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今日の記録

 朝にはカンヌで河瀬女史が特別賞を獲得したニュースが入る。彼女の映画を観た事はないが、以前、今回の作品を奈良の素人の老人を起用して撮影していた風景のレポートを観た事があります。奇麗なお茶畑が風景でしたので、何所か懐かしい気持ちになりました。その老人と彼女の会話がとても印象的だったのを想い出します。

午後には、現役の大臣が自殺をしたというニュースです。私は汐留におりましたが、携帯電話のニュースで知りました。晩節を汚したくなかったのでしょうね。総理は大丈夫だろうか。

 ZARDのボーカルの女性の訃報も入る。癌との戦いだったようですね。ニュースで彼女の歌声を聴くと、私のような老齢の人間でもよく知っている曲を歌っておられたのですね。美人薄命と言えばそれまでですね。

 モンゴルの白鵬関が横綱に推挙された。両横綱がモンゴル人だ。ま、我々のルーツはモンゴリアンだからいいですかね。相撲という国技はインターナショナルで素晴らしいと思う。彼のオヤジが同じ22歳で三度モンゴル相撲で優勝し横綱になった人だそうだ。

親子揃い、モンゴルと日本の国技の頂点に立つ話は小説にしたい程面白いと思う。彼の風貌は横綱にふさわしい人物になる可能性があると思う。ま、日本人の奮闘も期待したい。

 という訳で、今日は朝から色んなニュースが飛び込み忙しい日でした。そうそう、米国で藍ちゃんが15アンダー迄、最終日追い込みましたね。6位かな?彼女も頑張っています。

 最後のなりますが、私がこの一年で頑張った日本人はスコットランドで活躍したサッカーの俊輔だと思います。ハノイでは実況映像が何時も観れていたので、彼を応援していました。彼は、中田英寿を抜いたかもしれませんね。ひ弱だった彼の最近のプレーは逞しい。仲間の信頼が厚い、異国で頑張る彼の姿がどこか応援したくなりました。

 

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明日から北海道

 明日の早朝より羽田から新千歳行きの飛行機に乗り4日間ほど十勝平野から道東を巡る旅にでます。昨日から全日空のコンピュータソフトの障害で空の便は混乱してるようですね。ユニシスさんがオープン系にレガシーシステムを切る変えたシステムで障害なんでしょうね。

 (主な観光地)

 ・十勝平野から阿寒湖へ

 ・摩周湖、オシンコシンの滝、知床五湖、プユニ岬(オホーツクを眺む)

 ・層雲峡

 ・旭山動物園、美瑛、富良野

 ・定山渓温泉

 概略上記場所は巡るようですね。北海道は本当に10年以上前に仕事で札幌にでかけた、以来の訪問です。学生時代に利尻富士とか大雪山には登った事がありますが、それ以降は仕事で札幌に数回でかけた程度です。

北海道の話は、オホーツク育ちの哲ちゃんとか、美唄育ちの山小屋管理人さん、自由が丘の八甲田の函館育ちのママさんから色々と話は伺っていました。

 (昨夜の熊野古道)

 テレビで緒方拳さんが熊野古道を案内していました、やはりここも近いうちに出かけてみたいと思います。世界遺産に登録されて以降、沢山の観光客がでかけているようですが、膨大なルートですから簡単に観光バスででかけるのは気が引けます。

 奈良時代から、特に斉明女帝以降の飛鳥、奈良時代には2か月をかけて参拝したのですね。番組では天武天皇の旗揚げ以降、天武系の天皇は参拝があったが、天智系に再度皇統が変わると熊野詣では無くなったそうですね。

平安時代初期は忘れ去られた場所になったそうです。しかし、熊野には神武天皇の大和入りの話から延々と興味ある歴史の話が埋まっており、是非、訪問したいと考えています。

 北海道の旅は自然を満喫する旅ですが、本当は未だ解明されていない悠久の人間の歴史がある筈です。江戸末期まで知られていなかっただけですね。いずれは、北海道の文化・文明についても遺跡の発掘から解明されると思います。

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プロジェクトX 終わったんですね

 ベトナムに在住している時に、日本の歴史に詳しい日本通のベトナム人から質問を受けた中で答えられない話があった。質問は”何故に日本人は高度経済成長時を含む戦後、一生懸命働いたのですか?そのインセンテイブは何だったのですか?”という質問です。

この質問の背景は奥が深いと今でも考えています。日本は現在発展途上国であるベトナムよりもっと貧乏な国だったのではないか。いや、今でも本当はそうなのかも知れないと時折思います。

 メコンデルタと紅河の豊かな土地と気候に恵まれ、年間三回も稲の実りを得ることが出来る国と我が国の国土を考えると基本的に我々は過酷な国土なのかもしれない。食が確保できた人々に近代工業化の世界は異質に見えるのでしょうね。

 日本の戦後の焼け野原から、食料も十分確保できない国土で工業化の世界で生きるしかなかったのでしょうね。私は昭和44年(39年程度昔になりますかね)から社会人となりメーカで働き続けました。プロジェクトXの番組を観ていて、本当に一人の力ではなく、プロジェクトで仕事をして来ました。

優秀な人間だけが、会社を支えたのでは有りません、多くの感動を共有する仲間達で仕事を乗り越えて来た。私は多くの仲間達に支えられて来たと感謝しています。

 (YouTube プロジェクトX)

 最終回の番組の一部がYouTubeにありました。

 プロジェクトX 最終回 オープニング

 プロジェクトX 最終回 エンディング 歌詞を間違えてはいない

 プロジェクトX 最終回(紅白  中島みゆき黒部ダム秘話

 プロジェクトX 最終回 第二部

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何故か忙しい日々

 日本に帰国後、何故か忙しい日々が続いている。連日、昔の仲間と会い最近の業界の動向のヒヤリングをしている。同時に、英文の資料を日本語に翻訳しなかなか英文だと読んでくれない技術屋さんに便宜をはかっている。

 (来週は北海道旅行だ)

 今週一杯は無理しても働き、来週火曜日からの北海道旅行で休息を楽しみたい。今の北海道は季節としてもいいらしい、自然の樹木が芽をだして短い夏を待ちわびている季節なのだろう。

今回旅行で何所に行くのか詳細は知らないけど、十勝平野から道東を回り札幌に戻る旅のようです。久しぶりの北海道なので、雄大な北の大地を味わってきたいと考えています。

 北海道旅行の次に行きたい場所は、伊勢神宮の参拝と熊野古道のトレッキングである。特に熊野古道には是非でかけてみたいと思います。日本の古代史ファンとしては見逃せない現場であります。

 (YouTube はまってます)

