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葛城南部の遺跡を歩く

Photo  葛城南部の遺跡を歩くルートが橿原考古学研究所のホームページに掲載されています。

 参考 橿考研 葛城南部の遺跡を歩く(8キロ)

 近鉄御所駅からJR掖上駅まで8キロの行程だそうです。私はグーグルアースで遺跡をプロットしましたので参考にして下さい。詳細をグーグルで辿りたい方は

 グーグルアース 葛城南部の遺跡検索

「Miyasutsukakofun.kmz」をダウンロード

 (鴨都波遺跡)

 鴨都波神社界隈の遺跡群です。弥生時代から古墳時代まで鴨氏の大集落が存在した場所だそうだ。この遺跡は唐古・鍵遺跡と並ぶ縄文時代から弥生時代の奈良を代表する遺跡だそうです。松菊里(ソングンリ)式と呼ばれる韓国の扶余の紀元前5世紀頃の水田稲作の竪穴式住居や文化んぽ痕跡が見られるという。韓国から北九州に伝播した文化が伝わったのでしょうね。

 楕円形に二本の柱を建てる様式や甕棺、石包丁、石鎌、石斧等々朝鮮半島の扶余から伝播した痕跡が残る。

 (室宮山古墳)

 墳長246メータの前方後円墳で5世紀初頭に建造された葛城南部の最大の古墳であり、葛城襲津彦の墓ではないかと伝説が残るという。後円部墳頂には二基の竪穴式墳墓が存在し南側が発掘され巨大な長持形石棺が見つかっている。この石棺は津堂城山古墳のものと類似すると言われている。 参考 津堂城山古墳界隈の地図    此処は古市古墳群であり、応神天皇と関係が深った事を示している。記紀と整合する。Photo_2

 (ネコ塚古墳)

 室宮山古墳の陪塚と考えられる。割石積み竪穴石室が存在するそうだが調査はされていない。

 (みやす塚古墳)

 室宮山古墳ん東400メータの場所にある、径50メータの円墳であるが、墳頂部の竪穴石室は既に盗掘されていたそうだ。

 (條ウル神古墳)

 前方後円墳であり墳長100メータ、2002年に調査が行われたという。6世紀後半に築造されたと考えられ、横穴式石室を持ち羨道は7メータもあり石室は7.7メータもあり巨大な石舞台古墳に匹敵する大きさである。石室内には刳抜式家形石棺が存在する。見瀬丸山古墳に次ぐ巨大な古墳である。巨勢氏の首長クラスではないでしょうか。

 参考 五所市歴史紹介

 (日本武尊白鳥陵)

 橿考研の遺跡案内では曖昧である、グーグルアースで場所を探したが橿考研が示す地図の日本武尊白鳥陵が見つからないので、今度現地を調べてみます。どうやら、掖上鑵子塚古墳が白鳥陵だと推測されているのかもしれない、不明である。

 大和の『琴弾原』と呼ばれる地の御茶山という塚が白鳥陵ではないかという事で、ここに日本武尊白鳥陵が設定されたようだ。そして、最後にヤマトタケルの魂は河内の古市に舞い降りたと伝えられている。候補として、津堂城山古墳や羽曳野の古市前山(軽里大塚)古墳で宮内庁が白鳥陵としている古墳、又、羽曳野市軽里にある峯ケ塚(みねがつか)古墳が候補であり、確定されていない。この話は何れの日か現地を歩いて考えてみたいと思います。

 能煩野で志半ばで亡くなったヤマトタケルは、大和に帰ることを夢見たそして白鳥になりこの地に立ち寄り、そして最後に河内の古市に舞い降りたという伝説です。

 (掖上鑵子塚古墳)

 墳長150メータの前方後円墳ですが、盗掘をうけており詳しい科学的情報は掴めていない。しかし、竪穴式石室が存在し長持形石棺が存在したとも伝えられ5世紀前半から中頃ではないかと推測されている。森浩一氏の話ではこの古墳がヤマトの琴弾の白鳥陵ではないかと述べておられます。

 日本書紀の允恭天皇42年に新羅からの弔使がヤマトの耳成山や畝傍山を愛でた時に、琴弾坂が現れている、そのような土地関係から掖上鑵子塚古墳が白鳥陵とする。1938年に後円部南側の濠内で、土地の人が頭部を欠失した鳥形埴輪を掘りだした。その後、この古墳から水鳥形埴輪も見つかっている。年代は5世紀中頃と推定している。

 参考 奈良女 歴史データベース

(追伸)

 ヤマトタケルの琴弾原と息子で天皇になった仲哀天皇が筑紫で琴を弾きながら突然死したのと関係が無いのか、興味のあるところです。後日、考えてみたいと思います。どうも、琴は男性が弾く楽器(祭祀用)だったようですね。

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