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2007年度ワンゲル忘年会

  久しぶりに大学時代のワンゲルの同期忘年会に出席した。毎年、暮れの30日に大阪梅田のアクテイ19階のラウンジで集まる慣行である。私は東京に住んでいるので暮れの30日は何時も関東にいるので、出席が出来ていなかった。今年は、久しぶりの参加でした。

 2007年度 神戸大学体育会ワンゲル部 昭和40年入学同期会忘年会

2007oomisokakyoto_072  梅田の八幸という河豚料理の料亭である。河豚三昧の料理でした。

しかし、何ですね、7名中2名しか大学4年間で卒業した人はいないという事実です。文科系である、私と野口さんは無事に卒業したけど、残りの人々は留年していたのだ。

白い鬚の外人の風貌の古波蔵さんは法学部なのに、8年間目いっぱい在籍し、八十川さんは大学院の入学試験に落ち留年、その他3名は普通に留年したそうだ。私が落第というと、落第ではなく留年だという。

 当時は大学紛争の真っただ中でした、誰が留年したのか判らずのまま今まで過ごしていた。そんな彼らはその後、社会にでて社長をしていたり公務員でも偉い立場をされている。大学時代は如何に充実した生活を送るかが大事なんでしょうね。

古波蔵さんは陶芸の先生をしていたり、道下さんはハーモニカを教えている講師をしていたり、田中さんは本日欠席だけど、千葉でサラリーマンを終わり造園業をしている、本当に楽しい、面白い忘年会となった。

2007oomisokakyoto_080  二次会は本岡さんの自宅に押しかけ、奥様のわかこちゃんに面倒をかけた。彼女も同期で昔1~2年間はワンゲルに在籍されており、同じクラブ仲間で本岡さんと結婚された。そして定年まで高校の先生をされていた。

道下さんは、自宅で本格的に臼でついた餅を我々に土産として持参された。そして、得意のハーモニカを演奏してくれた。ハーモニカがこんなに、素晴らしい楽器とは知りませんでしたね。船出の曲は素晴らしい感動の演奏でした。

 私の出棺の時には是非、この曲を演奏してくれと頼んだ。

道下さんはカルチャークラブでハーモニカを教えておられます。彼が出演した音源がありました、参考です。

 ハーモニカ祭り 演奏会模様音源

 何時か、昔の仲間で山に行くことが出来るように頑張りましょう。

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元糺の杜 京都魔界巡礼

 12月28日MuBlogの旦那の案内で京都魔界巡礼の第一歩を踏み出した。冷たい雨が降る京都、私は少しためらったが元気なMuの旦那に背中を押され、平安京の原点である太秦の元糺(もとただす)の杜に出かけた。

 MuBlog 木嶋神社の三柱鳥居

 マイフォト 元糺の杜 秦氏の故郷

 木嶋座天照御魂神社(このしまにます あまてる みたま じんじゃ)と長い名前の神社です。俗称は蠶(かいこ)のやしろと呼ばれています。

2007oomisokakyoto_016 Mu氏は青春時代この太秦の地で過ごされた、言わば庭のような場所だそうです。記事にこの神社の詳細について書いておられるので、私は省略しますが、ここが平安京の原点にあたる場所だと私は考えています。

 秦氏が日本書紀にでてくるのは欽明天皇の時代だそうですが、朝鮮半島から渡来したハイテクのグループであったようです。秦氏が創建した神社はこの蚕のやしろから、嵐山の松尾神社、伏見稲荷、そして多分に一族であろう、カモ氏の下賀茂神社と山背の国を築いた渡来系豪族であった訳です。

 歴史書で秦氏が有名になるのは聖徳太子さんの財政面を支えた時代です、秦河勝の時代でしょうか、日本の国宝第一号の広隆寺(蜂岡寺)の弥勒菩薩を新羅から招聘したのも河勝ではないでしょうか。

聖徳太子一族が滅亡するとともに秦氏は一時的に歴史の表舞台からは去りますが、密かに力を貯え桓武天皇の時代に強引に秦氏の故郷である、山背の国に都を移し建都する訳ですね。秦氏の御殿であった場所に御所を建設し平安時代が始まるのです。

 桓武天皇さんは禊の為にこの元糺の池まで来られたのでしょうね。その当時はこの元糺の池の三柱鳥居の場所からは清水が噴き出していたのでしょう。神聖な場所だったと思います。醍醐天皇の時代に下賀茂神社に禊の場所を移し、糺の杜となりここが元糺の杜と呼ばれるようになりました。

 次回は秦氏の葬送の場である、蛇塚古墳へと話は続きますが、秦氏が果たした日本の歴史は極めて大きいと考えています。奈良時代の大事件、道鏡事件での宇佐神社の神託も件もそうですが、時代を遡れば応神天皇の時代の秦氏の拠点であった宇佐神社も秦氏との関係が深いと考えています。

この元糺の三本鳥居を眺めていると、ここから平安京が開始されたのだという思いが強くなります、冷たい雨がふる杜を訪れ再度、平安京を見直す旅を始めたいと思いました。

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大晦日まで帰省中

 昨夜も忘年会でした。蒲田の思い出の”勝五郎”でした。

コジラを囲む美女の会とでも仮称しております。番頭はんとでっちどんが会を盛り上げる役目です。

 さて、今日は午後の新幹線で京都に帰省します、大晦日に横浜に戻る段取りです。義母の葬儀の後始末とか色々とありますが、私は暇なので京都魔界探訪をやろうと考えています。

