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娘の華燭の典

2007kanaebridal_033  今日は結婚式でした。二人とも獣医さん同士、北海道で頑張ります。

私はハノイで頑張ります。二人とも芋タコナンキンのような生涯を送って欲しいです。

2007kanaebridal_015 2007kanaebridal_022  私の方の親戚、家内の親戚の方々で今日の日を見守っていてくださる人々も多いです、ホンノ一部ですが、私が撮影した写真を期間限定で掲載します。

素晴らしい華燭の典でした事をご報告致します。

色々と、見守って頂き有難う御座いました。彼らは明日北海道に帰ります。

2007kanaebridal_024 2007kanaebridal_026 2007kanaebridal_036

(娘達が去ったお家の桜)

2007kanaebridal_084 2007kanaebridal_085 2007kanaebridal_086 2007kanaebridal_087 娘と旦那さんとサーヤをこの大倉山の娘の家から見送った。約10年間ほど娘が住んでいたマンションを家内と二人で掃除した。

 窓には満開の桜が咲き、彼らの新しい門出を祝っています。何時か又、このマンションに帰る時もあるのだろうか?北海道には桜は咲くのだろうか?

床の雑巾がけと、窓ガラスを拭きながら今日は終わった。

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夕焼け富士が見えるよ~

2007sakura_036  我が家は素晴らしいね、夕方には富士が見えましたよ。今日は朝は雨だったが午後には晴れました。しかし、風が強くて塵を飛ばしてくれましたね。夕方には富士が見えます、絶景ですね。

桜は満開だし、富士は見えるし、日本人として最高ではないでしょうか。屋上の上をヘリが飛んで行きました。

2007sakura_034 航行ライトしか写真では判らないが、ヘリなんです。

 (友人が病魔と闘っている)

私は気楽にベランダから富士山を眺めているのに、友人は病院で無菌室で輸血をしながら24時間点滴を受けている。面会謝絶だったが、本人が私に会いたいというので、奥様も了解され完全装備で病室の彼としばしの話をマスク越しに出来た。

 何とか、病魔に打ち勝ってもらいたいと祈念するのみだ。8年前から一緒に仕事の仲間として又、仕事外でも深くお付き合いしてきた、ハノイで一緒に頑張る約束もした仲だ。

なんとか、頑張って病魔に打ち勝って頂きたいし、それを信じている。

(錦糸町でミンミン発見)

2007sakura_014  懐かしいお店を発見した。学生時代、神戸と大阪では餃子を食べによく出かけた店だ。餃子が小さくて美味しく、幾らでも食べれた経験があります。壁には落書きが沢山あり、貧乏学生にとり大事なお店でした。

今でも存在しているのですね、関東にも存在するのだ。神戸と梅田駅前の確か阪神百貨店裏あたりの旭屋本屋の近くの店でよく食べました。

 急いでいたので、この店には入りませんでした。次回のチャンスには是非、餃子を食べて見たい、40年前と味は同じかどうか?興味有ります。

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1200番目の記事だよ~~

 気楽な記事を書き始めて、気がつくと1200番目の記事になりましたよ!アクセスも沢山頂きました、サイト全体で34万アクセス、本体記事単独で19万アクセスです、多くは固定客の人々に支えられています。イチゲイさんは少ないのが特徴で、京都の御茶屋の営業形態に似てます。

東京は桜の花が最盛期を迎えようとしていますが、今日は朝から雨で桜が心配です。

          (甲州土産)

2007sakura_001  話は飛ぶのが、JoBlogの特徴なんですが、写真は双葉サービスエリアで購入した風林火山関連土産です。左は、有名な信玄餅で昔から土産として購入していました。息子が甘党で大好きなんです。

右の品物は、今回初登場のNHKとタイアップした土産です。勘助の草もちのひねり餅です。単に、草もちが一ひねりしただけです。しかし、ミーハーなJo君は思わず購入しちゃいました。

 ところが、この二品の土産をわこちゃんの車の中に忘れてしまい、ご迷惑をかけちゃいました。

 (談合坂、双葉、サービスエリア)

 信州への行きと帰りに立ち寄りましたが、そこで食べた蕎麦が非常に不味いのに驚愕しました。蕎麦の香りはしないし、これは何なんだ?談合坂では半分以上食べれなかったです。昔からではないと、思うのですが、よくこんな蕎麦をお客に出すと、憤慨でした。

いずれ、改善されると思いますが庶民が安い値段で食べれる食材は美味しいものを出して欲しいです。

 (オリーブが帰国した)

 昨日、フランスからオリーブが帰国してきた。息子の引越し荷物に次女の残した荷物で我が家はバザー会場にような混雑状態なのに、又、オリーブの大きなトランクが到着だ。

夜、トイレに行くときは慎重に歩かないと転んでしまう、混雑ぶりである。まるで、難民キャンプだ。

 (鶴見川堤防桜模様)

2007sakura_021 2007sakura_022  鶴見川の桜も綺麗です。何時も飛行機を飛ばす場所ですがこの季節は格別ですね。

カメラを抱えた人が見受けられます、枝には鳩が二羽とまっていますね。

2007sakura_027 2007sakura_026  遠方には新横浜のサッカー場が望めます。ワールドカップの決勝戦はここで行われましたね。

ここは公園になっており、近くの幼稚園の子供達が遊んでいます。

2007sakura_032 2007sakura_033  菜の花も空き地では咲いていました。菜の花といえば司馬遼太郎さんですね、故人を連想するのも花のせいですね。

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帰国宴会 その3

2007sakura_017 2007sakura_018  今日の宴会は自由が丘の”金田”です、幹事の哲ちゃんが急遽バンコックへの出張となり、代理で儘田さんが幹事でした。

 大島先輩を囲む会です。海外関係のメンバーです、儘田さんは長くオーストラリア担当から、中国に転進し長安(西安)で社長をされていました。佐藤忠さんはフィンランドとスペインの専門家ですが、最近はフィリピンだそうです。

山本先輩とは先日ハノイでお会いしましたね。ホーチミンに会社を作りました。鎌田さんは始めての出会いでしたが、海外の仕事を長くされていたそうです。

 楽しい宴会でしたね。

 参考 昨年11月の歓送会

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帰国宴会 その2

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帰国宴会その2はコジラ先輩を囲む謎の美女軍団です。宴会は汐留のメデイアセンター地下二階でした。宴会が始まる、1時間前にコジラ先輩と久しぶりの再会で積もる話をしました。

 写真は上野のけんた&あとむパパの激写作品です。(笑)

 昔コンテンツ本部で仕事をした仲間の集まりですが、今は、皆様いろんな方面でご活躍されています。特別ご招待は志度副編集長さんと筒井女史(某証券会社M&A部門)さんでした。

何時もは上野で花見と音楽会をする仲間ですが、今回は宴会のみの趣向となった。幹事は何時もの梶山さんです。

 この日の午後は、錦糸町の墨東病院に友人を見舞い、気力が無くなった足で秋葉に向かい、飛行機二機のキットを購入しハノイに持ち帰る荷物とした。

(追伸)

 けんた&あとむパパから動画が送られて来ました。

 コジラを囲む美女の会動画編

 

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帰国宴会 その1

2007sakura  帰国後の宴会が始まりました。

恵比寿のベトナム料理店”We”です。昔の仲間が集まり近況の報告会でした。古河さんは会社の上場を果たされました。宮原さんは引退され数ヶ月経過、松尾さんは元気に社長を続けている。岩ちゃんは先日まで白馬で一緒でした。

 元気であればこそ、集まれるのですね、健康でおられるのが本当に幸せだと思いました。美味しいワインとフレンチ・ベトナムの料理で楽しいひと時はアッという間に過ぎてしまいましたね。

 また、夏には皆様お会いしましょう。ハノイに是非遊びに来てください。

 (追伸)

 連日、次女が旅立った家の整理で多忙です。殆ど廃却処理だが、必要な荷物は階下の倉庫に台車で何回も運び、格納。全ての荷物を倉庫の前に並べ、倉庫の容量と三次元空間を頭に入れ、どのように荷物を入れて最大限格納できるか?

 入りそうにない荷物の前で呆然とするが、そこは根性で全て格納した。そして、部屋に帰るとベランダに洗濯機が残っていた!愕然!洗濯機を台車に載せて倉庫に向かい、再度全ての荷物を取り出し、再格納である。

赤とんぼでは、カッチンが優れた才能が有り、わこちゃんの車に飛行機9機を格納した実績がある。格納すべき物体の形状を良く考え組み合わせを頭の中でシュミレーションするのだ。

 残りの荷物は我が家に運び、我が家は足の踏み場もない状況であり、玄関にも大きな荷物でブロックされ、何日かけて整理するのだろうか?これでは、泥棒も入れない状況である。

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2007冬合宿 感想

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Ysさんの見事な写真です。わこちゃんの飛行機が離陸し、数秒後の瞬間を捉えています。この数秒後に墜落大破でした。Ysさんの写真は何時も感動を受けています

2007winter_camp1

 この写真もYSさんが撮影されたわこちゃんのカルマート25スポーツの帰還です。白馬連山から帰還して来ました。美しい機影ですね。この写真には深いドラマが存在しました。

 参考 わこちゃん赤とんぼ合宿を語る

 4ヶ月ごとに実施される赤とんぼ合宿は常に白馬村の岩岳の山小屋”ちんぐるま”です。自炊の生活であり、テレビもラジオも有りません。俗世間と一線を画して行われて来ました。

 (クラブとは?)

 ふうてん老人から昔に聴いた話ですが、クラブというのは発祥はイギリスだそうで、男達が嫁さんとか恋人から逃げ出して、男だけで安息の場を得る為に出来た制度らしい。

考えてみると、30年間続いた赤とんぼと岩岳の合宿は何処か、ふうてん老人の指摘が正しいのかも知れない。

 (最近のスキー)

三浦さんのスキー 短い!
 最近のスキーは短いですね、私が学生時代は2メータ5のスキーを履いていました。しかし、最近はこないに短いのには驚きです。70歳近い三浦さんは今シーズン5回目のスキーです。
  (20年以上前の4サイクル)
25年前のOS4サイクル40エンジン機

 Ysさんの20年以上前の飛行機とOS最初の4サイクルエンジンである40だそうです。今回も無事エンジンも始動し無事でした。軽快な飛行を披露していただきましたね。

 (後立山連峰雪景色)

後立山連峰雪景色

 楽しい合宿も無事終了出来ました、楽しいひと時を過ごせたことは感謝です。次回は7月の夏合宿でお会いしましょう。有難う。

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新横浜 花便り

 2007sakura_002_1  2007sakura_003 新横浜にも花の季節が参りました。信州から帰宅すると家のまわりの桜の木には花が咲き始めています。

 次女は既に北海道に移りましたが、彼女の家の窓からは何時もこの季節になると満開の桜を鑑賞できます。

不動産屋に賃貸契約の手続きの用事があり近所を散策して、花の状態を観察した。

2007sakura_004 2007sakura_005  若い桜の木には早く花が咲くのでしょうか?大木の桜の木には未だ花が有りませんが、若い木には沢山の花をつけていました。

大倉山は住宅街で梅は大倉山梅園、桜も至る所で愛でる事ができます。年寄りが住むにはいいのではないでしょうか。

2007sakura_006 2007sakura_007  太尾町の何方かのお庭に咲いていた花ですが、名前は判りません。随分と沢山の花をつけて豪華絢爛でしたね。

