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スリランカ紀行(21) ポロンナルワ サトゥマハル・プラサーダ

 承前 スリランカ紀行(20) ポロンナルワ ワタダーゲ(円形仏塔)続編

 『サトゥマハル・プラサーダ(Satmahal Prasada)』

 7階建てピラミッドのような塔が聳えています。

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 12世紀の頃にタイ人により建造されたと伝えられているそうだ。この頃にはスリランカとタイ、カンボジアの仏教徒の交流は強く存在したようです。スリランカは仏教の本家の意識が強いと思います。

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スリランカ紀行(20) ポロンナルワ ワタダーゲ(円形仏塔)続編

 承前 スリランカ紀行(19) ポロンナルワ ワタダーゲ(円形仏塔)

 『ワタダーゲ(Vatadage)』続編

 

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 帽子を取り、靴を脱ぎワタダーゲのお参りをしましょう。

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 ガードストーンです。ナーガ・ラージャ(蛇神、竜王)ではないかと思います。頭の周りに7つのコブラの頭を持っていますね。日本のお寺の山門では阿吽の金剛力士像が寺を守りますが、こちらでは美しい姿です。まるで、天女のアプサラのような姿ですね。

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 これがムーンストーンです。インド、スリランカ、ミャンマーで産出される月長石で出来ています、青色に輝く石の光を月光にみたてたパワーストーンなのです。

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20115surilanka_573  仏塔の周りに、釈迦像が4体、四方を向いて座っている。中心がパゴダなのだ。

既にパゴダは破壊されているが、面影は残る。

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第10回 『G4の会』 御坂黒岳山歩きと温泉の旅

 承前 第10回 『G4の会』(温泉と山歩きの会) 御坂黒岳無事帰還

 今回の『G4の会』は第10回目の温泉と山歩きの会となりました。同時に、赤坂の酒場の若者達との第2回目の合同ハイキングとなりました。我々は、黒岳の縦走後は河口湖畔の温泉宿で一泊しましたが、若者達は宴会のあと一路、バスで新宿に向けて帰路についた。

 それでは、2011年6月12日に開催された黒岳登山の部分について報告致します。詳細はマイフォトを参照して下さい。約130枚の写真と記録を残しました。

 マイフォト 2011年6月12日 御坂黒岳登山記録 写真集

 当日朝9時40分発の河口湖駅を出るバスに乗り天下茶屋10時8分着のバスに乗る。東京組は新宿発の高速バスが便利で安い。新宿を7時10分に乗れば河口湖駅に8時55分に到着するのだ。そして1700円と格安である。

 横浜組の小島さんとjo君は横浜線で八王子に行き、大月経由の電車で河口湖駅に到着した。

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 天下茶屋のバス停に10時8分到着、トイレを済ませ登山を開始する。今日は霧が濃く湿度は100%である。富士が見えない状態で登り始めた。

 天下茶屋と言うと関西人には西成の南海電車の天下茶屋駅を思い出す。太閤さんの思い出でだろうか。登山口に井伏鱒二さんが太宰治の為に建立した碑がありました。『富士には 月見草が よく似合う』という太宰の言葉である。何か、野村監督みたいな言葉ですね。というか、彼はこの言葉を利用したんだろうか。だとすれば、富士は長嶋さんですから、月見草を野村自身にあてるのはおかしいことになる。

彼は長嶋をひまわり、自分を日陰でひっそり咲く月見草になぞれたが、本当は太宰の言葉を知っていて、この言葉を言ったのかも知れない。

 厳しい登りが1時間半は続いた、御坂山山頂には12時少し前に到着した。

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 黒岳に到着したのは午後1時頃でした。それまで霧に閉ざされていた富士が顔を出しました、奇跡のようでした。

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 黒岳山頂にて『G4』記念写真です。

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スリランカ紀行(19) ポロンナルワ ワタダーゲ(円形仏塔)

 承前 スリランカ紀行(18) ポロンナルワ クォードラングル トゥーパラーマ 

 珍しい円形の仏塔があります、ワタダーゲと呼ばれていますが、12世紀以前には建造されていたと推測されている。

 『ワタダーゲ(Vatadage)』(円形仏塔)

