« September 2008 | Main | November 2008 »

カナダ紀行 レイク・ルイーズへの道

 カルガリーのカナナスキスに宿泊しましたね。今日は先ずトランス・カナダ・ハイウエイを北上して有名な神秘の湖、レイク・ルイーズに向かいましょう。

トランスカナダ・ハイウエイ 車で2時間程度のドライブでしょうか。バンフを通過して更に北上します。バンフ国立公園を走るこのルートの景色は左右にカナデアンロッキーを眺めながらの旅となります。25年前にはバンクーバから汽車にお乗りバンフで下車しバンフに一泊して、レンタカーでレイク・ルイーズに向かいました。今回は気楽なバス旅行です。
 グーグルアース レイク・ルイーズ

「shatou_lake.kmz」をダウンロード

 マイフォト カナダ紀行 レイク・ルイーズへの道

お気に入り写真です お気に入りの写真です
バンフ国立公園北上 ボウ川(Bow River)に沿って北上です
バンフ国立公園北上 東にはカスケード、キャッスル山と続く
神秘の湖 レイク・ルイーズ
ヴイクトリア女王4女の名前 エメラルドの湖
4星ホテル シャトー・レイク・ルイーズ シャトー・レイク・ルイーズ
ホテル内カフェより カフェからの湖
廊下のシャンデリア クラシックな廊下
  『25年前の風景』
レイクルイーズ レイク・ルイーズ
ホテル シャトーレイクルイーズにて ホテル庭にて
ホテルの庭とレイクルイーズ 庭にて記念写真
ボート遊覧 宿泊したホテル ボートにて 
特別室 部屋が飛び出ている スイートルームにて

| | Comments (0)

カナダ紀行 カルガリー・カナナスキス

 トロントからミネアポリスに飛び、カルガリーに入りました。カナデイアン・ロッキーの基地となる都市ですね。1988年に冬季オリンピックが開催された場所です。日本は不振でしたね、スピードスケートで黒岩さんが銅メダルを獲得しただけでした。

 カルガリーは25年前にカナダ紀行の最後に訪れた場所でした。ここからサンフランシスコに空路帰還した場所です。懐かしさがこみあげてきました。今回は、カルガリーからバスで西に向かいリゾート地であるカナナスキスで宿泊となりました。

 グーグルアースでカナナスキスの場所のご案内

「delta_logde_at_kananaskis.kmz」をダウンロード

 カナナスキス地図

Delta_lodge_at_ca  カルガリーからバスで2時間程度の距離にリゾートで有名カナナスキスに向かいました。途中の車窓は素晴らしいですね、カナデアンロッキーが迫ってくる光景でした。

  マイフォト カナダ紀行 カルガリー・カナナスキス

200810canada_668 牧場が続きます
200810canada_678 カナデアン・ロッキーが迫ります
200810canada_692 ロッジに到着です
200810canada_708 静かな山の里です 素晴らしい
200810canada_722 ロッジから散策しました
200810canada_726 山の美しいこと夕闇が迫ります
200810canada_746 紅葉と雪の山 雪が降り始めました
200810canada_764 雪の綿帽子を被りましたね
200810canada_768 紅葉と雪の山 素晴らしい感動です
200810canada_439 ホテルロビーです
200810canada_757  お気に入りの写真です

| | Comments (0)

カナダ紀行 ナイアガラ遊園地

 カナダ側のナイアガラ滝の近くに宿泊した。この辺りは一大観光地となっておりラスベガスと同じ雰囲気です。アメリカ資本が開拓したんでしょうね。大人と子供の両方が楽しめるようになっています。

 定番はお化け屋敷、ロウ人形館、ボーリング場、ゲームセンター、映画館、レストラン、お土産物屋、観覧車、恐竜公園、水族館、子供用プール、ミニゴルフ 等々ですね。アメリカ人が考えそうな娯楽の世界です。

