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英国紀行 その8(ストーンヘンジ 前篇)

200910london2_599  ストーンヘンジ紀行です。ロンドンのWaterloo駅から汽車に乗りソールズベリー駅迄の日帰りの往復切符を購入し乗車、1時間半程度でソールズベリー駅に到着します。

 日帰り往復切符が安いですよ、必ずそう言って購入して下さい。汽車が入るトラック番号は電光掲示板に10分前頃に表示されます。

 ソールズベリー駅に到着すると駅の前にストーンヘンジとオールド・セーレム遺跡を周遊するバスが待ち構えていますので、17.5ポンドでチケットを購入し乗車しましょう。200910london2_562

 偶然に大英博物館で開催中の縄文土偶展に来ておられた日本の考古学者さんと一緒になりました。

 グーグルアース ストーンヘンジ

「Stonehenge.kmz」をダウンロード

グーグルアースで遺跡の状況を見る事が出来ますね。参考にしてください。(予めグーグルアースをインストールしてクリック必要です。)

 マイフォト 英国紀行 その8(ストーンヘンジ)

200910london2_575 入場すると、日本語で解説してくれる機材を貸してくれるので、遺跡の東北地点のヒールストーンから反時計回りで遺跡を回ります。場所の番号を入力すると解説が聴けます。

 今から5千年前頃からケルト人が入植する前の時代に住んでいた謎の民族が2千年に渡り建造し続けた遺跡だそうです。紀元前3千年前から紀元前1千年頃まで居住していた人々の遺跡ですね。

200910london2_586 最初の頃は木で建造物を構築していたようです。紀元前2600年頃から巨大な石を使用した環状列石が構築されるようになったそうだ。

 1個5トンもある石を立て、上部には梁の巨石を載せ円環状にサークルを描く。その中には馬蹄形をした建造物が存在する、二重の円環構造である。

 そして周囲は堀が掘削されマウンドを築いている。所々に太陽の運行と関係が深いと考えられる位置に石が置かれている。

200910london2_591  これはヒールストーンと呼ばれ、夏至の時に太陽が昇る方角を示している。また、この方向には一直線にAvon川まで石が並べられていたそうだ。

多分、巨石ブルーストーンを修羅のようなもので運んだ道ではないだろうか。

 このブルーストーンは此処から200キロも離れたプレセリの丘(Preseli Hills)から海を船で運び、Avon川を遡上して運んで来たものです。

グーグルアース プレセリの丘(Preseli Hills)

「preseli_hills.kmz」をダウンロード  この遺跡を2千年に渡り築いた民族は航海術に長けていたいたと考えられ、西ウエールズ地方からこのソールズベリーに移動して来たのではないだろうか。    Photo 200910london2_587

この石造建造物を周囲には堀が巡らされ土塁を築いていたが今もその名残りが残る。

この遺跡に興味があったのは、全く同じ時代に日本でも同じ考えで建造されたと考える遺跡が存在するからなのです。

 (大湯遺跡に代表される環状列石遺跡)

 グーグルアース 大湯遺跡

「Ooyuiseki.kmz」をダウンロード 秋田県の北東端、青森県境に近い場所に大湯遺跡という今から4500年から4000年前の縄文時代の後期前半の環状列石遺跡が隣り合って二か所存在します。万座の環状列石遺跡と野中堂の遺跡です。

 参考文献 大湯のストーンサークル

 松木武彦さんの『列島創世記 一』(小学館)を読むと以下のような説明である。真ん中に直径16メータの小さな石組の環があり、その外に直径48メータの大きな石組の環が存在する。そしてその外側には直径72メータの掘立柱建物の環が存在し、更にその外側には直径96メータの竪穴住居の環が同心円の状態で存在する。

 北海道では周堤墓と呼ばれる遺跡が石狩川下流に存在し時期は3500年前の頃で、千歳市のキウス(木臼)2号周堤墓が有名だ。関東では環状盛土と呼ばれる同じような遺跡が貝塚の発展形として存在し、栃木県小山市の寺野東遺跡の環状盛土は外径165メータを誇る。

 埋葬を伴う中心広場を環状石組みで飾り、その周りを若干の住居や穴倉などが巡る円環のグランドデザインは遥か地球を離れた英国に於いて構築されたのがストーンヘンジではないだろうか。(joの勝手な意見)

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