縄文時代の関東 その6 西のどんぐりpitと東の水場アク抜き施設
(クリについて)
縄文時代からクリは重要な食料源でした。問題は栽培の段階まで進化していたかが議論となります。三内丸山遺跡のクリよりDNA分析より佐藤洋一郎さんは栽培種である事を断定した事は記憶に新しい。
参考過去記事 Jo君の歴史彷徨(4)
クリは樹齢が増すと実が小さくなり、逆に若い木ほど大粒の実を実らせる事を知っていた。だから、縄文時代の住居の構築材はクリの木が多用されているという。樹木の更新に伴う伐採材を利用したと考えられるのですね。そういえば、石見の山奥の木こりの息子として育った私の友人は子供の頃に電信柱を建てるのにクリの材木を使用したと言うてましたね。堅くていいそうです。
参考過去記事 出雲のポン太君の話
(クルミ)
縄文時代の全時期を通じて採取されていたという。採取と同時に土坑に貯蔵されていたようです。東京都北江古田遺跡では中期の土坑底にカゴ状編み物を敷いて、その上にクルミを貯蔵していたという。参考 北江古田遺跡
青森県是川遺跡では厚さ1メータに達する泥炭の大半がクルミの果殻だったそうですよ。是川遺跡のビデオがありました、是非観て下さい。有名な土偶の映像やトチ貯蔵ピットも観れますよ。
クルミというと、娘が住むフランスのブルゴーニュの田舎では屋根裏に仰山のクルミを今でも貯蔵していましたね。
(西日本に残るドングリピット)
ドングリを保存する土坑をドングリピットと呼びます。不思議と長野県、栃木県以北の東日本には余り見かけないそうだ。西日本の特徴なんですね。結論から言うと、東日本の人々がドングリを食べていなかったのではなく、貯蔵方法が異なったのではないかと高橋先生は考えているようです。東日本では屋根裏に貯蔵したのではないかと思われる。
そういえば、西日本は竈文化だけど東日本は囲炉裏文化だから、乾燥する囲炉裏の上の方に貯蔵したのかもしれませんね。けど、時代が違いますかね。幾つかの、ドングリピットの縄文遺跡をみてみましょう。
縄文前期の遺跡 熊本県曾畑貝塚 前期に合計62基のピットが検出された。(土坑底にはカゴ状の編み物が多数発見される)
縄文中期の遺跡 佐賀県坂の下遺跡 中期に合計21基のピットが検出された。
縄文後期の遺跡 東方に拡大し近畿地方で急速に類例が増加する。奈良県大和高田市大田下遺跡 50基のピットを確認する。(橿考研) 滋賀県正楽寺遺跡(場所地図)=西日本最大級の縄文遺跡や三重県森添遺跡でもピットが確認された。
縄文晩期の遺跡 岡山県南方前池遺跡では10基のピットが確認、山口県岩田遺跡があります。
(トチのアク抜き施設)
トチの実は主に東海地方以東の東日本の縄文遺跡でみられるそうだ。西日本ではあまり出土しない。ドングリが西日本中心であるの対して対照的である。縄文後期中葉になると木材を使用して、矩形の枠組みを持つ木槽が出現するという。
埼玉県川口市 赤山陣屋遺跡 5メータ×1.3メータ長方形の縄文後期の木槽が検出された。内部に灰層が堆積しており近くにはトチの果皮が多量に捨てられていた。煮沸用に用いられた深鉢も出土したという。此処には集落跡はなく近くの複数の集落の人々が利用した施設だという。
長野県 栗林遺跡 2メータ×1.6メータの木槽が湧水の沢を利用して発掘された。小規模な木槽です。
山形県 高瀬山遺跡 最上川に面してアク抜き施設の木槽が発掘された。川岸に沿う形で後期と晩期のものが数基発見されたという。
新潟県 寺前遺跡 湧水によって開析された小川中に木槽が築かれたいた。(写真で川底の遺構が見れます)
栃木県 寺野東遺跡 1本の流路に3基の木槽が検出されたという。
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