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物語の国どうしだな~~

 物語の国という表現が、このハノイに来てから頭から離れません。ベトナムの山河を眺めベトナムの歴史を勉強するにつけ、何処か日本と似ているな~~と思います。それは、お互いの国が物語の国ではないだろうか、という漠然としたものなのです。

 現在のハノイの会社が以前に扱ったプロの写真家の写真を眺めていると、写真の背後に物語が沢山詰まっているように思われるのです。この写真は限定期間で解像度を落とし実物からは程遠い状態ですが掲載します。

 期間限定写真 物語の国ベトナム

 (物語の国とは)

 文学者でもないし、作家でもないしうまく表現が出来ませんが、暮らしている人々は何を誇りにして、何を倫理基盤にして生きているのか、という、司馬遼太郎風に言えば”国のかたち”です。

 私は子供の頃から考古学や歴史が好きで、日本の神話時代からの物語が大好きでした。延々と古代から未来の子孫達に伝えたかった事が伝承です。勿論文字が存在しなかった時代には口承で伝えた訳ですね。日本書紀も古事記も専門職の語り部が代代伝えてきた話を記述したものですね。

 以前に司馬さんは日本はね、古代と現代が混在してる国だよ。と言うてました。だから、外人から見るとよう判らん連中や、という事になる。現在の憲法や法律やなんやらかんやらの、書かれた物だけには支配されていない、訳の判らんものの規範を守っている。

 (ベトナムでは)

 どうも、判らん事が多いのです。例えば、大學の教授ですがちゃんと大學では教授のやるべき事とか勤務規定とかあるそうですが、何をしてるか判らないのだ。日本だと授業が終われば研究室に帰り、概ね大學におられますよね。居ないと何処に出かけて折られるか秘書に訊けば判ります。

それが、判らんのよね~~、と郷端さんがぼやく。先日、某国家大學の副学長に訊いてみたが、規定はあるがどうも曖昧らしい。自分が属する組織の規定と何か異なる規範が個人毎にあるようだ。

 最近読んだベトナムの歴史書では過去、中国に支配された時代から現在まで国家権力は村の自治組織までは支配した歴史は存在しないと言う。ゆるやかな統治だったようだ。だから、個人は村の自治組織に縛られている。村から追い出されると、行く場が存在しないそうだ。

紅河デルタ地帯の村には必ず亭(デイン)という集会所が存在しそこで長老が村の幹部を集め物事を決めるそうだ。日本が明治維新以降、近代工業国家建設でこの村落共同体を破壊したと私は認識しているが、ベトナムでは今も生きているそうだ。

 ホーおじさんが遺言で残した話もここで、繋がるような気がする。自分を焼いた灰を北部、中部、南部の丘陵に埋め亭を建てよ!そして、村の老人に運営を任せ民はそこに集まり話をしなさい。と、言われた言葉はベトナムの国のかたちを暗に伝えたと理解できます。

 (で・・・・・)

 この話が何でお互いが物語の国なのかという、所までは繋がっていません。しかし、実は私も今まで生きてきた行動規範は憲法だけでもないし、法律だけでもないし、会社の勤務規定だけでもなかった。それは、最低限守らねばならない規定だという認識でした。

では、自分を内部で規定させ行動規範としてきたのかは、私の場合は過去の人々の歴史と物語を行動規範にしてきたと思う。今は古代から綿々と繋がる点にしか過ぎない、大事な事はこの今の自分を生み出した過去の歴史にあると思っているのではないかと考えています。だから、なんかベトナム人と似てるのと違うかな~~~という按配なのだ。

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移動店舗 ハノイ

Tankun_141  今日の昼飯も時間が無いので、タン君と二人で会社の近くを歩いてお店を探した。写真は移動店舗なんです。コンパクトによく纏まっていますね。

此処は大學村ですから学生さんが沢山います。我々の学生時代と同じで贅沢は出来ない。昼飯は5000ドン以下でないとね。(35円程度)

このような移動のレストランが路上に沢山オープンするんですね。風呂の椅子みたいに小さな椅子をうまく重ねて運びます。

Tankun_139 Tankun_140  今日は焼き飯を食べることにした。が、満員なのでテイクアウトにして貰う。ここの焼き飯は実に美味しいのだ。具が豊富でハムから卵、高菜のような香りのする菜っ葉から、人参、野菜も豊富だ。

人気の店なので、いつも満員ですね。1万ドンですから、70円くらいだろうか。会社で食べることにした。

Tankun_137 Tankun_138 (広告)

 人の家の壁に勝手に電話番号を落書きしてしまうのだ。最初はこれは何だろうと、思いましたが、タン君の説明では、色んな職業の人が勝手に会社の電話番号を落書きしてしまうそうだ。セメント売る人とか、色々あるそうだ。

書かれた人も鷹揚で、ほったらかしですね。日本ではすぐに捕まりますよね。だって、自分の電話番号を書いているんだから。(笑)

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物作りの話 あれこれ

Tankun_103

 ベトナムの梯子です。竹で出来ていてとても軽いです。けど、足をかける場所の竹が細くて心配です。ベトナムの人は概ね痩せていて肥満体の人はあまり見かけないから大丈夫なんでしょうね。

現在、ベトナム人が建設した倉庫を改築するのですが、作りがずさんです。まるで、私のラジコン飛行機の造作と同じですね。このままでは、使い物にならないのです。

 倉庫のドアと壁の間には10センチ近い隙間があり、砂塵が倉庫に舞い込みます。ちゃんとドアは閉まらないし、倉庫の周りのコンクリも粗悪でボロボロだし、厚さも足らない。コンテナトラックが走ると壊れそう。(笑)

 排水溝の蓋も強度が足らずに上をトラックが走ると、破壊される強度のなさ。まさか、コンクリの調合を誤魔化したのではないか?と、疑う程です。日本人は許さないです、完璧に工事をしないと金を払わないのだ。

日本人もベトナム人も同じ稲作民でしたよね。物作りの過去の歴史においてどうだったんだろうかと調べたくなりました。これから、ベトナムもWTOに加盟し近代工業化の道を歩む訳ですが、キチンと物を作る風土を作らないとアカンと思いますね。

 それにつけても、こちらに来て日本の大メーカさんとお付き合いしていますが、日本人というのは皆さんとても几帳面です。工場にはゴミ一つ落ちていないし、作業は完璧にこなして行く。そして、常に改善を現場から行う風習が根ずいているのだ。

Tankun_111 何処の日本企業も早く、ベトナム人で工場経営が出来る事を目指していると思います。私も仕事上大いに関係している訳ですが、時間のかかる課題なのかも知れません。

誰かが、ベトナムは農業国であり、激しい競争に晒される企業というものが理解出来ていないと言う。体質的に田圃を耕していた人が日本の企業に就職しても、のんびりが抜けず、現状に満足してしまうと言う。

 しかし、明治維新の頃は日本でも殆どの人々は稲作農民でしたよね。日本は100年かけて近代工業国家を築いた。今日明日にはベトナムも日本のような工業化は出来ないだろうが、勤勉で頭がよく、手先が器用なベトナム人は必ず工業化を実現すると思います。

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Kim Dong散策 街角風景

 Kim Dongは私が住んでいるアパートの通りの名前だ。ハノイの南15分程度の所です。

Tankun_127 Tankun_128  週末には時折、朝市に付き合っています。今日も少し、よろずやさんに用事があり、散策した。寸胴でスープを作るのは日本もベトナムも同じなんでしょうね。

ただ、火力は練炭であるところが異なりますね、昔の日本と同じです。このようなフォーを簡単に食べれるお店が所狭しとあるのです。

勿論、路上でのお店も朝市のそばには沢山あります。本当は禁止だそうですが、お構いなしですね。

Tankun_130  (ハノイ七不思議 その1)

