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縄文時代の関東 その7 ミトコンドリアDNA分析

 今回は以前にも紹介しましたが、佐藤洋一郎先生のDNA分析による考古学への貢献について触れたいと思います。彼は遺伝子の研究をされていた人ですが、古代の炭化した稲のミトコンドリアDNAを抽出してその種について過去を探り古代史解明に貢献されています。

 私も専門家ではありませんので、間違いがあるかもしれませんが、植物や動物の細胞には一番影響力の強い細胞核というものがあります。、その細胞核にはDNAが存在します、これは父親と母親から受け継いだDNAであります。しかし、細胞には細胞核を取り巻いて沢山の葉緑体というものがあります。

 この葉緑体は母親からしか受け継がないものであり、独自のDNAを持っているのですね。これを、ミトコンドリアDNA(mtDNAと呼びます)。最近、mtDNAの分析から現代の人類は一人のアフリカ女性から派生したというミトコンドリア・イブの話題は御存知ですよね。

 佐藤先生は石川条理遺跡から出土したイネの遺体からmtDNAの検出に成功したのですね。彼はイネの種にはジャポニカ種とインデイカ種の二種類存在し祖先は別であると考えている。そして二種のイネの違いはインデイカ種にはmtDNAの塩基配列にORF100番地に存在すべき69塩基対が欠落している事を見つけた。

 先生の本を読んでいると、炭化米からmtDNAを抽出する作業は大変だったようだ。このORF100番地付近の塩基配列を取り出し増幅させないといけないという。それには専門的な話となるがPCR法という手法で取り出し増幅するそうです。PCR(Polymerase Chain Reaction)法ではDNAのある一部分だけを選択的に増幅させることができるという。参考PCR法。

 先生は浙江省河姆渡(かぼと)遺跡7000年前の遺跡から出土したイネの炭化米を分析しジャポニカ種である事をつきとめた。グーグルアース河姆渡(かぼと)遺跡

「Kabotoiseki.kmz」をダウンロード長江下流域の杭州の南に位置する。

 又、宮崎大学の藤原宏志先生と共同で江蘇省農業科学院、南京博物院と共同で草鞋山(そうあいざん)遺跡から出土した6000年前の数粒のイネの種子を分析しジャポニカ種である事を突きとめた。(7粒の炭化米のうち、4粒からmtDNA検出し全てジャポニカ種である事を確認) グーグルアース 草鞋山遺跡

「souaizaniseki.kmz」をダウンロード

 江蘇省の高郵遺跡、長江の北側で南京から車で2時間程度の場所。この遺跡の4層(5200年前)、6層、7層、8層(6200年前)全ての層から出土したイネの炭化米の分析から全てジャポニカ種である事を確認した。

 その他中国の遺跡、及び朝鮮半島(新昌洞遺跡=2100年前)の20粒のイネの炭化米の分析から全てジャポニカ種であると結論がでた。

 長江流域のイネは高郵遺跡、河姆渡遺跡、仙人洞・吊桶環遺跡、城頭山遺跡、等々の遺跡の炭化米のmtDNA分析から全てジャポニカ種であると結論である。

 参考 仙人洞・吊桶環遺跡

「Sennindoiseki.kmz」をダウンロード

 日本の水稲のジャポニカ種のイネと同じ種類が長江流域である事は日本列島に伝播した水稲のイネの故郷は長江流域であると結論になりました。現在はイネの細胞核のDNA分析からジャポニカ種とインデイカ種を判別する取組に挑戦されているという。

 ところで、水稲より先に日本列島に伝播したという陸稲は焼畑栽培だったようですが、これは熱帯ジャポニカ種だそうです。(ついでに、水稲のイネは温帯ジャポニカ種だそうです)。

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