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 円形をしています、入口の階段にはガードストーンとムーンストーンが有ります。

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 階段の上には釈迦がお座りのようです。

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Photo

 原型はこのような円形仏塔だったようです。屋根が二重で存在していたんですね。

この博物館の写真の出典は此処です。

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ベトナム縦断の旅企画 1800キロの旅

 今週末からベトナム縦断1800キロの旅に出ます。

 そんな名前のテレビ番組が昔有りましたね、若者がホンダのドリーム号に乗り縦断する面白い番組がありました。私はベトナムをバイクで走る勇気も技術も無いので、北のハノイからダナンへもダナンからホーチミンへも飛行機を利用します。

 ・成田→ハノイ(河内) 

   ・ハノイでは半年間家内と一緒に暮らしていた経験があります。

    しかし、観光地は知りません。バッチャン焼きやハロン湾の見学をする予定です。

    勿論、ハノイの見学もしますが、住んでいたのが2007年ですから4年も前の過去となりました。ホアンキエム湖、一柱寺、ホーチミン廟、文廟、どうなっているでしょうか。

  ・ダナン、ホイアン

    ハノイから飛行機で1時間少しでダナンに到着。フエに向かいチャンパ王国の故郷を見学する。

   世界遺産古都フエ、阮朝王宮、カイディン帝廟、ティエンムー寺 等々

   世界遺産ホイアンでは

   来遠橋、海のシルクロード博物館、福建、ミーソン遺跡の見学等々

 ・ダナン→ホーチミン

   メコン川をクルーズする。その他いろいろ見学。

  約、1週間の予定でベトナムを北のハノイからホーチミンまで縦断する。

 皆さんも良く御存知と思いますが、ベトナムは元来北部のドンソン文化を起源とする南越の人種と中部のサーフィン文化を起源とする古チャム語を喋る民族、即ちタイやマレー半島、フィリピン、台湾と同じ文化圏を形成したマレー系海洋民族の国家でした。

 南部のホーチミン付近はメコン川の恵みを受けカンボジアと同じような稲作民であり富み栄えた地域であった。民族的にはクメールではないかと思います。

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スリランカ紀行(18) ポロンナルワ クォードラングル トゥーパラーマ仏堂

 承前 スリランカ紀行(17) ポロンナルワ歴史地区 ヒンドゥー教寺院

  『トゥーパラーマ(Thuparama)仏堂』

 ポロンナルワ歴史地区の中心となる建造物がクォードラングル(Quadrangle)四辺形の建て物となります。此処はトゥーパラーマ(Thuparama)仏堂とも呼ばれています。

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20115surilanka_515  スリランカでは多分、東南アジアの仏教施設と同様に脱帽し靴を脱がなければ参拝出来ません。

裸足でもいいし、靴下をはいていてもいいです。

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20115surilanka_524  随分と仏像も傷んでいます、早く本格的な文化財保護を進めないと未来には残らないかも知れません。

スリランカは最近、内戦が終結したところでカンボジアと境遇が似ています。

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20115surilanka_529  何処かローマの彫刻を観ているように感じますね。

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スリランカ紀行(17) ポロンナルワ歴史地区 ヒンドゥー教寺院

 承前 スリランカ紀行(16) 世界遺産 ポロンナルワ歴史地区

 13世紀の頃、王妃は南インドから嫁いでくるケースが有ったそうです。政略結婚でしょうか。南インドではスリランカと異なり、ヒンドゥー教を王妃は信じている。だから、スリランカの王は王妃の為にヒンドゥー教の寺院を建立したという。その一つが、この寺院である。

 『シヴァ・デェーワーラヤ』(Siva Devala No1)

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20115surilanka_501  入口には多分妖艶なアプサラの像が建っていたと思います。像は破壊されて足の部分が残っているだけです。

 14世紀には南インドの侵攻を受け破壊され、都のポロンナルワは遺棄された。

 しかし、奥さんの為に信仰の異なる寺院を建ててあげるとは、優しいスリランカの王様だと思いませんか。仏教は懐が広いのでしょうか。

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 でました、リンガです。御本尊ですね。

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第8回 三輪山セミナー イン東京(御案内)

