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今日は最後の歓送会

 遂に最後の歓送会になりましたね。場所は御徒町のベトナム料理屋です。幹事はベトナム人でベトナム戦争以前に東大に留学され、博士課程を卒業する頃には祖国が無くなっていたという波乱の人生のお方です。

卒業後は富士通に勤められ、数年前に退職された。長く宇宙の仕事をされた方である。奥様は大學時代の友人の日本女性と結婚され奥様の姓を名乗っておられる。

自分が、祖国が無くなるという経験をすればどないな感慨になるのか、予想も出来ない。しかし、現実に有るのだ。確かにベトナムという国は現在も存在するが、昔の南ベトナムという国は存在しない。

 考えてみると、過去の歴史において朝鮮半島でも幾多の国々の興亡があった。加羅の国とか金官加羅国とか任那国とか百済とか、高句麗とか全て併合され国が無くなったのだ。どれだけ多くの亡命者が日本に避難されただろうか?

 飛鳥時代から奈良時代にかけて、本格的な中央集権国家が形成されたが、それが可能になったのも文字が書け、帳簿をつけるインテリが朝鮮半島から亡命された人々の指導があったからだ。

 エジプトにしても強大な中央集権国家を形成するには、税金の帳簿をつけないと何事も始まらないのだ。書記官が必要となる。文字と数学が発達したのだ。そして、わが祖国日本でも、朝鮮半島からの多くの亡命者は日本の地方に飛び、その子弟たちが書記官となり、且つ、日本の若者を教育したのだろう?

万葉集であっても、文字を書く能力が無ければ記録として残っていない。誰が防人の歌う歌を書き記したのだろうか?東国から遥か筑紫に送られ、望郷の歌を歌う防人の歌を書き記した人がいたのだ。多分、朝鮮半島から渡って来た中国系か朝鮮半島の人々の子孫ではないだろうか?

 チャングムの最終回で王様が愛し合う二人に明国に逃げろと言う場面があった、これも亡命である。今なら、日本というルートもあったのに?そして、過去の歴史において日本は受け皿として存在したのに~~と、残念に思いました。

 さて、脱線しましたが、今日が最後の歓送会である。大島先輩の周りに集まる人々の歓送会です。佐藤忠さん、木鋤さん、哲ちゃん、藤城さん、皆さんが集まる予定だと聴いています。

2006_11290002 2006_11290001 2006_11290004 2006_11290005 そうそう、儘田さん忘れてました、オーストラリアでは世話になりました。

1986年豪州旅の思い出

長い間、長安(西安)での社長業ご苦労様でしたね、今度はベトナムやりましょう。

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引越し荷物搬送

 遂に今日、FedExさんが荷物を引き取りに来る。25kgダンボールが3個と10kgのダンボールが4個と特別でかいダンボールが1個である。

2006_11260001 2006_11270002  ラジコン関連が3個とその他、衣類と食料関連で4個で最後に、ダンボール二個を連結して結合し電動機2機と3機分の飛行機の主翼を格納した。

飛行機本体を運搬するには、自分でダンボールを製作する必要があり、面倒だ。FedExでは梱包作業をやってくれない事が判明した。業者に頼むと1万円近く請求されてしまう。

2006_11270001 そこで、二個のダンボール箱を連結し結合部分を切り裂き、小さな飛行機は格納できたし、主翼も大丈夫でした。

問題は、エンジン機の本体と更にでかいエンジン機をどう始末するかである。

2006_11260002 12月4日は三人でハノイに向かうので、成田まで女どもに持たせて航空会社に手荷物で預ける考えもあるし、再度、梱包してFedExに頼む考えもある。

本日、夕刻にはフランス在住の長女が一時帰国するので、相談する予定です。(旅慣れている娘)

 11月30日には神奈川県警に行き、犯罪履歴証明書をいただける予定ですし、大学からも卒業証明書の英文版も頂いた。そして、昨日は市役所に行き転出届けも完了した。そして、富士通の健康保険も本日、解約の手続きをする積もりだ。

携帯電話も本日解約の処理をして12月4日までで終了させる。

 これで、私は高額の住民税からも逃れ、高額の健康保険からも逃れ、携帯電話の請求からも逃れ、密かにベトナムで月2万円のささやかな生活が待っているのだ。(笑)

まるで、方丈記のような生活ではないか?ハノイ郊外にて水牛と伴に、水田を耕し、晴耕雨読の生活が待っているのだ。ホホホ そして、時折、水田で水上機のラジコン飛行機を飛ばし水牛とともに余生を楽しむのだ。

 が!現実の日常生活は今迄以上に過酷なビジネスマンと大學関係の仕事で忙殺されるであろう。週末の静かな生活だけをBlogに記録し、日本に在住しているシルバー世代の人々がうらやむ方丈記イン ベトナムの世界だけを伝えるのだ。

(搬出トラブル)

FedExのお兄ちゃんが昼に来たが、荷物1個ごとにインボイスを書かないといけない、しかも5枚コピーが必要だと言う。合計8X5=40枚のインボイスを渡さないといけない。

しょうがないので、夕方に再度引き取りに来てもらう事となった。ホンマ、事務処理には骨が折れるものだ。ハコの中の物を英語で詳細に記入が必要だ。飛行機の部品をいちいち書くのか?書いても判らんやろ?ホンマ苦労する。

 (本日の歓送会)

今日は恵比寿ガーデンプレイスの38階の高級鮨屋で宴会である。このような、高級生活はこれで終わりであろう。

2006_11280002 2006_11280003 恵比寿ガーデンプレイスの夜景です。

昔はサッポロビールの工場だったんですが、大変貌ですね。若い人々が沢山集まっていました。

シルバー世代のとっつあんが来るには場違いかも知れませんね。

2006_11280005 2006_11280006 2006_11280007 2006_11280009

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今日はライブハウス

 渋谷のライブハウスKABUTOにて例の、上野のケンタ&アトムパパの友人のマユさんのライブがある。

 渋谷 ライブハウスKABUTO

愉快な仲間音楽会2006 過去記事

 このメンバーの中のマユさんが、今日はライブです。さて、あと数日で日本を離れる私として暫く見ることが出来ないライブかもしれませんね。夕方6時40分にケンタ&アトムパパと待ち合わせる予定。場所は、渋谷の道玄坂だそうだ。

此処は一発、皮ジャンで出かけるか!