 けんた&あとむパパのおかげで、昔の音楽ビデイオにはまっています。かぐや姫なんぞは本当によく聴きましたね。

 

http://youtube.com/watch?v=ntFRZeFVjK0&mode=related&search=

22才の別れ

http://youtube.com/watch?v=VTCZ4YKj-XA&mode=related&search=

かぐや姫 29 22才の別れ

http://youtube.com/watch?v=1kNeMO7L-jw&mode=related&search=

かぐや姫 16 なごり雪

http://youtube.com/watch?v=jFmn71oLxtU

Kandagawa by Kosetsu & Teresa Teng

 私の大好きなテレサテンさんが神田川を歌うとは、懐かしい時代が思い出されます。

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海外との電話通信

 今でも海外との電話は高価である。一方でインターネットが世界規模で普及し国境の壁を切り崩した。インフラも光ファイバーとなり大容量通信が可能になっています。しかし、インターネットでのデータ通信は国境を越えたが、従来の電話というサービスは過去のしがらみから抜け出せていない。

 電話サービスは日本も明治以降、国策として整備されその後大衆迄が利用できるように発展した。今この電話サービスというものが岐路に立たされている。それは、技術論から言うと従来の発呼側の人と呼び出された側の二点間の通信路を確保しその間に音声を流す伝送手順というアーキテクチャと、インターネットの相手側の条件は関係なく、且つ通信路も確保せず、次々と異なる伝送路に音声を流すアーキテクチャである。

 私は39年前に富士通に入社しオンラインデータ通信の世界でコンピュータのシステムを構築してきました。ですから、従来の伝送手順とアーキテクチャには未練があります。しかし、インターネットの世界規模での普及は留まる所が無く、且つユーザに多大の利益をもたらし、且つ文化・経済・あらゆる面で変革をもたらした。

 (IP電話)

 最近はインターネットの通信路を使い音声を圧縮して流すIP電話の普及が始まっている。これは、従来の電話よりは格段に安いと思う。何故かというと二点間の通信路と音声帯域を確保せずに、圧縮した音声をパケットにして伝送路に流す仕組みだからです。

IP電話を使うと、海外であろうが各国の電話網を経由せずにインターネット通信網を経由するので、各国の電話料金体系から外れ、格安の電話機能を実現してしまう。

大企業は海外拠点との間に専用線を通信業者から借り受け、その回線の中の帯域を分割して電話機能を実現し低コストでの電話を実現している。または、専門的になりますが、VOIP(Voice Over IP)というアーキテクチャで電話機能を低コストで実現している。

 (さて大衆だけが損するのか)

 さて、私も海外で生活していて感じたことはビジネスマンも個人の旅行者も今は携帯電話の便利さに慣れている事実ですね。赴任先でも旅行先でも携帯電話から日本に電話をかける便利さに驚いています。しかし、料金はとても高いですね。

従来の電話は電話機が固定でとても偉そうでした、その場所に行かないと電話が出来ない、今のご時世は人間中心ですから携帯から電話をする。そして、携帯電話からインターネットを使用するのはごく自然の流れですね。

 今は、携帯電話からIP電話をする機能は日本では存在しない。というか、色々な従来の通信業者のしがらみがあり、実現できていない。しかし、いずれは、携帯電話から色んな無線ルートを通じて、例えば駅周辺とかコーヒーショップとか自宅の光ケーブルの端子経由とかで携帯電話からインターネット電話が出来る時代が来ると思う。

日本に、発展途上国から沢山の人々が出稼ぎに来ておられますね、本国へ電話したいが高価で出来ない、しかしインターネットの通信路を利用すれば格安で故郷の人々と話しが出来るのだ。それを、携帯電話から実現できれば素晴らしいですね。

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私の好きな歌について 青春編

 私の友人のけんた&あとむパパが音楽Blogを始められました。時折、覗いては昔の懐かしい音楽ビデイオを楽しんでいます。You TUBEというビデイオは気軽に音楽と動画を楽しむ事が出来て素晴らしいと思っています。

そこで、今日は私が見つけた懐かしい好きな歌についてご紹介させて貰います。

http://youtube.com/watch?v=4Ut28zko1CU&mode=related&search=

秋川雅史 千の風になって

http://youtube.com/watch?v=_iYcYou-Z68&mode=related&search=

sen no kaze ni natte 千の風になって 秋川雅史 二胡

http://youtube.com/watch?v=hk0ho4-WCAQ&mode=related&search=

山口百恵~引退記念コンサート コスモス

http://youtube.com/watch?v=cl6NXV73jSE&mode=related&search=

【さだまさし】道化師のソネット

http://youtube.com/watch?v=H7eK-GgBVIA

防人の詩(さだまさし) feat.健太の旅

http://youtube.com/watch?v=iqZoPsUt2f0&mode=related&search=

風に立つライオン(さだまさし)

 

 千の風になって、という歌はたまたま私の横浜港のクルージングをした時の黄昏の風景写真にかもめが飛んでおり、演奏会のパンフに利用させて下さいというお話から、この歌を知りました。秋川さんの見事なテノールは最高だと思います、曲も素晴らしい。

山口百恵さんの引退コンサートは思い出の場面でした、同世代の連中は皆さん彼女の引退に涙しましたね。懐かしい彼女の姿と歌がありました。

 さだまさしさんは若い頃から好きででしたね、特に”風に立つライオン”の歌はCDを購入して何回も聴きました。彼の友人の医者がアフリカに渡り手紙をよこした内容を歌にしたものです、今でもこの歌は素晴らしいと思っています。

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横浜での日曜日

 昨夕は久しぶりにシェフjoが活躍でしたね、冷やし中華と餃子を創った。息子が帰るか帰らないかわからないが一応、彼の分も創る。

 日曜日の朝は、読売新聞のコボちゃんの漫画を見て、一応記事を眺め仕事の続きをする。現行の翻訳ソフトは完全に諦めた、使い物にならない。異文化を翻訳するのが難しいのは判るが、技術書は文明に属すので簡単だと考えていたが、やはり人間でなければ駄目だと本当に思った。

 久しぶりにサンデープロジェクトを観たが、懐かしい憲法学者の土井さんが、病を押して出ておられた。確かに改憲を反対する人は誰もいないでしょうが、問題は中身でしょうね。しかし、現在権力を握る政府が自分の権力を制限する憲法を提案するのは至難の事だろうな~~と憲法改正の難しさを感じた。

 昨夜も地域格差の問題をNHKでは採り上げて、討論会を中継していましたが、地域格差が問題かどうか?という議論から始まっていましたが、何で当たり前の事を訊くのだろうかと不思議でしたね。

 世界の先進国で日本のように地域の行政が疲弊してるような国はあるんでしょうかね。地域を金太郎飴のような行政指導をした根本が何処か間違いの元ではないでしょうか。江戸時代のような幕藩体制の封建制度では各藩は必死で生き残りを考え、地方独自の文化と経済を殖産していたと思いますね。

 勿論、西日本の諸藩は幕府の目を盗んで密貿易で利益を蓄積していた事も事実でしょうね。しかし、やはり日本という国は元々が島の集まった列島ですから地方の独自な文化の華が開く国のかたちが必要なのではないでしょうか。