 日本の神社の境内、参道で開かれるお祭りのお店の方がおもろいと思う。金魚すくいや、コルクを詰めた鉄砲でキャラメルを狙う遊び、綿菓子、雀のピン焼き、等々の方がおもろいと思います。

 過去記事 昭和20年代の風景

 日本の伝統的なお祭りでの夜店のアイデイアは輸出できないものでしょうかね。寅さんの映画も夜店も日本の風土に溶け込んだ特殊な世界なんだろうか。世界共通の普遍的なものを含んでいると思いますがね。

 さて、マイフォトのナイアガラの娯楽街の風景を写真に収録しました、デジカメですから解像度は悪いです。少し興味のある人は覗いて下さい。

 マイフォト カナダ紀行 ナイアガラ娯楽街風景

綱渡り 人形ですよ 人形の綱渡りです
フランケンがハンバーガー食べる フランケンもハンバーガーを食べる
これ絶対おもろい キングコング 傾いてる
キングコングと やはり名作なのか
良くできた人形 なぜか人形が登り降り

| | Comments (2)

カナダ紀行 風の洞窟とブライダルベール

 ナイアガラ二日目は、のんびりとアメリカ側にレインボーブリッジを徒歩で渡りナイアガラ瀑布を観光するスケジュールでした。概略コースは

 レインボーブリッジをアメリカ側に渡る→米国入国→アメリカ滝を傍から眺める→少しナイアガラ川を遡上し橋を渡りゴート島に渡る(カナダ滝とアメリカ滝の中間にある中洲→公園を歩き風の洞窟入口に向かう→10ドル払いポンチョ、サンダルを貰う→エレベータで川底まで降下する→ブライダルベール、アメリカ滝の下にある観光ルートを水浸しで歩く→エレベータで戻るルナ島に渡る→又、ゴート島に戻り、中洲の公園を観光する無料バスに乗る→プロスペクト公園で下車→85メーの展望デッキに入る→エレベータで川底に降下する→戻り、米国を出国してレインボーブリッジをカナダに戻る

 全行程は一日がかりの散策、メタボ解消コースです。

 グーグルアース(あらかじめインストール必要です) 風の洞窟、ブライダルベール

「cave_of_the_winds.kmz」をダウンロード

America_falls Cave_of_the_winds_place

 グーグルアースは便利ですね、上記のルートはグーグルアースで辿ることが出来ます。

風の洞窟は別に洞窟を歩くのではなくて、ブライダルベールの滝の下の梯子段を水浸しになりながら歩くだけです。何時も思うのですが、日本だと危険だから観光としてリスクは犯しませんが、アメリカは事故があると個人の責任です。

 常に自分の身は自分が守るのがこの国の基本精神なんですね。西部開拓時代からのアメリカの思想です。日本はお上が庶民を守るという考えに近くはないだろうか。

 ブライダルベールとは優雅な名前がついたものですね、滝直下で感じるのは凄まじい轟音と水しぶきと水の迫力です。そして太陽光の背後には虹がでています。

しかし、二日間ナイアガラの滝は完全にマスターしましたね。上から見たり、斜めから見たり、滝の下から眺めたり、船から眺めたり、橋の上から眺めたり・・・・・ホンマ堪能しました。(笑)

 マイフォト 風の洞窟とブライダルベール

轟音を響かせ落下するアメリカ滝 轟音を轟かせるアメリカ滝
はまなす♪~の花 ハマナスが咲いていました
ゴート島に渡る橋と激流ナイアガラ川 ゴート島に渡る橋とナイアガラ川の激流
虹と滝壺 虹と滝壺
美しいブライダルベール滝 美しいブライダルベール滝
虹と水しぶき 虹と水しぶき
アメリカ滝に迫る アメリカ滝に迫る
ルナ島と虹 ルナ島と虹
ルナ島展望場所にて 月の女神島にて
プロスペクト公園の展望タワーより プロスペクト公園展望台にて
プロスペクト公園の展望タワーより プロスペクト公園展望台からのアメリカ滝
レインボーブリッジより レインボーブリッジより
ライトアップされたアメリカ滝 ライトアップされたアメリカ滝

| | Comments (0)

