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近況です

最近は夜の宴会が続いています。横浜、銀座、新橋、新宿、自由が丘とめっきり夜に弱くなった私ですが楽しい夜が続きましたね。

 何が楽しいかというと、皆さん必死で生きているという実感を受けるからです。勿論、現役を引退した人とも、お会いしても今までやれなかった事をこれから出来ると、ライフワークに取り組む人もおられます。

 私より随分年下で15歳も年下の若い人で外資系の会社で登りつめ第二の人生に挑戦する人もいます。昨夜は某著名な経済関連の雑誌社の副編集長と新橋で飲んだ。私より随分年下だけど、昔から気が合う骨のあるメデイアの人間です。

 彼の話では最近、又、メインフレームに注目が集まっているらしい。クラウド・コンピューテングという世界だそうだ。しかし、メインフレームの時代が終わりオープンという世界がこの世を蹂躙し昔の戦艦大和のように忘れ去られたメインフレームが実は重要だという。

 同席したのは、同期で同じ寮で暮らしたOSの開発をしていた関西人です。我々は外資系の企業とは提携せずに、独自にシステムの開発をしてきた。ハード屋さんも独自の夢を持ち、その夢をソフト屋としては如何に付加価値を高め、お客に利益をもたらすか必死で考えてきた。

 零からの出発だった、メデイアの人々から見ると、富士通のこれら馬鹿に見える開発現場の連中は何処か応援したくなる部分がDNAの何処かに存在したという。今はオープンという世界標準まがいの言葉に惑わされた時代が長く続いた。しかし、マイクロソフトの時代から今やネットワークに時代に変わり、グーグルの時代に突入したという。

 要は、又、コンピューテングの世界も統一に向かう時代に突入したという。分散し又、集中するという歴史が始まったと予感しているのだ。しかし、後遺症があり断片の知識しかない若者にはこの新しい時代に入る予備知識が存在しないと彼は断言していた。

 今こそ、私とか同期のOS開発した仲間とか、一からシステムを創造した人々の考え方が今求められているという。自信を失っている日本のソフト業界に再度、若者に向かいシステムとは何なのか、根本的なメッセージをメデイアとして投げかけたいという。

 随分酒に酔ってしまっていたが、意気に感ずるところ大でありました。私はオンラインシステムに関しては師匠、神さんと仰ぐ三浦宿老がおられます、彼は日本のオンラインの生みの親みたいな人です。そして、現場で死に物狂いで創造していった仲間達の顔が浮かびましたね。

 オンラインに携わる人々で、ジェームズ・マーテインの『オンライン・リアルタイム設計』を読んで学んだ事があるか、デイレーテーブルを引いた事があるか、待ち行列理論を学び待ち行列を計算した事があるか、資源負荷のシュミレーションをやりましたか、当たり前のシステム設計がちゃんと行われているか。

 時折、思いだしたように友人の「道産子哲さん」がブログにも書いているが、今はそんな事は出来ませんという。何故なら、他人のソフトで固められたシステムでは出来ないという。右肩上がりの世界ではそれで済まされたんでしょうね。

 しかし、どうやら雲行は新しい世界に入るいそうな雰囲気であり、まだ、やり残した仕事をしないと駄目かと感じた昨夜だった。 

この曲でも聞きましょう

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カナダ紀行 レイク・ルイーズへの道

 カルガリーのカナナスキスに宿泊しましたね。今日は先ずトランス・カナダ・ハイウエイを北上して有名な神秘の湖、レイク・ルイーズに向かいましょう。

トランスカナダ・ハイウエイ 車で2時間程度のドライブでしょうか。バンフを通過して更に北上します。バンフ国立公園を走るこのルートの景色は左右にカナデアンロッキーを眺めながらの旅となります。25年前にはバンクーバから汽車にお乗りバンフで下車しバンフに一泊して、レンタカーでレイク・ルイーズに向かいました。今回は気楽なバス旅行です。
 グーグルアース レイク・ルイーズ

「shatou_lake.kmz」をダウンロード

 マイフォト カナダ紀行 レイク・ルイーズへの道

お気に入り写真です お気に入りの写真です
バンフ国立公園北上 ボウ川(Bow River)に沿って北上です
バンフ国立公園北上 東にはカスケード、キャッスル山と続く
神秘の湖 レイク・ルイーズ
ヴイクトリア女王4女の名前 エメラルドの湖
4星ホテル シャトー・レイク・ルイーズ シャトー・レイク・ルイーズ
ホテル内カフェより カフェからの湖
廊下のシャンデリア クラシックな廊下
  『25年前の風景』
レイクルイーズ レイク・ルイーズ
ホテル シャトーレイクルイーズにて ホテル庭にて
ホテルの庭とレイクルイーズ 庭にて記念写真
ボート遊覧 宿泊したホテル ボートにて 
特別室 部屋が飛び出ている スイートルームにて

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カナダ紀行 カルガリー・カナナスキス

 トロントからミネアポリスに飛び、カルガリーに入りました。カナデイアン・ロッキーの基地となる都市ですね。1988年に冬季オリンピックが開催された場所です。日本は不振でしたね、スピードスケートで黒岩さんが銅メダルを獲得しただけでした。

 カルガリーは25年前にカナダ紀行の最後に訪れた場所でした。ここからサンフランシスコに空路帰還した場所です。懐かしさがこみあげてきました。今回は、カルガリーからバスで西に向かいリゾート地であるカナナスキスで宿泊となりました。

 グーグルアースでカナナスキスの場所のご案内

「delta_logde_at_kananaskis.kmz」をダウンロード

 カナナスキス地図

Delta_lodge_at_ca  カルガリーからバスで2時間程度の距離にリゾートで有名カナナスキスに向かいました。途中の車窓は素晴らしいですね、カナデアンロッキーが迫ってくる光景でした。

