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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(19) 白い街、太陽の海岸 ミハス(Mijas)

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(18) アルハンブラ宮殿 夏の離宮

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Photo_2  グーグルアース ミハス(Mijas)

「Mijas.kmz」をダウンロード

 アルハンブラ宮殿から西160㌔走ると地中海に面した美しい保養地、「ミハス」(Mijas)があります。白い街とも太陽の海岸(Costa Del Sol)とも呼ばれ欧州の金持ちが別荘を構えている地区です。街全体の家が真っ白な漆喰で塗装されており、南アンダルシアの地中海の強烈な太陽の光を反射しています。

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 地中海に向かい斜面には高級別荘地が広がっています。

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 カフェテラスのレストランが沢山並んでいます。此処で、スペインに2カ月間滞在してるという日本人の老夫婦とお会いできました。素晴らしい、老後ではないでしょうか。

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 サン・セバスチャン教会です、此処も真っ白な漆喰で固められています。

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 噴水のある広場にでました。このあたりには沢山のレストランがあります。私はバーに入りビールとハンバーガーを食べました。

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 皆さん、楽しそうに食事をしています。地中海を眺めながらの食事となります。

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(18) アルハンブラ宮殿 夏の離宮

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(17) アルハンブラ宮殿 夏の離宮への道

 夏の離宮はヘネラリーヘ(ヘネラリフェ)と呼ばれています。最初にあの名曲『アルハンブラの思い出』が作曲された場所はこの離宮のアセキアの中庭である事を御紹介しました。もう一度、この離宮を御紹介します。

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 夏の離宮から眺める赤い宮殿、アルハンブラ宮殿です。右端にグラナダの旧市街が少し伺えますね。

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 イベリア半島に於いて最後までイスラムの拠点として残っていたのが、このアルハンブラ宮殿というか、難攻不落の要塞でした。内部は、とても女性達の事を考えた優しい宮殿である事が今回初めて判りました。人気の秘密なんですね。

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 多分、16世紀以降、キリスト教徒によりこの宮殿も改築されたと思いますが、砂漠の民の面影は今も沢山残っていました。

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 名曲が生まれたアセキアのパテイオです。夏ならば噴水の周りに綺麗な花が咲き誇っているんでしょうね。

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(17) アルハンブラ宮殿 夏の離宮への道

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(16) アルハンブラ宮殿 バルタル庭園へ

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 貴婦人の塔を眼下に階段状の地形を生かしたシンメトリカルな水の庭園です。

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紀元前600年頃にバビロニアに存在したという『空中庭園』というのも、このように階段状の地形にプールを作り、段々に水を下層に導水する庭園だったのではないでしょうか。そんな事を考えながら庭園を眺めていました。

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 谷を挟んで向こうには夏の離宮『ヘネラリーヘ』が見えます。手前には柿の木が植えてあります、確かスペインでも『カキ』と呼ぶそうですが、信長の時代に宣教師が持ちかえったものと聞いています。従い、イスラムからキリスト教徒が奪還したレコンキスタのあとに、植えられたものでしょうね。 注:レコンキスタとはイベリア半島に於いて8世紀から15世紀にかけてキリスト教国がイスラムから国土を奪還する運動の事を指します。

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 アルハンブラ宮殿から谷を挟んで見上げる夏の離宮の風景です。

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 城壁ですが、王様やハーレムの女性の目に入らないように兵士や庶民はこのような塹壕のような深い溝の道を行き来したそうです。多分、防御上の理由が大きいと私は思います。

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ポルトガル・スペイン3200㌔の旅(16) アルハンブラ宮殿 バルタル庭園へ

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(15) アルハンブラ宮殿 メスアール宮殿 

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 アルバイシン地区(旧市街)の眺めです。

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 植物一杯のリンダハラの中庭の姿です。俘囚の二姉妹の心を和ませたでしょうね。

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 リンダハラの中庭を出ると昔は家臣団の住居があった場所だそうです。今は庭園になっています。

