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纏向遺跡 ホケノ山古墳埋葬施設の復元

20093nara_052  箸墓古墳の東、三輪山尾根筋方向の小高い尾根に箸墓古墳よりも古いと考えられる『ホケノ山古墳』が存在します。3世紀前半から中頃とみられています。昨日、調査報告がなされた『堂ノ後古墳』が接している前方後円墳です。この古墳の大きな謎として列島では珍しい埋葬方法が調査により判明した事です。積石木槨墓という中国に起源を持ち朝鮮半島に伝播した埋葬方法です。

 『初期古墳と大和の考古学』石野博信(学生社)の中で実際に発掘をされた萩原儀征氏の論文『ホケノ山古墳埋葬施設の復元』から彼がどう考えたのかメモを残します。興味のある方は是非、本を読んで下さい。

 ・この古墳出土と考えられる画紋帯神獣鏡、内行花紋鏡の銅鏡は樋口清之氏の収集として国学院大学に保管されている。1983年~1993年にかけて範囲調査が行われ庄内~布留式期初頭の築造と推定された。

 ・後円部墳頂に竪穴式石積墓室が見つかった。長さ7メータ幅2.7メータの巨大な石積墓室である。その中に長さ5メータの高野槇製の割竹形木棺の主体部と葺き石を巡らした三段築成の墳丘である。画紋帯神獣鏡、銅鏃、鉄鏃、素環頭太刀、底部穿孔の壺等々が出土した。

 (積石木槨の建造方法)

 ・先ず、墳頂に南北軸線に沿い南北7メータ東西2.7メータという大きな範囲でピットを作る按配で土を掘る。そして、穴の底に石を並べる。そして、穴の中にログハウスの様な木の壁で囲まれた空間を作る。その為に四隅に杭を打ちその外側に角材を積み上げて行く。充分な強度を得るために南北中心地点にも杭を打つ。

 ・このログハウスはコウヤマキで出来た木棺を納める空間とその上に祭祀の為の空間、即ち壺などを納める空間の二階建てとする。その為に2階の床を支える根固された柱も建てる。木棺を直接床の礫石に触れさせないように枕木のような桟木を据え、その上に巨大な5メータもある木棺を安置する。

 ・祭祀空間の天井にも木の板を渡し完全に木棺の空間と祭祀の空間をきの板で塞いでしまう。その上に、石積みを行い方形の基檀を建造する。棟持柱の間に棟木を渡し、方形基檀とその下の聖なる石積木槨墓を雨梅雨から守る為に屋根を作る。

 ・木棺はログハウスの木の壁とその外を石積みで囲まれ二重に聖なる空間を維持できるように考えられた構造である。軸線が南北を向いており、葬送儀礼が行われたと想定される棺上の祭祀空間の存在と遺物によりこの墓は神仙思想の影響を強く受けた埋葬施設であると結論出来る。

 (感想)

 石積(石囲)木槨墓という埋葬施設は日本列島では珍しいらしい。魏志倭人伝でも倭国では棺はあるが、槨が無いと印象を述べている。中国では当たり前の埋葬施設だそうだ。そこで、何故倭国では無い筈の槨を持つ古墳が3世紀の初めから半ばと想定のホケノ山古墳に適用されたのか謎である。前方後円墳の先駆けとして独自の墳丘を作り、倭国には無かった木槨墓を建造したホケノ山古墳の主。誰なんでしょうか。

 そして、その後に見下ろす下に巨大な箸墓古墳が建造された。箸墓の主と関係が深い人である事は確かですね。そして、画紋帯神獣鏡という神仙思想を信仰していた人物であります。

 後円部墳頂に方形基檀を作り覆い屋根を持っていたとなると、桜井茶臼山古墳とも類似が見出せますね。桜井茶臼山古墳は木槨墓では有りませんが、竪穴石室の上部に柱穴が見つかり何らかの柵、建造物が存在したと今年の60年振りの再発掘で橿考研が報告していましたね。来年は詳細な報告書が出ると思います。(多分、放射性炭素14法での調査結果も報告されると思います。)

 

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Comments

初めまして。

興味深いですね。
私は最近ますます邪馬台国畿内説を信じているのですが、“蛇の生殺し”の様な状態なので、主だった古墳の調査をサクサクと行い、早く結論をだして欲しいなぁ…と思っています。
また、具体的な話は避けますが、遺跡の調査が進まない事によって、かなり深刻な(尋常ならざる?)被害が生じているようなのです。

以前近畿地方に住んでいましたが、その当時は古墳に対する興味が乏しく、従って古墳の見学に出かける事も滅多に無く、、、今思うと非常に残念です。

Posted by: 俄か古墳マニア | 2009.12.26 02:54 PM

 はじめまして

 関西に居られる時に古代史に興味があれば良かったですね。

 私は今日は、多神社、秦庄と唐古・鍵遺跡を訪問して来ました。地元の人とゆっくり話が出来たのが良かったです。色んな文献資料からは得る事が出来ない情報でした。

 やはり、現場が大事ですね。地元の人が一番詳しいですね。

 唐古・鍵遺跡では地元のラジコンマニアの人が遺跡の近くでヘリを飛ばしていましたね。ゆっくり、ラジコン談義も出来ました。(笑)

Posted by: jo | 2009.12.27 05:33 PM

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