昔、このお家の前にアマチュア無線の仲間の翁がお住まいでした。

2007sakura_008 2007sakura_009 私の家の直ぐそばにある桜です、未だ若い桜の木ですから、花を既に咲かせていました。

桜は下から眺めるのが宜しいですね、青空がキャンバスのようになり花が映えます。

2007sakura_010 2007sakura_011 2007sakura_013 ついでに、咲いている花もご紹介です。

これから、新しい年が始まるという気分にさせる花々ですね。

やはり、入学式とか会社の新年度とか桜の季節に設定したのは、日本人の感性でしょうね。

2007sakura_012 息子が琉球大学理学部を卒業しました、後輩から頂いた花束を横浜まで持ち帰り、飾ったものです。

息子も卒業、次女も北海道の新天地で結婚と二人の新しい人生が始まった桜の季節でした。

 

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2007冬合宿速報

2007akatonbofuyu_054  恒例の赤とんぼ冬合宿は恙無く終了しました。2007年3月23日より25日迄の合宿で、場所は30年間変らない信州白馬村は岩岳でした。

マイフォト 2007冬合宿 写真集

 今回は、下界は全く積雪が無く異常な状態でした。白馬村の人の話でもとても珍しい状態です。従い、雪上での飛行を考えていた我々は、全ての飛行機に橇かフローとが装着されており、陸上に切り替える必要がありました。

しかし、カッチンは僅かに用水路の窪みに残る残雪で雪上からの離陸に挑戦した。

2007akatonbofuyu_035 2007akatonbofuyu_042  左の写真は信州に向かう甲州から諏訪途中から眺める八ヶ岳の風景です。信玄、勘助も眺めた風景です。

右側は松本の町から眺める表銀座の山々です。山は何時見ても美しいものですね。

2007akatonbofuyu_059 2007akatonbofuyu_006 今回の成果は、三浦先輩が採取されたふきのとうです。

雪が融け、顔を出したふきのとうを採取し、夜の宴会で美味しく頂こうという趣向でした。成果物は籠の中にありますね。

さて、どのように料理をしたかは、続報をお待ち下さい。とても美味しく頂けました。

 今回の参加は、三浦・管理人・岩ちゃん・よっちゃん・Ysさん・カッチン・わこちゃん・joに特別参加で小川せいちゃんの9名でした。

2007akatonbofuyu_121 土曜日の朝はスキー組とフライト組に別れ、それぞれ楽しみました。午後からは雨となり、宴会が昼からスタートでした。

今回は、25回目のちんぐるま合宿だそうです、29年間毎年のようにお世話になりました。次回は、7月下旬に夏合宿が予定されています。

 楽しい時間を有難うございました。

2007akatonbofuyu_074  後立山連峰の峰峰です。

この景色を眺める為に年に三回来ているのです。

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日本に無事到着しました

 ハノイから4時間で到着しましたね、とても近いです。久しぶりの日本は静かで寒い印象がしました。娘の家は今日が引っ越し荷物が出る日、我が家も足の踏み場のない状態です。

 朗報としては昔のアルバムがごっそり、ダンボールに入ったまま出てきたそうです。私の子供時代のアルバム、そして母と叔母のアルバムでした。とても懐かしいものですね。

と言うわけで、小学三年生のときの演奏会です。右から二人目でバイオリンを弾いているのはJo少年でした。(笑) 集合写真では一番後ろで真ん中あたりの紐ネクタイがアタシ。

 演奏会写真

 一年生入学式

 (追伸)

 押入れのダンボールからは、何と、大昔の三浦先輩とわこちゃんの初フライトの記録8ミリサウンド入りが発掘されました。よく、ネズミに齧られずに生き残っていましたね。

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秋津嶋 桜の季節到来か

 京都方面で桜の季節になると異常に興奮なさる翁がおられます。確か2005年の春は桜を求めて東奔西走、大學の授業はどうなったのか?と、心配しておりました。

 MuBlog 桜カレンダー 記事

 今年もきっと京都方面の桜の便りが届くと思います。

私の過去の桜に関する記事は以下の通りです。

 桜満開7万アクセス(2005年4月9日) 記事

 寒中花見 in 上野編(2005年4月15日)

 上野花見 狂乱続編(爆笑編)

 上野花見(2006年編、4月5日)

 二条城桜編(2006年4月)

 Jo君のヨイトマケ桜編(2006年4月9日)

 奈良方面の桜の便りは、ほかもはんのBlogが何時も素晴らしいですね。もちろん週一の武蔵野台地の、ふうてん老人日記も動画で紹介されています。

日本人がこよなく愛す桜、もうすぐですね。

 話は変わりますが、ベトナムの卒業式に関してです。

 ベトナムの卒業式の思い出

 先日、タン君と昼飯を食べる為に会社の近くのベックア地区を歩いていた。彼が通った高校がありました。とても懐かしそうだったので、二人で校舎に入りました。昼休みで沢山の高校生がワイワイ騒いでいます。

 校舎に囲まれた中庭には大きな木が数本立っています。どれもウチワ(団扇)のような大きな葉っぱをつけた木なのですね。その下でネットを張り、蹴鞠のような遊戯をしていました。ボールではなくて、日本の羽子板で使用する羽根のような物を蹴るのです。

校舎の廊下には地区のオリンピックの試験結果の成績が張り出されています。数学の試験でしょうか、世界オリンピックのベトナム代表を選考する地区予選の結果らしい。

 タン君、中庭の木の葉っぱを眺めながら物思いにふけっています。

”筒井さん 我々が卒業するのは9月なんです。その季節にはこの葉っぱが真っ赤になって落ちるのですよ。”

”へ~~、日本では晩秋に紅葉するけど、こちらでは真夏の暑さで葉っぱが紅葉するんだ~~”

”そうなんです、卒業式にはこの紅葉した葉っぱが物悲しく落下し、別れの詩をつくるんです。”

 この話は実話です、さぞタン君は彼女に別れの詩を書いて渡して、日本に留学したんでしょうね。青春ドラマでした。

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花見に帰ります

 今日、東京の靖国神社の桜が6個咲いたそうで、開花宣言。しかし、こんな平和な国は無いやろね。という訳で明日の深夜の便で一時帰国する事になりました。ハノイから日本への便は関西方面とか色々あるのでしょうが、成田へはベトナム航空とJALの共同便で出発は深夜ゼロ時20分という妙な時間です。

所要時間は追い風ですから4時間20分という按配ですから、時差の2時間を考慮すると朝の6時40分に成田着です。意外とハノイと日本は近いのですね。

 日本でやりたいこと

 ・美味い蕎麦とうどんを食いたい

 ハノイでも自宅で名シェフのJOが時折作っているが、どうも水が違うのだな~~。話は飛ぶが鮭が故郷の川に戻るのは生まれた時の水の匂いを覚えているらしい。先日のNHKの番組では知床半島の川に戻るカラフト鱒と鮭の話です。

私もどうも匂いに敏感なようだ。日本に帰り、白馬村の何時ものお店で蕎麦と無料でついてくる婆さんの野菜天麩羅が食いたいのだ。お店の名前を教えると、日本中の人々が押し寄せるので、内緒だ。ホホホ

  白馬村の某蕎麦屋

 白馬村の辛い大根のすりおろし、そして雪の中で漬けてある野沢菜も格別だな~~。これが楽しみで30年間岩岳の山小屋、”ちんぐるま”で合宿を続けている。私は好きでないが、仲間は白馬の馬刺しが好きだ。”白うま”の馬刺しではない、普通の馬ですから間違いなきようにお願いします。

 ・秋葉の立ち食い蕎麦

 立ち食い蕎麦としては、蒲田駅と品川駅と秋葉のラジコンショップであるチャンプの近くの立ち食い蕎麦屋が好きだ。品川駅は関西風か関東風か選択可能である。どこに関東風を選ぶ物好きがいるかと思えば、いるんですよね。

ともあれ、秋葉のラジコンショップを走り回り、寸暇を惜しんで食べる立ち食い蕎麦は格別の充実感があるのだ。普段は高級な蕎麦とうどんを食しているが、秋葉のモードの時は異なるのだ、この趣味の世界で没頭してるときは、高級レストランは罪悪であり、絶対に立ち食い蕎麦だ。

 ・大倉山駅そばの散髪屋

 私は散髪屋で長く席に座るのは苦痛である。一刻も早く散髪は終わりたい。そこで、我が町である大倉山駅そばの散髪屋は15分程度で終わり、且つ、値段は900円(120000ドン ゲッ! 高いハノイは25000ドンだ)と安い。

ま、ハノイに比較すると値段は高いけど、直ぐに散髪してくれるので行きます。

 ・ベトナムレストランに行く

 通いなれた恵比寿のベトナムレストラン”We”に行きます。シェフに一発、本場ハノイのベトナム料理の最新の情報を伝えねばならない。情報はベトナムで毎月発行されるレストラン情報中心の雑誌”SKETCH”のパクリだけどね。

このあたりが、現地に住んでいる人間の強みなのですね、これで、恩を売る訳ですね。(商売人JO)

  ・山登り先輩の情報収集

 老後は一緒に山を登りましょうと話をした、4歳年上の先輩の現状の体力と山行の按配が気になる。私はやむなく、排気ガスが充満し鼻毛が伸び放題で湿度90%のハノイで生活しているが、先輩の山登りはどうなっているんだろうか?私は置いてけぼりではないだろうか?

 ・ラジコンキットの購入

 ベトナムのハノイにはラジコンショップは存在しない、とにかく今回の帰省では秋葉でラジコンキットを数種類購入が必要だ。所長は危険なジェットエンジンを開発してるが、私は歳相応に無難な飛行機の製作に没頭したい。バルサのキットを購入して持ち帰る予定だ。

 ・上野の桜はどないな按配か?

 けんた&あとむパパの生息する上野の桜はどうなっているのだろうか?気になるので、昼間の時間にこっそり偵察に行こうと考えている。秋葉の帰りに動物園前の桜の按配を確かめる。

  そうそう、今回の帰省は次女の結婚式だった!

(追伸)

 わがハノイのラジコン所長は現在ベトナムが誇るリゾート地である、ダナン出張してる様子だ。確かこんなリゾート地に工場がある筈が無いのだけど?何やろか?

  所長のダナン報告

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井戸を掘った人

 先日NHKのスペシャル番組、ラストメッセージという番組で故、岡崎嘉平太さんの番組が放送されていました。日中国交回復の井戸を掘った人と故、周恩来首相が表現した人です。岡崎さんは逆に、周恩来首相の故郷の実家の井戸の前で、周恩来首相こそ日中国交の井戸を掘った人と発言されていました。

 叔父の思い出

 岡崎さんの番組を観ながら、もう10年以上前に亡くなった母の妹の旦那さん、中島翁を思い出していた。岡崎さんは確か戦前に上海に居られた筈であり、日銀から駐在されていたと思う。叔父は某製薬会社の責任者として上海で戦争が終わるまで10年間暮らしていた。

 当時の上海は東洋の真珠と呼ばれていたそうだ。当時の模様をよく叔父から聞かされました。競馬場の貴賓席でマージャンをやりながら、背番号をつけたボーイにお金を渡し馬券を買って貰うそうだ。時折、ボーイはお金を握り締めて何処かに行ってしまうそうだ。

 泥棒にもよく入られたそうで、押し込み強盗には快く有り金を渡すと危害を与えずに去ってくれたそうだ。多くの中国人と仕事の上でも私生活でも付き合い仲間が出来たそうだ。

 中国人は恩を忘れない

 この言葉が叔父の口癖でしたね。中国の長い歴史では王朝も何回も変わり、異民族に何回も支配された歴史を持つ。国とか国家機関とか権威あるもいのを信用しない、信用するのは家族とか仲間であると。

 考えてみると、日本は江戸時代は幕藩体制であり何処かの藩に所属し、明治維新後は何処かの会社(藩)に属していた。400年間何も変わっていないのだ。しかし、中国は清の時代は女真族に支配され、その後列強が押し寄せ、日本も侵攻し塗炭の苦しみを経験した。アジアの多くの国は日本のように恵まれていない。頼れるのは身の回りの人々しかいない。

 海外に赴任した新人がよく間違うものに、ビジネスレターがある。レターには相手の会社名を書き、役職、部署名を書いて最後に相手の名前を書く。確かに、挨拶する時に○○会社の何処の所属の何の役職の名前は△△と名乗る。これは、江戸時代から400年間以上続いている藩士の名乗りだ。

 世界の常識は異なる、先ず名前が先だ。そして、今、仮の棲家として○○会社に所属しているが、私が先ず重要なんですね。沢山の会社に属しているかもしれない。

 井戸を掘るとは?