2006_11260003 2006_11260004 正木さん御夫婦とマユさんのライブに参加しました。

52歳で正木さんと大學時代の同期生なんですね、随分と長いお付き合いなんですね。

昔懐かしい雰囲気の、フォークのオリジナルの歌が中心でした。素晴らしいですね、いい思い出ができました。

2006_11260005 2006_11260006 渋谷の駅でバラを三本購入して持参しました。ライブのあと、正木さん御夫婦と渋谷の中華料理屋で今日の打ち上げでしたね。楽しい夜でした。元気で、ハノイに行きます。

(ケンタ&アトムパパより)

筒井さん
昨日はありがとうございました。楽しい時間を過ごせました。
素敵な皮ジャンの写真を送ります。
※台湾料理 の店は『麗郷』です。
ハノイ愉快な仲間たちブログ、楽しみにしています。でわ
けんたあとむパパ

Mayu001 Mayu002 Mayu004 Mayu006 写真有難う。

マユさん ライブ関連三日間限定公開です

撮影はケンタ&アトム パパでした。

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昨夜は勝五郎

 昨夜は昔のコンテンツ時代のメンバの歓送会だった。場所は勝五郎である。

 勝五郎 蒲田

この店は、親爺が酒飲みで宴会途中からは、親爺が酔っ払い我々が自主的に酒を用意しないといけない。妹さんと二人で仲良く切り盛りされている人情酒場である。コンテンツ時代には夜の10時過ぎに飯を食いに入り、夜遅くまで酒盛りをした。

 昨夜は小島先輩、清水女史、小菅女史、梶山後輩の五名のこじんまりとした心温まる歓送会であった。そして、勝五郎の親爺と妹さん。楽しい時間が直ぐに過ぎてしまった。

そうそう、今年の二月にこの勝五郎で同じメンバーで宴会してました。

 今年二月の勝五郎宴会記事

何と、昨夜も同じメンバーの会合でした、驚いています。Blogのお陰で正確な記録が残されているのですね?(笑)

 メンバーからは、私がハノイに行くと現地の素晴らしい山岳民族の女性に心を惹かれるのではないか?不祥事が起こらないか?山に登って下界に帰って来ないのではないか?等々の不安が投げかけられました。そこで、ベトナムの山岳方面に行くときは小島先輩の山岳部OBとともに行くべし!とのお話でした。

別れの餞別の品として、風呂敷と日本てぬぐいを頂きました。有難う御座いました、日本の文化をベトナムに伝道致しますので、ご安心下さい。

 私が居なくなっても時折、偲ぶ会をするそうです。ホンマ勘弁して欲しいものだ。(笑)

 小島先輩からは今年の12月にヒマラヤに行くお誘いを受けた。気候としてはヒマラヤではいい季節だそうだ。そういえば、8千メータのヒマラヤを越える鶴の渡りはこの頃なのだろうか?昔、NHKの番組で感動した記憶があるのですね。

 ヒマラヤ越えの鶴 マナスルと鶴 鶴の渡り エベレスと鳥

 (片倉邦雄氏 アラビスト外交官)

 会社の創業社長から”アラビスト外交官の中東回想録”湾岸危機からイラク戦争まで とう本を手渡された。片倉氏の本を読んでいると日本にも戦後、中東で心ある外交官が存在したんだと深く感謝の気持ちになった。

この本を読むことで、戦後の中東の歴史が躍動を持って理解できる事が出来るのだ。実体験に元ずく記録は迫力があるものだ。現在の混迷する中東が手に取るように理解することが出来た。素晴らしい記録である。

 創業社長の話では来年の二月にハノイで私の社長就任披露パーテイが開催されるそうだが、その時に片倉氏が来訪され講演をして下さるそうだ。小島先輩も是非来てください。

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広尾界隈 散策

 12月4日からベトナムに赴任する訳ですが、翻訳・出版を中心に長い歴史を持つ小さな創業社長と知り合い、今度その会社に世話になる事となった。その本社が広尾にあり最近は時折、界隈を散策している。

広尾というと外人がウロウロしているハイカラな街という印象だが、意外と緑が多くお寺とか古い建物を見つける事が出来る。聖心女子大学とか有栖川宮公園が有名ですね。

2006_11210009 2006_11210011 昼飯を食べようとウロウロしてると、妙な乗り物が玄関に置いてる建物を発見した。国際協力事業団の青年海外協力隊の訓練施設だそうだ。

気になり、自転車に近ずくとこれは、自転車でお客を運ぶ、アジアでは有名な奴ですね。ベトナムでは確かシクロと言うのではないかな?

2006_11210012 しかし、絵柄を見るとインド風ですね?何処か、アジアの香りがする風景に出会い建物の中に入り、食堂で飯を食べる事にした。

文京区で仕事をしていた頃にはアジア文化会館というのがあり、時折そこの食堂でアジアからの留学生と一緒にカレーをお昼時に食べましたね。

ここは、青年海外協力隊の訓練所ですから、これから開発途上国へ旅立つ青年が沢山集っているんでしょうね?

2006_11210013  私が注文したのは、ベトナムは中部のフエの名物料理のフォーでした。六角とレモングラスの香りが強く、筋肉をコトコト煮込んだものが入る”肉うどん”みたいなもんでした。激辛まではゆかないが、辛くて美味しい味がしました、これで700円でしたね。

 (馬車道 界隈を歩く)

 ベトナムでの労働ビザを取得するには犯罪履歴証明書が必要だと言うので、神奈川県警に出向いた。途中、馬車道通り界隈を歩き横浜の素晴らしい景色を堪能した。

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ランドマークタワーを遠望して歩いていると、日本郵船の博物館の近くで面白いオブジェに遭遇した。

これは、針金のハンガーを組み合わせてアーケードを創作した作品である。面白いので、中を歩いてみた。

横浜は何時来ても風景がエキゾチックで何処か、学生時代を過ごした神戸を思い出すのだ。

 さて、神奈川県警の12階の鑑識課を訪問したが、そのフロアーは組織暴力団対応の本部でもありましたね。トイレを探して入ると、刑事さんらしき人が携帯電話で今発生した殺人事件の会話がチョイト耳に入った。恐ろしいところやな~~、長居は禁物だと鑑識課に急いだ。

 指10本と左右、4本纏めた指紋で合計12枚の指紋写真をコンピュータに入力されてしまった。ホンノ数分で済んでしまう、コンピュータの威力は凄いですね?これで、私は今後発生する殺人事件で素材データの一つとして毎回、検索対象になるんだろうか?