 30日は大学時代のワンゲルの同期会宴会があり、大阪梅田で楽しい夜が待っています。久し振りに再会するメンバーが楽しみですね、再会しても顔が判らない人もいるかも知れませんね。

 大学を卒業して40年も経過しましたので、顔も身体も随分と変化したのではないでしょうか。幹事役の道下さんから先ほど電話がありました、梅田の場所が判るか?との心配の電話でした、4年間山を歩きまわった人間に失礼ですよね。(笑)

という訳でしばらく、ブログは休載しますので宜しく。

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無錫料理

2007musyaku_050 2007musyaku_056  火鍋料理です、一人ずつ鍋が用意されて好きな具材を入れて食べます。羊肉、牛肉、豆腐、野菜、どぜう、腐豆腐、つみれ、脳みそ、etc。

スープには沢山の香辛料が入ります、八角、生姜、ネギ、なんじゃらかんじゃら・・・・、そしてタレは豆板醤、にんにく、辛いもの、沢山の訳のわからん香辛料を少しずつ個人のボールに入れて食べます。

 辛めのスープを撰ぶか普通の辛くないスープか選択可能です。私は辛くない鍋を注文しましたが、辛い人は黒いスープでした。

2007musyaku_055 2007musyaku_054  羊の肉を食べるのが本流だそうですね、どうもモンゴル料理のようでした。

ハノイでもこの火鍋は食べましたが、海老とか川魚類が多くなまずとか、どぜう、そんなものが多く肉はあまり食べませんでした。

2007musyaku_048 2007musyaku_049  馬頭琴とジンギスハーンの絵が飾ってありましたので、モンゴルでしょうね。

洋服に香辛料の匂いが随分と染み込んだようでした。

2007musyaku_028  スッポンのから揚げを食べる、浦川どんです。40年前に同期入社で寮も同じで楽しい寮生活を過ごした仲間です。同じ関西系ばかりが収容された寮でしたので、関西弁が飛び交う第三市ガ尾寮の仲間でした。

その後も、仕事が同じようなベーシック系統のソフトの開発部門で楽しい日々を過ごしました。まさか、無錫で一緒にスッポンを食べるとは思いもよりませんね。

2007musyaku_036  建設中のハイテクパークですね、このような工業団地が何か所も建設中なのが無錫の実態です。

無錫旅情の世界は20年前の話ですね、急速に変化しているのが中国ではないでせうか。

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無錫から戻りました

2007musyaku_026  スッポンのから揚げとか、スッポンのスープを宴会で御馳走になり無事帰国しました。

上海の虹橋飛行場と羽田の区間は国内線と同じ程度の気軽さで往復出来るという感想です。もはや海外ではない、国内線の感覚ですよ。

2007musyaku_004  太湖です~~~。♪太湖の~~ほ~と~り~無錫の町~ちへ~

カラオケの映像で見る20年前の無錫とは雲泥の差ですね、都会になりました。高速道路は全て広く三車線が普通で完備していてハノイのようにバイクは見当たりません、全て車です。

日本企業が20年前頃から随分と進出し、無錫市は金持ちです。最近はハイテク工業団地というか特別区を三か所建設し、企業誘致の好条件をだし続々と次世代の経済圏を建設している。

2007musyaku_016 2007musyaku_017  太湖のほとりの高台にあるお寺でお茶をしました。お寺の周りは茶畑で何処か故郷を思い出す光景です。

やはり、仏教の本場であった中国江南の心静まる風景でした。

2007musyaku_014 2007musyaku_022  気温は東京より温かく、風もなくのんびりとしますね。南京豆の茹でたものと、ひまわりの種を食べながら茶をすすっていました。

今年2月に無錫旅情20周年記念行事が大々的に開催されたそうですよ。日本には友好的ななのが、この無錫だそうです。

2007musyaku_023  今回は仕事で朝から深夜まで仕事の謀殺された毎日で、余裕のない日々でありましたが、しかし疲れないのが不思議ですね。

あまり、外国という気持ちにならないのが不思議でした。

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しばらくご無沙汰します

 そろそろ、羽田に向います。今日から無錫にでかけ25日の昼に帰国となります。

虹橋空港という上海の近くのローカル空港への直行便です。

 無錫の天気

24日は雨の様子なので、傘を持参します、無錫雨情ですね。

それでは・・・・・・・。

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南米ペルーも行きたいですね

 いよいよ明日から無錫です。古い歴史を持つ良渚文明の故郷です。羽田から上海の虹橋空港まで直行便です。沖縄と同じくらいでしょうか。

この頃の無錫は雨が多いそうだ、湿度も高いそうで気温は東京と同じ程度と聞く。要は東京と同じスタイルで行けば良いという風に考えました。

 ところで、先日の忘年会で今年の連休にマチュピチュ、チチカカ湖、ナスカ地上絵を探訪された御仁から写真が送られてきた。

南米ペルー紀行写真

 チチカカ湖は標高3890メータですから富士山より高いです、琵琶湖の12倍というと太湖の倍以上なんですね。トトラという葦で作られた船に乗せてもらったようです。島そのものがこの葦、トトラで出来ている筈ですね。

一度は挑戦したいマチュピチュです。こんな高い山の上に都市を作ったのは不思議ですね。しかし、高山病で倒れる人が多いようです、健康でなければ難しいようですね。

 さて、今年も残り少なくなりましたね。皆様は年末の仕事の追い込みでお忙しいと思います、私もゆっくり今年を振り返る暇がありません。お正月が過ぎてから振り返る事にします。