カナダ紀行 霧の乙女号

 ナイアガラの滝のご紹介です。二回に渡り報告したいと思います。まずナイアガラの位置関係をグーグルアースでご紹介します。あらかじめグーグルアースをインストール必要です。

  ナイアガラの滝

「Niagara.kmz」をダウンロード

 五大湖の一つであるエリー湖からナイアガラ川を経由してオンタリオ湖に注ぐ途中のナイアガラ川に出来た瀑布です。アメリカ側とカナダ側の国境になっています。滝の真ん中に島がありアメリカ滝とカナダ滝の二つに分かれます。

 カナダ滝の方が標高が少し低いのでナイアガラの川の水はカナダ滝に集中してしまうので途中にダム(水門)を設けてアメリカ滝にも水が流れる工夫があります。

 今回は、カナダ側からのナイアガラの紹介をします。次回はアメリカ側からの報告となります。まず、カナダ滝の周辺を観光しその後、エレベータで川の底まで降ります。そして、防水の為にポンチョを貰い完全防水状態で『霧の乙女号』に乗ります。

 アメリカ滝から始まり、圧巻はカナダ滝の滝壺への接近です。皆さんシャワーを浴びたと同じ程度ビショビショに濡れます。これが、迫力です、轟々たる爆音と見事な水のカーテン、必見です。虹が必ず観れますので、何が何でもこの船に乗るべきでしょうね。

 それでは、霧の乙女号の体験ツアーの写真集をお楽しみください。

  マイフォト ナイアガラの滝 霧の乙女号体験ツアー

 150枚に及ぶ写真集ですので、霧の乙女号体験ツアーは、写真集の途中からお楽しみください。水をかぶりながら、必死で大事なニコンのカメラを守りながら撮影しました。涙ぐましい努力です。

迫力のカナダ滝 迫力のカナダ滝
霧の乙女号とアメリカ滝 霧の乙女号とアメリカ滝
カナダ国旗とブライダルベール カナダ国旗と瀑布
カモメと虹と カモメと虹と
美しいアメリカ滝 美しいアメリカ滝
二羽のカモメの出迎え 二羽のカモメの出迎え
霧の乙女号とアメリカ滝 霧の乙女号とアメリカ滝
滝壺には風の洞窟観光する人々 一番のお気に入り写真です
(参考 YouTube Maid of the Mist)

| | Comments (2)

カナダ紀行 サウザンド・アイランズ・クルーズ

 今回はオンタリオ湖から流れ出る付近のセントローレンス川には無数の島々が瀬戸内海とか松島のように散らばり、風光明媚な場所『サウザンド・アイランズ』の報告です。

 グーグルアース ロックポート

「Rockport.kmz」をダウンロード(あらかじめグーグルアースのインストール必要)

Rockport1  グーグルアース 地図(ロックポートからサウザンド・アイランド・クルーズ)

 モントリオール駅からトロント行きの汽車に乗り3時間でキングストン駅に到着です。キングストン駅から40分程度モントリオール方面に逆戻りするとロックポートというクルージングの港があります。

 ロックポートのレストランで昼食を頂き、1時間程度のサウザンド・アイランズ・クルーズを楽しみました。港では偶然ですが、ビーバーの子供と遭遇出来ました、写真が撮れたので是非写真集を観て下さい。とても可愛いいビーバーでした。

 マイフォト サウザンド・アイランズ・クルーズ

ニワトリとタマゴだす 大胆な絵が描かれた機関車に引かれてキングストン駅に到着
ロックポート レストラン ロックポート港 レストランがあります
野生のビーバー発見 ビーバーの子供です~~
世界一小さな国境の橋 世界一、小さな国境の橋
ドレッシングで有名 ハート島のボルト城です
紅葉が美しい 紅葉が美しかったです
鳥の巣 鳥の巣もみつけました
200810canada_343 トロントの中華レストラン
追伸)ドレッシング サウザンアイランズ余話
 
