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北イタリア紀行 その2 金融王国 ジェノヴァ

 承前 北イタリア紀行 その1 海洋王国 ジェノヴァ

 ジェノヴァの旧市街の一部が世界遺産に登録されています。『ストラーデ・ヌオーヴェ』(新しい通り)と『パラッツィ・デイ・ロッリ』(ロッリの邸宅群)と呼ばれています。即ち、ジェノヴァが最大に繁栄した16世紀から17世紀の頃にジェノヴァ共和国の賓客をもてなす迎賓館が並んでいた通りを指します。この迎賓館は複数あり、各々、ジェノヴァの銀行家やベンチャー投資家の私邸を迎賓館として利用していたのです。

 これ等の邸宅群をまとめて、『パラッツィ・デイ・ロッリ』(ロッリの邸宅群)と呼ばれ、このように賓客をもてなす制度を、『パラッツィ・デイ・ロッリのシステム』と呼んだそうです。公的な権限で計画的に私邸を公共の迎賓館にする計画は都市計画として進められたそうで、世界史的には初めてだそうです。これが、世界遺産に認定された理由だそうですね。名前の由来となった、『ロッリ』とは筒状に巻かれたドキュメントという意味ですが、そこに、迎賓館とする私邸の場所や役割などが記録されていたからだそうです。

 建物群の写真は写真集として収録しましたので、そちらを参照して下さい。

 世界遺産 ジェノヴァ歴史地区 写真集

 私の感想はまるで、スペインに居るような気持ちになりました。建築様式が殆ど、スペインで見学した建物と同じなんですね。如何に、ジェノヴァがスペインとともに大航海時代に世界中の富を集中させたのか、判るような気がしました。

 ベースにはイベリア半島が300年間イスラムにより支配された影響があります。柱はナツメヤシの木であり、天井はナツメヤシの葉で覆われる森のイメージです。グラナダで観たイスラム様式の建築がスペインの建築に根強く残っているんですね。

 私は今年のスペイン・ポルトガルの紀行からイスラム文化圏の科学技術や航海技術のレベルの高さを再認識した訳です。特に中世の時代はキリスト教文化圏は実に科学技術は特に停滞した時代であり、イスラム圏はどんどん発展していたと思います。

 その事を冷静に認識して行動したのが、ジェノヴァやベネチアの海洋共和国というか貿易立国の国であり、資本を蓄積し金融会社のような組織を発展させ、遅れたキリスト教文化圏の国に金融し、彼らを支配したのではないだろうか。

 イギリスによる産業革命が起こり、産業資本が勃興するまでの世界史は金融資本が世界を支配していたと考えると、意外と、大航海時代を切り開いたポルトガル、スペイン、その裏で資金を握っていたジェノヴァ、ベネチアの金融資本の構図が理解し易く思えました。

そして、日本の戦国時代を終焉させた信長こそ、ポルトガル人、スペイン人、等々と接触し世界史の流れをいち早く理解し、それを取り入れたのが信長だと思いました。彼は、世界史をちゃんと理解していたと思います。

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