 

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2007年赤とんぼ 秋合宿ビデオ

 かっちんが2007年の赤とんぼ秋合宿のビデオを個人単位で編集されています。遂に、今度ビデオ編集専用の強力なマシーンを購入されたそうです。現在準備中とか。

とりあえず、完成した数名のビデオの披露です。

 1.わこちゃん 

   コンドルは飛んで行くのテーマ曲に乗る優雅な白馬連山の紅葉をバックに飛びます。自作機ハコマクラ機の素晴らしい映像です。

  わこちゃん秋合宿動画

 2.YSさんのグライダーとCDROMモータ機

   Ysさんの傑作グライダー自作機の優雅な舞いです。

  Ysさん秋合宿動画

 3.よっちゃんのアクロ7

   素晴らしいトルクロールと突然の墜落大破、卒業写真の曲が何故かピッタリ。

  よっちゃん(ラジコン親爺)の秋合宿

 4.Joさんのフラミンゴとサーカス

   あまり上手でないJoさんのフラミンゴ機とサーカス20SR

     Joさんの秋合宿

 5.三浦さんのEPカブ機

   随分と長期間とばしている電動機体です。もう壊さなくなりました。

  三浦さんの秋合宿

 現在5人分が完成しております。オリジナルはDVDにて奇麗な画像だそうですよ。

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師走宴会 その2

2007sougi_242 師走二回目の宴会です。

新宿高島屋のクリスマスの飾りですが、14階に”天国”という天ぷら屋さんがあり、宴会でした。

 今回の幹事は現役社長なので、まめな連絡が出来ず、てっちゃんには連絡が届かなかったようです。40年前の職場の仲間の集まりでした。(オンライン大型金融ユーザ班)

 今回の話で面白かったのは、稲垣さんのマチュピチ・チチカカ湖の紀行でした。高山病に奥様がなりツアーコンダクターの完璧な対応に感心された話は面白かったです。今日、彼から紀行文が送られて来ました。私も是非行きたいと思います。5月の連休だと50万はかかるそうですが、平日なら35万円程度で行けるのではないだろうか。

 (年末に帰省するかも)

 28日頃から京都に帰省する可能性が高いです、家内が色々と葬儀の後始末があり帰省するので、私も同伴するでしょう。30日夜は大阪は梅田で大學時代のワンゲル仲間の忘年会が予定されているので、参加出来そうです。20年以上お会いしていない同期がいるので会える時に会わないとどうなるか判らない年頃です。

家内は母の後始末の用事が多いですが、私は暇だろうから今読んでいる”京都魔界巡礼”でもしょうかな~~と考えています。木幡のMu先生は年末で忙しいだろうか?阿倍晴明ゆかりの場所とか魔界を詠んだ謎の女流歌人、小野小町ゆかりの場所とか、現世と冥界を往来した閻魔大王の冥官、小野篁ゆかりの場所とか、百鬼夜行の名所、あわわの辻とか秦氏とカモ氏の魔界探訪、元糺の池、三柱鳥居、・・・・・etc.

神社の鳥居は一周忌が過ぎるまでくぐれない喪中なので、気をつけて探訪が必要です。

 さて、あさってから無錫紀行ですね、羽田から虹橋までの直行便だそうだ。

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雪灯りホワイトツーリズム

今年の夏のモンゴル紀行でご一緒させて頂いた山形県のおじさん、から皆様へのお誘いの案内が来ました。暇な人がおられましたら、如何でせうか?

 雪灯りホワイトツーリズム御案内

「h20.2.2-3雪灯りWhitePlan.pdf」をダウンロード

94b7 山形のおじさんからのご案内(御紹介)

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さて、マイタウン長井市の若者たちが2/2(土)朝に東京駅へ田舎のバスを差し向け、皆さんをロマンチックな雪国へご案内したいと言っております。
1.5万円で1泊2日の雪国の雪灯りホワイトツーリズムは如何でしょうかお誘いします!!

テルレジいいチームの皆さん、テルレジいいチームの面々は本当の独身者のみならず、今年の漢字「偽」?も堂々独身の風格でしたね。ぜひこの機会に
独身を名乗って雪国山形の風情を味わいにお越しいただけませんでしょうか。またオフィスの仲間にも声を掛けて誘っていただけませんでしょうか。

 宿は「はぎ苑」というまずまずの宿です。この企画に乗ってお越しいただいた折りには、私が日本一美味しい「中津川のドブロク」でテルレジいいチームの
皆さんを特別に歓待します。馬乳のように白くしかしとても美味しい吟醸どぶろくで歓喜(寒気?)の再開を果たせるよう「1泊2日15.000円の格安絶
品ホワイトツーリズム」に乗って(添付チラシの申込書にて申込み)くださるようにとお願い申しあげます。

(美味ドブロクを確保し特設会場を準備しなければ…と胸ワクワクです。)

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 私は北海道への旅の企画もあり、スケジュール調整中です。

ところで、今日は寒いですね。午後は高輪で仕事して夜は新宿で40年前の職場の仲間との忘年会です~~~。帰りは寒いだろうな~~。

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良渚文明 御存じどすか?