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 バルタル庭園を歩きます。

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(15) アルハンブラ宮殿 メスアール宮殿

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(14) アルハンブラ宮殿 カルロス5世宮殿

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メスアール(政庁の間)と呼ばれる部屋です。犯罪人の裁判とかその他、諸々の政治が行われた部屋だそうです。

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 祈祷の部屋が備わっています、窓の外には美しいアルバイシン地区の風景を眺める事が出来ます。

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 部屋には美しい絵タイル(アズレージョ)を観る事が出来ます。

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 此れは、この城をキリスト教徒がイスラムから奪還後にカルロス5世がこの部屋を改装しその時に設置した『ヘラクレスの柱』だそうです。Non Plus Ultla とはラテン語でこの先無しという意味だそうです。現在のスペインの国章にも描かれていますね。

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(14) アルハンブラ宮殿 カルロス5世宮殿

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(13) アルハンブラ宮殿 二姉妹の間

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 16世紀初め、イスラムからグラナダを奪還したあとカルロス5世がアルハンブラ宮殿にルネッサンス様式で建造した宮殿です。外見は四角く中は円形の二階建ての不思議な建物です。本来は三階建てを作る積りだったそうです。

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 現在は美術館として利用されてるようです。

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同期の宴会

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 蔵田さん、久保田さんが幹事の同期の宴会が1年振りにありました。昨年は集まりが悪かったのですが、今回は沢山の懐かしい同期の皆さんと会う事が出来ました。

 鈴木ケンボウさんも名古屋から駆け付け、明日の経産省関係の集まりで講演する忙しさのようでした。

  参考 2011年度の『吉の会』2011年2月24日

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北海道は寒かった

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 車窓 恵庭岳だと思います。やはり北海道は寒かった。

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 こんなに歩道の両側は雪の壁です。孫のトレーニングでボール蹴りの練習ですが、廻りの壁でボールは真っ直ぐにしか飛んで行かないので、便利でした。

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 大きなカマクラを見つけました、何方かおつくりになられたようです。公園にありました。

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(13) アルハンブラ宮殿 二姉妹の間

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(12) アルハンブラ宮殿 ライオンのパティオ

 ハーレムには王様が愛した二姉妹の妃がおられたそうです。二姉妹の間というのが見事な鍾乳石飾りで出来た蜂の巣のような天井を持つ宝石のような部屋に驚きます。

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 八角形の天井でイスラムの建築様式であるムカルナス(Muqarnas)様式という持ち送り構造の装飾で飾られています。部品が5000個以上組み合わされて出来ているそうです。蜂の巣のような尖った窪みが無数に存在し、光を反射し宝石の輝きを放っています。

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 この姉妹は囚われの身の女性だったようです。さて、何処の戦争で獲得した女性だったのでしょうか。謎が深まりますね、そして王様は本当に愛したようです。

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 2姉妹の住まいは2階にあり、その一人、リンダハラが部屋の窓から覗いていた中庭が眼下にあります。リンダハラの中庭と呼ばれているようです。此処は植物が多く植えてあり、彼女達が緑が多い世界に住んでいた事を想像させます。

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 美しいグラナダの旧市街地区であるアルバイシンが眼下に広がって美しい眺めを観る事が出来ます。

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(12) アルハンブラ宮殿 ライオンのパティオ

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(11) アルハンブラ宮殿 アラヤネスのパティオ

 さて、王宮での最大の見どころ、ライオンのパティオの見学です。日本流に言うと大内裏、江戸時代表現では大奥です。ハレムの中庭と呼ばれ、沢山の女性が庭を囲む二階の部屋で住んでおられたそうです。この領域は王しか男では入れない禁裏であります。

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 12頭のライオンが噴水の水盤を持ちあげています。現在修復中であり、噴水を眺める事が出来ません。

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2012spain1_681  ライオンの噴水の説明板がありましたので、御参考までにご紹介します。

この噴水は時を告げる噴水だったのですね、12時には全てのライオンの口から噴水がでる、3時なら3頭のライオンの口から水が出る、1階の横から眺めると判らないけど、二階の妃の立場にわが身を置けばライオンが全て良く見える筈ですね。