 私は中国人が井戸を掘った人と表現するのは、家庭にある井戸の事ではないと考えています。周恩来首相が言う井戸とは砂漠地帯のカレーズの事だと思います。

 シルクロードのカレーズ 参考1

 カレーズ(トルファン、ウルムチ) 参考2

 砂漠地帯で生きる為には、遥か山の彼方より井戸を掘り、暗渠を掘り、メンテ用の井戸を掘り、何代にも渡り掘削したカレーズが多くの民を養う事が出来るのです。これが、井戸なんだと思います。

 砂漠のような二国間の関係を修復し将来の両国の民が豊かな水を得て畑や田圃を耕せる国土を作る事を井戸を掘ると表現したのではないでしょうか。勿論、岡崎翁はお判りでした、生涯101回も中国を訪問し若い両国の人々が交流できる道を切り開かれました。

 さて、ベトナムと日本の関係においても周恩来さんや、岡崎翁のような幾多の人々がおられる筈です。

 

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jo君のハノイ暮らし(13) 民族楽器

 ベトナムの人々は歌が好きです。アパートの近くには大きなバスターミナルがありますが、夜の9時50分になると閉店の演歌が聞こえてきます。単なるアナウンスではなく、演歌なのが笑ってしまいます。

Kanko_047 Kanko_048  ホーチミン廟を見学すると同時にホーおじさんの執務室とか住居の見学ができます。そのあと、みやげ物屋さんがあるのですが、そこで民族音楽の楽器の販売と実演コーナーがあります。

 彼女達が演奏するのは、一弦琴とか木琴とか三味線みたいな楽器、琵琶みたいな楽器、笙のような楽器、何か親しみを感じますね。

 ベトナムの民族楽器 参考

スケッチさんの楽器説明記事の一部を引用紹介します

Dan Bau/ダン・バウ 一弦琴

 ”弦を弾くと同時に、台箱の上に差し込まれた棒をしならせ、糸の張りを調節して曲を奏でる。もとは瓢箪を音の増幅器として使っていたが、現在はピックアップをつけたエレキのものが主流。”だそうです、これが悲しい音色をだします。

T'rung/トゥルン

 ”ヨットの帆のように、連なる竹の束。それをバチでポコポコ叩けば、意外や透明感のある、奇麗な音色が響く。このトゥルンはもともと中部山岳民族のもので、竹の長さや太さの違いで音階を作っている。写真のものは19本の竹を使い、ドからソまで2オクターブ半の音が出る。”

Dan Tam/ダン・タム

”ダン・コーやダン・ホーと同様に、ヘビの皮が張られたベトナムの三味線。ちょっとこんもりしているけれど、沖縄のものとうりふたつ。一説ではこのダン・タム、「海のシルクロード」を辿り、ベトナムから沖縄へ伝わったとのウワサも。”

Kanko_049 Kanko_050 Kanko_051  どうも日本の音楽は南方から伝播したんではないだろうか?稲作とともに楽器とか音楽は伝わったような気がしますね。

だって、ベトナムの歌を聞いていると演歌そのものです。(笑)

一弦琴参考 web

 旧市街をブラブラあるいていると、沢山の民族楽器を販売するお店があります。水牛の上で子供が吹く竹で出来た横笛(フルート)とか興味ある簡単な楽器があります。義妹はお店の為に自分が気に入った楽器を購入していました。

  旧市街 民族楽器店訪問記

 どうも、遊牧民よりは南方の稲作民が日本に稲を伝えた時に、田植えとか収穫祭とかで音楽を奏でて、縄文人はそれを受け入れたのではないでしょうか。

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jo君のハノイ暮らし(12)

ハノイではベトナムの放送局としては3局放送されている。一つはハノイでもう一つはホーチミンらしい、もう一つは判らない。国家の統制は厳しいようです。

 番組で欧州のサッカーは中継とか録画が放映されているので、サッカー好きな国民なんだな~~と、思います。私は、セルテックの俊輔君の活躍を中継で観ています。

歌番組も多いようです、子供達の歌舞演劇風な番組が多い事から子供達を大事にする国なんでしょう。

Chibimaruko_014 Chibimaruko_029  ちびまるこちゃん

ベトナムの局ではないと思いますが、日本のちびまるこちゃんのアニメ番組が放映されています。最近の番組ではありません、古いですね。

おかしいのは、コスト削減なのか、一人の女性ナレータが登場人物全員の言葉を喋る事です。だから、まるで別の番組みたいになりますね。これ、絶対変だよね、と、思うのですがね。どうも、絵本をお母さんが読んでる感覚ですね。これは、もう、別の作品だ。

 欽ちゃんの仮装大賞

 これも何処かの局でしょっちゅうやっています。子供達が主役の番組ですから、許可され易いのかもしれない。これは、日本語のままですから、日本人向けに放映されているんでしょうね。海外に住む駐在員の子供向けなのかな~~と思うけど、果たしてどれだけの子供達が観てるのか?と、不安です。

 NHKワールド

 ニュース番組が中心ですが、年配相手の番組が多いようです。百歳万歳とか、飛び出せ定年とか、年金の番組とか、私の好きな大河ドラマは同時刻の中継です、そしてNHKスペシャルも放映されます。

ニュース番組では時折、著作権の関係で画像はありません、これは、早く何とか解消して欲しいと思いますね。そうそう、朝の連ドラも楽しく観させてもらいました。芋たこなんきんももうすぐ終わりでしょうか。毎日、朝6時15分から観ていました。

 ニュース番組では同じ番組を英語版で放映もされています、二ヶ国語放送の英語版でしょうかね、日本語を観て、又、英語版を観ると英語の勉強になりますね。時事英語を覚えるにはいい教材でしょうか。

 インターネット

 テレビ観る時間は限られていますね、しかし、インターネットは事務所からでも自宅でも何処でも繋がりますから、これからはインターネットが重要なメデイアではないでしょうか。

アパートはADSLだそうですが、しょっちゅう繋がらないし、チョロチョロとしかバンド幅は無い。動画は空いてる時間しか無理です、インフラが駄目ですね。この前の台湾沖海底ケーブル事件では一週間はインターネットが繋がりませんでした。

 問題は、停電ですね、先週も昼間に5時間も停電があり端末も使えずインターネットも出来ずメチャメチャでした。ベトナムはこのインフラ整備が急務だと思います。自宅のアパートには自家発電装置があるので、停電しても大丈夫です。しかし、この発電機が私の部屋のの下にあるので、停電すると床が振動し、うるさくて部屋におれないのが玉にキズ。

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ハノイでの違和感について

  ハノイでの違和感について

 日本で60年間を過ごした私がハノイに来て、これは如何なものだろうか?と正直に感じた事柄を列挙します。

  警笛を鳴らしすぎ

 ハノイ市街だろうが、会社の前の細い道路だろうが一日中、バイクと自動車の警笛が鳴り止まない。最初の一月はノイローゼになりました。今は、耳とか頭とか慣れましたが、それでも何とかならないか、と強く思います。事務所の私の部屋ではあの鋭い警笛が四六時中聞こえます。

 日本だと、警笛を鳴らすと、お前喧嘩吹っかけてるのか?という按配に受け取りますがこちらは、喧嘩を売ってるのではなく、親切心から鳴らしているのです。だから、鳴らす方が悪いと決めつける事は出来ません。ベトナム人を観察してると、バイクでもバックミラーは元々付いていない車が殆どです。後ろを見ないのだ。

 Going my way! Don’t care any other people.と思ってしまいますね。

 そう言えば、昭和30年代から40年年代の頃に日本も産業用の車が増えて警笛がウルサイ時代がありましたね。しかし、何故か急に警笛の騒音は聞こえなくなりました。欧州とかアメリカを歩いていても実に静かだ。何故、この騒音を問題にしないのだろうか?

  でかい声で会話をする

 ベトナム人同士が会話して白熱すると、まるで近くで聞いているとつかみ合いの喧嘩になるのではないか、暴力事件になるのではないか、凄まじい大声でまるで喧嘩のような会話になる。これも、不思議な習慣だと考えています。日本人は静かに話しをするが、ベトナム人は大声で喧嘩のような話し方になる。

 このような民族として、私の経験ではソウルの焼肉屋で経験した。韓国人は熱いと聞いていたが、正しく凄まじい光景を見た。韓国人も越人も何処か似ている所があるのだ。感情を抑える事が出来ない状態がすぐに起こる。

 15年間日本で暮らしたタン君に聞くと、やはり両親もそうらしい、日本生まれの2歳の子供が喧嘩してると勘違いし、爺さん婆さんの仲裁に入るそうだ。(笑)

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大樹との暮らし

 ベトナムという国の印象で大樹を大事にする心はどこか共通のものだな~~と思う。

Inaka_014_1  紅河少し北に位置する紅河デルタの稲作地帯で出会った大樹です。神棚もありますね、地元の人々からは尊敬されている大樹なのではないだろうか。

子供の頃、北河内郡大字招堤村の自宅の前庭には巨大な栴檀の巨木がありました。4歳上の兄貴がしょっちゅう大木の上に登り、遥か彼方を眺めていた風景が目に焼きついています。

この紅河デルタの巨木も100年かいや数百年以上前からベトナムの歴史を眺めてきたんでしょうね。

Rajikonfuright_133 ハノイ市内の旧市街地に鎮座する巨木です。人間はこの木に遠慮してひそかに生かして頂いているという雰囲気を感じませんか?