 承前 三輪山セミナー イン東京(過去の講演録)

 第8回 三輪山セミナー 概要

 ・日時 2011年8月20日(土曜日)

 ・場所 有楽町 よみうりホール 正午開場

 ・講演『神酒と祭り』 国学院 岡田荘司(おかだ しょうじ)

 ・講演『東国の出現期古墳と大和政権』

      明治大学 大塚初重(おおつか はつしげ)

 前売り券は千円、当日は1500円ですが、7月初旬には満席となり当日券は先ず無理です。8年前の初回から出席していますが、中身が何時も面白い講演会です。

 電話 (0744)42-6633 FAX (0744)42-0381

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桜井茶臼山古墳に新たな副室が存在か

 承前 桜井茶臼山古墳関連記事 桜井茶臼山古墳と纏向紀行

 承前 桜井茶臼山古墳関連メモ(2011年2月)

 今日、朝、MuBlogを眺めると、橿考研が桜井茶臼山古墳に新たな副室が後円部主室の東と北に存在するであろうと発表したようだ。

 参考 MuBlog記事 桜井茶臼山古墳に異変が?

 この古墳を橿考研が再調査をしている数年前に偶然に京都在住のMuBlogの旦那と一緒に現場を訪問した経緯があります。今回のニュースを集めると。

 テレビ番組報道 MBS放送動画(多分数時間で消滅の可能性あり)

 読売新聞記事 副室とみられる遺構発見

 産経新聞記事 二つの副室 中身は不明

 2009年11月 現地説明会動画

 この古墳に関しては何回も記事を書いています。磐余の地にある初期の大王級の前方後円噴であり、石室には200キロを超す金より高価と考えられた朱が惜しみなく使用され、80面以上の銅鏡や遺物を考えると明らかに大王の陵墓であろうと考えられている古墳だ。

 今回、何故、橿考研が副室の存在だけを発表したのか真意は不明です。調査の予算の獲得が目的かも知れない。

 この古墳には私も、京都のMuBlogの旦那も大いに興味を持っています。ヤマト王権の発祥の地が磐余(いわれ)と考えられているからです。神武天皇が皇祖を祀ったのが桜井茶臼山古墳の稜線を遡り聳え立つ鳥見山だからです。

 トリは外山(トビ)に発音が似ており古来この古墳は外山(トビ)茶臼山古墳と呼ばれていました。近くには何故か、宗像神社が存在し神武東征と関係がありそうな雰囲気です。古来、新しい王朝を開くにはこの磐余に宮を構える必要があると主張する考古学者が居られます。歴代の王朝が新しく創設した疑いのある大王について研究された論文がありました。

 

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第10回 『G4の会』(温泉と山歩きの会) 御坂黒岳無事帰還

 『G4の会』も今回で10回目の温泉と山歩きを楽しむイベントとなりました。記念すべき今回の会に、赤坂の某『酒場』に集まる山好きの青年達と一緒に登る事となりました。彼らも10回目の山歩きの会になるそうです。『G4』の爺さん4名は彼らと一緒に御坂連山を縦走し、その後、河口湖駅近くで宴会をし、彼らを新宿に行くバスを見送り、湖畔の温泉ホテルで一泊した。

 赤坂の若者達と山を一緒に登るのは2回目で、1回目は金時山でした。

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 宿泊した河口湖のホテルの部屋から撮影した御坂連山の山々です。右にピラミッドのように尖がる山が御坂黒岳です。朝10時から歩き始め新道峠から湖畔に下山したのは夕方4時過ぎとなり6時間程度の山行でした。

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 新道峠から河口湖湖畔への下山路で撮影した富士山です。

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 黒岳から撮影です、深い霧の中から突然に富士山が顔を出しました。食事中ですが、ハエが多く飛び交い残念ながら1匹写真に紛れこみました。

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 黒岳での全員写真です。

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 御坂連山の主のような巨木でした、小島先輩が梶山君の為に撮影してほしいと依頼がありました。素晴らしい新緑のブナの森の生命力を感じます。