県警の説明では、本人の確認が出来たら抹消すると言うてましたが、ホンマやろか?

 (昨夜の歓送会)

 昨夜はFsol時代に世話になった、宮原先輩とWebテクノロジーの松尾社長と藤城さんで宴会があった。当時、宮原社長の下で厳しい薫陶を受け事業と経営を学んだ。

尽きることが無いほど会話が進み、あっという間に4時間が過ぎてしまった。ともに戦った仲間は何時までも忘れることが出来ないものですね。

(秋合宿 集合写真 追加)

 三浦さんが撮影された集合写真が三枚送られてきた。三脚で何時も三浦さんが撮影してくださるのだ。

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 (ハノイラジコン親爺 消息)

 ハノイのラジコンおやじの友人のホームページで”ハノイラジコン親爺”の生態がカイメイされた。

 ハノイラジコン親爺 生態

 ホーチミンにて ラジコン親爺

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荷物のパッキングを始める

 今日はラジコン関連の小物のパッキングを始めた。重い荷物が多いので、10キロ用の段ボールにスターター、充電器、送信機、エンジン、サーボ、モータ、ハンダゴテその他飛行機製作に必要な小物をダンボール二個に収納した。

FeDexの段ボールは良く出来ていて、サイドは二重になるように組み立てる。体重計が壊れたので、重さは判らないが、沢山の荷物だからオーバーしても勘弁してもらう。変圧器が重いので、一つにした。(200ボルトー100ボルト)

 ハノイには”エンドレス管理人”さんがラジコン研究所を構えておられるので、安心していい加減な荷物で赴任できそうだ。(笑)ま、あまり迷惑をかけても悪いので、秋葉で未だ必要と思われる部材を購入してゆく積もりである。

飛行機本体は既成の段ボールには入らないので、プチプチで包み数機程度は業者に頼むつもりだ。キット製品も同じく業者に梱包を頼む。

 (昨夜は遺跡発掘仲間と宴会)

 浜田山の遺跡発掘で4ヶ月間、ご一緒したKazzさんとお別れ会を小杉の居酒屋で杯を傾けた。楽しい思い出だけが残る、3メータの立方体をスコップだけで掘削した過酷な作業の連続でしたが、面白かった。

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 夏の季節の遺跡発掘は過酷な作業となる。毎日麦茶と烏龍茶のブレンドを4リットル製造して弁当も作り毎日早朝から夕方まで肉体労働をした。

専門の土方の人々と一緒に穴を堀ったのだ。この貴重な体験は一生忘れる事はないだろう。自然の風の涼しさと有り難さは穴を掘らねば判らないのだ。

 この時にご一緒した人々のその後の動向について、昨夜はKazzさんから教えて頂いた。院生の宮下君は発掘遺物3千点を越える品々の整理をしているそうだ。そして、報告書の作成である、未だ一年以上は資料作成に期間が必要だ。

2006iseki_004_1 佐藤さんは、その後、成城学園の遺跡に移られ活躍されたそうだが、二度ばかり体調を壊されたという話はその後が心配です。

多くの素晴らしい人々との出会いは今迄のサラリーマン生活では知りえない人々との触れ合いだった。遺跡の発掘現場も建設現場も同じで、危険と隣り合わせの職場である。しかし、縄文土器、旧石器、黒曜石、等々が発見されると疲れは吹っ飛ぶのだ。

 ベトナムに赴任しても何処かの遺跡の発掘に立ち会えれば素晴らしいと考えています。日本の発掘隊もベトナムで頑張っているそうなので、楽しみです。しかし、亜熱帯での発掘は今年の夏に経験した以上に過酷かもしれない。

 さて、今晩は又、歓送会が表参道の”BARBACOA”というシュラスコ料理のお店で開催される予定だ。私は二回目だが、ブラジル料理で肉がでかいのだ。確か、ブラジル出身のサッカー選手がよく来る店だと聞いている。

メンバーは37年前に同期入社した連中が中心である。飲み過ぎないようにしよう。

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ハノイにラジコン親爺が!

 しかし、奇遇というのもあるんですね?ハイノイ在住の”エンドレス ラジコン研究所”の桜井さんが今月末に一時帰国し、帰りの便と私の赴任の便が同じだそうです!12月4日のJAL便ですね。

 エンドレス ラジコン研究所HP

有り難く、メールを頂き桜井様の御様子が概略把握できました。彼はハノイに赴任する時に船便でラジコン機材を54箱送付し、現地でラジコン製造工場が出来るほど完璧な開発体制を築いたそうです。(大笑)

恐るべし、日本のラジコン魂ですね?ひょっとすると、ハノイで密かにラジコン飛行機の研究開発をするご計画なのかもしれない。HPでは”自作ジェットエンジン開発”というコーナーが有りますので、やはり、ただ者ではなさそうです。

 驚くのは、社長を説得して会社の敷地内に700メータの専用滑走路を持ち飛行機を飛ばしておられるそうだ!(ヤッパ いるんですね?) ジェット機を飛ばすには長い滑走路が必要なんでしょうかね。(笑)

ま、私も37年間もメーカに勤務していましたので、不思議な技術者を多く見て参りました。無線の専門家の中に、私と同じアマチュア無線の趣味の人がおられ、会社の実験室で巨大なハム用のリニアーアンプを開発し、出力30キロワットを違法に出力出来る装置を開発した。

 当時、通信工業部では発展途上国に多くの無線の技術者が赴任し、各国の通信インフラの建設をされておられた。あるときに、アフリカの彼の赴任先の国でクーデターが勃発し、いち早く彼はアマチュア無線で第一報を現地から発信したが、世界中のアマチュア無線の連中がその電波に気ずき、空中は騒乱状態になったそうだ。

そこで、活躍したのが、違法な30キロワット出力の無線機で、世界中の電波を蹴散らし交信出来たそうだ。もう随分と昔の話なので、時効だと思うがここぞという時に瞬間に作動させ世間に迷惑をかけない異常時だけの運用だ。