街路樹という言葉がありますが、いかにも人間中心の考えですよね、逆に巨木の住む世界に街を作らせていただくという雰囲気を感じます。

 となりのトトロの世界はまさに、ベトナムの方が似合うかもしれません。

Teto_129_1  政府関連の立派な建物がありました。しかし、この大木の方が偉そうです。何処か、大木に寄り添って政府機関が存在するという風に受け取りました。

話は飛びますが、ベトナムの国旗がそこらじゅうで翻っているのですが、真っ赤な真ん中に黄色の星です。この黄色は何だろうか?赴任以来自分なりに色々と考えていた。

政府関連の建物は実は黄色なんですね。今の所、私の考えはベトナムの大地の色ではないだろうか、というのが私の考えです。その大地から芽生えて数百年以上生きている巨木はまさに大地の化身ではないだろうか。

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ハノイ在住 1Q総括

 2006年12月4日にハノイの土を踏み3ヶ月が経過した。会社の決算の物差しで表現すれば1Q(ファーストクオータ)を終えた事になる。決算報告書が必要になりますね、私は何Q迄存在するか判らないが一応期末の纏めをしておきます。

 (ベトナム人とのコミュニケーション)

 ハノイに赴任してベトナムの人々とどれだけお付き合いが出来たか?数多くの人々とお会いしお付き合いはしたが、まだまだ核心の所まで話が出来る状態ではない。ベトナム語の勉強がおろそかにされていました、大反省です。現地の言葉が喋れないと全く意思疎通は難しい。

 ・会社の従業員・・・・日本人が私を入れて4人、日本語が出来るベトナム人2名(二人とも日本に在住経験あり)、英語が喋れるベトナム人3名、ベトナム語だけ2名(運転手さんと掃除のおばさん)。

 ・取引先の人々・・・日本企業ですが殆どがベトナム人、会話は英語と日本語。メールは英語です。協力会社のベトナム国営企業の人はベトナム語だけ。会話は通事経由となる。

 ・大學関係者・・・・・日本語と英語。日本留学経験者は上手な日本語を喋ってくれます。早く現地のベトナム語を喋れるようにならないと申し訳ないと思う。

 ・青空市場の人々・・筆談というか金額を紙に書いてもらい、値段の交渉。早く数字のベトナム語は覚えないといけない急務。

 ・タクシー運転手・・・行き先の住所を書いた紙を渡す。ベトナム語は発音が難しいから自信のある住所だけはトライする。自宅は大丈夫になりました、欽ドン(Kim Dong)で通じます。(笑)キムドンでは通じない。

 ・レストラン・・・・外人が行く店とか日本食屋は問題無いが、ベトナム人のみが出入りする普通のお店とか屋台の店はベトナム語。屋台は殆どメニューが決まっているから大丈夫です。

 (ベトナム人の歴史)

 この国は如何なる歴史を繰り広げてきたか、文化の背景に存在するものは何なのか?歴史博物館、民族博物館、軍事博物館、等々を見学し、歴史書1冊と現在、ベトナム革命の内幕という日本語訳を読んでいる。

私のレポートを読まれた、ふうてん翁さんは自分のルーツがベトナムではないかと考えておられる様子だ。日本人には勿論モンゴリアンの血が多く受け継がれているが、長江下流域の越人の血も受け継いでいる筈である。

 (自分はベトナムに役がたつか?)

 ベトナム人にとり私は必要な人間なのかどうか?常にこの事は考えて行動している。よそ様の土地で生活している訳ですから、その国の人々に役に立たないなら何時でも去るべきですね。ベトナムは1月にWTO加盟を果たし、新投資法,統一企業法を国会で可決、日本はソビエトに次いで戦略的友好国となった。

 カンボジアのポルポトとの戦争、中越戦争、国際制裁、等々を経験し160万人の軍隊を抱えて苦しい時代を経験し独立を勝ち得た国が目指すのは近代産業の育成だ。62億ドルの外貨と640ドルGDPではどうしょうもない。

ベトナムも外資を導入し,民間企業を起し、近代工業化を推進しなければ何時までも貧困と失業が続いてしまう。海外にでたベトナム人は今こそ本国に帰国し民間企業を起しベトナムの人々に自由経済と企業、国際経済を教えねばならない。

 そのような新しい若きベトナム人リーダーの人々のアドバイザーとして私は少しは役に立つ筈だと確信している。自分が納得した時点で日本の祖国に帰る考えです。

 昨日の山本先輩の話では、日本に留学した若者は日本で1年間で100万円を貯蓄し、友人6名と金を出し合い600万円で会社を起こしたそうだ。今は100人規模の会社にしている。このような若者がベトナムを背負う事になると思う。

 

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jo君のハノイ暮らし(11) 山本先輩来越

 昨年4ヶ月間一緒に浜田山の旧石器時代の遺跡を発掘した仲間から便りが来た。

「iseki2.doc」をダウンロード

「iseki1.doc」をダウンロード

 和輝さんからの遺跡発掘便り:

 ”私の今の現場は「浜離宮の汐入の池の橋の下」です。老朽化した橋を架け替える為の調査です。何だか毎日へドロとの戦いです。遺物と言えるのでしょうか?コーラの壜や
赤い靴が出てきたりしています。その中で弥生土器の様なものを発見!それは「すり鉢」の

一部であり、江戸時代初期の「丹波すり鉢」の破片という事でした。三月一杯はこの現場に居ります。”

 私も、いずれ日本に帰れば、又、どこかの遺跡の発掘現場に立つと思います。

 (山本先輩が又、来越された)

Rajikonfuright_129  ホーチミンの帰りにハノイに立ち寄られた。朝10時半頃に宿泊先のNikko Hotelを訪問して、彼のスイートルームの立派な部屋でしばし近況のビジネスの話をした。彼はホーチミンで会社の立ち上げをVuさんと一緒にされている。

Rajikonfuright_128 時間が数時間あるので、二人でしばしハノイの旧市街を食事と散策する事にした。ホアンキエム湖の北にある眺めの良いレストランに案内した。以前、家内と二人で食事をした場所である。眺めが良いし料理もまあまあだ。

 Rajikonfuright_132 生ビールとロシアンサラダと私はハンバーガーを注文した。久しぶりに、アメリカンであRajikonfuright_131 る。(笑)たまには、アメリカンも食さないと英語を忘れてしまう。しかし、肉は焼きすぎでしたね、カチカチどした。

一息ついて、買い物を案内した。と言うても買い物は私は嫌いなので、以前無理やり家内とか娘に同行させられたお店を案内した。彼は、刺繍のTシャツを二枚購入。ベトナムの刺繍は素朴でかわいいのだ。二枚で5ドルに値切った。

 (ハノイ・モーメント)

 次は、奥様がバッチャン焼きの磁器が好みだというので、有名なお店を案内した。湯のみ6個ときゅうすで合計30ドル。厳重に荷作りを頼む。Hanoi Moment 101 Hang Gai通り。

Rajikonfuright_138 次は、水墨画のハガキ大のオリジナル作品だ。私も一枚、次女が猫が好きなので購入した。猫の水墨画です、1枚1ドルですね。

Rajikonfuright_134 Rajikonfuright_136  疲れたので、ホアンキエム湖の辺の西洋茶店に入る。湖に面しており眺めは最高だ。二人ともマンゴージュースを注文した。結構美味しいですね,さすが本場です。

しばしの、先輩とのご一緒の時間を過ごせた。これからも、チョクチョク来られると思います。もう38年のお付き合いの先輩です。

 2006年12月 山本先輩来越 記事

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jo君のハノイ暮らし(10) 停電が5時間

Rajikonfuright_110 Rajikonfuright_116 ハノイは暑くなり始めました、寒さは終わったようです。今日は、朝から紅河を渡り北上して田圃の中の工業団地に出かけた。帰りに、テト前に植えた稲の苗はどないな按配か気になり視察した。

Rajikonfuright_114 Rajikonfuright_118 運転手さんに仕事が終わり、会社に帰る時に悪いけど田圃を観たいから、道草をお願いした。

稲はどれくらい生長したのか気になっていたのだ。背丈はそれ程伸びていないけど、元気に成長していました。遥か彼方では牛を追う少年がいました。子供の頃、家の周りは田圃でしたから、懐かしい。

 (赤とんぼホームページ)

 わこちゃんが頑張ってホームページを公開しておられます。時折、覗いて頂ければ幸いです。最近も冬合宿が近いので、更新されています。動画もかなり充実を始めましたが、管理人の承認が無ければ観れないかもしれません、それは管理人の考えですから、申し込んで観て下さい。

 赤とんぼホームページ

 (昼飯は宴会だ)

Rajikonfuright_121 Rajikonfuright_122  今日は丁度、お昼時間から停電になった、何と夕方5時まで停電が続いたのだ。

昼飯は、近くの店で皆で宴会となった。私もビールを飲んで美味しいものを食べた。豚肉の野菜炒めとか、厚揚げのピリ辛炒めとか、卵焼きとか、スープとか・・・・・・・。

ともかく、ベトナムの人は野菜を食べるのですね。生ビールを二杯も飲んでしまった。

Rajikonfuright_123  烏賊とハーブの炒め物も注文だ。この店は古いそうだ、タン君が大學時代から存在するらしい。お店には蛇とかトカゲとか気持ち悪い連中がアルコールに入った酒が販売されています。

アタシャ御免だね。

Rajikonfuright_125 若頭の肩越しに見るアルトハイデルベルグではない、ベックワというベトナム学園村の風景である。

何処か、数年前に出かけたドイツの古い大學村と比較してしまう。ここは、バイクの警笛でウルサイのが玉にキズである。

 (停電が5時間も続いたのだ)

 部屋のベランダを全て開け放ち、光を入れて端末が使えないから、会社の仕事とベトナム語の教科書の復習と、ついでに書棚に有った分厚いベトナム革命の某著名人の回想録を読み始めた。

抗仏戦争からサイゴン陥落、カンボジアへの開放戦争に深く関わった軍人であるが、その後、ベトナム政府に批判をおこないベトナム共産党を除名された人物の回想録だ。

 私のようにベトナムの近代史に詳しく無い人間にとり、断片を知るにはいい本かも知れない、彼はこの本をパリで執筆したのだ。ホーチミン翁の遺書の公開に関しては興味があった、4通存在したそうだが、全てが今でも公開されているのか、判らない。

今日は忙しい日でしたね。

 (お詫び)

文中、文章に文法上間違いがあり、奈良のほかも先生より厳しい指摘がありました。それは、コメントの通りです。決してハノイでは、蛇やトカゲが酒を販売してる訳では有りません。ハノイの皆様にもご迷惑をおかけしました。お許し下さい。

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jo君のハノイ暮らし(9) 竜馬驚く

今日は久しぶりに豪華な昼飯を”REN”で食べた。カツカレーとビールで20万ドンだ。最近は質素な飯ばかり食べていたので、今日は栄養補給である。

(ボンバルディアDHC8―400型機)

 昨日、高知竜馬空港であわやの、飛行機トラブルが発生したそうだ。機体を眺めて、アレ?YS-11だろうか?と思わんばかりのターボプロップエンジンの双発機だ。よく似ているとおもったが、YS-11機の後継機として広く使われているそうだ。

どうもこの飛行機はトラブルが頻発していたようですね、クレームが何回もカナダ政府とかボンバルデイ社に日本政府からでていたようだ。さて、乗客は生きたここちはなかっただろうな~~と,思います。慰謝料は請求できるのだろうか?

 ラジコン飛行機を飛ばしているので、今回はどのように着陸したのか興味があった。大事な事は乗客の安全ですよね、火災は禁物、ちゃんと滑走路に撒かれた消化剤のところに機首部を接地させねばならない。オーバーランも厳禁だ。

通常の計器飛行での着陸では機首部が早期に接地するので、手動で着陸した筈である。これは、ラジコンでも難しい操縦になるだろうと、想像する。要は機首上げの状態で失速させて主脚を滑走路に叩きつける気持ちで着陸を試みるのだろう。

 しかし、チャンスは1回しかない、既に失速しているのでタッチアンドゴーは出来ないのだ。機長が危機管理本部の誘導で操縦はするのだろうが、最後は1~2秒の勝負だからきっと大変な緊張だったと想像する。

 幸い、火災もオーバーランも破損も起こらず無事だったのが奇跡のように思います。機内で冷静さを保てたクルーの努力と乗客も素晴らしかった。こんな飛行機はもうカナダに返して、YS-11の後継機を是非、日本の技術で作りたいですね。

 (過去の事故 ジェットブルー)

 このニュースの映像を見ながら、2005年9月22日にロスアンゼルス国際空港で起きたジェットブルー航空会社のエアバスA300の映像とだぶった。その時は前輪が出ているが,車輪が横を向いた状態での着陸でした。

この時も機首上げの状態で着地しなるだけ前輪が着地しないように機速を落とし,最後に前輪を着地させた。しかし、50秒間は前輪から火を吐きながら滑走路を走った。

この時もロスの国際空港は緊張したと想像できます、事故は是非起きて貰いたくないです。

 

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jo君のハノイ暮らし(8)

Rajikonfuright_081  今日は五目焼き蕎麦ではなく、フォーを使用した焼きフォーです。野菜と肉とフォーを一緒に炒めたものですね。少し、油っぽいけど結構これもいけますね。空芯菜とかハーブが入り、薄肉も入り美味しいです。

この料理は、私が恵比寿で馴染みにしている、ベトナムレストランである、Weというお店でも最近はメニューにいれた様子ですね。

 恵比寿 ベトナムレストランWe(ウイ)

 このお店のオーナーは私がお世話になった会社の上司の息子さんが経営するお店です。味は抜群です、開店以来、私は数え切れない程足を運びました。jo君折り紙つきです。

 (メキシコから手紙が届く)

 メキシコに滞在している娘から今日会社に手紙が届いた。多分、ハノイの自宅の住所が判らんから私の名刺から住所を書いてハノイに送付したんでしょうね。書いた日は2月1日でした随分と時間が経過したものだ。

封筒の中には絵葉書と手紙が入っていた。メキシコにいると仕事がはかどり、インスピレーションが豊かになるという。フランスよりも、メキシコの方が向いているかも?とね。

 確か娘は今日、メキシコを離れフランスに帰国した筈だ。どうせ、月末には日本で再開できる筈です。次女の結婚式がありますのでね。そうそう、フランスはブルゴーニュと言えば皆さんこの夏にブルゴーニュに行かれませんか?