  マイフォト カナダ紀行 カルガリー・カナナスキス

200810canada_668 牧場が続きます
200810canada_678 カナデアン・ロッキーが迫ります
200810canada_692 ロッジに到着です
200810canada_708 静かな山の里です 素晴らしい
200810canada_722 ロッジから散策しました
200810canada_726 山の美しいこと夕闇が迫ります
200810canada_746 紅葉と雪の山 雪が降り始めました
200810canada_764 雪の綿帽子を被りましたね
200810canada_768 紅葉と雪の山 素晴らしい感動です
200810canada_439 ホテルロビーです
200810canada_757  お気に入りの写真です

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鶴見川 秋の草花

 鶴見川の散歩のついでに堤防の草花を撮影しました。河口から12キロ上流の場所での撮影です。私は全く名前が判らないので、判る人があれば教えて下さい。

 毎朝4千歩、1時間半、大倉山の登り降りと階段でのトレーニングで汗を出しています。一度は心臓に負担をかけて血液の循環をしています。自宅に帰りシャワーを浴びれば気持ちがいいですし、朝食が美味いです。

 マイフォト 鶴見川 秋の草花

アオサギ 青鷺だそうですよ。双眼鏡で観察している人がおられたので、この鷺について話を聞く事ができました。彼のお話では、鴨くらいの大きさの時からここに住み着いているそうです。ここをテリトリーにしているそうです。昔は鷺なんて田圃にいくらでも居たのですが、最近は珍しいそうです。
 
 これから、私もこの鷺を観察しようと思います。
200810drifter_015 これぐらいは判ります。西洋タンポポですよね。
200810drifter_028 これ美味しそうですが、食べれるのでせうか?
200810drifter_013 これ可憐な花ですよね、何という花なんだろうか?

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朝の散歩

200810drifter_005_2   メタボ解消の為に、朝の散歩を始めました。朝の6時半頃から1時間半程度の散歩です。できる限り早足で走るように歩くことを心がけています。背中にはカメラとか携帯電話とか必要なものを担ぎます。

200810drifter_006  鶴見川の堤防を歩き、大倉山の梅園の山を登ります。そして休憩して今度は山を一気に下ります。本当は走れば良いのですが、長く続きそうにないので早足にしてあります。帰宅してシャワーを浴びると気持ちがいいですね。

200810drifter_008  12月7日、8日と箱根ハイキングが予定されていますので、少し鍛えないといけないと思っています。近所の人は近くのプールで身体を鍛えているようですね。

  (週明け市場に注目)

200810drifter_010  米国では前FRB議長のグリーンスパン氏が議会で激しい追及を受けていますね。彼が頑なに規制を拒否した金融デリバテイブ商品が次々と破たんした追及ではないでしょうか。彼は百年に一度の金融危機と言っていますが、彼の持論の自由市場主義の一部敗北を認めたようですね。

 日本の国会でも竹中さんは呼ばれるのでしょうかね。追及出来る経済・金融専門の議員さんがいるのか心配ですけどね。しかし、考えてみれば、昔のような完全な自由主義市場論なんて、とっくに否定されているはずですよね。

 国民の生命に関わるものを完全に自由化したり商品化しては危険な事は判っていた筈ですよね。一次産業がそれにあたると思います。農産物自由化に対して再度考え直さないと本当に将来国民の生命を守れるのか心配です。

200810drifter_011  叡智を集めて日本の一次産業をどうするのか、政策の大転換が必要と思います。アメリカは特殊な国なのです、国土は豊で農産物は豊富であります。自給自足が可能な国家であると思う。しかし、日本は違う。今年の夏に訪問したノルウエーも参考になるのではないだろうか。

 カナダは参考にならない国です、巨大な国土に豊富な資源国で人が少ない。羨ましい国ですね。少し、土地を分けてくれないですかね。というか、日本人もどんどんカナダに移住すればいいのかも知れません、歓迎されますよ。但し、優秀な若者でないとダメですがね。私のような老齢者は行くところが無い。

 百年に一度の金融危機はこれから暗黒の10年、20年と続くのであろうか、それが本当に心配だ。それでは、私の老後はどうなるのか。

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藪蚊に襲われる

200810drifter_002  今日は久しぶりの雨上がり、早朝に懸案の空撮機『ドリフター』のエンジンテストを行なおうと鶴見川堤防に出かけた。ひと様に迷惑にならないように、木陰に飛行機一式を設置しエンジンテストに入ろうとした。

 突然に藪蚊の集団が湧きあがり、みるみるうちに両腕に10か所以上、首筋、顔をやられてしまった。すぐに、タバコに火をつけ防戦するがエンジンは点火しないわ、蚊の攻撃は受けるわで退散してしまった。

200810drifter_001  昨日からの雨あがりで、蚊が待ち構えていたようですね。自宅に逃げ帰りムヒを両腕や顔や首に塗りたくりしばし呆然としていた。最悪の早朝の出来事となりましたね。

 落ち着いてから、シャワーを浴びて再度、ムヒをぬりたくり水ぶくれのように浮き上がった蚊の吸いくちに塗りたくった。

 (めげないやつ)

 問題は、エンジンテストで受信機のアンテナ線を切断した事に気がついた。受信機から20センチ程度しか残っていない。これは問題ですね~~、困りました。しかし、再度原因究明の為に家内も留守なので、リビングルームでエンジンの点火のテストを始めた。

 息子は、毎晩仕事で遅くて自分の部屋で寝てるので問題は無い。

 エンジンのプラグを外し、ブースターで電気を送ると真赤に燃える、大丈夫だ。次は給油系統のチェックである。よくニードルが詰まる事がありエンジンに給油されない事がある。パイプを外し口で空気を送り詰まっていないか確認する。