  米国駐在時代に経験した事ですが、とにかく米国のレストランではドレッシングについて、沢山のメニューの選択を強要します。イタリアン、フレンチ、あれこれ言います。その中でこのサザンアイランズだけはその理由が今まで知りませんでした。
 今回の訪問で、その歴史的背景を知る事ができました。
 
 料理というのは、美味しいだけでは駄目なのだ。美意識がなければ料理ではないのですね。

| | Comments (0)

竹田鎮三郎絵画展 報告

 承前 竹田鎮三郎画伯個展 in 銀座、松坂屋

200810canada2_122  今日、竹田画伯の個展にでかけました。お久しぶりに竹田先生と奥様との再会でした。お元気なお姿でなによりです。昨年、オアハカのご自宅で頂いたメスカルはとても美味しいお酒でした。

200810canada2_108  又、是非メキシコには行きたいと考えています。まだまだ沢山の遺跡を訪れてみたいと考えています。

 『作品の一部 ご紹介』

200810canada2_109_2  『廃駅』という作品です。

私はこの絵が一番好きになりました。文明の駅が無くなり、見捨てられた村でも人々と動物たちはちゃんと、逞しく生きて行くのです。立派な鶏の足に元気を貰えますね。

200810canada2_117 『テワンテペックの娘』という作品です。凄い迫力の絵ですね、今回の個展では一番、迫力を感じた作品です。精神的な強さと気高い清潔感を感じます。

200810canada2_115  大作です、船を引く馬とタズナを持つのがワニです。人々の暮らしと動物たちが共存して生きている姿を感じる事ができますね。もともと、地球上ではこのように、共存して生きるのが当たり前の事を伝えているように思えます。

200810canada2_112  家内が気に入った絵です。庭の風景ですね。沢山の花を咲かせた逞しい木が庭を守っているのですね。沢山の、絵が展示されていましたので、これ以外の数点もご紹介しておきます。

200810canada2_113 200810canada2_114 200810canada2_116 200810canada2_119 200810canada2_120 200810canada2_121

| | Comments (2)

カナダ紀行 ローレンシャン高原

村全体がおとぎの国 モントリオール三日目はモントリオールの西北方面に車で2時間程度の場所であるローレンシャン高原に紅葉を観る往復のバスツアーでした。
トランブラン山の紅葉 標高千メータ程度の高さですから、針葉樹は少なくシュガーメイプル(砂糖カエデ)の紅葉が素晴らしい。この高原は地元に住む関西人のガイドさんの話では、先カンブリア紀の地層がむき出しだそうだ。
トランブラン湖を眺む 先カンブリア紀とは地球が誕生した46億年前から生物の化石が誕生する5億4200万年前の期間を指す地質時代区分である。要はとてつもなく古い時代の地層だという事ですね。そして、長い何回もの氷河期を経過し大地は氷河で削られ高い山は無くなったという。土の層は全て削られた痩せた土地だそうです。

 

ハロウィーン近しモントリオールから2時間近く、車窓の紅葉を楽しみながら、トランブラン(Tremblant)というスキーリゾートを訪問しました。米国資本が開発したおとぎの国のような子供から大人までが楽しめるメルヘンの村です。冬はスキーが楽しめるのですね。
紅葉のトランブラン湖 麓には湖があり、無料のリフトに乗るとトランブラン山の中腹まで乗せてくれ、レストランや楽しいお店やホテルも散在するリゾート地であります。そこから、有料のリフトに乗るとトランブランの山頂迄連れて行ってくれます。山頂からは、ローレンシャン高原が一望出来て秋の紅葉の景色を楽しむ事ができました。

 マイフォト カナダ紀行 ローレンシャン高原

 写真集を眺めながら、ローレンシャン高原の秋の雰囲気を楽しんでください。

| | Comments (2)

