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そろそろヒューストンに向かいます

 二週間のオアハカ滞在はあっという間に過ぎ去りました。昨夜夕から夜遅く迄最後のオアハカ生活をタケダ先生のお宅で過ごさせて頂いた。祭壇作りから儀式まで、大変為になる一日でした。

最後に、藤城さんの訃報に接し断腸の思いです。幸いなんとか通夜、告別式には参加出来ると思います。

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トラコルラ市場

 オアハカからバスで30分程度東にゆくとトラコルラ市場というのがあります。巨大な朝市ですが、死者の日も近いので大にぎわいでした。

 マイフォト トラコルラ市場風景写真集

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 娘が祭壇を作るのでお花を買いました。


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 チョコラテを作るかき回し棒です、よく泡が立ちますよ。

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オアハカ9日目

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 今日でオアハカに到着して9日目です、早いもので明日の日曜日が最終日となり月曜日には帰国の途につきフューストンに飛びます。今日の土曜日はブラブラ散策、昼飯を食べにでかけ、自分のTシャツを購入した。125ペソ1300円という案配でしょうか。これで、飛行機飛ばすと墜落しそうですね。


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 今日の昼飯です。娘はエンチュラーダ、4つ折りにしたトルテイーヤを揚げてそれにサルサをかけたもの。それに焼いた鳥がついている。

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 私は鳥を揚げたものです。

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 家内はトラユーダを注文しました。

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 男のトイレ判り易い表示ですね。(笑)

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 (オアハカの印象)
 メキシコというのは米国に接する北部、そしてメキシコシテイのある中央部、そして南部のオアハカ、そして太平洋に接する海岸部、そしてユカタン半島のメキシコ湾に接する部分と最後にグアテマラに接する部分に分類できるのではないでしょうか。今回は、オアハカだけですから、ほんの一部のメキシコに接しただけです。

オアハカに来て遺跡ばかり見て回る不思議な旅行者でしたが、充実した毎日でした。安いボロバスに揺られ、リュックを背に熟年、初老バックパッカーでした。幸い娘が事前にたくさんの遺跡を事前調査してくれていたので助かりました。

 こちらに来て、40年以上メキシコに在住されている画伯で教授の先生とか長くオアハカに在住されている方々と接する事が出来随分と助かりました。こちらに来て、娘が読んでるマヤ神話”ポポル ヴフ”を毎日夜読んでいました。これは日本の古事記に相当するような本ではないでしょうか。マヤの創世神話であります。

語り部が語る内容を書物にしたものですね、これを読まないとマヤの遺物や絵やマヤ文字も理解が出来ないと思います。三島由紀夫さんが推薦の書評を書いておられます。中公文庫からでています。

 (人種の疑問について)

 スペインが侵入する以前のメキシコの人種はどうだったんでしょうか。基本的な蒙古斑点がある人種ですからモンゴリアンである事は確かです。しかし、先日のタクシーの運転手さんはどう考えてもアイヌ民族というか、沖縄のおじさんのような風貌でした。

 そうかというと、背が低く1メータ50あるかどうかのような人とか、オルテイカの石像のアフリカの黒人としか思えないユカタン半島のメキシコ湾に面している古代人。そして、博物館でみた中国の耳杯から中国人の渡来という憶測、人種のるつぼのような混乱に陥っています。

今仮説としては明らかに氷河期にベーリング海を渡ったモンゴリアンはカナダの氷河が一筋溶けて開いたルートを南下したのは確かでしょうね。しかし、山内丸山遺跡を開いた海洋民族である縄文人はアリューシャン列島の沿岸を経由して北米から南米にかけて沿岸を南下した可能性があるのではないか。

また、もう一つはイースター島にたどり着いたポリネシアの海洋民も南米に到着した筈ですよね。そして、メキシコ湾へ特にユカタン半島にはアフリカから古代、人々が辿りついた可能性がないでしょうか。

オアハカで見た古代人の入れ墨と歯を抜く風習は明らかに海族、海洋民である倭人というか縄文人の遺伝子を感じました。これからは、疑問が益々大きくなりこれから比較民俗学を調べてゆきたいと思いました。

娘は今、マヤ文字に凝っていて机で私の名前をマヤ文字で書いたり、マヤ暦による占いで私が猿族であると調べてくれました。これ、結構素晴らしい運勢なんですよ。


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耳杯と想定した遺物


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 死者の日の飾り物とJO


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結婚式がありました


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 サボテンの実と訳の分からん果物です

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死者の日が近い オアハカ情景

 今月末からオアハカでは日本で言うお盆と正月が一緒に来たみたいなお祭りが始まります。先祖を祭る伝統的な地元の風習とその後のキリスト教との合体ではないでししょうか。

 マイフォト 死者の日が近いオアハカ情景写真集

 (今日も朝市)

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 おばちゃんがこねてるのはカカオとトウモロコシの粉です。それをスープのようにして氷を入れて飲みます。バナナの皮で包まれたものは、椎茸とトウモロコシの粉を蒸したタマル、タマレスと呼びます、美味しいですよ。


 
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 オアハカのサンドウィッチで、具材が山ほど並べられており、そこから具材を選びます。


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 伏見稲荷の雀の丸焼きではありません、雀よりは少し大きい鳥ではないでしょうか。以外と美味しい焼き鳥でした。


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 死者の日に備えて路上で砂で絵を描きます、カラフルで面白いですね。祭壇も展示されています。

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 コンテストがあるそうです、皆さん競い合うのですね。明日は先生の家に招待されています、祭壇を作るそうですが楽しみです。

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 これは、娘がお昼に食べたものです。鳥の唐揚げの上からチョコレートのソースがかかっています。モーレ ネグロという料理です。メキシコ料理の傑作だとか。チョコレートは甘くありません。

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 私は魚のフライを食べましたが、魚臭い匂いがありあまり食は進まなかった、けど、全部食べた。

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 イベントが街中で始まりました。しかし、昨年は暴動が起こり死者の日どころではなかったそうで、アメリカ人が軍隊に殺されたそうです。まだ不穏なオアハカなんでしょうか

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アツォンパ(Atzompa)遺跡(2)

Cimg0039_1 石切場だそうです。ここの遺跡の石材はここで切り出されたものだそうだ。逆層で石材が切り出し易い感じを受けた。


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ここも球技場の遺跡ですね、何で三箇所も球技場が必要であったかが疑問として残ります。トーナメント戦でもやったんでしょうか。考古学者の話では一日中一つの試合をやった事があるそうです。勝てば生け贄ですよね。

 肘、肩、太もも、お腹とかでゴムのボールを操作して良いが、手と足は使えない競技ルールだそうですね。凄まじい相手が倒れる迄試合をしたんでしょうね。

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これは三番目の球技場ですが、形が従来のIとかH型ではなくT字型をしていますね。これも珍しいそうです。この遺跡に3箇所も神聖な球技場が存在した事は如何に宗教上この遺跡が重要かを物語るそうですよ。
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目の前にモンテ アルバンの山々が望めます。これらの山々の峰には全てこのような遺跡が存在するそうです。発掘には100年はかかるでしょうね。

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遺跡で働く地元の人々です、現在80名程度で発掘作業を進めているそうです。考古学関係の専門家も沢山入り発掘を進めていますね。

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四隅突出型古墳のような形状をした貴族の住居跡だそうですが、四軒の家が正方形の四隅に建造されていたそうです。院生か考古学関係者の若者が入念にスケッチをしていました。頑張れ若者ですね。

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マエストロ 石工親方です、石組みの専門親方が石組みを指揮されていました。

 今回は、わざわざオアハカから遺跡の責任者が来て頂き、部下の考古学者と一緒に懇切丁寧に遺跡群を回り説明をして頂きました、心より感謝いたします。本当に、色んな質問のも答えて頂き、この発掘と整備が成功する事と大きな新発見がある事を祈ります。有り難うございました。

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アツォンパ(Atzompa)遺跡(1)

 サンタマリア・アツォンパ(Santa Maria Atzompa)という陶器で有名な田舎村があります。モンテ アルバン遺跡が存在する山の北側に独立峰として山が存在しその山全体がモンテ アルバン遺跡と同じ時代の遺跡が埋まっているのです。これを、アツォンパ(Atzompa)遺跡と呼び現在6年計画で政府は遺跡の発掘整備に取りかかっている様子です。未だ1年目にあたります。

 (地形について)
 
 オアハカ盆地は丁度Yの字を逆さにした様な平地の真ん中にあり西、東、南を山脈が迫ります。その大きな盆地の中に香具山、畝傍山、耳成山のような独立峰がモンテ アルバンであり、アツォンパである訳です。これらの峰峰にはモンテ アルバン都市国家が栄えるに従い、峰峰に神殿、球技場、宮殿、墳墓、天文台、等々の建造物が建設されたのだ。

 アツォンパ 遺跡の発掘整備は国家事業であり、目の前に位置するモンテ アルバン遺跡のグループとして10年後あたりには公開されるのではないでしょうか。今回は娘の友人のご紹介で遺跡発掘の責任者の方及び関係者の御配慮にて発掘現場を案内して頂いた。

