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伝説のフライト記事 コメント

  わこちゃん記事 伝説のフライト

 日本企業が国際化を本格的に始めた頃ではないだろうか。1979年4月とあるので、約30年程度昔でコンピュータの会社として国際化に乗り出した頃である。日本市場では何とか生き残りができそうな状態になり、海外市場にも視点が向ける余裕が出来た頃ではないでしょうか。

 ドイツの名門であるジーメンス社は古く古河鉱業の時代より関係があったらしく、合弁で冨士電機を創設したと記憶する。その後、富士電機は子会社として富士通信機製造株式会社を創設し、電電公社の下請け企業として交換機や電話機の製造を開始した。

 私が入社する頃に富士通と社名を変更し、本格的にコンピュータ分野に進出したが、依然として社章はジーメンスのSと古河のfを組み合わせた紋章であった。要は、ジーメンスと我々赤とんぼが何故出会う事になったのかの歴史的説明した次第です。

 1978年当時は山小屋管理人も私もわこちゃんも企画部という部門に属し、親分の古河課長と当時海外営業担当の課長の小島さんが獲得したジーメンス社との海を超えた取引が始まったのだ。二人の先輩諸氏は英語が喋れるが、我々は入社以来プログラムとラジコン飛行機しか作成した事がなく、急遽英会話の勉強を始めた頃でした。

 このあたりの事情は、赤とんぼホームページの沿革を参照してください。

 (当時の幕張事情)

 当時は今のように開発が進んでいなくて、ラジコン飛行機を飛ばすのには十分なスペースが存在した。問題は海に墜落すると回収は不可であった。何人かは大事な飛行機を海の藻屑とした経験を持っている。

 今は海外企業と一緒に仕事をするのは珍しくないが、当時の草分け時代のコンピュータ業界では珍しかったのである。蒲田の居酒屋、”早乙女”で山小屋管理人が幹事となり英会話教室を開いたり、アマチュア無線の受験の為の夜間学校を開いたり、何事にも積極的にとり組んだ。

 (20年後に再会する)

 6か月間、蒲田で過ごした彼らと別れ、20年の時間が経過し、真冬のミュンヘン空港に降り立ち彼らの会社を訪問した事があります。数名の生き残り兵がまだ会社にはいたのですね。懐かしい思い出が駆け巡った記憶があります。

わこちゃんが、引っ張り出してきた30年前の当時の記録は今では、笑えるものですが、当時は一生懸命に外国人とコミュニケーションをしようとしていた姿が甦り、涙がでる思いであります。

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京都での休暇

 5日間京都に帰省していました。墓参、友人との再会、庭の草むしり、虫退治の薬撒き、不動産物件の視察への同行、飯炊き爺さんの仕事、食糧の買出し、親戚への挨拶、等々と意外と多忙な日々が続いた。

今回の帰省は新幹線の”こだま”を利用する3時間半の旅で京都を往復した。各駅停車の新幹線で停車する度に、二台くらいの”のぞみ”に抜かれてゆく、イライラは禁物です。現役時代なら何か同僚後輩に抜かれて行くような気分になろうが、今はそんな気にはならない。

 しかし、新幹線の料金はもう少し安くならないのだろうか。年老いた両親を京都に持つ家内とその連れ合いのjo君は大変です。夜行バスも一度は試してみたが、還暦を過ぎた身には厳しいのだ。

 (墓参は炎天下)

 宇治に住む姉と旦那はんと私と三人で長尾にある墓参りをした。炎天下での草むしりは厳しい、汗が顔からしたたりおちる。昨年はハノイに赴任する前のお盆に墓参したが、無事に帰国出来たことを報告した。年に一度の墓参しか出来ていないが、やはり年に一度は父と母と兄貴の墓参りをしないと気が済まない。

 (Muの旦那と鳥せい)

 炎天下に御蔵山に来て頂き、伏見の鳥せいで優雅な昼食をご一緒させて頂いた。豪華なコースを御馳走になってしまった。テーマは邪馬台国と卑弥呼はんである。何時果てるとも判らぬ会話が延々と続いた。しかし、邪馬台国論議は江戸時代から続いているテーマでしょうが今だ続いていますね。

 (高校時代の友人と再会)

 あだ名が馬という、馬ずらの親友と久し振りに再会した。場所は梅田のがんこ寿司。白髪が混じりやはり歳はとったようだ。高校時代に彼はワンゲル部で自宅に帰ると近所の道場に通い柔道で健康を維持していた。その後3浪して大学にゆき5段まで柔道は昇りつめた。

高校時代に約束した事があり、引退したら東海道をヤジキタ道中をやろうと話した記憶がある。お互い覚えていた。彼との最後の山行は私が大学を卒業する年に二人で遠征した利尻富士と旭岳である。それ以降、山には二人で登っていない。

懐かしシリーズ(3) 卒業旅行

 (庭の草むしりと虫駆除)

 真夏の草むしりは厳しい、灼熱蒸し風呂、蚊が植木の中には仰山いるので、辛い作業である。家の周りに虫駆除の薬を撒き汗だくの作業であった。

ともかく、夏の京都は大変でした。

追伸:

 そうそう、帰る間際に義母が先年不慮の事故で亡くなった弟さんの遺品でギターがあるのでjo君が気にいれば持ち帰りや~と。物置になっている部屋に駆け上がりギターを見つけた。もう40年以上は昔のギターだ。彼は、銀行の専務まで出世したようですが、日本山岳会に所属し世界、日本の山を歩いた男であった。

 会うと何時も、鼻歌を歌っており、どうみても銀行の大幹部とは思えない気楽な山男でした。実家の納屋の天井を修理中に天井が抜けて落下し、打ちどころ悪く死亡した。山男がである。思い出は、幾つかあるが私の一家が新横浜に転居した時に彼は運悪く遭遇し引っ越し荷物の整理の手伝いをしてお帰りになった。

 思い出が多いギターを頂き、錆びついた弦ではあるが大事に新幹線で持ち帰った。

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しばらく帰省します

 本日より、京都に帰省していますので、御無沙汰となります。

暑い京都に帰るのは大変ですが、しばしのんびりしてきます。皆様も残暑には気をつけて下さい。

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千葉フライト2007/8/26

Chibaflight2007augst_001 Chibaflight2007augst_002  早朝の千葉フライト、朝5時起床、5時40分わこちゃんのお迎え到着、かっちんを拾い、千葉着7時である。既によっちゃんは到着しており飛行開始。

 わこちゃんは新作機、米国の通販会社経由のキットから制作しました、農薬散布用に米国で使用されてる飛行機のキットです。何とかトレーラーという機種だそうだ。

 初飛行映像 動画「chibaflight2007augst_020.avi」をダウンロード

Chibaflight2007augst_012 Chibaflight2007augst_013 わこちゃんの飛行機にしては珍しく、奇跡のように完璧な初飛行でした。どうしたんでしょうね、日頃の努力が報われた感じでした。

翼は長めですが、翼巾が狭いので難しいか?と、予想したが以外と素直な機体でした。

Chibaflight2007augst_004 Chibaflight2007augst_005 Chibaflight2007augst_006 Chibaflight2007augst_007 かっちんのミニFOXですが、これは前回の岩岳の合宿で飛びましたね。今回も見事な演技を見せてくれました。

Chibaflight2007augst_008 Chibaflight2007augst_009 Chibaflight2007augst_010 Chibaflight2007augst_014 夏草が生い茂る草原状態であり、滑走路は使えません。バッタ、トンボが舞い飛ぶ世界でした。

 フライト風景動画2「chibaflight2007augst_015.avi」をダウンロード

 フライト風景動画3「chibaflight2007augst_016.avi」をダウンロード

 フライト風景動画4「chibaflight2007augst_017.avi」をダウンロード

 フライト風景動画5「chibaflight2007augst_018.avi」をダウンロード

 フライト風景動画6「chibaflight2007augst_019.avi」をダウンロード

 楽しいフライトも朝の9時には終了し、ラーメン餃子を食べに行き帰宅は昼前でした。

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遊牧民を考える

 今回のモンゴル紀行に於いて初めて遊牧民の世界を知見した。さて、歴史を振り返るとこの人間世界は自然環境で生かされている訳ですが、概略三種類の生かされ方をしているのではないでしょうか。