と、色々と考えていると昼飯時が来たので、美味しい蕎麦を茹でる事にした。娘が薬味セットを残して北海道に移住したらしく、その薬味セットで茹でた蕎麦を食した。なかなかに美味なザル蕎麦を頂くことができた。

 午後はひとしきり、最後の追い込みで翻訳の仕事を行い夕方、家内と新横浜のビックカメラにLANケーブルの購入とプリンターのインクを買いに出掛けた。10メータのランケーブルを購入し、ひとしきり一眼レフのデジタルカメラの調査を行った。

今日はラジコンの整備をする予定でしたが、残念ながら仕事の関係で出来ませんでした。飛行機は沢山ありますので、何とかなるでしょう。

 

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携帯電話を購入した

 昨日、仕事の上で必要だと言うので携帯電話を購入した。ハノイの赴任前にはボーダフォンで息子、娘、私と三人で家族割りサービスに入っていたが、私は解約して渡越した。

しかし、未だに二人の請求書は私が払っているらしい、ま、そろそろ息子も就職したから自分の分は払わせましょう。しかし、ソフトバンクになり随分とボーダフォンも変化しましたね。最近はハード料金と通信費は別になったようです。

 最初にハードのカタログを見せられたが、山ほどの種類の携帯電話があり、目が廻った。最初にこれ頂戴と言うと、6万円以上するのだ。急遽、一番安い端末を持ってきてと言う。カードが入る端末だし、ローミングサービスもあるので、一番安いものにした。

 携帯といえば、昨日、今日で20ページ近くの携帯電話関連の資料を翻訳した。仕事で必要なので自分が完全に理解できるまで英文と向き合った。しかし、インターネットの世界は摩訶不思議な事が沢山有る事に驚いた。

へ~~、そうなんだ!考えた人は偉いな~~、なんて感心しながら翻訳を進めていた。中身は公開できないが随分と面白い事を考えた連中がいて、世界を制覇したいと考えている様子だ。この連中は、香港の連中だから、元々はインターネットの世界で怪しいことをしていた連中かもしれない。

 最初の翻訳は、ニフテイの自動翻訳を使用して翻訳を始めたが、アーキテクチャの話しとか中身が技術論になると、全く、使い物になりませんね。英文を頭から順番に自分で訳してゆくのが一番早いことに気がついた。

さて、明日は久しぶりに仕事も止めて、来週末のラジコン飛行機大会の準備でもしますかね。ハノイから届いた航空便の荷物90キロの4個の荷物は未だ開封されていない。ラジコン関係は最低開封しないと来週末のラジコンに間に合わない。

 帰国後、日本は何と静かな国であるのかと感心し落ち着いて暮らしが再開できました。

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ワーキング・プアー その2

 以前に一度、ワーキング・プアーについて記事を書いた。昨夜テレビで日本と米国のワーキング・プアーについて番組が放映されていた。

 番組では製造業の衰退が二極化を進めている原因の一つだと説明していた。確かに、日本の高度経済成長期には製造業が牽引した、製造業は日本のお家芸でしたね。しかし、米国も日本も製造業の工場はアジアに展開し米国も日本も工場はどんどん減少した。

確かに中国の労働者の賃金は安い、ベトナムはもっと安い。私はソフトの開発現場も近いうちにアジアに労働市場は移転されてしまうと予想している。大学出の技術者はハノイで300ドルです、日本は20万円だ、この格差は必ず労働市場では安い方に移動する。

 米国の某大手コンピュータメーカなどは、ソフト開発のホワイトカラーを大規模に縮小しアジアにオフショアするという。ソフト分野の海外移転も着実に進行しているのだ。

しかし、考えてみれば自国でちゃんと開発できていない限り海外に移転することは出来ないはずですよね。自動車会社の海外拠点での開発を身近に観察してきたが、日本での開発がちゃんとされているから、海外でも可能なのだ。

 先日、昔の仲間でもう10年以上シリコンバレーで活躍している御仁が”クラウド・ソーシング”という言葉を発していた。クラウドとは群集という意味だ。今や、インターネット上で仕事を頼みたい人が世界中に発信し、その要求に答えることが出来る人に仕事を頼む世の中の事を言うらしい。

多くのフリーソフトの開発の世界では常識の事であるが、ビジネスの世界でもこの仕掛けが始まっているらしい。ソフト開発は物そのものが伝送できてしまうので、可能なんだろう。問題は、訳も判らん連中が応募してくるので、見極めが必要でしょうね。

 さて、本題のワーキング・プアーの存在が急増してる米国、日本の国の経済モデルは何処かおかしいのかも知れない。それが、何なのか今の私にも判らない。しかし、巨額の金持ちが増えてワーキング・プアーが増えるのは何処かおかしいと思いませんか。

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鰻重を食べた

 今日は昼食会があり、品川駅まで出かけた。4年先輩諸氏二人と中央改札前の時計台で待ち合わせ、近くのレストランで久しぶりに日本の鰻重2200円と贅沢をした。(コジラの旦那が奢ってくれました、持つのは先輩ですね)

ビジネスランチなので、内容は公開できませんがグローバルなビジネスなので、面白い展開になるかも知れませんね。私が携帯電話を持たないので、厳しく叱責されました、ハイハイ昨日日本に到着した所ですからね。

 会食も終わり、表に出ると何とタウンズ時代から馴染みのお兄さんに偶然遭遇した。もう10年以上は米国西海岸のシリコンバレーに駐在している研究所の社長さんです。先輩のコジラさんとは別れ、又、引き返し同じ店に入る。

面白い事に彼も私と同じ鰻重を注文したのには驚いた、海外にいると鰻重が食いたくなるのだ。フムフムと納得する。すかさず、先ほど迄、年寄りばかりで議論していた内容について彼の意見を求めた。

 彼は最近、ヘンリー・チェスブロー教授を招待してフォーラムを米国で開いたそうだが、随分と”オープン・イノベーション”について熱く語っていた。インターネットの世界的な普及によりビジネスモデルも企業形態も何もかも随分と変化したと理解した。

考え方は、城壁を巡らした都市の中だけで考えてもアカンという事のようですね。城壁外の遊牧民とも交流して新しいものを創り上げるという事ではないだろうか。それを可能にするのは市場の国際化でしょうね。

 古来、企業の経営形態とか組織形態は最新の軍隊の戦術戦略をヒントに企業に導入され革新されてきた経緯があります。最近の傾向は前線の兵隊さんに最新の情報装備を持たせる事が重要とされています。イラク戦争では背中に偵察用自律ラジコン飛行機を担ぎ暗視メガネを持ち、コンピュータと無線を担ぎ戦争をした。

 会社の情報処理システムが強固な城壁(ファイアーウォール)で守られているだけで、果たして意味があるのだろうか?社員は会社で仕事をしているだけではない、自宅や、出張先(前線)で情報処理をしている。(情報の収集と分析)会社が守らねばならないのは、情報の種類・個別アクセス権を誰に与えるか、等々の細分化された情報の塊単位で城壁を築かねばならない。

 久しぶりに、鰻重のお兄さんとビールを片手のさすらい爺さんは熱く語り合った。何かシリコンバレーの雰囲気が久しぶりに懐かしいひと時でありました。

 

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無事、横浜に戻りました!