 (ブルゴーニュ民宿ののんびり旅)

 娘がブルゴーニュの世界遺産と民宿ののんびり旅のご案内をします、一度フランスの田舎を体験したい人は是非行かれたらどうでしょうか?多分、あまり気が利かない娘ですが私に似てオモロイです。 ブルゴーニュの旅

 さて、宣伝ついでに園田の義妹のベトナム雑貨店はどないな按配なんだろうか?私も仕入れには付き合いました、楽しい雑貨が沢山あります。是非、覗いてください。

  PARFAIT雑貨店 園田駅近く(ベトナム雑貨が沢山)

皆様よろしくお願いします。

(追伸)

 ブルゴーニュはワインだけでなく、『ダ・ヴィンチ・コード』(The Da Vinci Code)を読まれた方には面白い場所です。マグナダのマリアの墓とか、十字軍の旗揚げの場所とかラ・コンポステーラ巡礼の基点とか歴史的にも宗教の面でも興味ある場所であります。

私は、ワイナリーの方がいいですけどね。

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カンボジア王国への旅(基礎知識)

 4月26日よりカンボジア王国の北部、アンコールワットの遺跡への旅を企画しているが、カンボジア王国そのものの知識が殆ど有りません。皆様は御存知でしょうか?明石さんが活躍された事は最近の記憶にあるでしょうし、ポルポトの200万人虐殺の歴史も断片は御存知でしょうね。

 先ず何処に有るか?

グーグルアースでカンボジア王国とアンコールワットの位置を確認しましょう。

 「angkor_wat.kmz」をダウンロード(予めグーグルアースをインストール下さい)

上空写真で見れば、西にタイ王国、北にラオス、東にベトナムと国境を接していますね。そして、ラオスから南下する大河、メコン河がカンボジア王国を流れ、そしてベトナムのホーチミン方面に流れている。

如何にメコンの恵みを受けているか、きっと稲作に恵まれた豊かな国であるかが一望できますね。

 (古代のカンボジア)

 中国が漢王朝の頃にはこのあたりに、扶南という国が存在したらしい。中国人は記録魔だから歴史書に残っているそうだ。7世紀頃まで栄え、その後クメール人の王国,今のカンボジアの基礎になった真臘という国が勃興したそうだ。

 扶南の時代はまだ、低地のメコンデルタは人間が住めないような湿地だったそうだ。紅河デルタもそうだし、わが祖国河内でも京都も湿地帯でかなり土木技術と鉄器具が普及するまでは人間は住めなかったでしょうね。

その後、ジャワ王国に支配されたそうだが、9世紀の頃にクメール王朝が統一し、アンコールに巨大なヒンズー教の寺院を建立したそうだ。日本で言えば平安時代の頃だろうか。

 その後、この王朝ではヒンズー教と仏教が王朝の支配者の政治的な問題で何回か国教としては交代したと記憶する。その度に、遺跡は破壊されたそうだ。

日本からは、遺跡の保存・修復の為に多くの人々が協力している。例えば

 ユネスコ基金での協力

 私はまだ、何の協力も出来ていませんが,先ず現地を歩いてみてもっとカンボジアの国を知りたいと思います。

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jo君のハノイ暮らし(7)

  今日も朝から雨で寒い、風邪を引いてる連中が多いようです。急に寒くなるとか暑くなると身体も大変です。昼時には雨をあがり、タン君と会社の近所の探索に出かけた。

Rajikonfuright_077  何と15年ぶりに高校時代とハノイ工大時代の親友に出会ってしまったようです。先週の同窓会には彼は多忙で参加出来なかったようなので、良かったですね。再会です。

ハノイ工大の同じ電子だったそうですが、タン君は二年を終了して日本に留学しました。此処は、ハノイ工大の敷地みたいなもんですから、昔の仲間と出会えるのですね。

さて、今日の昼飯はどうするか、二人でブラブラ探索する。

Rajikonfuright_079 Rajikonfuright_080  今日は路上で食べる事にした。学生に交じり路上の店で食事だ、雨もやんでいるし気持ちがいい。

タン君が色々と注文をしてくれた、酢の物とベトナム風お好み焼きと肉をハーブで包み揚げたもの、ハム、それに魚のから揚げと御飯とスープです。ついでに、ビール二本も注文したみたい。(笑)

 どれも、美味しいのだけどビールのコップに大きな氷が入っていた、気になるがビールを入れてしまった。さて、今晩、腹痛が起こるかどうか?楽しみですね。こうして、路上で食べるていると、パリのカフェで食べているのと気分は同じですよね。

Rajikonfuright_078  ただ、頭の上のこいつが気になるのだ。ベトナムの電線とか電話線はやたらと本数が多くてそこらじゅうの街路樹を電信柱にして使用し、束になった線が行き交うくもの巣なんだな~~~~。

何だか、インターネットのように複雑系のシステムと勘違いしそうだが、何でこうなるのか?今でも私は解明できていないです。

 今日は一人二万ドン(150円程度か)でした。

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冬合宿は大丈夫かも?

 赤とんぼ恒例の冬合宿は3月23日から挙行される予定です、何時もの岩岳の山小屋、ちんぐるまです。問題は佐野坂一帯の雪の状態が問題視されていた。雪が無いのではないか?ところが、ここに来て、日本の天候は変化し信州では雪が降り始めたそうだ。

 天気予報
http://www.mapion.co.jp/weather/admi/20/20485.html

ライブカメラです。
http://www.janis.or.jp/users/ni4otani/test.htm

 カメラで白馬近辺の道路を眺めると、かなりの積雪がある様子だ、これなら田圃には沢山の雪が積もり雪田と化しているのではないだろうか。それなら、飛行機はソリかフローとを着けて離陸,着陸が可能だ。

私は最新作のフロートが装着された飛行機を飛ばさせて貰おうか?と勝手に考えています。わこちゃんの最新作フロートは?

   わこちゃん製作フロート

(2006年冬合宿の思い出)

 2006年冬合宿速報 2006年サンデーα機(今は亡き)

 Ysさんの冬合宿2006

 三浦さんの冬合宿2006

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休養の日曜日だった

 残念ながら今日も天気が悪い、小雨が降る週末である、所長に朝8時前に電話して相談するがフィールドの条件が悪いのと、小雨交じりなので今日の飛行会は中止となる。

従い、今日はのんびりする事にした、本を読んだり、昼寝したり、ビールを飲んだり、静かな一日を過ごす事にした。

 (中村俊輔選手の試合)

 先ほど、NHKの大河ドラマが終わり、今はセルテック(Celtic)の俊輔選手がでるサッカーの試合を観戦してる。相手はRangersである。実は赴任以降、自宅のテレビではスコットランドのセルテックの実況を観戦してきた。今日も、大車輪の活躍である、攻撃の拠点であり全てのセットプレーは彼が蹴る。

 25番の背番号はセルテックの司令塔である。今もチャンスを数多く演出し攻め続けている。今いい位置で仲間がファールを貰い、中村がフリーキックのチャンス、残念ながら少しゴールを外れた。しかし、彼はチームメートの信頼を勝ち得ているのだ。

ベトナム人はサッカーが好きだ、このチャンネル以外にもサッカーの番組はあります。けど、ベトナムは強くはないですよね?(笑)誰か、日本から指導者は来ないのだろうか。

 中村の活躍を観てると、同じく海外で仕事する仲間として応援したくなりますね。しかも彼は若い。トルシエ時代には彼は辛酸を舐めた経験がある、しかし、海外にでて活躍しており今は中田が居ない日本では輝く星である。

 今も、中村は長いドリブルをして攻め込みゴール前の味方にピンポイントでパスを出した。芸術的なプレーに観客は大騒ぎである。チームは彼を信頼しているのがプレーを観ていて判りますね。

 (NHK大河ドラマ)

 今年の風林火山は面白いですね、男臭い世界が展開されています、最近の大河が何となくホームドラマみたいで、少し嫌でしたが、今回は少し違うようですね。主役は軍師勘助ですが、勿論、晴信(信玄)とドラマを展開するんでしょうね。

今日は信虎追放のクーデターでしたが、史実はどうなんだろうか。板垣から重要な家臣は晴信についたのだから、家臣団のクーデターだったのかも判らない。現在の企業でも社長は時折家臣団の追放に遭遇しますからね。(笑)

 信虎役の仲代達也と稲垣役の千葉真一がいいですね、嫌われ役と苦悩の重臣の役をうまく演じていますね。来週も楽しみにハノイから観るのだ。

 (NHKワールドの問題)

 ハノイに来て三ヶ月経過ですが、NHKワールドに問題がありますね。ニュースでかなり映像が著作権問題で写されないのです。理由は判るが、日本のスケートとか陸上とかどちらかと言うと公共のスポーツ団体の演技のスナップが写らない。

衛星で海外の放映されてるNHKの番組に対してもっと、各種団体は著作権を緩めて欲しいです。海外の多くの外国人も、在外の日本人も観ているのですからね。番組の数も極めて少ないし、もう少し充実してもらえないでしょうかね。

 

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夜半も雨 明日は無理か?

Rajikonfuright_068 Rajikonfuright_069  夜半になっても雨が止まない。

明日は所長とラジコン飛行機を飛ばす予定だが・・・・・。

どうもハノイの雨は降り始めると止まらんようですね。

今日は、明日の飛行会に備えて、1月1日元旦の飛行会で壊したエスパー機の修理を行った。機首部損壊と尾翼関連損傷の修復でありました。

Rajikonfuright_067  一応修理は完了した。この飛行機は千葉のラジコン親父の餞別でいただいた飛行機であり、大事にしないと怒られる。まるで、パイロン機のように高速で飛ぶ飛行機である。ニッケル水素電池10セルで飛ばすので馬力も抜群だ。

普通は8セルか6セルで飛ばす飛行機である。電池は1050mAhのセル容量である。私が飛ばしている電動機のニッカド電池は500mAhのセルを使用している。

Rajikonfuright_074  左の二個の電池が10セルのニッカド水素電池で、右が8セルと7セルのニッカド電池です。

最近はリポ電池(リチュームポリマー電池)が最盛ですが、充電が難しいとか発火の危険があり取り扱いは慎重でなければならない。

Rajikonfuright これがリポ電池です、11.1V 1500mAh 3セルの電池ですね。馬力は無いが長時間飛行機を飛ばす事が可能です。

最近のラジコンマニアは殆どこの電池を使用しています。しかし、又、ニッケル水素電池も見直されています。

 さて、明日の天気はどうでしょうかね。天気が良ければ飛行会です。

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今日もハノイは雨!!