先ず一番目は狩猟漁労により生きてる民族。二番目は農耕により生きている民族、三番目が遊牧により生かされている民族となる。現在は産業革命以降、工業生産による第四の工業製品を創造する事で生きているのが先進国と呼ばれているが、しかし食糧は依然として三種類の分類が基本となっているのではないでしょうか。

 (遊牧民の特徴)

 年間降雨量が400ミリを超えないと農耕は出来ないそうだが、乾燥地帯では遊牧の発明により人間は生活できるようになった。野生の羊、馬、ヤギ、牛、ヤク、ラクダを飼育することで、乳を得、発酵食品の発明でチーズ、酒、バターを食糧とし毛皮でテントとか衣服も得、羊の毛からは暖かいフェルトの布地を得るのだ。

 土地は砂地であり夜露で生きる僅かな草しかない、従い沢山の動物を養うには移動して草を求めねばならない。そして、沢山の人々が一か所に集まると生きてゆけないので、拡散して生活する。家族単位でグループを形成し最少単位である落を形成する。それが何個か集まると部と呼ばれる大きなグループとなる。それを束ねるのは氏らしい。

このあたりの詳しい話は15年前に学生社から発行された”騎馬民族の謎”という本で陳舜臣さん、埴原和郎さん、林俊夫さんが詳しく解説されています。ご興味のある方は図書館で探して下さい。

 考えてみると、この生き方は人間生活で必要なもの生産してくれる生きた工場をひきつれて循環型の閉じた生産方式で生活するという極めて自然に優しい生き方ではないだろうか。多くの化学繊維は石油から製造しているが、こちらはもっと上等な羊毛であり、カシミヤであるのだ。(笑)

 戦争の時に一番重要なのは兵站と言われる、食糧の供給路である。しかし、モンゴル軍は羊や馬やヤギを引連れて戦争に行くわけだから兵站はいらない。(笑)又、農耕民族は馬を得ても発想は農耕に役立つ馬の使い方である。そこから発想される馬の使い方は戦車である。戦車での馬の役割は車を引っ張る動力の役割しかあり得ない。

 遊牧民にとり馬は家族であり、ともに意思が通じ合う仲間なのだ。特にモンゴル馬は優しいらしい、騎馬に乗る場合でも軽装騎兵として馬に負担をかけない、ただスピードと自由自在の運動能力を発揮させ人馬一体となる。西洋の13世紀の騎兵は重装騎兵であり鎧兜に鉄の長い槍を持つ、馬はしんどい。(笑)第二次世界大戦初期の日本の零戦は考え方がモンゴル騎兵に似ている。

 (モンゴル気質)

 痩せた土地に放牧している落、部の各生活単位は広大な土地で散らばり生活している。彼らは牧草地を求めて移動する時にリーダが必要となる。しかも、そのリーダの役割は確実に彼らを適切な牧草地の方向を教え指示する事らしい。

かのチンギスハーンも落の首長から部の首長に登り、氏の長になったそうだ。彼らはヨーロッパを支配し最後に漢民族の世界を征服した。彼らの意識としてモンゴル人が一番偉くて次がし色目人(西洋人)、そして金の遊牧民(豚も飼育する)、最後が漢民族だったらしい。

 陳舜臣さんの説では中国を支配した異民族は多くが漢民族の文化を受け入れ同化したが、モンゴルの元王朝だけは全く同化しなかったそうだ。従い、元王朝が崩壊する時は漢民族は誰も彼らを助けず風のように北方に去って行き、何も残さなかったと言う。

 

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Jo君モンゴルに行く (最終回)

 楽しかった思い出一杯のモンゴル紀行も終わりました。御縁があれば又、来年も行くかも知れません。満天の星空と広大な草原、吹きわたる風、夏でも夕方からストーブをガンガンと焚くゲル生活、素晴らしい思い出でした。

 気になるのは地球温暖化の波がモンゴルにも押し寄せて来てるという事実です。降雨量が益々減り草原が危険な状態になりつつあるのではないでしょうか。砂の上に僅かに草が生えてる自然環境では何時、砂漠化するか紙一重だと思います。

 北極の氷もどんどん融け、グリーンランドの氷が融けると深層海流の沈み込みに影響がでて、巨大な地球ラジエターシステムは崩壊する可能性がある。欧州は砂漠化するか、氷で覆われるか、予測がつかない事態が起こる可能性がある。

 気候変動が起こると、古来、民族大移動が起こり戦争が起こった。フン族が欧州に大移動をかけたのも、アーリア人がインドに侵入したのも、気候変動が原因ではないのでしょうか。微妙なバランスで保たれた地球は壊れやすいガラスの球のようなものかもしれない。

 (楽しかった仲間たち)

皆さん、帰国後はそれぞれ忙しい世界に戻られた様子です。サイフのおじさんは60台半ばにして9月初旬より1年間、中国はアモイに単身語学留学されるそうです。偉いもんですね、活躍を期待します。

ウランバートルのチンギスハーン空港での別れの記念写真です。本当にお疲れさまでしたね。

 モンゴルの知識は無くても、現地に行けば少しは身体で色々と感じるものがあるはずですね。所詮は通りすがりの旅人ですが、少しは身近にモンゴルを感じ取れたのではないでしょうか。

 10回にわたり拙い記事を掲載しましたが、モンゴルを知る第一歩としておきましょう、皆様長い間の購読有難うございました。

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帰省の土産

 今週末には京都に帰省する事になっているが、今回の土産はお煎餅にした。

 ゆかり さくさく日記(海老とホタテ)

家内の友人の勧めもあったようだ、横浜の高島屋の地下で購入させられた。何時もは、レーズンサンドのお菓子を買うのだが、今回はさくさく日記となりました。

 東京の土産を買うと言えば、虎屋の羊羹ですかね。しかし、これは意外と重いのが欠点ですね。濡れ甘納豆も好きなので、花園饅頭の濡れ甘納豆は時折土産で買いました。

 横浜に出かけたのは、銀行から証券会社に送金する為でした。現在、アメリカのサブプライムローン(信用度の低い借り手向け住宅ローン)の焦げ付きで株価が急落し、日本の証券市場も急落している。11月あたりがかなりやばそうですが、ともあれ株を買うことにした。

 (jo君の株取引実績)

 二年前に株は全て売却したが、損はしていない。外貨建て預金の運用では期待通りにはゆかなかったが、株では損はしていない。数年間、株を保持する余裕のある人であれば今は株を買うチャンスかもしれない。(責任は持ちませんよ!念のため)

東京証券取引所には外資が沢山投入されている、彼らは本国が問題を抱えたので、売りに出ている。アメリカがくしゃみをすれば、アジアは風邪をひくのは今もおなじではないだろうか。

 株は本日、オンライントレードで二種類の株に指定価格での買い注文を入れた。手数料の関係より、窓口とか人手を介する取引は損である。私は、優良株にしか手を出さない慎重派です。現在の株価と会社の資産、とりわけ流動資産の額と総株価の推移を調べ、決断する。

 配当金も重要であり、数年間は保持するので大きな株価の上昇は期待せずに配当と株価が数年先に今よりは下がらない事を確信するまでは買わない。そういう意味では、定期預金みたいな部類でしょうね。

 (会社の不祥事)

これが、一番怖いですね、これだけは予測出来ない。いきなり、倒産という危険な局面も迎えますから株は余裕のある範囲でやるのが私のやりかたです。

 さて今日は同期の4人の宴会が新橋で挙行されるので、出かけてきます。

Syokibarai2007_005 Syokibarai2007_002 で、二次会は明日で閉店というお店でした。最後の別れを告げる初老の人々が花束を持って最後を楽しまれていました。

そういえば、烏森の鳥清さんも、閉店したようですね、お店は人ですから、思い出を作った人々と楽しい思い出とともに、何時かは幕が閉じるのだ。

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卑弥呼の鬼道と壺形の宇宙

過去記事 黄泉の国の考古学 辰巳和弘教授

 大神神社社務所が発行する季刊誌 ”大美和(113号)”に同志社大学の辰巳先生の論文、”卑弥呼の鬼道と壺形の宇宙”が掲載されていた。千田先生の講演を聞いてこの論文を電車の中で読んでいると、話が繋がるのですね。