 口の中には燃料が入るので、少し痺れるけれど我慢。大丈夫だ。

 キャブレターに燃料を少し入れてクランクルームに燃料を少し入れる。何度かスターターで始動すると遂にエンジンが回転始めたのだ。

 (バルコニーでエンジンテストをやる)

 もうはや、汗だくである、飛行機や始動用の車のバッテリーやスタータやブラグヒータや送信機を持ち出し、エンジンのテストを開始した。ついに高回転まで持ち上げることが出来たが、近所迷惑になるので今日のテストはこれで終了する事にした。

 さて、受信機の切断されたアンテナ線はどうするかな~~。適当に針金を繋げばいい話ではない。(一応 アマチュアハムだから多少の知識あり)

  閑話休題

 人はラジコン飛行機に乗って飛べるか

 スイスのジェットマン

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カナダ紀行 ナイアガラ遊園地

 カナダ側のナイアガラ滝の近くに宿泊した。この辺りは一大観光地となっておりラスベガスと同じ雰囲気です。アメリカ資本が開拓したんでしょうね。大人と子供の両方が楽しめるようになっています。

 定番はお化け屋敷、ロウ人形館、ボーリング場、ゲームセンター、映画館、レストラン、お土産物屋、観覧車、恐竜公園、水族館、子供用プール、ミニゴルフ 等々ですね。アメリカ人が考えそうな娯楽の世界です。

 日本の神社の境内、参道で開かれるお祭りのお店の方がおもろいと思う。金魚すくいや、コルクを詰めた鉄砲でキャラメルを狙う遊び、綿菓子、雀のピン焼き、等々の方がおもろいと思います。

 過去記事 昭和20年代の風景

 日本の伝統的なお祭りでの夜店のアイデイアは輸出できないものでしょうかね。寅さんの映画も夜店も日本の風土に溶け込んだ特殊な世界なんだろうか。世界共通の普遍的なものを含んでいると思いますがね。

 さて、マイフォトのナイアガラの娯楽街の風景を写真に収録しました、デジカメですから解像度は悪いです。少し興味のある人は覗いて下さい。

 マイフォト カナダ紀行 ナイアガラ娯楽街風景

綱渡り 人形ですよ 人形の綱渡りです
フランケンがハンバーガー食べる フランケンもハンバーガーを食べる
これ絶対おもろい キングコング 傾いてる
キングコングと やはり名作なのか
良くできた人形 なぜか人形が登り降り

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カナダ紀行 風の洞窟とブライダルベール

 ナイアガラ二日目は、のんびりとアメリカ側にレインボーブリッジを徒歩で渡りナイアガラ瀑布を観光するスケジュールでした。概略コースは

 レインボーブリッジをアメリカ側に渡る→米国入国→アメリカ滝を傍から眺める→少しナイアガラ川を遡上し橋を渡りゴート島に渡る(カナダ滝とアメリカ滝の中間にある中洲→公園を歩き風の洞窟入口に向かう→10ドル払いポンチョ、サンダルを貰う→エレベータで川底まで降下する→ブライダルベール、アメリカ滝の下にある観光ルートを水浸しで歩く→エレベータで戻るルナ島に渡る→又、ゴート島に戻り、中洲の公園を観光する無料バスに乗る→プロスペクト公園で下車→85メーの展望デッキに入る→エレベータで川底に降下する→戻り、米国を出国してレインボーブリッジをカナダに戻る

 全行程は一日がかりの散策、メタボ解消コースです。

 グーグルアース(あらかじめインストール必要です) 風の洞窟、ブライダルベール

「cave_of_the_winds.kmz」をダウンロード

America_falls Cave_of_the_winds_place

 グーグルアースは便利ですね、上記のルートはグーグルアースで辿ることが出来ます。

風の洞窟は別に洞窟を歩くのではなくて、ブライダルベールの滝の下の梯子段を水浸しになりながら歩くだけです。何時も思うのですが、日本だと危険だから観光としてリスクは犯しませんが、アメリカは事故があると個人の責任です。

 常に自分の身は自分が守るのがこの国の基本精神なんですね。西部開拓時代からのアメリカの思想です。日本はお上が庶民を守るという考えに近くはないだろうか。

 ブライダルベールとは優雅な名前がついたものですね、滝直下で感じるのは凄まじい轟音と水しぶきと水の迫力です。そして太陽光の背後には虹がでています。

しかし、二日間ナイアガラの滝は完全にマスターしましたね。上から見たり、斜めから見たり、滝の下から眺めたり、船から眺めたり、橋の上から眺めたり・・・・・ホンマ堪能しました。(笑)

 マイフォト 風の洞窟とブライダルベール

轟音を響かせ落下するアメリカ滝 轟音を轟かせるアメリカ滝
はまなす♪~の花 ハマナスが咲いていました
ゴート島に渡る橋と激流ナイアガラ川 ゴート島に渡る橋とナイアガラ川の激流
虹と滝壺 虹と滝壺
美しいブライダルベール滝 美しいブライダルベール滝
虹と水しぶき 虹と水しぶき
アメリカ滝に迫る アメリカ滝に迫る
ルナ島と虹 ルナ島と虹
ルナ島展望場所にて 月の女神島にて
プロスペクト公園の展望タワーより プロスペクト公園展望台にて
プロスペクト公園の展望タワーより プロスペクト公園展望台からのアメリカ滝
レインボーブリッジより レインボーブリッジより
ライトアップされたアメリカ滝 ライトアップされたアメリカ滝