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 中庭は124本の大理石の柱で囲まれております。列柱の真中に泉が湧きだす噴水施設がありますね。そして、導水の溝が中央のライオンに向かっています、これは四方にあるかも知れないです。明日香の酒船石遺跡や明日香の苑池を想起させる施設です。

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 ライオンを修復中のようです。

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(11) アルハンブラ宮殿 アラヤネスのパティオ

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(10) アルハンブラ宮殿 夏の離宮篇

 アルハンブラ王宮には二つの有名な中庭(パティオ)があります。今回はタージマハールの原型となったアラヤネスのパティオの紹介です。

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 コマレスの塔がオアシスをイメージした中庭の池に映し出されています。手前がシェラネバダ山脈から引いて来た聖なる水が噴き出す泉と水盤です。さしずめ、明日香ならば亀石の水槽にあたるでしょうか。驚くほど、砂漠の民の水に対する信仰と我々日本列島に住む古代の人々と共通する所があります。

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 オアシスの周りにはこの庭の名前となった美しい花と香りを放つ常緑樹のアラヤネスが植えてあります。この景色は300年後のタージマハールに受け継がれたという説があるそうです。回廊の柱はナツメヤシの木をイメージしていると考えます。

 注:アラヤネス(天人花

 この庭を見ながら私は明日香の斉明天皇が亀の形をした石の水槽に入り雨を願った儀式をされている風景を観ていました。日本は水は稲作に必須のもの、泉は気が噴き出す源として神聖視されてきた歴史があります。砂漠の民は水が無ければ生きて行けないものです。

 注: 明日香紀行(3) 酒船石遺跡篇

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 この景色は北から南の方角を眺めたパティオのアングルです。アルハンブラ全てに言えるのですが、何故か馴染易い風景だと感じていましたが、理由が判りました。彼らも日本人も床に座る、寝そべる民族である事が理由ではないかと思います。

 小津安二郎の映画はアングルが低いと昔、ふうてん老人に教えてもらった事がありますが、欧州の人間や中国の人は椅子に座りベッドで寝起きする民族であり視点も高いと思う、だから建造物もその目線に合わせて建造されている。そこが違うと感じました。

 従い、私のパテイオでの写真はなるだけアングルを低くして撮影した積りです。

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(10) アルハンブラ宮殿 夏の離宮篇

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(9) ラ・マンチャ ドン・キホーテの国

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Photo_2  イベリア半島で最後まで残ったイスラムの世界がこの標高3千㍍を超える山脈であるシェラ・ネバダ山脈の南麓であるグラナダにあるアルハンブラ宮殿です。13世紀の頃から山の上に建造が始まったそうです。幸いにも無血開城したので、当時のイスラムの見事な宮殿が残存する事となりました。

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 赤い宮殿と呼ばれるアルハンブラ宮殿です。城は赤い石で建造されています。夏の離宮側から谷越しに眺めた光景です。

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 アルハンブラ宮殿と言えばあの名曲、『アルハンブラの思い出』ではないでしょうか。私の年代の人々は誰でも一度はギターを片手にこのトレモロの曲を練習した筈です。この曲はフランシスコ・タレルガ(タレガ)がこの宮殿の夏の離宮のアセキアの中庭にある長さ50㍍の噴水庭園の音を聴きながらトレモロの曲をイメージしたそうです。

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 (写真はアセキアの中庭です。Patio de la Acequia)

 今は真冬、残念ながら花壇の花が咲いていないが見事な噴水庭園(パテイオ)です、このシェラ・ネバダ山脈から引いて来た絶え間なく吹きあげる水の音が名曲のトレモロになったそうだ。

 参考 Narciso Yepes アルハンブラの思い出

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(9) ラ・マンチャ ドン・キホーテの国

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(8) カタルーニャの古都タラゴナ

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 旅の三日目はバレンシアからグラナダへ向かうのですが、途中、寄り道をしてラ・マンチャ地方のドン・キホーテの舞台であるカンポ・デ・クリプタナに立ち寄った。この日の行程は568㌔も乾いた大地を走る事になった。途中の風景はオリーブ畑かオレンジ畑、もしくはブドウ畑ばかりでした。