 昨夜の便は急にキャンセルになり、本日朝、4時起床(アパートのメンテおじさんに起こしてもらう)、4時半にタクシーでハノイの空港に向かい臨時便、7時30分発の飛行機で成田に向かいました。

飛行機はガラガラでしたね、ジャンボ機777はガラガラで多分昨夜、急ぐ人は関西空港への便に切り替えたのでしょうね。

 日本についた印象は、静かな国だ!この一言に尽きます。

 一旦、日本に引き上げますが、又、今までと同様にビジネスはベトナムとガンガンやりたいと考えています。又、これからはもっと幅広くビジネスの世界で頑張りたいと思います。

 5月下旬は数日間、のんびり北海道の十勝、知床で命の洗濯をしてきます。そして、出来れば、北海道に移住した娘夫婦と孫に会ってきます。

ベトナム在住中には多くの人々に支えられました、感謝の気持ちで一杯です有難うございました。又、ブログを読んで下さった皆様に御礼申し上げます。

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ホアンキエム湖 玉山祠

 今日がハノイ最後の日になりました。今晩のフライトで帰る予定でしたが、旅行会社から電話があり今晩のフライトはキャンセルだそうだ。明日の朝早く7時半出発に変更との事です。明日は早朝の4時半に自宅を出ないといけませんね。

 と、言う訳で今日はハノイ最後のお別れの記念にホアンキエム湖の真ん中に浮かぶ小島の玉山祠にお参りする事にした。

 写真集 ホアンキエム湖 玉山祠

Farewellparty_057 Farewellparty_018  ホアンキエム湖はハノイの市内にある一番有名な湖で旧正月には花火がここで打ち上げられます。

湖の真ん中に小島がありそこに玉山祠というお寺があります。学問、医、武を祀る祠です。

 昔、元が攻めて来た時に日本と同じくベトナムは三度戦いに勝利しました。

Farewellparty_019 Farewellparty_020 その時の英雄である、チャン・フン・ダオも祀られています。又、この湖には巨大な神のお使いの亀が住んでいると信じられています。

事実、剥製の巨大な神の亀が祀られているのですね。

今はガラスケースに守られているが、昔は触ると幸せになると信じられています。特に若い恋人同士には人気だそうですよ。

Farewellparty_040 Farewellparty_039  これが、その亀です。

でかい亀ですね。今でもこの湖には棲んでいそうですね、湖にはもう一つ小さな小島がありそこに亀の塔というのが立っています。そこで、時折亀が甲羅干しをしてるようですよ。

Farewellparty_029 Farewellparty_035  どうも儒教の寺のようですね、色々な神が祀られていました。ホアンキエムとは剣を還すという意味ですが、伝説があります。以前、ベトナムの人から聴きましたが、この湖と女性の神と剣が関係し侵入する中国と戦争しその剣で勝利したような話を聴きました。

いずれにせよ、アジアは重層の宗教文化が織り成す世界です。別に、道教、儒教、仏教、地元の伝説の王、将軍、何でも祀るのには抵抗感は有りません。

Farewellparty_050 Farewellparty_051  結構盆栽が凄いと思うのですよね、ハノイに来てから盆栽は日本のお家芸かと勘違いしていました。元々は中国の文化なんでしょうかね。

ハノイの盆栽は本格的でどこでも、見事な盆栽を見る事が出来るのですね。ベトナムは置くの深い文化を持つ国であると再認識した次第です。

Farewellparty_060  旧市街を歩き、私はシルク刺繍の小さな絵を額つきで二個買いました。気に入った絵が二枚ありました。一枚の絵は農村の夕暮れの風景でおばあちゃんの手を引く娘の絵でした。夕日が染まり、野良仕事を終えた老婆の手を引くけなげな娘の後姿が感動的でしたね。

 最後にフォーを食べてハノイの記念にしました。

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ハノイ・ラジコン・クラブ 送別

 ハノイ・ラジコンクラブ会長さんと所長との記念フライトは私の歯痛の為に参加出来ませんでした。記念写真だけです。

Farewellparty_015  所長、会長さんお世話になりました。月1回のフライトでしたが、まさかハノイでラジコンを楽しめるとは思ってもいませんでした。陽気なハノイラジコンクラブはこれからも発展すると思います。これから、ハノイに駐在する人でラジコンに興味のある人は是非、参加して下さい。

Farewellparty_017  ハノイで製作したバレリーナ5号機は寄贈する事にしました。フィルムが剥がれる癖のある飛行機ですが、きっと所長が張り替えるでしょうね。次回私がハノイを訪問した時に存在するかどうか?

なんせ、ベトナム人の会長は飛行機操縦技術があまり上手ではありませんので心配ですが、形あるものは何時かは亡くなるものですからね。

 大変お世話になりました、又、ハノイで再会しましょう、しばしのお別れです。

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きのこ鍋 お別れ宴会

 今日は会社の仲間達とお別れの”きのこ鍋”パーテイでした。名残は惜しいですね。

 きのこ鍋レストラン ”ASHIMO”

 最近はこのキノコ鍋が流行しているそうです。最初に真っ黒な鶏(山岳方面にいる珍味な鶏だそうです)をいれ、指定したキノコ類をだし汁に投入する。キノコは松茸とか椎茸みたいなものとか色々と投入する。薬味はわからないけど、漢方薬で使うようなもんが入っていましたね。

Farewellparty_001 Farewellparty_003  最初にスープだけを飲みますが、これが格別に美味しい味がしました。店員さんが全て自分のうつわに取ってくれるので、何も鍋をいじる必要はありません。

鍋奉行は不可ですね、おとうふ、湯葉、麺類、色々と楽しんでゆく鍋です。

Farewellparty_004 Farewellparty_005  キノコの多くは中国から輸入してるそうですが、最近はベトナムでもキノコの栽培が始まっているそうです。

茶色いきしめんのようなものは、ベトナムの麺です。私は歯痛が完璧に引いていないので、ジュースと水で我慢しました。

Farewellparty_007 Farewellparty_009  半年間の短い期間でしたが、見るもの聴く物が珍しく無我夢中でした。皆さんには大変お世話になり本当に感謝しています。

ベトナムは急激に経済成長を遂げると思います、未来はとても明るい国ではないでしょうか。

 本当に今までお世話になりました、感謝で一杯です。又、お会いする機会があると思います、その時には又、未来を語りましょう。

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40年前の8ミリ発掘

 先月娘が北海道に移住するのと息子が沖縄から自宅に戻る為に我が家に荷物が沢山入り込んだ。仕方なく私の荷物も整理する必要があり押入れ奥の開かずの行李が整理された。子供の頃の私のアルバムとか色んなガラクタが出てきた。