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鶴見川 秋の夕暮れ

 夕方に時折、鶴見川の堤防を散歩をしています。

夕日を照らす鶴見川 マイフォト 鶴見川 秋の夕暮れ

 鶴見川の堤防も綺麗に整備され朝夕は沢山の人々が散歩したり、ジョギングしたり、犬の散歩をさせたりしています。私はメタボ解消の為に時折歩いていますが、効果がありません。

 (パプアニューギニアの便り)

 40年前に会社に入社した時に寮で同室であったルームメイトの「気功のおじさん」がパプアニューギニアに極楽鳥に会いに出かけてきたそうだ。メールで美しい熱帯ジャングルの鳥達の写真を送ってくれた。

 気功のおじさんホームページ

 極楽鳥(Bird of Paradise)のダンス

   キバシショウビンの囀り
 美しい鳥達の写真を堪能致しましたね。そのうち公開されると思います。しかし、多くの撮影機材を運搬するだけでも大変ですよね。一度、パプアニューギニアを訪問したいですね。
 
  (キリマンジャロから無事帰国)
 会社の先輩が昨夜、無事に東アフリカのキリマンジャロから帰国されたようです。ギルマンズポイント5670メータの登頂に成功し6人中4名の隊員が登頂成功し証明書を貰ったそうです。平均年齢70歳の登山チームですから、皆さん元気ですよね。
 早くお会いして、エピソードを聞きたいと思います。
  
  (引退と転身の人々)
 一歳年下の昔の職場の友人が引退したと電話があった。若くして転職し長く外資系の企業の経営者としてビジネスの世界で頑張ってきた御仁です。若い頃から囲碁五段の免許を持ち、将棋でも一度も勝てたためしはない。その彼も引退したそうだ。近々に会うことになった。
 もう一人はタウンズ時代にアメリカで活躍した若者です、彼も外資系企業に転身し大手の企業で経営者として頑張ってきた。今度転身するというので、相談に乗ることにした。
 皆さん厳しい世間の中を生き抜いてきたんですね。凄まじい戦いだったでしょうね。引退したら、のんびりとやり残した事をやりましょう。
 

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カナダ紀行 霧の乙女号

 ナイアガラの滝のご紹介です。二回に渡り報告したいと思います。まずナイアガラの位置関係をグーグルアースでご紹介します。あらかじめグーグルアースをインストール必要です。

  ナイアガラの滝

「Niagara.kmz」をダウンロード

 五大湖の一つであるエリー湖からナイアガラ川を経由してオンタリオ湖に注ぐ途中のナイアガラ川に出来た瀑布です。アメリカ側とカナダ側の国境になっています。滝の真ん中に島がありアメリカ滝とカナダ滝の二つに分かれます。

 カナダ滝の方が標高が少し低いのでナイアガラの川の水はカナダ滝に集中してしまうので途中にダム(水門)を設けてアメリカ滝にも水が流れる工夫があります。

 今回は、カナダ側からのナイアガラの紹介をします。次回はアメリカ側からの報告となります。まず、カナダ滝の周辺を観光しその後、エレベータで川の底まで降ります。そして、防水の為にポンチョを貰い完全防水状態で『霧の乙女号』に乗ります。

 アメリカ滝から始まり、圧巻はカナダ滝の滝壺への接近です。皆さんシャワーを浴びたと同じ程度ビショビショに濡れます。これが、迫力です、轟々たる爆音と見事な水のカーテン、必見です。虹が必ず観れますので、何が何でもこの船に乗るべきでしょうね。

 それでは、霧の乙女号の体験ツアーの写真集をお楽しみください。

  マイフォト ナイアガラの滝 霧の乙女号体験ツアー

 150枚に及ぶ写真集ですので、霧の乙女号体験ツアーは、写真集の途中からお楽しみください。水をかぶりながら、必死で大事なニコンのカメラを守りながら撮影しました。涙ぐましい努力です。

迫力のカナダ滝 迫力のカナダ滝
霧の乙女号とアメリカ滝 霧の乙女号とアメリカ滝
カナダ国旗とブライダルベール カナダ国旗と瀑布
カモメと虹と カモメと虹と
美しいアメリカ滝 美しいアメリカ滝
二羽のカモメの出迎え 二羽のカモメの出迎え
霧の乙女号とアメリカ滝 霧の乙女号とアメリカ滝
滝壺には風の洞窟観光する人々 一番のお気に入り写真です
(参考 YouTube Maid of the Mist)

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カナダ紀行 サウザンド・アイランズ・クルーズ

 今回はオンタリオ湖から流れ出る付近のセントローレンス川には無数の島々が瀬戸内海とか松島のように散らばり、風光明媚な場所『サウザンド・アイランズ』の報告です。

 グーグルアース ロックポート

「Rockport.kmz」をダウンロード(あらかじめグーグルアースのインストール必要)

Rockport1  グーグルアース 地図(ロックポートからサウザンド・アイランド・クルーズ)

 モントリオール駅からトロント行きの汽車に乗り3時間でキングストン駅に到着です。キングストン駅から40分程度モントリオール方面に逆戻りするとロックポートというクルージングの港があります。

 ロックポートのレストランで昼食を頂き、1時間程度のサウザンド・アイランズ・クルーズを楽しみました。港では偶然ですが、ビーバーの子供と遭遇出来ました、写真が撮れたので是非写真集を観て下さい。とても可愛いいビーバーでした。

 マイフォト サウザンド・アイランズ・クルーズ

ニワトリとタマゴだす 大胆な絵が描かれた機関車に引かれてキングストン駅に到着
ロックポート レストラン ロックポート港 レストランがあります
野生のビーバー発見 ビーバーの子供です~~
世界一小さな国境の橋 世界一、小さな国境の橋
ドレッシングで有名 ハート島のボルト城です
紅葉が美しい 紅葉が美しかったです
鳥の巣 鳥の巣もみつけました
200810canada_343 トロントの中華レストラン
追伸)ドレッシング サウザンアイランズ余話
 