バス停車場近くの風景ですが、必ず路上の飲食店があります。その店の椅子が幼稚園児が座るような小さなものなのが、不思議その1でした。何でやろ?疑問ですよね。ハノイ市内の路上のお店は全てこの幼稚園仕様の椅子なのです。何か風呂に入る時みたいですよね。

 理由は警察が来た時に急いで集めて移動可能だからだそうです。ポンポンと積み重ねて移動可能とか。

 (ハノイ七不思議 その2)

Tankun_015 ベトナムの家庭の天井はやたらと高いのが不思議なのです。ベトナムの人々がやたら背が高いわけでは有りません。日本の家屋で慣れた私達には不思議に思えますね。

しかし、これにもちゃんと理由があるんですね。ともかく夏は暑いのがこの国です、天井が高いと涼しいそうです。

Kanko_100 Kanko_101  そういえば、民族博物館の裏庭で見た古代のベトナムの家屋は天井が高いですね。

考えてみると、日本の民家でも昔のお家は天井の位置が高いでしたね。夏の暑さを凌ぐにはこれが良さそうです。

日本の弥生時代の住居は地面を掘り、天井高く作られているには、冬に温かく、夏は涼しい作りだったかもしれませんね。

 (ハノイ七不思議 その3)

 男子トイレの朝顔の位置が高いのです。これも不思議でしたね。そないに足が長いわけではないと思うのですが・・・・。まさか、小便小僧のようにして用を足すのが好きなんだろうか?色々と悩んでいたが、取引先の国営企業の鉄工所のトイレは昔の私が小学生時代の学校のトイレと同じでした。

どうもホテルとか西洋式のトイレは外人専用という意識であったのではないだろうか。決してベトナム人の平均身長を計算し設置されたのではないのではないか。今はそう考えていますので、そのうち、低くなると考えています。

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久しぶりの雨

 今日から正月も明け、本格的にハノイの人々は働き始めました。しかし、あいにくの雨です。少し気温が下がりましたが、蒸しています、湿度が高いのでしょうね。バイクでは傘はさせないので、皆さんカッパ姿で運転されていますね。

 不思議なのは、歩いている人で傘をさす人は極めて少ない事実です。まるで、アメリカみたいですね、昔カリフォルニアに住んでいた時も米国人は傘をさす習慣はありませんでした。平気で濡れるのですね。野蛮な連中やな~~と、考えていましたが、それが格好いい風景でした。

当時、娘二人は小学生でしたが、キャンプに出かけても雨でも平気で濡れてしまうのです。これは、カリフォルニアの風習でした。多分に湿度が低いので、ベトベトしないし、直ぐに乾燥してしまう気候が影響していろのでしょうね。

しかし、ロンドン紳士とかニューヨークでは違いますよね。皆さん、傘をさします。湿度が高いからだろうかとか、冷たいからだろうか、と、言う訳で、傘について考えてみたい。(笑)

(古代は王権のシンボル)

 傘と古代と考えると私は高松塚の貴婦人にお供がさしかかえるるキヌガサを思い浮かべますね。これは雨傘というより、日傘の範疇でしょうか。どうも自分でさすのではなく、お供がさし抱える雰囲気ですね。高松塚 壁画

戦国時代でも、秀吉にお供が傘をかざす事が許されたのは確か城を賜り、それなりの地位を確保できてからでしたね。どうも権威の象徴のような気がします。

 エジプトでも古来、傘は王権の象徴であったようですね。エジプト 傘

 (子供の頃は傘は無かった)

 昭和20年代の北河内郡大字招堤村では殿山第二小学校に通うのに数里は歩いた、が、傘は無かった。有るとすれば、大人用の番傘だけでしたね。これは、小学生の低学年には重くて無理でした。雨の中を走って帰宅した記憶しかありません。途中には里芋の葉っぱを引き抜いて・・・・・。

今や日本では100円ショップでワンタッチの傘が買える時代ですが、日本のように四季があり湿度が高い国では傘は必須ですよね。

 (日傘と王権)

 数年前に琉球にでかけ、琉球村で王様と王妃が歩く時にお供が二人、傘を手に持っているのが気になりました。エジプトでも日傘とおぼしきものは王権のシンボルとすれば、何か深い思想上の理由があるんでしょうね。

 jo君のつたない考えとしては、太陽信仰と関係があるのかも知れないと考えます。恐れ多くも太陽神に傘をさし日陰を作るとは、王様以外には許されない考えかもしれない。雨の時は太陽がでていないのでいいのですが、日傘はどうも違うのではないだろうか。

今日は、雨のハノイの通りを眺めながら傘について、色々と考えてみました。

 

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地鎮祭 イン ベトナム

Tankun_118  今日は吉日の日曜日、巨大倉庫二棟と敷地の改装工事に着手でした。

このベトナムでも吉日を選びます、そして地鎮祭もちゃんとやるんですね?今日は坊さんは来ませんでしたが、普通は来られるそうです。吉時間は朝8時から8時半の時間帯でした

Tankun_116 Tankun_115  棟梁がお札(偽札)を燃やし、線香に火をつけて神に祈ります。祭壇には果物、お酒、鳥の丸焼き、赤飯、等々を供えます。我々は発注者側ですが、日本酒三本とご祝儀を持参しました。

Tankun_119 Tankun_122  当社オーナーは一升瓶をぶら下げ、土地の四隅に惜しげもなく酒を振舞う姿に、ベトナム人は不思議な顔をしていましたね。日本、ベトナム共同の作業ですから、お互いの文化を共有しなければいけませんね。

日本もベトナムも同じ中華の文明圏に存在した国です、道教思想も仏教も元々のアニミズムも存在します、このような土木工事には古い思想が残っていますね。

 最近発掘されたタンロン皇城遺跡の南郊殿遺跡は確か天壇、地壇の祭祀遺跡だと思いますので、このような儀式が今も生きているのは、うれしい限りですね。

今回は一辺、数百メータの巨大な工業団地の一画です、ラジコン飛行機は何機でも飛ばせる敷地ですからこれから、楽しみです。出来れば、ラジコン所長と工事開始を祝し飛行機を飛ばせば最高でした。(笑)

 (旧正月も終わりました)

 Tankun_129 今日は日曜日、夕刻アパートのまわりを散策したが、近くに大きなバスターミナルがあります。全国の田舎から皆さんハノイに帰還してきました。明日からは、仕事が始まるのでしょうね。

写真は、ハノイのローカルな場所に移動するバス駅ですが、皆さん田舎から帰った荷物を持ちはノイに住居に帰るのです。

明日から、本格的なテト明けの仕事が始まるベトナムです。

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鉄は国家なり ベトナムは?

 先日NHK番組の歴史番組を観ていたが、明治時代の鉄道建設と鉄の製造技術の密接な関連する番組でした。日本は明治国家建設時に英国そしてドイツの製鉄技術を導入したが日本の石炭との相性の問題から、又、南北に長い国に隅々まで鉄道を建設する為に気候・環境が厳しく、完璧なレールを製造する困難な技術に直面し独自技術を開発する事で国産で乗り切った歴史ドラマでした。

勿論、軍需面の要求が大きかったとは思うが、今から考えると日本はアジアではいち早く製鉄技術を確立したんでしょうね。そして、私が入社した頃の高度経済成長時代の昭和44年頃からコンピュータ技術を製鉄所は導入し世界一の製鉄王国を建設した。

 (ベトナムは?)

 日本以外のアジアは遅れた。特にベトナムでは今だに高炉は存在しないと思う。世界有数の無煙炭の産出国なのに出遅れてしまった。南北統一鉄道は100年前に建設された狭軌の単線ジーゼル車である。

しかし、韓国の世界第三位のPOSCOが1300億円を投下し高炉を建設するらしい。

 POSCOベトナムに製鉄所建設

勿論、欧州の製鉄会社も建設を計画している。

 アルセロール ベトナムに製鉄所建設計画

確か現在、新日鉄は世界二位、JFE第四位のはずだが、日本はベトナムの無煙炭を抑え、南北新幹線建設に力をいれるのだろうか?

