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韓国紀行(5) 丹陽八景

 慶州とソウルを繋ぐ小白山脈を越えるルートをバスで移動した。シルクロードの朝鮮半島の重要なルートと思います。今回の旅ではこのルートを実際に体験するのが楽しみでした。中国の燕の時代から秦王朝、漢王朝と朝鮮半島に進出しました、そして半島を南下する陸上ルートは日本列島にとり重要でした。

 ソウルが存在する漢江河口から舟に荷物と馬を搭載し遡上する、そして南漢江(ナマンガン)を南に向い遡上するのだ。馬を下ろし船を牽引させる。中国の文化・文明はこのようにして華僑と中国の軍隊により南下したのだ。南漢江の上流に位置するのが丹陽(タニャン)である。ここで、船を降り小白山脈を越えて洛東江上流にでます。

 洛東江を下ると釜山という終着点に到着するのだ。小白山脈越えて安東を経由し新羅の都にも行けます。今回の旅はその逆のルートをバスで行きました。

 マイフォト 小白山脈越え 丹陽八景

 マイビデオ 丹陽八景

 慶州から北路120キロ2時間半の高速道路で丹陽に到着する事ができます。南漢江の上流で景色が素晴らしく丹陽八景と呼ばれています。

20084korea_245  島潭三峰は漢江上流の川の中にあります。ガイドさんの説明ではこの3個の岩には面白い言い伝えがあるそうです。

真中にある大きな岩が旦那さんで、左の小さな岩が本妻さんだそうだ。しかし、子供が出来ず妾さんができて右の岩がそうですが、お腹に赤ちゃんが出来たそうだ。少しお腹が膨らんでいるように見えます。

 ホンマ面白い話を伝えるものですね、日本でも大和三山の三角関係を思い出しました。日本も韓国も発想は似てるものですね。

丹陽は石灰岩でできた土地のようですね、近くに大きなセメントの工場がありました。多分鉱物資源に恵まれた場所ではないでしょうか。丹陽という言葉から丹ですから、水銀も採掘できたのではないでしょうか。丹陽からソウルまでは200キロ3時間の距離ですね。

20084korea_255  南漢江に沿いソウルを目指すわけですが、途中の山の中では沢山の地元の人々のお墓を観察できました。

丘の端を切断して、円墳を作る構造です。このような墓が無数に眺める事が出来ました。日本のヤマト王権の象徴である謎の前方後円墳の成り立ちの説の一つに丘尾切断説というのがあります。

 バスの窓から現在も続いているこの地域のお墓はまさに、丘尾切断型の墳墓である事に驚きました。

 大陸の文化・文明が日本列島に伝播したルートは沢山存在すると思います、長江下流域から直接日本列島に到達するルートもあれば、山東半島から朝鮮半島の沿岸経由で日本列島に到着するルートもあるでしょうね。しかし、大陸から陸上で慶州、釜山まで通じるルートも重要ではないだろうか。

次回は是非、洛東江流域、昔の加羅、伽耶の国々を訪れて小白山脈を越えるルートを探訪してみたいと思います。

注:丹陽八景(島潭三峰、石門、上仙岩、中仙岩、下仙岩、舎人岩、亀潭峰、玉筍峰)

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