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渋谷駅展示 岡本太郎 『明日の神話』

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 渋谷駅で展示されている岡本太郎がメキシコで1968年~69年頃に描いた壁画です。実はこの頃1970年には大阪万博があり、岡本太郎は『太陽の塔』を創作するという多忙の日々であったと思われる。

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 縦5.5メータ、横幅30メータの巨大な壁画である。太郎の養女(実質の奥様)である岡本敏子さんが2003年9月に太郎の壁画をメキシコで見つけ、オーナーと2005年に合意し、日本に帰還する事となった。

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 岡本太郎美術館の学芸員の仲野泰生さんの話によれば、太郎は1967年~69年の期間、何度もメキシコを訪問し壁画を依頼主に応じ、創作をしたという。その時に二人の画家がこの壁画の制作を手伝ったという。一人は日系メキシコ人のルイス・西沢氏と竹田鎮三郎氏であったと語る。

 参考 岡本太郎 メキシコへのまなざし

 大阪万博の太陽の塔はまさに、メキシコの神々の香りがする作品だと私は、メキシコに行き始めて初めて判った。

 竹田鎮三朗画伯にこの件で御質問をした事は有りません。しかし、壁画が見つかった時に、岡本敏子さんがオアハカの竹田画伯のアトリエを訪問された事は確かなようです。

 何故こんな話をするかと言うと、先日、メキシコ在住の画家の須見祥子さんの銀座での個展に出かけた時に彼女も竹田画伯と現地での交流が有り、岡本太郎の壁画が観たくなったからです。

 画家というのは、自分が死んでも作品は後世に残る。現世の頃は評価が無くても死んで100年後千年後に世界中で評価されるかも知れない。私のようにビジネスマンとして生きた人間はその時々の評価で生きて来た生物である。百年千年のレンジで生きる尺度を持てる職業には本当に憧れます。

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スリランカ紀行(16) 世界遺産 ポロンナルワ歴史地区

承前 スリランカ紀行(15) シギリアロックとのお別れ

Polonnaruwa

 シギリアロックの東方に中世の時代、都として栄えた世界遺産 歴史的地域であるポロンナルワを歩いてみます。1017年にアヌラダプーラから遷都し1255年に都としての此の地は放棄されるまで約250年近くシンハラ王朝の都として栄えました。

 スリランカの歴史は常に南インド地域の王朝(タミール人の王朝)との抗争の歴史のようです。スリランカの王朝は北部インド出身のシンハラ族が主に統治して来たが、常にインド南部のタミール人の侵略を受け抗争を繰り返して来たという。1983年から2009年まで続いたスリランカの内戦はシンハラ族とタミール系のタミル・イーラム解放のトラとの激しい内戦だった。

 大野晋さんの日本語の起源はタミール語であるという本に出会って(岩波新書 日本語の起源)以来、是非、南インドやスリランカに出かけてタミール語に出会ってみたいと考えていました。しかし、スリランカでは軽々にタミールに関する話をするのは慎重であるべきだという事が現地で感じた、長い過酷な内戦を理解した上で話をしないといけない。現在タミール人が多く住む北部・東部に行けば彼らに出会える事が判った。

 『パラーラマ・バーフ1世の宮殿跡(Parakrama Bahu)』

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 12世紀、都が一番輝いた頃に建造された7階建ての宮殿です。現在は破壊され3階部分までしか残っていません。

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 レンガ造りで壁の厚さは3メータあります。創建当時は漆喰が塗られていたそうです。白亜の宮殿だったそうだ。今でも一部残っている。

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20115surilanka_491  ガイドさんの話では妾さんは1階暮らしだそうで、妃さんになれば上の階で住めたそうです。

漆喰が残っている部分が有りますね、ちゃんと保存しないと朽ち果てそうで心配になりました。

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 王宮の裏手です。沢山の基壇が残っています。

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大学 体育系ワンゲルの消滅の危機

 今から46年前、私が大学に入学した頃、体育会ワンダーフォーゲル部に入部したのは大学全体で100名を越していた。しかし、昨年のわが母校では入部者はゼロという信じられない状況が起こっている。幸い今年は3名の新人が入部したそうだ。

