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近江(淡海)の伊勢遺跡

 承前 明日から京都です(近江の伊勢遺跡プロローグ)

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 遂に、近江(淡海)の野洲川流域&霊山、三上山(近江富士)の麓に栄えた古代の都の一つである伊勢遺跡を訪問する事が出来ました。

参考 守山市 国史 伊勢遺跡解説(守山市教育委員会)

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 この遺跡は守山市伊勢町・阿村町・栗東市野尻にかけて東西約700㍍、南北約450㍍の楕円形に広がる弥生時代後期の遺跡である。集落は縄文時代から始まり、室町時代まで営まれた集落だが、紀元後1世紀から2世紀の弥生時代後期に最も栄えたと考えられています。

 最大の特徴は遺跡の中央に重要な大きな建物群が存在し、その廻りを円周形で18㍍間隔で約30棟の伊勢神宮本殿のような建物が存在した事である。即ち、梁行1間×桁行5間(4.5㍍×9㍍)の建物で独立棟持柱(どくりつもなもちばしら)を持つ伊勢神宮と同じ構造である。独立棟持柱とは建て物壁の外数㍍に屋根の棟柱を支える柱の事ですが、同時に、屋内の中心にも心柱が存在しています。

 参考 円周状配置の大型建物群(守山市教育委員会)

 サークル状に伊勢神宮の本殿のような建物が30個並び、中心に又、大型の祭祀用の建物群が存在する事は今迄、私も吉野ヶ里遺跡や唐子・鍵遺跡では見る事が出来なかった30の国々の代表が此処に終結し共同で誰かを推戴し祭祀をしていた遺跡ではないかと思いたくなりました。

 守山市教育委員会の伊勢遺跡に関する公開資料を是非参考にして下さい。

 ・弥生時代後期の巨大集落

 ・次々と発見される大型建物群

 ・弥生の国の中心部を考える遺跡

 ・東西日本の結節点

 ・多種多様な大型建物

 ・五角形建物

 ・大型建物の柱穴の掘り方

 ・旧河道と琵琶湖

 ・国の成り立ちを探る遺跡群

 100次以上の発掘調査により明らかになったこの遺跡の重大さはまさに、吉野ヶ里や唐子・鍵遺跡に匹敵する重要な遺跡である事が判ります。この伊勢遺跡だけでなく、野洲川流域には沢山の重要な遺跡が集中しています、もう既に土地開発がされてしまい、今はもう手遅れの遺跡が多くあるようです。本当に残念ですね。

 参考マイフォト 近江(淡海) 伊勢遺跡写真集

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京都から無事帰還しました

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 新幹線から眺める霊山、三上山(近江富士)です。野洲の近くを通過する車窓です。今回の帰省ではこの三上山を御神体とする古代史のロマンを探るのが楽しみでした。

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 義父が最近面倒をみている『シゲ』ちゃんです。耳が大きく可愛い母親猫です。

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 4匹子猫を産みました、可愛いい子猫です。

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 耳が母親も子猫も大きいですね。本当に可愛いいです。

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明日から京都です

 連日猛暑が連続しています、暫くこの暑さも続くようですね。明日から、用事が有り京都に帰省いたします。

 暇があれば、最近研究している野洲川流域、三上山(近江富士)の古代史を現地で調べてみようと考えています。

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 野洲川流域には弥生時代の吉野ヶ里遺跡や唐子・鍵遺跡に匹敵する環濠集落遺跡が沢山存在し、邪馬台国近江説まで登場する場所であります。特に守山市の伊勢遺跡は注目されています、直径200㍍の円周上に30箇所、建物が存在していた遺跡が注目されています。しかも、伊勢神宮の建築様式に先行する建て物として注目されています。

 詳しくは、何れ記事を書く積りですが野洲川流域に聖山である綺麗なピラミッド形のまるで、三輪山のような三上山(近江富士)が存在する事です。この地域からは日本最大の銅鐸が出土した事でも有名ですし、古代、野洲川はエジプトが「ナイルの賜物」と呼ばれたように、「野洲川の賜物」として日本最大の穀倉地帯としての地位でありました。