しかし、坂の上の雲ではないが、明治維新以降の日本の国家建設時に主要な技術を自前で努力して開発した歴史は世界に誇れるものではないでしょうか?

 

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ヤモリがウルサイの巻

 昨夜はシェラトン・ホテルの有名な鍋宴会があり、久しぶりにご馳走を食べた。かなり酩酊して夜遅く帰宅であった。シェラトンはハノイ北部の西湖の東岸に位置する風光明媚な場所にあります。空港にも工業団地に向かうにも便利な場所です。

日本企業とか外国企業に勤める役員クラスで単身赴任の人はこのホテルに住んでいる人が結構おられます。サービスアパートと変わらない値段で住めますので、便利なんでしょうね。ホテルを出れば直ぐに高速道路で渋滞もなく工業団地とか空港に辿り着けます。

 (又もやヤモリ君出没)

 夜中に喉が渇いたので、居間に行くとキュー キューと鳴き声がするのだ。どうやら飾り棚兼食器棚の後ろで鳴いている。電気をつけて隙間を覗くと居ました、小さなヤモリ君です。小さな身体ででかい声で鳴くものです。

家内をたたき起こし、二人でヤモリ君を捕獲し、ベランダの外にお帰り頂こうとしたのだが、隠れてでて来なく作戦は失敗に終わった。私は何とも無いが、家内が気味悪がるので何とかしたいが、捕獲失敗でした。

 このところ、テト期間から連日30度を超える暑さが続いていますので、虫も活発になりヤモリ君も頑張っているようです。

 (身内の春の異動?移動?)

 那覇にいる息子も、もう直ぐ卒業で横浜の自宅に帰ります。卒業式もあり家内は出席するらしい?というか、下宿の引き払いの作業を手伝わされるんでしょうか。又、三月末には次女も再婚し北海道に転出してしまうのだ。次女の家族のアパートも引越しや、不動産屋さんに頼んで賃貸できるようにしないといけない。

 京都方面では家内の母が健康うるわしくないので、有馬温泉で湯治治療も必要な様子だ。この歳になると親の健康問題も出始めるのですね。私の両親は既に二人とも他界していますが、家内の方は幸いご存命である。

メキシコ方面では長女もそろそろフランスに帰り日本を目指す筈である。

 私は赤とんぼの冬合宿が3月23日から始まるので、参加する予定です。山小屋管理人さんの情報では、今年は暖冬で雪は無いかもしれないという話だ。桜も咲き始める頃になるという話だ。私も久しぶりの帰国になるかも知れない。

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ベトナムつけめん(ブン・チャー)

Tankun_097  今日の昼飯はタン君とベトナムつけめんのお店に出かけた。スープは温かいスープに焼肉が入りネギ、人参等々が入りとても美味しいスープです。これに麺を入れて野菜と一緒に食べるんです、これが実に美味いのだ。

Tankun_098 Tankun_099  野菜とかハーブ類、もやし、沢山の野菜類と一緒に食べるんです。とにかくベトナム人は野菜を仰山たべるんですね、これをやらないと夏に蚊に刺されるそうです。

そして、定番の揚げ春巻きがついています。旧正月から私もベトナムのご家庭で仰山食べてきました。

Tankun_100 Tankun_101 この料理には正式に名前があります、が、私は知りませんのであしからず。問題は、足元なんです、皆さんなんでも床に捨てるのでゴミ箱で食事をしてる雰囲気だし、靴がすべるのです。(笑)

だから、玄関でスリッパに履き替える日本人がいます。二万ドンですから150円ダス。

注: 後ほど調べるとブン・チャーと判明しました、人気の料理だそうです。でも安くて美味しいですよね。参考ブログ

 (ザボンだろうか?)

Tankun_105 これはザボンだと思う。味はグレープフルーツから酸っぱ味を抜いた感じですね。これが、美味しいアタリでしたね。

赤ん坊の頭くらいでかいフルーツです。

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正月四日目 今日で正月も終了

Tankun_058_1 Tankun_066  今日は正月最終日です、朝10時に郷端さん御夫婦がお見えになり一緒にタクシーでDr. Binhさんのお家を目指した。しかし、運転手との話がうまく出来ていなくとんでもない田舎に迷走してしまった。(笑)

周り一面田園風景が広がる超田舎!牛とかアヒル?とかたまに、農夫が二人で田圃に水を入れている風景でした。

 マイフォト 正月三日目模様

 一時間遅れでBinhさんのお家に到着でした。私は二回目の訪問ですね。昨年末に郷端さんに連れられて訪問しました。彼はベトナム国家大學の副学長さんです。つい昨年まではハノイ工大の教授でした。

 昨年暮れの家庭訪問時の記事

 今回も大変ご馳走になりました。今回はBinh先生が家族とともに、阪大に留学時代に親友になられた大阪に住む日本女性がベトナムの正月を体験する為に居候されていました。特に、11時間をかけて大きな鍋で煮る中部地方のバインチュンの製作も一緒に学ばれたそうです。

中部のバインチュンはハノイの四角い型ではなく、日本の太巻きに似た形状で葉っぱで包み11時間煮るそうです。今回はそれを、又油で揚げたものを頂きました。この製作にはBinh先生自ら作業をされたそうです。写真を参照して下さい、ロールケーキみたいな形状ですね?

 最後のデザートで出たのは、山岳民族が製造する赤マイ(赤い米)を蒸して、麹で発酵させた赤ワインのようなもので、赤マイの粒粒も残存してる逸品でした。正月には5キロ程度を購入される珍しいデザートだそうです。度数がきつく酔っ払いました。

帰り際には財務省の役人さんが来られました。楽しい食事会でした。

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正月三日目

 今日は正月三が日の最終日ですね、あっという間に時間は経過してしまいました。今日も朝から天気が良いです、アパート近くの大きなバスターミナルの拡声器から、元気な案内の声が聞こえ始めました。そろそろ、皆さんハノイに帰還が始まったのだろうか?

昨日食べ過ぎたもち米料理(バインチュン)、赤飯、等々で夜中にお腹がもたれ胃薬を飲んだ。(笑)急にパワフルなものを食べるといけないようですね?今日も、家庭に招待されているので、もち米はあまり食べないようにしましょう。米と言えば、世界の米の生産量はどないな按配なんだろうか?

 (米の生産量比較)

No.

RICE, PADDY PRODUCTION (1997)

(MT)

%

WORLD

579,575,000

100.00%

1

CHINA

202,701,300

34.97%

2

INDIA

125,263,000

21.61%

3

INDONESIA

49,253,800

8.50%

4

BANGLADESH

28,182,800

4.86%

5

VIET

NAM

27,645,800

4.77%

6

THAILAND

22,431,600

3.87%

7

MYANMAR

17,673,100

3.05%

8

JAPAN

12,531,000

2.16%

9

PHILIPPINES

11,269,000

1.94%

10

BRAZIL

9,293,498

1.60%

11

UNITED STATES OF AMERICA

8,114,600

1.40%

12

KOREA

, REPUBLIC OF

7,312,096

1.26%

13

PAKISTAN

6,546,450

1.13%

14

EGYPT

5,580,010

0.96%

15

NEPAL

3,640,860

0.63%

16

CAMBODIA

3,414,917

0.59%

17

NIGERIA

3,268,000

0.56%

18

IRAN

, ISLAMIC REP OF

2,562,232

0.44%

19

MADAGASCAR

2,558,000

0.44%

20

KOREA

, DEM PEOPLE'S REP

2,346,800

0.40%

ベトナムは2764万トンで世界5位です、中国は20270万トンでダントツ一位で、日本は1253万トン8位である。人口は中国は13億人、日本1.2億人、ベトナム8400万人と考えるとベトナムの米の

 

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正月招待されるの巻(2)

 今日は会社、大學の近くにお住みの、元文部大臣のDr.HACさんに招待されました。昨年10月に一度、身体をこわされ入院されているのをお見舞いし、今回お会いするのは二回目です。

Tankun_037 Tankun_038  奥様は大學の心理学の教授をされています。次男坊はタン君と同期でハノイ工大卒で奥様はベトナム航空の国際線スッチーさんです。

親分が15年間ベトナムで世話になったそうで、長いお付き合いだそうです。ベトナムで最初に日本と文教関係でベトナムに学校を建設するODAを決断されたのもHACさんだそうですよ。さて、料理の按配は?