 古代史の最大の謎は何故に突然に世界に類のない奇妙な前方後円墳がマキムクあたりから大和王権と呼応して日本中に拡大したか?鍵の穴の形をした古墳形態は実に独創的であり、日本以外には世界史に存在しない。

 千田先生の邪馬台国のルーツが山東半島を中心に江南から中国東海岸、朝鮮半島沿岸、九州沿岸にかけた東アジアの地中海文明圏を形成していた海族であるという話になれば、神仙思想、道教のルーツである山東半島から俄然と辰巳先生の神仙思想と卑弥呼の鬼道が繋がり始めるのだ。

 参考文献 前方後円墳形態の変化

明らかに初期の代表である箸墓古墳は壺を横に地中に埋めた格好である。一番古いと言われるマキムク石塚古墳はまさに、壺の形状である。

 参考文献 マキムク石塚古墳形状

 卑弥呼が日本列島の国々から共立された王であったとすれば、その葬送儀礼において西日本各地、及び東海地方の古い葬送儀礼を踏襲し新しい葬送儀礼を創出した。吉野ヶ里遺跡の甕棺は壺である、その中に大王の遺体を入れて埋葬した。又、埴輪には吉備の国の形式の埴輪が墳丘に置かれ、東海地方の土器も出土する。

 まさに、列島を始めて統一し共立された連合国である邪馬台国には前方後円墳が必要だったのでしょうね。実は辰巳先生の研究によれば、弥生時代から日本に神仙思想が伝来していたと言う。その証拠は銅鐸に書かれた絵にあるという。

 参考 銅鐸の絵いろいろ

 曰く”片手に工字形の道具を持ち、両足を前に投げ出すような中腰の姿態をとる人物像。桜ケ丘五号鐸ではその人物像のの足もとに三匹の魚が配されている。目を中国古代の絵画に転じると、漢代の墓室の画像專の図像にこの銅鐸の人物と同じ格好をした姿を見つける事が出来る。河南省密県の画像專の例では、中央に大きく羽を広げた不死鳥のかたわらに、椅子のようなものに腰掛け手に工字形道具を持つ人物が見える。

この人物は神仙の女神である西王母で、彼女は己が支配する仙山の昆ロン山に腰をかける。椅子のような形は昆ロン山なのです。神仙界が表現されている。手にする道具はカセという紡いだ糸を巻き取る道具らしい。魚は水辺の表現であり、水辺で機を織る女神という訳だ。”

 最後に、マキムクの王=初期ヤマト王権の王達は何故かくも壺に拘ったのか?辰巳先生は以下結ぶ。

 ”古代中国の人々は、東海の彼方に蓬莱・方丈・瀛州(エイシュウ)という三神山を夢想。そこに不老長生の仙薬を求めようとしました。始皇帝が仙薬を得る為に、方士徐福を東海の仙島へ船出させた”史記”の伝えはよくご存じですね。その不死の理想世界は東海に浮かぶ壺形の島と捉えられ、蓬壺・方壺・瀛壺とも呼ばれたのです。”

 そういえば、孫悟空の話でも壺とか瓢箪の中に妖怪を閉じ込めたりしますね。異界が壺の中に存在するという思想でしょうね。

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第4回 三輪山セミナーイン東京

 予告記事 三輪山セミナーイン東京 第四回

 三輪山セミナー2006 記事

 三輪山セミナー2005 記事目次

Mongolia_tour_2007_419  今年も三輪山セミナーイン東京に参加した。これで初回から毎年参加した事になります。三輪明神大神神社の主催で文化庁、奈良県、桜井市が後援されています。

 (宮司さんの話)

 鈴木寛治さんのお話で面白かったのは、古代の日本人は感性が鋭く霊気が強い場所をツボと考え神社を建造したという。確かに三輪山を遠方から眺めても、近くに寄ってもそう感じますね。又、日本の宗教とは、信じる宗教では無く、感じる宗教であると述べておられました。同感ですね。

 (千田稔さんの講演)

 千田先生は過去にも何回か記事を書かせて頂いたが、現在は国際日本文化研究センター教授、奈良県立図書情報館館長をされています。専門は歴史地理学ですが、古代史では有名な人です。邪馬台国、巻向説の論陣を張る人でもあります。

 (古地図から見る邪馬台国の所在地)

  『混一彊理歴代国都之図』

 この地図は1402年に朝鮮で描かれた地図であるが行基図を元に描かれたという。九州が北であり、関東が南に描かれている。中国人も朝鮮の人々も日本列島は九州を北に南下した列島であると意識していた。

 魏志倭人伝で水行10日、陸行1月という行程記述に邪馬台国畿内説はこれを、東と原本資料を読み直して説明していた、のがこれで畿内説は有力となる。が、これは龍谷大学本であり、島原市、本光寺本では日本列島は東に描かれている。だから、畿内説は間違いと九州邪馬台国論者は反駁する。

 古今華夷区域図総要図

この地図は宋の時代、1100年頃ですね、中国で書かれた地図で先ほどの地図よりは古いのです。これによれば、海の中に北から、扶余、倭奴、日本、毛人(群馬あたり)、蝦夷と南に連なり、朝鮮半島から九州を北に南下するのが日本列島であるという認識であったようだ。

1471年の頃になると”海東諸国記”で、朝鮮通信使の外交官が書いた日本列島の地図は九州から関東にかけて東西に長い正しい認識となった。意外と日本列島の位置関係を朝鮮、中国人が正しく認識したのは新しいのだ。それまでは、九州が北で関西関東に続く日本列島は南に延びた列島と意識していた。

 (年代論)

 最近までは古代史の常識として、弥生時代は紀元前3世紀から紀元後3世紀であり、古墳時代は4世紀からと教えていた。しかし、最近の巻向近辺の前方後円墳から出土する板状木製品の年輪年代法の研究の進化により、100年は古墳時代の歴史が古くなったのである。即ち、卑弥呼が死んだと言われる248年の3世紀には古墳時代が始まっていたのだ。

 勝山古墳ーー三世紀前半と結論

 ホケノ山古墳ーー3世紀前半、後漢時代の画文帯神獣鏡出土

 巻向石塚古墳ーー3世紀初期

 箸墓古墳ーー260年から280年頃か

 (巻向遺跡)

 ・出土した土器は西部瀬戸内海から関東地方に及ぶ事。

 ・大溝が検出され鋤の出土が多く、大規模な開発工事がなされたと考える。

 ・祭祀的、政治的機能を持ったと考えられる建築遺構が発見された。

 ・局地的な範囲を支配した王権ではなく、かなり広範囲に渡る地域の中心地で有る事を予感させる。

 (千田氏の邪馬台国論)

 結論から言いますと、3世紀に三輪山を拠点に君臨していた土着の出雲族を打ち破り巻向に邪馬台国すなわち大和王権を開いたのはアメノヒボコであると結論する。日本書紀、古事記、播磨の国風土記に伝承として伝えられるアメノヒボコは侵入者であり現在の穴師坐兵主神社(あなしいますひょうずじんじゃ)の神体である。

 彼は記紀に於いて新羅の王子で嫁はんが日本に逃げたので、追いかけて来たが難波の豪族に阻まれ但馬の国で死んだという。しかし、播磨の国風土記ではアメノヒボコとアシハラシコオ(大国主、大物主)と土地占拠争いをしたと伝える。

 この兵主というのは武器を製造する部族を言う、又、古事記ではアメノヒボコが持参したものに浪振る比礼(波を呼び寄せる神器)、浪切る比礼(波を鎮める神器)、風振る比礼(風を呼び寄せる肩掛け)、風切る比礼(逆ですね)、奥津鏡、辺津鏡から海族であると定義する。

兵主とは実は中国の山東半島にルーツを見出すことが出来、中国の江南地方から山東半島、朝鮮半島、九州を含む東アジアの地中海とも言うべき海を航行した海族の一派がアメノヒボコであろうと結論する。

