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『坂の上の雲』 第一回 少年の国

 司馬遼太郎の『坂の上の雲』は数年前に再度、全巻購入し読み直した経験があります。司馬史観の全てがこの小説に内蔵されていると思います。江戸時代を倒した20歳代の若者には国家をどうするか青写真が無かった、しかし、懸命に欧米列強の文明を学び植民地支配から逃れる為に頑張った、そんな時代だった。

Tankun_013  数年前に、私はベトナムのハノイに住んでいました、その時に日本の東京工業大学に留学し日本の企業に数年間勤めベトナムの国の発展の為に帰国した青年と仕事を一緒にしていた。その彼の父はハノイの大学の教授を定年退官し隠居されていたが、その翁と旧正月に自宅でゆっくりお話した内容がこの『坂の上の雲』に通じるお話でした。

Tanroniseki_104  翁はベトナム戦争や中国侵略との戦いの前線で戦った戦士でもありました、さぞかし日本を恨んでいると私は慎重に話を聴いていました。意外にも翁は言います、日本という国は明治維新を行った歴史を持つ、ベトナム人否、アジアの人間にとり日本は憧れの的であったという。帝国主義の欧米に対してアジアの小さな島国の国が明治維新を行い欧米の帝国主義に果敢に立ち向かった国であるという。

 アジアの民衆にとり日本は輝ける国に見えたと言う。第一次日英同盟にてロシアの艦隊を破った時には頂点に達した。『坂の上の雲』ではここで全巻を終えている。問題は、その後の第二次日英同盟では、アジアに人にとり日本も欧米と同じ侵略者の立場を取る訳です。司馬さんは、幕末から明治維新を描き、美しき日本の精神の最後である日露戦争終結までの歴史を好んで描いた。

 これは、アジアの人々にとり共感を得る歴史時代でありました。日本という国は鎖国を解き、アジアが欧米の植民地として悲惨な運命にある時果敢にアジアを代表して近代化を行い欧米帝国主義に立ち向かった時代があったのですね。この時代は、敗戦後の日本の歴史とも何処か通じる所があると思います。

 焼け野原から再興した戦後の歴史と、幕末から明治に移った時期とは何処か似ている所があります。そう思いませんか。違うのは明治の時は味方が誰も居なかった事でしょうね。自力で軍隊を持ち国防をやりながら国を富める国へと導いた歴史で、戦後の歴史とはそこが大いに違う所でしょう。

 秋山兄弟の話は我が家に似ていて、兄貴は大学に進まず工業高校を卒業後大阪市役所の土木局に勤めた、そして私を大学に進学させてくれました。勿論、姉二人も公務員として働いており私一人を大学に送り込んでくれました。その兄貴はその後家庭に余裕が出来た時に大学の二部(夜間部)に通うようになりました。

 その兄貴も52歳の若さで癌で亡くなりました。秋山兄弟を観ていると弟想いの好古が実の兄貴のように思えて涙が止まらない。多分、この小説が破格の売れ方をした背景には私と同じように何処か家族の温かさと貧乏という世界が共感を得ていたのではないでしょうか。今日本で欠けている家族の愛が描かれていると思います。

 参考ブログ MuBlog 『 坂の上の雲』 少年の国

 参考 NHK 『坂の上の雲』

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