Tankun_039 Tankun_040

 今日はお腹一杯食べちゃいました。定番のバインチュンは勿論最後の方で出ました。結構美味しいものですね、後で土産にも貰いました。家庭の味だそうです。

次々と食事が運ばれ撮影する暇がありませんでした。

Tankun_042 Tankun_044

Tankun_045 赤飯がでました。これは、もち米と果物の何とかいう赤みのあるものを一緒に炊くそうで、今はサプリメントとして錠剤で販売されてるそうです。これは、最近世界中の薬学界で注目を浴びてる漢方だそうです。味は嫌味の無い甘い感じの美味しい赤飯でした。

Tankun_043 次男坊の嫁さんが、昨日のフライトでモスクワから帰宅し、ロシアで購入したハムだそうです。いい時に招待されたものですね?美味しいハムでした。

Tankun_046 豚骨スープ味の若竹ですね、味が豚骨味で臭みが無い見事な出来でした。こちらの竹の子は匂いが独特で私は嫌いなのですが、今回の料理は匂いがしませんでした。

Tankun_047 これは、デザートですが、豆を一度炊いて、そこからコトコト少し、砂糖を入れて煮るそうです。プリンのような感触の甘いデザートでした、豆の名前は判りません。中身が黄色いそうです。

Tankun_048 玉(ぎよく)で出来た豚ですが、今年は豚年ですよね?こちらの置物とか絵はとてもひょうきんなのが、特徴です。

漫画チックなのがお好きな国民なんでしょうかね?

 (土産貰いました)

Tankun_049 Tankun_052 沢山のお土産です、マンゴー、ドラゴンフルーツ、お酒、お茶、バインチュンでした。

沢山ご馳走にもなり、お土産まで頂いてしまいました。有難う御座いました。

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旧正月が一日違う?

 昨日NHKのワールドニュースを観てると、こちらの元旦二日目が中国では正月元旦の様子でした。一日ずれているんだろうか?誰か旧暦に詳しい人がおられたら、教えて下さい。ともかく、東アジアは中華文明圏に属しているので、旧暦が今も確固たる地位を保っているんですね?韓国在留の友人も旧正月休みで日本に帰国している様子だ。

 さて、今日も明日もベトナム人の家庭に招待されているので、出かけます。正装ですから、背広にネクタイです、この時期は滅多の日頃はネクタイ姿のベトナム人を見かけないネクタイ姿でバイクに乗る人々が目立ちますね。

 ハノイは連日暑くて短パンにTシャツで過ごしています。時折、除湿のクーラーを入れる天候が続いている。此の儘、暑くなるんだろうか?昨夜は二匹もヤモリがウロウロしてるので、新聞紙で包み外に放り投げました。

 (ベトナムの歴史は難しい)

 昨日も、ベトナムの歴史の本を読んでいたが、絶え間ない中国からの侵略に戦う歴史なんですね?昨夜は15世紀、明の時代の歴史を読んでいた。明も酷い植民地政策をとったのですね?しかし、必ずベトナムは蜂起し戦いに勝つのです。

追い詰められたベトナムは必ず戦いを挑み勝つ歴史を積み重ねて来た事が判ります。15世紀はベトナムは明から独立し、同時に中部のチャンパ王国を攻め、ラオスも攻めベトナム国の礎が出来た時代のようです。

 日本では、足利義満が明との国交回復で苦心惨憺した時代で、金閣寺を建立し臣下の礼をとる形式で明との国交回復をした時代でした。実を取る政策を推し進めた時代でした。当時はやはり、中華を軸に東アジアの秩序は保たれていたんですね。

 

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元旦二日目模様 ハノイ

 明日も、あさってもベトナム人のお家に招待されているので、持参する酒を買いに今日からオープンしてるスーパーに買い物に出かけた。

Tankun_024 ゲー!凄い蟹ダス。ほかもさんもびっくりの蟹ではないだろうか?何かグロテスクだから、遠慮しました。

しかし、これは何と言う蟹なんだろうか?

Tankun_001 これ、ベトナムワインだそうで、アパートの玄関で振舞ってもらいました。何か紹興酒みたいな味がするんやけど、ワインだそうです。

ベトナムのワインは何か違いますね?ベトナムの人はコニャックが好きだし、シャンパンが好きですね。日本酒が好きだと言う人は今まで一度もお会いしていない。甘いらしい。

明日とあさっての為に、でかい赤ワインでカルビニソービニヨンとコニャックを買いました。

Tankun_025 バインチュンも売っていますよ、昨日タン君の家でご馳走になりました。

Tankun_026 こりゃ、ポン菓子やと思いますが・・・?

でかい大きさで厚いです。

Tankun_028 Tankun_027 お年玉袋も正月は必須アイテムですね。10万ドンから20万ドン入れました。

お宅を訪問すると必ず、子供が居れば渡す必要があるそうです。

Tankun_029 Tankun_030 ハノイ正月の風物詩である、家族バイクです。一家四人で運転です、ベトナムは二人っ子政策ですから、二人の子供家庭が多いようです。現在8400万人ですから、これ以上人口が増えるのは問題なんでしょうね?

Tankun_031 Tankun_032  ベトナムでは風船を売る人が道の端でよく見かけます。どうも風船が好きな国民なんでしょうね?そういえば、アメリカ人も好きではないだろうか?事務所でよく誕生日なんかは自分の席の周りに風船をあげていましたね。

Tankun_034 このような家族バイクの風景は旧正月の風景だそうです。明日、あさって頃まで続くんでしょうね?

今はハノイ住民だけがウロウロですから、未だ空いています。

(飛行機の化粧)

Tankun 垂直尾翼にベトナムの国旗のイメージをデザインしました。デカールはキットに入っていたものです。

これで、飛行機らしくなりましたね?全て完了です、後は燃料を入れて飛ばすだけですね。

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MISAYO関連リンク変更

 MISAYO関連のリンクを本人の依頼により変更しました。

MISAYOの生活日誌

 ブルゴーニュでの生活をレポートしています。しかし、世界中を旅をするのが好きなので何処からレポートされるか?神出鬼没です。生活に密着した楽しいレポートです。

・ブルゴーニュにようこそ

 ブルゴーニュは素晴らしい田舎です。ブルゴーニュの素晴らしさをご案内します。民宿に泊まりのんびり旅をされるのは如何でしょうか?MISAYOがご一緒に案内致します。

・MISAYO イラスト集

 武蔵野美大時代よりイラストを仕事としています。今までのお仕事でのイラストを含めたライブラリーですね。

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元旦招待されるの巻

 今日は元旦です、タンさんのお家に招待されました。名誉ある事だそうです。彼は日本に留学し東工大のマスターを取得し、日本の企業で勤めていましたが、今回15年ぶりにハノイに帰り私も一緒の会社で働く事になりました。

Tankun_004 奥さんと息子さんです。奥さんは未だ日本で活躍されています、日本語が上手でお父さんは日本のベトナム大使館の偉い人です。

賢そうなボクチンですね、日本で生まれました。今はタンさんの御両親が育てておられます。

Tankun_014 タンさんとお父さんです、昔はハノイの建築大學の教授をされておられました。65歳ですね、ベトナム戦争も経験されておられます。静かで暖かい人柄が感じられました。日本の明治維新の歴史を詳しく調べられています。今度は一度、ゆっくりベトナムの歴史を教わりたいと思いました。