2007sougi_238  最近は新宿で仕事をしている。都庁の傍のビルです。師走の風が冷たく吹きすさぶ今日この頃です。

今日もお月さんが奇麗にでていましたね。

2007sougi_241 京王プラザホテルに懸かるお月さんですよ。土曜日からは上海経由の無錫への旅が始まります。

最近は便利で、羽田から上海のローカル空港に直行便があり、それで行きますが、一番値段が高い時期で困りましたね。

私は初めての無錫旅行になりますが、古代の呉の国であり、越の国です。青銅の鏡や銅剣で有名でした、随分と日本と交流があったと想像します。日本は呉音だし、多くの弥生時代や古墳時代の鏡や銅剣はこの無錫あたりの場所から運ばれたと想像しております。青銅は銅と錫の合金です、錫が無ければ青銅の文明は生まれませんでしたね。

 情けない無錫という”錫(スズ)が採掘し尽くされた”という意味だそうですが、漢の時代の頃までに採掘し尽くされたのでしょうか。

2007sougi_239 良渚文明について少し触れます。琵琶湖の4~5倍あるという太湖のほとりに今から5000年前に栄えた文明がありました。殷の時代です。それを良渚文明と呼びます。

 参考資料 良渚文明遺跡

 殷墟並5000年前の遺跡

 中国史は今まで黄河流域の文明に焦点があたり、長江流域の文明については軽視されてきました、しかし、最近は日本の考古学チームが加わり大きな発掘の成果を挙げています。実は長江文明の方が黄河流域より歴史が古いという研究も進んでいるようです。

 参考過去記事 長江文明の謎

 参考過去記事 三星堆・中国古代文明の謎

確かこのあたりで陸稲が栽培され、その後、水稲が開発されそれらが時代を異にするが日本に伝わったと記憶する。いずれにせよ、日本の古代史とは特別な関係にあるのが長江下流域である。

 さて、初めての上海、無錫への旅である、仕事を別にすれば楽しいですね。(笑)

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師走宴会その1

 皆様、宴会が続きお疲れではないでせうか。今日は同期4人で新橋は”魚喰呑人楽”Walk don't run で何時ものように忘年会でした。

2007sougi_236 2007sougi_235  魚を卓上で炭火焼きするんです、美味しそうな新鮮な魚でしょう。煙もうもうの中で杯を傾けるのです。

新橋はサラリーマンの世界ですが、激務のあとコンロの上で魚を焼いて食べるのも楽しいものですね。

2007sougi_237  同期の三人です、約40年間の付き合いになりますね。そうそう、今週土曜日から無錫に右端の浦川どんと出張です、又同期の米川どんも一緒です。同期三人で無錫にカラオケに行くのではありません、仕事です。

三人が太湖でおぼれないようにしないといけません。22日から25日迄、日本を留守にして激務で中国です。

話は変わりますが、この頃、富士山が奇麗ですよ。

2007sougi_230

 (追伸)

 てっちゃんが記事を書かれました。

  

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秦氏が気になる

 今日の朝刊のテレビ欄を見ると、夕方から観る番組が多くて困りますね。海外に住んでいるとせいぜいNHKの衛星放送程度ですから、日本に住んでいるのは幸せですね。朝から今夜の大河の最終回を控え、ウルウル、そわそわしてる京都方面の翁もおられる様子ですね。

 私もそうですが、一年間お付き合いした主役が死ぬ場面は観たくないものです。時折、大河は覗くことにします。トヨタカップの二試合の放送もあります、浦和の三位決定戦とACミランとボカの決勝戦は自宅から目と鼻の先の横浜国際競技場です。

 残念ながらSPで失敗し最下位となった真央ちゃんの流石のトリプルアクセル成功させての二位への巻き返し演技も観たいですね。ホンマ未だ子供なのに世界を相手に戦う姿は素晴らしい感動ですね。しかし、韓国の同じ歳の選手も素晴らしいと思います、日韓対戦の様相です。これで、二回負けてしまったけど、オリンピックでは是非、真央ちゃんに金メダルを取って欲しいものです。

 (韓国は選挙)

 そろそろ、大統領選挙が近いですね、圧倒的優位だった候補者のスキャンダルも検察は不起訴にしたらしいので、予想通りになる可能性が高いという。しかし、テロによる暗殺を随分と懸念してるそうだ、テレビ番組を観ていて、心は古代の日本で展開された大和朝廷と百済、新羅、高句麗を巡る暗闘を思い出して番組を観ていた。

 香椎の宮での突然の仲哀天皇の死、厩戸の弟・来目皇子の突然の死、古代の日本と朝鮮半島は密接な関係にあり血なまぐさい事件が多かったではないだろうか。韓国の現政権が敗れるとそのあとが怖いそうですね。さて、韓国大統領選挙はどうなるのだろうか。そして、日本は来年は総選挙となるでしょうね。

 (最近読んだ本)

 先日書きましたが、”京都魔界巡礼”と梅原猛さんの”天皇家のふるさと日向をゆく”を読んでいる。京都は地元でしたが、以外と未見の場所が多く是非”京都魔界巡礼”で記述されている場所を訪問したくなりました。日向の方も新婚旅行以来、一度も訪問していないので、梅原さんが歩かれた場所を確認したい気持ちになりました。

 昔から不思議に思っているのは、京都の秦氏の日本史での活躍の謎である。聖徳太子の財政面を一手に引き受けたスポンサーの秦 河勝が聖徳太子の死とともに歴史の表舞台から姿を消し、今度は恒武天皇の平安京遷都を実現させる力を持っていたのだが、歴史書には秦氏は登場しない。

