原発に思う
昨夜、東電の会長さんがテレビで挨拶してました、1号機~4号機は廃炉にする可能性を言っていましたが、政府は5号機~6号機についても廃炉の可能性を言及したそうだ。ところで、毎日新しい原子炉の問題が浮上し、昔、オンラインリアルタイムシステムがシステム異常を起こした時の最悪のシナリオに似てる気がする。毎回、新しい障害が見つかり、対策を立てるのが困難になり訳が判らなくなる。
ところで、福島第2原発は本当に大丈夫なんでしょうね、心配です。最終的には福島第1原発は全て石棺で覆う事になるんでしょうか。そして、半径30キロ圏内は今の儘という訳にいかないでしょうね。東電が土地所有者に支払う賠償額は膨大なものでしょうね。海の汚染が今後何処まで防げるか、防げないとこれも賠償は膨大な金額になるかも知れない。
それより、地震・津波の震災と原発の二次災害で打ちのめされた人々の心の傷の方が一番問題になるんでしょうね。日本の原発は殆ど全てが海岸に建造されている。50機以上有るんではないだろうか。今回の教訓は今後どう生かされるのだろうか。
今回の原発の事故で改めて判ったのは、原発というのは核分裂を制御して起こし、その熱エネルギーを蒸気に変換しタービンを廻して発電している。極めて原始的な電力エネルギーの獲得方法なんですね。今は問題になっていないが、核分裂抑止の制御棒は大丈夫なんでしょうね。毎日という程、新しい問題が発生するので、だんだんと信用出来なくなりつつあります。
原子力発電所については、日本は世界の最高レベルの技術にあると聴いていた。何故なら、アメリカが何年も前から原発建設を止めていたので、日本とフランスだけが世界で一番高い原発の技術力と思っていた。具体的に言うと、日立と東芝である。今回の事故を起こした原子炉は昔の会社の仲間の話では、40年前のG.E.社製だと聞いている。
ひょっとするとオールドテクノロジーの原子炉であったのかも知れない。テレビではそんな原子炉の説明がされていないので、判らない。
今回思うのは、東電に梁山泊は居ないのかという、印象ですね。戦闘集団の人の構成にはエリートばかり集めても最強の戦闘集団にならないという真理です。これは、私が以前勤めていた会社の薩摩出身の社長の哲学でした。エリートは土壇場に弱い、身体を張って全ての泥を被り局面を打開する無鉄砲な野蛮な人間も必要なのだ。
今回の毎日のテレビでの原発の説明は客観的な心がこもらない、俺が全責任を取る、身体を張って頑張るという風景が見えない。唯一、東京消防庁のハイパーレスキュー隊の決死の覚悟の行動が心を打ちました。江戸の纏いの伝統は今でも生きているという風に感動しました。これが、崖っぷちで組織を救う人々なんだと思う。
海外の技術者を政府が呼んだのか知らないが、今回の事故の始末は日本人だけでやるべきです。海外からの援助する人々は今回の事故から知識を得るだけでで日本にはメリットが無い。此処は本当に日本人が原子力に関して最高のレベルにあり人間としても世界一である事を世界に示して貰いたい。
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