 その中で、1個の8ミリフィルムが見つかった、ケースには”三浦さん初フライト”と書かれていた。私はすっかり、赤とんぼの草創期の頃のフィルムと思い赤とんぼのカッチンに記録編集を依頼した。

今日、彼からメールと写真が送付されて来た。

JOさん

前回の合宿にJOさんが持ってきた8ミリフィルを更谷さんから
受け取りました。規格がシングル8のようで、赤とんぼ映画の
スーパー8とは違うため動画で見る機器がありません。また、
色が薄くなっており、何が映っているのか目視で確認するのは
無理なので、とりあえずスキャナーで濃度が濃い部分をスキャン
してみました。
リールケースには「三浦さんの1回目のフライト」と書いてありますが、
中身はモノクロフィルムでもっと古いものようです。
JOさんの登山のフィルムではないでしょうか?
スキャンしたファイルを添付しましたので確認してみてください。

かっちん

210 250 260

                   

                      カッチンがスキャンしてくれた写真を見ているとこれは明らかに40年前の大学時代のワンゲル生活のフィルムだ。

 大学時代のワンゲル仲間でこのフィルムに見覚えはあるか訊いてみたい。

 私はこのフィルムが何故8ミリを学生時代に持たなかったのに私が所蔵しているか?それが不思議なのだ。

 (仮説 上高地、奥穂高の説)

 頂上で片足を上げて両手を広げて喜ぶ姿に見覚えがあります。この癖を持つのは大学4年生の夏に奥穂高岳で事故により亡くなった(故)正井君がよくとったポーズである。とても姿が似ているのだ。

 吊橋に見覚えがある、昨年夏に訪問した上高地の横尾大橋ではないだろうか。ここ横尾は槍ヶ岳、涸沢、穂高への登山拠点である。

 最後の一枚が判らない、此処は山の上ではない里である。

 謎の8ミリフィルムが赤とんぼのカッチンにより発掘されてしまった。関係者の意見を聞きこのフィルムに写るワンゲルマンは誰なのか、場所は何処か、何故に私が所蔵していたか?

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引き揚げ者の近況

昨夜夜半より虫歯が化膿を初めたようなので、歯医者さんから貰っていた、抗生物質と痛み止めのカプセルを飲んだ。早朝起きると、やはり歯グキが腫れている。薬を飲み患部を冷やして横になっていた。

 薬が効いたのか、随分と気分も良く腫れも大きくならないようです。数日分の薬はあるので、大丈夫だろうと思い、酒だけは当分飲まない事にした。

 朝9時には運送業者が人夫を沢山連れて引越し荷物の梱包・引取りに来た。しかし、既に昨日に梱包しておいたので、作業は直ぐに終わる。たったの4個の段ボールである。しかし、100キロも重量があったそうだ。多分に私のラジコンのスターターとかハンマーとか、鉄の重いやつが影響してるのでしょうね。

 今回の引き揚げに関しては、同僚、親戚、先輩諸氏、現地の人々、多方面よりお言葉を頂いたが大島先輩のお言葉は実に文学的な香りがした。私の6歳先輩だからもう66歳になられているのではないだろうか。現役で世界中を飛び回られているビジネスマンです。

♪♪♪♪♪♪♪

 彼からの贈る言葉は以下でした。

 今回のベトナムは筒井さんにとって、淡い初恋のようなものです。

これからが、本当のベトナムと大人の筒井さんが

素晴らしい恋をする舞台となると予感しています。

好きな人と別れることはつらいことですが、

別れがなければ新しい旅には巡り合えません。

私はいつもそのような気持ちで生きております。

それでは、残り少ないハノイを奥様とじっくりと味わってください。

奥さまによろしくお伝えください。

きっと、またすぐに訪れることになるハノイです。

ボインボヤージュ!!

♪♪♪♪♪♪♪

 どうも、私の周りには文学青年が多いように思いますね。お言葉に従い取り敢えず帰国しますが、又、鋭気を養いグローバルな世界で頑張りたいと思います。

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久しぶりの朝市

Asaichi10_001 Asaichi10_002  久しぶりの朝市に野菜と果物を買いに出かけた。ジャガイモ2個、玉ねぎ1個、きゅうり1個、小さなトマト2個、薩摩芋1個で7万ドン!お店の人は紙に書いてくれた数字は70000でした。家内が財布から支払ったのは7000ドン。

 お店の人が文句言う訳ではなかったので、多分にお店の人が一桁間違ったんですね。しかし、安いですね50円ですからね。

Asaichi10_003  何時も野菜と果物はこの青空市場というか道路脇で買う方が新鮮だと思います。そして安い。

もう数日間しか滞在しない訳ですが、思い出に青空市場を散策したり、旧市街にも出かけて何か思い出の品を買おうかな~~と思います。

Malaysia_053 Malaysia_054  今度、新しく近所の南北鉄道を横切った場所にスーパーが出来ました。歩いて7分程度でしょうか、必死の思いで道路の信号を渡り偵察に出かけた。

途中は青空市場があり何でも販売されていました。しかし、卵などは炎天下でゆで卵にならないのか?心配ですね。

Malaysia_055  食料品の土産で何が喜ばれるか?前回の帰国時の経験ではピスタチオだけでしたね。それ以外は、殆ど人気が有りませんでした。

 今日は、荷物を段ボールに詰め込む作業ですが、殆どラジコン以外は無いので、7個程度で済みそうです。

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ハノイを去る事になりました

  ハノイの皆様にはお世話になりました

  ハノイ赴任して半年間、無我夢中で駆け抜けました。全くの新天地、多くの先輩達や地元の人々と知りあいになれました。初めて経験する東南アジアの国での生活でした。志は半ばですが、会社を辞職し日本に帰る事になりました。大学関係は又、必要とされる時に出張で来越すれば良いと考えています。

 この半年間にこの目で見たもの、感じた事はブログに記録として書き留めました。知り合いになれた現地の人々、又、現地に駐在されている日本人の皆様、会社関係者、大学関係者の皆様に御礼申し上げます。

 又、出張ベースではハノイに来る機会も多々あると思いますが、住居を構えて住むのとは又、気持ちが違うでしょうね。ベトナムの歴史、文化、言語について勉強は半ばですが、これからも続けて行きたいと思います。

 帰国は来週月曜日の深夜便にて家内と一緒に帰国となります。短い期間でしたが、私には長い長い時間であったような気持ちです。あの新撰組もたった二年間の出来事だったそうですから、半年でもそう感じて不思議は無いのでしょうね。

 今後のやりたい事ですが、今迄と同じでグローバルな仕事を続けたいと考えています。第二の人生ですから、一つ一つを大切に残りの人生を楽しく過ごしたいと思います。それでは、半年間、ベトナムでのブログではお騒がせしましたが、読んで頂いた皆様に感謝致します。

 心残りはラジコン所長の開発中の自作ジェットエンジンの完成を見る事なくハノイを去るのは残念です。何時か出張でハノイに来たときに、大空に自作ジェットエンジン機が飛んでいる事を楽しみにしております。

