵄邑が存在したのではないかと考えられる。

 『先代旧事本紀』が語る外山(桜井)茶臼山古墳

 森さんの話では、『先代旧事本紀』に外山(桜井)茶臼山古墳が登場すると言われる。彼の話では、ニギハヤヒは最初に九州から東征しヤマトに入りを果たした人物であり、記紀の神武東征神話はこの話の骨格を借用したものと想定されるという。森さんは最近「敗者の古代史」の一回目に『饒速日命(ニギハヤヒノミコト)と長脛彦』(歴史読本)で書いておられるようです。(未読)

 ニギハヤヒは死んだあと、妻の夢に現れ、『自分の持っていた三種の瑞寶を登美(見)白庭邑に葬斂(かくし おさめて)て墓となせ』と言ったそうだ。この妻とはヤマトの豪族である長脛彦の娘で御炊屋姫(みかしやひめ)である。彼女は、別名、鳥見屋姫とも呼ばれていたそうです。鳥見白庭山にはニギハヤヒの根拠地が存在したとされる土地で、そこに墓を営んだする伝承である。

 

 『先代旧事本紀』は何度も読んでいるが、ニギハヤヒが降臨したのは、私の故郷の近くの交野の磐船神社だと考えていました。しかし、再度読んで見ると、最初に降臨したのは、交野の磐船神社だけど、その後、遷りて大倭国(やまとのくに)鳥見の白庭山に坐すと書いてありました。

 そこで、再度『先代旧事本紀』を取り出して、巻第五 天孫本紀を読むことにした。確かに、森さんの言われるように、ニギハヤヒが死にそれを知らない天上の高皇産霊尊(たかみ むすびの みこと)が嘆き悲しむ場面があり、そのあとに、『饒速日命(ニギハヤヒノミコト)、夢をもって、妻御炊屋姫(みかしきやひめ)に教えて曰く、汝の子吾(あ)が如く形見物(かたみのもの)とせよ。即ち、天璽瑞寶(あまつしるし みつの たから)を授く。亦天羽羽弓(またあまのははゆみ)・天羽々矢(あまの ははや)、復、神衣(かむむそ)・帯(おび)・手貫(たまき)の三物(みつのもの)を登美(鳥見)の白庭邑(しらにわのむら)に葬(かくし)し斂(おさめ)て以て墓となせと、のたまう。

  注:汝の子とはニギハヤヒが顔を観る事が出来なかった、男の子であり、宇摩志麻治命(うましまじのみこと)を指しています。ニギハヤヒは御炊屋姫の前の妃として天道日女命(あまのみちひめのみこと)との間に天香語山命(あまのかごやまのみこと)という子供を産んでいます。

 森さんは、更に、外山(桜井)茶臼山古墳の近くに北部九州から招聘した宗像神社があり、『延喜式』の神名帳に記載された古社であり、平安時代にも神社の修理に筑前の国宗像郡の金(鐘)崎の正丁が派遣されていると述べる。

神武天皇は記紀のよれば、鳥見山に皇祖天神を祭ったと記録されています。

 さて、ますます、外山(桜井)茶臼山古墳と鳥見山の関係、そして、初瀬川を挟んだ北には三輪山と纏向、箸墓古墳が存在しています。

 森浩一さんは、何を纏向遺跡に関わる研究者に言いたいかと言うと、その土地に関する伝承や文献を十分に調べて研究しないと駄目ですよと言っているんでしょうね。京都のMuBlogの旦那と数年前に橿考研が発掘している桜井茶臼山古墳の現場に立ち寄りましたが、その時から感動が今も継続しています。

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