 ハムの世界でも技術力が尊ばれた古き良き時代である。今は、ハム人口は激減し、ラジコン飛行機の世界も中国とか東南アジアで完成機が製造され安く手に入る時代であり、自分で製作し、技術を競う時代は終わった。

そんな世界に反発して、密かに活躍する正統派な人々もいるという事実もあるんですね?ハノイで密かに”ラジコン飛行機用のジェットエンジン”を趣味で開発している、ラジコン親爺もいるのだ。(笑)

ハノイラジコン親爺 ジェットエンジン実験動画

「jana_garden.kmz」をダウンロード 私の住まいダス(ハノイ)

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雨のデズニーランド

 孫と娘に家内と私は付き合い、デズニーランドに20年振りにゆきましたね。日本のデズニーランドに出かけたのは1986年12月30日でしたね、日本に米国から帰国した数ヶ月後でした。それ以来一度も訪れていなかった。

2006dezuniranndo_001  その頃は未だ娘は小学校3年生でしたかね?孫は小学2年生ですから随分と時間は経過したもんですね?(笑)

20年の歳月というのは本当に、人々にとり世界が変ってしまうものなのだ。という事は、私も家内も年老いたという事ですね。

2006dezuniranndo_064 2006dezuniranndo_065 当時はスター・ツアーズというようなアトラクションは有りませんでしたね。新しいアトラクションを沢山案内させられました。

それに、ハロウィン版とかクリスマス版のように時折バージョンを変えるんですね?企業努力が感じられました。(笑)

雨の中、夜までホンマ疲れましたが、風邪で身体を壊していた孫は元気溌剌で参りましたね。ホンマ子供にとりデズニーランドは楽しい場所なんです。何で、日本各地にある沢山の遊園地は人気が無く、赤字なんだろうか?と、思います。

2006dezuniranndo_028 2006dezuniranndo_029 トムソーヤの冒険のこの外輪船も懐かしく、昔、米国駐在時代にニューオリンズのミシシッピー川で乗りました。

ここでは、レールの上を走るだけの模型ですが、雰囲気はでていますね。子供達はこれで、十分楽しめるのではないのでしょうか?

今日は、雨の中また、寒くて大変でしたが、北海道とハノイと別れる家族の思い出の一日でした。

マイフォト写真集 東京デズニーランド雨模様

  (追記)

 娘と孫に言わせると、今回の成果はハロイン、クリスマスのアトラクションバージョンを観る事が出来たのと雨の日にしかやらない、”雨バージョンのパレード”を観れた事だそうだ。ホンマ企業努力とはこの事ですね?

 雪になりそうな寒さと雨の中で、アルバイトの学生諸君はレインコートを着て黙々と仕事をしている、そして、道路で立って顧客の質問に体制を整えている。別段、アルバイト料が高いわけでもないだろうに、何故彼ら、彼女達を此処まで真面目に仕事をさせるのか?

 帰りのバスの中でビールを飲みながら考えていた。結論は夢のある職場だと彼ら、彼女らは考えているからではないだろうか?夢を売る商売とは、このように若者を夢中にさせる魔力があるのではないか?そういえば、昔の私の職場も世界一のコンピュータを作るんだ!という夢と気概があった事を思い出した。

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明日はデズニーランド?

 あすの天気は、午後から雨の予報ですね?孫が随分と前からデズニーランドに行きたいと言うてまして、私もついてゆく事になりそうだ。(不安)

朝早く起きて、なるだけ早く行けば雨の被害は最小限かも知れない。

デズニーランド天気予報 ピンポイント天気?

さて、どないなるでしょうね?

 そうそう、今日が”チャングム”の最終回ですね。54回だったかな~~?長いドラマでしたね。韓国の中世を知るには良い番組でしたし、面白い番組でした。

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ハノイでのラジコン飛行機は?

 ハノイへの移住に備えてラジコン飛行機関連の備品を梱包しなければならない。ベトナムでのラジコン事情はどないな按配なんだろうか?

ハノイラジコン事情関連記事

この前に、ハノイに12日間滞在したが、その時に期せずしてラジコンクラブが創設された記事を現地で読んだ。ハノイの近くの飛行場で飛ばしている様子でしたね。しかし、ハノイではグローエンジンの燃料が手に入るのだろうか?

 ともかく、エンジンとか送信機とかサーボとか飛行機を製作するには必要な部品は今回FeDexで送るつもりである。燃料だけは、送れないのが致命傷である。

(Ysさんから修理部品届く)

2006kannsoukai_014 電動機のスピコンの修理された部品が郵送で届いた。いつも何時も有難う御座います。

早速、スプリースポーツの機体でテストを実施した。完璧に作動した。流石にYsさんプロですね?

この機体のスピコンも実は故障しています。修理戴いた二個のスピコンを使い、この機体とハミングカブ機(ムサシノ製)に搭載する予定です。

そういえば、もう一機、千葉のラジコン親爺に餞別で戴いた”高速機”エスパーが有りますね。

2006kannsoukai_015 この機体はブラシレスなので、スピコンは別ですが、10セルのニッカド水素電池が二個も頂戴してしまった。

こいつは、目にも留まらぬ速度で飛ぶので、迫力がありますよね。まさに、暴走族です。私のようなおとなしい人間が飛ばして世間は許すのでせうか?(笑)

ハノイの警察に捕まらないだろうか?心配である。

まさにこんな感じ これは、スロープグライダーですが、こんな感じで飛びます。(笑)

これから、荷作りが始まります。ハノイのラジコンクラブへの参加と、ハノイ工科大學でラジコンクラブを創設しなければ!