  米国駐在時代に経験した事ですが、とにかく米国のレストランではドレッシングについて、沢山のメニューの選択を強要します。イタリアン、フレンチ、あれこれ言います。その中でこのサザンアイランズだけはその理由が今まで知りませんでした。
 今回の訪問で、その歴史的背景を知る事ができました。
 
 料理というのは、美味しいだけでは駄目なのだ。美意識がなければ料理ではないのですね。

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竹田鎮三郎絵画展 報告

 承前 竹田鎮三郎画伯個展 in 銀座、松坂屋

200810canada2_122  今日、竹田画伯の個展にでかけました。お久しぶりに竹田先生と奥様との再会でした。お元気なお姿でなによりです。昨年、オアハカのご自宅で頂いたメスカルはとても美味しいお酒でした。

200810canada2_108  又、是非メキシコには行きたいと考えています。まだまだ沢山の遺跡を訪れてみたいと考えています。

 『作品の一部 ご紹介』

200810canada2_109_2  『廃駅』という作品です。

私はこの絵が一番好きになりました。文明の駅が無くなり、見捨てられた村でも人々と動物たちはちゃんと、逞しく生きて行くのです。立派な鶏の足に元気を貰えますね。

200810canada2_117 『テワンテペックの娘』という作品です。凄い迫力の絵ですね、今回の個展では一番、迫力を感じた作品です。精神的な強さと気高い清潔感を感じます。

200810canada2_115  大作です、船を引く馬とタズナを持つのがワニです。人々の暮らしと動物たちが共存して生きている姿を感じる事ができますね。もともと、地球上ではこのように、共存して生きるのが当たり前の事を伝えているように思えます。

200810canada2_112  家内が気に入った絵です。庭の風景ですね。沢山の花を咲かせた逞しい木が庭を守っているのですね。沢山の、絵が展示されていましたので、これ以外の数点もご紹介しておきます。

200810canada2_113 200810canada2_114 200810canada2_116 200810canada2_119 200810canada2_120 200810canada2_121

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カナダ紀行 ローレンシャン高原

村全体がおとぎの国 モントリオール三日目はモントリオールの西北方面に車で2時間程度の場所であるローレンシャン高原に紅葉を観る往復のバスツアーでした。
トランブラン山の紅葉 標高千メータ程度の高さですから、針葉樹は少なくシュガーメイプル(砂糖カエデ)の紅葉が素晴らしい。この高原は地元に住む関西人のガイドさんの話では、先カンブリア紀の地層がむき出しだそうだ。
トランブラン湖を眺む 先カンブリア紀とは地球が誕生した46億年前から生物の化石が誕生する5億4200万年前の期間を指す地質時代区分である。要はとてつもなく古い時代の地層だという事ですね。そして、長い何回もの氷河期を経過し大地は氷河で削られ高い山は無くなったという。土の層は全て削られた痩せた土地だそうです。

 

ハロウィーン近しモントリオールから2時間近く、車窓の紅葉を楽しみながら、トランブラン(Tremblant)というスキーリゾートを訪問しました。米国資本が開発したおとぎの国のような子供から大人までが楽しめるメルヘンの村です。冬はスキーが楽しめるのですね。
紅葉のトランブラン湖 麓には湖があり、無料のリフトに乗るとトランブラン山の中腹まで乗せてくれ、レストランや楽しいお店やホテルも散在するリゾート地であります。そこから、有料のリフトに乗るとトランブランの山頂迄連れて行ってくれます。山頂からは、ローレンシャン高原が一望出来て秋の紅葉の景色を楽しむ事ができました。

 マイフォト カナダ紀行 ローレンシャン高原

 写真集を眺めながら、ローレンシャン高原の秋の雰囲気を楽しんでください。

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カナダ紀行 世界遺産都市 ケベックシテイ

 モントリオールからケベックシテイまでは高速道路で3時間の距離です。セントローレンス川に沿い下流に下ります、東北方向に走る事になりますね。この街道はメープル街道と俗称されています。紅葉が美しいのですね。

ケベック州議事堂 さて、ケベックシテイですがモントリオールを含むケベック州の州都であり400年の歴史を持つ古都であります。1985年に世界歴史遺産に登録されました。
議事堂前噴水 マイフォトの写真集を観て頂ければ雰囲気が判ると思います。解説もつけておきました。

 

大砲とjo北米では一番早い時期にヨーロッパ人が開拓した場所だそうです。1608年ですから、関が原の戦いが行われた頃にフランス人の貿易商人のサミュエル・ド・シャンブランがここケベックに毛皮貿易の拠点を築いたのが始まりだそうです。
ケベックの港 遠望1627年にフランスはヌーベルフランスという会社を設立しセントローレンス川流域から五大湖にかけて植民地政策を展開した。その拠点がこのケベックシテイなのですね。しかし、1763年には英国との戦争に敗れカナダはフランスから英国領となるのです。
テラス・デュラン(遊歩道) 現在戦場公園となっている丘にはフランスの砦が築かれ沢山の砲列を並べていたが、20分で砦は陥落したそうです。これをアブラハム平原の戦いといいます。セントローレンス川に並んだ英国艦隊は高性能の大砲で艦砲射撃したのでしょうね。長州、薩摩が火の海にされた英国艦隊との戦争を思い出します。
まるで城ですね しかし、すでにフランス人が沢山入植していましたので、今でもケベックシテイではフランス語が主流だそうです。カナダの公用語は英語とフランス語ですが、最近は英語を話す人が多くなったそうですね。時代の流れでしょうか、しかし、一時期ケベックは独立する動きをした事があるそうです。
壁面に描かれた絵 ところで、カナダの国名の由来ですが、フランスの探検家ジャック・カルテイエが旅の案内を頼んだ先住民のイロコイ族の人が彼に村落の事をKanataと言ったのを勘違いして、その場所をカナタ、カナダと考えたのが始まりだそうです。ケベックも先住民の言葉であり、川幅が狭まる場所という意味だそうです。セントローレンス川はこのケベックシテイで急激に狭まっています。
またまた、壁画です~~ ところでこのイロコイ族ですが、25年前に米国サンノゼに駐在していた頃、娘が小学校に通っており教科書で大人の私が学んだ先住民です。米国では必ずイロコイ族(イロコイス・インデイアン)について教えているそうです。
雨でも降らしてくれるのか? 清教徒が渡米し、入植した頃この先住民は彼らを助けたそうです。メープルシロップの作り方も沢山の農耕に関する知識を教えたという。確かに、砂糖カエデの木の存在は清教徒達は知らなかったでしょうね。冬の時期に砂糖カエデが栄養分豊富な樹液を出す、それを煮詰めて砂糖のように甘いシロップが出来るなんて知らなかったでしょうね。