Tankun_006 Tankun_009 バインチュンです、これが本物現地の家庭の味です。もち米で中身は豚肉と何か黄色い色をしたものが入っていました。日本のちまきと似てますね。葉っぱの色がついています。

豚肉とか人参と大根の酢の物、揚げ春巻き(豚肉、はるさめ、ねぎ、等々)、ベトナムのお正月の料理が並んでいました。春巻きはタンさんが作ったそうです。

Tankun_007 Tankun_008 ここは、お茶を頂く場所ですね。沢山のお菓子がテーブルに並んでいますね。ベトナム茶を小さなコップで飲むのです。一息で飲んでしまいました。(笑)

元旦に呼ばれるのは名誉な事だそうで、ベトナムの家庭のお正月の初体験は実に楽しいものになりました。

Tankun_011 Tankun_012 最後にフォーを頂きました、本当に美味しいフォーです、今まで不味いフォーに出会った事がありません。タンさんのお家の家庭のフォーも薄い肉の入る絶品でした。

タクシーを呼び、ご両親にご挨拶をして御礼を申し上げ帰りました。楽しい元旦となりました。

Tankun_021 一家四人でバイクに乗る家族です、これがハノイの正月の風物詩だそうですね?お寺は沢山の初詣の客でごった返していました。Tankun_022 日本と一緒ですね?初詣に皆さんお寺にゆくのですね?

ハノイは今日も暑いくらいの天気でした。

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バレリーナ5号機 完成

Teto_210  バレリーナ5号機が遂に完成しました。突貫工事で製作しましたが、残念ながら旧正月は一緒に飛ばすラジコン所長が日本に脱出しているので、しばし待機です。

一応完成しているが、未だ細かい工作はするつもりです。

Teto_209 Teto_208 垂直尾翼にはベトナムの国旗と日本の国旗でもデザインする積もりです。

さて、ラジコン所長がハノイに帰国すれば、飛ばしたいですね。旧正月元旦のめでたい?話でした。

Teto_211 Teto_212  (人が消えた)

あれ、何時もはバイクが走り回るし、ウルサイのに静かだし、誰もいない。ハノイから人は消えてしまったのだろうか?今日はお昼にベトナム人の家庭に招待されていますので、楽しみです。さて、どないな正月なんだろうか?ワクワク

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大晦日風景(2)

 せっかく旧市街にでかけたので、タンロン皇城の東鎮だった白馬寺と東河門を見学する事にした。 ハノイ大晦日風景写真集

Teto_158 Teto_161  残念ながら、昼休み時間でクローズでしたが、少し中まで勝手に入りました。今度、時間があるときにゆっくり来たいと思います。yaaさんの話ではタンロン皇城の東鎮だったというお話です。

ここから歩いて近くに、東河門があるはずなので、歩きました。

Teto_168

東河門ですね、意外と小さく感じました。18世紀に最初に建設されたそうですが、この前に見学した五門楼に比較するとまるで小さいです。

参考 スケッチ温故知新の旅

この門は紅河方面を向いている、近くの東鎮の白馬寺も同じだ。東は河が流れ青龍が棲むという。四神思想だ。

さて、ここからドンスアン市場が近いので其処まで歩いてみましょう。

Teto_174 Teto_175 左の写真が、正月に食べるバインチュンではないだろうか?右のさつま揚げ?は不明だ。

活気ある市場のプロローグでしたが、本体は閉まっていました。大晦日は休みか?

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ハノイ大晦日風景(1)

Teto_131  今日ハノイは大晦日です。朝からタクシーを呼び、先ず旧市街近くにあるベトナム航空に行き、家内の日本への帰国の便の予約をし、義理の妹のお店で売る雑貨の買出しに旧市街に歩いて向かった。

 ハノイ 大晦日風景 マイフォト

Teto_129  政府関係の建物でしょうが、建物より偉そうにしてるのが大木です。見事な大木で見とれてしまいました。

とても大事にされている様子ですね?神さんが宿っているのかもしれないと思いますね。

このハノイでは道路脇の大木はとても大事にされています、多分夏には灼熱が降り注ぐのを受け止めて人間を守ってくれているのを解っているからでしょうか?

Teto_153_1 子供達がかわいいですね?おとうさんのバイクに4人で乗っていますが?ベトナムでは子供をとても大事にするそうです、皆で育てる社会の宝という意識なんでしょうか?

100年前のインドシナ時代は1500万人のベトナムの人口は今は、8400万人程度でしょうね?二人っ子政策がとられているそうです。

Teto_141 お店に中には殆どのお店で、祭壇があります。お香が焚かれており、偽のお札が積まれ、お供えものがあります。これは、道教の影響なんでしょうか?何か、中国ぽっいですね?

旧市街のお店でも概ねこのような小さな祭壇がありました。

Teto_147 Teto_148 (City View Cafe)

お昼は買い物にも疲れたので、リトルハノイにある眺めのよいカフェにしました。西洋人の観光客が沢山食事をしていました。

ホアンキエム湖の北岸に位置し眺めが抜群です。旧市街も見下ろせて風が涼しくて落ち着けます。写真のホアンキエム湖では今晩、新年を迎える花火大会が有ります。

 家内はベトナムコーヒーと春巻、私はビールと焼き飯を頼みました。

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ハノイの踏切

 ハノイでは所々で鉄道の踏切があり交通渋滞が発生している。丁度、踏切が閉まる時に遭遇したので汽車が通過する模様をレポートします。

Teto_037 汽車が来ると係りの人々数名が道路に敷設されたレールの上を横滑りする扉をよいこらしょと、閉めるのです。

来ましたね、統一鉄道ですがホーチミン方面から来たジーゼル車ですね、単線です。軌道は狭軌で1000ミリです。

Teto_038 100年前の仏領インドシナ時代に建設されたそうですが、もう随分と老朽化しています。調べてみると一番早い列車でもハノイ、ホーチミン間の1726キロメータの距離を30時間もかかるそうです。

日本の経済発展を支えた原動力である新幹線を考えると、べトナム経済発展のためには是非、新幹線が必要ですね?

Teto_039 こんな記事がありました。ベトナム新幹線構想

この記事ではハノイ、ホーチミンを10時間以下で結ぶ計画の様子ですが、日本の技術とお金が必要になりますね?

Teto_040 Teto_041_1 現在検討中の案は現在の統一鉄道とは別に路線を開拓する案だそうですね?新幹線と同じ考えですね?

昔、プロジェクトXでも新幹線を開発したプロジェクトの物語を感動で観ました。日本は敗戦で航空機の製造が禁じられ多くの航空機の技術屋は車か鉄道に活路を見つけたそうでした。

Teto_042  さて、長い列車もそろそろ終わりですね、ホーチミンから来た列車でしょうか、ハノイ駅はもうすぐそこですね、お疲れさまでした。

今度、一度は乗ってみたいですね。

 (不思議な事)

列車が通過始めるとゲートの扉は開けてしまうのですが・・・・・?何でやろ?

(スーパーベイビイ)

Teto_127 バイクの後ろに跨るBabyですよ。お母さんと紐で結ばれているが勇敢な赤ちゃんだ。ベトナムは逞しいのだ。

今日のスーパー、ビッグCは超満員でした。明日が大晦日ですからね~~。さしずめ今日は12月30日という按配です。道路も混雑が続いている。

Teto_123 Teto_118 空軍の博物館でしょうか?

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ケンタッキーに行くの巻

Teto_115  ハノイにケンタッキーが出来たのだ。同僚と二人でタクシーで出かけた、どうしてもケンタッキーに行きたいと言う。若いのだ。

あたしゃ、日本でも行った事が無いのだけど、腹が減って午後二時を経過していたので、ついてゆく。

Teto_116 Teto_117  同僚は二人前を注文し全部食べました。私はセット34000ドンのチキンバーガーを食べた。日本円で200円少しという按配でしょうか?