 (追記)

ハノイ在住の”エンドレス ラジコンクラブ”の桜井様より丁寧なメールを頂きました。勝手にホームページをリンクしながら、ご丁寧なメールでした。有難う御座います、この場も借りまして厚く御礼申し上げます。

これで、私は安心してハノイに赴任が出来そうです、桜井様宜しくご指導お願いします。

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歓送会が続く

 連日ベトナム赴任に伴う、歓送会が続いている。先日も、私が37年間お世話になった会社の昔の仲間がベトナム関係者を集めて歓送会を開催してくれました。主催者は昔私が西海岸にいた時のニューヨーク駐在員でした。

会合の席でベトナムの工場を立ち上げた有名な川嶋御大とお目にかかれた事は光栄でしたね。彼はベトナムに於ける労働争議でも著名な人だそうです。

 さて、先日 ベトナム投資セミナーを聴きに行きました。主催はベトナム社会主義共和国計画投資省と三菱東京UFJ銀行さんで、講演は市川さんでした。

 (印象について)

・昨年のベトナムへの外資投資額は64億ドルですが、今年は10月までに既に65億ドルを突破している。70億ドルになる想定だ。日本は一番ですが、約9億ドルの投資が続いている。

・日本は製造業を中心に北部(ハノイ近郊)への投資が活発であり、南部はIT関連の業種が中心だそうだ。

        2004年度     2005年度

北部投資額  576                 743

南部投資額  206                 184

単位は百万ドルであるが、件数は南部北部同数であるが、北部には製造業とりわけ、重工業が工場展開しているので、投資額は南部の4倍である。(土地も人も余ってる?)

・アジアに於ける最低賃金を比較すると、ベトナムは55ドルと最低である。インドネシア82ドル、中国上海86ドル、広州85ドル、タイ110ドル、フィリピン121ドルと比較すると格段に安い。

・人口8300万人の構成で70%が30歳以下であるという構成は日本の高度経済成長の初期の人口構成に似てはいないだろうか(1960年代の頃)?ベトナム戦争で多くの人々が戦死した影響でしょうかね?

・ベトナム人は優秀であり、器用であり、勤勉であるであるというのは将来性が大いにある国と見ていいのではないでしょうか?しかも、日本と同じ仏教徒である点が重要である。

・WTO加盟に向け、新投資法、新企業法が2006年7月1日に施行され、外資企業も内資企業も投資法と企業法で統一されたのだ。勿論、国営企業法は存在するが、これで、内外格差は撤廃され、本格的な西側諸国のベトナムへの投資が始まったのだ。

国会において法律は成立したが、政府レベルでの細則(Decree)とか省庁レベルのガイダンス(Circular)は近々に発布される予定である。

・APECハノイはもう直ぐ開催される、日本からも首相が始めて民間団体を引き連れての大デレゲーションがベトナムを訪問する。今迄は首相が民間団体と国を訪問するのは稀有だったそうで、これは首相が米国方式を採用された新方式だそうだ。

これからの、ベトナムは注目される国になるでしょうね。そんな歴史的な時点で赴任できるのは幸せではないだろうか?

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2006年秋合宿 総括

 雨と初雪に見舞われた秋合宿も無事終了しました。写真はマイフォトに掲載しましたので、閑な人は覗いて下さい、相変わらずドジな我々です。

2006年 赤とんぼ 秋合宿模様写真集

 (JO機の状況)

2006akatonboaki_012 2006akatonboaki_013 左の写真にグライダーがありますが、”ナツメグ”は残念ながら離陸途中に墜落大破でした。右側の写真の複葉機は、千葉のラジコン親爺から戴いた飛行機ですが、これは水上機から陸上機に改造した時点で重心が少し後ろとなり、問題はあるが無事飛行した。

テッチャンから譲り受けた”サンデーα機”は墜落大破で遂に引退やむなしです。テッチャン申し訳有りませんでしたが、焼却処分にします。

 写真左の電動機”エスパー400機”はニッケル水素電池10セルでブラシレスモータを駆動しオーバーパワーですが、まるでパイロン機のように高速で飛びました。目にも留まらぬスピードで飛びます。これは、千葉のラジコン親爺から餞別の品として戴きましたので、ハノイに持参しベトナムの空で現地の田圃の上で度肝を抜く計画です。ホホホ

(わこちゃんの飛行機)

2006akatonboaki_011 アメリカの通販で購入した、ハイドロ機(水陸両用機)ですが、肝心要のリポ電池を自宅に忘れてきた。ホンマ アホな親爺ですね。

参考記事 わこちゃん 赤とんぼホームページ

私のリポを使用しようとしたが、私のリポも以前、鶴見川に落としたもので、駄目になっていました。二人揃いドジでした。

(岩ちゃん)

2006akatonboaki_024

雨の中、岩ちゃんは元気です!何時のもヘリを飛ばしていましたね。完全にリタイアされているので、テニスにラジコンに山登りと身体を鍛え、益々ラジコンの腕が上達されています。問題は、動体視力の低下という課題だけですね。(笑)

(カッチン)

2006akatonboaki_023 土曜早朝のみのフライトでしたが、”セダクション機”を豪快に飛行させていました。滅多に飛ばす機会が無い御仁ですが、天才でしょうかね?上手に何時も演技をします。これが、赤とんぼ七不思議なのです。

彼は午後には、法事があり横浜に電車で帰宅となりました。

(三浦先輩)

2006akatonboaki_035

何時もの電動機を二機持参され、一機は墜落大破となりました。プレーリーが墜落ですが、EPカブは無事に飛びました。

(Ysさん)

2006akatonboaki_0142006akatonboaki_015 相変わらず見事な製作です。バルサの生地が見える美しい機体とキャノピーが本体と強力磁石で接合する工作には驚きましたね。

簡単にワンタッチで取り外し可能なのだ。これは、見事ですね?

最後に 今回は私の送別会も兼ねていました、皆様の合宿の感想を勝手に載せておきます。

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2006赤とんぼ秋合宿速報

 2006年秋合宿は”雨と雪の洗礼”合宿となりました。まさかこの時期に雪が降るとは?初めての経験ですね。気象が最近は変になってる証拠ではないでしょうか?

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2006akatonboaki_073 どないです?ホンマ11月10日前後にこないな雪になるのは前代未聞ですよ!