 マイフォト  サンタマリア・アツォンパ(Santa Maria Atzompa)遺跡写真集 
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 流石に陶器の村だけありお店の屋根には陶器が飾ってあります。オアハカ市内から乗り合いのタクシーで村には20分程度で到着しましたが、道に迷い、地元の人に訊き再度、タクシーを借りてアツォンパの山を登りました。

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 タクシーで下車した場所からでも、30分程度は急斜面を登らないといけません。やっと尾根の取り付きの場所で遺跡発掘の先ず第一陣に遭遇した。指導されているに人は娘達の知り合いらしく、70才を越えたと想定される考古学者さんでした。一休みして、再度山頂を目指すのですが、急勾配で息が苦しく大変だった。

 
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 ほうら、こんなに登ってきましたよ。遺跡の発掘は本当に体育会系ですね。しかし、娘は若いのでスイスイと私を置き去りにして登ってゆくのだ。


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 先ず、女性の発掘現場の指揮者さんが案内を始めてくれました。最初の遺跡はおなじみ、球技場です。この広大な遺跡には3箇所の球技場が山の頂きに存在しました。本当に古代のこのあたりの人々は球技が好きだったんですね。

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 球技場を過ぎると次に広場に踏み入れました。遺跡の発掘チームが試掘(トレンチ)の準備をしているところです。

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 発掘責任者の若手考古学者が懇切丁寧に案内を始めてくれました。この建物跡の特徴である不思議な文様についてです。両目でこちらを睨むような文様がレンガで構成されています。建築様式はモンテ アルバンと同じだそうですね。

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 神殿跡の発掘現場です、この遺跡群では一番重要な神聖な場所だそうだ。トレンチが既に数箇所掘られている、懐かしいと思う。今でも地元の人はここで祭祀をしてる様子で鳥の羽根が散らばって異様な光景でした。

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オアハカ文化博物館

 マイフォト オアハカ文化博物館 ギャラリー写真集

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 モンテ アルバン遺跡の第7号墳墓から出土した翡翠で覆われたドクロです。遺跡では小さな貴族の墓から出土したもので、この博物館では第7号墳墓から出土した豪華な遺物で埋め尽くされています。それ程高貴な人ではないそうですから、もし盗掘されていなければどれ程豪華な出土物を我々は見る事ができたでしょうか。

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 これがモンテ アルバン第7号墳墓ですが、小さな目立たない遺構でしたね。まるで、高松塚、キトラを思い出す小さな遺構です。

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 この博物館の展示物はマイフォトで堪能下さい、帰国後詳細な説明と印象記を書きたいと考えています。実は中国の耳杯(じはい)とおぼしき遺物とか日本の埴輪にそっくりな埴輪もあり是非ゆっくりメモを残したいと考えています。

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カフェでのお昼

 博物館の見学が終わり、カフェで昼飯を食べた。
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 私はエンチュラーダを注文し、家内は娘の勧めでトラユーダでした。写真は私の注文と娘のワッフルです。

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 私のエンチュラーダはトルテイージャに鶏肉を挟んでトマト風味で煮たものです。トラユーダは写真のように、トウモロコシの生地で野菜を挟んで焼いたものです。
ここは、インターネットカフェで外人さんが多くパソコンをやりながらお茶とかお昼を食べておられました。

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 死者の日が近いので、カフェの飾りも骸骨だらけになりました。

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エルトゥーレ 最大の木

 今日はアメリカ大陸で最大の木であるエルトゥーレを見学する為に出かけた。バスで30分程度で到着出来るので比較的近場で便利です。

 マイフォト エルトゥーレの木 アメリカ大陸最大の木

 糸杉の仲間だそうですが、樹齢2000年以上で幹の周りは60メータもあります。高さは比較的低くて40メータ程度です。総重量550㌧と書いてあるが如何にして計測したんでしょうね。(笑)
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 トトロが住んでいそうな1本の木で森のようです。さしずめ日本ならば注連縄(しめなわ)が張られるでしょうね。今日はパワーを十分にいただいた。

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 アルバムを見ていただければ、面白く刈り上げられた植木がそばに有りました。可愛いいですね。

ところで、オアハカのバスは日本のトラック野郎のように、飾り立てています。廃車寸前のようなバスを使用し飾りつけています。

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 しかし、こんなボロなバスで観光地を巡っておりますよ。

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トラユーダ料理

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 写真はミサヨが食べてる、オアハカの名物料理であるトラユーダという料理です。
彼女の解説によれば、
 トウモロコシの生地を焼いたトルテイージャに豚の脂を塗り、豆の煮たペースト状のものを塗る。トマト、アボガト、オアハカチーズ、レタス等を載せて折り畳んで焼いたものだそうだ。
私も少し食してみたが、結構ヘルシーで美味しいですね。


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 スープですね、私は鶏肉スープで家内は空豆のスープです。トマト風味のスープでした。

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 私が食べたソーセージの料理です。少し辛めで美味しいですよ。

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 家内が食べたのは鳥を揚げたものです。青はアボガトベース、茶色いソースは豆のメーストのソースで甘くはありません。

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 スーパーでの買い物風景です。大きなスーパがオアハカでは一軒ありました。

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 お祭りが近いのでしょうか、骸骨のパンが展示されていました。年に一度の11月1日からの三日間の死者の日のお祭りにはパンを神棚に捧げるそうですよ。


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 ミトラで面白いので購入して食べたパンですよ。祭壇にあげるパンだそうですが、これが美味しいのですね。


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 ミトラのカフェで食べた昼食です。まずメロンパンとジュースです。メロンパンはオアハカではとてもポピュラーなパンですよ。

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モンテ アルバン遺跡探訪

 今回のメインイベントであるモンテ アルバン(Monte Alban)遺跡を訪問する事が出来た。

マイフォト  モンテ アルバン遺跡写真集
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 オアハカ市内のホテル”Rvera de Angel"からバスがでています、往復で250円程度で30分間隔で出ているので、利用して下さい。滞在時間は2時間で帰りのバスの時間は決められてしまいます。所要時間は30分程度で到着です。

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 バス停の情景ですが、メキシコらしいですね。さて、遺跡ですが紀元前500年頃から建設が始まり、オアハカ盆地を一望出来る山の上に建設された要塞都市、山城ですね。9世紀頃まで栄え人口2万人以上を抱えマヤ文明が栄える前に高度な文明を築いた場所だそうです。
中央アメリカ最古の遺跡だそうですね。遺跡は巨大でサポテカ人は山の頂上を削り取り巨大な都市を建設した。

 (球技場)

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 ヤグール遺跡でもご紹介しましたが、ローマ人のコロッセオと同じでここで石の輪にボールを入れる競技だそうですが、オアハカ近辺の球技場では石の輪が見つかっていないそうだ。博物館の埴輪で想像するとお相撲さんがまわしの代わりに、数十キロの石で出来たまわし風の物を腰に巻き、頭にも石で出来た飾りをつけ、重戦車のように相手と衝突する、両軍で無事五体満足で終る事は無いような凄まじい殺し合いではなかっつただろうか。

(大神殿、天文台)

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 遺跡のど真ん中に大神殿と天文台が存在する。天文台は他の建物と方向が45度ずれて建造されています。
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 遺跡全体は中央に大神殿と天文台を配置しそれを取り囲むように長方形で各種建造物が並んでいる。東には北から球技場、そして宮殿が立ち並び、南北に巨大な基壇が残されている、多分パルテノン神殿のような石の円柱の上に建物が建っていたのでしょうね。西側は階段ピラミッドが並んでいます。

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 有名なのは、踊る人々のピラミッドというものがある。壁面300枚の巨石石板に裸で目を閉じ、口をあけ局部から血を流す捕虜とおぼしき人々が拷問をうけた姿か、凄惨な場面である。
娘が聴いた話では心臓をえぐり取られた人が階段の上から投げ捨てられる光景があったと言う、何とも権力を維持するのは大変だったのですね。
 南の大基壇の近くには明日香の苑池遺跡のように薬草園が存在したそうだ。今でも、現地の人々はここに来て薬草を探していると言う。

 ともかく、360度盆地を見下ろす山の上に巨大な砦都市を築いたものですね、帰国したら色々と取材データを元に研究してみたいと考えています。

(追伸)
球技はコート後方からボールを腕で叩いて相手コートにワンバウンド以内で打ち込み相手が捕手出来なく、壁に当たれば得点となるゲームだそうだ。他の遺跡の球技場では丸い輪の石で出来たゴールが壁の上にあり、そこにボールが入れば高得点となるという球技場もある。
 マヤ神話ではこのゲームはぺロータ球技と呼ばれ、宗教上重要な意味を持っていたようだ。球技は対立する宇宙の力を象徴しており、太陽と月、昼と夜、闇/悪を象徴する冥府と光/生命である聖なる太陽や月との対立でもあった。ボールの動きは惑星の動きと捉えていたそうだ。
 観客は壁の上から観戦していたのだ。

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ヤグール遺跡探訪

 ミトラ遺跡の見学を終えてオアハカに帰る途中でバスを下車し、ヤグール遺跡の見学もする事になった。

参考 マイフォト ヤグール遺跡写真集

 8世紀から12世紀の頃にミステコ人の中心として宗教的建造物とか球技場、墳墓など遺跡が残っています。実際に建造したのはサポテカ人だそうです。球技場の遺跡は中米で第二の規模で有名だそうだ。

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 バス停留所から1.5キロの一本道を登ります。遺跡は小高い山の上にあります、途中の景色は素晴らしいのんびり出来る山歩きという案配です。この季節は綺麗な黄色の花とか色とりどりの花が咲き、徐々にサボテンが出現してきます。
 (明日香の猿石か?)


