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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(40) 世界遺産ポルト歴史地区(2)

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(39) 世界遺産ポルト歴史地区(1)

 ポルトと言えば、ポルトワインが有名です、ポルトワインの特徴は発酵途中でブランデーを注入し強制的に発酵を止め甘いワインを醸造する方法です。ポルトワインの老舗である、サンデマン(Sandeman)社を訪問出来ました。

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 1790年に創業だそうでポルトワインの老舗だそうです。ロゴは独特で黒いマントにコルドバ帽子を被り手に赤いポルトワインを持つ印象的な図柄です。輸出先は英国が中心で、当時英国はフランスと戦争をしておりワインの輸入先はポルトガルしか存在しなかったそうです。ポルトワインとシェリー酒は英国人により鍛えられた訳です。

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 ポルトワインと言えば、日本の『赤玉ポートワイン』を思い出す人が多いのではないでしょうか。サントリーという会社を成功させた原動力となったワインです。しかし、ポルトガルのポルトワインとは何の関係もありません、甘いワインに変わりはないですが、憧れを抱いてポートワインの名称を使用したんでしょうね。今は名称を変更し『赤玉スイートワイン』とブランド名を変更しています。

 マイフォト 世界遺産ポルト歴史区 ポルトワイン

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(39) 世界遺産ポルト歴史地区(1)

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(38) トマール キリスト教修道院

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Photo_2 テンプル騎士団のトマールから北に210㌔大西洋岸を北上するとポルトガルの第二の都市ポルトに到着します。

ポルトは世界遺産に登録された歴史地区を抱える港街であります。

 大西洋に注ぐドウロ河口にケルト人の時代から港街として栄えた歴史ある美しい街です。特に大航海時代にはエンリケ航海王子の生まれ育った場所として世界の海に開けた港だったそうです。当時の繁栄の模様は歴史地区に遺された多くの建造物や遺物で伺い知る事が出来ます。まさに、ポルトガル国名はこの都市から生まれました。

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 エンリケ航海王子の像がドウロ川河口に広がったポルトの港を見守っています。

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 丘の上に建つサンフランシスコ教会で此処も世界遺産に登録されています。

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 ドンルイス1世橋です、上段はメトロが走り下段は道路となっています。

 マイフォト 世界遺産 ポルト歴史地区写真集

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2012年5月 千葉フライト

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 本日快晴、無風に近いラジコン飛行機飛ばすには最高の天気でした。早朝7時前にわこちゃんとカッチンが迎えに来て下さり、千葉のラジコン親爺と一緒にフライトを楽しんだ。岩ちゃんは自治会の副会長で多忙で欠席でした。

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 カッチンは今日、2機のモーターグライダーが初飛行でした。写真は自作のバルサ機『プロムナード』です、最高のパフォーマンスでした。

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 もう1機はプッシャー型の電動グライダーです、ビデオカメラを搭載して空撮を敢行しました。これも完璧でしたね、流石カッチンでした。

 ワコチャンは超小型電動機と『スバル09電動改造機』を飛ばし、私は『スカイ老婆』と10年前のムサシノの『複葉機』を飛ばしました。

 マイフォト 2012年5月千葉フライト 写真集

 

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アメリカ大自然 グランドサークル紀行(11) モニュメントバレー見どころ2

 承前 アメリカ大自然 グランドサークル紀行(10) モニュメントバレー見どころ1

 次の見どころはジョン・フォード監督が愛した絶景ポイントがジョン・フォード・ポイントと呼ばれる場所です。

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 素晴らしい景色です、馬に乗る人が存在するだけで見事な風景となりますね。

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 手元には現地で入手したモニュメント・バレーの地図があり、それによると、背景のモニュメントには全て名前がついています。詳しくは写真集を参照下さい。

 マイフォト モニュメント・バレー ツアー写真集

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私の散歩道 金冠日食

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 今日は金冠日食が朝の7時半頃に観測できるという話だった。目が覚めると7時20分を過ぎている、テレビでは大騒ぎをしているのでベランダにカメラを持って飛び出るが雲が天空を覆っている。眼下には沢山の近所の人々が空を見上げていました。