 しかも、琵琶湖の水運により日本海経由で大陸との交易路が開け、陸路では北陸・東山・東海に陸路は連なり、木津川経由で奈良盆地へ、淀川経由で瀬戸内海への水運がひらけていました。また、渡来系の人々が弥生時代から入植していた可能性が高く、且つ、製鉄に従事する人々も琵琶湖西岸の高島地域や東部北部に拠点を構え、継体天皇出現の背景となった事や、その前の歴史ではオキナガタラシヒメの父親である息長氏の拠点は草津だと考えられています。アメノヒボコ伝説も残る場所です。

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(49) 世界遺産 セゴビア旧市街(1)

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(48) レオンのサンイシドロ教会

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 レオンの古都より南東方向に290㌔走るとスペイン最大のローマ水道橋が今も残る世界遺産の街セゴビアがあります。ケルトの時代から栄えた街のようですが、ローマ時代から羊毛で繁栄した街だそうです。

レオンからの車窓を楽しみましたが、イベリア半島でのイスラム侵攻時の戦いの歴史を物語る丘の上には幾つかの城塞を見つける事が出来ました。多分、紀元前のケルトの時代からローマの支配の時代、そして、イスラムの侵攻と多難な戦争の歴史の遺産ではないでしょうか。

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 レオンから290㌔走るとセゴビアに到着しました。

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 見て下さい、日本では弥生時代の紀元1世紀にローマの技術で建造された水道橋です、19世紀末まで使用されていたそうです。18キロ離れた水源から水を引いてきています、この水道橋の高さは28.5㍍、長さは813㍍、2万個の巨石を積み上げただけの橋です。

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 ローマの土木技術の優秀さを物語る遺物・遺構ではないでしょうか。こんなものを見せられたら戦う意欲がなくなるでしょうね。

 写真集 世界遺産 セゴビア写真集

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(48) レオンのサンイシドロ教会

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(47) レオン大聖堂のステンドグラス群

 レオン最後の場所は歴代レオン国の王が埋葬されているサンイシドロ教会です。建造は古く8世紀に遡りロマネスク様式で建造されています。

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 写真はサンイシドロ教会です。何度も増築され、ゴシック様式やルネサンス様式も追加されたようです。

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 騎馬に跨りイスラムと戦う司教がイシドロ大司教さんだそうです。坊さんも戦わねば生きて行けないのがこの世の悲しいならいです。

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 参考 レオン サンイシドロ教会写真集

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真夏の横浜・鎌倉散策記録

 2年振りに京都のMuBlogの旦那と、ふうてん老人日記の爺さんと三名で二日間を過ごした。京都の旦那が新横浜プリンスホテルに滞在されるので、私は自宅から徒歩の距離で便利でした。

 三人で行動を共にしたのは、初日は横浜の『原鉄道模型博物館』、馬車道通りの『馬車道十番館』、新横浜の『ラーメン博物館』、新横浜プリンスホテル42階 トップ・オブ・ヨコハマを同行し、二日目は鶴岡八幡宮入口の、喫茶 『風の杜』、鶴岡八幡宮、鶴岡文庫、小林秀雄旧宅、鎌倉文学館(旧 侯爵前田家別荘)、江ノ電、鎌倉のウナギ屋さん、鎌倉の蕎麦屋さん、等々でした。

実に暑い日の炎天下を老人三名がヘトヘトになり散策した。

 写真集 真夏の横浜・鎌倉散策記録(老人三名の記録)

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 鎌倉文学館(旧侯爵前田家別荘)より大島を望む。

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桜井(外山=トビ)茶臼山古墳 関連メモ

 昨日は三輪山セミナーでした、毎年参加していますが、大神神社が出版されている機関紙『大美和』(代123号)に森浩一さんが寄稿されており、『纏向を探求するさいの心構え』という表題の論文が気になりました。私も森さんと同じで、昔から重要な河川の交通路であるヤマト川上流の初瀬川の右岸が三輪山山麓にあたり、箸墓古墳を含む纏向遺跡が存在しています。一方、左岸というか南岸地域は磐余と呼ばれ鎌倉時代からは外山(トビ)と呼ばれていました。