 今回は時間が限られていたので、千田さんの東アジア地中海航海民の核心まで話は進まなかったが、多分そうなんでしょうね。師匠の内藤湖南先生は巻向山は万葉の時代、弓月が岳と呼ばれ、秦氏の親玉が弓月氏であったという。秦氏のハタは古代朝鮮語では海という意味らしく、海族であるらしい。アメノヒボコ伝承地には秦氏がゆかりが深いのは古代の名残であると言う。

 奈良生まれの関西人ですね、お話は上手だし、関東には邪馬台国九州説の人々が多い事をわきまえて見事に吉本風にお話しを進められたのは見事であった。

 参考 亀と蓬莱山

     兵主神と邪馬台国

     飛鳥 水の王朝

     埋もれた港

   千田氏の卑弥呼宮殿推測地「himiko_palace.kmz」をダウンロード

   景行天皇陵南、穴師北部、珠城山周辺と推測

   (Google Earthをダウンロード必要です。)

   Mu氏が推測する卑弥呼の宮殿記事

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Jo君モンゴルに行く (9)

今回は同じMolor Campで一緒に過ごさせて頂いた皆様について感謝の意味で記事にします。私たち夫婦以外は皆さん、個人的に一人で参加された人々でしたが、家族のようなお付き合いをさせて頂きました。

財布をウランバートル市内ですられ災難に会われた新百合のおじさん、でもパスポートと航空券は無事で不幸中の幸いでしたね。

 財布おじさんの写真集 御参考 期間限定です

馬乗り ゲルにて 私たちの写真を撮影頂き有難うございました。素晴らしい写真が沢山ありますが、以下の写真は大好きです。

P8090037 P8090035 P8090057 P8090067 P8090074 P8090076 P8090091 P8100103 P8110129 P8110172 P8090028

 山形のカメラおじさんも沢山のアルバムが出来ましたね。ところで、カメラおじさんのお家は日本の村 景観100選に選ばれたそうですね、素晴らしい御家とと景観です。

 山形カメラおじさんのお家

 山形カメラおじさんの写真集

山形おじさんの写真集お気に入りは

P1060018 P1060019 P1060020 P1060034丘の裏記念 P1060042丘の上記念 P1060045丘の上記念 P1060072 P1060102ベースT P1060105ベースO P1060108西テーブル P1060110西テーブル P1060121乗馬TN P1060128乗馬k P1060140乗馬K P1060141乗馬o P1060170チンギス... P1060175チンギス... P1060191乗馬TKN

沢山、ありますが、暇な人はカメラいじさんのアルバムを参照してください。一週間程度の限定で公開されています。若い女性陣が多いので、あしからずです。

 若い女性陣は我が家の娘と同じ年頃なので、家内も大変打ち解けて楽しい家族旅行のような楽しさだと感想を述べています。見知らぬ人々が集まると必ず雰囲気をぶち壊す人がいるものですが、今回のようなパーテイに恵まれたのは初めてでした。

案内をして頂いたナラさんも本当に有難う、一生懸命でしたね。

是非、日本に留学してもっと日本の事を知って欲しいと思いました。そして、

山形のカメラおじさん、その帽子を被って山形をウロウロしないで下さいね。

 皆様有難うございました。

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早朝フライト 真夏の2007

Image006  日本列島の夏は異常な暑さに襲われている。昨日から温度は降下したが、40度越える暑さはもはや熱帯だ。モンゴルも今年は雨が降らない状況で乾燥化が進んでいるようで、地球が心配です。

 早朝の6時ころに飛行機を飛ばす事にした。未だ暑くない、風がない時に電動機を飛ばす。ムサシノのハミングカブにブラシレスモータを搭載しニッケル水素電池10セルを搭載して飛ばしている。

ナツメグのモータグライダーも飛ばせるようにスタンバイさせている。

Kohataokina_family_007  こちらはブラシレスにリポ電池3セルを搭載して飛ばしている。夏はグライダーとか、のんびり飛行する飛行機が似合いますね。

早朝は気持ちが良いです、未だ太陽が昇る前に出かけると涼しいですし、健康にも良いと思います。

堤防では黒アゲハが舞っています、お盆のころになるとこの蝶々をよく見ますね。夏の終わりが近いのでしょうか。

Mongolia_tour_2007

 月末には京都に帰る予定ですが、メキシコに留学した娘からも連絡があった。住む場所も決まったようで、大学4年生に転入させてもらったそうだ。

早く涼しい秋が来て欲しいですね。

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Jo君モンゴルに行く (8)

 今回は自然環境について感想を述べたいと思います。昨夜の日本のテレビでは日本の自然が異常をきたしている報道がなされていました、特に日本海の温度が1.4度上昇したり軒並み日本近海の温度が上昇し、大阪ではクマ蝉が百万匹発生したとか。

 北極海の氷床もあと何年もつか?という危機に直面してるようでが、そうすると白熊さんの問題だけでなく北極海から沈み込む地球最大の深層海流の巨大ラジエターシステムが崩壊するのではないかと、心配になります。

 地球温暖化が進むと、ヨーロッパから同緯度にある北半球は砂漠化するそうですね、既に欧州の夏の気温は異常な上昇です、モンゴルでも今年は雨が少なくお花畑は壊滅でしたね。多分、食べる草の生育と時期の関係で羊、馬、ヤギがお花畑の芽を食べてしまったのでしょうね。

 (鷹匠のルーツ)

 日本でも御馴染の鷹刈りのルーツはモンゴルにあります。

 参考 大草原にイヌワシが舞う

以前にNHKでは日本の鷹匠のルーツについてモンゴルを取材する番組を観ました。戦国武将から江戸時代にかけて鷹刈りの風習は軍団を維持する為に必要不可欠だったのですね。

 動画紹介 鷹とカメラおじさん「mongolia_tour_2007_315.avi」をダウンロード

 動画紹介 鷹匠「mongolia_tour_2007_312.avi」をダウンロード

 (巨大魚イトウ)

モンゴル自然史博物館で幻の巨大魚イトウを発見しました。開高健さんが求めた魚です。魚へんに鬼と書く魚です。

 参考資料 開高健のモンゴル大紀行

 参考資料 世界怪魚釣行記

 (馬頭琴)

 馬頭琴は日本の小学生二年で学ぶ”スーホの白い馬”で有名ですね、又、異なる民話も残されているそうです。ともかくモンゴル人と馬頭琴の歴史は古いようですね。

 参考文献 スーホの白い馬

 参考文献 馬頭琴の民話

 (モンゴルの犬)

モンゴルの犬です、狼二匹と戦っても勝つと言われています。夜、羊やヤギを守ります。見るからに怖そうですね、未だ狼の遺伝子が色濃く残っているのではないでしょうか。私は戌年生まれですが、こんな怖そうな犬は初めて出会いましたね。(笑) 

 (モンゴルのエーデルワイス)

今回はお花畑を散策するコースが組み込まれていましたが、以外とツーリストキャンプで幾つかの花を見つけました。モンゴルのエーデルワイスですが、現地でも人気がある花だそうです。

このエーデルワイスはスイス紀行でユリア峠サンモリッツで見かけたものですが、同じですね。スイス紀行アルプス稜線の花

 (満天の星空)

 これは写真が有りませんが、モンゴル紀行では一番感動した光景でした。まさに、満天の星空であり天の川から無数の星が煌いていました。子供のころに眺めた星空です。今ではプラネタリウムでしか見れない光景が、今でもモンゴルでは観れるのですね、これは感動でした。

 ゲルの天窓からも一晩中見れますし、同行の山形のカメラおじさんとか、ギャルの皆さんは深夜毛布をまとい何時までも星空を眺めておられたようです。

猛禽類が空をめぐる光景とか、ゲルの周りでウロウロするリスとか、夜中にゲルのまわりをウロウロする馬の気配とか楽しい話は沢山ありますが、是非、現地を訪れて体験して欲しいと思います。

 星空を眺めて連想する歌 アフリカ、ナイロビを歌う”風に立つライオン”

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Jo君モンゴルに行く (7)

 チンギスハーンの騎馬隊の帰還―2007

 2006年モンゴル政府は”大モンゴル建国800周年記念”を定めて色んな行事を行った。その中で日本の堺屋太一氏が発案したイベントが13世紀、世界最強を誇ったチンギスハーンの騎馬隊を再現するイベントでした。これが好評で2007年の今年も開催されることになり、私たちも参加した。

