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韓国の遺跡発掘情報 その2(感想)

 韓半島南部と日本列島の関係は歴史的に実に親密な関係であったと考えています。残念ながら、秀吉の朝鮮出兵の事実や、かの大戦での日本軍の侵略という事実があり韓国の人々は古代の日朝間の歴史を語るにしても難しい溝がある事は事実ではないだろうか。

 戦後生まれの人々が近くて遠い国との壁、溝を埋める努力が必要と考えています。朴天秀さんのように日本の大学に留学され、日本語を話し日本人と日頃接し心を開いて下さった学者さんは本当に重要だと思います。僭越ながら私も今まで2回しか仲人をした事は有りませんが、最初の仲人は在日韓国人の二人でした。

 さて、日本の古代史で、今だに疑問な事は沢山ありますが、邪馬台国の事は一番謎であります。魏志倭人伝に書かれ、日本の記紀には全く登場しない邪馬台国。卑弥呼も登場しないし、台与も登場しない。しかし、中国の歴史書で日本列島の事に関して嘘を書いても何のメリットもない訳ですから、多分、魏志倭人伝に書かれた概要は事実だったのではないでしょうか。

 2世紀末に戦乱の日本列島を収めた王である卑弥呼、そして247年か248年に死亡したという卑弥呼とはどんな女王だったんでしょうか。そして、3世紀から突然発生する前方後円墳はその後も6世紀まで、ヤマト王権のシンボルとして築き続けるのです。

 最新の考古学の世界では、3世紀の遺跡・遺物を考えると奈良平野の東南の纏向(マキムク)地域が候補地として最有力ではないでしょうか。吉野ヶ里遺跡は残念ながら、邪馬台国の時代よりは少し歴史が古いと考えるのが考古学の世界では常識ではないだろうか。

 ところで、中国の歴史書で書かれる倭とは本当は未だちゃんと解明されていないのが、事実ではないだろうか。研究者の間でも色んな説があるようですね、極端な説は中国の東海岸から朝鮮半島南部、そして九州を含む海洋民であるという説もある位です。しかし、魏志倭人伝の3世紀の頃は明らかに日本列島を指しているようです。

 (伽耶諸国と日本列島)

 伽耶は洛東江流域に栄えた国々であります。私も一度訪れた事がありますが、この地域での発掘成果は本当に重要と思います。日韓で協力して発掘成果を共同で研究する事は教科書問題を解決する一番の近道だと考えます。

 今回の朴先生の書物を読みながらグーグルアースで場所を探しました。漢字で表記されていないので、随分と苦労しましたね。しかし、郡レベルでは何とか韓国の発音で追いかける事は可能でした。そこで、気になったのは高霊(コリョン)郡であります。

 第7代天皇とされる孝霊天皇ですね、奈良時代に記紀を編纂する時につけられた名前ですが、高霊天皇だったとすれば伽耶との関係が深い天皇であった言えますね。そして、の娘が箸墓古墳の主と伝説のある、倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)さんなんです。弟が吉備津彦です。

 根拠の無い空想を膨らますと、百襲姫の父は伽耶の鉄を握る社長さんで、その娘さんだったも知れない。列島の連中の関心は伽耶の鉄だった訳ですから、現地の製鉄会社の社長さんであれば、列島の連中は彼に従ったかもしれない。

 しかし、彼女でなければ列島の人々は従わなかった、その理由は何だろうか、それが謎です。又、記紀神話では日本列島の国の起源は神武さんとして、南九州から東に瀬戸内海を東進した人々であると何故書かねばならなかったのかも謎です。

 (河内王朝の謎)

 神功皇后から応神天皇に始まる河内王朝では明らかに、王朝の断絶があったと考える考古学者が多いと思います。その理由は、埋葬品にあります。突然に馬具や戦闘用の遺物が出土するのですね。4世紀末から5世紀にかけて日本列島では又、大きな変化があったようです。

 巨大な前方後円墳を河内に築き、埋葬品もこれまでとは全く異なる馬具や戦闘用の遺物となる。伽耶諸国でも変化があったようです、どうやら北方の遊牧民が南下したようですね。今でも、応神天皇から仁徳天皇に続く倭の五王の王朝の発生の背景について、よく判っていない。

 5世紀末から朝鮮半島の栄山江流域に前方後円墳が築かれ始めるのも実に興味のある話だと思います。現在13基の前方後円墳が発掘されている。これも、今後韓国の考古学者や歴史家や民俗学者があつまり解明して欲しいと思います。

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