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峨眉山・九寨溝・黄龍紀行その6 武侯祠・漢昭烈廟

 承前 峨眉山・九寨溝・黄龍紀行その5 世界遺産 楽山大仏

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 成都は蜀の都、三国志で有名な劉備玄徳と賢臣、諸葛亮(字は孔明)が二人三脚で魏の曹操、呉の孫権と戦った歴史の都です。成都には中国では珍しい皇帝の廟と臣下の祠が同じ場所で祭祀されているのです。劉備玄徳の諱(いみな=死んだあと贈られる名前 例えばイワレヒコは神武というのは日本の一例)は昭烈と命名され、且つ、最初の漢民族の皇帝でしたので漢昭烈と中国人は呼ぶ。故に彼の廟は漢昭烈廟となり劉備玄徳の廟という事になります。

 諸葛亮(孔明)の諱は武侯ですから、彼の祠は武侯祠と呼ばれる訳ですね。この二人の廟と祠は同じ場所に設置され、人々はどういう訳か諸葛孔明が好きなのか、代表して武侯祠と呼ぶ。

 マイフォト 武侯祠・漢昭烈廟写真集

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 詳しくは写真集を観て頂ければ、概略の武侯祠が判ると思います。先ず劉備殿の門を入ると左手に岳飛が書いた『出師の表』石碑があります。諸葛孔明は劉備が死んだあと、自分が戦場に行く前に蜀の皇帝劉禅に残した言葉です。岳飛は涙ながらに書き写したそうですが、最初は楷書。そして行書に変わり、最後は草書に字が変化しています。中国では書の鏡と言われているそうですね。見事に勢いと心がこもった書とされています。

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 劉備殿には皇帝劉備の像と文官14名、武官14名の像が安置されています。有名なのは義の関羽の像と誠貫金石(忠義の心金石を貫く)の張飛の像が目をひきます。

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 劉備殿の北側に孔明殿があります、愛新覚羅の書になる『名垂宇宙(孔明の名は世界中の人々に伝えられ模範となった)』の額があります。諸葛孔明は日本でもファンが多いと思います。そう言えば、赤とんぼの大御所である三浦さんの名前は亮一さんでした。きっとお父さんは三国志ファンだったのでしょうね。

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 劉備のお墓は恵陵と呼ばれていますが、途中に素晴らしい竹林の中に赤壁で美しいカーブを描く道があります。中国では多くの映画の撮影現場として利用されているようです。京都嵐山の竹林に赤い土塀が出来たような雰囲気です。

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 劉備の陵墓はガイドさんの話では逸話があるそうです。昔、墓泥棒が陵墓に入ると劉備が孔明と碁を打っている光景に出合い、恐ろしく恐れ多くて逃げ出してきたという事です。それ以来、誰も墓を暴く泥棒は出て来なかったという事で未盗掘墳墓として守られているそうです。そう言えば同じ時代の箸墓古墳はどうなっているのか、恵陵を眺めながら遥か大和の卑弥呼を思い出していました。

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