 ほぼ半世紀前の私が過ごした時代と現在の時代には『ワンゲル』は既に過去の、死んだクラブだという評価だと考えざるを得ない。現代の若者に、『ワンゲル』という体育会系のクラブは選択するに値しない存在なのだ。

 私の学生時代は『合ハイ』という言葉が流行していた、合同ハイキングという意味で、男性と女性が出あうお見合いみたいな高潔な歌垣でありました。最近はゴウコン(合同コンパ)と呼ぶらしい、酒宴ですね。何と軟弱な世の中であるのか。

 野山を駆け巡り、見知らぬ土地を訪問し、そして其処の現地の人と接し新しい知恵を得る、相互に交流し新しい世界を創るというようなワンゲル精神は最近は流行しないようだ。鍋釜を始め生活道具一式を背負い、山野をさまよう姿に現代の若者は魅力を感じないようだ。

 現代は海外にも気軽に行けるし、飛行機代も格安である。ワンゲルの人々は是非、狭い日本でウロウロせずに、海外へ鍋釜を背負いテントを担いで出駆けてみるべきだ。私が現役の学生ならば、そうしたでしょうね。私が学生の頃は1ドル360円であり海外旅行は夢の世界だった。しかし、最近は国内の飛行機代より海外の方が安いくらいだ。

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スリランカ紀行(15) シギリアロックとのお別れ

 承前 スリランカ紀行(14) シギリアロック頂上 宮殿跡

 シギリアロックともお別れです。頂上の宮殿跡ともお別れです。父王であるダートセーナ王を殺し王位を獲得した息子のキャサパ王はインドに亡命した弟マガラーナが何時インドから攻めてくるか毎日怯えて暮らしていた。岩山の宮殿で朝目が覚めた時に眼下のジャングルの彼方に敵の象の軍団が存在しないことを祈り過ごしていたんでしょうね。

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 登りより下りの方が怖いです。

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 ライオンの右足です。迫力あります、5世紀には此処にスフインクスのようなライオンの像が建造されていたんです。スフインクスはピラミッドより古いそうですね、守護神だそうです。日本では狛犬になりました。(日本にはライオンがいない)

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 朱雀大路の先にはお釈迦様の像がこちらを向いておられます。

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 岩山を降りた麓の王様の会議室です。昼間は岩山を下り麓の宮殿で過ごしました、この場所は重臣と朝議を行った場所だそうです。

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スリランカ紀行(14) シギリアロック頂上 宮殿跡

 承前 スリランカ紀行(13) ミラーウォールからライオンロックへ

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 1200段目の石に乗って御満悦。頂上の宮殿跡です。約1時間半あれば登れます。

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 南の方向、眼下には鰐を生息させた防御の濠で囲まれ、彼方には湿地帯のジャングルが拡がる。

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 レンガで基壇が組まれた頂上の宮殿跡です。宮殿は大理石を此処まで持ち上げて建造されたそうです。狂気の沙汰ですね。

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 プールの大きさはある貯水池です。今でも水が溜まっています。

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 このような貯水池が何カ所もありました。籠城戦をするには水が必要ですね。王は夏の昼は頂上の宮殿は暑いので、山麓の宮殿で過ごし、夜は頂上の宮殿に戻り身を守ったそうです。

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 頂上の宮殿跡で畑仕事をする人がいます。こんな岩山の頂上でわざわざ畑をしますかね、不思議である。ひょっとすると遺跡を保護する人かも知れません。背後は鰐を飼っていた防御濠です。

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スリランカ紀行(13) ミラーウォールからライオンロックへ

 承前 スリランカ紀行(12) シギリアレデイ(シーギリア・レディー)

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 赤いレンガの壁が、ミラーウォールと呼ばれています。昔は卵白を使用して鏡のように磨かれた壁に塗られ、鏡のように輝いていたそうです。岩のしたから眺めるとこんな景色です。

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 地元のガイドさんの話では、建造された5世紀の頃には岩山の壁面全体に壁画があったそうです。フレスコ画の漆喰が長い年月を経て雨ざらしになり朽ち果てたそうです。

