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東北日本と西南日本の境界 フォッサマグナパーク

 承前 美山公園・博物館ジオサイト フォッサマグナミュージアム

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 糸魚川のフォッサマグナミュージアムで勉強し、今度は実際にユーラシアプレートと北米プレートが衝突している現場を見に行きましょう。糸魚川から又、白馬方面に国道148号線を戻り姫川と根知川が合流してる場所まで戻ります、約10分程度の場所です。

 車を駐車場の停めて、約400メータ程度10分程度でしょうかね根知川に沿って歩いた場所です。人工的に斜面を掘削し糸魚川・静岡構造線の断層面が判るように露頭になっています。

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 日本列島がユーラシア大陸の東端に存在していた頃に、日本海が出来始めた時に糸魚川・静岡構造線が出来たそうです、即ち巨大な溝が南北に走ったそうです。その溝の深さは8千㍍を超える深い溝だそうです。そして、その儘日本海は広がり日本列島が出来たそうです。

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 断層面の西側は西南日本に属する古い地層であり、変はんれい岩は2億6千万年以上前に出来た岩石だそうです。そして破砕帯が1.5㍍程度の幅で存在し径10㌢以下の小さな破砕岩片から成立しています。プレートの沈み込みで破壊された部分です。『黒部の太陽』の映画で扇沢トンネルの掘削で破砕帯に衝突し苦労した話を思い出させます。

 東側は北米プレートがユーラシアプレートに沈み込んでいます。しかし、現在の地表から8千㍍以上深い場所にプレートがあるそうです。現在はその上に新しい岩石が堆積しているという。断層面の右側に安山岩の岩があるが、たかだか1600万年前の岩石だそうだ。

 ナウマンが提唱したフォッサマグナの西側の境界は糸魚川ー静岡構造線で東側は直江津ー平塚構造線でありましたが、現在の最新の研究では東側は新発田(しばた)ー小出構造線と柏崎ー千葉構造線であると考えられ関東山地はフォッサマグナの範囲に含められるとされている。

しかし、ナウマンが説明する関東山地は伊豆ー小笠原弧が本州弧に衝突した時に出来た裂け目ではないかと説明しており、まだまだ素人には難しい話があるようです。

 取りあえず、現場の写真をアルバムにしましたので、現地での説明看板とともに参照して下さい。

 マイフォト フォッサマグナパーク(断層露頭現場) 写真集

 1400万年前は糸魚川ー松本ー静岡の構造線の東は海底だった訳です。柏崎も新潟も海底であり、新発田ー小出ー千葉の構造線が東北日本の海岸線であった訳です。この海底にあった頃に海底で出来た岩石は北米プレートに乗っておりユーラシアプレートに沈み込む時に高圧高熱で蛇紋岩や翡翠が創生され、再度、断層の跳ね返りで地表に露出したのが姫川の翡翠という事になります。

 翡翠はダイヤモンドよりも生産地は限られ、貴重だそうです。日本海は大陸から見れば太平洋に張り出した島々が連なる弧であり、縄文時代から朝鮮半島や大陸との交易で栄え、翡翠や碧玉を加工した玉や管玉そして日本を代表する漆器は輸出品として大活躍したと思います。

そんな翡翠は何故、奈良時代には忘れられる存在になって行ったのでしょうか。天皇家が三種の神器の一つである八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)は八坂は弥栄(いやさか)もしくは、八尺瓊勾玉とも記録されており、長い紐に勾玉が連なる様子かもしれない。それは、姫川の翡翠の勾玉が連なるネックレスのようなもである可能性が高いという説もあります。

 そうすると、出雲の神宝であった可能性が出て来ます。草薙劔も確かスサノオが出雲で八岐大蛇を退治した時に尻尾から出て来た剣でしたね。現在は熱田神宮の御神体です。此れも出雲と関係が深いですね。

しかし、話は飛びますが何で皇室の大事な三種神器のうち、天叢雲剣(草薙剣)は熱田神宮という尾張にあり、八咫鏡は伊勢の国の伊勢神宮にあるんだろうか、不思議ですね。

注:寺村光晴さんの『日本の翡翠』(吉川弘文館)によれば、『釈日本紀』巻6には『越後国風土記』逸文には以下の文章が存在すると述べる。即ち、「越後国の風土記に曰く、八坂丹(やさかに)は玉の名なり、玉の色青きを謂う。故(しか)れ、青八坂丹の玉と謂う。」とあるそうですから、明らかに姫川の翡翠を指していると考えられるそうです。

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