お店は若い人々ばかりでしたね。

Teto_109 Teto_110 今日の街の風景です。今日で会社は終わるところが多いそうですので、ピークの混雑でしょうか?

明日にはハノイは徐々に人混みは緩和されるでしょうね。

自宅のアパートの玄関の花も立派に咲き始めましたよ。

Teto_106 Teto_108 明日から会社は休みだ~~~!!

ラジコン所長から夕刻電話あり、夕方7時頃の飛行機でバンコック経由で日本の秋葉だそうだ。(笑)

(追伸)

 今日は日本ではバレンタインだそうで、テッチャンの知り合いのシーラカンスはんからバレンタインメールを受け取りました。ほたら、京都方面のMuの旦那は若い学生さんとおぼしき女性からチョコを貰ってる記事だ。

メキシコ方面では娘のレポートでは大きなハート型の風船を抱えた女性が待ち伏せしてる迫真レポートがあった。

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会社に歳暮が来たよ!

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会社に歳暮が届き始めましたよ。綺麗に包装されて中に色々なものが入っています。60万ドンコースだとワインが二本も入っていますね?タバコとかクッキーとか缶入りのベトナム茶とかリプトン茶(ベトナムでは紅茶の事をリプトンと呼びます)。

わが社も仰山買占めました、ワインが30本程度でしょうか?コニャックXOなんかも買いました。

Teto_105 Teto_102 桃の花がだいぶ咲き始めましたよ。テト期間中には随分と花をつけるのではないでしょうか?

この時期は何処の会社とか官庁にでかけても、金柑と桃の鉢植えが飾ってあります。日本の門松と同じ感覚なんでしょうか?

今日はハノイの霞ヶ関である官庁街(ホーチミン廟の東方面)に出かけました。

Teto_101 計画投資省の大幹部さん(女性)に相談にでかけました。やはり、玄関には桃の鉢植えがありましたね。

ベトナムも今回は大きな投資法と統一企業法が施行されお役所も忙しいのでしょうね?懇切丁寧に色々と教えて頂きました。一人で官庁の偉いさんと会うのは緊張するものですね?

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ハノイ グルメ短信

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ハノイに学術調査で来られた大學の先生二人と学生さんをご案内して”オペラ”というお店にご案内した。名物は四人以上だと鍋が注文できるそうで、勿論シーフード鍋を注文した。

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その他、フレンチベトナム料理を注文した。何時もは、隣の店である”Press Club”に行くのだが今日はOpera Clubでした。メニューも英語版がありベトナム語が出来なくても大丈夫です。

私は、月曜日の夕方は6時からベトナム語の先生に来て貰い勉強しています。

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 この店はまあまあでしたね。ビールとワインを飲んで楽しく過ごせました。先生方はハノイの大気汚染について調査をされている様子でした。ホンマひどい状況ですからね、私は鼻毛が伸び放題の有様です。

Teto_099(ベトナムの柿)

道で天秤棒で売られていた柿を買いました。これは、熟した柿の感触です。種は明らかに柿の種でした。ベトナムにも柿はあるんですね?けど、格好はキウイフルーツみたいですが、葉っぱは柿でしたよ。

Teto_085

  街はテト一色です。お歳暮の品物が何処でも販売されています。昨日も会社にお歳暮を持って取引先の会社の人が沢山来られました。

お陰で、スーパーも百貨店も超満員だそうです、レジは長蛇の列なんですね。

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大河ドラマあれこれ

 昨夕は何時も楽しみにしている、大河ドラマを6時から観て、その後、1973年に放映された大河ドラマ”国盗り物語”のビデイオを鑑賞した。総集編の後半部分のビデイオでしたね。なんせ34年も前の映像ですから、皆さん俳優さん若い!(笑)

(リンクは無効ですのであしからず)

  • 松波庄九郎→西村勘九郎→長井新九郎→斎藤道三:平幹二朗
  • 吉法師→織田信長:川口英樹高橋英樹
  • 桃丸→明智光秀:高野浩幸(現・高野ひろゆき)→近藤正臣
  • 日吉→木下藤吉郎→羽柴秀吉火野正平
  • 松平元康→徳川家康寺尾聡
  • お万阿→妙鴦尼:池内淳子
  • 深芳野:三田佳子
  • 那那姫→小見の方:北村佳子山本陽子
  • 吉祥丸→新九郎高政→斎藤義龍:沢村正一(現・沢村翔一)→若林豪
  • 斎藤龍興:大石悟郎(現・大石吾朗
  • 斎藤喜平次:曽我一貴
  • 斎藤孫四郎:青沼一彦
  • 帰蝶→濃姫:松坂慶子
  • お槙中野良子
  • お国:阿部寿美子
  • お市松原智恵子
  • 寧々太地喜和子
  • お静:下野照美→北川美佳(現・喜多川美佳
  • たま:今別府ミカ林寛子
  • 土岐頼芸金田龍之介
  • 長井利隆安井昌二
  • 長井白雲田村亮
  •  豪華俳優さんでした。高橋英樹さんも松坂慶子はんも若かった。この頃は大河ドラマと言えば殆どの国民は観ていたのではないだろうか?司馬さんの原作ですが、とても新鮮な感じを受けました。

     山崎の油屋から美濃の国を乗っ取る道三の生涯ですが、途中からは信長中心の展開でした。この作品では司馬さんらしく、雑賀衆の孫市が活躍していました。作品”尻くらえ孫市”という作品を昔読みましたが秀吉との因縁が素晴らしく描かれていましたね。

    34年前といえば未だ私も26歳ですから独身でテレビなど観る暇なく会社の計算機室で寝泊りしていた頃です。ですから、映像が新鮮なのも当たり前ですね?

     (風林火山)

     当時の戦国時代は情報戦ですから、勘助の役割はスパイですよね?この難しい職業の人間を描くのは難しいやろな~~?と、思います。さて、今後どうなるでしょうね?ハノイから夕方6には楽しみにして観ています。

    (閑話休題)

     今日の昼飯は久しぶりに工大の郷端さんとフォーを食べに行った。16日の大晦日はフォアンキエム湖に夜中11時集合だそうだ。ゼロ時から元旦の花火が上がるそうだ。私は遠方だから無理なので、ベランダから眺める予定です。

    郷端さんは三月頭で一時、日本に帰国して6月に再度ハノイに戻るそうだ。私は、三月末に帰国し10日間程度私用を済ます予定です。

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    ハノイ暮れ車窓編

     今日は2月11日日曜日だ、朝からハノイ北方にある西湖東岸にあるシェラトンホテルで打ち合わせ。タクシーで出かける。車窓から暮れのハノイの風景を撮影した。

     マイフォト ハノイ暮れ模様(車窓編)

    Teto_084  立派な桃の植木を運ぶお兄さんです。バイクで上手に運ぶもんですね?どんな植木というか盆栽も綺麗な姿であるには驚きですね?

    ふうてんさんが、おっしゃる通り職人さんの手間が随分とかかったものでしょうね?

    シェラトンに行く道の両端には盆栽が沢山売られています。このあたりは有名な桃園とか植木屋さんがある場所だそうです。

    Teto_068 今度は、黄色い花の鉢植えが売られています。この花は何なんでしょうね?綺麗な色で盆栽としても美しいものです。

    みなさん、この道路で盆栽を買うのでしょうかね?延々と道路脇で鉢植えが売られていました。

     車の中から道路脇の風景を撮影しましたので、参考にして下さい。帰り道は会議をしたベトナムの人に自宅まで送って貰いました。彼が運転しながら、彼が大學を卒業してから、二年間の兵役義務で中国国境での兵士時代、食糧難の時代、そしてドイモイ政策への転換の激動期の話を伺いました。

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    バレリーナ生地完成

     突貫工事で製作していたバレリーナ5号は遂に生地が完成した。

    Teto_035 Teto_036  多忙な中、遂に生地が完成だ。色々と製作途中で問題がでたが乗り越えた。

    あとはフィルムを被覆し、翼のエルロン制御のサーボを搭載したり、リンケージ関連の細かい工事が必要だ。

    旧正月にラジコン所長と飛ばす予定が、こちらの勝手な予定だったらしく、所長は日本に脱出らしい。残された私は一人で飛ばすにも、燃料が無いのだ。(大笑)

     ホンマ旧正月はどないしょうかいな~~~?