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 窪地のような祭祀場に明日香村の猿石のようなものがいます、ジャガーだそうですがひょうきんな顔をしています。この下は墳墓になっております。沢山の地下墳墓がこの四角い窪地にはある様子でした。
 (球技場)

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 全体が石垣の壁により建造され、上空から見るとレールの断面のような形状の空間だ出来ている。この中で球技だ開催されたようだ。勝者は生け贄にされるという。どのような球技であったか、後日、博物館でこの球技場と選手の様子を描写した埴輪を見学して概ね理解できた。

 ルフィーノ・タマヨ博物館に収納された発掘品に球技を行う人がお相撲さんのまわしのような、石で出来た重さ40キロ、50キロ程度のU字型の蹄鉄のようなものを腰につけゲームをしたそうだ。写真は別途ご紹介します。

参考 マイフォト 博物館
 参考 球技者が腰に巻く石
        その2

 

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 巨大な建物群の石の壁が残っています。迷路のようになっていますね。私は迷い、出口がわからず、壁をよじ登り脱出しました。(笑)

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 遺跡が一望出来る山の上まで登りましたが、そこにも地下墳墓があり、石室にはマヤ文字が刻まれていました。
とにかく、暑くて、空気は薄くて、サボテンだらけで、くたびれました。

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ミトラ ヤグール遺跡探訪(1)

 オアハカの東46キロにミトラ遺跡とヤグール遺跡が存在しているので、バスで出かけた。早朝6時に起床し7時頃には家をでてバス停留所に向かう。今日は日曜日ですね。

参考 マイフォト ミトラ遺跡探訪写真集
 (バス停の風景)
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 一匹の可愛いい犬が屋上から吠え始めました。こちらの風習として犬は屋上で飼うようですね。誰に吠えてるかと思うとバス停でウロウロしていた野良犬に向かって吠えている。

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 こいつなんですね。でも野良はセレブな屋上の犬に吠えたりしない。むしろ、餌をくれそうな私たちに興味がある。なかなか格好の良い犬である。とすると、屋上に二匹目の犬も登場し二匹で吠え始めた。


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 こちらの家の作りは地上から侵入するより、屋根伝いで侵入する方が簡単なんでしょうね。その理由かだと思いますが、とにかく犬は屋上にいる。


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 ミトラ遺跡の参道のお家でもワンちゃんが屋上です。

 (ミトラ遺跡に到着)
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  早朝なのでオアハカ中心部のバス停まで行くバスが来ない、遂に流しのタクシーをつかまえ30ペソ約300円も払いミトラに向かうバス停に到着。ここから約1時間半程度バスにゆられミトラに向かう。一人14ペソだから150円程度ととてもバスは安くて庶民の味方である。タクシーに乗らなければ30円程度でバス停に来れたのですがね、残念です。
 (ミトラ遺跡印象)
 ミトラとは死者の場所という意味だそうだが、どうも宗教センターとして多くの高僧が住みついた場所のようです。このオアハカの盆地を支配していたのはサポテコ人だそうで、盆地の南西に小高い山がありその上に強固な砦を築いた、それがモンテ アルバン遺跡ですね。その場所を放棄したあとこのミトラ遺跡は9世紀から12世紀の頃に栄えたようだ。平城京から平安の時代である。

 そうそう、オアハカは大きな盆地であり、到着時の印象は京都を想起させます。ぐるりと山々に囲まれ大文字があってもおかしくない雰囲気である。

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 ミトラでバスを降りて約15分程度歩くと遺跡に到着するが、一番高い場所の重要遺跡の上にスペイン人は教会を建設した、サンパブロ教会である。それでも一部破壊を免れた遺跡は残っている。見事なモザイク群である。
連続幾何学文様と何か意味のある文様が見事に残っていた。

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 (ミトラ遺跡の世界観)
 遺跡の祭祀センターの壁面に残された見事なモザイク画は多分、彼らの世界観を現している筈ですよね。曼荼羅である筈だと思う。多くの研究者達がすでに解明しているのでしょうが、日本に帰り興味のある所から調べる積もりです。先日の宴会でオアハカにもう40年以上の長期に渡り永住されているTakeda画伯のお話では、このミトラ遺跡とヤグール遺跡は是非見て下さいと言っておられた。


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 (生命の石柱)

 南の中庭の地下墳墓に入ると、生命の石柱とよばれる柱があります。この柱に抱きつき両手の指先間の距離が残りの寿命を現しているそうだ。短い方が長生きするという。横穴式石槨の前に墓を支えている石柱です。

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オアハカ 下宿先だよ

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 中庭があるスペイン風の建物ですね。大家さんがいて何軒かのお家が集合している下宿先ですね。大家さんにカステラの土産を持ち挨拶にでかけた。庭は綺麗に整備されています、花が一杯のお庭で鳥が沢山来ます。

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 チャヨーテという瓜科の野菜だそうです。キュウリに似て食用だそうですよ。
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オアハカ 朝市風景

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 朝市にでかけようと誘われでかけた。下宿から歩いて15分程度の丘の上に立派なフランス国旗が掲揚されている石作りの立派な教会があり、その近くで朝市が開催されていた。写真は、甘く無いチョコラテ アトーレという飲み物を食べました。カカオとシナモンととうもろこしから出来ています、泡がたっています。オアハカ名物だそうです。
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 タマルも食べたよ。鶏肉と玉ねぎとチリ、青とうがらし、とうもろこしの生地をとうもろこしの葉で包んで蒸した古代マヤ時代から伝わる料理だそうですよ。
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 チョコラテ アトーレですよ。泡がたっていますね。


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 これストローですよ、細い竹で出来ていますよ。

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蓮の花ですよ、美しいですね。

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Cimg0065_2韓国人がやってる屋台のピザですよ、娘いわく値段が少し高いそうです。
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メスカル飲んだ

 先生のお家に招待されました。ライオンみたいなわんちゃんに出迎えをうけた。

参考 マイフォト 宴会編写真集
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  ライオンみたいな犬ですね、チャウチャウという名前だそうですね。とても人ナツッコイ犬です。

昨夜のパーテイではメキシコのこの古都オアハカ名産のメスカルを沢山飲ませてもらいました。竜舌蘭の根っこから作るのですが、テキーラと同じ製法です。けど、このメスカルのテキーラはメスカルと呼ばれるそうだ。20年ものとか壷に大事に保存されたものも頂いた。

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大根も植えておられました。鯛を焼いて大根おろしで食べました。

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 コーヒーの木もありコーヒー豆ですよ。


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 沢山の人々が集まりパーテイが出来るそうです。焼き物を焼く窯もあれば、バーベキューを焼く窯もあれば、贅沢ですね。素晴らしいアトリエでした。

 今屋上でタバコを吸っていたら、蜂鳥がお花に来てホバリングしてました。小さな鳥ですね、初めて見ましたよ。
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 追伸

メスカルの製造方法についてYouTubeで紹介がありましたので、飲み助の方は本文のメスカルをクリックして下さい。竜舌蘭 も見れますよ。

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無事到着しました

 まる二日かけてオアハカに到着しました。昨夜はヒューストンで一泊し、飛行機でも一泊したので二泊して到着です。

ヒューストンからは小さなジェット機で二時間でメキシコ湾を横切り到着です。噂のゴキブリハウスに到着です。今晩宴会だそうです。Cimg0024


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小型の飛行機ですね、初めてメキシコ湾を眺めました。メキシコの上空を飛び到着。娘が出迎えです。
オウムとワンチャンが屋上にいます。うるさく吠えるのです。暑いですね。

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しばらくお休みです

 明日からメキシコに行きます、2週間オアハカで滞在する予定です。先ず、米国のヒューストンまで直行便で向かい一泊します。そして次の日の朝にメキシコのオアハカに直行便で入る予定ですね。

 出来れば、現地から娘のパソコンから報告が出来るかも知れませんが、マックは使った事がないので、期待しないで下さい。

それでは、暫く御無沙汰致します。

(帰国後の予定)

 ・11月3日は恒例の上野の森の紅葉狩り音楽会。けんた&あとむのお家でのパーテイですね。

 ・11月9日からは信州、岩岳での赤とんぼ秋合宿です。今回は、山小屋がスズメ蜂に占拠されている為に山小屋近くの宿舎で挙行される模様です。

 飛行機で12時間でヒューストン、夕方の便ですから機内で一泊して日付変更線を通過しヒューストンに昼頃に到着し、ホテルで一泊します。あくる日の早朝の便でオアハカに向かいます。合計二泊して辿り着く訳ですね。ホンマ遠方ですね、これが南米だとまだ10時間程度は必要でしょうから、まだましと考えましょう。

