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葛野 松尾大社 その2

Photo  秦氏に関してもう一つ重要なものに伏見稲荷大社であります。秦氏が創建したと考えられていますが、稲荷さんの総本山ですね。この稲荷山、松尾山、日枝山(比叡山)は秦氏に取り重要な場所であったと考えられます。元糺の杜即ち木嶋坐天照御魂神社を中心に何らかの関係があると考えて無理は無いように思います。

 京都ではもう一つ重要なランドマークがあります、それは愛宕山ですね、陽が沈むあの世とも異界とも考えられ幾多の鬼の話や天狗の話や小松和彦さんの説では愛宕山を『天界・魔界へと結ぶ世界樹』と呼んでおられます。愛宕山と秦氏との関係については今のところ私には関係する材料を持っておりません。しかし、グーグルの衛星写真でみると日枝山(比叡山)と伏見稲荷大社(稲荷山)と愛宕山を結ぶと綺麗な正三角形をしていますね。

 (葵祭と糺の杜)

 現在の葵祭は御所から天皇の勅使や斎王代が列を作り下賀茂神社の糺の杜を目指し、五穀豊穣を願う行事であるが、桓武天皇の時代は元糺の杜を目指し三つ鳥居のある神泉で五穀豊穣の祭祀がなされていたと記憶しています。秦氏は農業を支配する太陽を神とする祭祀を司っていたと考えられます。

 参考 葵祭 2008年度

200911kyoto_102  例えば、松尾大社の鳥居に注目してみましょう。

200911kyoto_085 鳥居には榊の束が12個ぶら下がっていますね。これを『脇勧請』とよぶそうで、毎月の農作物のでき具合を占っているそうです。

 鳥居の原型であると神社の看板には書いてありますね。

 京都市観光協会の葵祭の説明ではルーツは欽明天皇の時代に遡るそうで、五穀が実らなかった時に占いで賀茂氏の神をおろそかにしている祟りであるとでたそうです。賀茂氏は秦氏の仲間ですが、古代からこのグループは農業、即ち太陽を支配する占いの世界では天皇家が認めていた事を示唆しています。

200911kyoto_113  (酒と秦氏)

 松尾大社は酒の神として崇敬されています、伏見には酒の醸造会社が幾つかあります、この松尾大社の神泉を汲み今でも醸造を開始すると聞いています。

 社殿に奉納されている酒樽を観て下さい、多くの醸造会社が今でも松尾大社を崇敬しているか判りますね。

 酒と言えば、大神神社(おおみわじんじゃ)ですね、三輪の大物主さんです。

 纏向遺跡を訪問し、他田坐天照御魂神社(おさだにいますあまてるみたまじんじゃ)を発見した時から、葛城の秦氏・賀茂氏、そして葛野の秦氏の元糺の杜にある木嶋坐天照御魂神社が気になりだし、三か所を訪問した訳です。

200911kyoto_099  天照御魂神社というのは、弥生時代の銅鐸祭祀が終了した古墳時代の始まりから何らかの五穀豊穣を願う祭祀、即ち、太陽を神とする信仰が生まれたのではないかと推測できないでしょうか。卑弥呼・崇神王権時代は纏向の他田坐天照御魂神社で何らかの五穀豊穣の祭祀がなされ、平安京の時代以降は木嶋坐天照御魂神社でそれが国家行事としてなされていたと考えられないでしょうか。それが、今は葵祭として残っている。

 祭祀と酒は切っても切れない関係ですね、そして豊穣の神としてもう一人大事な神さんがいました、蛇さんですね。蛇を神と仰ぐ稲作民はルーツは長江流域から発生したようですが、稲作には大事な神さんです。大神神社の大物主さんは蛇であると伝えられており、大物主さんと結婚したヤマトトトビモモソヒメの神話に登場してきます。蛇の大好物は酒でしたね。

 もう少し、松尾大社と秦氏に関する話は続けたいと思います。

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