駄目かと思ったが、時折日食を観測する事が出来ました。金冠日食の瞬間は残念ながら雲が邪魔して観測は出来ませんでした。

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 日食と言えば、子供の頃にガラス板をローソクにかざしてススをガラス板につけて観測したり、下敷きで観るとかした記憶があります。今は観測用のメガネを販売しているのですね。昔は何も無かった時代でした。

 そうそう、日食と言えば卑弥呼が身罷ったと考えられる247年と248年に日本で観測された筈だそうですね。ある研究者は霊力の落ちた巫女である卑弥呼は日食が理由で殺害されたと言う事を昔何処かで聞いた事がありました。

 アマテラスの天の岩戸隠れの話も日食を記録した話ではないかと言う人もおられますね、真実はどうでしょうか。

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アメリカ大自然 グランドサークル紀行(10) モニュメントバレー 見どころ1

 承前 アメリカ大自然 グランドサークル紀行(9) グールデイング夫婦博物館

 モニュメントバレーでは現地のナバホ族の人々が運営する小型バスで見どころを巡るツアーが開催されています。ポイントは窓のある車を選択しないと、オープンエアーではナバホサンドの砂煙を被り大変な事になります。道は舗装されていないので、車が走るともうもうと、砂煙があがり前が見えない程です。

これから、何回かに渡り見どころをご紹介します。今回はその1回目です。

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 ビジターセンターのある博物館の前から観る風景です。『駅馬車』の映画の一場面のようですね。

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 左端はレフトミトン(左二股手袋)、真中はライトミトン(右二股手袋)で右端はメリック・ビュート(Merrick Butte)と呼ばれています。高さは1800㍍から1900㍍ていどあり、観てる場所は1600㍍程度です。大昔は谷底だったのが隆起して浸食されたそうです。

 詳しくはマイフォトを参照して下さい。

 マイフォト モニュメントバレー 観光ツアー 写真集

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岩宿博物館と群馬の遺跡見学の旅 御案内

 私が考古学を学んだ大学の卒業生からの依頼をご紹介します。

 岩宿博物館と群馬の遺跡を見学する旅だそうです。詳細は『第二回 遺跡巡検旅行のおさそい~岩宿と群馬の遺跡巡検』を参照して下さい。

私は残念ながら、北海道の旅と重なり参加出来ませんので、あしからず。

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アメリカ大自然 グランドサークル紀行(9) グールデイング夫婦博物館

 承前 アメリカ大自然 グランドサークル紀行(8) モニュメントバレーへの道

 モニュメントバレーは第一次大戦の頃までは殆ど知られていない、ナバホ族だけの聖地でした。そこに、ハリー・グールデイングと奥さんのマイク・グールデイングが原住民と一緒に住み始めたのです。彼らは交易所を作りロッジを作りました。そして、原住民の為に病院を建設したり、多くの社会奉仕を行いました。そして、大恐慌の時に原住民の生活を救う為にハリウッドに働きかけ、運命的なジョン・フォード監督と出会う事になるのです。

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 1938年に遂に世界的な名画『駅馬車』がこのモニュメントバレーで撮影され此の地を世界に発信したのです。ジョン・フォード監督とグールデイング夫婦を通しての現地のナバホ族の人々との密接な交流は始まり、現在でもこの夫婦と監督はナバホ族の人々から尊敬され愛されているそうです。

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 グールデイング夫婦のロッジと交易所は今も博物館として保存されており、見学する事が出来ます。1930年代から現在に至るまでのハリウッドの撮影現場としてのモニュメントバレーを知るにはこの博物館見学は必須であります。

詳細は、マイフォトに収録していますので、そちらを参照して下さい。

 マイフォト モニュメントバレー グールデイング夫婦博物館(Goulding's Lodge Trading Post & Museum)

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アメリカ大自然 グランドサークル紀行(8) モニュメントバレーへの道