という訳で、ゴキブリの巣窟とおぼしき娘の下宿先にゆきますが、蟻も沢山おるそうです。日中は帽子にサングラス、28度程度か夜は急激に温度が下がる砂漠性高山気候だそうです。それでは家の掃除も完了したので、成田に向かいますかね。

 しばらくのご無沙汰、皆様も御達者で。

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方格規矩神獣(四神)鏡 入門

 卑弥呼の時代を解明するのに重要な遺物として鏡がありますね。考古学者、歴史学者、多くの先輩諸氏は弥生時代から古墳時代に埋葬された墳墓より夥しく出土する鏡の分析をされてきたようです。今日はその中で卑弥呼と重要な関連がありそうな、方格規矩神獣(四神)鏡についてメモをしたためます。

 参考資料 青龍三年銘 方格規矩四神鏡

 この青龍三年銘は重要な年号であります、二か所で出土していますが一つは私の住んでいた枚方のお向かいさんの高槻の安満宮山(あまみややま)古墳とYsさんの故郷である丹後半島の京都府峰山町・弥栄町の大田南5号古墳から出土しました。

この青龍三年という年号は魏の年号であり西暦235年にあたります、卑弥呼が魏に使いを出した4年前の年号であり卑弥呼が魏より貰い受けた鏡の可能性が高いという訳です。

 (鏡の入門編)

 実は最近 来村多加史(きたむら たかし)先生の”キトラ古墳は語る”NHK出版を読み詳しくこの方格規矩神獣(四神)鏡について理解を得ました。先生は中国歴史博物館で長年の研究をされた古器物学の権威の孫機氏が書かれた”漢代物質文化資料図説”を元に解説されています。

拡大図を見て下さい、真ん中が飛び出ていますねこれは鈕(ちゆう)と呼びひもを通すところで手に持つか鏡台に縛るところです。この鈕を囲むように四角の区画がありますね、これを方格と呼びます。

 方格の内側に丸い模様(半球体文様)が12個線に沿って並んでいますね。その間に十二支の文字が配されています。写真では左下に申(さる)、左中に酉(とり)、左上には戌(いぬ)の文字が確実に判明しますね。

十二支の方角は子が北、卯が東、午が南、酉が西にあたります。この方格を囲む円の中にT,L,Vの二重線で描かれた文様がありますね。方格の左の真ん中に接してT型の文様が見えませんか、その先に円に接してL型の文様、其のまま円を下に辿るとV文様がありますね。

 これは曲尺やT字形定規ににた文様という事で規矩文(きくもん)と呼ぶそうですよ。西洋の学者はTLV文と呼ぶそうだ。T字形文の左右には丸い文様これを乳と呼ぶが、これが四方で八個、方格を取り巻いている。

TLV文と八乳の間には様々な鳥や獣が描かれている。先生の書かれた本で孫機氏のデザイン画では寅の位置に青龍、巳の位置に朱雀、申の位置に白虎、亥の位置に玄武がおあります。しかし、この写真では申の位置には鳥としか思えない模様だし、巳の位置もよく判明出来ない。もっと判り易い写真が無いか申し訳ないです。

 しかし、申の下には一角獣らしきものが見える。これは孫機氏の説では麒麟だそうだ。鏡背文は全体として四神と麒麟をあわせた五霊を表現したものだと論じる。円形文様の外側には吉祥文の記された銘文帯がめぐります。その外にギザギザの鋸歯文(きょしもん)と雲文が鏡の端をめぐる。

以上が概略の方格規矩神獣(四神)鏡の概要です。実はこの文様は陰陽五行思想の曼荼羅であると言う。古来中国では圭表という観測器具が存在したそうで、圭とは地面に横たえた物差しで、表は垂直に建てられた八尺の柱だそうだ。結論から言うと古代の君主が祭祀した状況をこの鏡が表しているという。

垂直の柱で夏至、冬至といった観測をしたそうで、農業国を治めるには必須であったようだ。

 

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オアハカへの旅 明後日

 そろそろメキシコはオアハカへの旅が明後日に迫った。

   参考 グーグルアース(オアハカ) 予めグーグルアースをインストール必要です。

「OAXACA.kmz」をダウンロード

地球上の場所で言うと、中米ですね、グアテマラに近い場所ですね。緯度でいうとベトナム中部とかバンコクあたりの緯度でしょうか。高地(1500メータから2000メータ)である為に冬でも日中は28度と高温であり、夜は6度程度に低下する過酷な場所です。

 紀元前5世紀から紀元後9世紀頃まで栄えたサボテイカ族の文明が開化しオアハカの高地にモンテ・アルバン遺跡を残した。日本で言うと弥生時代から平城京の時代まで栄えた街であるという。これは世界遺産だそうですね。

 参考 グーグルアース モンテ・アルバン世界遺産

「monte_alban.kmz」をダウンロード

Montealban2  既に娘が4か所程度の遺跡を調査してくれているそうですが、日中は気温が高く帽子は必須だそうで、日本から美味しい飴を持参しろとの事です。メキシコの飴は美味くないと言う。ついでに、抹茶アイスクリームを食べたいので、抹茶を持参しろと指示が飛ぶ。(笑)

 連日、娘から日本から持参して欲しいリストが届いていますが、食い物が主体ですね。おとうさんのお好み焼きが食いたいから、粉末海苔とか、おかかとか、ソースとか家主と大学の先生への土産でカステラを持参しろとか、豆入りせんべいとゴマ入り煎餅とかホンマ買出しで東奔西走ですわ。

 ゴキブリ退治のコンバットは既に購入したが、娘の話では昨日7匹退治したそうだ。ホンマ難儀な場所ですね。ゴキブリは世界中で活躍しているんですね。それに、荷物と言えば娘がアマゾンで多量の本を注文し我が家に連日到着し担いで行かねばならない。

 私が旅をする場合に事前に現地の事は調べないのを原則としています。先入観で現地を見たくないのと、現地を訪問して自分の目と耳と肌で感じるところから調べるのが私のやり方です。さて、マヤ文明に影響を与えたオアハカとはどないな場所か人々なのか、楽しみです。

 (閑話休題)

 ・昨日世界戦で反則をしたボクシング世界戦の挑戦者親子に制裁が発表された。私も実はテレビで観戦していました。これは挑戦者がチャンピオンに反則するのは如何なもんかと思っていたし、親子の今までの言動は如何なものかと感じていた。

 そして、昨日からマスメデイアは一斉に彼ら親子を責める報道を始めている、誰が彼ら親子を作ってしまったのか?と思いますね。マスメデイアの皆さんではありませんか?彼ら親子をあおり、商業主義に走り、派手なパホーマンスを行い煽ったのは誰だと言いたいです。勿論我々にも責任はあるでしょうね。

最近のマスメデイア報道姿勢に対して少し疑問がありました。批判ばかりが目立ち、建設的な意見を探ろうという姿勢が少し欠如しているように感じていました。

朝青龍の事件はどうなったんでしょうね。最近はモンゴル通信が途絶えて久しくなりました。モンゴルの秋景色はどないな按配か知りたいと思っていたのに、ホンマ熱しやすく冷めやすい日本人の典型がマスメデイアでせうか。

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昨夜夜8時の異常アクセス現象

 昨夜の怪現象

 昨夜の夜8時に異常なるアクセスが一時間ありました。

アクセス推移

アクセス数の推移がわかります。

アクセス数: 2,072 (前日値:768)
訪問者数: 1,529 (前日値:112) 前日のグラフを表示
21
6


48
7

9
2
11
6

1,427
1,408

54
39

13
5


15
5


 棒グラフの1400件アクセスの時間帯が昨夜の夜8時でした。

昨夜の8時頃は私はMuさん、ほかもどりさんと同様にNHKの大河ドラマを観ていましたね。何事が起ったんでしょうか不気味です。

訪問者数とページアクセスがほぼ同じですから、何処かで私のブログが一時的に

紹介されたんでしょうか。

 昨夜の変化と言えば、赤とんぼ関連の吉本風動画をYouTubeで公開された記事を再掲した程度なんですがね。

 昨夜の大河では諏訪の姫と今川の軍師雪斎が死ぬ場面でした。雪斎は第二次川中島の戦いを仲裁した直後の死でした。信玄と謙信は5回に渡り戦ったというがこの二回目の犀川の戦いは200日に及ぶ長期戦だったようだ。

 当時の戦闘員は百姓も兼務しているので如何に二国は背水の陣であったかが判る。兵站の長い武田軍は食糧補給に於いてピンチであったと想像できる。やっと今川家の仲裁で助かったとみるべきでしょうね。

しかし、諏訪姫も確か20代で死に息子がまさか武田家を継ぐとは思いもよらなかったでしょうね、しかしその勝頼も非業の最期を遂げるのが歴史の非情なところです。

雪斎が死ぬ場面で人質だった家康が登場していました、この家康がその後滅亡した武田の武士団、赤揃え部隊を抱えて覇者となってゆく。

 第4次川中島の決戦でこの大河ドラマは終わるのでしょうかね、勘助の死後も主役がいないのでは続ける事は出来ない。今更ながら信玄がその後、最強の軍団を率いて上洛途中に死ななければ歴史は大きく変わっていたでしょうね。

 

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赤とんぼ '07夏合宿動画記録

過去記事

 2007年夏合宿 始末記(1)

 2007年夏合宿 始末記(2)

 2007年夏合宿 始末記(3)

 2007年夏合宿 始末記(4)

 2007年夏合宿 感想編

 さて、赤とんぼの、映像記録担当のかっちんが2007年夏合宿のビデオ映像をYouTubeで公開されました。ぜひお楽しみください。

 (2007年 夏合宿映像記録 YouTube)

・合宿記録(1) Ysさん自作プロポ&joエスパー最悪&ミニフォックス

・合宿記録(2) joナツメグ初飛行

・合宿記録(3) わこちゃんクリステインイーグル初飛行

・合宿記録(4) 岩ちゃんプレーり飛行

・合宿記録(5) Ysさんグライダーと自作プロポ

・合宿記録(6) 山小屋管理人 プレーり飛ばす

・合宿記録(7) わこちゃん池ポチャ騒動

・合宿記録(8) よっちゃんトルクロール模範演技

合宿記録(9) 三浦先輩 珍演技?