 この外山には箸墓古墳に次ぐ時期に建造された大王の墳墓であると誰もが認める桜井茶臼山古墳が存在しています。60年前に発掘された時から大王の墓だと考古学者は誰でも考えていたと思いますが、最近の橿考研の再度の発掘調査により、水銀朱を200㌔使用してるとか、鏡が81面破砕された、想像を絶する権力者の墳墓だという状況になった。

 注:従来、北九州の卑弥呼の墳墓ではないかと考える人々が多く存在する平原遺跡では40面の鏡が破砕されていた。参考 邪馬台国への旅その4 伊都国続編

 外山(トビ)の鎌倉以前の表記は記紀では鳥見と表記されています。森さんの話では、紀で登場する磐余彦(イワレヒコ)の東征神話に登場する鵄邑(トビムラ)は鳥見を一字で表現したものであると述べています。拠点集落として鵄邑が存在したのではないかと考えられる。

 『先代旧事本紀』が語る外山(桜井)茶臼山古墳

 森さんの話では、『先代旧事本紀』に外山(桜井)茶臼山古墳が登場すると言われる。彼の話では、ニギハヤヒは最初に九州から東征しヤマトに入りを果たした人物であり、記紀の神武東征神話はこの話の骨格を借用したものと想定されるという。森さんは最近「敗者の古代史」の一回目に『饒速日命(ニギハヤヒノミコト)と長脛彦』(歴史読本)で書いておられるようです。(未読)

 ニギハヤヒは死んだあと、妻の夢に現れ、『自分の持っていた三種の瑞寶を登美(見)白庭邑に葬斂(かくし おさめて)て墓となせ』と言ったそうだ。この妻とはヤマトの豪族である長脛彦の娘で御炊屋姫(みかしやひめ)である。彼女は、別名、鳥見屋姫とも呼ばれていたそうです。鳥見白庭山にはニギハヤヒの根拠地が存在したとされる土地で、そこに墓を営んだする伝承である。

 

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(47) レオン大聖堂のステンドグラス群

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(46) レオン王国の都レオン

 世界最大級のステンドグラス群と評価されているレオン大聖堂のステンドグラスの御紹介です。

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 どうですか、見事な美しいステンドグラスです。フランスから技術者が招聘されたのでしょうね。一番上にマリアさん、配下に聖書の物語が描かれています。人々はこのような絵物語を観て聖書の世界を理解したのでしょうね。日本の仏教の世界でも同じだと思います。

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 中央祭壇はステンドグラスの窓に周囲を囲まれて幻想的な世界を構成しています。こんな美しい祭壇は初めて観ましたね。

 詳しく観たい人は写真集を観て下さい。

 参考 レオン大聖堂写真集

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(46) レオン王国の都レオン

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(45) 巡礼の道

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 サンテイアゴ・デ・コンポステーラから東に358㌔、即ち、巡礼の道を逆に辿ると昔のレオン王国の都である、レオンに到着します。中世に於いて、巡礼の道を守る重要な拠点都市であり、繁栄した王都でした。

レオン王国はその後カスティーリャ王国となり、レコンキスタ運動の中核となった国でした。日本では、この国のポルトガル語発音であるカステラで有名ですね。本来は国の名前なんです。

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 この建物は19世紀末にガウディが設計した、カサ・デ・ボティネースです。ガウデイにしてはおとなしい建物と思います。

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 ロス・グスマーネス宮殿ですが、現在は県議会庁舎として利用されています。

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 レオン大聖堂です、13世紀にゴシック様式で建立され、世界最大級のステンドグラス群で有名なスペインを代表する一つの大聖堂だそうです。

 参考 スペイン レオン市内観光写真集

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 見て下さい、ゴシック建設なのに壁面がステンドグラスを生かすために最大限の窓が切り開かれています。こんなゴシック建築は私は初めて見ました。次回、この素晴らしいステンドグラスをご紹介します。