 東南アジアは初めて足を踏み込んだ世界でしたが、ベトナムの国の歴史と人々を知るにつけ益々好きになりました。何時か又、お会い出来ると考えています。それでは、今まで有難う御座いました。

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大学の風景 親睦運動会

先日私がマレーシアに出かけていた日曜日にハノイ工大の昨年出来た新設学部の生徒達と先生方の親睦運動会がありました。私も誘われていましたが、残念参加できませんでした。熊倉先生から親睦会の楽しい模様が送られてきました。有難う御座いました。
綱引き競争
玉いれ競争

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岩岳ちんぐるま 最新情報

F1000373chinguruma 赤とんぼ山小屋管理人より、連絡あり、朗報です。

 ”連休前半にちんぐるまの掃除と、ベランダの増築をしました。
90cm前へ出しましたので、利用しやすくなりましたよ。
早速、夜に円テーブルと椅子をセットし、湯豆腐とお酒、焼きソバ
で楽しみました。外での食事はうまいです。
7月合宿を楽しみにしてください。
(夜は蚊と蛾が多いので無理かもしれないけど。。” との情報です。

 山小屋は如何に人がこまめに面倒みるかで、長生きするかどうかが決まる。”ちんぐるま”は、山小屋管理人がこまめに手入れしているから30年以上生き延びているのだ。

 7月の夏合宿ではこのベランダで”フォークグループ 赤とんぼ”が上演されるかも知れない。お向かいさんは温泉風呂屋さんですから年寄りの冷や水にならんように、地味にやるでしょうね。

 _1042山と言えば、上高地はそろそろいい季節ではないだろうか、人も今は少ないし、新緑の芽も少しは萌え始めているのではないだろうか。

 日本におれば、又、今年も行くのですがね。

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アンコール遺跡の旅  おわりに 

 ベトナムに在住している間に是非とも訪れたいと思っていた旅が実現出来良かった。9世紀頃から14世紀終わりにかけてインドシナ半島の殆どを支配したクメール王朝の栄華をみてみたいと思っていた。

 同時に不安と気が進まない部分もあった、それは戦争の傷跡を見なければならない厳しい現実です。地雷の被害を受けた人々の姿や、クメールルージュの悲惨な結末である。ベトナムが介入した戦争についても微妙な話なので、ガイドさんに訊く時は言葉を択んだ。

 (文明は滅ぶものだ)

 アンコール遺跡の中でもタプロム寺院の遺跡をみて感じるのは文明は滅ぶという歴史的な事実でした。自然の前では人間の英知など、無力であるという何処か古神道に通じる思いを改めて認識した旅でした。

 改めて、古神道の自然の前では何事も受け入れねばならないという、考え方が自分の中に確固として存在してる自分を見る事が出来た。多分、クメールの人々の精神世界においても古代からの蛇神信仰を基盤としてその後輸入された、ヒンズー教、大乗仏教と自然に受け入れた節がある。

 (戦争からのの復興には半世紀)

 私は戦争直後に生まれた戦争を知らない世代です。日本は半世紀をかけて復興したと思う。カンボジア、ベトナムをまじかで接するとその思いが強い。半世紀はかかると思う。今、日本では改憲の政治問題が注目を浴びている事も承知だ。

 作家井上ひさしさんが提唱してるような、現行憲法を日本人の手で作り直したいのであれば、現行憲法をヤマト言葉で表現すればいいのではないか、という考えに共感を覚えます。司馬さんが晩年に書かれた小学生だったか、中学生の教科書か忘れたけど、”21世紀に生きる君たちへ”という文章が今も忘れない。この文章を読んで深く感銘した事を思い出す。

 (遺跡の修復について)

 日本を初め多くの国々が遺跡の修理・保存・修復に協力しています、私も個人的に何が出きるかという思いは強く有ります。しかし、今はそれ以上に現状のカンボジアの子供達を如何に貧困と病気から守る手助けが出きるかの方が私には重要だと思いました。

しかし、遺跡の修復作業には現地の人々の雇用が促進されるし、両面でカンボジアの人々を助ける事にもなる事を知りました。現場を見る事が出来て、今は何も出来ていないが行かなかったよりはましだと思いました。

 終戦直後の焼け跡で育った私には戦争の傷跡をみるのは辛い。戦争だけは何が何でもしてはいけないと思います。日本列島は南北に連なる長大な島国の連合であり平野は20%しか存在しない、幾ら攻撃しても人々は山岳に逃れ永遠にゲリラで侵略者と戦う民族だと考えています。

今回の旅は平和と文明の崩壊という重いテーマを意識せざるを得ない旅でした。

Angkor2_039  最後に、ベトナムまで一緒についてくれてくれている家内に感謝です。この旅は東南アジアに住んでいた記念として残るものだと思います。半年間何処にも連れてゆかず、これが最初で最後かも判りません。

記念になる夫婦の旅になりました。

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クアラ・ルンプール 初めての旅

 土曜、日曜の一泊という強行軍でマレーシアの首都であるクアラ・ルンプール(Kuala lumpur)で出かけて来た。ハノイとは時差が一時間日本に近い。直行便で3時間という短さである。

Malaysia_002 Malaysia_003  空港は巨大で近代的なビルでありベトナムとは雲泥の差であります。この国はモスリムの国であり、3割程度の中国系の人種と1割のインド人でそれ以外はマレー人ですね。

上手に共存して生きている素晴らしい国だそうだ。昔、マハテイール首相は親日派で有名でした、日本を見習い近代化を進めた国だそうです。一人当たりのGDPは12000ドル程度ではないだろうか。ベトナムは630ドル程度ですから随分と差がついています。

Malaysia_009 Malaysia_015  空港から町への道の両側は椰子の森が延々と続いています。道路は綺麗に整備されまるでカリフォルニアのようですね。驚きました、豊かな国である事が直ぐにわかりますね。

 この国は3割の中国系の人々がビジネスを行い国の豊かさに貢献している。勿論、圧倒的多数のマレー人との世界で経済に貢献しなければいけないのでしょうね。子弟は英国の大学とかオーストラリアの大学に留学させるそうだ。

Malaysia_018 Malaysia_022  空港で21ドル支払い、タクシーのチケットを購入し運転手に渡せば、約1時間の距離を勝手に目的地まで連れて行ってくれる。安心してタクシーに乗れる仕組みだ。

Nikkoホテルに宿泊したが、周りの都心のビル群は高層ビルが建ち並びアメリカみたいな雰囲気ですね。外はとても暑いのでさしずめサンデイエゴという感じですね。

少し時間があり、散歩しました。

Malaysia_027 Malaysia_026  流石に熱帯ですね、巨木が街路樹として聳えていますね。このあたりは、ベトナムとかカンボジアと同じです。

中国系の人々もおられるので、お寺もありました。日本と違い派手なのが少し違和感があります。

 歩いていると蒸し風呂のように暑いですので、汗をかきながらの散歩となりました。

Malaysia_031 Malaysia_034  クアラ・ランプールと言えば世界第二位の高さを誇るツインタワーではないでしょうか。

今回は登れませんでしたが、下から眺めました。宴会のあと夜のタワーも車の中から眺める事ができた。

この国の経済成長を支えているものは何なんでしょうね。IT関連はシンガポールと同様に国家戦略として進めている様子でした。

Malaysia_032  夜の宴会はハッカという屋外での宴会でした。多分、客家と漢字では書くのでしょうね、中国系の人々が集まる中華料理のお店です。

私と、オーストラリアから帰国した二人が喫煙家でしたので、有り難い話でした。

 ホテルに帰り、日本から大島さんが深夜に到着を待ち又、一緒にホテルで飲みながら打ち合わせ、翌朝も6時起きで仕事をしての昼には空港に向かい、ホーチミン経由で5時間以上かけてハノイに帰った。

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南太平洋の人々のルーツは?