モンゴルの正規軍隊の500騎が参加し大草原で13世紀のモンゴル軍の戦いを再現するイベントであり、迫力に圧倒されてしまった。

 イベントはチンギスハーンが狩りをしてる場面から始まり、敵と遭遇し相手が戦う意思があるかどうか確め、シャーマンに占いをさせる。このあたりは、日本の戦国時代と同じである。そして、戦いが始まる、100騎単位で軍団は組織されており、頭は100人隊長と呼ばれる。

 投石機、投槍機を使い戦闘は行われる。

軽装騎兵であり、子供のころから人馬一体となった乗馬技術と集団での見事な隊列で猛烈果敢な蒙古兵は世界最強だったそうだ。

 モンゴル軍 動画紹介1「mongolia_tour_2007_322.avi」をダウンロード

 モンゴル軍 動画紹介2「mongolia_tour_2007_321.avi」をダウンロード

 モンゴル軍 動画紹介3「mongolia_tour_2007_324.avi」をダウンロード

 モンゴル軍 動画紹介4シャーマンの踊り「mongolia_tour_2007_325.avi」をダウンロード

 モンゴル軍 動画紹介5怒涛の出陣「mongolia_tour_2007_326.avi」をダウンロード

 モンゴル軍 動画紹介6戦闘開始「mongolia_tour_2007_327.avi」をダウンロード

 モンゴル軍 動画紹介7馬に引きずられる「mongolia_tour_2007_331.avi」をダウンロード

 モンゴル軍 動画紹介8勝利の帰還「mongolia_tour_2007_334.avi」をダウンロード

 モンゴル軍 動画紹介9勝利の帰還「mongolia_tour_2007_336.avi」をダウンロード

 モンゴル軍 動画紹介10勝利の帰還「mongolia_tour_2007_339.avi」をダウンロード

 モンゴル軍 動画紹介11勝利の帰還「mongolia_tour_2007_342.avi」をダウンロード

 モンゴル軍 動画紹介12勝利の帰還「mongolia_tour_2007_343.avi」をダウンロード

 モンゴル軍 動画紹介13勝利の帰還「mongolia_tour_2007_359.avi」をダウンロード

 モンゴル軍 動画紹介14勝利の帰還「mongolia_tour_2007_360.avi」をダウンロード

 モンゴル軍 動画紹介15勝利の帰還「mongolia_tour_2007_362.avi」をダウンロード

Mongolia_tour_2007_399 Mongolia_tour_2007_407

迫力あるイベントは延々と続き圧倒された。彼らは本職の軍人ですから映画撮影より迫力あるのではないでしょうか。

モンゴルの人々が建国800年にかける気持ちの一部が少し理解できたかもしれない。モンゴルはまだ、内モンゴル自治区という中国に組み入れられている広大な地域があり、漢民族、満州族、モンゴル人と混成であるが少なくとも500万人のモンゴル族は内モンゴル自治区に同朋がいる。

 近世史において日本の関東軍が関与した歴史的責任も日本にはあるのではないでしょうか。朝鮮半島だけが分断されているのではない。偉大なモンゴル人の統一祖国はこれからも長い道のりだ。

 動画 モンゴル平原1「mongolia_tour_2007_417.avi」をダウンロード

 動画 モンゴル平原2「mongolia_tour_2007_418.avi」をダウンロード

  参考 マイフォト モンゴル テレルジ紀行

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Jo君モンゴルに行く (6)

 今回はモンゴル人の宗教観について記述したいと思います。基本的には日本の古代と同じシャーマニズムが基本にありその上にチベット仏教が重なった構造であると理解しています。

 (シャーマン)

モンゴル軍が戦いを始める前にシャーマンが登場し占いを行っている場面です。日本の卑弥呼も巫女さんでシャーマンでしたね。日本書紀の神話も天孫降臨神話であり起源を遊牧民にルーツを辿ると言われています。

 (磐座、イワクラ信仰)

この巨石の上部に亀裂があり洞窟となっていますが、神が宿ると信じられています。所謂、磐座信仰ですね、私たちもよじ登り参拝を済ませました。三輪山を始めとする日本の磐座信仰と通じるところです。

 (ケルン 石積信仰)

”オボ”と呼ばれる石積み信仰です。ケルンですね、旅の安全とか平和を願い、時計まわりに三回周り祈ります。青色の旗は安全と平和を願う旗だそうですが、5色があるそうで、意味が違います。石を三個供えるのですが、磐座信仰ではないでしょうか。

車中より石のサークルのお墓を見ることが出来ましたが、石器時代から残るストーンサークルの伝統を引き継いでいるのでしょうね。日本でも東北以北には多く残っています。英国ではケルトの遺跡としても有名ですね。遊牧民の信仰の遥か古代の名残りでしょうか。

 (ガンダン寺)

ウランバートル市内には日本の東大寺のような存在である”ガンダン寺 (Gandan complex)”があります。チベット仏教のモンゴル化されたお寺ですね。1838年に建立されたそうですね。共産党に支配された時代には破壊に遭遇したそうです。写真は観音堂とマニ車のお堂です。

マニ車は皆様ご存じ、車には御経が書き込まれてあり回すことで読経したと同じ効果があると信じられているのは皆様ご存じですね。

観音堂には巨大な観音様がおられます、建物も立派ですが巨大な観音さんは見事なものでした。

 ガンダン寺 観音像

 ガンダン寺 動画「mongolia_tour_2007_364.avi」をダウンロード

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Jo君モンゴルに行く (5)

 モンゴル旅行の魅力の一つに乗馬体験を格安で出来るというのがあります。今回はモンゴル馬に乗りトレッキング出来る話について記録します。日本で旅行会社に頼むと千円で無料の乗馬体験を初日に一回、約1時間程度と二回目3時間乗馬トレッキングが出来ます。現地で頼むと1時間が10ドルと高くなりました。

 (家内が初めて馬に乗る)

家内は初めての乗馬の経験です。最初は絶対に乗らないと拒否していましたが、遂に決断しモンゴル馬に乗りました。

 家内が初めて経験する乗馬(動画記録)「mongolia_tour_2007_304.avi」をダウンロード

ご覧の通りモンゴル馬はアラブ馬とかサラブレッドと異なり小さくてずんぐりで、たて髪が長いのが特徴です。モンゴル人はこの馬の優しさと人間と親密な性格を好みアラブ馬を最後まで受け入れなかったそうです。モンゴル軍の強さはこの馬と人馬一体となり軽装騎兵での俊敏な集団行動に強さがあったそうですね。

乗馬靴の代わりに、革で出来た簡易膝当てを付け乗馬します。私は現地案内人のナラ女史にタズナを預け彼女に引っ張られながら散歩となりました。彼女は小学生の頃から乗馬の訓練を始めたそうですが、実に見事な馬さばきでした。子供と言えば、

このように、上手に馬を操作できるのですね。モンゴル人であれば馬に乗れないと格好悪いですよね。

キャンプの裏山に登った時ですが、放し飼いの馬が随分と山を登り草を食べているのです。馬の集団に近く寄るのは少し危険な気がして眺めていました。

 (遊牧民と馬)

 遊牧民と馬の関係の歴史について少し触れてみましょう。紀元前1600年頃に今のイラクの北方にいた遊牧民であるヒッタイトは鉄の発明と鐙とハミを発明し自由に馬を乗りこなし、強力な軍団を組織しチグリス・ユーフラテスからエジプト迄支配したそうだ。

 ユーラシアの草原を駆け廻った遊牧民は私たちの祖先の一つでもあるのです。そして、中国の歴史が始まる殷王朝も秦も実は遊牧民であったそうですね。漢王朝の時代になれば中国は強固な農業国家として国が定まるが、相変わらず草原を駆け廻る遊牧民が南下し脅威を与えた。

モンゴル軍については、後ほど記録しますが、13世紀に世界を制覇した騎兵を紹介します。

この軍団が世界最大の帝国を築いた連中なのです。

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Jo君モンゴルに行く (4)