カナダ紀行 世界遺産都市 ケベックシテイ

 モントリオールからケベックシテイまでは高速道路で3時間の距離です。セントローレンス川に沿い下流に下ります、東北方向に走る事になりますね。この街道はメープル街道と俗称されています。紅葉が美しいのですね。

ケベック州議事堂 さて、ケベックシテイですがモントリオールを含むケベック州の州都であり400年の歴史を持つ古都であります。1985年に世界歴史遺産に登録されました。
議事堂前噴水 マイフォトの写真集を観て頂ければ雰囲気が判ると思います。解説もつけておきました。

 

大砲とjo北米では一番早い時期にヨーロッパ人が開拓した場所だそうです。1608年ですから、関が原の戦いが行われた頃にフランス人の貿易商人のサミュエル・ド・シャンブランがここケベックに毛皮貿易の拠点を築いたのが始まりだそうです。
ケベックの港 遠望1627年にフランスはヌーベルフランスという会社を設立しセントローレンス川流域から五大湖にかけて植民地政策を展開した。その拠点がこのケベックシテイなのですね。しかし、1763年には英国との戦争に敗れカナダはフランスから英国領となるのです。
テラス・デュラン(遊歩道) 現在戦場公園となっている丘にはフランスの砦が築かれ沢山の砲列を並べていたが、20分で砦は陥落したそうです。これをアブラハム平原の戦いといいます。セントローレンス川に並んだ英国艦隊は高性能の大砲で艦砲射撃したのでしょうね。長州、薩摩が火の海にされた英国艦隊との戦争を思い出します。
まるで城ですね しかし、すでにフランス人が沢山入植していましたので、今でもケベックシテイではフランス語が主流だそうです。カナダの公用語は英語とフランス語ですが、最近は英語を話す人が多くなったそうですね。時代の流れでしょうか、しかし、一時期ケベックは独立する動きをした事があるそうです。
壁面に描かれた絵 ところで、カナダの国名の由来ですが、フランスの探検家ジャック・カルテイエが旅の案内を頼んだ先住民のイロコイ族の人が彼に村落の事をKanataと言ったのを勘違いして、その場所をカナタ、カナダと考えたのが始まりだそうです。ケベックも先住民の言葉であり、川幅が狭まる場所という意味だそうです。セントローレンス川はこのケベックシテイで急激に狭まっています。
またまた、壁画です~~ ところでこのイロコイ族ですが、25年前に米国サンノゼに駐在していた頃、娘が小学校に通っており教科書で大人の私が学んだ先住民です。米国では必ずイロコイ族(イロコイス・インデイアン)について教えているそうです。
雨でも降らしてくれるのか? 清教徒が渡米し、入植した頃この先住民は彼らを助けたそうです。メープルシロップの作り方も沢山の農耕に関する知識を教えたという。確かに、砂糖カエデの木の存在は清教徒達は知らなかったでしょうね。冬の時期に砂糖カエデが栄養分豊富な樹液を出す、それを煮詰めて砂糖のように甘いシロップが出来るなんて知らなかったでしょうね。

| | Comments (0)

カナダ紀行 モントリオール

 10月5日、新横浜プリンスホテルを12時20分発の成田行き直行バスで成田に向かう。成田午後2時に到着。ノースウエスト航空12便にて16時15分発、デトロイト14時45分着の飛行機に乗り込む。危うく、うどんを食べていて乗り遅れる所でした。飛行機が20分も早く離陸してしまいました。皆さんも気を付けて下さいね、時間より早く離陸する可能性があります。

 米国に入国しなければなりません、これが何時も面倒なのです。単に乗継だけなのに、入国手続きが必要です。荷物もチェックされるし、本当に面倒だ。デトロイト空港では喫煙できるバーを見つけたので、一息入れる事が出来た。