 場所は衛星写真を参照下さい。場所はアンダルシア地方の北部にあたります。

 参考:グーグルアース(Campo de Criptana)

「campo_de_criptana.kmz」をダウンロード

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 この辺りを走行してると山の上にでかい真っ黒な牛の看板を見かけます。ガイドさんの話では、高速道路で看板に気を取られ交通事故が多発し法律で広告看板は禁止になったそうです。しかし、この酒造メーカの看板は人気があり会社の名前か製品名か知らないが消すことで許されたそうです。スペイン人は闘牛が好きだし雄牛はスペインの象徴でもありますね。

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 丘の上に沢山の白い風車が見えて来ました。街の北の丘の上には沢山の風車が並んで美しい景観をしています。

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 この長い棒を動かすと屋根の部分も一緒に廻り、風車の向きを風上に向け固定するそうです。有料ですが、中に入り見学出来ます。

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 木材で歯車が作られており、屋根の部分は風車と固定されており、塔本体の上に乗っかっている構造です、円筒状の塔に乗っており、接触部分は此処では豊富なオリーブオイルを潤滑油に使用しているそうですよ。

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 小さな村は観光客が多く訪れるようです、地中海のギリシャのように建物は真っ白の漆喰で固められ美しい静かな街を演出しています。

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 ラ・マンチャ(La Mancha アラビヤ語でManxa)乾いた大地という意味だそうです。土地は痩せて石灰岩質で河は存在しない。貧乏な土地だそうで、ドン・キホーテの舞台に相応しい場所だそうです。大航海時代になるとこの地の人々は多く海外に雄飛したそうです。唐突ですが、ベトナム中部も同じ環境で土地は痩せ、勉強するか軍人になるか道は開けない、優秀な人材(例えばホーチミンおじさん)を輩出した環境に似ていますね。

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 痩せた老馬、ロシナンテにまたがり、まさに風車に突撃するドン・キホーテ、それを諌める太鼓腹の付き人サンチョ・パンサです。ロシナンテと言えば、『ふうてん老人日記』の、旧友ふうてんさんの愛車の名前でしたね。

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(8) カタルーニャの古都タラゴナ

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(7) カタルーニャを西進する

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 カタルーニャの古都、バルセロナの西100㌔の地中海に面する港湾都市です。ローマ時代に栄えその当時の遺跡が世界遺産に登録されています。前回紹介の水道橋もその一部です。5世紀には西ゴート王国の領域に組み込まれ更に発展したが、8世紀にイスラムのウマイヤ朝が侵攻時に多くの遺跡が破壊されたそうだ。

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 しかし、流石に『地中海のバルコニー』と呼ばれるだけに眺めが素晴らしい。夏の季節は沢山の人々が集まるのではないでしょうか。

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 日時計がありました、現在午後3時過ぎですが合っているようですよ。

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 ローマ時代の円形劇場が今も残っています。巨大な施設です。

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 舞台の地下室も眺める事ができますね、猛獣を入れておく部屋とか剣闘士が控えていた部屋があったのでしょうね。昔は円形劇場で今はサッカースタジアムと時代は変わりましたね。

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(7) カタルーニャを西進する

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(6) サグラダ・ファミリア(聖家族贖罪教会)

 今回はバルセロナから地中海に沿って西進しローマ遺跡で有名で世界遺産に指定されているタラゴナまでの道の御紹介です。途中、カザルスの故郷であるエル・ベンドレルの南を通過し約100㌔程度を走ります。スペインの地中海側は古くギリシャ・ローマ時代から植民地として開発された場所であり、今でも欧州の人々は保養地として、休暇には訪れる場所となっています。

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 このような美しい海岸がバルセロナの近くからスペインの西の端まで連続しています。

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 このようなヨットハーバーがあり、1カ月近く法律で取らねばならないバケーションをドイツ人やフランス人、英国人その他EUの人々は家族連れでやって来ます。物価が安いので暮らし易いそうです。

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 昼食にパエリアを食べましたが、オリーブオイルが多量に使用されており、私の身体には適合しませんでした。