 ある人は奈良時代末に秦氏は藤原氏になり変ったという説を述べる書物を読んだような気がする。恒武天皇の母が高野新笠という朝鮮半島の人である事が気になっていた。秦氏は丹後半島から入植し嵐山の太秦に拠点を築き鉄、土木工事、養蚕、織物、等々のハイテク集団であり巨大な財を築いていた事は確かである。新羅系、すなわち出雲のスサノオの系統である事は確かなようだ。

聖徳太子の長男の山背大兄皇子は名前の通り、秦氏のヤマシロがバックである。聖徳太子さんは新羅系統の秦氏、そして仏教を学んだ僧は慧慈さんという高句麗の僧だし、蘇我氏の百済一辺倒とは異なる財界と大陸の外交を持っておられたのではないだろうか。

 私の大好きな仏像は秦 河勝が太子さんからお預かりした国宝第一号の蜂岡寺(広隆寺)の弥勒菩薩さんです。飛鳥時代から活躍し遂に恒武天皇の時代に自分の邸宅を皇居にして遷都を成し遂げた秦氏の謎は興味が深いです。

一度は、海を渡り百済、加羅、新羅、高句麗の日本の歴史と関係が深い場所をこの目で確かめてみたいと思う。

 

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師走の新宿

2007sougi  昨日は朝から夜中まで新宿で仕事をしてしまった。街はクリスマスの飾りと何処か落ち着かない慌ただしい、師走独特の雰囲気に囲まれている。夜の街は寒い、中国から来た事業家の人と午後から夜中まで、お付き合いした。

 宴会は中華料理で久しぶりに、フカヒレスープを飲んだ。フカヒレは日本の特産品だそうで、本場中国に輸出しているそうですね。そういえば、中世の頃は俵物というナマコの乾物とか中国に輸出していたと昔歴史で勉強しましたね。

 (激流中国)

 NHKで数日前に激流中国の番組でフランス企業と中国企業の合弁会社のトラブルについての特番がありましたね。飲料メーカ、”ワハハ”のブランド所有権を巡る著作権紛争がテーマであった。単に中国市場に参入する目的で合弁を組んだフランス企業と中国側のリヤカーを引いて立ち上げ苦難の上に”ワハハ”ブランドを作り上げてきた熱血中国カリスマ経営者の衝突だった。

 外資と組んだ背景にはグローバル企業の豊富な資金力と販売のノウハウが必要だったのでしょうが、投資ファンドが保有していた2%の株を密かにフランス企業は買収し51%の株を取得して経営権を握ってしまったのだ。

 (著作権紛争)

 最近身近な人が本を出版したそうだ。世紀の著作権紛争と言われた私が38年間お世話になった会社と米国巨大コンピュータメーカとの著作権を巡る長い裁判の回顧録だ。一応小説の形をとっているが、現実に発生した事件の記録だ。著者は今、病床にあるが最後の力を振り絞りこの小説を歴史に残したいと書いているようです。

実は最初に相手企業が引き金を引いたのは1981年だったと記憶する、突然に相手の会社の人間が川崎の本社工場を訪れ当時の商務部長と同期のA君と私の三人で対応したのが大きな事件の幕開けでした。

 その後、私は1982年1月にカリフォルニアはシリコンバレーに駐在しその夏に大きな産業スパイ事件に巻き込まれた。標的は明らかに私が所属する企業でした。私は本社の企画調査部長をしていたが、道路を挟んだ向かいに事件を仕掛ける事務所が密かに開設されていた。

 (ここからは小説にします)

 突然に私のデスクの電話が鳴る、ニューヨークにいる同期の同じ事業部から駐在員事務所の幹部のC君からの電話だ。今では有名な調査会社となっている会社の米国人が最近西海岸に赴任したので、接触しろとの電話でした。実はこの米国人は産業スパイであり、盗んだ会社と司法当局と取引したと仮定しましょう。

その人を仮に、Mr.Pと呼びます。彼は何故か我社をターゲットに著作権違反の商売を仕掛けて来たのだ。

 私の目の前に並べられた資料は全て、当時の競争相手の企業の内部機密文書のコピーと調査資料である。これを買えと言う。その時私には二人の部下が同行していた、これが優秀な人材でした。

Mr.Pは競争相手の企業が密かに開発中のコンピュータの開発コードネームを言い始めた。全てが北米に連なる山脈の名前である。

 ”Mr.Pさん、私の会社を何と心得るのか?私の会社は不動産屋じゃないので、山は買わない!”

 何時かはこの小説を書きたいと思いますが、その数日後に日本の企業二社の人々がサンフランシスコ空港でFBIに逮捕される事件がテレビで報道された。

その後、半年間は生きたここちがしなかった、今回の小説を書かれた先輩は当時海外担当の取締役でしたね、急遽飛んできて会社や車や自宅は全て盗聴されている危険性があり道路を歩きながら事実関係の報告をした。

 しかし、今急発展を遂げる中国は実は海外の企業と国から著作権に関してはトラップをかけられる危険性がある。したたかな西欧諸国の企業を甘く見てはいけないとNHKの番組を観ながら昔を思い出していた。

(追伸)