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カナダ紀行 モントリオール

 10月5日、新横浜プリンスホテルを12時20分発の成田行き直行バスで成田に向かう。成田午後2時に到着。ノースウエスト航空12便にて16時15分発、デトロイト14時45分着の飛行機に乗り込む。危うく、うどんを食べていて乗り遅れる所でした。飛行機が20分も早く離陸してしまいました。皆さんも気を付けて下さいね、時間より早く離陸する可能性があります。

 米国に入国しなければなりません、これが何時も面倒なのです。単に乗継だけなのに、入国手続きが必要です。荷物もチェックされるし、本当に面倒だ。デトロイト空港では喫煙できるバーを見つけたので、一息入れる事が出来た。

デトロイト発17時21分の飛行機でカナダのモントリオール空港を目指した。夜の7時頃に
モントリオール夜景夜景の美しいモントリオールに到着した。皆さんは1976年のモントリオール・オリンピックは未だ記憶にあるでしょうか。妖精コマネチが10点満点を出したオリンピックです。

 旅行の数日前に、会社の先輩の古河さんと会食をしたが、彼の話では40年前にニューヨークに駐在し当時、モントリオールで開催された万博に富士通は国産のコンピュータを果敢にも出展し現地での責任者として苦労した話を伺っていた。

 モントリオールはさて何処にあるのでしょうか?ご紹介します。

Canadaeast

 五大湖の一つであるオンタリオ湖から北東に流れる大河セントローレンス川1200キロの中流域の中州に出来た街であります。大西洋と五大湖を結ぶ北米大陸の大動脈であります。

 エリー湖からオンタリオ湖に流れる川がナイアガラであり、カナダとアメリカニューヨーク州は国境を接しておりその水はオンタリオ湖に流れ、そして遥か大西洋に流れ込む。ヨーロッパと北米大陸の重要な海路であります。

 カナダの最大の都市はトロント、モントリオールは第二番目の都市であり350万人が住んでいるそうだ。カナダは面積990万km²で日本の27倍の面積があり人口は3,200万人だから日本の1/4の人口となり、人口密度は日本の1/100である。

 資源大国として豊かな国である。17世紀初めに北米大陸としては一番早くフランス人がセントローレンス川を遡上し植民地化を始めた。下流のケベック、中流域のモントリオールに拠点を築き、新しいフランスの建設(ヌーベル フランス)を開始した。その後、英国との戦争に負け手放すが今でも、ケベック、モントリオールはフランス語が主流だ。

 さて、モントリオールに3泊してケベックの往復とかローレンシャン高原の紅葉見物とかを行う予定です。

 マイフォト カナダ紀行 モントリオール

 写真集ではモントリオールの夜景とケベックに行く途中のマドレーヌ教会のご紹介とメープル街道の車窓の紅葉を収録しています。

マドレーヌ教会 マドレーヌ教会です。1841年にフランスの宣教師Eugene de Mazenodが開いた教会だそうです。マドレーヌ教会はパリにもあるし、ブルゴーニュのヴエズレーの教会もブログで何回も紹介していますね。
セントローレンス川 セントローレンス川です。北米の大動脈です。
風力発電の電池格納設備 風力発電の設備を工場から運んでいるところです。電池を格納する装置だそうです。世界的に有名な風力発電設備の製造会社があります。ついでに、飛行機製造会社もあります、日本で事故を多発したボンバルデイアです。(笑)
紅葉 車窓 メープル街道の車窓です 紅葉が美しい

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カナダ紀行から無事帰国しました

200810canada_599  本日、朝6時に起床しカナダのカルガリーから2時間40分飛行機に乗りミネアポリス空港に向かい、2時間滞在し飛行機を乗継ぎ、12時間をかけて成田に到着。カルガリー空港から19時間タバコを吸えずに成田に到着でした。

 喫煙者にとり北米大陸の旅は厳しいですね。ホテルも禁煙ですし、実に苦行の旅でした。(笑)

25年ぶりにナイアガラの滝にも再会でした。米国駐在時代にトロントのウオータールー大学と共同プロジェクトをしていたので、何回もトロントを訪問し一度だけレンタカーでナイアガラ見物に出かけた経験がありました。

200810canada_596_2  今回はカナダ側から『霧の乙女号』に乗りカナダ滝の滝壺まででかけ、水浸し、そしてアメリカ側に渡り、『風の洞窟』も水浸しになりナイアガラの瀑布を楽しみました。

200810canada_793 一方カナダの西側のカナデアン・ロッキーも再訪する事が出来ました。レイクルイーズはとても懐かしかったです。この氷河湖に佇むホテル・レイクルイーズに家族で宿泊したのが走馬灯のように、思いだされました。