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 そうそう、ご覧のような光景がレストランでは見られます。油が滴るので傘をひっくり返したようなもので受けています。何処かのサービスエリアのお店で1本の値段を訊くと5千円程度で買えるようでした、本当に安いですよね。(今はユーロが滅茶安いです)

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(6) サグラダ・ファミリア(聖家族贖罪教会)

承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(5) グエル公園(Parc Guell)

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 スペインには人気の場所が三カ所あるそうです。アルハンブラ宮殿、プラド美術館、そしてアントニ・ガウディ43年間に渡り指揮をとり理想の教会作りを目指したサグラダ・ファミリア(聖家族贖罪教会)だそうです。此処が今は一番人気で年間に250万人の観光客が訪れるそうです。現在でも作り続けています、ガウディの理想を実現する為にです。あと最低数十年はかかるでしょうね。

 ガウディは1883年から交通事故で死亡する1926年までこの教会の建造に命を捧げた訳です。彼は、晩年は工事現場に住みこみ、姿はまるで浮浪者のような格好だったそうです。教会の地下の博物館にかれの当時の生活を忍ばせる写真が展示されています。写真集にも収録しましたので、興味ある人は御参照下さい。

 マイフォト ガウディの意志を受け継ぐサグラダ・ファミリア(聖家族贖罪教会) 写真集

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 此方が東方の門で東(オリエント)という吉方向を向いています。どうも、欧州人は東の方角をオリエントと呼び幸せな方角であると考えるようで、概ね欧州の教会は東を向いてお祈りをする構造に教会や祭壇はなってるそうです。古代の中国も同じで東海上に不老不死の世界、蓬莱山があると考えていましたので、同じですね。太陽が昇る方角だから、神聖な方角だと考えたのかも知れませんね。

 この東門はガウディが手掛け、世界遺産に登録されてるものです。『生誕のファザード』と呼ばれており、キリストの誕生を祝う構成になっています。詳細は写真集を参考ににして下さい。

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 此方は西門の『受難の門』と呼ばれ、スビラックがガウディの意志を受け継ぎ建設したものです。東門とは対照的に悲しい、悲惨な受難の世界を直線的な彫刻手法で突き刺さるような痛さが伝わる彫刻群であります。

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 聖骸布、うずくまるマグダナのマリア、十字架を背負いゴルゴダの丘を登るキリスト、そして処刑の場面が彫刻で見えます。詳しくは写真集に収録しましたので、そちらを参照下さい。

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(5) グエル公園(Parc Guell)

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(4) バルセロナ市内のガウディ

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 グエル伯爵の依頼で山手の土地に60戸の分譲住宅地域を開拓しようと計画が進んだ。ガウディはパートナーとして自然と人間が共存する理想の世界を作ろうとした。ガウディはアーバンデザイン、道路整備、正門から中央広場にかけての公共スペースのデザインや建設を担当した。

 二人はギリシャ文化文明に傾倒し、美しい地中海世界での人間と自然の共存の世界を建設する理想に燃えた。しかし、買い手はゼロ、グエル伯爵とガウディの二人だけが建物を建て入居したという。その後、伯爵が死亡しバルセロナ市に寄贈され、現在は公園として、伯爵の家は小学校として利用、ガウディの家は博物館となった。

 本当に面白いエピソードではないでしょうか。芸術とは時代を飛び越した世界なのかもしれない、今ならデズニーランドに住む感覚で多くの人が住みたいと思うでしょうね。

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 門番の家だそうです、グリム童話にでてくる世界のようです。

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 管理棟だそうです。両方ともに分譲住宅地の入口に建設されました。

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 こいつが正面階段の真中にでんと構えています。ガイドブックにはトカゲと説明されているが、現地でのガイドさんの話ではオオサンショウウオだと説明を受けました。私はイグアナではないかと思いますがね。破砕タイルを使用したオブジェです。

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 ドーリス式列柱廊ですが、ギリシャ神殿を意識しています。このスペースは分譲住宅の人々の為の市場を想定して建設された。

天井には地中海の海の幸が破砕タイルで描かれています。蛸なども見つけました。二人はギリシャ文明に憧れていたのですね。

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 中央広場のテラスです、ギリシャ劇場とも呼ばれています。住民が集い語り時に演劇も開催される事を想定していたと思います。

