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ETV特集 日本と朝鮮半島2千年シリーズを振り返り

 承前 『日本と朝鮮半島2千年 第5回 日本海の道』

 承前 『日本と朝鮮半島2千年 第1回~第4回』

 参考NHK 6回 蒙古襲来の衝撃

    NHK7回 東シナ海の光と影 倭寇の実像を探る

    NHK8回 豊臣秀吉の朝鮮侵略

        NHK9回 朝鮮通信使 和解の為に

       NHK日本と朝鮮半島2千年スペシャル番組 海峡を越える国宝の美

 お正月の期間、NHKでは教育テレビ放映50周年記念で作成されている『日本と朝鮮半島2千年』番組の再放送を連日行った。私は、既に観ていたが再度又、観てしまった。最新の考古学により発掘成果を踏まえた番組構成になっており、面白いからである。

 朝鮮半島に於いても、長い間日本と関係が深かった洛東江流域の伽耶諸国については偏見が存在していたと思われる。今までは三国時代(高句麗、百済、新羅)と呼ばれ伽耶諸国は無視されてきた。しかし、最近の韓国では洛東江流域の発掘が進みこれまでの考えが大きな転換局面に対峙している。伽耶諸国には高句麗、百済、新羅に匹敵する政治勢力が存在した事である。

 私は、日本書紀の記述による任那の存在と明治以来の戦前の日本人の常識である任那の歴史観が韓国の人々に特別な感情を与えていたと思います。しかし、伽耶諸国は確実に存在し、日本書紀が述べる任那とは何なのかを解き明かす為には洛東江流域の発掘調査が不可欠である事に日韓の考古学者も歴史学者も認識で一致した。これは、成果だと思う。

 

 これまで、朝鮮半島南西部の栄山江流域の地域も百済の支配下に存在したという歴史観であったが、私は馬韓の残存勢力と倭人(北九州の航海民)が独自の政治勢力を保持していたと考えるようになっています。その理由は、甕棺墓の存在と百済が高句麗の南下で否応なく百済が都を南方に移し栄山江流域も支配下に置かねばならない局面で、13基の日本独自の前方後円墳が築かれた歴史事実を見なければならないと思います。

 継体天皇の時代に従来の朝鮮半島政策を転換し、百済寄りの外交政策を採用し、栄山江流域の諸国を百済に割譲したという日本書紀の記述(日本書紀では任那の4県割譲)は何らかの歴史事実を記録したと考えています。継体天皇の時代には中国との交易を円滑に行うにはもはや百済と提携する方が得策であるという政治判断だったと思います。

 一連のシリーズで考えさせられるのは、境界人の必要性ではないでしょうか。国に属さずに自由に国家間を行き来する人々の存在価値についてです。国境というのは線で引くものではない、曖昧な地域を認め合いその人々に自由を与える考え方です。アフリカや中東の国際紛争の原因は国境を線で引いた事に起因しているのではないだろうか。

 難しい問題ですが、何とか知恵はないものでしょうかね、歴史を振り返り学ぶ事もあるのではないだろうか。色々と考えさせられる正月の番組再放送でした。

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Comments

>朝鮮半島に於いても、長い間日本と関係が深かった洛東江流域の伽耶諸国については偏見が存在していたと思われる。

そう思います。

良くも悪くも、戦前の徹底した「皇国史観」に基く歴史教育が、日韓両国人にとって一種の“トラウマ”となっている事は間違いありません。
私自身は、戦前教育の反動から、徹底した「日教組教育」を受けました。
古代韓半島では、百済、新羅、高句麗の三国で勢力を争っており、中でも南部の百済と新羅は、日本に絶大な文化的影響を与えた。古代において、人も文化も全て半島がルーツであり、古代日本が半島に及ぼした影響は殆ど皆無である、と教わりました。
その当時の私の古代社会のイメージは、半島南部の狭い国々に絶えず監視・束縛され、鳥篭の中で陰気な面をして生きる閉鎖的な倭人社会…という息苦しくて閉塞感満点な嫌ものでした。

大人になり、古代中国や半島の文献を読みこなせるようになった時、私の純粋な脳みそが“大混乱”をきたした事は言うまでもありません。

日本は、四方を海に囲まれているのでした。

そう思った瞬間から、古代人のダイナミックで豊かな生活が眼前に広がって行ったのです。

先日から長文を失礼しています。
ただ、古代史の知識というのは、極めて重要だと最近感じているのです。
とにかく、ここが始まりなのだと。
先祖の歴史を疎かにしては絶対にならないと。

Posted by: 俄か古墳マニア | 2010.01.04 12:03 PM

俄か古墳マニアさん 明けましておめでとう

 日本列島は島の集まりですよね。周りは海に囲まれています。昨夜の倭寇の話は何処か、ノルウエーのバイキングに似てますよね。悪者のバイキングと欧州では記録されていますが、実はノルウエーに行くとそうでもなかったと思いました。

 キリスト教に縛られ、教会の支配の元で身動きできなかった中世の欧州に自由で、解放的で民主的なバイキングは受け入れられない考え方だったのでしょうね。

 私の父は佐賀の唐津出身でした、江戸時代から裏庭に貿易船が入る密貿易で藩の財政を支えた家だったそうです。要は貿易商ですよね、名前も筒は住吉神社のでる筒ですが、元々は津津だそうで、港と港を繋ぐ人々だったようです。

 歴史を振り返る事は、これからの時代を考える上で重要だと思います。

Posted by: jo | 2010.01.04 01:46 PM

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