 どうしたのだろうか?最近は雨ばかりだ。12月4日にハノイに赴任して三ヶ月間は雨は殆ど降らなかった。この一週間ほどは寒気と雨に見舞われている。靄(もや)に包まれたハノイの街の風景も又、いいものだ。けど、バイクの人々はカッパ姿だからご苦労だ。

 (バイクタクシー)

 ハノイではバイクタクシーが沢山います。繁華街でもそうでない場所でも道端でバイクに腰掛けて暇そうにボケ~~としてる人がバイクタクシーなのだ。私は経験ないが同僚は会社が遅くなり帰ろうとすると,顔見知りのバイクタクシーのお兄さんが寄って来て乗せて貰うそうだ。

 彼の話では普通4万ドン程度のタクシー料金のところが、1万ドン程度で済むらしい。しかし、最初に金額はちゃんと決めておかないとトラブルになる。彼らは国が認めたライセンスなんぞ持たないというか、そんなライセンスないんだろうな~~。ともかく,この国は税金を払う仕組みが変だよな~~。

 バイクタクシー 詐欺師事件

 (祝日が追加された)

 ベトナムは祝日が少ないと聞いていたが、今度、4月26日が祝日となるそうだ。私はそれを見越して既に4月26日からアンコールワットに旅行の手筈を整えている。

紀元前2880年ころの雄王(フンヴォン)の文朗国が最初です。雄王の伝説は現在もベトナム人の間に親しまれており、ベトナムの文化を形成するひとつの遠い伝説になっています。ホーチミン廟の前の大きな通リの名前はフンヴォンとして今も名を留めている。

 (ハノイ市でも鳥インフルエンザ)

 報道によると、ハノイでも鳥インフルエンザが検知されたそうだ。当分は、鶏肉とか卵とか青空市場には顔をださないようにしよう。報道記事

 (泥棒が強盗に出会う)

 空き巣に入り、550万ドンと金を盗んだ男が、今度は路上で強盗に出会い奪われるという間抜けな事件があったそうだ。泥棒が強盗に会う事件報道 ベトナムでは、国民が銀行に口座を持つ習慣があまり無いという話を聞いた。自宅に金を貯蓄するのは長い戦争の経験がそうさせるのだろうか?我が家には高価なものと言えば、ラジコン機材しかない。

Tankunlunch_018_2  そうそう、泥棒といえばハノイ市内のアパートは皆さんベランダとか窓には鉄格子を囲っている。まるで鳥かごみたいな風景が広がっている。

これ、火事になったら逃げ場が無くて死ぬな~~と、思うのだけど。火事は無いのだろうか?

 (ホーチミンの大気汚染)

 報道によるとホーチミンの大気汚染はかなり深刻なようだ。大気汚染報道

しかし、先日、昭和女子大学の大気汚染を調べる先生達と会食したが、ホーチミンは風が吹くので滞留しないそうだ、ハノイは風が吹かないのでハノイの方が深刻だというお話をされていたのが、気になるな~~。

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ミステリーツアーを分析する

 最近、赤とんぼの”わこちゃん”夫婦がミステリーツアーに凝っているらしい。事実、最近二回も経験したそうだ。

 一回目のミステリーツアー

 二回目のミステリーツアー

 どうも話を聴いていると、当日でも何処に行くか教えてくれないらしい。ともかく、バスに乗るとか、新幹線に乗るとか、最後まで不明らしい。このような旅行パックは新手の商売の様子である。そこで、実際にわが赤とんぼのメンバーが参加してるので、客はいるのだ。

  (正月の福袋がヒントか?)

 我が家の次女は福袋が好きだ。中に何が入っているか判らんものを何で買うのだろうか?戦後の困窮時代に生まれた私には理解できないが、宝くじを買うようなもんであり、且つ商品は購入金額よりも絶対高い品物が入っているというのが売りらしい。

しかし、必要も無いものが入っていて、どないするねん?と問い詰めると、インターネット・オークションで売るらしい。ホンマしっかりしとる。けど、アメリカだと絶対売れないと思う。彼らは自分が中心でで自分が欲しいものを買うのが当たり前、先ず、レストランでも日本人が得意の”お任せコース”など、絶対ありえない連中だ。

 (刺激が欲しい)

 どうもわこちゃんは毎日が平和すぎて、何処か危険な境遇に夫婦で体験したいと言う贅沢な選択なのだろうか?ワクワク・ドキドキのデズニーランドの館に入る気持ちなんだろうか?これは、倦怠期の予兆ではないだろうか。

 すなわち、安全は確実に保障されていて、且つ、未知の運命にその日を賭けるという冒険の気持ちが根底にあるのだろうか。これは、新しい旅行の形態かもしれない。しかし、昔から学生時代、山の縦走を終えて、現地で解散になったあとは結構あてのない旅をしたものだ。

 (青春への回帰か)

 齢五十数歳を超え、二人で青春時代に戻りたいという、無鉄砲な計画性の無い、若気の至りの世界に戻りたいというノスタルジーなのかもしれんな~~。けど、我が家の山ノ神は旅行というと、事前に調べまくり徹底的に行くべき所をマークするから、アカンやろね。

青春18切符(ご存知ですか?)でも買って、あての無い旅などは私には魅力がありますね。え?あてのない切符買うてハノイくんだりまで来てるのは誰や?という声が聞こえんでもない。

 ま~~人間人生は一度しかないから、ミステリーツアーだろうが、あてのない旅だろうが、実行する事が大事やね。

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風邪から回復した

 丸一日、仕事を休み静養した甲斐があり随分と体力は回復した。風邪を引くのは珍しい、久しぶりである。しかし、こう天候が変化すると身体も大変なんだろうと思う。

 休養してる時に司馬さんの短編を数編再読した。伊達正宗を描いた”馬上少年過ぐ”と坂本竜馬が海援隊時代の長崎での英国軍人を殺害した”慶応長崎事件”そして、幕末の長岡藩の筆頭家老で軍事総官だった河合継之助を描いた短編であった。

 静かに寝ていないといけないが、ついつい好きな司馬さんの本を読んでしまった。読み始めると、面白いので最後まで読んでしまう。出来れば、今までの彼の座談の番組とか講演のテープがあれば聴きたいものです。

 彼の小説も座談も何処か聴いてる,読んでる人を飽きさせない引き付ける魅力を私は感じています。時折、本論から離れて横道にそれて話が展開するのも奇ではない。そして、遥か上空に昇り俯瞰する書き方と話し方は三次元であり,時間軸を加味すれば四次元構造と言えるのではないだろうか。

 (司馬さんのベトナム記述)

 司馬さんは,少しベトナムの歴史に触れた事があります。”この国のかたち”だと思います。少し引用します・・・

”春秋のころ、呉の南のいまの浙江省あたりで人口がふくらみ、越というコメ国家ができた。
コメを食うことも風俗も、越と呉は似ていた。越人はいれずみをし、短髪でしかも湖や川にもぐって、魚をとることもできた。中原の文明圏では水をおそれ、水に近づかない文化をもっていたから、越人が水泳をするというだけでも野蛮な印象だったらしい。”

 ”越・・・より南―いまでいう江西省、福建省、広東省あたり―は、孟子(前372~前289)の当時、蛮地とされていて、"百越〟とよばれるさまざまな稲作民族が住んでいた。
百越のすむところはまことに広大で、『漢書』では"交趾(いまのベトナム)から会稽まで〟とされる。要するに、いまでいえば、福建省、広東省あたりからインドシナ半島の越南(ベトナム)までがひっくるめて越人の地とされていたのである。
王国として越はながくつづかなかった。その栄えの多くは、紀元前496年の出た有名な越王勾践の英雄的事業に拠っていて、その死後ふるわず、紀元前334年に楚にほろぼされた。

越の滅亡後、その遺民たちが対馬海流に乗って九州に渡来し、水田による稲作をもたらしたのではないか、という想像が以前から存在する。なにしろ越の滅亡と、九州への稲作の渡来とが、年代としてよく符合するのである。”

 ベトナムと日本とは古代に於いて深い関わりが有った可能性は高いと思いますね。

(閑話休題)

 メキシコの植木 面白レポート

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風邪でダウンした

 月曜日から鼻がズルズルしていたが、遂に今日はダウンして休養している。今は単身なので、一人で何でもやらないと駄目だ。

 (洗濯を乾す)

 昨夜仕掛けておいた洗濯機から洗濯物を取り出し、部屋の中で全てハンガーに掛けて其の侭ベランダに持ち出し、物干しにぶら下げる。部屋は昨日から初めて暖房を入れている。サービスアパートだから、洗濯しなくともいいのかも知れないが、下着とかワイシャツ程度なら自分でやる。

 (朝飯を作る)

 乾麺のうどんを、沸騰した鍋に入れ戻す。うどん汁は今回は昆布と鰹から作るのは止めて、市販のうどん出汁の粉末を使用しわかめとネギ(冷凍してある)を入れて美味しく頂いた。

 (昼飯を作る)

 お好み焼きをする。冷凍の牛肉を戻し、キャベツと卵と粉と日本酒と鰹節と冷凍コーンをぶち込み、水は使わずフライパンで蒸し焼き風(鍋の蓋をする)にして時間をかけて焼く。20分程度は焼くのだ、ソースと海苔と鰹をかけて出来上がり。こいつが、美味くできた。

 (晩飯はおかゆにする)

 しかし、病人やのによくま~~飯だけは食べるもんやと、感心しながら米を研ぐ。とぎ水は汚染されてるか判らん水道水を使い、最後の濯ぎと茹でる水は飲み水を使用する。多めに水を入れ電気釜で炊く。味噌汁はインスタントで済ませ、鰹の缶詰と梅干を取り出し質素な晩飯とした。

 (冬合宿が近いのだ)

 山小屋管理人からメールが来た、白馬の麓は雪だそうだ、もう二週間と迫ったのだな~~。

・・・・山小屋管理人さんからの便り・・・・

雪が降りました。来週は曇り、雪が続きそうです。
田圃飛行場は回復できるかな?
やはり、一応雪面を滑走できる準備はしておいた方がいいかもね。
今の時期、ドカーンと降ることもありますよ。

天気予報
http://www.mapion.co.jp/weather/admi/20/20485.html

ライブカメラです。
http://www.janis.or.jp/users/ni4otani/test.htm

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ハノイ急に寒くなる

 日曜はフライトで顔が真っ赤に焼ける程、暑かったのが急に月曜日から寒くなった。今日は自宅でも暖房を入れている。これが普通なのか、初めてのこの季節を経験するので判らない。

Rajikonfuright_065 バイクで通勤する人々は寒いだろうな~~と、思いますね。手袋をする人は見かけません、面倒なんでしょうかね。

数日はこの寒さが続くそうです。寒いと言えば、日朝ハノイ会談も寒そうですね。

 (ハノイ地盤沈下と地下水汚染)

VET.JOニュース ハノイ地盤沈下か?