 詳しい内容は写真集に収録しましたので、そちらを参照下さい。

 参考 マイフォト グエル公園(Parc Guell)写真集

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(4) バルセロナ市内のガウディ

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(3) モデルニスモ建築様式

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 バルセロナの街中をバスで周遊しました、車窓の御紹介です。ガウディの有名な建築物も紹介されました。

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 ガウデイの作品である『カサ・ミラ Casa Mila』だと思います。ラ・ペドレラ(La Pedrera=石切り場)とも呼ばれているいるようで、山がテーマだそうです。

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 建築手法はギリシャ方式で、先ず模型を作りそれを石膏で型をとり、石工が拡大して制作する手法で制作されたそうで、サクラダ・ファミリアと同じ建築方法だそうです。

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 此れ以外の建築物もご紹介しておきます。

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(3) モデルニスモ建築様式

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(2) カタルーニャを語る

 モデルニスモとは19世紀の産業革命時代に欧州で起こった『アール・ヌーボー』のカタローニャ版を指す芸術運動を指すそうです。バルセロナでは欧州各地よりいち早く産業革命を終え、新しい文芸復興運動が起こったようです。曲線を多用し装飾性に富んだ、フランスの『アール・ヌーボー』の影響を受けながらも、カタローニャ地方の伝統文化を踏まえ、北アフリカのイスラムの伝統様式も取り入れた独特の文化様式がバルセロナで華が開いた。

 建築では、筆頭がアントニ・ガウデイ(Antoni Gaudi)であり、ライバルのドメネク・イ・モンタネール(Domenech i Montaner)やプッチ・イ・カダファルク(Puig i Cadafalch)だそうです。

 ・カタルーニャ音楽堂

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 ドメネク・イ・モンタネール(Domenech i Montaner)の名作、『カタルーニャ音楽堂』です。世界遺産に登録されたコンサートホールであり、建屋内の装飾も見事だそうだ。今回は私はホール内で音楽を楽しめなかったが、以前に家内と娘・息子達は楽しんだそうです。

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 ド派手な彫刻が飾られていますね。東照宮みたいです。

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 塔の上は朝日を受けて黄金色に輝いています。

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(2) カタルーニャを語る

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(1) 行程概要

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 ピレネー山脈の南でスペインの東部、地中海に面した地域はカタルーニャと呼ばれ、言語もスペイン語では無い。どちらかと言うと、スペインとフランスを足して二で割る感じだそうです。

 私はこの地域に関しての知識はFCバルセロナというサッカーチームとチェロのカザルス程度しか知らなかった。

 ついこの前日本にクラブワールドカップで来たメッシのいるFCバルセロナ(愛称はバルサ)、多分、今は世界最強のクラブだと思います。このクラブは他の地域のクラブチームと異なり王冠の紋章を使用しない、それを誇りにしているという話を聞いた事がある。カタルーニャのチームである事に誇りを持っている。

 このカタルーニャ地域は独自の文化と伝統を持ちいち早く工業化を進めた地域でもあり経済力も優れた地域であり、地中海に面した港も持つ土地も豊かな地域である。しかし、北部のバスク地方のピカソの故郷であるゲルニカと同様に、カタルーニャも近代に於いてフランコ独裁政権下では厳しい差別を受けた。自分達の言語を話す事も禁じられたそうだ。

 20世紀最大のチェリストとして有名なパブロ・カザルスもカタルーニャの人であり、徹底してフランコ独裁政権と戦った芸術家である。上記地図で示しましたが、彼はバルセロナの西方のエル・ベンドレルという場所で生まれ育った。今回の旅では途中、通過する事が出来ました。

