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アジアカップ 優勝する

 ザッケローニというまるで関西の下町で出あうようなオジサンが監督になり無敗が続いている。イタリア人でしょうか、背が低く、顔がでかく、愛嬌のある顔である。

 韓国と準決勝で激突し、延長戦の最後の最後で追いつかれたが、PK戦で韓国は最初の二人が川島に止められ、三番目の選手がゴールを外し、珍しい3-0で日本はPK戦に勝った。決勝はオーストラリアとなった。

 昨夜、息子は、珍しく夜早く仕事から帰宅し自宅でサッカーを観戦すると言う。急いで茹で卵を作りラーメンを作り、冷凍しておいたカレーも準備した。

 私は寝ていたが、後半20分頃に一度トイレで起き、0-0を確認し、再度寝た。息子が勝ったよと言うので起きると日本選手が大喜びしている光景がテレビに映っている、1-0で勝ったようだ。延長戦後半に長友からのクロスにダイレクトボレーで李忠成が撃ち込んだようだ。見事なゴールでデイフェンダーが誰も居ない、長友の低いパスとシュートコースを消す為にオーストラリアのディフェンダーは長友の前に防御壁を作っていたのだ。

 李選手は在日4世だそうだ、何か継体天皇が応神天皇5世の孫を思い出し、列島に住む人間として明らかに昔から住んでいた人として、日本人の資格が十分だと思う。残念ながら足の指を骨折した香川選手の穴を埋めて活躍してくれました。日韓で勝ったようなものだ。

 しかし、長友という選手はよく走るしタフだと思う。幾多のチャンスを作っていたようだ。15キロも一試合で走るそうです。駅伝選手としても活躍できそうです。サッカーは走る格闘技なんですね。

 日本はこれで、4回目の優勝で参加国では最多優勝国となったそうです。

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