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    ハノイは小雨

     暮れの喧騒で包まれるハノイの朝は小雨だ。毎年この頃は寒くてコートを着るそうだが、地球温暖化の波はここにも押し寄せ、20度を超える毎日が続く。仕事が忙しくて土曜も日曜も仕事だ。

     昨夕はハノイのはずれの、中小鉄工メーカさんの経営者と4時間に及ぶお金に関する厳しい打ち合わせだった。私はベトナム語が判らないので、相手の顔の表情で全てを察知するしかない。僅かに救われるのは、通訳されてる時間のギャップはお互いを冷静に戻す役割を果たすのだ。

     来週半ばからテトに入る、経営者はボーナスを渡さねばならない。何が何でも金が要る時期である。工場はベトナム戦争の北爆でぼろぼろの建物の侭であり、二階の廊下は手すりも無い、夜間は電気も無い工場の事務所だ。会議中、トイレにでかけたが電気が無いので、真っ暗な場所で用を足した。

     顔が蚊に攻撃され腫れてしまった。従業員を守るために経営者も必死だ、それが伝わる。永い激論も無事収束し帰路につく頃は疲れ果てていた。私は交渉する鬼の親分のそばでただ聴いているだけでした。

    責任感と責任感が衝突しているのだ、しかし、必ず解は何処かにあるのだ。妥協は許さないが解は存在する。65歳の親父が現役で戦っている、60歳の私は未だ若いのだ。

     (ホーおじさんの遺言)

     最近、時に触れホーチミンおじさんの遺言を思い出す。ハノイに来てベトナムの歴史を勉強しているが、ホーおじさんのベトナム戦争真っ只中でサイゴン陥落も見ずに死んだホーおじさんの遺言が頭を離れない。

     遺言は数通あるのだが、その中で以下の主旨を語った言葉が胸を打つ。

     ”私が死んだら、火葬にして下さい。そして、三つに分けて下さい。一つは北部の丘陵に一つは中部の丘陵に最後は南部の丘陵に埋めてください。そして、銅像とか記念碑は一切建ててはならない、ただ、民衆が集まれる強固な集会場を建ててください。そして、この建物は村の老人たちに守って欲しい。

     そして、誰でも此処を訪れる時は苗木を持参し、丘陵、山に植えて欲しい。そうすれば、いずれ森になり、民百姓の田圃も豊かな実りを得るだろう。”

    長いベトナムの歴史を考えると北部、中部、南部は異なる国でした、統一ベトナムの姿はホーおじさんが懸念する通りではないだろうか?

     いずれ、ベトナムが先進国の仲間入りを果たし、強固な国になり豊かな国になれば、ホーおじさんの遺体は今のホーチミン廟から遺言通り故郷の山々に帰り永遠に祖国を見守る時がくるような気がします。

     

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    ハノイ年末風景 旧正月

     旧正月が17日です、16日が大晦日ですね。ハノイでは年末のボーナスも出始めました、法律で一ヶ月分以上の給料をボーナスとして支給する義務があります。

     マイフォト ハノイ 年末風景

    Teto_005 Teto_004  ハノイでは金柑と桃の鉢植えを飾るのが門松みたいなもんだそうです。当社の大家さんも今日は花を飾りに来られました。

    街中が日本の年末のような大騒ぎのような雰囲気になりました。皆さんは、年末の贈り物の購入と正月用品の準備で大忙しです。

    街中はバイクの洪水が大洪水になりました、渋滞が激しくなりました。

    Teto_011 正月の鉢植えの花を運ぶバイクです、この姿でビュンビュン飛ばします。何でもバイクで運べるものですね?

    全てが、桃の鉢植えか金柑の鉢植えです。

    この時期はスーパーも値上がりして、品不足になるそうです。年末の面白い話をご紹介しましょう。家内の実体験談です。

     ・今日スーパーで買い物したらレジで飴玉一個貰ろうた!得した。

     ・けど、他の人で二個貰ろうた人もいて、何かえこひいきや!

     ・(傍で聞いていたベテランさん曰く)あんさん、つり銭勘定しましたか?500ドン程度足らん筈やで。この時期、つり銭の小銭が不足し大体500ドンで飴玉一個呉れますねん。二個貰ろうた人は1000ドン程度、つり銭足らんかったからや。

     ・へ~~~!そうだすか?ほたら、私が小銭足らんかったらレジは飴玉受け取るやろか?

     以上、年末風物詩でした。

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    バレリーナ製作途中経過

    Barerina_001  ハノイに持ち込んだテトラのキットからバレリーナの製作を進めている。突貫工事をしているが、やっと生地完成近くになりました。

    全巾1メータ44センチ、全長1メータ7センチ、準対称翼の飛行機です。既にエンジンはOS FS30 4サイクルエンジンが搭載され、オイルタンクもサーボモータの本体部分の三個は搭載されている。翼のエルロン用のサーボは未搭載である。

     ほぼ完成の姿が見えてきました。何せ5機目の飛行機ですからね。これから、主翼の脚の取り付けやサンデイングやフィルムの被覆やリンケージ関係、等々まだまだ作業は続くのだ。

    Barerina_002  この飛行機はテト期間にハノイの上空でラジコン所長と一緒に飛ばす予定です。

    さて、週末は完成を目指して頑張ります。

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    旧正月休み近い

     ベトナムのお正月は旧暦です、2月16日が大晦日で17日が元旦です。ですから今週末からはほぼ正月休み週間に突入です。

     日本の昔のように、お店は殆ど休業となり、故郷に帰るそうです。大晦日にはハノイの街では大掃除が始まり,ゼロ時が過ぎると花火がハノイの数箇所で打ちあがるそうです。ハノイ駅は凄まじい混雑となり、正月の期間はハノイはもぬけの殻だという。

    この時はハノイでも青空が広がるという噂だ。この期間はあいさつ回りが必要で、お歳暮と年賀の挨拶をしないといけない。だから、私も正月休みなのにハノイにいます。挨拶周りが重要だそうだ。

     この旧正月の模様はJoBlogでその断片をご報告したいと思います。是非ご期待ください。多分,中国,韓国でも同じような風景が展開するんでしょうね?日本からの駐在員の人々は多く海外に脱出するのが恒例だそうです。

     我が家の正月準備

    今週中には我が家も食料を確保しないと、餓死するかも知れないので正月準備に入ります。(笑)それは,家内の仕事で私は正月休みには例のラジコン所長と飛行機を飛ばす予定です。その為にこの数日は突貫工事(得意)で飛行機、バレリーナの製作を急いでいます。

     ほぼ生地は出来上がり、エンジンも既に搭載されていますしサーボ関連の駆動装置も搭載しました。なんという仕事の速さだろうか?(雑という噂がありますが・・・)

    エンジンはOS FS30の小型の4サイクルエンジンを搭載しました。本当はOS 25FXエンジンがいいのですがのんびり飛ばすにはこの程度でいいと考えました。頭が重くなりますが、重心の調整をして正月のハノイの空に飛ばす積もりです。

     フィルム被覆して完成は週末になると思います、テトには十分間に合う訳ですね。

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    文廟 再訪

     昨年,初めてベトナムを訪問した10月に初めて訪れ、今回は二回目の訪問である。

    文廟位置関係(グーグルアース必要です)

    「bunbyou.kmz」をダウンロード

    文廟写真集 マイフォト文廟

    Restoran_029

     文廟は孔子さんを祀る場所ですが、ベトナムが中国から独立した11世紀の李朝時代に建立された。そして、王の息子たちの教育の場としてスタートしその後は高級官僚を育てる教育の場として利用されたそうだ。

     日本は輸入しなかったが、科挙制度ですね。三年に一度試験があり三人程度が合格するという超エリート育成のシステムです。地方で科挙試験に受ける人々は地方で予備試験を受けエリートが三年に一度全国から集まったそうだ。

    2006betonamu_039

     合格した彼らの名前は石碑に刻まれている。私は個人的な感想だけど、どうも中華文明の影響を直接受け,科挙制度を導入した国々では今でも何処かこの精神が残っているような気がする。ベトナムは学歴偏重の社会であるような気がするが、私だけの印象だろうか?