 伊集院 丈 ”雲を掴め” 参考

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2007年 師走の宇治 御蔵山

 マイフォト 2007年 師走の宇治 御蔵山

 師走の宇治の御蔵山の写真です。家内の実家とのりちゃんの新しいお家と、私の姉のお家をウロウロしていました。閑静な住宅街です、教会と修道院が隣にあり修道院の森が静かな町を見守っています。目の前は宇治陵があり古墳があります。

 平安時代はこの御蔵山は藤原氏の姫君のお墓が沢山作られたそうですね。眺めがよくて、素晴らしい住宅地になっています。私の娘たちも息子もここで生まれました。特に息子の場合は私がアメリカに駐在していましたので、ここで生まれ半年間居候をさせて頂きました。

 半年後に義母は生まれて半年後の息子を抱いて家内と娘二人を連れてアメリカに来てくれました。そのことは今でも義母に感謝の念がありません。娘たちは半年間ここの御蔵山小学校に通い、完璧な関西弁をマスターしてシリコンバレーに到着しました。

今回の帰省は葬儀という悲しい出来事の為でしたが、私は炊事係として皆さんの食事を用意する立場と、庭と道路の掃除でした。不眠不休で看病をしていた家内とか三人娘さんに比較すれば楽な仕事でした。

 御蔵山商店街はまだ健全に存立しています、殆どは大手スーパーにて買い物するのですが、時折野菜などはここの商店街の方がいいものがあるようです。写真の大根などは立派なものですよね。

義母はこの庭が好きで病気になってからは、何時も眺めておられたようです。私の長女は写真にとり棺に入れてあげたようです。そして、数年前に義父が皇居で頂いた叙勲の時にも付添い皇居に拝謁できた事を誇りにされていたようです。

 これから、義父は一人で生活しなければなりませんが、近所に次女の娘さんが引っ越して来られるので少し安心です。

慌ただしくも、どこか物悲しい2007年師走の御蔵山での10日間でした。

 

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朝から冷たい雨

 遂に今日の夕方のコンチネンタルのヒューストン行きの飛行機で娘がメキシコに帰る日だ。仰山の荷物で狭い家が足の踏み場もない状況。娘は一昨日から風邪をひいたのか病院に行きレントゲン撮影してもらい、薬を飲んでいる。

まるで行商人のような荷物で、人様の為にマックのノートを購入したり、土産というか沢山の荷物に驚く。メキシコには明後日到着し、一泊してすぐにパリに向かう過密スケジュールだそうだ。若いというのは結構な事ですね。

 息子は仕事の追い込みで、毎晩1時ころにへとへとで帰宅だ、飯を食べる元気も無いほどで可哀そうだ。大倉山駅に着くと電話してくるので、食事の準備を毎日してあげている。いいニュースとしては、初めての本格的な冬のボーナスを貰ったらしい。溜まった家賃は払ってくれるのだろうか?(笑)

 この数日、娘が持参した例の、動く種(メキシカン・ジャンピング・ビーンズ)を傍に置いて眺めている。時折、カチャカチャと動くので可愛いので、面白いし、はまっている。中に蛹か幼虫がいると考えると面白くないが、種だと考えると面白い。

 (わこちゃん、おベンツを買う)

 報告によると、わこちゃんは衝動買いでベンツE300ステーション・ワゴンを購入したそうだ。新品だと700万は下らない高級車だが、中古だという。これで、赤トンボの合宿、千葉飛行会、ラジコン移動はベンツとなり、うれしい。車に見合うラジコン飛行機を搭載しないといけないだろうか。うれしいニュースである。

 同じ車に世話になる、かっちんは最近赤とんぼのビデオ編集に凝り、遂に秋葉のお店のブランドのビデオ編集専用のパソコンを購入したそうだ。多分、我が家のデスクトップ自作パソコンと同様、強力なビデオボードと死ぬほどメモリ、デイスクを搭載したパソコンではないかと想像する。

 (今日は朝から冷たい雨)

 今日はブルブル震える冷たい雨が降っている。家のバルコニーから眺める事が出来る、新横浜サッカースタジアムでは今日、遂にACミランと浦和レッズの激闘だ。昨日は遅くまで照明の明かりがつき、ACミランは練習していたのではないだろうか。

寒いサッカー場は今晩熱気に包まれ、歓声が聞こえるかもしれない。見に行きたいけど、多分チケットは売り切れだろうな~~。

 今週末の大河では多分、川中島で勘助は戦死するクライマックスが予定されている。第四次川中島の決戦である。今年の大河は面白かったし、男中心で楽しめる事が出来た。来年は女性中心の大河になるんでしょうね。

 (追伸)

 ハノイのラジコン所長は最近面白いものに凝っている様子です。

 ラジコン所長子供に還る

何回か記事を書かれています、面白そうですね。ところで、ジェットエンジンに点火したそ

うだけど、難しいようですね。(笑)

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2007年を振り返る

 今年も波乱の年となりました。

 5月末にはハノイを引き払い帰国となり、息子も琉球大学を卒業し引っ越しとなり、次女も北海道に嫁いで行くので引っ越しとなり、我が家は三か所から荷物が集まり、ゴミ箱のような状況になった。(笑)ここで、金持ちならば豪邸でも購入し荷物を集積できるのだが、金は無いしいらないものは廃棄するのみである。

 しかし、なんですね火葬場で思いましたが、人間いくら財産とか高価な物を持っていても棺桶に入れて貰えるのは僅かなものだ。金属製品はダメだし、香水とかオイル類も駄目だ。葬儀屋の話では一度、小さな香水の瓶を黙って棺桶に入れた人がいて、火葬場の窯が爆発で破損した事があるらしい。厳しくチェックされるのが現実だ。