帰りの運転ではわこちゃんが真剣にハンドルを握っていました。これも、異常気象でしょうかね?これからの、世界の気象は心配になります。

朝、起きると一面が雪景色でしたね。夜中に風の音が激しく台風のようにウルサイ外の気配でした。

 今回は初日はYs・三浦・コウ・大岩・吉本・わこちゃん・joで昼からフライトでした。雨の予想でしたが、幸い天気に恵まれた。私は二機大破、三浦さんは1機大破、わこちゃん1機大破、と散々でしたね。夕方4時頃に遅れて新幹線とバスを乗り継ぎカッチンが到着した。

 二日目早朝にはカッチン中心にフライトを行い、雨模様の為に昼でフライト中止。蕎麦屋さんの”いっぷく”で蕎麦と野菜テンプラで山小屋管理人の到着を待った。カッチンは午後一番の汽車で横浜に帰り、山小屋管理人に私も会計をバトンタッチした。夕刻4時頃に富山の昔の電気屋が到着した。

この日の土曜日は午後は雨の為に風呂に行き、夕方から宴会が開始された。土曜夜は、カッチンが居ないが、昔の電気屋と山小屋管理人が加わった。

2006akatonboaki_040 土曜夜は、アンコウと鶏肉のキムチ鍋であった。たっぷりと野菜とキノコを入れ、豆腐も入れて美味しく戴いた。最後は、うどんを入れて食べた。

山小屋の外はシンシンと寒さを増し、風も強くかんじられるようになった。案の定、日曜の朝は銀世界となったのだ。

山は真っ白の化粧をし、今年初めての雪景色となりました。これから、白馬・岩岳・栂池は本格的な冬に向かうのですね。

2006akatonboaki_063 楽しい、三日間の2006年度赤とんぼ、秋合宿は無事終わりました。次回は来年の3月末の冬合宿です。

私も出来れば、ハノイから帰国して参加したいと考えています。

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明日から秋合宿だ~~!

 遂にやって来ましたよ!年に三度のお楽しみ、赤とんぼ秋合宿。(笑)

明日の朝6時半にわこちゃんが迎えに来てくれる。残念ながらカッチンは金曜日朝は仕事があり、午後に汽車で山小屋に向かうそうだ。だから、今晩彼は我が家に飛行機とか荷物を持って来る緻密な段取りだ。(笑)

 山小屋管理人は珍しく金曜日は仕事が入り、土曜日からの参加となる。だから、私が忘れずに山小屋の鍵を持参しないと誰も山小屋に入れないのだ。それと、金曜日は私が会計をやらないといけない!これが、心配なのだ。

ずたぶくろ(注)に集めた参加費と買い物をした領収書を入れて管理する。ここで、ずたぶくろ解説となる。

ずたぶくろ(頭陀袋 仏教用語)

●頭陀袋(ずたぶくろ)

衣食住の三つについての欲望を

打ちはらう修行を

頭陀行というが、この行に必要な

最低生活の道具

を入れて首にかけて歩く袋をいう。

へ~~~そうなんだ。子供の頃から”ずたぶくろ”という言葉は頻繁に使用していたが、仏教用語であるとは知りませんでしたね。

 さて、今回の合宿は天気は如何なる按配なんだろうか?

白馬地方ピンポイント天気

 ♪ガビ~ン! 金曜日の午後は曇りで大丈夫だが、土曜日は70%の確立で雨だ~~(涙)

 雨の時は山小屋で、わこちゃんと、昔の電気屋に私の新規購入した富士通のノートブックパソコンのインストール作業をして貰い、Ysの旦那には壊れた電動機のスピコンの修理をお願いする予定である。(笑)ホホホ

白馬今の映像

やはり紅葉していますね~~~~!よしよし。

ハノイの天気(ついで)

ゲ~~~!まだ、32度で最低で21度か~~?信州は最底気温が1度やというのに。やっぱ、亜熱帯やな~~。

 (引越し荷物)

2006kanae2006_029 2006kanae2006_030 会社の計らいで、FedEXからダンボールが到着している。こいつに合宿が終わればラジコン関連の荷物をパッキングしないといけない。

飛行機本体はこの段ボールでは梱包できないので、特別に頼むつもりだ。燃料はやはり輸送は無理だろうな~~?わざわざ、秋葉で4リットル購入したんだけどね。

 (ベトナム関係者の宴会)

 昨夜は都内某所で某社の経営幹部とベトナム経験者が集まり今後の日本の針路とベトナムの将来について話が盛り上がった。今月ハノイで開催されるAPEC総会についても日本側の動向と某社の動向について報告された。

しかし、東アジアは世界のGDPの6割、人口の4割といえば世界の中心になるのは明らかですね~~。その中で、本当に日本に期待してる国は某氏(ベトナムで1995年から社長として会社、工場を立ち上げた人物で日本では有名な人)の話では、ベトナムと韓国だけだと言うてました。

 さて、明日は早朝5時起きですね、今日は早く寝るぞ。

(本日の夕焼け富士)

2006kanae2006_031 今日も夕焼け富士が美しいのだ。昼間は白銀を纏った綺麗な富士山でしたよ。これからの季節はベランダから眺める富士山が美しいのだ。

さて、孫の迎えの前に晩飯の製作である。手作り餃子とハンバーグである。忙しいのだ。

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餞別の品

 今日は名古屋の同期入社で会社を二年で退社したケン坊が東京に来た。同じ職場で一年先輩の山本の旦那と三人で37年前の職場集会となった。場所は、新宿のヒルトンホテルである。

ケン坊はその後、名古屋の実家の家業を継ぎ中国、タイにも工場を持つ大企業のオーナーとして実業の世界で活躍している。ベトナムも現在調査中という事ではないだろうか?しかし、共産圏でのビジネスの困難さは随分と経験されてる様子ですね。

 山本の旦那も最近はベトナムに進出する事業の責任者としてご活躍である。大昔の職場の仲間が不思議とベトナム関連で糸が繋がった。

ケン坊から餞別の品を頂いた。一つは有名な和菓子の”恵那栗”の栗きんとんである。もう一つはスイスアーミーナイフで有名なVICTORINOXの鞄に入った薬セットである。

2006kanae2006_026 ホンマこの栗きんとんは上等である。

さて、薬にはこれから、結膜炎の目薬と正露丸と諸々を追加してハノイに持参します。ケン坊有難う。

(今日の富士)

2006kanae2006_028 富士山が真っ白ですね~~。

これからの季節、毎日、真っ白な富士が拝めます。

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ベトナム関連アレコレ

 ベトナム赴任が1ヶ月を切り、荷物をEMSで送付しようと思ったが、創業社長が止めとけとおっしゃるので、Fedexになった。航空便である。25キロと10キロのダンボールに詰める。ラジコン飛行機はFedexのダンボールには入らないので、相談であるが、つい先日のヤマハのラジコンヘリ事件で神経質な様子です。

昔はココム規定がありました、対共産圏に対する輸出規制ですね、しかし、今は対テロ国家に対する輸出規制が存在します。参考記事

 米国駐在時代には、特にハイテクの分野では米国の規制は厳しくソフト輸出は厳しいものがあり、暗号化技術などは米国から輸出は不可能でしたね。先日の、ヤマハのラジコンヘリの件は私の知る限り業務用ラジコンヘリで自立航行プログラム制御システムが問題で、北朝鮮への軍事転用技術と経済産業省が認定してた経緯ではないでしようか?