 今回はモンゴルで食べた料理について感想を述べます。

まず、自然環境を理解しないと料理に辿り着けない。年間平均降水量は250ミリ程度しかなく、8月下旬には雪が降るらしい。冬は零下40度であり、今の季節の日中は40度程度まで上昇し、夜間は10度程度に下がる。過酷だ。

 種を蒔いて作物を得ることが出来る国土は1%にも満たない草原の土地だ。草原のイメージはモンゴルに来るまではくるぶしあたりまで、草が生い茂り座ると草むらに隠れるような幻想であった。しかし、砂のような土地に数センチの草がへばりつく世界だった。

国土全部がゴルフ場みたいなもんだ。

 モンゴル草原 動画紹介(1)「mongolia_tour_2007_316.avi」をダウンロード

 モンゴル草原 動画紹介(2)「mongolia_tour_2007_317.avi」をダウンロード

 モンゴル草原 羊とヤギ(1) 「mongolia_tour_2007_313.avi」をダウンロード

 モンゴル草原 羊とヤギ(2) 「mongolia_tour_2007_314.avi」をダウンロード

 農耕は出来ない国土であり、馬、羊、ヤギ、ヤク、牛、犬、狼、土リス、ネズミ、トンビ、鷲、程度が生息できる場所だ。勿論、北部に行けば水が豊富な場所があり大きなヘラ鹿とか熊とか大きな動物は生息する、しかし一部だ。

前置きが長くなり過ぎました。という訳で、

朝は、ヤギの乳を搾りビタミンを補給し、馬の乳から馬乳酒を作り飲む。

ヤギ、ヤク、牛、等々の乳から製造する発酵食品が食糧となる。バターは結構美味しいけど、それ以外はあまり美味しくない。(私の感想です)

これは、同行諸氏の評判が悪かったけど、私は美味と感じた。羊の肉鍋に焼いた石を放り込んだ石鍋だ。それに、小麦粉の団子みたいなもんとか、人参とか野菜を放り込む。骨につく羊の肉をかじりながら食べる、ワイルドだ。

肉の入る焼き飯を卵焼きで包んだ料理に、酢漬のキャベツです。

肉野菜炒めとご飯です。赤いのはトマトです。

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Jo君モンゴルに行く (3)

 今回はモンゴル人の住居であるゲル(中国名パオ 包)について印象を述べます。ワンゲル時代にはテント生活に馴染みがありますが、モンゴルのゲルはどうなんでしょうか。

ゲルには元々が二種類あったそうです、車の上にゲルを設置し牛数頭で其の侭移動できるゲルと組立て設置するゲルです。我々が宿泊したゲルは組み立て型のゲルであり、今は殆どこの形式だそうです。

円形で周囲は木組みのジャバラのような構造で天井に円形の木組みがあり其処から、放射状に木の棒をジャバラの上部まで渡し、外部を羊の毛のフェルトで包む構造です。真中には日本の柱が建ち、天窓の円形の木組みを支える構造です。

入口は南向きであり、入って左が男の世界、右が女の世界であり真中にあるストーブ兼調理火器は右側の女性側に向いている。

ストーブを焚くと直ぐに部屋は暖かくなります、マイナス20度とか寒くなると、フェルトを二重にするとか動物の毛皮でゲルを覆うそうです。夏は下部のジャバラの部分のフェルトをたくしあげ、風を入れるそうだ。

 何故円形なのかは判らないが、強度があるんでしょうね。天井の天窓からは満天の星を眺めることが出来ました。宿泊した経験では、外の音が異常に良く聞こえる事ですね、スピーカの真ん中に居るようで外部の音に敏感でおれます。

このゲルはチンギスハーン時代の移動可能なゲルで牛が数頭で牽引します。大遠征時代にはこのような車の上に常設されたゲルが利用されたのでしょうね。

 問題は、ゲルにいない時に小さなリスとかネズミがゲルに侵入し、食糧を荒らす事ですね。しかし、私はゲル住まいが結構気に入りました。ストーブに薪を毎日夕方と深夜にくべる作業は大変ですが、何かほっとする生活ですね。又、このゲルで生活をしたくなりました。

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Jo君モンゴルに行く (2)

 私達が過ごした場所は観光客向けに設営されたゲルと食事、シャワー、トイレ等々の設備がある建物から構成されたキャンプ地である。テレルジにはこのような宿営地が沢山点々と存在する。私たちのMolor Campはその中でも一番奥というか山に囲まれた渓谷に存在した。

 (キャンプ地紹介ビデイオ)

 Molor Camp紹介動画(1)「mongolia_tour_2007_311.avi」をダウンロード

 Molor Camp紹介動画(2)「mongolia_tour_2007_310.avi」をダウンロード

 Molor Camp紹介動画(3)「mongolia_tour_2007_309.avi」をダウンロード

 Molor Camp紹介動画(4)「mongolia_tour_2007_306.avi」をダウンロード

 岩山が背後に迫り、奇岩が聳え、30分も登ると眼下に素晴らしい盆地が広がる素晴らしい場所です。時間があればちょいと裏山に登る感じで山を登り朝夕の景色を堪能した。

動画でトンビが大空を舞う模様が撮影されていると思いますが、テント村には土リスのような可愛い動物が走り回り、テントの中を荒らすのです。私のテントも煎餅を荒らされました。しかし、上空には猛禽類が彼らを狙っているので安全ではありませんね。

 (奇岩の数々)

 テレルジには奇岩が多く存在し、私は勝手に名前をつけました。キャンプ地の裏山では同行の山形のカメラおじさんが水晶を二個拾いましたね、山の名前はトパーズという宝石の名前ですから、宝石が眠っているのでしょうか。

  (モンサンミシェル山)

フランスに北部にあるモンサンミシェルに何処か似ていませんか?

 (モンゴルの亀石)

モンゴルにも飛鳥村と同じように、亀石がありました。こちらは自然に出来た信仰対象の岩です。

 (モアイ像)

 この岩はモアイ像に似ていませんか?

 (巨大ワンちゃん)

左向きに寝そべってるワンちゃんに見えませんか?

 (奇跡の石)

これが、静止してる事事態が奇跡です。

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Jo君モンゴルに行く (1)

Mongolia_tour_2007_277  キャンプの現地の子供たちに見送られ無事モンゴルから帰国しました。

プロローグ 草原の記の世界へ

過去記事  草原の記

今回はHISさんのツアーに開催日直前に残るい三人という場面で申込み家内と二人で参加してきました。ボーイング777をチャーターし沢山の人々が参加され、羽田空港から飛び立ちました。

私たち夫婦はE組に編入され年寄り7名、若者7名14名のグループが形成されウランバートル東北80キロあたりの高地であるテレルジ(Terelji)国定公園にあるMolor Campで三泊する事になりました。標高は判らないけど、1600mから2200m程度で緯度は樺太の北あたりでしょうね。

Mongolia_tour_2007_018 Mongolia_tour_2007_008  ゲル(中国語ではパオ)に三泊するというワンゲルみたいな生活でした。緯度が高いせいか夜は9時ころ迄明るいが、急激に温度が低下し6時ころからはゲル内のストーブに薪を入れて焚かないと寒さを凌げない。

私は元ワンゲルですから、問題なく火をつけれるが、他の人々は現地の人が助けてくれたようです。

Mongolia_tour_2007_028 Mongolia_tour_2007_029  さてこのグループは年寄り爺さんが半分、若いギャルが半分という構成であり、以外と爺さんばかりの旅と考えていた私には以外でした。ギャルにモンゴルは魅力なんですね。

 (メンバー紹介)

(爺さんグループ)

・ラーメン屋の親爺・マイペース爺さん・山形のカメラ爺さん・伊豆の寡黙爺さん・国際派の新百合爺さん・Jo夫婦

 (若者グループ)

・カリスマ美容師M君 ・若い頃のイルカさんと美人二人・秘境探検家ギャル二名・久しぶりの里帰りのモンゴル院生さん・現地案内人大学でたてのナラ女史

 このグループが三泊四日間一緒に過ごし楽しい時間が停止した世界を経験してきました。実にチームワークがとれた素晴らしい仲間達でしたね。最後の別れが寂しく、現地の案内人のナラさんは最後に涙を溜めてみなさんと抱擁していたのが印象深いです。