 家内の話では私が死ぬと好きな飛行機を全部棺桶に入れてあげるというけど、無理な話だ。まず棺桶はサイズが決まっているから、スペースが無い。しかも、メカの塊だし、オイルはメタノールにニトロメタンだし火葬場のお窯が吹っ飛んでしまう。

という訳で、人間日頃から質素に生きる事が肝要であると思った。

 (沢山の旅をした)

 カンボジア、念願の憧れのモンゴル紀行、メキシコはオアハカ遺跡探訪の旅、北海道には二回も旅をし、介護で京都には何回も帰省し師走に葬儀となった。今年は動の年であったようだ。来年は静の年にしたいと思うが、さてどうなるでしょうか。

カンボジア、モンゴル、メキシコ、ベトナムと全て訪問した国々は貧乏な国ばかりだった。日本から見れば随分と経済面では遅れた国々ですが、それで幸せで無いかというとそうでもないと思った。ただ、悲惨な戦争が最近まで続いたカンボジア、ベトナムで思うのは戦争だけは得する人は誰もいないという事だ。

 訪問した国々は近代に於いて植民地化された国々です、如何に被植民地化された国の民は辛酸をなめるかという悲劇も観てきた。オアハカのミトラ遺跡の重要な祭祀場の上に遺跡の石で作られた巨大な教会の建物を見るとその現実を身体で感じる事が出来た。

 (仕事の関連)

 ベトナムでの仕事は当面続きは有りませんが、マレーシアの会社の仕事を数か月間お手伝いした。その後、日本のIT関連の会社が無錫に会社を作るというので、お手伝いをしています。現地政府、大学との協力関係があるので、人材の確保と教育に関してお手伝いが出来るかもしれない。

 還暦を過ぎてからは、自分の会社を作り仕事関係はその会社を経由でする事にしており、もう人に使われるのは嫌だ。又、責任ある立場で会社を経営するのも嫌である。自由でありたいというのが還暦過ぎてからの生き方です。意義のある仕事だけを引き受ける事にしている。

 (ラジコン関連)

 今年も三回の信州での合宿に参加出来た。飛行機関連はあまり、進化していないが、工作で指を動かしたり、飛行操作では動体視力の鍛練と指の動きで老化防止である。来年はビデオ動画の編集技術を上達させて行きたい。

しかし、今年も赤とんぼのメンバー全員が元気であったのが、幸いでした、来年も是非皆さん元気で合宿が出来るのを祈念しています。

 

 

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師走ですね

2007sougi_011  宇治のお家の紅葉も終わりの様子です。早朝に道路に落ちた葉っぱを掃除するのが日課でした。庭の掃除も大変ですね、毎日掃除をしないと庭は落葉の絨毯になりますね。

 そういえば、メキシコにでかけた時に飛び跳ねる種があるとTakeda画伯に教えて貰いました。ジャンピング・ビーンズという種です。

   (メキシカン・ジャンピング・ビーンズ)

2007sougi_015 この種に見えるものは、時折動きます。三個の種のうち一つは活発に動いていました。鍋を持ってきて逆さにして載せるとコミカルな動きをしました。

 どうやら、この種の正体は蜂のある種が樫の葉っぱに卵を産みつけコブのようになったものだそうだ。

 参考 Mexican Jumping Beans

中には蜂の蛹か幼虫がいるんですね、種が飛び跳ねるのは変だと思いました。(笑)

 不思議な事はこの世には仰山ありますが、植物の種が時折飛びはねたり、動くと不気味ですよね。娘の旅行カバンの中でこの虫が孵化すると今度は蜂になって出て来るかも知れない。(笑)

  (京都魔界巡礼)

 不思議と言えば、京都駅のキオスク風の本屋さんで”京都魔界巡礼”という面白そうな文庫本を買いました。太秦生まれの女性が書いた本ですが、これがとても面白いので帰りの新幹線は退屈ではありませんでした。PHP文庫からでていますよ、MuBlogの翁と同様に秦氏の故郷でお育ちになったそうで、三大奇祭の牛祭りとか三柱鳥居の謎であるとか面白いです。

 秦氏とカモ氏が京都を開拓した訳ですが、古代の京都を知るうえでは面白い本だと思います。是非、新幹線で旅をされる方は車中でお読みになると京都が又、面白くなりますよ。

 

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しばらくご無沙汰でした

 義母の突然の逝去にあたりしばらくご無沙汰致しました。

底冷えのする京都にてしめやかに葬儀も終わり、先ずは横浜に引き上げて参りました。娘たちもメキシコ、北海道からかけつけ息子も駆けつけ出来る限りは尽しました。

義父の喪中の挨拶状をパソコンで作り、宛名320件のデータベースを作成し昨夜全て打ち出し義父にお渡しして横浜に帰りました。

 義母の最後の瞬間は家内と妹が立ち会う事が出来たそうです、私は間に合いませんでしたが、私と娘が宇治の家内の実家に到着した時には自宅に義母はお帰りになっておられました。

この二週間程は義母の三人姉妹がことごとく尽し、髪を振り乱し阿修羅の如く事を運んでいる姿が印象的でした、お母さんは本当にいい娘たちに恵まれた幸せ者であると感じました。寝ずの看病が何日も続き、そして通夜、葬儀と大変だったと思います。