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千葉フライト2007/10/7 追加記事

 千葉フライト2007/10/7に関する記事の追加です。赤とんぼでは現在非公開のYouTubeで動画を収録中ですが、先日の千葉飛行会の私の操縦する飛行機に関して一部期間限定で公開します。コンテンツ所有者と編集責任者はかっちんどのです。

 jo君のスカイローバ(Sky Rover)初飛行

 jo君のCIRCUS20SR機初飛行 と、かっちんとのランデブーフライト

 スカイローバもサーカス20SRも無事に飛行した模様が収録されていますね。サーカスはエルロンの効きが悪く、途中で修正処理を行ったが未だ完璧では有りません。ロールに入るのに切れ味鋭く入れません。サーボを取り換える積りです。

ランデブー飛行はとても難しいですね、お互いの機体の性能を揃えないといけないし、もっと練習が必要と思いました。

 (追加)

 わこちゃん クリステインイーグルちんたら飛行

 かっちん セダクション飛行

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'07夏合宿の思い出 ナツメグ

 2007年の夏合宿では私のモータグライダーであるナツメグ機が飛行しました。

 過去記事 ナツメグ

 本格的なモータグライダーは初めての経験です。リポ電池3セルにブラシレスモータを搭載し強力なモータで上空に持って行き、モータを停止させサーマルを探す飛行形態です。上昇気流があればモータが無くとも何時までも、トンビのように飛行してる事が可能になります。

この分野の飛行機はYsさんが詳しく、夏の季節には上昇気流が豊富に発生しているので、グライダーを飛ばすにはいい季節なんですね。特に栂池高原のスロープでは上昇気流が沢山発生していますので、グライダーも楽しめるのですね。

 カッチン公開ビデオ YouTube Joさんナツメグ栂池で飛ばす編

 一応成功しましたね、しかし機首部に60グラムの重りを搭載しないとバランスがとれない状態であり、まだまだ未熟な飛行機の製作となりました。

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新横フライト2007/10/14

Shinnyokoflight20071014_006  今日は久しぶりに三人揃い新横で早朝フライトを実施した。朝7時にわこちゃん、かっちんと集まり飛行会を開催した。

 わこちゃんはEPPのベアキャットを持参した。勿論電動機であります。かっちんは二機持参です、スカイローバとミニフォックス機です、全て電動機ですね。私は、モータグライダーのナツメグとスカイローバ機での参加でした。

 マイビデオ 新横フライト2007年10月14日その1

「shinnyoko-flight2007-10-14.wmv」をダウンロード

 マイビデオ 新横フライト2007年10月14日その2

「shinyoko-flight2007-10-14-2.wmv」をダウンロード

 かっちんのビデオには面白い場面が沢山あると思います。そうなんです、今日は散々なめに会いました。

 ・わこちゃん ベアキャット墜落少破

 ・joさん    モータグライダー墜落大破

 ・かっちん   ミニフォックス 緊急着陸

 どうも三人が新横に集まると墜落事故が多いですね。何でやろ?と思います。かっちんがjo機の墜落現場のビデオを収録していますので、YouTubeで見れると思います。かっちん、今日のビデオ公開して下さいね。(笑)

かっちんのビデオが公開されました。

 ・新横フライト 2007/10/14 その1

 YouTube 動画

 ・新横フライト 2007/10/14 その2 Shinnyokoflight20071014_008

 YouTube動画

この動画は必見ですね!如何にラジコンというものが、体育会系であるかが判ると思います。日曜日の早朝からわこちゃん、かっちん、御苦労でした。

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もうすぐメキシコ

 メキシコはオアハカに出かける日が迫りましたね。娘は勝手に本やら、食料品をインターネットで注文し横浜の我が家にどんどん到着している。私と家内は担ぎ屋にならねばならないらしい。ゴキブリが毎日二匹は出没するそうなので、コンバットを持参してくれと言う。ホンマえらいとこに行かねばならんようですね。

 (納豆菌)

 どうも娘はメキシコで納豆を食いたいらしく、納豆を現地で製造したいそうだ。そんな訳で納豆菌を持参しろとの話だ。注文した納豆菌は今日封筒に入れられて到着した。

 (株)成瀬発酵化学研究所
  176-0001 東京都練馬区練馬2-18-7
  電話 03-3994-3939 FAX 03-3991-1788
納豆菌一袋720円で40キロの大豆を納豆にする事が出来るそうだ。レシピも同封されていた。一度に耳かき程度の納豆菌を使用するそうだ。ホンマ出来るんでしょうかね、メキシコでトライしますので、報告を楽しみ?にしていてください。

私は作った事は無いですが、たしか茹でた大豆を稲の藁に包んで温かい場所に保管すれば自然に藁のなかにいる菌で納豆が出来る筈ですよね。田舎のお百姓さんはまさか、納豆菌を購入して作りませんよね。黄門さんで有名な水戸には昔、先輩の大島さんが支店長をされている頃訪問しました。

 水戸は納豆で有名な場所で、小粒の納豆を藁で包んで駅でも販売されていましたね。懐かしいな~~と思い、時折購入しました。

 参考 水戸納豆 天狗納豆

 (納豆の思い出)

 私は生まれも育ちも関西、北河内郡大字招堤村ですから納豆というものには馴染が無かった。小学校に入学する前ですね、4,5歳の頃に母に連れられて東京の叔母さんの家に特急つばめに乗り遠征した事がありました。

家は上大崎という所だったと記憶にありますが、早朝に納豆を売る人がいました。これは、関西人にとり異文化との遭遇でしたね。藁に包まれた納豆を販売しているのです、関東の人は朝食には必ず納豆を食べる風習があることを知った。

 (ビートたけしは納豆で育った)

 ”菊次郎とさき”というテレビ番組がありましたね、子供のころのビートたけしさんの家庭を描いた素晴らしいドラマでした。朝食の場面が何回も何回も映し出されていましたが、皆さん箸で納豆の糸を切りながら食べていました。これは、関西にない光景です。

 納豆を食べる地域は関東、東北だそうですね、何故関西から西の方面では普及しなかったのか興味のあるところですね。納豆にも塩納豆と糸引き納豆の二種類があるそうですが、塩納豆は大陸から平城京の時代に伝播したそうですが、糸引き納豆の歴史はどうやら関東、東北にあるようです。

私も、息子も娘も納豆は好きですが、家内は納豆と漬物だけは決して食べません。あの糸を引くネバネバは見ただけで寒気がするそうです。(笑)

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Flamingo10sr二号機 完成

Flamingo10sr_001 Flamingo10sr_003

 フラミンゴ10SR二号機が完成した。今回は主翼は1号機の生き残りを利用しているので、正確には胴体だけが2号機である。小型の飛行機の製作は意外と難しいのです。内部の収納スペースが小さいので、コンパクトにメカ類を搭載しなければならない。

 サーボモータも小型の高価なサーボを搭載している。JRミニ、マイクロサーボ参照。長年ラジコンを趣味としていますので、自宅には山ほど部品が揃っています。ですから、新たに買い物をしなくても、ボーナスがでなくても大丈夫な訳です。(笑)

 ロッドと言うサーボモータの動力を尾翼のエレベータやラダーに伝える連結棒も金具も昔の墜落した飛行機の残骸を管理していますので、それを長さの合うものを探し流用するので、工期が著しく短縮出来るのです。(笑)

2005_05050014

 こいつは1号機で2004年に飛ばしていたフラミンゴですね。エンジンは規格外のOS FS30というでかい4サイクルエンジンを搭載し失敗しました。機首部が重くて尾翼に100グラムの重りを搭載しなければ重心が合いませんでした。

且つ、写真でお判りのようにメダカのようにお腹が膨れていますよね、バッテリーをこんな後ろに搭載しなければなりませんでした。

 今回の心配ごとはこの古い安物のOS15LAエンジンがちゃんと回ってくれるかが心配ですし、先ず点火するかが心配ですね。早速バルコニーでエンジンの回転テストをするつもりです。

(追伸) エンジンは始動しました、しかしマフラーを締め付けていた1本のボルトが振動で外れてしまいました。

Flamingo10sr_004 これは不時着した写真ではなく、植木の上に乗せて写真を撮影しただけですから、お間違えの無いようにお願いします。

小さな飛行機は飛ばすのが難しいです、僅かな誤差が大きく影響しスピードがでますので、コントロールには神経を使います。中型のスタント機の方が簡単だと思いますね。フラミンゴは4チャンネル制御方式でエンジン、エルロン、ラダー、エレベータの遠隔制御で飛行させるのです。

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鉄道模型とロボット

 最近、急に文学老青年が何を思ったか鉄道模型とロボット製作の趣味に芽生えたようだ。還暦も過ぎた御仁は赤いちゃんちゃんこを着て子供に戻ってしまったかと推測している。

 (Muさん関連記事)

 ・ロボットが立ったよ!