 さて、これから10回に渡りJo君のモンゴル紀行の記事を掲載する予定です、満点の星空と大草原の国モンゴルの心に残る旅を紹介する予定ですので、御期待下さい。

 マイフォト モンゴル・テレルジ紀行

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静養の為ブログしばし休載します

本日深夜便にて憧れのモンゴルに羽田から飛び立つ予定です。まさか、誰かさんと一緒ではないだろうな~~と、思いますが。(笑)

 (三輪山セミナー)

 8月19日は東京読売ホールで第四回三輪山セミナーイン東京 いま、日本人の心のルーツを探るが開催されます。既に申し込んでありますが、今回も面白そうだ。

私は4年前の第一回から参加していますが、毎回面白い話が聞けますのでご興味のある人はぜひご参加下さい。別に大神神社の氏子さんでなくても聞けますし、出雲族の子孫でなくても聞けます。(笑)

 第四回 三輪山セミナーイン東京 予告記事

 (中国鉄道の旅)

 関口知宏の中国鉄道大紀行

昨夜はNHKで特集番組を再録していました。ハノイにいる頃から彼の中国鉄道紀行を自分の若い頃とダブらせてとても親近感を持って観ていました。リュックを背負い見知らぬ世界に足を踏み入れて渡り鳥のように旅をする。

 学生時代は私もリュックにテントと炊事用具を入れ日本中を旅した訳ですが、今では世界を旅する事が可能だ。若いころには是非このような経験をする事が重要ではないだろうか。見知らぬ土地で見知らぬ人と出会い人の温かさと自然の素晴らしさと過酷さを味わい何の為に生きているのか?問い続けるのは素晴らしい。

 しかし、還暦も過ぎた歳になっても意外と若いころと変わらない事に気がついた。大袈裟に言うと人生終わりまで旅ではないだろうか、と思う。彼は片言の中国語を喋るのが素晴らしいし、誰とでも打ち解ける性格がよろしいですね。多分、問題が沢山発生したのでしょうが、映像からは消されているんでしょう。

しかし、彼の心の中には失敗やトラブルや嫌な経験は肥しとして残っている筈である。完全に引退したら又、昔の若いころのような放浪の旅に出たいと思う。車窓というのは何ともいえない特別な気持ちにさせるものだ。

 (美人の物理学者 5次元を語る)

 ワープする宇宙 5次元時空の謎を解く

 来日記念講演

 著者について
リサ・ランドール(Lisa Randall)
理論物理学者。ハーバード大学卒業。現在、ハーバード大学物理学教
授。専門は、素粒子物理学、ひも理論、宇宙論。プリンストン大学物理学部で終
身在職権をもつ最初の女性教授となる。また、マサチューセッツ工科大学および
ハーバード大学においても理論物理学者として終身在職権をもつ初の女性教授と
なる。1999年にサンドラム博士とともに発表した「warped extra
dimensions(ワープした余剰次元)」により、物理学会で一躍注目を

 JoBlog読者の中には物理学、宇宙論を専門に勉強された人々が以外に多く居られる事を存じています。しかし、リサ・ランドール(Lisa Randall)さんのような美人物理学者のような人を今まで見たことありませんね。

 私は全くの素人ですが、3次元プラス時間の4次元までは感覚的に理解できますが、5次元となると理解を超えた世界ですね。しかし、今度EUの強力な加速器で水素陽子を衝突させて飛び散る素粒子が何所かに消えれば5次元に消えた事になるらしい。

我々の住む4次元の世界の近隣に全く関知できない別の世界が存在するとなるとこれは、現行の宗教まで問題になるかも知れませんね。今度、又この話を素人にわかり易く解説してくれるVuさんに訊いてみます。

 

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盛夏 夜は居酒屋で

 今年はハノイに住んでいた関係で、ず~~と暑い夏の世界で住んでいる感じです。昼間は暑いので、外を出歩かないようにして早朝か夕方から外界をウロウロする事にしている。

 (恵比寿で宴会)

 昨夜は、三か月前に偶然にアンコールワットの小さな日本食屋さんで再会したベストセラー作家の林總(はやし あつむ)先生とマーべリックコンサルの新撰組組長と三人での宴会となった。

先日また新しい本を出版したよと、新刊の本の贈呈を受けた。ホンマ続々とここに来て新刊を出版されている。

 うちの社長に読ませたい100文字でわかる 会計

 kkベストセラーズ 出版

 マーべリックの社長の案内で何時もの恵比寿の居酒屋で暑気払いの宴会がスタートした。私は8日からモンゴルへ出かけますが、先生もお盆明けにブルゴーニュから南フランス経由ミラノへの取材旅行にでかけられるそうだ。

どうやら構想中の本の舞台はブルゴーニュあたりにありそうですね。思うに、ワイン好きな旦那ですから趣味と実益を兼ねた旅行なんでしょうね。しかし、出版社持ちの夫婦旅行なんて羨ましい限りです。

 『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』ダイヤモンド社

 林先生 餃子屋を語る

 林先生 餃子屋を語る(映像版)

この本は27万部以上売れているそうですが、アジア諸国の言語に翻訳され、又、漫画としてアジアで出版されるそうですね。難しい会計、経営学の世界を判り易く身近なものとして会得する方法として漫画はいいメデイアなんでしょうね。

最近はインターネットでも大活躍だそうで、

 熱血! 会計物語 会計課長 団達也がゆく

 大人気だそうで、凄まじいアクセスだそうです。いずれは又、これも本として出版されるのでしょうね。長年に亘る企業の現場に足を踏み入れ業務改革とシステムの構築をされて来た経歴が無ければ書けない世界だと思います。

 理論と現場と情熱が林先生の持ち味ですし、年間100日以上の海外での仕事の実績が今執筆家としての彼を支えているではないでしょうか。本業は会計事務所の代表であり、大学院教授もやり作家としても活躍するという大車輪の55歳の熱血旦那である。

 今回の幹事はマーべリックコンサルタントの代表社長である日野村の新撰組組長であるが、屯所を恵比寿に構えて5年は経過したのではないだろうか。実はこの会社の名前は私の発案でありました。西部開拓時代の孤高の保安官であり正義の味方マーべリックというのがこの旦那にはふさわしいと考えたからです。

皆さんもご存じと思いますが、映画 トップガン の主演のトムクルーズ演じる役はマーべリックでしたね。今でも米国の空軍の英雄はマーべリックと呼ばれているそうですよ。

 (さて明日の夜はモンゴルへ)

 さてさて、明日の夜中には羽田発のチャーター便でモンゴルのウランバートル空港に向けて出発です。懐中電灯も購入したし、ストーブ用の新聞紙も用意したし、正露丸も用意したしデジカメ、ビデイオカメラも用意したし、あとは空港でウイスキーを購入してテント生活に備える準備は整いました。

 モンゴルは人口270万人で1キロ四方に二人という人口密度だそうで、羊が6頭、ヤギが6頭、牛が1頭、馬が二頭という私の計算になる。一人あたりのGDPは1600ドルですから随分と貧乏な感じを受けますね。ベトナムは2500ドルでしたからベトナムより貧乏なのかもしれない。

 さて、6日間のモンゴルでのゲル生活は如何な展開になるでしょうね。

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米ミネアポリスの橋崩壊事故に思う

     米ミネアポリスの橋崩壊事故に思う

 テレビで悲惨な高速道路の橋が崩壊しミシシッピー川に落下する光景を見た。大袈裟に言うと文明の崩壊とは自分の作った文明インフラの重さに耐えきれず自壊する事であるという、誰かの言葉を思い出した光景でした。

 アメリカにはニューヨークあたりにも古い、仰山の鉄の橋が架かっている随分と古そうな橋だし、そういえばサンフランの金門橋も1938年だから随分と昔に建造された橋だ。アメリカの経済の根幹を支えるのが高速道路であり、橋であり、航空機網という社会インフラだと思う。

 しかし、これらのインフラは維持するのに金がかかるのですよね。経済の成長が鈍化したり国力が落ちたからと言って道路を閉鎖したり橋を閉鎖したりは、なかなか出来ない。ローマ帝国の崩壊は膨大な社会インフラ、主に道路の維持管理が出来ずに自壊したと歴史家は言います。