 ・パブロ・カザルス 国連での『鳥の歌』演奏

 ・パブロ・カザルス ホワイトハウスでの『鳥の歌』演奏 

 私も昔は、カザルスが好きでホワイトハウスでの演奏のCDを購入し聴いたものです。懐かしい思い出です。彼の息継ぎの声が入り、素晴らしい感動を受けていました。

 ・パブロ・カザルス バッハ・チエロ ソロ No1

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スペイン・ポルトガル3200㌔の旅(1) 行程概要

 承前 スペイン・ポルトガル3200㌔の旅 帰国しました

3200

 今回のスペイン・ポルトガル3200キロの旅の概略行程が上記衛星写真の通りです。

 1日目: 成田発ロンドン経由、バルセロナ夜到着 (バルセロナ泊)

 2日目: 午前中、バルセロナ市内観光 世界遺産 聖家族教会

      グエル公園、カタルーニャ音楽堂 等々 ガウデイの建築見学

      午後1時過ぎ→バス移動(タラゴナへ)102㌔走行

      タラゴナ 世界遺産観光 ローマ遺跡群&地中海のバルコニー

      夕方4時半過ぎ→バス移動(バレンシアへ)264㌔走行

      夜8時30分 ホテル到着   (バレンシア泊)

 3日目: 朝8時30分→バス移動(ラ・マンチャ地方へ)281㌔走行

      ラ・マンチャ地方の白い風車を見学

      昼食はドン・キホーテメニュー

      午後2時半→バス移動(グラナダへ)287㌔走行

      夜7時頃にグラナダ到着  (グラナダ泊)

 4日目: 午前中 グラナダ世界遺産見学

      アルハンブラ宮殿、ヘネラリーフェ庭園 見学

       午前11時→バス移動(ミハスヘ)160㌔走行

       ミハス観光

       午後3時半→バス移動(コルドバへ)238㌔走行

       夜7時コルドバ到着   (コルドバ泊)

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お陰さまで累計200万アクセスとなりました

 承前 累計190万アクセスとなりました

 スペイン・ポルトガル紀行の期間中にJoBlogは累計で200万アクセスを達成していました。190万アクセス達成が昨年の11月6日ですから、3カ月で10万アクセスを受けた事になります。地味な内容のブログですが、今までのデータベースに検索を受けているようです。私の留守中にも記事が無くても毎日1千件を超えるアクセスを頂いております。

 累計アクセス数: 2011247 (2012年2月4日現在)

 過去4カ月間のページ別アクセス統計分析

 解析対象期間: 2011年11月1日(火) ~ 2012年2月3日(金)

 4カ月間のアクセス総数 112,060件

 1.JoBlog トップページ 3724  2.高句麗文明 1008

 3.NHKドラマ『坂の上の雲』感想 856 4.同期会イン新横浜 183

 5.オルセー美術館 ルノワール ピアノを弾く少女達 179

 6.チチェン・イツァー遺跡紀行 エルカスティージョ=ククルカン神殿(El Castillo)編

 7.日本の家族制度について 163

 8.アンコールワット 第一回廊レリーフ: トップページ 150

 9.太安万侶・稗田阿礼拠点集落 148

 10.オルセー美術館 (Musée d'Orsay): ゴーギャン タヒチの女たち 144

   こんな按配でアクセスを頂いております。 

 

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スペイン・ポルトガル3200キロの旅 無事帰国しました

 昨日、無事にスペイン・ポルトガル3200キロのバスの旅、13日間を終えて無事帰国しました。幸い、好天に恵まれてまるで冬の欧州とは思えない旅となりました。

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 空路スペイン東部の地中海に面した、豊かな明るい国で、スペインとフランスを足して二で割ったような国であるバルセロナ、最近は世界最強と評判のメッシの所属するFCバルセロナで有名ですが、其処から3200キロのバスの旅が始まりました。

バルセロナと言えば、ガウディの聖家族教会(サグラダファミリア)の訪問からでした。

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 日本人の彫刻家も参加するサグラダ・ファミリアの建設は今も継続しています。

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 やはり、まじかでガウディの建築物を幾つか見学できました、独特のものがありますね。

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 ドン・キホーテで有名なラ・マンチャ地方の白い風車地帯を通過しました。

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 ドン・キホーテは聖書の次に世界中で多く出版された文学作品だそうですが、主人公が活躍するのはこのラ・マンチャ地方の貧しい田舎であります。彼が突撃したのはこんな白い風車だったかも知れません。

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