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 眼下に西の方角を向いた朱雀大路が延びています。

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 ライオンロックに出ました。ライオンの足が今でも残っています、創建当時は此処に巨大なライオンの像が建造されていたそうです。丁度、スフインクスのような格好だったそうだ。

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 岩山の宮殿に行くにはこのライオンの門から入る事になります。シギリア(シーギリア)という意味はシンハギリア=ライオンの喉 という言葉が原義だそうです。此処に巨大なライオン像が聳え、喉元に宮殿への道が存在したのだ。

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 この急な階段を昇り降りするのは少し恐怖感があります。風が強くて揺れるのです。

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2011年度 赤とんぼ夏合宿報告(2/2) 飛行機回収作戦

 承前 2011年度 赤とんぼ夏合宿報告(1) 観音原百体観音像 

 今回の合宿では、栂池地域がパラグライダーの大会と重なり、フライトが出来ませんでした。初日夕刻に、岩岳スキー場の駐車場から飛ばしたかっちんの『スカイローバー機』が乱気流に巻き込まれ岩岳の森に墜落した。地上20メータのトチの樹の上に墜落し回収作戦が丸一日遂行されたが、全ての作戦が失敗した。

 又、よっちゃんが最終日の夜に肩の痛みが激しくなり、二日目には清ちゃんが腹痛を起こし病院に診断に出かけるというアクシデントが起こった。皆さん、歳なので色々と不具合が出て来ました。

 岩岳の山小屋では飛行機は飛ばさなくても、散策するだけで花に囲まれた静かな自然があり、素晴らしい時間を過ごすことが可能です。そんな、久しぶりにイノチの洗濯をした赤とんぼの集まりとなりました。素晴らしい時間でした。

 マイフォト 2011年度 赤とんぼ夏合宿 写真集

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 ほうばの花です。天井向いて咲くので下からは見つけにくいです。

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 大きなキツツキを見つけました。山小屋の壁は穴だらけなんです。

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 岩岳の森で見つけたアオカエルです。

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スリランカ紀行(12) シギリアレデイ(シーギリアレディー)

 承前 スリランカ紀行(11) シギリアロックを登り始める

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 現地のガイドさんの話では、要塞化される前から岩窟寺院として壁画が描かれていたという話でした。しかし、こんな妖艶な美女に囲まれ修行が出来るんでしょうか。

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 冠とお顔を眺めていると、衣服をまとえば法隆寺の焼失した金堂壁画と何処か似ているように思いました。

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 蓮の花を持つ美女と侍女でしょうか。

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スリランカ紀行(11) シギリアロックを登り始める

 承前 スリランカ紀行(10) シギリアロック麓の宮殿

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 シギリアロックが迫ります、いよいよ登り始めます、先ずはシギリアレデイを目指します。

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 騒ぐと『スズメバチ』が襲いますよ、注意! 怖いですね。(巣を何とかしてほしい)

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 早速石段です、標高差200メータを登ります。

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 巨岩の道を登り始めます。

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 瞑想の岩窟のようです。壁面には絵が描かれていたんでしょうね。

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2011年度 赤とんぼ夏合宿報告(1) 観音原百体観音像

 承前 2011年度 赤とんぼ夏合宿無事終了

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 33年も前から岩岳の『ちんぐるま』にお世話になりながら、お向かいさんの『池田屋』さんの裏手に江戸時代から観音原と呼ばれる百体もの観音像が設置された聖地があるとは知りませんでした。森に囲まれており、地元の人以外は絶対見つける事は不可能と思われる場所に有ります。

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 どうやら、江戸時代の後半あたりに石仏は作られたようです。この頃、観音信仰が流行したようで、西国33番札所の巡礼、坂東33番札所の巡礼、秩父34番札所の合計100番札所の巡礼が人々の理想の巡礼と考えられたようです。

 そこで、誰もが巡礼に行ける訳でもありません、人々が手軽に行ける場所にまとめて100番札所を各地に作ったようです。そういえば、富士山信仰でも都内に富士見塚が沢山ありますね、同じ発想かも知れない。浦安の日本のデズニーランドも此処に行けば、アメリカのデズニーランドの雰囲気を味わう事が可能だ。これは、エンターテイメントの世界だが、信仰の世界で考えると観音原百体観音像になるのかも知れない。