 (犯罪経歴証明書)

 昨日の経営会議で本社の取締役就任とベトナム現地法人の社長を依頼されましたが、ベトナムで日本人が会社の重役になるのは、二つ条件があるそうです。一つは、日本に於いて犯罪履歴が存在しない事です。

 調べて見ると、神奈川県警(神奈川在住の人の場合、東京では警視庁)に出向き指紋をとり戸籍謄本とか必要書類を出し、犯罪履歴を当局が調べ発行してくれるそうです。確か日本の商法では、私が会社の社長になる時にそのような書類は提出しなかったと記憶する。上場企業の場合は確か東証が場上時に取締役審査で組織暴力団との関係は調査すると聴いた事がありましたね。

共産圏に於いて、100%日本の資本の会社が法人を設立する場合には、色々と制約があるんでしょうね?つい数年前までは、ベトナムでは合弁企業しか許されなかったそうです。しかし、合弁企業は経営が難しいのが過去の例だそうです。

 外資系のベトナム法人では大學の卒業証明書が必要だそうです。これも不思議な制度ではないでしょうかね?共産圏とは労働者が一番偉い国である筈なのに、この規制は何なんでしょうか?理解に苦しみますね?しょうがないので、大學に郵送を頼みました。

 (中華文明圏と科挙)

 昔、ベトナムも中国の体制下にあり、朝鮮半島もそうでしたね?厳しい儒教と科挙の制度は存在しました。千年近くそのような制度下にあると、いくら時代が変り政治体制が変ろうが民俗の基底に脈々と生きているのだろうか?

日本は科挙の制度と宦官の制度は隋・唐王朝から制度として輸入しなかった。これは、聖徳太子さんが偉かったと思っています。私の好きなNHKの番組の”チャングム”を観ていても科挙制度の問題点が時折浮き彫りにされている。

 さて、話はかわり、今週末には岩岳での合宿が控えているが、どうも天気には恵まれそうにないのが残念です。

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忙中閑有り

 不思議なもので多忙な時には閑が有るものだ。

 12月3日に一応ハノイに赴任することを決め、移住の備えた準備は多忙を極めるはずであるが、意外と閑を見つけてしまう。昔から、仕事が忙しいと夜中に飛行機を製作したり、無線機で海外との交信をしていたいして、精神のバランスをとっていた。

 (わこちゃんの家族猫)

わこちゃんに、私がハノイに赴任後は赤とんぼのホームページをお願いしたが、今日は猫の話がでていた。三匹もいるらしい、全て気品のある猫で驚いた。

 わこちゃん 我が家の猫 三部作

 驚いたのは13歳の”みみ”というヒマラヤンの猫である。毅然とした気品漂う猫には驚いた。13歳の猫とは驚きだし、本来なら今頃は”化け猫”の年齢ではないだろうか?画像を大きくして、感心して眺めていた。

他の二匹の猫は何処かで拾って来た猫らしいが、可愛い猫ですね。我が娘の家にも二匹の猫がいるが、猫にも色んなものがいる事が判った。この猫ちゃん達が、わこちゃんが飛行機を製作してると邪魔をするらしい。

 昔聴いた話だが、飛行機の翼を組み立ててフィルムを被覆したあとに、上空からジャンプして、バリバリと壊したという話を聴いた。

 (ブルゴーニュの冬支度)

 フランスの田舎ではもう、夜には1度程度に気温が下がるようだ。だから、畑の野菜の取り入れを始めたと言う。

 ブルゴーニュ 田舎便り

 今年はカボチャを14個も収穫したそうだ。日本のカボチャも今年は挑戦して成功した模様である。何時も心配してるのは、土壌の問題である。かの地は太古において海底だった地形が隆起して出来た土地ですから、石灰岩のシラス台地である。北河内とかハノイのように豊かな扇状地に出来た豊沃な土地ではない。

ま、それにしては上出来のカボチャのようでした。ミサヨも11月28日には帰国するそうだが、私は少ししてハノイに移住である。ハノイで、田圃でもして見たいが強烈なヒルと蚊がいるそうなので、躊躇している。

 (niftyが上場する)

 正式にniftyも発表した模様ですが、東証から承認され12月7日に上場するようだ。これで、富士通は当面65億円のキャッシュを得るので、来年三月末の決算は安泰なんでしょうね?この激動の時代にniftyも上場しないと大きな資金を得た思い切った投資は出来ないという判断なんでしょうね。

niftyが是非これからも頑張って欲しいと思います。1株が25万円を野村は予想してるそうですが、さて、私に密かに100株程度を回して貰えないものですかね?(笑)1部か2部かは未だ決まっていないようですが、1部でしょうね。

 (劇団京の公演が始まる)

今日から秋の公演が始まった。 劇団京公演スケジュール 場所は、下北沢ですが、昔の劇団京のシアターが名前を変えたようだ。 公演場所

昨年か一昨年にふうてん老人と理事長の八木さんに案内して頂いたと思う。私は、赴任前で多忙ですので、観に行くのは難しいかもしれない。

(来週末は岩岳)

赤トンボ合宿は10日より始まるが、11日の天気が心配である。

岩岳天気予報

 

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歴史教育と外交

 最近、高校での文科省で定める教科教程に違反した実態が明るみにでて毎日、テレビで学生はどうなるのか?補修を50時間とか70時間とか国会でも揉めている。ある高校の校長さんが、生徒を集め文科省の教科教程は元々が無理があり、小学、中学でのゆとり教育のしわ寄せが高校に来ているという。

今迄、延々と虚偽の申告をして来た高校が仰山あり暗黙に認めていたのが実態だったんでしょうが、何で急にパンドラの箱が空いたんだろうか?教育基本法改正という法案が今議論されているが、その政治的背景と関係があるんでしょうかね?

