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旗台と軍事博物館

Tanroniseki_100  旗台です、タンロン皇城の一部ですね?レンガで出来た旗台ですが、今はベトナムの国旗が掲揚されています。昔は、各時代の王朝の旗が掲揚されていたんでしょうね?

グーグルアース 旗台位置(グーグルアース必要です)

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 今はここは、軍事博物館の一部になっています。二万ドン払い軍事博物館に入りました。軍事博物館の展示は難しいのではないか?その時々の政治に左右されるものでしょうね?歴史博物館の場合よりも政治が絡むでしょうね?

 私はベトナム近世史に詳しく無いし、勉強もあまりしていない。これからベトナムに暮らしてじっくり勉強する予定です。先ずは、軍事博物館を観察して今のベトナムが戦争というものをどう捉えているか?参考にした。

Tanroniseki_102_1 Tanroniseki_103  入り口の右コーナーに古代編がありました。古代の戦争で使われた銅剣とか銅カ、モンゴルと戦い三度戦勝したあの有名な海戦。ベトナムの英雄であるチャン・クォクック・トアン(陳国峻)がバクダン江で元軍を破った絵が飾ってありました。

モンゴル軍を粉砕したのは日本とベトナムである。日本は台風のお陰ですが、ベトナムでは頭を使った。(笑)バクダン江の河床に杭を打ち込み上部を鉄で覆い仰山埋め込んだ。そして満潮時に元軍の船団を誘い込み引き潮時に動けなくなった船団を小さな船で囲い集中砲火した。

 これは、938年に唐王朝が滅びベトナムが独立国家を築こうとした時に南漢軍の戦艦が同じくバクダン(白藤)江に攻めて来たことがある。ゴ・クエン(呉権)はハロン湾からバクダン江に誘い込み元軍をやっつけたと同じ方法で壊滅させた歴史がある。中国軍は二回も同じ方法で海戦を負けている。実は、その後も宋の時代にも同じ方法で負けたらしい。

Tanroniseki_104 Tanroniseki_109  ベトナム戦争時代が中心ですが、撃墜した米軍とかフランス軍の戦闘機の残骸をオブジェとして展示してありますね。

ベトナムは千年の中国の支配から独立し、その後も中国とは朝貢関係を維持しながら独立を続けた。しかし、フランスの侵攻に合い、そして日本、そして私の学生時代のベトナム戦争へと続いた。

 ベトナムは長い外国との戦いの歴史です。独立時代でも現在のベトナム中部のフエ近郊のチャンパ王国と何度にも渡り戦った。

Tanroniseki_118 Tanroniseki_116  この旗台から古代のタンロン宮都を眺め、現実の血なまぐさい軍事博物館を眼下に見下ろして、何時までも今の平和なベトナムが続く事を願うばかりです。

博物館の二階で上映されてるジオラマと映像での1954年のディエン・ビエン・フーの戦いは迫力がありました。何で中国語で説明されてるのか疑問はある。(団体客で中国人が多い?)

しかし、この博物館もタンロン皇城遺跡に建立されている、何時かこれらの軍事施設が取り払らわれ50年計画か100年計画でタンロン皇城遺跡の発掘プロジェクトが開始されるのを楽しみにしています。

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