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 参考 西国33カ所札所 此処の33番札所で私が訪れた場所と言えば、紀三井寺、壺坂寺、長谷寺、三室戸寺、石山寺、三井寺、清水寺、叔母さんの墓がある中山寺、等々で意外と今迄参拝した寺があります。

 参考 坂東33カ所札所 此処では、鎌倉の杉本寺と東京の浅草寺くらいしか参拝した経験が有りません。

 参考 秩父34カ所札所 秩父となると殆ど訪れた経験が有りません。会社の先輩で秩父出身の大島先輩の御親族の葬儀で出かけた程度です。

 所で観音信仰と言えば、アンコールトム バイヨン寺院を思い出します。

 参考 アンコール遺跡の旅(4) バイヨン寺院(クメールの微笑み)

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2011年度 赤とんぼ夏合宿無事終了

 承前 今週末は恒例 赤とんぼ夏合宿

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 2011年度『赤とんぼ』夏合宿は無事、6月3日、4日、5日と白馬村、岩岳の『ちんぐるま』で開催されました。

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(写真:トチの木とラジコン飛行機を探せ)

 今回は、岩ちゃんとYsさんは欠席となりました、秋合宿にはお会い出来ると思います。今回は、栂池スキー場ではパラグライダーの大きな大会が開催され、ラジコン飛行機は飛ばすのを中止しました。ところが、山小屋近くの広場で飛ばした、よっちゃんの電動飛行機は無事でしたが、かっちんの飛ばした『スカイローバ』が乱気流に巻き込まれ岩岳の森に墜落しました。

 地上から20メータ以上は距離がある巨大な栃の大木の上に鎮座し、色んな手段を試して回収を試みましたが、全て失敗に終わりました。池田屋の御主人にも相談しましたが、回収する手段が見つからず一日かけた回収作業も無駄となりました。

 今回は、よっちゃんが右肩を壊し、最終日の夜は寝れない程痛みに悩まされ、富士川の清ちゃんはお腹を壊し病院に駆けつけるという、病人続出となりました。

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20116akatonbo_041  『スカイローバ』を飛ばす、かっちんと、電動ヘリを飛ばす、よっちゃん。

このあと、かっちんに悲劇が訪れました。

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 飛行機が墜落した岩岳の森には『パワースポット』がありました。『観音原 西国・坂東・秩父百体観音像』のある不思議な森に囲まれたテニスコート程度の広さの空間です。弘法大師さんが鎮座され、百体の観音様がこの聖なる空間を囲んで並んで佇んでおられます。

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神聖な儀式が行われた場所と考えます。鬱蒼たる森に囲まれた秘密の場所です。広場を囲むように石仏が囲む様式はストーンサークルを連想させます。

 勿論、葬送の儀は行われたでしょうが、それ以外にも村落の重要な会議や儀式は此処で行われたのではないでしょうか。安曇族の古い古代の記憶に繋がる聖なる広場だと思います。

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スリランカ紀行(10) シギリアロック 麓の宮殿

 承前 スリランカ紀行(9) 世界遺産シギリアロック キャサパ(カッサパ)王の夢

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 キャサパ王はシギリアロックを内裏とすれば、その岩山の麓にも宮殿を建造した。元来スリランカでは朱雀大路は太陽の登る東に向かい建造されるが、彼は逆に西に向かい宮殿を作り朱雀大路を西に伸ばした。あたかも、インドに亡命した弟の方向を向いているようである。そして、麓の宮殿には数々の『水の庭』と呼ばれる施設を建造した。

 尚、中国では『天子は南面する』という考えで朱雀大路は南に向かい建造される。日本でも同じである。中国では方位磁石も指南車と呼び、常に南を指すように出来ている。

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 沐浴場などのプールは外濠と地下の導管で接続され水の供給を得ている。又、岩山からの導管により落差を利用した噴水が沢山存在したといいます。