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(45) 巡礼の道

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(44) サンテイアゴ・デ・コンポステーラ参拝

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 今回の旅の最大の目的地、サンテイアゴ・デ・コンポステーラを去る時が来ました。一度は何故か此の地を訪問したかっただけに、大満足でした。

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 夕陽が傾いてきました、大西洋の方に陽は沈もうとしています。300年間、このイベリア半島はイスラムに占領され、それを奪還する為にキリスト教徒達は此の地に聖地を建設したと私は解釈しています。レコンキスタの精神的拠点となったのが、この場所であり、遥か数千㌔離れたフランス東部、ブルゴーニュのヴェズレーのマドレーヌ大聖堂を基点としてキリスト教国土をイスラムから取り返す運動が起こった。

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有明湾は中国、長江下流域との交易が盛んだった

 承前 吉野ヶ里 邪馬台国が見えてきた(2004年12月記事)

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最近、森浩一さんと網野善彦さんの対談集『馬・船・常民 東西交流の日本列島史』(河合出版)を読んでいるのですが、その中で、有明湾に関する、特に吉野ヶ里遺跡に対する見解が面白いのでメモを残しておきます。

 結論から言うと吉野ヶ里遺跡は筑後川支流にあり、大陸、特に長江下流域との交易が盛んな場所であったと結論があり、魏志倭人伝に登場する弥奴(みな)国か隣接国であると森さんは仮説を述べています。その理由はいろいろとあるが、日本書紀の雄略天皇の頃の記載事項で呉の国に派遣した身狭村主青(むさの すぐり あお=黒岩重吾さんの『ワカタケル大王』を是非読んで下さい)が帰国した時に持参した珍しい鳥を有明海沿岸のある人物の犬に噛まれたという話があります。

 ある人物とは①水沼(間)=みぬまの君 ②嶺懸主泥麻呂(みねの あがたぬし ぬまろ)であると二つの説を記録するがともに筑後川下流域、有明海に注ぐ吉野ヶ里遺跡の近くで有る。

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 嶺(みね)懸主(あがたぬし)に注目すると弥奴(みな)国と発音が似ているので推論されている。嶺は時に三根とも記述され、明らかにミネと発音したと考えられろ。雄略天皇は倭の五王、武だと考えられているが、江南の南朝と交易していた拠点の港が有明海沿岸という事になります。勿論、この港からのみ南朝と交易していた訳ではないと推測されますが、明らかに日本書紀の記述は有明海の筑後川下流域となり、吉野ヶ里遺跡の近く、後の神埼荘付近となります。

 中世の神埼荘は森さんの話では、後院領と呼ばれる天皇家の直領だったそうです。平忠盛が鳥羽院の時にこの荘園の管理者になり、太宰府の許可無く院宣だけで宋と貿易を行い問題を起こしました。中世でも吉野ヶ里地域は大陸との貿易港として栄えた場所であった訳です。

 神埼荘にはこの時代より少し古い時代の下中杖(しもなかつえ)遺跡があります。この遺跡からは越州窯(えつ しゅう よう)の焼き物、越磁が多く出土するそうです。越州窯とは中国江南、即ち寧波(ニンポー)の港の近くに沢山窯があったそうです。唐の終わりぐらいに銭氏呉越国(せんし ごえつこく)という小さな国があり、彼らは輸出用に沢山の青磁を焼いたそうです。