このニュースではハノイに17万箇所の井戸があり、その10万箇所が個人の井戸だそうだ。井戸と言っても多くはチューブウエルだろうと想像します。

Tankunlunch_079

 これは、紅河の北にある会社の倉庫の井戸です、30メータ地下から水を汲み上げます。綺麗な水で工事現場の人々はこの水で料理を作り飯場で食べます。

しかし、どうやらベトナム政府に依頼されたのか、日本の学者さん達が紅河デルタの地下水の汚染を調べているようだ。

 世界銀行レポート ベトナム環境モニター2002

 ベトナムでは農薬の使用がそれほどでもないそうだが、紅河デルタの稲作では、”茶羽バッタ(Brown planthopper)対策として,農民達は平均して年間5.3回の散布を行い,1ヘクタールあたりに40$を費やしている.”とレポートされています。

危険なレポートもあります。まだ、真相は判っていないが基準値を超える井戸は対策が必要かもしれない。

 紅河デルタの地下水汚染について

 レポートによれば、”1999年から北部のレッドリバー(紅河)デルタで井戸水調査が始まり、2000年12月にハノイ市で498サンプルの井戸水を分析したところ、砒素濃度が0.05~0.1mg/Lのものが15.5%、0.1~0.2mg/Lのものは8.2%、0.2mg/Lを超えるものは3.0%見つかり、基準を超える井戸は合わせて26.7%にのぼりました。砒素中毒患者はまだ確認されていません。”とあります。

 (紅河デルタの浸食)

 千葉大学の先生が研究されているらしい。教材として紅河デルタの変遷を画像で比較している。

 紅河デルタ 画像による経年比較

二枚の画像を重ねてくれないと、素人の私には難しいですね。(1990年と2000年の比較)

今、自分が住んでいる所はもっと調べないといけませんね。そして、何をしなければならないかという事です。

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どうでもエッセイ♪ (1)

 ベトナムで頑張っている,もう一人の同世代の爺さんがおられます。自称、広島のマタギ氏と呼びます。本来は彼と二人でハノイに来る予定でしたが、色々と事情があり別々の娑婆で働く事になりました。しかし、完全に二人の関係は切れた訳でなく私も今だ彼の属する大學の辞令は生きています。

 この爺さんは私と年齢ほぼ同じであり、マイクを持つと素晴らしい才能を発揮されます。さて、彼のハノイでの奮闘記であります。面白いので、JoBlog関係者だけにこっそり紹介致します。笑いすぎて、顎をはずさないようにお願いします。

    ”ベトナムあれこれ”

                         (筆)広島のマタギ爺さん

 毎日、ベトナム語、英語に悩まされています。日本語で会議の資料を作成し、Chiさんという秘書に適宜、ベトナム語(英語が良く分からない教員・職員のため)か英語に翻訳していただき兆戦しています。ベトナムには少ない人件費にもかかわらず能力の高い人が多くいることに驚きます。

 でもよく考えてみますに、ハノイ工科大学は、日本では、東大に匹敵する大学で、殆どの事務職員が英語を話(日本よりはるかにレベルが高い)します。

 昨日(117日)から巨大な図書館(郷端の事務室は8階)がオープンしました。しかし、本があまり目立ちません。また什器は殆ど入っていなく、施設もお金がないことからまだ40%の完成です。しかも作りが悪く、ここまでくるのにあまりにも時間が経ちすぎたせいか、早くもドアなどが壊れており、日本では考えられませんね。それでも朝8時(郷端の出勤は、8時からです。)には、沢山の学生が目を輝かせ、本を読みながら玄関に並んで待っています。立命館大学の250万冊の環境を考えると、日本の学生の意欲の無さに開きを感じます。

やさしい副学長(PIUの副責任者でもり、図書館長)に、この素晴らしいe-libraryはいつ完成しますかと聞くと、図書や雑誌の整備、トイレの鏡、ドアの修理、什器など、2007年度の概算要求にしっかりと要求しているから問題ないと笑っていました。2004年の時もそう言ったことを思い出しました。

郷端の事務室もネットワークを整備することに1週間もかかり、冷房(まだ30度、暑い)がありません。8回で展望は良いのですが、空気が悪く、遠くまで見えません。プロジェクトの先生方は皆さんが親切で、何とかしなければという方が多く、助かります。ただし、事務室のネットワークはまだ安定しなく、本日(118日)午後からも止まりました。

この8階で、プロジェクトの学生が勉強することになっていますが、情報系の学部だというのに情報機器もまだ全く入っていなく、部屋(2007年の4月)だけです。学生は、102日(開講)から、別棟(D9の5階)で勉強しています。学生はハノイ工科大学の中でトップクラスが121名合格したということです。

さて、建物ですが、18時になるとエレベータが止まるので、8階から歩いて降(運動不足解消!)ります。また毎日運行スケジュールが変わります。不思議です。昨日は右サイドかと思えば、今日は左サイドのみでした。トイレも、新築ですが極めて汚なく、殆どのトイレに鍵がかかっており、どうやら鍵を持った人しかできない?。ウンよく8階が空いていればラッキーです。

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ハノイ ラジコン&楽々生活

  2006年12月4日にハノイに赴任して3ヶ月が経過した。今まで3回のフライトをラジコン所長のお陰で実現した。まさか、ハノイでラジコンを楽しめるとは考えていなかった。有りがたい事ですね。

 第一回 ハノイラジコン飛行会 2006年12月18日

 第二回 ハノイラジコン飛行会 2007年1月1日

      動画編

 第三回 ハノイラジコン飛行会 2007年3月4日

      印象記

  第三回 ラジコン所長 飛行会BLOG記事

      ラジコン所長が飛行会の記事をアップされました。   写真も有ります。

 (燃料が手に入らない)

 ハノイにはラジコンショップが存在しない。特に燃料の入手が出来ません。TRANG会長に頼むと何処からか入手できるらしい。ベトナムは石油産出国ですが、製油所が存在しないので輸入である。勿論、ラジコンはグロー燃料なので、石油では無いが三種類の原料の混合油である。

 (思わぬ手助け)

 あるバイクの製造工場で出荷直前にキャブに残留した少しのガソリンを抜く工程があります。直前まで走行試験をして出荷するんですが、少しキャブにガソリンが滞留している。そこで、ラジコンの燃料ポンプを使用して抜いてみる事にした。耐油パイプのシリコンチューブとかパイプのジョイント器具とか電動ポンプは活躍しそうである。

 (旅行の計画をした)

 4月26日から3日間、カンボジアに旅行する事にした。ベトナム中部の古都、フエに旅行するか迷ったが先ず、アンコールワットに行くのを優先したのだ。

 アンコール遺跡の旅 二泊三日

 (参考)アンコールワットの旅情報

 アンコールワットはアンコール王朝が12世紀にヒンズー教寺院として建立した有名な寺院だそうですね。ツアーでは夕日と朝日が拝めるそうです。

ハノイからだと、カンボジアは近いですので、この際、暑くなる前に出かけた方がいいと判断しました。

 

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司馬さん初期短編集

 ハノイに来て久しぶりに、司馬さんの初期の頃、記者時代から作家に転進する頃の作品を読み直した。

 ・朱盗 昭和35年11月

   藤原広嗣と百済の渡来人の末裔で貴人の墳墓から朱を

   盗む穴掘りとの奇妙な交流。

 ・飛び加藤 昭和36年1月

   上杉謙信と武田信玄に仕えた実在の忍者、加藤段蔵の伝。

 ・八咫烏  昭和36年1月

   出雲族の巫女を母に、父を海族(わだつみ)に持つ混血の男(八咫烏)を主人公に描いた神武(いわれひこ)の大和侵攻の物語。 

 ・果心居士の幻術 昭和36年3月

   松永弾正に仕えた実在の忍者の物語、筒井順慶(陽舜坊)、秀吉も登場。

   当時、渡来したインド人(バラモン)が興福寺で僧となるが女犯を犯し生ませた子が主人公となる。

 (感想)

 司馬さんの本は殆ど読んでいるが、久しぶりに初期の作品を再読した。街道をゆくの連続の生涯の取り組み作品を読んでいると、過去の作品を書いた動機が時折伺い知る事が出来る。

出雲紀行の時も紹介されているが、記者時代に先輩で大国主命の末裔のW氏の事が語られている。今だに語り部の家系に語り継がれている秘めた歴史は公開されない。出雲国造は今も綿々と続いており、天孫族に対する語ってはいけない(約束)歴史が存続している感動を語っていた。

 その頃先輩の話を聞いて感動して執筆した作品が、八咫烏だろう。

 八咫烏も果心居士の幻術も主人公は混血児であり、その苦悩が描かれている。考えてみれば日本なんて、南北8千キロに及ぶ列島であり北から、黒潮から、朝鮮半島から東シナ海から仰山船に乗り渡来して出来上がった国だ。且つ逃げ場のない狭い国。

どちらにも属さない混血児がこの国の独特の優しい、美しい日本人の心を創造したのかも知れない。司馬さんは八咫烏、果心居士の幻術ともに言いたかった事はそこにあるような気がします。

 司馬さんの作品は優しさに満ちています、この国のかたちの成り立ちの歴史を追いかけ普通の人間の生涯を調べる事から大局的な物を見る。常に小さなミクロを調べ、俯瞰するという作業をされていたと思う。

子供の頃は時折、葛城山の麓の実家で過ごし、鏃を拾い集めて宝物にしていた少年がそのまま大人になった、長脛彦と神武の戦争も生活の実感として捉える事が出来たのではないでしょうか。

 私は、場所は違うが北河内の招堤村で育った、崇神さんと木津川の神が戦争した古代最大の内戦の現場、継体さんが即位した樟葉宮、日本に仏教を伝えた和邇博士の墓・・・・数々の遺跡に囲まれた場所で育つた、何処か司馬さんの考え方に共感を覚えるのです。

 (参考記事)

 Jo君の故郷 グーグルアース

 (閑話休題)

 私の出身の殿山第二小学校のホームページを最近、眺めた。校歌があり、歌詞と音楽の伴奏がついていた。ちゃんと覚えていた自分に驚いたのだ。50年前の校歌を覚えているのだ、それぐらい当時歌ったんですね。

ところで、校歌とか大学のクラブとか寮歌とか、社歌とか日本は何かにつけ組織では歌を作りたがりませんか?

 先日、タン君に訊いてみた、”ベトナムでは校歌というものは有りますか?”

 答えは、無しなのだ。なんでやろ?そういえば、アメリカ在住の頃に娘達はアメリカの小学校に通学していたが、校歌の話は聞いた事が無い。日本では、我が家の子供達が通学したアソカ幼稚園でも歌があったな~~と、思いだす。

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白馬雪便り

 (三浦先輩からの雪便り

 先輩は、白馬でスキーをされてきたらしい。何時もながらの美しい景色に出会えた。今年の日本は異常なようで、下界の佐の坂の田圃の様子は雪がまばらである。これでは、3月23日から始まる赤とんぼ冬合宿の時に田圃の雪田で飛ばす事が出来ない。

Rajikonfuright_058 (今日の昼飯)

例の如く、タン君と会社の近くの美味しい焼き飯屋にでかけた。今日は鴨肉が載った豪華な焼き飯。酢の物、野菜スープがついている。

これで、1万ドンだ(70円)今日はタン君に奢ってもらった。

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ハノイ第三回飛行会 印象記

 同じ趣味を持つ仲間は国境を越える。それが、第三回飛行会の印象ですね。二年前に、所長はハノイに赴任し直ぐに現地のラジコンクラブの調査を開始したそうだ。そこで、ハノイラジコンクラブの会長のTRANG(チャン)さんと出会った。

当時は会長は会長なのに、飛行機を飛ばす事は出来なかったそうだ。それを、所長は二年をかけて飛ばせるまで、指導したのだ。会長の飛行機を自宅で修理し、又、或る時は飛行機を贈呈し、なにかにつけ指導した。

 英語が下手でも片言でも心は通じるという典型です。多くの日本人がハノイに来て現地の人々と仕事をしている。言葉は手段であり、大事なのは伝えたいという心なんだな~~。そして、心の交流が生まれる。大企業で、英語の会話能力を試験で査定し、海外出張させるかどうか?馬鹿な話だ。

 (バレリーナ 不思議事件)

