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ウイーンからプラハへ自転車の旅

 昨晩、NHKでは若い狂言師と俳優の二人の若者が自転車でウイーンからプラハへ500キロの旅をする番組があった。実に爽やかな風が通過するような、久しぶりに感動する番組だった。自分ももう少し若ければ是非やりたいと思いましたね。日本の若者も捨てたものではないと思いました。

『男自転車 二人旅』

 参考 狂言師 茂山宗彦さんのブログ

 参考 俳優 黄川田将也さんの事務所

Photo_2  美しいボへミアの風景の中を疾走する自転車、茶色い屋根で統一された家々、是非でかけてみたくなりましたね。チェコで狂言を普及している話には驚きましたね。彼らに共感を得るものとは、何なんだろうと、番組が終わるまで考えていました。

 チェコの長いロシアの言論の弾圧に対して人々は言いたい事を云えない時代が長く続いたのかも知れない。オーストリアとの国境の鉄条網には脱走する人々が銃で撃たれて死んでいった。今も、監視塔と鉄条網が残されていた。

 Photo_3 狂言に詳しくはないが、申楽(猿楽)の生まれた背景と関係があるのかも知れないと、番組を観ながら考えていた。農民が寺社仏閣や村の祭りに奉納した即興の芸能であり、滑稽な言葉遊びや風刺が基盤となった芸能だと思うので、その辺りの自由な大衆の声と笑いが彼らチェコの人々の心の底に届いているのかも知れないと感じた。

 映像を観ながら、あれ、自転車のパンクした時の修理道具やポンプが見当たらないし、荷物が少なすぎると思ったが、撮影隊が同行しているので車が別に存在する事で少し、納得した。未だ若い二人だから、荷物は自分で持てと少し、厳しい年寄りの意見も持ちました。

 (若者にどんどん海外に出て欲しい)

 昨年のノルウエー紀行でも書きましたが、日本人の若者を海外で見かけるのが少ないのが気になっています。中国人や韓国人や台湾人は多く見かけるのですが、何故か日本人の若者でリュックを背負った旅人を見かけない。

 海外に出て、人々と話をする事や生活や自然に触れる事で我々の祖国である日本という国がよく見えるようになると思うのですがね。明治の頃から日本人の若者は海外に出掛て良いものを見つけては、それを自国に形を変えて持ち込んだ。否、飛鳥や平城京の時代からそれをしてきた。

 日本という小さな島国で資源もなく、平野が20%しかない国が、豊かで且つ、植民地化されなかった原動力はこの若者が海外のものに興味があるという遺伝子が原動力になっていたと思いますね。

 中国が一番、文化的に栄えたのは唐の長安の時代だと思います、長安には世界中の人々が集まり文化の華が開いた。そして、新しい文化・文明を開化させたと考えています。テレビやインターネットで世界中の情報が入るから出かける必要が無いというのは、私は根本的に違うと考えています。

 海外旅行をすればするほど、日本という国土と民族が素晴らしいと思うのは私だけではありません、だから、必要なんですよね

 参考過去記事 2008年夏 フランス・ノルウエー紀行

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