近江 Mu&Jo 弥次喜多紀行(湖西の道)
風雪梅安一家のふうてん老人は最近、武蔵野に隠居され、なかなか京都方面には足を運ばれない。そこで、昨年末からはMu&Joの二人で古代史探訪の旅にでる事になった。第一回目の紀行は昨年12月に太秦の元糺の杜探訪紀行でした。
第二回目の紀行は本年1月に同じく太秦の蛇塚古墳の探訪紀行でした。
第三回目は5月に紫香楽宮・恭仁京紀行となりました。
第四回目の紀行は継体大王の史蹟を巡る旅という事で湖西の道となった。
京都宇治の御蔵山に朝9時にMuの旦那が愛車で来て頂いた。車には本日の探訪する史跡の調査資料がコピーされてちゃんとファイルされている。流石に大学教授ですね、本日の講義の準備万端である。
車内には、お茶のペットボトル、おやつのチョコレートと何故か何時も『するめ』があります。そして何より嬉しいのは車内で喫煙できる事なんですね。いたれり、つくせりであります。そして、一路湖西の道を目指した。
ここはオランダではありません、食事をとるために立ち寄った湖西の道の駅 『しんあさひ風車村』です。何故オランダ風の風車村なのか判らないけど、比良山の吹き下ろしが有名だからでしょうかね。
豪華にステーキの昼食を頂きパワーをつけました。ここらあたりが、爺さんぽくないところですね。
電動飛行機ならば十分飛ばせる事ができそうな場所でした。又、田圃道ではエンジン機を離陸できそうな場所が沢山ありましたね。何を調査しているのか、今日は継体大王の史蹟探検でしたが、ついついラジコン方面に頭が行きます。
Muさんの生まれは越前の国、継体大王のお母さん振姫の故郷であります。継体大王も幼少の頃は高島三尾別業で両親と暮らしていたが、早く父を失い母と越前に帰国したそうです。だから、越前育ちという事になるでしょうか。
私は北河内郡大字招堤村生まれ、隣村が樟葉で継体大王が即位した場所です。筒城宮も近くです。子供の頃から継体大王に関しては馴染みであった訳ですね。という訳で、Mu&Joが継体大王に興味があるのは、お判りいただけたと思います。
旅の最後は琵琶湖の眺望がきくホテルでゆったりとビールを頂いた。第四回目となるMu&Joの弥次喜多紀行は成果大で終了した。
さて、年末の第五回目はどうなるでしょうか、御期待下さい。
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