 そこで、今回の参院選で大敗した一党独裁国家とも言うべき我が祖国の東京を考えると、無数の地下鉄が張り巡らされている。東京が何時までも繁栄すればいいのですが、遷都でもして東京の経済が縮小すれば、この地下鉄はどうなるんだろうか?と、何時も心配して地下鉄に乗っている。

 夕張も王瀧村も箱ものへの投資過多により自壊した地方自治体である。今、懸命の再建が模索されている。持続性可能な社会インフラの建設がとても重要なんですよね。自民党が今回大敗した地方を如何に再建してゆくかが次回の選挙の鍵を握るのかもしれない。

 800兆円という巨額の借金を抱え瀕死の重傷国家である日本の再生はこの地方の疲弊した自治体の復興と切っても切れない関係にあるように思います。

 (日本の荒れた国有林に思う)

 林野庁の詐欺まがいの話が今、話題です。そして、安い輸入材の為に荒れてしまった我が祖国の山を眺め、花粉症で悩み、熱帯雨林を破壊して輸入してる日本はこれでいいのだろうか?何処かおかしいのではないですかね。そのうち、輸入材には環境破壊税?が付加されたり輸入できなくなる可能がありますよね。

地球温暖化を阻止する国作りを旗に掲げるならば、輸入材に多額の税金をかけ輸入国に返還するような国際戦略を打ち出すとか、農作物の自由化についても、温暖化防止の観点で現状の国際協約の常識を覆すような外交は出来ないのでしょうか。自由化が金科玉条の正義ではないと思いますが。

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八甲田 爺さん達の話題

 昨夜は夕方6時半から10時過ぎまで爺さん達5人+マスターはよく語った。皆さん海外で活躍されている人々なので、話題が海外の話になり面白かった。

どんな話をしたか、一晩寝ると忘れてしまったが、記憶に残る幾つかを披露します。

 ・アジアの人々は日本人の正座を見ると罪人と思う

これ、マスターの話である。どうやら中国とか韓国とかアジアでは正座は罪人の座り方らしい。室町の頃に小笠原流が起こり、義満の頃に茶室で始まったようだ。庶民に普及したのは江戸時代末期であり、畳が普及してからだという。

 確かに、時代劇をみてると板敷きの部屋で正座をしてる人は見かけませんね。皆さん胡坐(アグラ)である。マスターの意見としては、韓国女性の片ひざを立てて座る姿は妖艶であると言う。平安時代の女性で貴族は十二単ではどないな座り方をしていたか、見えないから判らない。意外と胡坐をかいていたかもしれない。(笑)

冗談話かもしれないが、家康は臣下が主人を襲わないように正座で座らせ痺れさせて身を守ったという話もあるそうだ。

 ・韓国でのゴルフの一例

 韓国ではキャデイーさんが何でもやってくれるそうだ。スコアーもつけてくれ、賭け事もコースを回る前に一人数万円を預けると、毎ホール単位で清算をして現金を渡してくれる会計係もしてくれるという。こうれでは、相当頭も良くないといけないし、体力も必要だし、顧客のプレーを注意深く観察していないと仕事が出来ない。

 韓国の話を聞いていると、米国西海岸のゴルフとは随分と違うようですね、自分でカートを引いたり、自分でカートを運転するのは当たり前で、昼飯は売店でホットドッグだったな~~。

 ・九寨溝/黄龍は雲上の楽園だそうだ

 昔の蜀の国である成都から飛行機で40分、九寨溝黄龍空港に到着するらしい。標高は3900メータ近くあるらしい。ホテルには酸素ボンベが置いてあるという。高山病対策でしょうね。

話では、湖の中を鳥が飛ぶそうだ。それ程、湖は澄み渡り鏡のように上空を飛ぶ鳥を映すのでしょうね。私も是非訪れたいと考えている場所です。

 御参考 旅ガイド 九寨溝/黄龍

 

 しかし、スペイン、フィンランド、中国、オーストラリア、タイ、ベトナム、韓国と各国々に駐在していた連中の集まりでしたので、話は尽きない面白いものでした。私は来週、モンゴルに行きますが誰も経験が無いそうです。一応、電動ラジコン飛行機は持参しようと考えて修理はしました。飛行機の機内に持ち込めるか?それが問題だ。

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韓国駐在、本橋氏の帰国歓迎会

 本日、二年間ソウルに駐在されていた本橋氏の帰国歓迎会が自由が丘のバー”八甲田”で開催されます。

 日時:8月2日(木) 夕方6時半~

 場所: 自由が丘 バー”八甲田”
     費用:一人5千円プラスα
     電話 03-3718-1834
 本橋さんはチャングムの故郷であるソウルで二年間の駐在を無事完遂され無事帰国されたそうだ。二年間で韓国語はかなりマスターされたと聞き及んでいます。今日は、昔の仲間が集まり歓迎会であります。
 本日は幹事が儘田さん、佐藤忠さん、哲ちゃん、joの五人ですが、もし本橋氏と親しい旧友のおかたがおられましたら、八甲田までご連絡下さい。
 本日は韓国の話だけではなく、テッチャンのバンコクの最新の話も聞けますし、盛りだくさんの話を聞くことが出来ます。又、テッチャンの踊り付きカラオケも観ることが出来ますよ。
Service_office

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草原の記の世界へ

 数日前に家内が新聞広告を持参し、お父さんモンゴル旅行の案内がありますけど、好きなんとちゃう?と、眼の前に置いた。小さな広告であったが昨年あたりからモンゴル建国800周年記念 騎馬隊イベントも開催されてると書いてある。

 子供の頃からモンゴルの草原には憧れていた。馬に乗り大草原を駆け行く国境なんぞ関係ない人々の暮らしと歴史上世界最大の大帝国を築いたモンゴル帝国に一度は行きたいと考えていた。

 昨日、遂に決断し30万円を握りしめ新横の旅行会社に申し込みに出かけた。出発は8月8日と迫っている、ビザも取得しなければならないが、今回は特別チャーター便で羽田から出る便であり現地でビザを貰える便宜が図られているそうだ。

 (司馬さんとモンゴル)

 モンゴルと言えば司馬遼太郎の”草原の記”でしょうね。晩年に書かれた小説で読まれた方々も多いと思いますが、私はこの本を読んで主人公のツェベクマ女史の波乱の半生と歴史の過酷さに涙が止まらなかった思いでの作品でした。

今回到着するのは首都ウランバートルから北に70キロ程度離れたテレルジという大草原地帯の観光客向けのゲル(パオ)に宿泊する旅であります。緯度でいうと樺太であり、標高1600メータの高地だから夜はストーブが必要なようだ。

 地図をみて貰えば判るが北に行くとバイカル湖がある、ツェベクマ女史が生まれた故郷ですね。我々日本人と同じモンゴリアンの発祥の地ではないでしょうか。我々の祖先の一派は太古に於いてナウマン象を追いかけてシベリアを横断し氷結した海を渡り樺太から南下して日本列島に辿りついたのだ。

 楽しみの一つは夜、大草原に寝転がり満点の星を眺める事ですね。キルテイングを着れば寒さも凌げるし馬とか羊に踏まれなければ大丈夫ではないだろうか。(笑)

 (開高健さんとモンゴル)

 彼は幻の巨大魚、イトウを求めてモンゴルに行かれた映像を昔よくテレビで観た記憶がありますね。彼がアラスカで魚を釣るビデイオは以前、ふうてん老人にいただき何回も観ましたが、実に味のある彼が発する言葉は全てコピーになる見事な紀行ビデイオでした。

 開高健さんを団長に司馬さんも参加したチンギスハーンの墓探しプロジェクトも夢のある世界でした。地上に何も残さないモンゴル人、風の如く過ぎ去ってゆく生活、農耕民族からはいかがわしい名前、狄なんて犬みたいに呼ばれたがそれは、地べたにしがみついた民族の一方的な見解である。

 という訳で突然ではありますが、1週間後には憧れの朝青竜はん白鵬はんの生まれ故郷に行くことになった。

 (参考資料)

 ・チンギスハーン800年目の帰還

 ・イメージビデイオ

 ・テレルジとは?

 

 

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