 ・昭和の鉄道模型を作る!

 どうもロボットのキットには9個のサーボモータがついているらしい。基盤もついており、パソコンと繋げてプログラムしてこのサーボモータを駆動し、動作させるようだ。動画を見てると確かにロボット君が立ち上がりましたしたね。

この世界は今後確実に趣味の世界として大きな広がりを見せるのではないかと、予感しますね。マイコンをロボットに搭載し、パソコンを開発環境として組み込みソフトを開発する訳であるから、大学の生徒に実学を勉強させるには絶好のモデルである。

 実業の世界では情報家電と呼ばれるもの、自動車産業、ありとあらゆる分野でこの組み込みソフトの開発が脚光を浴びている。パソコンまたはサーバでソフトを開発し、ダウンロードして実行させる仕組みです。言語はJAVA及びC♯あたりが多いのではないでしょうか。

 昔はアマチュア無線が若者の趣味として流行した、秋葉原のジャンクショップを歩き、部品を集め無線機を製作する。私は30歳を過ぎたころからアマチュア無線を始めたが、それでも友人達とアンプとかアンテナとか安定化電源の制作を行い無線の楽しみを味わった。それが、パソコンの普及と携帯電話の普及により今や廃れてしまった。

 このロボットをコンピュータで制御する世界は無限の広がりがある世界ではないだろうか。今、家電メーカさんも通信業者さんも情報家電には大きな市場を見込んでいる筈であり、老若男女が簡単に新しいアイデイアで面白いものを試作すれば、企業は飛びつくかもしれない。趣味と実益の世界も可能かもしれない。

 (鉄道模型の世界)

 昭和のレトロな世界が展開されているようですね。鉄道模型の世界は私は全く知識が有りませんが、ラジコン飛行機の世界でいうスケール機を製作するジャンルではないだろうか。ライト兄弟の飛行機をスケールダウンして制作するとか、第一大戦の頃の戦闘機をスケールダウンして制作し飛ばす人々が世界中でいます。

 鉄道模型では如何に、正確に再現しスケールダウンさせるかが勝負なんでしょうね。小さな蒸気機関車なんて本当に面白いでしょうね。しかも、それを製作するとなると並はずれた制作技術と知識が要求されるのではないでしょうか。

趣味の世界は道楽であり数寄者の世界です、あまりにも度が過ぎると破滅する危険を秘めています。そのあたりの按配をちゃんとしないといけませんね。(笑)

 鉄道好きと言えば、小学校からの友人で中学、高校と首席で卒業した小寺君という古い友人がいますが、彼は殿山第二小学校に一緒に通っていた頃から汽車や鉄道を眺めるのが趣味でしたね、大学卒業後その趣味がどうなったのか、不明です。会社に入り、仕事仲間になった”ふろく”さんも鉄ちゃんです。

 (終りに)

 還暦過ぎて新しい趣味の世界を見つけると多分、第二の人生がとても豊かになるような気がしますね。数年後には現役を引退するでしょうから自宅で濡れ雑巾とか、濡れ落ち葉とか言われずに黙々と鉄道模型の製作やロボットを開発し場所がなくなれば、広大な家を買い取り家の中で機関車を走らしてしまう。あ~~考えただけで、怖い世界のようですね。(笑)

ロボットの開発では新しい言語を開発し、開発環境を広く世界に販売しアイデイアと特許をメーカに売り飛ばし巨万の富を獲得し、死ぬ前には秦の始皇帝のように地下宮殿を建造しありとあらゆるロボット技術の粋を集めた、始皇帝も驚く地下世界を作り、友人のjo君だけにこっそり中身を教え、史記を書かせる。

 面白い話でしたね。(大笑)

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Flamingo10sr 胴体制作途中

Circus20sr_kansei_025  フラミンゴ10SRの胴体の制作が始まりました。バルサを組上げフレームを始めとする重要な部分は航空べニヤを使用しエポキシで接着する。それ以外は木工ボンドを使用して接着する。

例えばエンジンマウントはヒノキ材にエポキシで接着する。右サイドスラストとダウンスラストがあるので、間違えない事が重要です。エンジンの取り付けは電動ドリルで穴をあけボルトで締めますが、ナットは緩み防止で二個のナットで締めます。

今回は古いエンジンですが、OS15LAを搭載しタンクは120CCのタンクを搭載しました。タンク下部には飛行機の受信機とサーボモータを駆動する電源となるニッカド電池を搭載します。

 ノーズギア、メインギヤを装着する為にヒノキ材に電動ドリルで穴を穿ち差し込みエポキシで固定しネジで固定してゆきます。フィルムを被覆してから取り付けた方がフィルムを被覆する時にやりやすいので、固定するのは被覆後になります。

Circus20sr_kansei_028  これからの作業はサーボモータの搭載作業を行います。私は機材の積み込みをすべて終了してから、フィルムを被覆する方法を採用しています。それに、上部はプランクされていませんね、サーボと尾翼のエレベータ、ラダーのリンケージを行う作業は上部プランクされていない方が作業がやり易いのですね。

 来週木曜日18日からはメキシコに出かけてしまいますので、其れまでには完成させる予定です。

 (参考 かっちんの フラミンゴ)

 かとさんのフラミンゴ(いい見本)

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Flamingo10sr 制作開始

Circus20sr_kansei_022 Circus20sr_kansei_023_2  テトラのキットであるFlamingo(フラミンゴ)10srの制作に取り掛かりました。実は写真の主翼だけが残っており、胴体は墜落時に大破し破棄された。

そこで、今回は再度、キットを購入し胴体を製作し主翼は昔のものを利用する考えです。前回はOSFS30の4サイクルエンジンを搭載して飛ばしていたが、今回は地球に優しい、騒音の無いモータを搭載する予定だ。

 過去記事 マイフォト フラミンゴ初飛行

2005_05050024

 今回は電動機に改造であります。小型のエンジンである10仕様であれば十分にモータで廉価に実現可能である。ブラシレスモータにリポ電池もしくはニッケル水素電池で可能ですね。

 (合宿が危機にある)

Image002  今日の朝の山小屋管理人の話によれば、岩岳の”ちんぐるま”山荘にすずめ蜂が巨大な巣を作ってしまい、使用不可だそうだ。地元の消防団、役所に届けても始末はしてくれないそうだ。せっかく年に三回、女房から逃れてのんびり出来る合宿なのにこれは困った事である。(笑)

 確か信州では蜂の子は好んで食用にされると聞いているが、誰か始末をしてくれる人はいないのであろうか?老齢者揃いの赤とんぼでは、相手が強豪である”すずめ蜂”に立ち向かう事は出来ない。ハイテクを駆使しても万が一の事があるので、我々には無理である。

さて、どうなりますやら審議がこれから始まります。

(謝罪)

 YouTubeの画像を掲載しましたが、私のミスで自分のパソコンでは観れたのですが、一般的には観れない仕様でした、公開されるまで関連記事は休眠させます。失礼しました。

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夕焼け空 2007/10/8

Circus20sr_kansei_016 Circus20sr_kansei_017 Circus20sr_kansei_018 Circus20sr_kansei_019 Circus20sr_kansei_020 Circus20sr_kansei_021  

 刻々と変化する冨士を眺める我が家のベランダからの夕焼けです。この時点では富士は見えませんがその後、富士の姿が現れました。

秋から冬にかけて富士山が奇麗に見え始めるのですが、今日の夕焼けは見事でした。

 マイビデオ 夕焼け空2007/10/8ベランダ

「yuhi2007-10-8.wmv」をダウンロード

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鶴見川 秋気配

Circus20sr_kansei_010 Circus20sr_kansei_011  鶴見川で早朝、モータグライダーを飛ばそうと出かけたが、風が強く安全のために中止した。堤防は秋の気配が漂いススキに覆われていた。

草むらを歩くと赤とんぼや虫達も沢山もうすぐ寒い冬が来ると予感してか忙しそうに動き回っていた。

 (散歩道)

