« 纏向遺跡を学ぶ 『大和・纏向遺跡』より | Main | 自由が丘Bar『八甲田』 52年間の灯が消える »

纏向遺跡 『大和・纏向遺跡』読書感想(1)

 『大和・纏向遺跡』増補新版(学生社 石野博信)は500頁を越える大著なのと中身が学術資料である為に小説のようにスラスラとは読めない。辞典のように使用するのがいいでしょうね。所謂『纏向遺跡大典』ですね。今後、この資料を参考に興味を覚えた色んな事について記事を書いて行きたいと思います。

 (纏向遺跡の発掘調査地点図 橋本輝彦原図作成)

20093nara_058  今、纏向遺跡全貌が判る発掘調査の地図を眺めている。先ず一番南の箸墓古墳が存在する箸中微高地を眺めてみる。この箸中微高地の南は纏向川が東より西に流れている。北には同じく川が東から西に流れており、太田微高地と境界を形成している。今年の夏にホケノ山古墳に登った時に疑問があったのは三輪山から西方に延びる尾根が何故かホケノ山古墳の東側で切断され纏向川流れホケノ山古墳の南から箸墓古墳の南方を西に流れている。

 写真はホケノ山古墳から東方向の三輪山に続く尾根筋を観たところです。途中が切断され、巻向川が流れ民家が立ち並ぶ。

 誰かが昔に纏向川が箸中微高地と太田微高地の間を流れていた流路を強引に三輪山の尾根の先端を切断し南に流れるように変更したのではないかと感じた。従い、私がホケノ山古墳に立った時この古墳は、古墳の古い形態である丘尾切断形の古墳ではないかと感じた。そして、箸墓古墳そのものも実は平地に建造された古墳では無く、ホケノ山古墳から連続する三輪山の尾根の先端部に建造されたのではないかと疑問を持った。

 (ホケノ山古墳)

20093nara_063  ホケノ山古墳に接近して西側(箸墓古墳側)に堂ノ後古墳や北側には幾つかの古墳が点在する。堂ノ後古墳は2005年に天理大学の若者達がレーダー探査でホケノ山古墳の濠が堂ノ後古墳の濠を切断しているので、ホケノ山古墳よりも古い古墳ではないかと話題を投げかけたニュースがありました。その後、確認はしていないが、誤りであったと記憶しています。

 ホケノ山古墳の東北の箸中微高地先端の地域からは竪穴住居、池田1,2号墳や方形周溝墓が発掘されている。さて、このホケノ山古墳は重要な前方後円墳ではないだろうか。石野氏の説明を御紹介します。(写真は ホケノ山古墳から東北方向を眺めた風景です。)

20093nara_050  ・全長80メータの纏向型前方後円墳で、幅20メータ余の周濠があり、周濠外縁の上層堆積は纏向3式新である。

 ・墳丘は二段築成で、葺石は石垣風で垂直に近く、中山大塚と同じような葺き方をしている。そして、くびれ部には葺石を壊して作られた木棺墓20093nara_055 があり、添えられた土器は四国西部系の土器である。

 ・主体部の埋葬施設は竪穴式であるが、石囲い木槨と呼ばれる珍しい形式である。木棺があり、副葬品は画文帯神獣鏡1面、内行花文鏡片と銅鏃70点余、刀剣7点余、鉄鏃80点余、農耕具が出土。時期は庄内式中頃である。

 橋本氏の説明は

 ・現在80メータと言うことだが、前方部は旧巻向川に流されており短くなっているので、築造時はもっと長い古墳だった。周濠堆積物は布留0式である。

 橿考研による炭素14年代測定

 ・炭素14年代測定により築造は3世紀前半と発表。(これについては議論多し)

 

 橿原考古学研究所 ホケノ山第4次発掘調査報告(2000年4月)

200911kyoto_197  ホケノ山古墳の特徴である石囲い木槨のイメージ図があります、参考になりますね。桜井市立埋蔵文化財センターにもジオラマがありました。

 長さ5メータの高野槇の刳り抜き木棺に収められた遺体は、その外側を木槨で囲われ、その外に石を積んだ構造です。この構造は元々が中国の埋葬方法であり朝鮮半島に伝わったという。しかし、石野氏は木槨ではなくて、単なる土留めの為に木槨風になったと説明し、中国の木槨は追葬できるように巨大な部屋風なものを木槨と呼びホケノ山古墳の木槨はそれに当たらないと説明。

 魏志倭人伝には『棺ありて槨無し』と記録されているので、槨のある墳墓があると魏志倭人伝の記述と矛盾を来すので、石野氏は上記のような説明をされるものと考えます。

 寺沢氏はホケノ山古墳は250年前後と考えているようです。寺沢氏は前方後円墳は初めて卑弥呼に与えられた特権であり、卑弥呼より先に誰かが前方後円墳を築く事は考えにくいと考える。石野氏の考えは卑弥呼が共立された頃から、前方後円墳が存在しても問題ないと考えている。卑弥呼の鬼道と言う中に前方後円墳は含まれる。

 参考 桜井茶臼山古墳・纏向遺跡紀行 ホケノ山古墳編

 

 

|

« 纏向遺跡を学ぶ 『大和・纏向遺跡』より | Main | 自由が丘Bar『八甲田』 52年間の灯が消える »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« 纏向遺跡を学ぶ 『大和・纏向遺跡』より | Main | 自由が丘Bar『八甲田』 52年間の灯が消える »