 承前 アメリカ大自然 グランドサークル紀行(7) パウエル湖畔滞在

 パウエル湖畔のページから200㌔走行するとナバホ族の聖地、モニュメントバレーに到着します。今回はその車窓の御紹介となります。

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 ナバホ族の居住地は日本の四国と同じ程度の大きさがあるそうです。モニュメントバレーはナバホ族の聖地とされ、彼らが管理しており、だからハリウッドの撮影が出来る訳です。これが、国立公園だと決して許されない事となります。

 モニュメントバレー地域には1500年程前からの人間の痕跡があるそうですが、13世紀までナバホ族が移住する前に『アナザシ』と呼ばれる古代人が住んでいたようです。何故か13世紀に急に姿を消したようです。多分気候変動により、南に移動したのでしょうか。

 この居留地には石炭の鉱山が存在し、鉄道も引かれ、石炭による火力発電所も持ちナバホ族は裕福な暮らしが出きているそうです。石炭と電力を近隣のアメリカの州に販売しているという。そういえば、パウエル湖の傍に火力発電所があり、何で水力発電所に火力発電所が存在するか不思議でしたが、そんな理由が存在したのですね。

ともかく、学生時代からテレビや映画で楽しんだ西部劇の撮影現場であるモニュメントバレーへの道は本当にワクワクの連続でした。詳しくは、写真集を参照下さい。

 マイフォト モニュメントバレーへの道(車窓) 写真集

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アメリカ大自然 グランドサークル紀行(7) パウエル湖畔滞在

 承前 アメリカ大自然 グランドサークル紀行(6) アンテロープキャニオン

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 アンテロープキャニオンの近くはページという町になります。眼下にパウエル湖を眺める事が出来る素晴らしい場所です。此処で、滞在となりました。夕陽が素晴らしくレストランでは外でテーブルを出しアメリカの大自然を堪能しました。

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 ホテルの部屋からパウエル湖を眺めた景色です。

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 直ぐ近くにゴルフ場がありますね。

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(38) トマール キリスト教修道院

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(37) テンプル騎士団と武士道

 トマールの山の頂上にテンプル騎士団が築いた修道院&要塞があります。正式にはキリスト教修道院と呼ぶそうですが、Templar Castle(テンプル騎士団の城)ともCastelo de Tomar(トマールの城)とも呼ばれています。

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 ポルトガル王はフランス王フィリップ4世とバチカンが追放したテンプル騎士団を保護しイベリア半島からイスラム勢力の駆逐とその後、テンプル騎士団が蓄えた海外航海術、国際金融、世界情勢・地図、海軍力、等々のテンプル騎士団の知識を受け継ぎ大航海時代の歴史を開いたのです。

 まさに、ポルトガルとテンプル騎士団を語るにはこのトマールのキリスト教修道院を抜きには語る事が出来ないと言われています。

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 円堂内の八角形の中央祭壇は元来、撮影禁止だったようですが、今回は撮影が許可され写真を収録出来ました。大航海時代の富の中核である金をふんだんに使用して建造された中央祭壇は見事なものでした。

 詳しくは、写真集に収録しましたので是非そちらを参照して下さい。テンプル騎士団やポルトガルの大航海時代を知る貴重な写真が収録されていますので、是非ご覧ください。

 マイフォト トマール キリスト教修道院(テンプル騎士団の城) 写真集

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(37) テンプル騎士団と武士道

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(36) ユーラシア大陸最西端 ロカ岬

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 リスボンからポルトガルを北上します。135㌔北上するとトマール(Tomar)という街に到着し、更に210㌔北上するとポルトガル第二の大都市でポルトガルの国名起源となったポルト(Porto)の街で宿泊となった。

今回は先ず、トマールの存在するキリスト教修道院の紹介となりますが、その前にポルトガルを世界初の海洋王国に押し上げた原動力となったテンプル騎士団について現地でお話を聴いた事で私に新しい歴史の見方を教えてくれた事を述べたい。即ち、江戸時代に築かれた武士道の原型はポルトガル人がテンプル騎士団の精神を日本の商人や武士に伝えた事が日本の武士道の一つの原点になった話です。