200810canada_965  コロンビア大氷原から押し出されて出来た、アサバスカ氷河も再訪です。巨大なタイヤの雪上車に乗り氷河の上に立ちました。快晴で氷点下4度でした。

200810canada_1027 バンフ国立公園のペイト湖です。

今回は全て快晴に恵まれ、カナダの東海岸のローレンシャン高原の紅葉も素晴らしく楽しい旅となりました。

 詳細は、別途美しい写真をベースにご紹介したいと思います。

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しばらく休載します

 すっかり秋の気配が感じられるようになりましたね。

 今日からカナダの旅に出ることになりました。夕方の便にて成田を発ち、12時間かけてアメリカのデトロイトに到着予定です。デトロイトから便を乗継ぎカナダのモントリオールに向かいます。随分と長丁場の飛行機の旅となり疲れそうです。

 タバコを吸えないのが一番辛いですね。アメリカの空港は全て禁煙でしょうから、カナダに到着するまで16時間以上禁煙となります。weep

 カナダの東海岸方面の紅葉を楽しみ、ナイアガラも見学し最後にカナデアンロッキーに向かう予定です。カルガリーの空港に飛んで行き1984年に家族で訪問した場所を再訪です。 1984年カナダ紀行

 という訳で、しばらくブログは休載と致します。それでは、皆様もお身体には気をつけて下さい。

 再見

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竹田鎮三郎絵画展 日墨修好120周年記念

 メキシコ滞在45年の竹田鎮三郎画伯の絵画展が開催されます。

 日時: 2008年10月15日(水)~21日(火)

 場所: 松屋銀座7階画廊(朝10時~夜8時)

      メキシコ大使館後援

 娘がメキシコで師事している画伯です。

 承前: 僕らは此処にやってきた

      メキシコの民話と絵本

 参考文献 ギャラリー ときの忘れもの

        画歴

 私は13日に帰国予定ですので、楽しみにしています。

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溝の口での宴会

 昨夜は、昔のTownsの仲間が集まり宴会でした。懐かしい溝の口での蕎麦屋です。

20089towns_003  溝の口は懐かしい場所です。東急田園都市線とJR南武線が交差しており、若かりし頃は寮が田園都市線の市ガ尾駅にありこの溝の口駅で下車し、細い道を歩いて国鉄南武線の溝の口駅に辿り着き、会社のある武蔵中原に通勤した。
20089towns_006_2  印象としては汚い街で、雨の日は乗継の為の歩行が厭だった。又、この短い路地が曲者で、ついつい何処かの酒場に足が向くのである。そんな街もすっかり変貌し、綺麗な清潔な街の変貌した。
 久しぶりに、Townsの仲間が集まり宴会となりました。
 
 マイフォト 昔のTowns仲間の宴会
 
お化けの前で撮影
明石の君が久しぶりに東京に来られるという事で、昔懐かしいTownsの仲間が集まった。

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シャルトル、ベルサイユ紀行 追加写真集

 シャルトル及びベルサイユを紀行した時の追加写真集です。

 承前: 世界遺産 シャルトル大聖堂

      世界遺産 ベルサイユ宮殿

      マイフォト ベルサイユ宮殿

      マイフォト シャルトル ノートルダム大聖堂

      マイフォト シャルトル大聖堂(そのⅡ)

 今回は、上記写真集に追加して、シャルトルではピカシエット(ピックアシエット)の家を追加しています。

   マイフォト シャルトル、ベルサイユ紀行(追加写真集)

ピカシエットの家(ピックアシエット) ピカシェットの家です。写真撮影が禁じられています、参考文献を参照してください。
 墓守りをしていた夫婦がお墓に供養された陶器や磁器が風雪に壊れ、小さな破片になったものを集め、メルヘンな神のの世界の箱庭のようなタイル貼りのおうちを作りました。おとぎの国のようでしたね。参考文献の写真をを是非観て下さい。
 シャルトル大聖堂に行かれたなら、是非このおとぎの国のような箱庭の場所に来て下さい。
蘇州のような風景 この風景は大好きです、蘇州にいるような気になります。
城壁跡からノートルダム大聖堂を望む 壊れた城壁からノートルダム大聖堂を望みます、素晴らしい景色です。
有料自動洗浄トイレ フランスの有料自動洗浄トイレです。用を済ますと部屋全体がシャワーで水浸しにしてしまいます。
ベルサイユ宮殿への道 ベルサイユ宮殿遠望です。ここは元々が狩りの為の別荘だったんですね。

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モネの家 追加写真集

 承前: 過去記事 モネの家 ジヴエルニー

      写真集  モネの家

 新たに、モネの家の写真集を追加掲載します。

  マイフォト モネの家(そのⅡ)

 モネが愛した日本の文化と浮世絵、当時の欧州の美学とは異なる世界を愛したのですね。彼の終の棲家である、ジヴエルニーの田舎を歩くとそれがよく理解できると思います。

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魏志倭人伝 投馬国の話

 最近、司馬遼太郎さんの『街道をゆく』を読み直しています。昨夜は、「因幡・伯耆のみち」を読み直していた。以前、出雲紀行をした時も一応、司馬さんの出雲に関する紀行文は読んで出かけていた。時折、思いだしたように、『街道をゆく』は読み直しています。

 昨夜は、気になった箇所があっつたのでメモを記します。それは、魏志倭人伝の投馬国の話です。

 (投馬国)

 邪馬台国に興味のある人なら誰でも御存知ですよね、『不弥国から水行20日、五万戸の国』が投馬国です。九州説と機内説では該当させる国は色々と説が分かれています。今回は司馬さんと林屋辰三郎先生の説になります。以下、『街道をゆく 因幡・伯耆のみち』からの引用です。p21からです