 吉野ヶ里遺跡に関しては、築紫紀行を参照してして下さい。

 参考 築紫紀行 総目次編

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築紫紀行 目次編

 築紫紀行 記事総目録

 築紫紀行(1) 志賀島を目指す 安曇族のルーツ

 築紫紀行(2) 志賀海神社その1 安曇族の総本宮

 築紫紀行(3) 志賀海神社その2

 築紫紀行(4) 志賀海神社その3

 築紫紀行(5) 志賀海神社その4

 築紫紀行(6) 志賀島資料館

 築紫紀行(7) 天孫降臨神話

 築紫紀行(8) 蒙古塚・金印公園

 築紫紀行(9) 太宰府天満宮

 築紫紀行(10) 九州国立博物館

 築紫紀行(11) 鳥栖駅 十字路

 築紫紀行(12) 吉野ヶ里遺跡その1 南内郭へ

 築紫紀行(13) 吉野ヶ里遺跡その2

 築紫紀行(14) 吉野ヶ里遺跡その3 

 築紫紀行(15) 吉野ヶ里遺跡その4 北内郭

 築紫紀行(16) 吉野ヶ里遺跡その5 展示室

 築紫紀行(17) 佐賀城 佐賀県立図書館

 築紫紀行(18) 旅を終えて

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(44) サンテイアゴ・デ・コンポステーラ参拝

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(43) サンテイアゴ・デ・コンポステーラ散策

 キリスト教世界三大聖地の一つ、サンテイアゴ・デ・コンポステーラを参拝しましょう。

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 私は既にヴァチカンは2001年に訪問していますので、残るはエルサレムのみとなりました。しかし、此処は欧州の西の北の地の果てもう目の前は大西洋です。此処に、フランスの東の地であるブルゴーニュのヴェズレーにある十字軍決起の地、マドレーヌ聖堂から歩いてくる人もいるんです。何千㌔あるか知りませんが、凄まじい信仰の道です。

 参考 ヴェズレー マドレーヌ聖堂(世界遺産)記事(2008年8月)

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 大聖堂祭壇です。

 詳しくは、写真集を参照して下さい。

 写真集 世界三大聖地 サンテイアゴ・デ・コンポステーラ

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北イタリア紀行 その2 金融王国 ジェノヴァ

 承前 北イタリア紀行 その1 海洋王国 ジェノヴァ

 ジェノヴァの旧市街の一部が世界遺産に登録されています。『ストラーデ・ヌオーヴェ』(新しい通り)と『パラッツィ・デイ・ロッリ』(ロッリの邸宅群)と呼ばれています。即ち、ジェノヴァが最大に繁栄した16世紀から17世紀の頃にジェノヴァ共和国の賓客をもてなす迎賓館が並んでいた通りを指します。この迎賓館は複数あり、各々、ジェノヴァの銀行家やベンチャー投資家の私邸を迎賓館として利用していたのです。

 これ等の邸宅群をまとめて、『パラッツィ・デイ・ロッリ』(ロッリの邸宅群)と呼ばれ、このように賓客をもてなす制度を、『パラッツィ・デイ・ロッリのシステム』と呼んだそうです。公的な権限で計画的に私邸を公共の迎賓館にする計画は都市計画として進められたそうで、世界史的には初めてだそうです。これが、世界遺産に認定された理由だそうですね。名前の由来となった、『ロッリ』とは筒状に巻かれたドキュメントという意味ですが、そこに、迎賓館とする私邸の場所や役割などが記録されていたからだそうです。

 建物群の写真は写真集として収録しましたので、そちらを参照して下さい。

 世界遺産 ジェノヴァ歴史地区 写真集

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北イタリア紀行 その1 海洋王国ジェノヴァ訪問

 承前 イタリア北部紀行計画

 承前 北イタリア紀行から無事帰国しました

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 ジェノヴァはイタリア半島の北部西側北部の地中海に面する良港に恵まれた場所にあり、紀元前のケルトの時代から地中海貿易の拠点として繁栄した場所である。特に有名なのは第一次十字軍遠征の11世紀初頭から十字軍の拠点港からジェノヴァ共和国として18世紀末のナポレオンの時代までキリスト教文化圏の経済・軍事の要として繁栄した。東のベネチアと競合する海洋国家というか経済国家だった。

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 (コロンブスの生家)

 一番有名なのは、アメリカ大陸を発見したコロンブスが生まれ育った場所がジェノヴァである事でしょう。彼は、織物職人の家に生まれたそうですが、船に乗り貿易商人として道を切り開いた。スペイン・ポルトガル紀行を今年の初めに行い紀行文で触れましたが、コロンブスは最初ポルトガルに西回りインド航路開拓を提案しました。しかし、ポルトガルは既に喜望峰を廻る航路でインド・東南アジア・東アジアとの交易で忙しく、コロンブスの提案を受けなかった訳です。