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 (写真はトマールのキリスト教修道院ーテンプル騎士団の修道院)

 日本の堺の商人は千利休を始めポルトガルのテンプル騎士団の清廉潔白な修道士の清貧と神の為に命を捨てる戦士の魂を学んだと考えられ、ワビ・サビの心も実はポルトガルのテンプル騎士団に学んだと考える事が出来ます。この話は奥が深いので別途異なる場所で調査結果を記録したいと思います。

 『テンプル騎士団』

 この騎士団の名前は『ダ・ヴィンチ・コード』の読まれた方なら馴染だと思いますが、本来1096年の第一次十字軍遠征の直後に聖地エルサレム巡礼の人々を守る為に結成された騎士修道士の組織を呼びます。その組織は貴族出身の騎士の配下に十名程度の従者が従い、同時に事務を扱う従者達も存在し、その組織は国を越え『キリストとソロモン神殿の貧しき戦友たち』と自分達を呼称し神殿騎士団とも聖堂騎士団とも呼ばれた。

 彼らは多くの特権を与えられ国を越えて存在する現代のグローバル企業のような組織となったそうだ。大義と精神がキリスト教国には絶大に指示され沢山の各国の王から土地の寄進を受け、商人からも寄進を受け無税の団体として行動出来、寄進された土地を換金して各地にブドウ園を経営したり、金融業を始めたり、まるで現代のグローバル企業のような経済活動を始めたそうだ。そして、巡礼者から金を預かり為替のような業務も発展させ国際金融の世界銀行のような業務も始めたという。

 江戸時代、日本でも伊勢参りをする人々は為替を利用したと考えられるが、既に戦国時代末期に堺の商人や名古屋の茶屋四郎や博多・佐賀の商人はポルトガル人からテンプル騎士団のビジネスモデルを学んでいた可能性があります。

さて、このテンプル騎士団はあまりにも巨大な経済団体となりフランス王にも巨額の金を貸し付け、欧州各国の王から反発を買い、又、無税の特権は一般商人から反発を買う事になった。宗教法人が国際金融業務や国際貿易を行い自分で艦隊まで持つ組織となっていた。エルサレムが異教徒の手に落ちたのちもテンプル騎士団は存在したが、14世紀初頭にフランス王フィリップ4世の陰謀によりバチカンにも裏切られ悲惨な最期を遂げる。

 近年、この裁定はフランス王の陰謀であり、バチカンの間違いであったとテンプル騎士団の名誉は回復されたそうだ。そこで、問題はフランス王がテンプル騎士団を異端の団体でありバチカンとともに追放令をだした時にポルトガル王は無視し、テンプル騎士団を保護した事が世界史を動かしたのです。

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(36) ユーラシア大陸最西端 ロカ岬

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(35) 世界遺産 シントラ ぺーナ宮殿

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 シントラからロカ岬に行くバスに乗り時間が遅いので、ロカ岬で下車せずにそのまま終点のカスカイスまで行くことにした。終点のカスカイスから電車でリスボンに帰還する事にした。全て、周遊券でカバーされるルートです。

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 ロカ岬はユーラシア大陸の最西端になるそうです。此処で夕陽を観るのが素晴らしいというので出かけましたが、丁度、バスの車窓から夕陽を眺める事ができました。

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 大西洋に夕日が落ちて行く光景を観る事が出来ました。大航海時代はこのポルトガルから始まりました、この大西洋に乗り出して行き世界史を切り開いた訳です。そして、彼らは喜望峰を廻り日本に到着しました。