 バレリーナ 水平尾翼異変

 4回目のフライトをしょうと、飛行機を点検すると水平尾翼の片側の下面のフィルムが剥がれている。飛んでいる時に剥がれたと思う。気がつかなかった。所長は私の昔の前科を知っているので、”Joさんフィルムちゃんと貼った?”ときた。

赤と黄色のフィルムはオラカバだが、この白のフィルムは安物の極薄のフィルムだ。アイロンとかヒートガンで熱を加えても収縮しない。ともかく、フィルムはちゃんとしたメーカーのものを今後使う事にした。

 (主脚固定のヒノキ板)

 今回のバレリーナ製作工程において、主脚を固定するヒノキの破片板をエポキシで貼るのを忘れ、プランクをしてしまっていた。判っていたが、再度、プランク材を切り取りヒノキ板を接着するのは面倒なので放置。

やはり、一回の着陸で主脚はグラグラになった。ちゃんと作らないと飛行機は正直だ。所長宅に帰宅後、即、修理作業に着手した。(させられた)

 (飛行場の印象)

 ハノイ北部のタンロン橋の近くの広大な荒地であり、湿地帯でもある。広さは完璧だが、湿地帯がたくさん存在し長靴を持参しないと危険だ。今回は、初めてトンビのような大型の鳥を見つけた、縄張り意識で飛んできた。珍しい光景だった。

 マイフォト ハノイ第三回飛行会(コメントつけました)

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ハノイ・ラジコン飛行会三回目

 今日は長い一日だった。朝5時過ぎに起床し、先ほど晩餐会を終えて夜の9時頃に帰宅だ。今回は中身の多い飛行会だった、初めてベトナムのラジコンクラブの会長さんと若者と一緒に飛行機を飛ばす事が出来た。

数回に渡り報告書として纏めたいと思います。先ず皆様のご関心はバレリーナ5号の初飛行は成功したかどうかでしょうね。ご安心下さい三回フライトをしましたが、無事飛行を終えました。しかし、二点の問題点はありました、別途報告します。

 ハノイ・ラジコン飛行会三回目 写真集

 朝8時に自宅をでて、日航ホテルで大島さんをピックアップ、ラジコン所長宅を目指す。相変わらずの、足の踏み場もないような研究所である。折りしも雨が降り始め、ベトナムのラジコンクラブの会長に連絡する。

今日は雨だから、中止という按配。早速、所長は私のバレリーナのエンジンテストを部屋の中で始める。ジェットエンジンのテストさえ、ベランダでやる御仁だから、問題なし。初めてのラジコンのエンジン音に大島先輩は恐怖を味わう。

 さて、今日はどのような一日をおくるか協議に入る。三人集まれば文殊の知恵、ビールを飲み始め、先輩は日本茶をすする。所長は、ハノイの秋葉に行こうと提案する。私はどうでもいいけど、疲れているので休養したいと内心考えていた。

 (ピンポ~~ン)

 ベトナム人二人、65歳程度の爺さんと25歳位の若者がドアを開ける。会長のTRANさんとクラブの若者だ。”所長、天気は回復した、今から飛ばしにゆきましょう!”と爺さんは言う。すっかり今日は、フライトを諦め宴会モードに突入しそうだった私達に、ベトナムの人々は活を入れたのだ。

受けて立たねば、日本の恥である。一台はタクシー、もう一台はバンを呼び2台の車でタンロン橋近くの飛行場を目指したのだ。

(所長のサイトー82搭載カブ機 動画)

離陸映像

「rajikonfuright_054.avi」をダウンロード

着陸映像(タッチ&ゴーでした)

「rajikonfuright_055.avi」をダウンロード

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明日は遂にバレリーナ初飛行

 バレリーナ3号機 2005年秋合宿

 バレリーナ5号機完成

こんなマニアさんもいるんだ!バレリーナ20改 双発機

 写真のカメラマンはYsさんです、2005年秋合宿の時の3号機です。今回は5号機、メイドイン・ベトナムです。さて明日はどうなるか?心配なのは、雨です。先ほどまで、日本から出張されてる私の大先輩の大島さんと宴会してました。ホテルに送り窓の外は少し雨が降っている。

大島先輩は明日の仕事のご予定は無いそうなので、ラジコン所長との飛行会にお誘いした。大島先輩はラジコンは多分、初めての経験ではないだろうか。

Tankunlunch 出番を待つ二機の飛行機です。電話によれば所長も大丈夫だそうなので、雨でなければ決行間違いない。

しかし、ベトナムでラジコン飛行機を楽しむ事が出来るとは思いもよりませんでした。

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攘夷から開国へ

 ハノイに赴任したのが昨年12月4日ですから丁度、3ヶ月が経過しました。随分と長い期間ベトナムに住んでるように思えます。新暦の正月休みもなく、旧暦の休みも殆どなく、土曜日も勿論に仕事と駆け抜けて来た。

 還暦を過ぎた身体には少し無理をさせたかも知れない。しかし、昭和44年に富士通に入社した時のような刺激と感動が伴っています。当時は社会人としての新天地でしたが、今回は異国という新天地。あまり、無理は出来ない物理的な身体ですから今後は、息抜きをして無理をしないようにします。

 (ベトナムは変わるぞ!)

 こちらに赴任し、会社の定款を調べたが当時は鎖国に近い国の状態だったような印象です。外国企業の進出に対しては極めて厳しい政策がとられていたようだ。ベトナム戦争、中越戦争の傷も癒えない状態が続き、国を外国の侵略から守るという言わば、攘夷思想が根底に存在したのではないだろうか。

 ベトナム戦争は詳しくないが、言わば南北戦争でもあった訳です。国を一つにまとめるのに戦後の苦労は計り知れないものがあったに違いない。話は飛ぶが、アメリカ南部のテキサスあたりでは今でも、ヤンキーに対する敵視意識は感じた事があったし、日本でも長州の人が会津を訪れると何処か、心の片隅に何か感じている筈だ。

しかし、ベトナムは決断したのだ、新投資法、統一企業法を国会で通過させ、WTOにこの1月に正式に加盟した。開国への方針転換であり、ルビコンを渡ったのだ。

 (失うものと得るものは)

 紅河デルタの今は田園風景が広がる地帯に週に三回は訪れる毎日です。素晴らしい数千年間、綿々と続いてきたであろう田園と人々の暮らしを眺めている。この風景もいずれは私の生まれ育った北河内の招堤村のように激変してしまうのだろうな~~と、思う。

 しかし、外貨準備高が90億ドル程度しかない国だし、GDPも636ドル(IMF2006年報告書)では何とも致し方ないのだ。特に最近の中国の経済発展は脅威であり、最新鋭の軍備を着々と整えている。確か中国の外貨準備高は9000億ドルという日本に迫っているのではないだろうか。

 如何に昔ながらの農業国としてのベトナムの自然の美しさ、心の豊かさを守り工業化に取り組むかが課題となる。モデルは中国でもなく、日本でもないと思う。皮肉にもフランスとかアメリカなのかも知れない。両国は今でも世界有数の農業国だからだ。

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今日はベトナム人と昼飯

Tankunlunch_086  今日は昼飯、会社のベトナム人二人と一緒に昼飯を食べた。一人は運転手さんで、一人はフン君です。ハノイの大學を卒業し日本の企業に勤め九州の博多に三年暮らした経験だあるそうだ。

大学時代は日本語を勉強し、今もかなり上手に日本語が話せる人なんです。

Tankunlunch_083 彼と運転手さんは肉料理を注文した。久しぶりに、ビールも飲みたいので、二人を道ずれに生ビール3杯も注文だ。

運転手さんに、ビールを飲ませるのは問題かもしれない。私がビールを飲みたいとフン君に伝えたたが、彼は3杯注文していた。(笑)

Tankunlunch_084  私は海老チリのプレートを注文したが、これが中華風で烏賊のてんぷらもついていた。野菜の炒め物と酢の物がついている。

白い御飯も美味しい、久しぶりに全て平らげたのだ。

清算は、生ビールジョッキ3杯と料理三品で13万ドン(千円程度か)おごりました。太っ腹。

Tankunlunch_088  (ソフト会社のロビー)

テトの桃の木がまだ設置されています、枝にはお年玉の袋がぶら下げてあります。

中身は入っているんだろうか?気になるところですよね。忙しい一日はまだまだ続くのでした。

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田舎通いです・・・・

Tankunlunch_045  最近は仕事の関係で、ハノイから紅河を渡り北一時間程度の距離に位置するビンホック省の田舎に出かける機会が多い。

Tankunlunch_046

テト前には皆さん田植えをされていましたね。田圃以外の畑はどないな按配か、眺めながら通勤しています。遅かれ早かれいずれは工場とか住宅地に変貌してゆく景色ではないかと、思いながら眺めています。

Tankunlunch_044 日本がそうでしたよね。都市近郊は全て住宅地か工場地帯に激変してしまいました。ベトナムもこれから急激に工業化を進めればそうなるでしょう。

工場に心なごむ鉢植えがありました。可憐な花を咲かせた鉢植えです。花の名前は判らないが、工場の雰囲気になごみを与えていました。

旧正月の為に用意されたものでしょうかね。

Tankunlunch_065  (週末準備)

今週末の日曜日はラジコン所長と久々の飛行会です。今晩は、受信機の電池に充電し電池の按配を試験してるところです。

天気が良ければいいのですが、スコールが来ると困りますよね。

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近所のお店 探訪

Tankunlunch_010 Tankunlunch_011  今日も朝から断続的にスコールのような雨が降りました。この季節には珍しいらしい。スコールが来るとハノイの至る所に水溜りが出来て大変らしい。

朝の通勤時間帯の雨は皆さん大変なんです。バイクだからカッパで運転ですね。

Tankunlunch_014  (昼飯です~~)

幸いお昼には一時的に雨もあがり、タン君と二人で昼飯屋を探しに会社近くの散策です。彼は大學時代までこの近くで育った地元の人間です。けど、15年ぶりの帰還なのですね。

Tankunlunch_015  あれ、ハノイの猫です。昼寝しているんでしょうかね。近くに行くと顔を上げてこちらを観察です。結構、肥満気味の猫ちゃんですね。

ハノイに来て猫に出会うのは珍しいものです。けど、鼠は沢山いそうだから猫ちゃんは夜は楽しみなんでしょうね。

Tankunlunch_016 Tankunlunch_019

さて、今日はこの店にしましょう。色んな惣菜が用意されていそうです。けど、御飯が無くなり10分程度はビールでも飲んで待てと言う。

いいんではないですか。ウエルカムだ。空芯菜とか豚肉とか魚のフライとかつまみながら、のんびりしましょう。

Tankunlunch_018  このアパートはタン君には思い出のアパートらしい。高校時代に友人が住んでいたらしい。その友人は一人っ子で少し家庭は裕福で沢山、本を買ってもらえたらしい。その本を借りて勉強する為に自転車でこのアパートによく来たらしい。

Tankunlunch_017 Tankunlunch_020  二人で、色々話して飲んでる間に御飯も炊けたらしく、御飯にありつけました。薄肉と野菜炒めにパイナップルが入り、美味しい惣菜は沢山食べちゃいました。

ビールを二人で二本飲み、贅沢な昼飯になってしまった。今日は私が奢る事にして6万ドン(約400円程度か)を支払った。

Tankunlunch_023 愛想の良いおかみさんで、地方出身で、経営者に登りつめたそうだ。偉いもんですね。会社が近くだから、又、来て欲しいと言われたそうです。

Tankunlunch_024 これ、ドリアンみたいな果物らしい。熟すると、とても美味しいらしい。やはり、此処は亜熱帯ですよね。

会社近くを探訪出来るのは、タン君の案内があるからです。ありがたいものですね。

これからは、少しずつ距離を伸ばして探検してみたい。

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