 最近、気になるニュースが目にとまった。

 南太平洋の人々のルーツはベトナムだ!

 記事を読まれればお判りのように、豚の遺伝子を調べその類似性からルーツを追いかける研究ですね。面白いのは豚が泳いでベトナムからハワイまでは行けないだろう、必ず人間が移動したのだ。という、お話には笑いましたね。

 同じように元、麻布大学の先生で犬の遺伝子を研究して人の移動を研究されている方も有名ですね。犬も犬掻きしか出来ないから、大海を自力で渡るのは難しいですよね。

 考えてみると、遺伝子工学の進展により随分と色んな事が判ってきたのでしょうね。ヒトの遺伝子研究ではミトコンドリアDNAの遺伝子を研究してモンゴリアンの移動を研究してる人もおられました。

 ともあれ、今日からマレーシアに一泊の強行軍にでかけます。予定は仕事でビッシリなのだ。しかし、マレーシアは初めてです、錫とゴム園とマラッカ海峡のイメージしかないのですがね。

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アンコール遺跡の旅 (その10)  

Angkor2_002  遂にアンコール遺跡最後の寺院、東洋のモナリザのおられるバンテアイ・スレイ(女の砦)に行きましょう。アンコールから東北40キロ、車で一時間ですね。途中、カンボジアの田舎の人々の暮らしを眺めながらの旅です。(この件は別途報告します)

 967年に建造されたヒンズー教の寺院ですが、1914年にジャングルの焼畑で地元の人が灰の中から見つけました。だから、焦げた黒い色が所々残っています。

Angkor2_028 この遺跡を有名にしたのは、作家のアンドレ・マルローがデヴァター像を盗み出し逮捕されたところから、東洋のモナリザと呼ばれる美しい女神が有名になりました。

 参考記事 写真 東洋のモナリザ像1

 参考記事 写真 東洋のモナリザ像2

 参考記事 写真 東洋のモナリザ像3

 何故、参考資料になるかといいますと、現在では少し離れた場所からしか女神を拝めないので私の写真機ではちゃんと判らないのです。参考にさせて頂いた方に御礼申し上げます。皆様はどう感じられましたか?最後の写真は少しふくよかなモナリザさんですね。

 写真集 アンコール遺跡 バンテアイ・スレイ

 Angkor2_037 私が歩いた順番に写真を並べてあります。写真集を眺めてこの小さいけれど中身の濃い美しい女の砦の寺院を楽しんでみてください。

 しかし、個人的感想では彫刻を眺めていてガンダーラ芸術、ヘレニズム、ギリシャの影響があるのではないでしょうか。日本はシルクロードの北周りの影響ばかり考えていたが、意外とインドシナ半島経由の南回りの影響もないとはいえませんね。

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アンコール遺跡の旅 (その9)

 やはりアンコール・ワットの旅と言えば朝日が昇る光景をみないといけませんね。Jo君が生まれ育った北河内郡大字招堤村の殿山第二小学校の卒業旅行は伊勢の夫婦岩の朝日を見る旅でしたね。気持ちは同じです。

 写真集 アンコール・ワット朝日を見る編

眩しい輝き 生まれて良かった!

眩しい輝き 生まれて良かった!

 さて、アンコールの旅で色々と食べましたが、そのうち断片をご報告します。

  写真集 アンコールの旅で食べたもの編

アンコールたこ焼き

アンコールたこ焼き

 何といいましても、アンコールたこ焼きでしょうね。実は中身に蛸は入っていません。クレープみたいなもんでしたね。ためしてガッテンを観てれば焼き方のノウハウがあるのですが、クメール語が出来ないので教える事が出来ませんでした。

野菜炒めと豆腐煮込み

野菜炒めと豆腐煮込み

 全体に甘い味付けですね、不味くもないし特別インパクトがある訳でもないです。でも、美味しいでした。ベトナム料理も、タイ料理も、上海料理も私は大好きです。

頭の上が気になる

頭の上が気になる

 アプサラ・ダンスのショーを見ながら食べるレストランです。多分、バンコクにいるテッチャンもこのダンスを観ながら食事をしてるでしょうね。シャムとクメールの文化は似てるのですね。けど、頭の塔が重そうで気になりますね。

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アンコール遺跡の旅 (その8)

 アンコール・ワットの参拝が終われば夕方でした。そこで、アンコールの夕日を見る事にしました。アンコール三聖山の1つプノン・バケン山に登り山上のプノン・バケン寺院遺跡からアンコールの平野を眺める事にしました。

 ヤショーバルマン1世が9世紀末に建造した寺院の遺跡だそうです。

 写真集 アンコールの夕日を見る

プノン・バケン山に登る

プノン・バケン山に登る

 山の麓では象さんのタクシーがありました。15ドルで丘の上まで載せてくれるそうです。私たちは勿論歩きます。元ワンゲルマンですからね。

プノン・バケン寺院に登る

プノン・バケン寺院に登る

 山の上には寺院の遺跡があり、そこからアンコールの平野を眺めるのです。山というより、丘ですね20分程度で登れます。

赤く染まるアンコール大地

赤く染まるアンコール大地

 遺跡には沢山の人々が夕日が沈むのを待っています。360度の展望が出来ますのでアンコール・ワットの周辺を見渡すには格好の場所ですね。1時間程度この丘で過ごしました。

アンコールに月がかかる

アンコールに月がかかる

 残念ながら夕日は見ることが出来ませんでしたが、綺麗なお月さんがアンコールの空に出ていました。阿倍仲麻呂ではないけれど、月を仰ぎ見ると故郷を思い出しますね。

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アンコール遺跡の旅 (その7)

 前回ではアンコール・ワットの西塔門を潜り参道を歩き本殿の荘厳な風景に心を打たれた所までご案内しました。そして、本殿の第一回廊の見事なレリーフ群には度肝を抜かれた思いです。

 このレリーフは、ヒンドゥー神話「乳海攪拌」、天国と地獄、スーリヤヴァルマン2世の物語、マハーバーラタ物語、ラーマーヤナ物語、等々が描かれており素人の私には理解を超える領域でした。写真は何枚も撮りましたが、今後よく勉強して写真の解説はしたいと思います。