 詳しくは、写真集を参照下さい。

 マイフォト ポルトガル ユーラシア大陸最西端 ロカ岬の夕陽

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(35) 世界遺産 シントラ ぺーナ宮殿

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(34) 世界遺産 シントラ ムーアの城壁

 ムーアの城壁を歩いたあとヘトヘトの身体で更に山を登り頂上にあるぺーナ宮殿を目指した。

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 19世紀に女王マリア2世の夫であるフェルナンド2世が建造した摩訶不思議な王宮である。何故不思議かと言うと建築様式がゴシック、マヌエル様式、イスラム様式、ルネッサンス様式全てがチャンポンされた建築だからです。

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 詳しくはマイフォトに収録しましたので、そちらを参照下さい。

 マイフォト 世界遺産 シントラ ぺーナ宮殿 写真集

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44年前の山小屋建設 鹿島槍『翔羊(しょうよう)山荘』

 承前 鹿島槍ヶ岳山荘『翔羊(しょうよう)山荘』ワーク記録「2011年9月」

 承前 鹿島槍ヶ岳山荘『翔羊山荘』から帰還(2011年9月25日)

 今年も鹿島槍ヶ岳山麓の『翔羊山荘』の補修工事が五月の連休に行われた。残念ながら私は参加出来ませんでした。昨年の9月の補修工事には参加する事が出来た。今年も無事に工事は終わったようでした。関西から駆け付けたメンバーはほぼ昨年と同じメンバーに新規のメンバーが加わるような様子だったようです。

 所で、昨晩、私の次の世代の主将を担当し『翔羊山荘』建設に尽力した宮崎悦伯(えつのり)さんが44年前の写真をメールで送付してくれた。私が写っている写真を撰んで送ってくれたようだ。本当に懐かしい思いが駆け巡った。

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 1968年『翔羊山荘』基礎工事の模様です。私は左端で鉢巻をして、当時55キロ程度の痩せた山男時代の姿です。工事を行っているのは私の次の世代の宮崎悦伯君が主将をしてる世代のメンバー達です。

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 右の鉢巻姿の短パン姿で口を尖がらせているのが私です。中央で網シャツのかがみこむ姿は同期のマネージャの阿知羅英夫さんです。(現:ヒガシトゥエンティワン社長)

中央手前横向姿が当時の主将の宮崎悦伯君ですね。

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約束が簡単に破棄される世の中 世も末だ

 この数年、私は海外旅行に何回も出かけています。自分で企画し自分で飛行機のチケットから現地の交通機関や宿もインターネットで予約して行く場合もあれば、大手の旅行会社のツアーに参加する場合も多いです。

 この数年、この大手旅行会社さんの商行為に疑問と怒りを抱いているので、一応記録しておきます。今迄十回程度は経験した事なので、多分、商慣習として大手旅行会社さんは何とも感じていない事だと認識している。私が商慣習としておかしいと思う例を述べます。

 インターネットで大手旅行会社のホームページで欧州の旅行の申し込みを行った。彼らが指定する日にちの申し込みを行った。数日後、旅行会社から資料が送付され、必要事項の記入資料の送付と銀行から指定された口座に予約金を振り込んだ。

 インターネットでホームページを検索すると、申し込んだ日の受け付けは終了したと表示が存在した。受付を締めきり、申し込みの詳細資料の記入や送付、銀行振り込み指示されているので、旅は挙行されると思っていた。しかし、振り込んだ翌日に電話がありツアーは開催されない10名しか参加がなかったと説明された。

 この数年間、このような事はJTBでも、阪急交通社でも、クラブツーリズムでも経験してるので皆さん業界では共通の商行為なんでしょうね。しかし、おかしいと思いませんか?せめて、決行すると決まるまでは予約金の支払いを顧客にさせないのが常識と違いますかね。

 噂では、多くの旅行客が行く事もあやふやで沢山申し込むだけしてる輩が多いという事も聴いています。しかし、予約をする顧客は全ての自分達のスケジュールを調整して申し込んでいる訳です、そんな真面目な人々を簡単に参加者が10名だからツアーは中止という判断をする商慣習は何処か変だと思いませんか。

