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英国紀行 その10 (ストーンヘンジ 後篇)

200910london2_658  承前 ストーンヘンジ 前篇

 ストーンヘンジ概要については前回の記事で記録しました。

 日本の北海道や東北、関東に同じ時代に同じようなグランドデザインで構築された遺構が存在した事は実に興味深い事であります。

 偶然に同行した日本考古学者さんが腰を据えて必死にスケッチをされている姿は多分、私と同じ気持ちではなかったでしょうか。

200910london2_571

  個人的な感想になりますが、昨年8月にノルウエー北部の北緯73度、北極圏ですが「アルタの岩絵」を見学に出かけた時に抱いた謎が今回と関係が深いと思っています。

 過去記事 アルタの岩絵

過去記事 フランス&ノルウェー紀行

 紀元前4200年頃から紀元前500年まで岩絵を描き続けた民族が突然姿を消した。このストーンヘンジを築いた民族が姿を消したのと同じような時間帯なのですね。

バイキング船そのものでは? (アルタの岩絵の一部です 過去2008年8月写真集より)200910london2_597
紀元前4千年頃にスカンジナビア半島の海岸を船を操り航行していた漁労・狩猟・航海民が岩絵を残しましたが、彼らは目と鼻の先のブリテン島に渡ったと考えるのが素直な考えではないでしょうか。
 問題はこの民族ですが、私は北極圏に広く存在したエスキモーの先祖(モンゴリアン)ではないかと思います。彼らはアメリカ大陸にも渡った人々ではないでしょうか。
200910london2_611_2 これからの研究でこれらの謎は解かれる信じています。
さて、飛行機が飛んでいますが、実はこの辺りで第二次世界大戦の時に連合国空軍は終結し、ノルマンデイー上陸の訓練をしたそうです。軍の飛行場があるんですね、日本で言えば昔の霞ヶ浦みたいなもんでしょう。
200910london2_571_2 丁度、ストーンヘンジを訪問した時に大英博物館では『縄文土偶展』が開催されており、私も見学しました。日本からは『縄文のビーナス』を始め、『仮面土偶』や多くの国宝や重要文化財の土偶が終結していました。
200910london2_058 縄文土偶が作られた頃、英国やスカンジナビア半島でも同じような文化を持った人々が暮らしていたのだ。

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