耽羅(済州島)紀行 その13 翰林(かんりん)公園 挟才洞洞窟・双竜洞窟
済州島の西北の地に一人で巨大な公園を作った奇人がいたという、彼の名はソンボンギュという人であると、司馬さんの『耽羅紀行』では登場する。彼は、日本統治時代に最高学府の済農(チェノン)を卒業し、その後、ソウルの大学で経済学を学んでいる。済州島は観光で経済を支えようとこの地で巨大な公園を作り始めた。
西北から吹き付ける強烈な風は浜から砂を内陸に運び、砂地の土地を公園に撰んだ。現在は天然記念物になっているが溶岩洞窟も存在し、早くから文化財遺産の保存と観光を両立させる努力をした。日本に渡航し、多くの公園や文化財保存の状況を学び、タキイ種苗から種を買い植物を育てた。
司馬さんは奇人と言って褒めている、尊敬しているのです。長い儒教と朱子学で縛られた朝鮮に於いて、珍しく実学で行動した学識ある金儲けでない品のある人物であると評していた。だから、かれが創り上げた公園は品があると司馬さんは語る。
ちなみに、翰林とは馴染のない言葉ですが、この地方の地名だそうだ。むかし、このあたりから朝鮮王朝に対して翰林学士でも輩出したのではないかと司馬さんは推論していました。翰林とは唐の玄宗の時代に翰林学士院という皇帝直属の秘書室で、詔書の草稿を認める役所で科挙試験で上位に数名が撰ばれるエリート中のエリートが集まった。
浅田次郎の『蒼穹の昴』でも梁文秀が科挙試験トップ合格として皇帝の直属の参謀を行うが、中国では唐の時代からこのような官僚の制度が続いていた。スモールチャイナの朝鮮半島でも類似の構図であったろうと思われる。
この公園は天然記念物の挟才洞洞窟・双竜洞窟を始め、盆栽園や財巌民俗村、鳥の動物園もあり、多彩である。
参考 翰林公園ホームページ
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