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(34) 世界遺産 シントラ ムーアの城壁

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(33) リスボン ジェロニモス修道院

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Photo_2  リスボンから汽車に乗りシントラ駅に向かいます。シントラ駅で下車し定期周遊バスに乗りシントラのムーアの城壁遺跡やぺーナ宮殿を観光し、シントラ駅に戻り今度は定期周遊バスに乗り欧州最西端の岬、ロカ岬を巡りバスでカスカイス駅を目指す。そして、リスボン駅まで汽車で帰還する計画です。リスボン駅で汽車とバスのセットになった周遊券を購入し観光するのが格安でした。

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 今回はムーアの城壁の観光です。リスボンから汽車に乗りシントラ駅で下車し駅前のバス停から定期周遊バスに乗りムーアの城壁遺跡を目指します。

 ムーアの城壁(グーグルアース)

「castle_of_the_moor.kmz」をダウンロード

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 イベリア半島は7世紀の頃から北アフリカに住むイスラム教徒に征服される事になります。この城壁も北アフリカのベルベル人であるムーア人により征服され彼らが建造した城壁であり山城であります。9世紀頃から建造されたと考えられています。

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 眼下にはシントラの街と王宮が見えます。城壁を全て歩いたが、2時間程度かかりヘトヘトになりました。万里の長城を思い出す城壁歩きとなりました。詳しくは写真集で。

 マイフォト 世界遺産 シントラ ムーア人の城壁 写真集

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アメリカ大自然 グランドサークル紀行(6) アンテロープキャニオン

 承前 アメリカ大自然 グランドサークル紀行(5) パウエル湖とグレンキャニオンダム

Photo  パウエル湖のダムの近くにページという街があります、その街からナバホ族の居留地に存在するアンテロープキャニオンを見学しました。ナバホ族の土地ですから、モニュメントバレーと同じくナバホ族の管理下に置かれており、彼らが経営する観光会社のもとで観光が必要です。

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 このようなトラックに乗せられ、砂漠の川を走る事でアンテロープキャニオンに到着出来ます。砂塵を巻き上げながら走行です、子供の頃の舗装されていない故郷の道路を走る雰囲気を味わえました。本当にワイルドな旅となりました。マスクが必要でしょうね。

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 アンテロープキャニオンは二カ所観光する場所が有りますが、我々はアッパーと呼ばれる街から遠方の人気あるキャニオンを観光する事になりました。写真は岩の裂け目ですが、此処がアンテロープキャニオンの水の出口となります。年に2~3回は雨が降り鉄砲水がでるそうです、そうするとこの延々と続く岩の裂け目に水が押し寄せきめ細かなナバホ砂岩の砂とともに岩を削るそうです。サンドペーパーで岩の裂け目の壁を磨く要領です。

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 そうすると、こんな綺麗な縞模様の風景が出来あがります。足元には鉄砲水が運んだナバホ砂岩の砂が堆積しています。この風景は毎年変わるそうです。ご興味ある人は、マイフォトを参照して下さい。

 マイフォト アンテロープキャニオン(Antelope Canyon)写真集

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雨に祟られたゴールデンウイークだった

 私は毎日がゴールデンウィークですが、働いている人々には楽しみのゴールデンウィークだったと思いますが、雨に祟られましたね。昨日は、久しぶりに朝から太陽が顔を出したので、専用バルコニーで布団を干した。連休中には色んな事故が起こり心を痛めています。

 『山の事故』

 馴染の白馬岳で北九州のお医者さん達、60代から70代の人々が吹雪に遭遇し尾根で亡くなっていた。爺でもベテランの60代の女性が亡くなり、今年、キリマンジャロに登頂されたとこだという話が新聞に記載されていた。涸沢でも老人が亡くなった。何故か皆さん60代以上の老人達ばかりだ。問題は白馬で亡くなったお医者さん達です、軽装だったと非難されています。手袋もしていない人がいたらしい。

 昔から、5月の連休で多くの登山者が山で遭難している。アルプスでは5月初旬は厳冬期から春を迎える不安定な時期で山が安定していないので荒れる事でも有名だ。6月末になれば、アルプスも安定すると思うが難しい時期にゴールデンウイークが存在している。

