築紫紀行(16) 吉野ヶ里遺跡その5 展示室
V字形に掘られた外濠の深さは3メータ以上に達し、本来は更に深かったと考えられています。しかも、濠の外には土塁を築き柵を設けていた強固な要塞であった。
倭国大乱を証明するような遺構である。激しい戦争が行われていた事を伝えている。
上の写真は右から弥生前期の土器、中は弥生中期の土器、左は弥生後期の土器群です。この遺跡は弥生時代全般に存在した事が判ります。
下の写真は近畿圏の土器や、瀬戸内海、山陰系の土器が発掘されており、交易が存在した事を証明している。
上の写真は有名です、墳丘墓の甕棺から出土した把頭飾(はとうしょく)付き有柄(ゆうへい)銅剣、細形銅剣、管玉です。把頭飾銅剣は珍しく、全体を同時に鋳造した一鋳式で向津具遺跡そして倭人伝にある伊都国王墓と考えられる三雲遺跡出土に次いで三例目でした。
参考 向津具遺跡出土銅剣
ガラス製管玉は七十数個見つかりました。透明感あるライトブルーは甕棺に付着した朱と鮮やかな対比を見せていた。下の写真は、甕棺で二つを粘土で繋いで埋葬します。甕棺葬送の風習は私が知る限り、南方系の葬送でありベトナム中部のサーイン文化、インドネシア、フィリピン、東シナ海、朝鮮半島南部(馬韓・弁韓・辰韓)に見られる葬送風俗です。
謎の頭の無い人骨です。松下孝幸さんの話では死後に首を切断されたと鑑定した。何かへの犠牲だったのかもしれない。
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