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桜井・茶臼山古墳とマキムク遺跡紀行(5) マキムク石塚古墳

 参考 MuBlog 桜井・茶臼山古墳とマキムク紀行 マキムク石塚古墳

 参考 桜井市教育委員会 纏向石塚古墳第9次調査

マキムク石塚古墳 
マキムク石塚古墳解説第9次調査の桜井市の報告書を見て下さい、箸墓、ホケノ山古墳、石塚の位置関係が判り易いとおもいます。この古墳の発掘調査にはMuBlogのMuさんが述べておられるが、俳優の刈谷さんが参加されて立派な学術書も出版されております。彼の説では祭壇ではなかったかという説ですね。
マキムク石塚古墳 9次調査報告書によれば前方後円墳としては最古の古墳であるという事だそうです。庄内0式期(3世紀初頭)の土器が出土しているのが理由です。形状はやはり上から見ると壺の形をしており、周濠は馬蹄形をしているのが判りますね。

 朝顔形埴輪の破片も出土しているので、吉備との関係が深いのではないでしょうか。最大の問題は後円部から墓室が見つかっていない事です。戦時中この石塚古墳の墳丘部は削られ高射砲が据え置かれたそうなので、破壊されたと思います。竪穴式だったでしょうから墳丘の頂上近くに墓室は存在したと思います。

 そして、周濠部に接するように方形周溝基が二基存在が認められたそうです。これは陪塚でしょうか。大山古墳を思い出せますね、これは5世紀の話ですが。古墳の周りに沢山の小さな古墳があります。 巨大古墳の世紀 百舌鳥・古市古墳群(大山古墳の写真をクリックすると明確に周濠部の陪塚が見えます)

 周濠から出土した弧文円板は一体何なんでしょうね、今後色々と調べてみたいと思います。 参考 橿原考古学研究所 弧文円板

 この文様に関しては今まで多くの研究者が論文をかかれているようですね。

 参考 古墳時代のナゾの文様 「直弧文」を読み解く

 さて、この全長96メータの日本最古の前方後円墳はどう考えればいいのか私にも今のところ判りません。

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