今回、アメリカの国立公園を訪問していて思うのは事故を未然に防ぐ為の仕組みでアメリカから学ぶ所もあるように思います。アメリカの国立公園では入場料が10ドル程度払い、その金でレンジャーを確保している。彼らは尊敬され、且つ、逮捕権限も与えられており山の警察とも考えられる。

 日本の風土はアメリカよりも欧州の風土に似ており、誰でもが無料で自然を享受できる権限を持つという思想ではないだろうか。だから、日本ではアメリカの制度は難しいと思うが、問題は自然を自由に享受出来る権利には義務も同時に存在する事を忘れてはいけない。山を汚したり、草木を持ちかえるとか、自然を守る義務を忘れた人々を廻りの人々が諭したり、肩代わりする必要が生まれている。

 今回の社会的にも尊敬される立場の老人6名(医者4名+獣医1名+自営業)の人々は何故遭難したのかを検証しないといけないと思います。吹雪は何故予測できなかったのか、何故軽装で春山の後立山連峰を縦走しようとしたのか、何故、誰もチェック出来なかったのか・・・・。何故、彼らに縦走を断念させる事が出来なかったのか。悔いが残ります。

 山も海も自然は何時も人間が油断すると牙をむく事を忘れてはいけないと思った。又、最近は日本の山に韓国や中国の観光客が来ています、将来は大事な観光資源ではないでしょうか。生まれ育った環境も教育も異なる人々が押し寄せれば、問題が起こると思いますので、益々、アメリカのような逮捕権限を持つレンジャーが日本でも必要ではないだろうか。富山県警や長野県警ではレンジャー部隊が存在するが、もっと受益者負担の国立公園守備隊を考えています。

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アメリカ大自然 グランドサークル紀行(5) パウエル湖とグレンキャニオンダム

 承前 アメリカ大自然 グランドサークル紀行(4) ザイオン カーメルハイウエイ

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 ザイオン国立公園から2時間程度カーメルハイウエイを走るとパウエル湖に出ます。この湖は人造湖で、グレンキャニオン ダムが1963年に完成したあとせき止めたコロラド川の源流域の水が17年の年月をかけて溜まった湖だそうです。周囲は3千㌔にも及ぶ巨大な湖でありグレンキャニオン国立リクリエーション地区として開放され、クルージングもあり自然を楽しめるようです。

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 グレンキャニオンダムはフーバーダムに次ぐ巨大ダムであり、幅が475㍍、高さ216㍍もあります。旅の最後でフーバーダムも車窓から眺めましたが、日本のダムとは比較にならない巨大さに圧倒されました。

 マイフォトでダムとパウエル湖を紹介しておりますので、そちらを参照して下さい。

 マイフォト パウエル湖とグレンキャニオン ダム 写真集

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アメリカ大自然 グランドサークル紀行(4) ザイオン カーメルハイウエイ

 承前 アメリカ大自然 グランドサークル紀行(3) ザイオン国立公園散策

 

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 ザイオン国立公園からこの峡谷を駆け登りパウエル湖を目指します。 このルートでザイオン国立公園内のルートはザイオンーマウンテイン カーメルハイウエイと呼ばれており、景観に恵まれた山道として知られています。

 なんせ、ザイオン峡谷の谷底からコロラド高原が隆起した時の台地まで登る事になります。

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 カーメルハイウエイの模様はマイフォトに収録しましたので、そちらを参照して下さい。

 マイフォト ザイオンーマウンテイン カーメルハイウエイ 写真集

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ムンクの叫び 高額落札

 昨夜のニュースでは、ノルウエーの画家、ムンクの『叫び』がニューヨークのオークションで高額で落札されたというニュースがありました。90億円を超える高値だったようです。噂では中国が美術館に飾る名画を探しているという噂があるようです。