Circus20sr_kansei_013 Circus20sr_kansei_014

Circus20sr_kansei_015

 何時もこの散歩道をチャリに飛行機を乗せて通過するが未だ緑が残る風情である。鶴見川に沿い奇麗に整備された歩道が続いています。紅葉の季節にはこの道も枯れ葉の絨毯の道となります。

 (昨夜の風林火山)

 昨夜は三国同盟、甲斐の武田、相模の北条、駿河の今川の同盟であった。史実がどうであったか知りませんが、少し調べてみましたが北条家の資料にだけ残っているそうですね。大名三人が集まったかどうかは不明だそうだ。それより、雪斎の周旋で行われたという盟約の場面で約定を焼き、その灰を酒に入れて飲むという風習は初めて見た。

雪斎という禅宗の坊さんのアレンジだから、中国故事に習っているのだろうか、それとも戦国時代の風習なのだろうか、判らない。多分、私の見解では密約に属する契約形態であり形にあるものは残さないが約束を三名の身体の中にしまい込むという意味と解釈したが、判らない。

 古来、盃を交わすとか、神前で同じ水を飲むとか、結婚式の三三九度とか約束の時は同じものを飲むのですね。中国では牛の耳の血を飲むそうだ。紙に約定を書いても神に捧げなければ意味がないのですね。

 (越後の景虎の脅威)

いち早く上洛し天皇、将軍家に拝謁した景虎の先見性のある戦略は今川家にとり先を越された行動であり、いち早く上洛したかったのでしょうね。だから、後顧の憂い無しの策が必要で雪斎の三国同盟が必要だったと解釈できますね。

 今川義元が桶狭間で討たれていなければ、歴史はどう動いていたでしょうか、信長の旧勢力を排除した新しい国の形は延々と到来しなかったかも知れませんね。しかし、越後の景虎は戦争が上手なだけでなく経済的には当時の物流の大動脈である日本海航路を抑えたからでしょうかね。

 (古来の戦法)

 大河ドラマを若い人は観ないかもしれないけど、鶴翼の陣とか魚燐の陣、雁行の陣、車掛かりの陣、等々古代中国の戦法が登場しますので勉強になる事もあるのではないでしょうか。現代の企業でも国際外交においても色んな局面で今なお色褪せない戦法であり組織論でもあると思います。

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千葉フライト2007/10/7 快晴

 久しぶりに早朝から快晴である、朝6時半にわこちゃんの車が我が家に到着した、荷物を積み込みかっちんの家に向かい一路、千葉を目指した。

Circus20sr_kansei_007  今日のわこちゃんの飛行機は電動機二機である、ビデオで紹介します。

 マイビデオ わこちゃん飛行機

「chibaflight20071071.wmv」をダウンロード

珍しく二機とも元気に飛びました。わこちゃんも上達したもんですね。この前の夏合宿で栂池の池に墜落したクリステイン・イーグルは元気に飛んでいました。

 マイビデオ かっちんのSky Rover初飛行

「chiba_flight20071072.wmv」をダウンロード

Circus20sr_kansei_009

 朝自宅から機体を持ち出す時に尾翼を破損してしまい、現地で応急手当をしてのフライトでした。最初はラダーの動角が少なく緊急に着陸させましたが、田圃の中で長靴で回収作業。二回目からは無事に飛びました、私のSky Roverとも二機同時に飛行しましたね。素晴らしい楽しいランデブー飛行でした。

 マイビデオ 岩ちゃんヘリ飛ばす

「chiba_flight20071073.wmv」をダウンロード

 岩ちゃんはアミーゴを飛ばしました、最近は色んな芸をするのですが撮影が難しいので簡単な飛行の模様だけを記録しています。完全に引退されテニスと奥様と登山とラジコンの生活ですね。楽しそうでしたね。差し入れ御馳走さまでした。

 マイビデオ かっちんセダクション飛ばす

「chiba_flight20071074.wmv」をダウンロード

相変わらず見事な演技を見せていました、最近はサイドスリップの練習をしてるそうですが、なかなか上手にはいかないようです。けど、すぐにマスターするでしょうね。

 ところで、私の飛行機ですが、CIRCUS20SRの初飛行も無事終わり、スカイローバーもかっちんと二機でランデブー飛行が出来たし大満足の飛行会となりました。

Circus20sr_kansei_005 Circus20sr_kansei_006

 Circus20sr_kansei_008

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北海道 道南の旅(8) 江差旧家

 前回は江差追分についての記事を書きました、今回は旧家のご紹介です。江差には現在代表的な旧家として近江商人である中村家の豪商の旧宅と網元の横山家が残っています。

 (中村家)

 マイビデオ 中村家ご紹介(1)

「esashinakamura_house.wmv」をダウンロード

北前船で商社として活躍した商家のようですね、海岸に面して細長く建造されており、入口には番頭さんが並ぶ帳場があり、奥には土蔵の建物があり、海岸側には船から荷物を積み下ろす搬入口があります。

 マイビデオ 中村家ご紹介(2)

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 蝦夷地を開拓した商人は近江商人ですが、松前藩と連携し蝦夷地の産物を上方、大阪、京都に搬送し、逆に関西から米、味噌、醤油、酒、衣類といったものを持ち込んだ。では、何故近江商人なんでしょうね。

 ルーツは信長の安土の楽市楽座にあります、商人が近江八幡に集まり、商業のプロが生まれたのではないでしょうか。京都の古着を東北で売りさばき暴利を得たそうです。敦賀の港から陸路で琵琶湖に北前船の荷物を運び、水路で京都、大阪に運んだそうだ。その後積み荷を陸路で運ぶのは手間がかかり、北前船は瀬戸内海を回るルートになったそうだ。

 小樽は江差のニシンの回遊が北上し小樽に移った頃から栄えたのですね。近江商人の故郷である近江には小樽と同じく明治時代に彦根高商(現滋賀大学経済学部)が設置された事でも如何に商業が盛んな場所かが判りますね。

Hottskaidoudounannotabi_176  (横山家)

 網元の旧家も残っています。ウナギの寝床のように海から陸にかけて細長い家のつくりです。巨大な土蔵を抱え当時の栄華をみる思いですね。

 マイビデオ 横山家界隈紹介

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Hottskaidoudounannotabi_174 Hottskaidoudounannotabi_175

 函館から現在では陸路で1時間半くらいで江差に立ち寄ることが可能です、是非一度は函館に行かれた時には立ち寄られては如何でしょうか。

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北海道 道南の旅(7) 江差追分

今回は函館から山を越し日本海側に足を伸ばし江戸時代から明治にかけて北海道でニシン漁と北前船で繁栄を極めた江差についてです。

 江差町ホームページ

 グーグルアース検索 江差地図

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 皆様もご存じですね、江差追分で有名な場所であり、江戸時代からニシン漁と北前船で繁栄した蝦夷地最大の商業が繁栄した場所でした。榎本武揚達はこの拠点を抑える事は経済を抑えると考え江差総攻撃をかけたのですね。

 残念ながら歴史は江差沖で軍艦 開陽丸は座礁沈没しました、今は港に復元されていますので、観光する事は出来ます。エサシとはアイヌ語だそうで、昆布という意味とか。昆布がとれたのでしょうか、それより松前藩を支えた鰊は江戸時代この地では魚へんに非のつくりで書いたそうで、米に匹敵するものだったそうですね。

 (民謡 江差追分)

 江差と言えば民謡 江差追分ですね、赤とんぼの山小屋管理人さんはてっちゃんと同じで北海道生まれ育ち、若い頃は三味線を習い民謡に凝っていたのを思いだしました。今回は江差追分会館を訪問できましたので、少し江差追分について記事を残します。

 江差追分会館 紹介ビデオ1分

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 この民謡のルーツは現在の軽井沢あたりの馬子が唄っていた馬子唄が北国街道を経由して越後の国に伝わり越後追分となり、北前船で日本海を北上し蝦夷地で繁栄を極めた江差にたどりつき江差追分として独自の進化を遂げたと解説されていました。

 江差追分楽譜と解説1分

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 この楽譜は何と判りやすい、歌いやすいビジュアルな楽譜でしょうか!面白いのはクルンと小文字のエル(l)のように面白い表現ですね、これは裏声に変化するところでしょうか。クラシックのバイオリンをやっている息子に相談すると、”おもろいね、歌い手さんには判りやすいかもね”、という話でした。

 江差追分 前歌です

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 江差追分 本歌、後歌です

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CIRCUS(サーカス)20 SR完成

Circus20sr_kansei_001  サーカス20SRが遂に完成しました。

ハノイで作り始め主翼の骨組と胴体骨格を作成した時点で帰国となり制作途中の儘放置されていました。設計図も紛失してしまいましたが、何とか完成させる事が出来ました。

Circus20sr_kansei_002  エンジンはOS FS30 4サイクルエンジンを搭載しましたが、本当はOS 25FXの2サイクルエンジンの方がパワーもあり最適エンジンと思います。しかし、最近は騒音の問題もあり4サイクルにしました。パワー不足かも知れません。

Circus20sr_kansei_003  サーボモータは4個搭載しました、主翼エルロン制御に1個、ラダー、エレベータ、エンコン制御に各々1個で4個となります。標準的な小型機のスタント練習機の装備ではないでしょうか。

