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神話からみた古代人の世界

 今年はベトナムからカンボジア、モンゴリア、メキシコと歩き現地の人々と会い古代の民族移動について強く考えるようになりました。メキシコでも少数民族が一番多くメキシコでも最貧と言われるオアハカに二週間滞在し感じるところ大でした。

オアハカはメキシコ北部のテオテイワカン文明ともユカタン半島からグアテマラにかけてのマヤ文明とは異なる文明がマヤより早く紀元前800年から始まったという。

オアハカで遭遇する人々は色んな体型で色んな顔つきをした人々がおられます、本当に背の高さが1メータ50を遥かに切る小さな体格の人からまるでアイヌの人に遭遇したような顔つきと体格のドライバーにも遭遇した。概ねは、博物館で出土した土偶で見る古代のサポテカ人の顔が中心でした。

 まるで、日本列島のように古代縄文人の顔から弥生人そして、ユカタン半島のメキシコ湾沿岸には例の巨大なアフリカの黒人とそっくりな顔をした石の遺物がありますね。アメリカ大陸を新大陸と呼んだ西洋人の文明史観に自分が支配されていたが、これは嘘だと思う。

現在の私の思うアメリカ大陸の歴史は色々な民族が太古から住み着いていたと考えるようになりました。氷河期最後にベーリング海から渡り南下したモンゴリアンもいれば、三内丸山遺跡を残した紀元前6000年頃の大航海民である縄文人はアリューシャン列島に沿い北米大陸沿岸に達していたのではないか。

 また、インドネシアからポリネシア、メラネシアの芋を主食とする航海民はハワイからイースター島に達し南米北部に達していたと思う。又、アフリカから黒人は大西洋を渡りメキシコ湾からユカタン半島に上陸していたと考えるのが自然だと思います。

そのように考えるとオアハカという地理的条件を考えると、ちょうどこれらの民族が衝突する場所である訳ですね。文明は異民族が衝突しなければ新しい文明が生まれないと考えると何故、メキシコから南米北部にかかえて巨大な文明が開化したかが理解でました。

ピラミッドというとエジプトと皆さん考えるが、クフ王のピラミッドに匹敵するピラミッドから数から言うと圧倒的に中米がエジプトを凌駕している訳で、又、零の発明から文字の発明、天文学、数学の発展において中米の古代文明は世界に輝く文明なのですね。

 残念ながら近世に於いてスペインが侵攻し300年間メキシコを支配した、混血も生まれ新しいメキシコが始まっています。これはこれで、立派なメキシコ人として発展する事でしょうね。

 そこで、紀元前1万年あたりまで溯りアメリカ大陸とりわけ、メキシコあたりはどのような歴史を辿ったのか興味あるところです。日曜考古学者としてはこれから色んな文献と研究成果を調べ楽しみたいと思います。

 (神話からみた古代人の世界)

 この本は20年前に福武書店から”日本人はどこからきたかシリーズ”として出版されたものです。著者は吉田敦彦先生で当時は学習院大学の教授をされていました。その中でフロベニウスが図示した、殺された神から栽培植物が生えてくるという神話を持つ地域を世界地図で表したものに興味を持ちました。

その地図ではエジプト、チグリスユーフラテス、長江流域からインドシナ半島全域、インドネシアから日本を含む太平洋の島々から北米中部から南米中部までを含む領域でした。

 皆様もご存じ日本の神話においても古事記ではスサノオが殺したオオゲツヒメの死体から五穀が生えてきた話は有名です。日本書紀でも似たような話としてアマテラスの弟の月の神であるツクヨミがウケモチという身体中から食物を吐き出す奇妙な神を嫌い殺すのですが、同じように死体から五穀やカイコ、馬、牛などが生まれた神話があります。

このような神話が上記地域には共通して存在するそうだ。これはモンゴル民族の神話には存在しないものですね。私は海を媒介とした広大な交易路を通じて伝播したのではないかと考えます。

Image:Chichen-Itza El Castillo.jpg
Chichen-Itza El Castillo

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