 参考 オスロ ムンク美術館

叫び

 私はこの時の紀行で初めてムンクの人生を知りました。又、地道に日本の出光美術館がサポートしてる事実も知りました。これは、出光興産という民間企業が努力している成果です。

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アメリカ大自然 グランドサークル紀行(3) ザイオン国立公園散策

 承前 アメリカ大自然 グランドサークル紀行(2) ラスベガスからザイオン国立公園へ

 エメラルド・プール トレイルを散策しました。日本の上高地の梓川と河童橋、そして穂高岳を仰ぐそんな雰囲気に似る素晴らしい自然の散策となりました。

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 エメラルド・プール トレイルの模様はマイフォトに収録しましたので、その写真集を参照して下さい。

 マイフォト ザイオン国立公園 トレッキング写真集

 

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アメリカ大自然 グランドサークル紀行(2) ラスベガスからザイオン国立公園へ

 承前 アメリカ大自然 グランドサークル紀行(1) 全行程計画

 ラスベガスからザイオン国立公園を目指します。ラスベガスからは260㌔程度3時間少しでしょうか。15号線を北上しセントジョージで9号線をザイオン国立公園に向かいます。途中は延々と砂漠地帯を走行します。

 そうそう、昨日の夕方ラスベガスのホテルの部屋のテレビでは全米女子プロ決勝日の中継があり日本の宮里藍選手が12アンダーで二位の選手に4打差をつけて優勝していました。彼女は本当にアメリカを土俵に頑張っているんですね。それに引き換え、男子プロは今だに世界に通用しないレベルだと思います。若い男子プロにアメリカで頑張って欲しいです。

 ザイオン国立公園の手前の集落で早めの昼食を頂きました。サーモン料理でした。

 詳細な車窓の風景は写真集に収録しましたので、そちらを参照して下さい。

 マイフォト アメリカ大自然 ラスベガスからザイオン国立公園へ車窓 写真集

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アメリカ大自然 グランドサークル紀行(1) 全行程計画

 承前 アメリカ大自然 グランドサークル紀行 感動帰国

 グランドサークル(The Grand Circle)とはラスベガスの東に位置する人造湖である、パウエル湖を中心に半径230キロの円を描くとその中に10の国立公園、16の国定公園、19の国立モニュメントや州立公園が存在する。これを、グランドサークルと呼ばれるそうです。

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 ラスベガスを基点とし、ルート15を北上しセントジョージで9号線に乗り変えザイオン国立公園を目指します。260㌔約2時間の行程となります。ザイオン(Zion)とはイスラエルの聖峰シオンの丘を意味します。ダ・ヴィンチ・コードでもシオン修道会という名前が登場しましたね。さて、593平方キロもある国立公園で、長さ24㌔深さ800㍍のザイオン渓谷が有名です、ノース・フォーク・ヴァージン川により浸食された美しい渓谷です。

 今回はブライス・キャニオンには立ち寄る余裕が無く、パスして人造湖であるパウエル湖に向かいます。パウエル湖を見学後、ページにあるアンテロープキャニオンを観光し、湖を見下ろす場所で宿泊です。アンテロープキャニオンは大きな岩の裂け目を水が浸食し美しい幻想的な縞模様を見せる見事な景色で有名です。

 翌日は約200㌔走行しナバホ族の聖地、モニュメント・バレーに向かいます。あの、ジョン・フォード監督が愛した撮影現場です。『駅馬車』を始め、多くの西部劇の撮影場所に撰ばれ、その後も沢山の映画の撮影現場となっています。

 そして、又、200㌔程度走りグランドキャニオンを夕方に見学し、サウスリムのロッジで宿泊します。グランドキャニオンの朝日が昇る風景を見学する為にグランドキャニオンで宿泊します。地元ガイドさんの話では、朝日が昇るのを観賞するのは日本人だけだそうです。世界中を探しても、朝日を拝む為に早朝から起きる人々は日本人を除いて皆無だという。本当でしょうかね、エジプトやマヤや長江流域でも太陽信仰ですから、そんな事はないと思います。

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