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 これがキャサパ王の都の朱雀大路であります。この都は弟の亡命したインド南部を向いて(西を向いて)建造されたと考えます。

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 シギリアロックの近くなりました。

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 黒檀(こくたん)の木です。熱帯性常緑広葉樹であり材質は緻密で重く堅いので有名で超高価な家具の材料として有名ですね。こんな高木だとは知りませんでした。

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スリランカ紀行(9) 世界遺産シギリアロック キャサパ王の夢

 承前 スリランカ紀行(8) アヌラダプーラのホテルにて

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 さて、スリランカ紀行の最大の目的地、世界遺産シギリアロックを目指しましょう。古都、アヌラダプーラから南にバスで2時間半程度南下するとシギリアロックの場所に到着します。途中はジャングルの中をバスは走ります。夜間は走行禁止だそうです、野生の象さんとか巨大蛇とかコブラとか色々な動物がウロウロするからです。

 簡単にシギリアロックに関するスリランカの歴史を御紹介します。日本では倭の五王と呼ばれる大王が河内に巨大な前方後円墳を築いて東アジアで活躍していた頃、即ち五世紀後半の頃ですが、スリランカではダートセーナ王(452年~470年)がアヌラダプーラを都として統治していました。彼は、巨大な貯水池を作り豊かな田圃を沢山作り豊かな国作りをしていた。(まるで、仁徳天皇の話に似ています、彼も上町台地に水路を掘削し河内湖を排水し、見事な美田を作り豊かな国を作った伝承を持つ。)

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 王には二人の息子がいました、長男はキャサパと呼び平民の母から生まれた子供、弟はマガラーナと呼び母は皇族でした。当時のスリランカの社会では弟が家を継ぐ事が多かったそうです、今でもスリランカでは一番下の子供が家を継ぐ事が多いそうです。兄貴のキャサパは父を殺して王になり、都をシギリアロックのある場所に遷都した。

 弟はインドに逃れた。兄のキャサパ王(470年~488年)は弟のインドからの襲撃を恐れ高さ200メータも標高差のある岩山の上に宮殿を建造し怯えた生活を送ったという。岩山の下にも勿論宮殿を作り濠を巡らし、来るべき弟との戦争に備えたという。結局、彼は弟に敗れ、都は元のアヌラダプーラに戻されたという。18年間の儚い夢の跡がシギリアロックなのだ。

 グーグルアース シギリアロック(予めグーグルアースのインストール必要)

「Sigiriya.kmz」をダウンロード

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 アヌラダプーラからシギリアロックへの道はジャングルの道です。途中、沢山の湖というか沼地が沢山点在しています。スリランカの国の花は睡蓮だそうですが、私は蓮の花と区別が出来ません、沼には沢山のロータスかウオーターリリーか判らないが咲いていました。

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 海抜377メータ、標高差200メータのシギリアロックが現れました。え~あんな上に大理石の宮殿を建造していたんだ~、と、驚きます。よほど、弟が怖かったのでしょうね。

 

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スリランカ紀行(8) アヌラダプーラのホテルにて

 承前 スリランカ紀行(7) アバヤギリ仏塔・ジェータナバ仏塔・クッタムポクナ沐浴場

 今回はスリランカの最古の都、アヌラダプーラに二泊したロッジの自然環境を記録しておきます。素晴らしい花と自然に恵まれた樂園でした。数年前にアンコールワットを訪問したカンボジアの環境に何処か共通する所が多かったです。

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 『Galway Miridiya Lodge』の裏庭から眺める早朝の湖の風景。漁師さんが漁をしています。

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 こんな綺麗な花が芝生に落ちていました。

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 残念ながら、花には縁の無い人間、名前も判りません。南国特有の華やかな花が多かったです。

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20115surilanka_701  ホテルの前庭に座る、怪しい爺さん。ちゃんちゃんこを着た猿と一緒です。怪しい風呂敷包と昔はどの家庭にもあったご飯が冷めないように保温するような箱。

 笛の音が聞こえて来ました、コブラ使いでした。何より驚いたのは、風呂敷包の中には巨大な蛇がいたんです。スリランカは驚愕の国です。あなどっては、いけない。

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