低翼の完全対称翼ですから背面でも安定して飛行可能でしょうし、各種演技の練習には反応がいいと思います。

Circus20sr_kansei_004  テトラのキットから制作しましたが、この会社のキットは間違いがないので有名ですし、良心的なキットと思います。私のように上達はしませんでしたが、長年ラジコンに親しんでいる人間なら設計図無しで制作可能ではないだろうか。

主翼は標準ではゴムバンドで固定する仕様ですが、ウイングボルトで固定してもいいかと思い飛行状態を見て変更するかもしれません。

 今週末の千葉フライトで初飛行を行い、状態を見たいと思います。気がかりはオイルタンクの吸い込み口のチューブが少し長くて、演技をした時に瞬時に重りが動いてくれるかが心配です。昔のバレリーナに搭載していたオイルタンクを其のまま再利用した。

 フィルム被覆は少し、スーパーチップマンクに似せて被覆デザインしてみました。

 参考 スーパーチップマンク記事

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急に寒くなる今日この頃

 11月の気温だそうでそろそろ、シャワーではなくてお風呂に入りたい気分になりますね。今月18日から二週間程度メキシコのオアハカに行く予定があります。長女が今そこでメキシコの大学4年生として生活を始めたのでチェックに行きます。(笑)

娘からは現地での発掘現場の写真を送付してくれました。

Oahakaiseki1 Oahakaiseki2  私も知識は有りませんが、世界遺産に登録された遺跡で有名だそうですね。モンテ・アルバン遺跡とかミトラ遺跡とか随分と歴史のある古都だそうです。

紀元前500年頃から800年頃まで栄えた街だそうですが、今から楽しみにしています。

Oahakaiseki3 Oahakaiseki4 Oahakaiseki5  メキシコという所は、美術面でも結構面白い場所だそうで、娘が魅惑されている様子です。彼女は随分と昔からメキシコに出かけたり、長期滞在をしていましたから、美術を専攻する人々には魅力の国だそうです。

今回の旅行では、マヤ文明とか中部アメリカ古代文明に触れるのが楽しみです。

 考古学と言えば、最近邪馬台国近畿説では有力な場所である纒向(まきむく)遺跡で重要な発見が二点ありましたね。

 (木製仮面出土)

 参考ニュース記事 纒向(まきむく)遺跡で仮面出土

 (紅花花粉大量発見)

 参考ニュース 紅花花粉纒向(まきむく)遺跡で発見

この紅花というのは考古学上極めて重要だそうですよ。原産地はエジプト方面だそうで、ミイラの布を染めていた原料だそうです。シルクロードを伝わり中国に伝播したそうだ。日本では藤の木古墳で紅花花粉と顔料が出土したのが一番古いとされていたが、卑弥呼の時代に既に中国から伝播していたとは国際交流が既にこの場所でされていた実証になるそうです。

 現在は山形県で紅花は有名ですが、古代では中国は呉の国(長江下流域)から染色技術、薬品として伝わったという。紅花から染色する技術と藍の染色技術が伝わったらしい。藍とは染色材料を総称する呼び名だそうで、紅花は染色材料として呉藍(くれあい)と呼ばれ、その後”くれない”(紅)と呼称されたそうですね。

そういえば、冠位十二階で最高の位の人が着る服は紫ですね、これは藍で染めて紅花で再度染めると紫になるそうです。貴重な材料だったのですね。卑弥呼はんは紅花で製造した紅の口紅をしていたのかもしれませんね。

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北海道 道南の旅(6) 元町異国情緒

 神戸、横浜、函館ともに三大夜景と呼ばれ、且つ元町という地名の場所が存在し洋館が立ち並び異国情緒が漂う場所があります。坂道があり眼下に港が見えるのが共通事項ではないでしょうか。

 マイフォト 函館 元町異国情緒

Hottskaidoudounannotabi_170 八幡坂は有名で映画、テレビドラマでは撮影現場となるそうです。港町には坂が多いのはサンフランシスコもそうですが、友人の言によると良港は水深が深くないと駄目で、概ね山が迫った場所になるそうです。

 神戸で学生時代を過ごし、30年近く横浜で暮らし、数年間サンフランシスコ界隈で暮らし、何か港のjoと言われそうですね。

 元町界隈案内 参考Web

Hottskaidoudounannotabi_168 Hottskaidoudounannotabi_169  バラの庭園を持つ旧イギリス領事館は落ち着いて休息できる場所ですね。75年間もここにイギリスの国旗が掲揚されていたそうですが、今も記念館として保存され国旗が掲揚されていました。

 そういえば、ペリーが来て日本で最初に開港したのは下田と函館でしたね、戦前までは函館山は軍事要塞が築かれており民間人は立ち入り禁止だったそうだ。あの山から狙われると軍船といえど太刀打ち出来ませんね。

 (旧函館軍事要塞について)

 日露戦争に備えて建設された永久要塞であった函館要塞についてメモを残します。

以下読売新聞2007年9月21日、文化欄より抜粋です・・・・・

 標高334メータの函館山に築かれた軍事施設とは、御殿山第二砲台、薬師山砲台、千畳敷砲台、立待保塁、入江山観測所、穴閒観測所、電灯所、発電所、火薬庫、官舎など50ヵ所にのぼるらしい。全山に絶妙に配置され16門の28センチ榴弾砲(りゅうだんほう)で湾内に侵入した敵艦に備え、上陸を許した場合は8門の15センチ臼砲と4門の9センチカノン砲で迎え撃つ構えだったそうだ。

 しかし、射程が短い為にロシアのウラジオストック艦隊を補足しながら、みすみす津軽海峡を通過するのを許す結果となり、函館要塞は函館港自体を守る事は出来たが、港の機能を維持するという本来のの目的は果たせなかった。

 従い、昭和初期に津軽海峡を挟む北海道と本州の計5か所に射程の長い砲台が設置され函館要塞も津軽要塞として再編されたそうだ。結局、函館要塞は一発の射撃もせず、砲撃の被害もない”沈黙の要塞”として1945年の終戦を迎えた。とあります。

 マイビデオ 函館、元町租界地気分

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Hottskaidoudounannotabi_153  (高田屋嘉兵衛の立像)

司馬遼太郎の「菜の花の沖」の主人公・高田屋嘉兵衛の立像がありました。淡路島の貧乏な家庭に生まれた嘉兵衛は北前船で財をなし、函館を拠点に択捉航路を開き、函館の北洋漁業の基を築いた功労者ですね。

 ゴローニン事件に巻き込まれ、帝政ロシアと交渉し一触即発の戦争の危機を救った外交手腕が評価されていますね。

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北海道 道南の旅(5) 函館夜景

 来年サミットが開催される洞爺湖をあとに函館に向かった。大沼公園を通過し函館へ、そのまま函館山に登り夜景を満喫した。中秋の名月の一日遅れの9月26日であったが、満月の光が海に輝き、イカ釣り舟の漁火が所々に光り幻想的な光景であった。

 マイフォト 函館夜景、五凌郭

Hottskaidoudounannotabi_113 神戸の夜景は学生時代に大学のキャンパスから楽しんでいたが、函館の夜景は美人のスリムな姿のようなアクセントが効いた美しさがある。上品な美しい景色だと思った。

折しも中秋の名月である、直線に光の道を海面に描き素晴らしい景色で感動した。

 マイビデオ 函館夜景 名月編

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Hottskaidoudounannotabi_132  (トラピスチヌ修道院)

子供の頃の思い出は姉達が北海道旅行すると、必ずお土産にバター飴とかクッキーがトラピスチヌ修道院のものが有りました。同時に阿寒湖の熊の木彫りとマリモが定番だったと思います。

この修道院は娘が住むフランスのブルゴーニュにある修道院が本家だそうで、明治時代に修道女8名が渡来し設立した歴史ある修道院なのですね。西洋版の尼寺といえば判りやすいでしょうか。

Hottskaidoudounannotabi_138 Hottskaidoudounannotabi_147

 (五凌郭)

蝦夷地まで敗走し共和国を建国しようとした榎本武揚と土方歳三の思いはいかばかりか。江差総攻撃で開陽丸は江差の港で座礁沈没した、今回の旅では江差で復元された開陽丸を遠望できた。

Hottskaidoudounannotabi_144 Hottskaidoudounannotabi_145

 司馬遼太郎の小説ではこの戦いで華と散った土方歳三は官軍に向かい”新撰組 副長 土方歳三と叫び切り込んだ”そうだ。幕府はこの函館戦争を最後に終わりを告げたのですね。

そして明治が幕を開け札幌、小樽が北海道の政経の中心として発展してゆくのだ。

 函館というと自由が丘の”八甲田”のママさんの生まれ故郷と聞いています、今は連絡船もトンネルに代わり観光地として存在しているのでしょうか。朝市は楽しい思い出になりました、カニ、サケ、イカと新鮮な海の幸を味わうことが出来ます。

(追伸)

 マイビデオ トラピスチヌ修道院

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 マイビデオ 五稜郭

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 マイビデオ 函館朝市

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