    Restoran_047

     文廟には綺麗な蓮の池が左右対称に数箇所あります。この風景は実に美しいものですね。丁度朝でしたので、赤い蓮の花が咲いていました。

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    紅河デルタ田植えの季節

     旧正月の前に田植えをするらしい。テトは17日からですね。今日の気温は22度でした、異常気温で暖かいという。本来じゃテトの期間が一年で一番寒く11度程度まで下がりオーバーが必要だとか。

    今日はハノイ郊外の工業団地の帰り道で道草して、田植えを眺めました。

    マイフォト 紅河デルタは田植えの季節

    Tanbo_010 田圃の中に苗代があり、稲が少し生育してから田圃に植えるのは日本と同じですね?というか、こちらが先祖ですけどね。

    働いている人々は殆どが女性でした。男は牛で鋤を引く人程度でしたね。田植えは日本人のように几帳面ではなく、糸を張らずに勘で田植えでした。おおらかですね?

    Tanbo_006  という訳で、こないな按配ダス。ま、いいでしょう。稲がちゃんと生育すればいいのですからね?

    それに、田植え後もあんまり手入れの必要が無いそうですよ。皆さん出稼ぎに出かけるそうです。ホンマかいね?と思いますよね?

    Tanbo_012 このような風景を眺めていると、子供の頃を思い出します。自宅の周りは全て田圃でした。お百姓さんが牛で鋤を引いて手で田植えをされていました。

    若い稲の苗の周りを、ゲンゴロウとか水澄ましとかカエルとか蛇とかタガメが泳いでいましたね。

    Tanbo_027 嗚呼!牛がサボっていますよ。

    こちらは水牛ですが、怒ると角が怖いですよね?けど、とても優しそうでしたね。ついつい、仕事を忘れて田植えの風景に見とれてしまいました。

    Tanbo_029 近くでとうもろこしを販売してる女性がおられました。

    のどかな、心の故郷である田園風景でした。

    一月前のこのあたりの風景は畑みたいでした。

              ハノイ郊外田園風景

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    ハイバチュンを偲ぶ

    Restoran_028  数日前から風邪を引きお腹を壊し、久しぶりに土曜日は一日中静養していた。風邪薬とお腹の薬を飲んで安静だ。ベトナムに来て初めての体調不良ですね。

    日曜日は早朝の二時間だけ、アパートの車を借り二箇所を見学する事にした。先ず、ハノイ工大の東北部にあるハイバチュン姉妹のお寺の見学である。

    ハノイでベトナム人にハイバチュンと言って知らない人はいないだろう。ハノイ工大も会社のある場所もハイバチュン地区である。地区の名前になっている。

    ハイバチュン寺院(グーグルアース必要)

    「haibacyun-temple.kmz」をダウンロード

     (姉妹の反乱とは?)

     さて、少しベトナムの歴史になります。未だ勉強がはかどっていないが、少しは理解し始めた。建国の初期の頃の話です。秦王朝の末期に実は南越王国が建設されます。中国南部の南海地区と桂林地区そしてベトナムの領域である交趾郡・九真郡・日南郡に分かれます。ベトナムの地域は土豪に支配させる間接統治でした。

    漢王朝の時代にはこの南越王国は消滅します。ベトナム地区は漢の支配者、太守の元で土豪を支配する間接支配の形態だったのです。今のハノイの紅河デルタ地域は交趾郡、デルタ南部は九真郡です。

     物語によれば、姉のチュン・チャックは土豪の妻で交趾郡太守の蘇定に旦那を殺され、妹のチュン・ニとともに立ち上がり(紀元40年)、65地区の土豪を纏め上げ太守を追い出した。この反乱で南海、九真、日南、合浦、呼応し嶺南に65県を定めチュン・チャックを徴王となりベトナムは独立を遂げた。

    史実はどうやら、蘇定が直接税金を徴収する行動にでたのを土豪が反発して反乱になったというのが史実らしい。しかし、この姉妹も最後は漢の軍隊に攻められ殺されるのだ。

     精神的にはこのハイバチュン(チュン姉妹)はベトナム人の反抗独立の精神的支柱であるといえる。

    Restoran_014 Restoran_015  この寺は月に二回しか公開されない事を後で知った。寺の中からは早朝の勤行のお経の声が聞こえてきた。

    庭では、近所の人々が運動場にして遊んでいました。

    Restoran_017 Restoran_018 Restoran_019 Restoran_020 Restoran_021 Restoran_022 Restoran_023 Restoran_024 Restoran_026

    (番外)

    大型機の熊造さんから便りがありました、コメント欄参照

    2004年の頃

    http://www18.tok2.com/home/fumi003/photo/philippines-7/baradas-7.html

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    フォー・ヴオン(Pho Vuong)

      フォー・ヴオン(Pho Vuong)

     今日はHUT関係者である先生方と企業関係者との昼食会。

    Restoran_001  フォーの専門店は仰山ありますが、ここは肉関係だけでも仰山の種類があります、筋肉とか色んな部位の肉の種類があります。私はメニューの表紙に掲載されていたスライス風の肉のフォーにした。

    揚げパンみたいなものを食べ始めると、それはフォーと一緒に入れて食べるか、浸してたべるそうダス。

     マンゴージュースが品切れで、皆さんはスイカジュースを飲まれていた。私は勿論ビールです。

    Restoran_005 Restoran_002  皆さん、日本からの出張者さん達なので、ネクタイ姿でしたね。現地の人はネクタイをしないのがハノイ流です。

    皆さん京都方面からの人々でしたので、懐かしい関西弁で話ができました。

    Restoran_006 店内は明るく、何処かベトナムの雰囲気は感じません。これも、新しい若者の文化なんでしょうか?けど、我々は結構な年齢の連中でした。

     これからも、郷端さんと色んなフォーの店を探索したいと思います。

    Restoran_007 お店の外の世界はこないな按配です。これも、落ち着くようになりました。路上のお店は法律違反だけど、簡単には無くならないし、民衆の支持があれば存続するでしょうね?

     今日の昼食はちよっとお洒落なフォーのお店でした。

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    サンミゲールからの便り

     フィリピンのビールではありません、メキシコです。娘のミサヨは今はサンミゲールに長期滞在してるらしい。え~~と、グーグルアースは便利です、位置を確認。

     サンミゲール 位置ご紹介

    「san_miguel_de_allende.kmz」をダウンロード

     ミサヨの生活日誌

     何か、サボテン食べてるらしい?ベトナムではサボテンの実を食べるけど、確かドラゴンフルーツというけどね。あのトゲトゲのでかいウチワみたいなもん食べるんやね?

    メキシコには私は未だ一度も足を踏み入れた事はないけど、シリコンバレー時代には何度も仕事でサンデイエゴに出かけました。目と鼻の先がメキシコのテイファナでした。

     会社の仲間でメキシコ料理が好きな人がいて、よくツーソン アリゾナとか西海岸では食べさせられた。豆料理が基本だったですね。懐かしいです。

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