 男というものは、以外と何も出来ないもので世の娘をお持ちの方々は幸せと思います。京都は東山の焼き場に向かう道は紅葉で埋め尽くされていました。嗚咽と涙で包まれる家内とその姉妹の姿は正視出来ない悲しみで包まれていた。

親孝行の三姉妹に恵まれた義母は幸せであったと思います。孫が七人、ひ孫が一人、八人の見送りを受けての旅立ちでした。

 初七日も無事終了し、一段落しましたが残された身内にとりこれからが、悲しみがやって来ると思います。私は既に父も母も兄貴も見送った身ですが、お別れ程悲しい事はないですね、日にちが経過すればするほどそれが増すものです。

三姉妹が義母の遺品の整理を義父と一緒にされていましたが、大事にされていた写真が出てきたり、娘達の名義の保険書がでてきた時は母の何時までも気になる子供たちへの愛情を感じました。

 今日は、家内と実家をあとにし御蔵山の時計屋さんに立ち寄り、娘三人で20年前に母の還暦祝いで購入したスイス製の腕時計を家内が遺品として受け取り、動かなくなった時計の電池を交換して貰っていた。腕に合わせてバンドも切断し大事に帰りの新幹線では時計を触っている姿は涙がでたものです。

明日からは、又、元気に頑張りたいと思います。

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喪中にてしばらく休載します

 家内から報告が先ほどありました、家内は昨夜も義母の入院する病院で徹夜で看病をしていましたが、朝3時ころより容体が急変し朝7時に病院で義母が身罷りました。泣きながら憔悴しきった声でした。

長女のメキシコからの到着を待ち私も一緒に夕方、京都に帰ります。しばらくは、休載致しますので宜しくお願いします。

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エンジン機の点検

 昨夕より義母の状況が緊迫化し、京都の病院にいる家内と連絡が頻繁になった。特別の部屋に移された様子で義妹二人も付き添い緊迫した夜は通過できたようだ。私はメキシコ、北海道と連絡をとりながら日曜日に到着する娘を待ち一緒に京都に行く予定。

義母には三人の娘がおり、家内が長女でとても仲が良くお母さん思いの今時、出来た娘さん(昔)達です。やっぱ最後に頼りになるのは娘ですね。息子は頼りになりませんね。

 朝から、掃除、洗濯と忙しく、急ぎの仕事があり午前中は一生懸命仕事をしていた。中国で合弁会社を設立する仕事を助太刀しています。中国人は日本人と同じでなかなか書類にしない性癖がある、欧米人なら直ぐに話した内容を契約書の形に纏めて仕事を進めるが、どうも東洋人は言葉を大事にする性癖が抜けない。

弁護士さんを訪れたが、優秀そうな弁護士さんで一時間5万円の報酬を要求する。二人出てくるので、安い弁護士は3万5千円だから1時間で8万5千円が消えて行く。私の遺跡発掘の仕事は1時間650円だから随分と身分が違うようだ。会議中、この値段なら二人で三ツ星レストランに行けるのにな~~と、考えていた。

 と、いうわけで頭に来たので自分で合弁会社設立契約書を鬼のようになり午前中作成していた。私も40年の泥沼のキャリアーがある、米国でもFBIと対峙して仕事をした経験も無知で契約した合弁会社の解消に少し足を踏み入れた経験もある。弁護士さんは偉いかもしれないが、私も実践の経験が長いのだ。

 この歳になり時給に拘るのは阿呆みたいだけど、無性に頭にくる。だいたいコンサル業種は嫌いだ、自分は何も責任が無いのに沢山の時給を要求する風潮が欧米にある。東洋では汗を流さないと金は貰えない伝統がある。別にコンサル業の人々を誹謗する気持ちは毛頭無いし、恨みも無いし、素晴らしい人々も多い事は知っている。

しかし、若いころからこの業界に入るのだけは私は学生にも勧めていない。若いころは汗を流し安い給料でも責任を持ちがむしゃらに生産に励めと言っています。

 脱線したようですが、私の母は明治生まれ、大学を卒業する頃に男は物作りの会社に行けと言いました。今でも、母の言葉を忘れてはいない。

 (飛行機の点検)

 仕事も飽きるので、昼飯に美味しいうどんを作り、飛行機の点検をする事にした。赤とんぼの、かっちんが車で我が家を訪れ私のビデオカメラの映像を9本持って帰った。彼は今映画制作に乗っているのだ、秋合宿のビデオから一人一人の5分間の映画を作成している。

自分のカメラには自分の映像が無いから、私の記録が必要なのだ。音楽の著作権問題があるので、非公開でメンバーには配布されている。素晴らしい短編映画に出来上がっている、皆様にも公開したいが音楽の著作権の壁があります。

 そうそう、本題の飛行機の点検だ、フラミンゴのエンジンが始動しないのだ、給油関連に問題が有りそうなので、タンクを外そうとするが胴体には機材が積み込まれているので、容易ではない。何とかタンクを外そうとすると、燃料の缶をひっくり返し居間に何とラジコン飛行機の燃料が約0.5リットル程度流れてしまった。

 幸い、家内も息子も娘も誰もいない自宅ですから、必死で燃料をふき取った。ちなみに燃料とは、メタノール、ニトロメタン、潤滑油(ひまし油)、添加剤で構成されている。こいつは何でも溶かしてしまう結構面倒な奴なんですね。

 と、言う訳で居間でラジコン飛行機の修理は止めましょう。

 

 

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