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長安(西安)・北京紀行その4 長安城(漢・唐・明 各時代)

 承前 長安(西安)・北京紀行その3 西安 漢陽陵地下遺跡博物館

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 現在我々が西安を訪れて観光出来る城壁は明の時代に建造されたものである。写真の長安の城壁は版築で固められた土塁の表面にレンガが積まれている構造です。

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 (写真は明時代に築かれた長安城の城壁)

Photo  この衛星写真は現在の、明時代に築かれた長安城の城壁です。明の時代に遊牧民の攻撃から守る西の城塞として築かれたものです。概略、唐時代の皇城の城壁の土台の上に築かれたと言う。唐の時代の長安城は巨大でした、東の城壁は現在の興慶宮公園に東から南北にに伸ばしたあたりで今でも残る城壁の東門は通過しています。

Photo_2  参考 唐の時代の長安城

今でも唐の時代の現存物として残るのは大雁塔の建物だけです。それが、残念な事になります。朱雀大路も残っていますが、今は当時の幅よりも随分と狭くなっています。

 北には大明宮が存在し、平城京のグランドプランと近似している事が判りますね。平城京は唐の長安が確実にモデルであった事が理解出来ます。

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 (写真は鼓楼です)

 2時間間隔で時間を告げた鼓楼や鐘楼も再現されていますので、当時の雰囲気を伝えています。

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 (写真は鐘楼です)

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 (写真は唯一唐時代の現存する建物である大慈恩寺の大雁塔です)

 参考 唐の時代の長安城(グーグルアース)

「toudaimeikyu.kmz」をダウンロード(予めグーグルアースのインストール必要)

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 さて、漢王朝を開基した劉邦(太祖)は秦の都であった咸陽の渭河対岸の現在の長安城の西北に建造した。最初に長楽宮を建設し、そして未央宮を建設10年の歳月をかけ長安城を築いた。

 現在でも、覇城門遺構、長楽宮遺構、未央宮前殿遺構、太液池遺跡、等々が現存している。

 参考 漢時代の長安城

 漢の時代の長安城(グーグルアースで観る)

「KanCyourakugyu.kmz」をダウンロード(予め、グーグルアースをインストール必要)

 漢の時代の長安城の城壁は概略、東西南北の城壁は6キロメータの長さですから、約24キロの壮大な城壁に囲まれた都市であった。唐の時代も、概略、同じような規模であったと言われている。

 日本の藤原京にしても平城京にしても長岡京、平安京にしても城壁で囲む事は無かった。しかし、中国やヨーロッパの都市は全て城壁で囲まれており、日本は稀有な都であったと思われる。何故、真似をしなかったのか考えてみると面白いと思いますね。

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玄宗皇帝が楊貴妃の希望で掘削させた興慶宮の龍池です、ここに船を浮かべ月を楽しんだと伝えられています。

 日本から優秀な多くの人材が長安に留学した、阿部仲麻呂・吉備真備・眩坊・空海・最澄 等々が有名です。一度はこの長安を訪問され当時の風景を想像されると楽しいと思います。

 

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Comments

お帰りなさいです。
唐代のメトロポリス西安にまた行きたくなりました。
(北京より好きです)

自分は2005年の夏に行き、南門近くのANAホテルに滞在しました。西方都市は、何といっても回族が多数いて、漢族との文化を両方味わえることが魅力だと思います。現地の家内の友人と回族街で羊肉串焼きと赤狼ビールを飲んだ時の味には、感動しました。

城壁を作らなかった理由とは、天皇を中心とした単一民族であったことが要因でしょうか?
(当時、渡来人(朝鮮族)と蝦夷がいましたが)
日本の場合、武力平定した皇帝ではなく天皇であるため、民に対する労役について中国と異なったのではないかとも思います。

Posted by: Shinsaku | 2010.05.20 05:52 PM

shinsakuさん おはようさん

 今、北海道の札幌のホテルに滞在しています。サッポロではライラック祭りです。

 西安ではご推薦の餃子屋さんに行きましたよ。お腹がはちきれる程、幾種類もの餃子を食べました。目の前が鐘楼でした。

 ウイグル族の人々が住むのは長安の西側(右京)ですね。シルクロードが出ていますからね。日本人とか東南アジアの人々は左京に住んでいたようですね。

 また、東京に帰れば長安紀行を続けますので、宜しく。札幌は今日も快晴ですが、肌寒いですよ。

Posted by: | 2010.05.22 08:54 AM

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