デトロイト発17時21分の飛行機でカナダのモントリオール空港を目指した。夜の7時頃に
モントリオール夜景夜景の美しいモントリオールに到着した。皆さんは1976年のモントリオール・オリンピックは未だ記憶にあるでしょうか。妖精コマネチが10点満点を出したオリンピックです。

 旅行の数日前に、会社の先輩の古河さんと会食をしたが、彼の話では40年前にニューヨークに駐在し当時、モントリオールで開催された万博に富士通は国産のコンピュータを果敢にも出展し現地での責任者として苦労した話を伺っていた。

 モントリオールはさて何処にあるのでしょうか?ご紹介します。

Canadaeast

 五大湖の一つであるオンタリオ湖から北東に流れる大河セントローレンス川1200キロの中流域の中州に出来た街であります。大西洋と五大湖を結ぶ北米大陸の大動脈であります。

 エリー湖からオンタリオ湖に流れる川がナイアガラであり、カナダとアメリカニューヨーク州は国境を接しておりその水はオンタリオ湖に流れ、そして遥か大西洋に流れ込む。ヨーロッパと北米大陸の重要な海路であります。

 カナダの最大の都市はトロント、モントリオールは第二番目の都市であり350万人が住んでいるそうだ。カナダは面積990万km²で日本の27倍の面積があり人口は3,200万人だから日本の1/4の人口となり、人口密度は日本の1/100である。

 資源大国として豊かな国である。17世紀初めに北米大陸としては一番早くフランス人がセントローレンス川を遡上し植民地化を始めた。下流のケベック、中流域のモントリオールに拠点を築き、新しいフランスの建設(ヌーベル フランス)を開始した。その後、英国との戦争に負け手放すが今でも、ケベック、モントリオールはフランス語が主流だ。

 さて、モントリオールに3泊してケベックの往復とかローレンシャン高原の紅葉見物とかを行う予定です。

 マイフォト カナダ紀行 モントリオール

 写真集ではモントリオールの夜景とケベックに行く途中のマドレーヌ教会のご紹介とメープル街道の車窓の紅葉を収録しています。

マドレーヌ教会 マドレーヌ教会です。1841年にフランスの宣教師Eugene de Mazenodが開いた教会だそうです。マドレーヌ教会はパリにもあるし、ブルゴーニュのヴエズレーの教会もブログで何回も紹介していますね。
セントローレンス川 セントローレンス川です。北米の大動脈です。
風力発電の電池格納設備 風力発電の設備を工場から運んでいるところです。電池を格納する装置だそうです。世界的に有名な風力発電設備の製造会社があります。ついでに、飛行機製造会社もあります、日本で事故を多発したボンバルデイアです。(笑)
紅葉 車窓 メープル街道の車窓です 紅葉が美しい

| | Comments (0)

カナダ紀行から無事帰国しました

200810canada_599  本日、朝6時に起床しカナダのカルガリーから2時間40分飛行機に乗りミネアポリス空港に向かい、2時間滞在し飛行機を乗継ぎ、12時間をかけて成田に到着。カルガリー空港から19時間タバコを吸えずに成田に到着でした。

 喫煙者にとり北米大陸の旅は厳しいですね。ホテルも禁煙ですし、実に苦行の旅でした。(笑)

25年ぶりにナイアガラの滝にも再会でした。米国駐在時代にトロントのウオータールー大学と共同プロジェクトをしていたので、何回もトロントを訪問し一度だけレンタカーでナイアガラ見物に出かけた経験がありました。

200810canada_596_2  今回はカナダ側から『霧の乙女号』に乗りカナダ滝の滝壺まででかけ、水浸し、そしてアメリカ側に渡り、『風の洞窟』も水浸しになりナイアガラの瀑布を楽しみました。

200810canada_793 一方カナダの西側のカナデアン・ロッキーも再訪する事が出来ました。レイクルイーズはとても懐かしかったです。この氷河湖に佇むホテル・レイクルイーズに家族で宿泊したのが走馬灯のように、思いだされました。

