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トルコ大紀行その7 トロイ(トロイア)遺跡

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20101turky_184  トロイ(トロイア)遺跡の訪問です。

Photo  グーグルアース検索 トロイ遺跡

「Toroi.kmz」をダウンロード

20101turky_188 

マイフォト トロイ(トロイア)遺跡写真集 トロイ遺跡は雪で覆われていましたが、是非、写真集を参照して下さい。判る範囲で解説をつけておきましたので参考になると思います。

20101turky_190 トロイの遺跡はマイフォト トロイ写真集で解説をしましたが、先日夜に地上波テレビでブラッド・ピッド主演で映画『トロイ』が放映されましたね。ご覧になられた方々も多いと思います。私も観てみました。

 この遺跡はハインリッヒ・シュリーマンがホメーロスの叙事詩『イーリアス』の舞台となった場所であると確信し発掘を行い1873年に『プリアモスの黄金(トロイアの黄金)』を掘り当て世界中を驚かせた事で有名です。実際には彼が掘り当てた場所は第2層(BC2500~BC2300)でありトロイ戦争の時代からは千年近く昔の地層でした。

 トロイ戦争はBC1200年頃の時代であり、アテナイ、ミケーネ、スパルタというギリシャの連合軍がトロイ(当時ギリシャ語ではイリオスと呼んだ)を10年間に渡り攻撃した歴史を指している。最後にトロイが陥落した50日間程度を叙事詩として記録されたのが、ホメーロスの『イーリアス』ですね。

 トロイは最近の発掘成果より、BC3000年からAD500年までの期間の遺跡である事が判明し第1層から第9層まで分類されています。写真集に解説しておきましたので、興味ある人は参照下さい。トロイ戦争は第7層(BC1250~BC1000)に該当します。シュリーマンが乱掘りし遺跡を破壊したので、近年の考古学者は難渋をしいられています。シュリーマンは発掘では無く明らかに破壊行為を行った訳です。

20101turky_199 ヒサルルクの丘に立つとエーゲ海の海岸から攻めてくるギリシャ軍が空想できます。

20101turky_250 

 有名なトロイの木馬の復元模型ですが、映画で使用された木馬は前日宿泊したチャナカッカレの町に展示されているようです。

 さて、トロイに砦を築いて難攻不落を誇った民族は誰なんでしょうか。先ず考えられるのはエーゲ海を挟んでギリシャ人がイオニア半島に築いた植民都市と考える方法です。BC1500年頃から盛んにギリシャ人はアジアの半島に進出したと考えれているからです。

 もう一つの考えはBC2000年頃から現在のトルコ中部のボアズキョイを拠点にした鉄器を持ったヒッタイト帝国の植民都市と考える方法です。ヒッタイトはエジプトを破る強大な軍事力と版図を持った帝国だった訳ですから、もしかするとギリシャとヒッタイトの戦いがトロイ戦争の本当の姿であったかもしれない。

 ブラッド・ピットのアキレスの役は格好良かったですね。

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