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中国雲南紀行その1 羅平のホテルで見た不思議な日本地図

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 雲南紀行文を書くにあたり象徴的な日本地図を羅平のホテルのフロントで見かけた。皆さんこんな地図を見られたのは初めての方が多いのではないですか。日本列島は九州を一番北にして列島は南に連なり、関東あたりが一番南に位置しています。

 この地図に出合ったのは三輪山セミナーで千田稔氏の講演の時でした。その時の感動的な記事をJoBlogで書きました。

 三輪山セミナー講演録 千田稔氏講演録

 中国人は宋の時代でも明の時代でも日本列島は朝鮮半島の南の海洋にあり、九州島を最北端として南に長く連なる列島であったと認識していたのです。従い、魏志倭人伝に於いても伊都国から邪馬台国に向かう道筋は南、南へと路程を記録したと考えられると千田稔氏は説明されていたのを思い出した。

 魏志倭人伝で記録された倭人の風俗はまさに、長江下流域の越の海人の風俗であり、あたかも雲南に住む人々、昔の滇王国の人々の風俗を記録したと考えられるというのです。その傍証として、前漢の武帝が滇王国の王に与えた金印の鈕と、後漢の時代に九州島の奴国王が貰った金印の鈕は同じ、南国の蛮夷の国の印である蛇の紋様なんですね。

 参考Web記事 西南シルクロード紀行

 何故、羅平のホテルがこんな世界地図を掲げているのか不明ですが、多くの日本人観光客が雲南を訪れるので、親しみを込めて掲載していると考えました。日本と雲南は2千年前から繋がりがあると言いたいと受け止めました。(本当の理由は不明です)

 雲南紀行を終え、飛行機で北京に向かいましたが、飛び立つと幾重にも連なる山岳地帯を越えて華中の平原に出ます、まさに、雲南地方は黄河流域の世界とは隔絶された世界だと感じました。

 

 

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 羅平の菜の花畑で夕日を観た帰路、未だ山の上でサンセットを観ている人々の頭の上に月がでています、感動的な風景でした。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Comments

 Joさん

 面白い世界地図ですね、初めて見ました 大陸と陸続きの日本 ・・・ヨーロッパ、アフリカ、アジア、南北アメリカ、豪州、南極・・・大局はしっかり描かれていますね サンセット風景、いいですね

 4月にバンコク ですか~、一番暑いときと違います。散歩がてら王宮寺院まで歩き初めて、3分と経たないうちにギブアップ、気温40℃ に勝てず、メータタクシーを拾ったのを思い出しました

Posted by: | 2010.03.13 02:51 PM

てっちゃん

 え~~どないしませうか

 もう今更、引き返せないので、灼熱のバンコク行きます。そういえば、同期の村上どん未だバンコクに住んでいますよね。

 さて、今からサライさんの集まりで、恵比寿の恵比寿麦酒記念館にでかけてきます。宴会もあるそうです。風が強く、吹き飛ばされんように気をつけて行きます。

Posted by: jo | 2010.03.13 03:26 PM

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