200810canada_965  コロンビア大氷原から押し出されて出来た、アサバスカ氷河も再訪です。巨大なタイヤの雪上車に乗り氷河の上に立ちました。快晴で氷点下4度でした。

200810canada_1027 バンフ国立公園のペイト湖です。

今回は全て快晴に恵まれ、カナダの東海岸のローレンシャン高原の紅葉も素晴らしく楽しい旅となりました。

 詳細は、別途美しい写真をベースにご紹介したいと思います。

| | Comments (2)

竹田鎮三郎絵画展 日墨修好120周年記念

 メキシコ滞在45年の竹田鎮三郎画伯の絵画展が開催されます。

 日時: 2008年10月15日(水)~21日(火)

 場所: 松屋銀座7階画廊(朝10時~夜8時)

      メキシコ大使館後援

 娘がメキシコで師事している画伯です。

 承前: 僕らは此処にやってきた

      メキシコの民話と絵本

 参考文献 ギャラリー ときの忘れもの

        画歴

 私は13日に帰国予定ですので、楽しみにしています。

| | Comments (0)

溝の口での宴会

 昨夜は、昔のTownsの仲間が集まり宴会でした。懐かしい溝の口での蕎麦屋です。

20089towns_003  溝の口は懐かしい場所です。東急田園都市線とJR南武線が交差しており、若かりし頃は寮が田園都市線の市ガ尾駅にありこの溝の口駅で下車し、細い道を歩いて国鉄南武線の溝の口駅に辿り着き、会社のある武蔵中原に通勤した。
20089towns_006_2  印象としては汚い街で、雨の日は乗継の為の歩行が厭だった。又、この短い路地が曲者で、ついつい何処かの酒場に足が向くのである。そんな街もすっかり変貌し、綺麗な清潔な街の変貌した。
 久しぶりに、Townsの仲間が集まり宴会となりました。
 
 マイフォト 昔のTowns仲間の宴会
 
お化けの前で撮影
明石の君が久しぶりに東京に来られるという事で、昔懐かしいTownsの仲間が集まった。

| | Comments (2)

シャルトル、ベルサイユ紀行 追加写真集

 シャルトル及びベルサイユを紀行した時の追加写真集です。

 承前: 世界遺産 シャルトル大聖堂

      世界遺産 ベルサイユ宮殿

      マイフォト ベルサイユ宮殿

      マイフォト シャルトル ノートルダム大聖堂

      マイフォト シャルトル大聖堂(そのⅡ)

 今回は、上記写真集に追加して、シャルトルではピカシエット(ピックアシエット)の家を追加しています。

   マイフォト シャルトル、ベルサイユ紀行(追加写真集)

ピカシエットの家(ピックアシエット) ピカシェットの家です。写真撮影が禁じられています、参考文献を参照してください。
 墓守りをしていた夫婦がお墓に供養された陶器や磁器が風雪に壊れ、小さな破片になったものを集め、メルヘンな神のの世界の箱庭のようなタイル貼りのおうちを作りました。おとぎの国のようでしたね。参考文献の写真をを是非観て下さい。
 シャルトル大聖堂に行かれたなら、是非このおとぎの国のような箱庭の場所に来て下さい。
蘇州のような風景 この風景は大好きです、蘇州にいるような気になります。
城壁跡からノートルダム大聖堂を望む 壊れた城壁からノートルダム大聖堂を望みます、素晴らしい景色です。
有料自動洗浄トイレ フランスの有料自動洗浄トイレです。用を済ますと部屋全体がシャワーで水浸しにしてしまいます。
ベルサイユ宮殿への道 ベルサイユ宮殿遠望です。ここは元々が狩りの為の別荘だったんですね。

| | Comments (0)

モネの家 追加写真集

 承前: 過去記事 モネの家 ジヴエルニー

      写真集  モネの家

 新たに、モネの家の写真集を追加掲載します。

  マイフォト モネの家(そのⅡ)