 文中に、投馬国がある。トウマとよむか、ツマとよむか、あるいはTumaとよむか、日本語の古語の音から察してTumaが、妥当なような感じがする。倭人は、この世のどこにいるのか。以下中略・・・・

 この投馬国を、津山付近に比定する説があって、林屋辰三郎博士もそのうちのひとりである。三世紀に於いて吉備国(岡山県)はすでに農業生産の高い土地だったし、吉備の中でもとくに津山付近が先進地だったと思われるから、五万戸を擁する一勢力だったとしてもおかしくはない。

 説の当否はどうであれ、古代津山の実力がこのように買われたのは、津山好きの私としてうれしいことである。ついでながら、[津山]という地名は古くなく、往古は富川(とかわ)と呼ばれ、更に奈良・平安朝の頃には苫田(とまだ)と呼ばれた。それ以前は、単に苫(とま)だったであろう。むろん、漢字は、あとで当てはめられたもので、トマという音こそ古い。

 と、司馬さんは津山紀行で述べられています。津山は奈良朝時代に美作国の国府が置かれた場所ですよね。しかし、魏の使者は船で邪馬台国を目指して航海しているので津山では山奥過ぎませんかね、疑問です。むしろ岡山平野の瀬戸内海に近い港に停泊したと考えるのが無理がないでしょうか。いずれにせよ、昔の吉備の国が苫(とま)=投馬と呼ばれていたなら、岡山県の瀬戸内海沿岸の古代の港と考えて大差は無いかも知れません。

 ところで、吉備の国は古くから栄えた場所だったようですね。ヤマト王権成立の立役者の一人ではないでしょうか。出雲と吉備はヤマトに統一王権を成立させた重要な国だったと思います。吉備は5世紀の雄略大王の時代に滅ぼされてしまいますが、それまではヤマト王権に於いて強大豪族として君臨していたと考えています。

 不思議な事に、吉備には奈良三輪山にある石上神社と同名の神社が存在する事を御存知でしょうか。 グーグルアース 石上布都魂神社

「isonokami-furutama.kmz」をダウンロード

 参考文献 石上布都魂神社

 承前: JoBlog過去j記事 石上神社と出雲

  (耳成山と吉備)

 ところで、気になる事があります。大和三山に耳成山という山が有りますね。実は魏志倭人伝の投馬国説明に於いて、官名が記述されています。『官を弥弥(ミミ)と曰い、副を弥弥那利(ミミナリ)と曰う。』

 現在の奈良の耳成山の付近の地名は今でも吉備と呼ばれている。桜井市大字吉備であります。グーグルアースで示しますと。

「sakurai-kibi.kmz」をダウンロード

 古代に耳成山が(弥弥那利)と呼ばれていた可能性はないのでしょうかね。吉備の豪族の拠点であった可能性があるかも知れません。

 

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箱根旧街道ハイキング(計画編)

 この数日急に気温が下がり、風邪を引かれた方々も多いのではないでしょうか。我が家の息子も風邪をひきダウンしている。9月下旬に11月の気温だったようだ。異常気象がやはり続いているんでしょうか。

 昨日午後は、新宿で南京に駐在してる後輩と話が出来る機会がありました。今は国慶節で中国全土では1週間程度休みで仕事にならないので、帰国してる様子です。彼に、一度中国4千キロの鉄道の旅をしたいと相談したが、危険だから止めなさい、と言われた。

 我々が付き合っている中国は無錫、南京、蘇州、上海と経済発展が著しい場所であるが、内陸部に入ると貧乏なんだそうだ。だから、スリとか邪な人も列車におり獲物を狙っているので、危険だと言う。そういえば、戦後まもない日本も結構危険だったようですね。

 (先輩の壮行会)

 夜は、恵比寿の何時ものベトナム料理店「We」で会社の先輩の壮行会があった。来週月曜日から日本を離れアフリカのキリマンジャロへの登山に出かけられる。この1年間トレーニングと身体のあらゆるメデイカル・チェックを綿密にされて準備万端な様子です。

 先月は最後のトレーニングを兼ねてスイスの山に行かれていた。東京での低酸素室での高山適応シュミレーション、メデイカル・チェックも何回もこなして来られた。毎日最低1時間は登山靴に鉛のおもりをつけて、歩行トレーニングもしたそうだ。66歳頑張ってますね。

 宴会が盛り上がり、12月15日、16日と一泊で箱根の旧街道を歩こうという計画が決まった。箱根湯元から元箱根までの旧街道を登る計画です。4時間程度で登れるのではないだろうか。全長15キロ、標高差527メータあります。中級のハイキングコースではないでしょうか。

 江戸時代、旅人はこの道、箱根八里を越して行きました。『箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川』なんてね。石畳の道は江戸時代に整備されたそうです。大名は籠に乗りこの道を登り降りしたという。石畳なので、馬は危険だったのではないだろうか。

 参考文献 箱根旧街道ハイキング

 昔の人は、草鞋を履いて箱根の山を登って東海道を行き来したんですね。現代人は車でスイスイと旅を出来るが、昔の人は偉かった。足腰が随分と丈夫だったんでしょう。粗食なのに頑張ったものですね。

 侍は刀を差して登るから随分と苦労したでしょうね。二本差しで1.5キロから2キロ程度だろうか。それにおにぎり、竹ずつか瓢箪に水を入れ、背中にくくりつけ登ったんでしょう。現代人は便利なリュックサックがあります。靴も進化したので、草履の予備も要らない。

 登りきれば、元箱根で和風の旅館を調べて予約が必要です。幹事なので、これから調べて何処かいい旅籠を予約するつもりです。66歳×2名+62歳×1名=3名の熟年ハイキングです。

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