 そして、スペインのイザベル1世のスポンサーを得てアメリカ大陸を発見した事になっていますが、事実は、その金を出したのはジェノヴァの銀行、即ち、サン・ジョルジョ銀行ではないかという説が存在するそうです。その理由は、当時の欧州のフランスにしても、スペインにしてもジェノヴァの『サン・ジョルジョ銀行』が財政を牛耳っていたからだと言われています。

 実は、今年の初めに紀行したスペイン・ポルトガル紀行に於いて、11世紀の第一次十字軍遠征から始まったエルサレム奪還戦争でテンプル騎士団が活躍し、ジェノヴァ港から地中海経由エルサレムへの拠点を確保し、海洋技術と経済技術をイスラム人から学び、発展させ遂に巨大な株式会社のようなテンプル騎士団組織ができた事を記録しました。そして、フランス王家の謀略によりこのテンプル騎士団は壊滅され、それをポルトガルが受け皿となりテンプル騎士団の財力と、経済学の知識と、海洋の地図や、航海技術を受け継ぎ大航海時代の先駆者となりました。

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 (サン・ジョルジョ銀行)

 しかし、その背後にはジェノヴァや東のベネチアの巨大な株式会社のようなものが存在していたんです。ジェノヴァは大航海時代にはサン・ジョルジョ銀行が共和国を支配し欧州の各国々の金融経済を支配していた訳です。今で言う、ベンチャーキャピタルのような存在だった訳ですね。

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倫敦オリンピック2012終盤

 今日明け方の女子サッカーは素晴らしい試合だった。これで、今回のオリンピックも終わりだと感じ、素晴らしい日本人選手達の活躍に感動した。ロンドンのサッカーの聖地、ウェンブリースタジアムには8万人を越える大観衆が見守っていた。現場に居なかったので、雰囲気が判らないが、凄まじい熱気に包まれていたと想像する。

 準決勝での米国とカナダの激闘をテレビで観ていたのですが、延長で辛うじて米国はカナダを倒し念願のワールドカップで負けた『なでしこ』と戦える事になった。これも、因果だな~と思いながら映像を眺めていた。

 結果的には『なでしこ』は敗戦したが、このワールドカップ優勝とオリンピック銀メダルは世界の女子サッカーの歴史に残る伝説を残したと思います。今日は負けた試合だが、何故か清々しい気持ちで朝を迎えた。

 日本女子は強い

 レスリングの伊調選手と吉田選手は五輪3連覇の偉業、そして、小原選手も最初で最後の五輪で金メダル、3人も金メダルを獲得し世界中を驚かせている。何と、日本の女子は強いのでしょうね。吉田選手は「霊長類最強の選手」なんて言われているそうですが、試合が終わりマットの上でコーチの父を肩車して観衆にその姿を見せている姿は、親孝行娘だな~と感心しました。

 伊調選手と小原選手はともに八戸出身だそうですが、テレビでは姉妹の強い絆について報道をされていた。この報道を観ながら、あ~・・・東北人は兄弟姉妹・家族の絆が強い人々なんだな~と改めて感じました。実は、私の母も東北の山形出身で妹との絆は本当に強く、東北生まれの人は家族の絆が強烈なんだな~と、子供の頃から感じていました。

 柔道女子でも松本薫選手が金メダル、試合会場に入る時の鋭い眼光には驚きました。男性陣では体操の内村選手が個人総合で金メダル、団体で銀メダルも立派でした。

 競泳陣では11個もメダルを獲得、残念ながら北島選手の三連覇は実現しませんでしたが、本当に連日感動する試合が続いた。何時も感動するのは水泳選手の肉体の美しさですね、逆三角形の分厚い胸板と清々しい顔が素晴らしい。今回は、泳ぐ夏目雅子と噂が流れた鈴木選手や、美人の噂の寺川選手が注目だった。とにかく、リレー団体では男子チームは銀、女子チームは銅と本当に感動した。

