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トルコ大紀行その9 ベルガマのアスクレピオン

 承前 トルコ大紀行その8 ベルガマのアクロポリス遺跡

20101turky_381 ベルガマ遺跡観光の続編です、山を下るとBC4世紀から開設された当時の医療センターであるアスクレピオン遺構がありました。当時ギリシャ文明では各地に医療センターが存在していたようです。医学の神はギリシャ神話ではアスクレピオスです、医学に秀でた神で杖に蛇が巻きついた格好をしています。

20101turky_387

 神話では、死者まで蘇らせたという事でゼウスの怒りに触れ殺され、星空で蛇使い座にされてしまいました。WHO(世界保健機構)や米国の病院のマークは杖に蛇が巻きついた図案が多いですね。ちなみに、東京商大(現 一橋大学)の校章はヘルメスの杖(ローマ神話ではメリクリウス=英語ではマーキュリーの杖と呼ばれ、蛇が二匹で商業の神です。

20101turky_367  患者は麻薬を投与され精神療法で治療されたようで、こんな地下の道を歩かされ天井の穴から医者が話しかけたて暗示にかけて病気を治療したとガイドさんは説明していました。

 マイフォト ベルガマのアスクレピオン写真集

 詳細に興味ある人はマイフォトの写真集を眺めて下さい。

20101turky_386 何れにせよ、紀元前4世紀から病院が存在した事はギリシャ文明の素晴らしいところだと思います。

20101turky_375 円形劇場では患者が喜ぶギリシャ悲劇の演劇が上演されていたそうです。娯楽施設まで完備した病院ですから凄いとおもいますね。

20101turky_168 アスクレピオンに繋がる柱列と石畳の道です。

20101turky_390 遥か山の上にはアクロポリス遺跡が存在しています。当時は、山全体が大理石の柱や建物で覆われていたのでしょうね。白亜の都市を想像して下さい。

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Comments

トルコ石のこと

 前回のコメントと重なるかも知れませんが写真を拝見してトルコ石のことを思い出します。
日本でも指輪などに使われているコバルト・ブルーといいますか薄い明るい青の宝石です。
若いころ女房なども好んでいましたなあ。

 念の為に(トルコ石)とグーグルに聴きますとウィキペディアは詳細を教えてくれます。
紀元前2000年ころからエジプト人はトルコ方面で採掘しておったと聴いて驚きます。
そういうものはシルクロード経由で中国、日本にも伝わったのでしょうねえ。
もう一つ、念の為(turkish blue)とグーグルに聴きますと、(turkish blue の検索結果 約 32,000,000 件)と出てきたのでタジタジタジとなりました。

 この青の色は青磁、白磁の青磁にも繋がっているのではなかろうかと当方は愚察しております。
台北の故宮博物院で見た(宋時代の汝窯の青磁)の一品は本当に素晴らしかったです。
この一品を見るためだけにでも台北へ行く値打ちはあると思いましたね。
淡いような、透き通るような、やさし~いブルーなのですね。

 この(大紀行)の空の色を拝見してそんなことを思い出します。

Posted by: ふうてん | 2010.02.13 06:40 PM

トルコブルー

 今回の旅行で感じたのは天気の良い日の空の色、エーゲ海の色ですね。トルコ石のお店に連れて行かれました、本物は随分と高価ですね。

 偽物が世界中で出回り、問題になってるそうです。見分け方を店員さんが言うてましたが、素人では無理でしょうね。

 エジプトではラピスラズリとともに愛された宝石のようですね。美しい色には魅惑されます。

 トルコ西部のエーゲ海に面する港からシルクロードは始まります。今回、キャラバン・サライ(ラクダ隊商の宿)も訪問し何処までも続くシルクロードも観てきました。一日80キロを走破するラクダの隊商は凄まじい執念と思いました。

 正倉院の瑠璃茶碗は確か中東産のガラスだと思いますが、正倉院に収納されてる古代の琵琶も博物館でそっくりなのを観て感動しました。

 人間の欲望を繋いだシルクロードと携わった執念の人々、世界史はおもろいですね。

Posted by: jo | 2010.02.14 10:23 AM

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