 写真集 アンコール・ワット 第一回廊レリーフ群         

ラーマ王子奮戦図

ラーマ王子奮戦図

第一回廊のレリーフ群は世界遺産としては屈指のものでしょうね。隙間無く密集した空間の存在しない彫刻は独特のものではないでしょうか。 ヒンドゥー神話を良く勉強しないと描かれた絵巻物の意味が判りません。とりあえず、私が理解できた部分だけは、写真集でコメントを入れてみました。

 (中央祠堂に向かう)

 写真集 アンコール・ワット中央祠堂

スールヤヴァルマン二世の墓

スールヤヴァルマン二世の墓

  この寺院を創建した王の墓にしては質素なものですね。その理由は今の私には判りませんが、ガイドさんの話では王の墓だそうです。

         

中央祠堂の階段

中央祠堂の階段                        

家内が必死で登っています、というかへばりついています。下を見ては登れません。ロッククライミングに近いですね。歳よりは登れません。観光地としては危険極まりない状況ですが、あまり地元の人は観光客に聖地に登ってもらいたくない理由かもしれない。

中央祠堂は高さ40メータ以上

中央祠堂は高さ40メータ以上

 直ぐそばが密林ですね。この密林にクメール王朝が滅んだあとは覆われていたんですね。15世紀の頃だろうか、シャム(タイ)の王朝に敗れこの地を放棄したのだ。高さは中央祠堂の尖塔は40メータ以上ですからこの位置でも随分と高い。

下りが大変

下りが大変

 下りは手摺りのある階段は1時間以上待たないと、降りれません。だから、私たちは自力で別の垂直のような壁を下りました。家内はガイドさんについて死ぬ思いでヤモリのようにして下りました。やれば、出来るのだ。

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アンコール遺跡の旅 (その6)

 アンコール遺跡で一番知られているアンコール・ワットのご案内です。

 12世紀の前半、スールヤヴァルマン二世(在位1113~1150年)によってヒンドゥー教の寺院として建立されたそうだ。30年の歳月をかけて建造したそうですね。アンコール・トムの巨大な寺院都市が建立される30年程前の時代です。

 境内は東西1500メートル、南北1300メートル、幅200メートルの濠で囲まれている広大な寺院ですね。ただ、寺院は西に向いており、正門は西塔門であり元々お墓として建立した可能性もあるそうですね。

 写真集 アンコール・ワット 西参道、西塔門

端の門は象の門

 アンコール・ワットの訪問は午後がいいそうです、朝は逆光になりますのでいい写真が撮影できないそうです。但し、最終日の早朝朝5時に起床して朝日がアンコール・ワットに昇る景色を見に来ました。後日、その時の写真を掲載します。

 西塔門のお堀りの前で下車して200メータのお堀りを渡り、西塔門に到着します。写真集には歩いた順番で解説してありますので、参考にして下さい。 

デヴァター神

デヴァター神

 この女神は最高に美しいですね、感動しました。クメールの女性は真臘風土記によれば上半身は裸だったそうです、勿論男もそうです。首飾りをし、手には蓮の花を持つ姿はとても優しそうですね。クメール女性の究極の姿だそうです。

乾季の聖池と本殿の眺め

乾季の聖池と本殿の眺め

 西塔門より300メータ程度本殿に向かい歩くと、右手に経蔵があり左手に聖池があります。ここから眺める本殿は素晴らしい眺めで5本の塔が見ることが出来ます。雨季にはこの池に綺麗な塔の姿が鏡池として映るそうです。

 この西塔門付近には、早朝の朝日を見る為にも来ましたので、二回訪問しました。

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アンコール遺跡の旅 (その5)

 アンコール・トムの近くの森の中にジャヤバルマン7世が母の冥福を祈り建立した霊廟寺院、タプロム(Ta Prohm)があります。皆さんはガジュマルの根っこが寺院全体を包み込んだ写真を何処かで見られた記憶があると思います。

 1186年バイヨン様式で建立された大乗仏教の寺院で、当時は僧侶と舞姫が1万2千人も住んでいたそうです。その後放置されガジュマルの森に包まれ殆ど飲み込まれてしまいました。

 マイフォト タプロム寺院 参照

 (油が採取できる木)

Angkor_185 Angkor2_044  左の木は鉈でキズをつけて油を採取した痕跡ですが、今は封鎖され採取できないようにしてあります。右の写真はここから40キロ東北に離れた場所にある、東洋のモナリザが存在する寺院にある同じ油の木です。

幹が白く、一本から三軒の家が出来て磨けばピカピカになる最上等の建築材料でもあるそうだ。今は、伐採は厳禁だそうです。

 そういえば、アンコール王朝が開花する前史では中国名で真臘(しんろう)という国名でカンボジアは呼ばれていましたね。

 カンボジアの歴史 参考 真臘国

 カンボジアの歴史 参考 アンコール王朝歴史

 カンボジアの歴史 参考 真臘風土記

 6世紀にメコン川中流域に真臘という国が勃興し扶南国を倒し、9世紀にクメール王朝にとって代われるわけですね。その後クメールは隣のシャム(タイ)国により15世紀に滅ぼされる。クメール王朝は500年間インドシナ半島の盟主として繁栄を誇ったのですね。

 油の木から真臘を思い出し、真臘風土記に繋がりました。13世紀の元の時代に中国人の周達観がクメールに滞在して書いた見聞録だそうです。この本を一度読んだ方がいいようですね。どうも魏志倭人伝のような雰囲気で中国人の偏見もあるだろうが、クメールの様子を描いているそうです。

 クメールの王はクメール人の男性と蛇神との間で生まれた話とか、ピミアナカスのところで記事にした話はどうもこの風土記が原典のようですね。中国人はメモ魔だから後世の我々は助かりますね。梁書、隋書などでもクメール、真臘の事は書かれているそうです。

 本格的には 上智大学アンコール遺跡国際調査団 文献

 上記、上智大学のアンコール遺跡調査団の関連資料が本格的に勉強するにはいいかもしれません。NHKのプロジェクトXでも採り上げられた事があります。

  アンコールワットに誓う師弟の絆 参考

 寄り道に逸れましたね、タプロム遺跡の続きですね。

  (天空の城 ラピュタ)

Angkor_188 Angkor_189

 この光景を見て、思わず宮崎駿さんの作品”天空の城 ラピュタ”を想起してしまいました。文明というものが如何に自然の前で無力であるのか。

残念ながら、デジカメの電源が此処で切れてしまい、数枚しか撮影できませんでした。しかし、撮影しても意味が無いような無力感に襲われましたね。この遺跡はもはやガジュマルを切ると崩壊するそうです、今が共存しているのですね。

 アンコール・トムの遺跡の最後に訪れたタプロム遺跡は我々に文明とは何なのか?問いかける場所でありました。

 参考 タプロム遺跡(1)

 参考 タプロム遺跡(2)

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