 私が水泳陣を誉めていると、家内が「お父さんも水泳に通ったら、でかい腹がへこむかも」と勧められた。

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ラジコン空撮の紹介

 赤とんぼのメンバーのYsさんは、ラジコン空撮に凝っている人なんですが、海外でも似たようなマニアがいるもんですね。Ysさんから、紹介を受けましたが、一人でニタニタするのも、勿体ないので、御紹介します。

 ラジコン空撮動画 

 モーターグライダーにカメラを搭載し、欧州の美しい風景が撮影されています。操縦者の傍を飛行機が飛んで行くのが面白いし、気球や、教会の鐘楼から操縦したり、最後は川に飛行機が墜落する場面や、回収する作者が川に転げ落ちるユーモア溢れる映像になっています。

Ysさんの話では、カメラはかなり広角がとれ、防水が利いたGoProというカメラだそうですよ。

 撮影カメラ GoProカメラ

 赤とんぼの横浜組のカッチンも興味を示し、我々も負けない画像を作りたいと思います。私は近所の鶴見川を中心に撮影する事になりますね。出来れば、カワセミを飛行機から撮影してみたいですね。

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白馬五竜高山植物園 (2012年度 赤とんぼ夏合宿)

 承前 2012年度 『赤とんぼ』夏合宿 フライト篇

 白馬村の近くに後立山連峰は五竜岳から延びる遠見尾根があります。登山路として有名な尾根ですが、一般の人々が気軽にロープウエイとリフトを使用し1500㍍程度まで登る事が可能です。そこに、白馬五竜高山植物園が人々の手で守られており、人気がある場所です。

300種以上の200万株の高山植物を観察する事が出来ます。ヒマラヤの青いケシやエーデルワイス、コマクサ、チングルマ、シラネアオイ、ニッコウキスゲ、ササユリ、シナノナデシコ、オヤマリンドウ、等々夏のはじめから秋まで沢山の高山植物を楽しめます。

 参考 白馬五竜高山植物園 ホームページ

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 参考 白馬五竜高山植物園(2012年7月) 写真集

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2012年度 『赤とんぼ』夏合宿報告 フライト篇

 承前 2012年度 『赤とんぼ』夏合宿 無事終了

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 2012年度 『赤とんぼ』夏合宿は何時もの信州、白馬村の『岩岳 ちんぐるま』で自炊・合宿が行われ、無事に終了しました。今回は生憎、ガスに囲まれる天候で少し苦労しました。栂池スキー場で飛ばす事が出来ました。

 参考 2012年度 『赤とんぼ』夏合宿 写真集 フライト篇

 詳細は、上記写真集に収録しましたので、御参照下さい。

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吉原先輩の絵画展(2012年8月)

 承前 吉原先輩の絵画展(2010年度)

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恒例の吉原先輩の絵画展に同期の浦川・五十嵐どんと新宿御苑のインフォメーションセンターのギャラリーに出かけた。真夏の灼熱の午後3時頃で、厳しかった。

 写真集 2012年度 吉原先輩の絵画展

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 今回の絵の特徴は4枚ともに画面に人物像が描かれるようになった事です、今までの先輩の絵にはそれが皆無でした。

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近つ飛鳥博物館 

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 安藤忠雄設計の大阪府立『近つ飛鳥博物館』です。まるで、ピラミッドの中に博物館があるようです。この階段も大きな集会には使えそうですね。

 博物館は二上山の西山麓の磯長谷の中心である太子町の南の一須賀古墳群の入口に建造されています。今は『近つ飛鳥風土記の丘』として、29ヘクタールの土地に102基の古墳が保存されています。この古墳群は6世紀前半から7世紀中頃にかけて渡来系の人々が建造した古墳群であろうと考えられています。23支群262基の古墳から構成されているらしい。

 博物館の模様は写真集に収録しましたのでそちらを参照して下さい。

 参考 『近つ飛鳥博物館』写真集(2012年7月28日訪問)

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