 モネが愛した日本の文化と浮世絵、当時の欧州の美学とは異なる世界を愛したのですね。彼の終の棲家である、ジヴエルニーの田舎を歩くとそれがよく理解できると思います。

| | Comments (0)

魏志倭人伝 投馬国の話

 最近、司馬遼太郎さんの『街道をゆく』を読み直しています。昨夜は、「因幡・伯耆のみち」を読み直していた。以前、出雲紀行をした時も一応、司馬さんの出雲に関する紀行文は読んで出かけていた。時折、思いだしたように、『街道をゆく』は読み直しています。

 昨夜は、気になった箇所があっつたのでメモを記します。それは、魏志倭人伝の投馬国の話です。

 (投馬国)

 邪馬台国に興味のある人なら誰でも御存知ですよね、『不弥国から水行20日、五万戸の国』が投馬国です。九州説と機内説では該当させる国は色々と説が分かれています。今回は司馬さんと林屋辰三郎先生の説になります。以下、『街道をゆく 因幡・伯耆のみち』からの引用です。p21からです

 文中に、投馬国がある。トウマとよむか、ツマとよむか、あるいはTumaとよむか、日本語の古語の音から察してTumaが、妥当なような感じがする。倭人は、この世のどこにいるのか。以下中略・・・・

 この投馬国を、津山付近に比定する説があって、林屋辰三郎博士もそのうちのひとりである。三世紀に於いて吉備国(岡山県)はすでに農業生産の高い土地だったし、吉備の中でもとくに津山付近が先進地だったと思われるから、五万戸を擁する一勢力だったとしてもおかしくはない。

 説の当否はどうであれ、古代津山の実力がこのように買われたのは、津山好きの私としてうれしいことである。ついでながら、[津山]という地名は古くなく、往古は富川(とかわ)と呼ばれ、更に奈良・平安朝の頃には苫田(とまだ)と呼ばれた。それ以前は、単に苫(とま)だったであろう。むろん、漢字は、あとで当てはめられたもので、トマという音こそ古い。

 と、司馬さんは津山紀行で述べられています。津山は奈良朝時代に美作国の国府が置かれた場所ですよね。しかし、魏の使者は船で邪馬台国を目指して航海しているので津山では山奥過ぎませんかね、疑問です。むしろ岡山平野の瀬戸内海に近い港に停泊したと考えるのが無理がないでしょうか。いずれにせよ、昔の吉備の国が苫(とま)=投馬と呼ばれていたなら、岡山県の瀬戸内海沿岸の古代の港と考えて大差は無いかも知れません。

 ところで、吉備の国は古くから栄えた場所だったようですね。ヤマト王権成立の立役者の一人ではないでしょうか。出雲と吉備はヤマトに統一王権を成立させた重要な国だったと思います。吉備は5世紀の雄略大王の時代に滅ぼされてしまいますが、それまではヤマト王権に於いて強大豪族として君臨していたと考えています。

 不思議な事に、吉備には奈良三輪山にある石上神社と同名の神社が存在する事を御存知でしょうか。 グーグルアース 石上布都魂神社

「isonokami-furutama.kmz」をダウンロード

 参考文献 石上布都魂神社

 承前: JoBlog過去j記事 石上神社と出雲

  (耳成山と吉備)

 ところで、気になる事があります。大和三山に耳成山という山が有りますね。実は魏志倭人伝の投馬国説明に於いて、官名が記述されています。『官を弥弥(ミミ)と曰い、副を弥弥那利(ミミナリ)と曰う。』

 現在の奈良の耳成山の付近の地名は今でも吉備と呼ばれている。桜井市大字吉備であります。グーグルアースで示しますと。

「sakurai-kibi.kmz」をダウンロード

 古代に耳成山が(弥弥那利)と呼ばれていた可能性はないのでしょうかね。吉備の豪族の拠点であった可能性があるかも知れません。

 

| | Comments (4)

« September 2008 | Main | November 2008 »