« JoBlogアクセス現状(報告) | Main | ベトナム民族学博物館 »

ホーチミン廟とホーおじさんの家

Kanko_054  今日はハノイに赴任して初めて観光?というものをした。先ず最初に顔を出すのはベトナムに敬意を払いホーチミン廟の参拝ではないだろうか? ベトナム独立の父であり今でもホーおじさんとして崇敬されている。

薄暗い部屋で黄色い光に照らされたホーおじさんは未だ生きているようなお姿でした。棺の下では四人の兵士が微動だにせず守っている。今も、かけがえのない、ベトナムの魂を守っているように見受けられた。

 胡志明(ホーチミン)と名乗るのは1942年です、それまでは子供の頃はグエン・タツ・タンであり、フランスでグエン・アイ・クオックと名乗る。地下活動中は数多くの名前を名乗り30以上の名前を持つ人物だったと言われていますね。

 彼は祖国が統一される姿も見ずにこの世を去った。彼の人生は謎に包まれていると言う。ベトナムの人々、世界のジャーナリストが彼の歴史を追いかけているらしい。しかし、未だ謎の多い人物だそうだ。

 しかし、若い頃から苦労をしてフランスの船に乗り込み下働きをしながら、世界中を見聞した事は事実だ。アフリカからフランス、ニューヨーク、ブラジルから南米諸国、第一次世界大戦以降は祖国独立の政治活動に入り、ロシア革命には感銘しレーニンには傾倒した。彼の執務室は今でも残されているが、レーニンの写真と銅像が置かれている。

 自動車の廃材のタイヤで作ったサンダルを何時も履き、サファリ帽子を被り、タバコをくゆらせる姿は皆様の印象に深いと思います。彼は生涯独身だったと言われていますね?あるベトナムに詳しい人の話では、フランスの特派員のジャーナリスト女性とロマンスがあったという噂話を聞きました。

 終生、質素な生活を送り祖国独立の為に一生を捧げた人として世界の歴史が認める人物でしょうね?

  マイフォト ホーチミン廟とホーおじさんの家

 (感想)

 私は彼の歩んだ歴史の断片で世界中を旅をした事が重要と思います。下働きをしながら世界中の人々と接した、しかも、下層階級とか貧しい人々の視点から世界を若い時代に経験した事が彼の生涯を決める哲学が生まれたのではないでしょうか?

 勿論、彼の父は教養のある漢学に通じた教養人でした、その影響もあるでしょうが、若い頃に彼ほど世界を実体験した人物はそれほど存在しないのではないだろうか?異国に居ればいるだけ、祖国が気になる、祖国を救うという使命感が生まれたではないでしょうか?

 今はソビエト崩壊によりレーニン像が次々に倒されている、レニングラードも今やサンクトペテルブルグに名前が変わった。時代は移り変わっている。しかし、ホーおじさんがベトナム独立の父である事実は永久に消えないし、ベトナムの人々も世界中の人々も忘れないと思う。

 学生時代に私もカールマルクスの資本論を原書のドイツ語で学んだ人間です。経済学を学ぶ人々は先ず、資本論を読むのが当時の学生の責務でした。その後、近代経済学というケインズ理論が登場し、我々経済学を学ぶ学徒は自由主義経済体制での経済学を学んだ。

 イデオロギーに支配されるのは、私は一番嫌いな人間ですが、イデオロギー世界を超えてその人物に感銘する事は自由である。

 ホーおじさんの、執務室で気になったのは大きな日本人形がガラスケースに入り、ドカンと鎮座している光景でした。あれは、何なんだろうか?ホーおじさんと日本とどのような関係が存在していたんでしょうか? 謎が残ります。

|

« JoBlogアクセス現状(報告) | Main | ベトナム民族学博物館 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference ホーチミン廟とホーおじさんの家:

« JoBlogアクセス現状(報告) | Main | ベトナム民族学博物館 »