 急に世界史、日本史の教科書が売れて学校現場に搬入される姿をテレビで眺めながら、教科書会社は突然の注文に喜んでるやろな~~?しかし、何で急な注文に対応出来る在庫があるんやろ~~?不思議に思いましたね。

 (歴史を学ぶ意味)

 先日、友人のMuの旦那がMuBlogでこの問題を記事にされていました。この方は大學の先生だから、仕事の範囲の事項なので、慎重でしたが歴史教育の重要性は私と同感でした。  高校の授業 MuBlog記事

私は大學受験科目でも日本史と世界史を両方選択したので、高校では一生懸命勉強した。その時の基礎はその後、大學でも社会人になっても肥やしのように存在しこの歳になるまで勉強を続けた。というか、続けている。

 歴史を学ぶというのは、究極は人間を学ぶという事になるのではないでしょうかね?これ、司馬遼太郎のお話でした。だから、司馬さんには同時代を生きる友人以外に、過去の歴史上の仰山の友人がいましたと述べられていたのが印象深いです。

(さて外交です)

今、極東アジアとりわけ朝鮮半島が注目されています。中国とアメリカが日本の頭ごなしに話し合い、密談をして6ヶ国協議とか場を使い日本も枠に入れようとしていますね。中国は独自の外交を世界的に展開している。上海経済協力機構とか今度のアフリカ諸国との外交。

 今回のベトナム紀行で感じたのは日本が膨大なODAをベトナムにしているのに、日本人も知らないし、現地の大衆は知らない。多分、アジア諸国で戦後日本が膨大な金をODAとして注ぎ込んで来たのに果たしてかの国の大衆とか日本人も理解しているんだろうか?

国連に対しても日本は膨大な金を拠出してきたのに、今だ敵国条項すら解除していない。1995年の国連総会で削除が議決されたが、条約ですから各国の議会での承認が必要だそうだ、だから日本は各国の議会に対して働きかけないと戦後は終わらない。

 外交は国益の戦いであるという。さて、国益が難しいのではないでしょうかね?企業で言えば4半期ごとの利益を目標にする短期利益と数年先の中期利益と10年先の長期利益と存在します。国が外交戦略をとる場合も企業と同じで短期、中期、長期と国益は存在します。

今、日本は韓国とも中国ともロシアとも領土の問題が存在していますね。これは、長期の国益に属すかもしれません。領土の問題はエルサレムの事例からも金では解決出来ない難しい問題かもしれないが、果たしてGDPに占める金額は如何ほどなんでしょうかね?

 それはそれとして、今後の10年を考えると世界の枠組みが変るのではないでしょうか?私見ですが、EU,アメリカという先進国と台頭するアジアグループの凌ぎあいになるのではないでしょうか?中国、インド、ベトナム、韓国、タイ、そして日本は今や、米国よりも中国との取引が大きくなっている。明らかに中国は盟主を目指した外交を行っている。

(ベトナムへ)

 さて、私はご縁がありベトナムに職場を移す事になりました。経済成長率7%を越え8500万人の人口を抱え質実・勤勉なる国民であるベトナムが今後大きく経済的にも発展すると確信している。2020年には先進諸国に追いつくのがベトナムの国策だそうですから。

日本の歴史は古来、中華帝国の枠内には入らず独自な国の政治を行ってきた。戦後60年はアメリカの傘の下で成長を遂げた。さて、これからの10年をどう舵取りするかは明白ではないだろうか?参考にはならないかも知れないが、企業経営では取引先は成長する企業を選ぶのが鉄則である。

 世界史をマクロに見て、日本という国を東南アジアのベトナムという国から見守って行きたいと思いますし、ベトナムの発展の為に少しは寄与したいと思います。鍵は、真面目な勤勉で頭の良い人々が多いベトナムでは情報処理関係で世界の注目を集める業績を将来獲得すると信じています。

 

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引越し準備あれこれ

 あと赴任迄1ヶ月を切りましたね。昔の、カリフォルニアへの移住とは異なり、子供もいないし移住先は全て家財道具から日常の家電製品は揃い持参するのは着る物程度である。むしろ、趣味の道具類が問題である。

輸送に場所をとる物とか、重いものはどうしても船便になるので、何とか航空便か手荷物で現地に赴任したい。船便だと何時到着するか判らないのと検閲が怖いです。(別に危険な物を持ち込むわけではないが)

 昔、アメリカに移住した時は自宅を人様にお貸ししたので、家の中を空っぽにしたが、今回はその儘なので、気楽である。しかし、この際、趣味のものを整理しろ!とプレッシャーがかかる。しかし、自分の家なので、聴く耳は持たないのだ。

(飛行機の移送)

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2006beranda_018 2006beranda_019 2006beranda_020 2006beranda_021 沢山の飛行機をどう運送するか?考えてみると、私は仕事をしにハノイに赴任する訳ですから、こいつらは必須ではない。

むしろ、現地で手に入る飛行機を開拓して製作したり、完成品を購入したりする方がいいのかも知れない。心が揺れるのだ。

しかし、そうするとこれらの飛行機に搭載されている、メカ類を取り外して持って行かねば、金がかかり過ぎる。これも、財政上問題である。

2006beranda_024 2006beranda_025 2006beranda_026 2006beranda_027 しかし仰山な飛行機の残骸があるものだ。というか、壊れていないけど、完璧でない飛行機が多いのだ。

もう一つの不安はこれらの飛行機を残して、移住すると数年先に自宅に戻ると1機も存在しない、破棄されている心配がある。(以前に経験あり)

しばし、悩んで結論を出したいと思う。しかし、絶対持って行かねばならぬのは、ハノイで購入した650円のベトナム・日本語の辞書でしょうね?

2006beranda_013 2006beranda_015 ともかく、ベトナム語を覚えなければいけませんね?覚えたら帰国するかな~~?

(閑話休題)

ブルゴーニュの娘の便りでは、今はシードルを作る季節なんですね~~。考えてみると林檎から作る訳だから、当たり前ですね。(笑)

ブルゴーニュのシードル製作

数年前にノルマンデイーのモンシャンミッシェルを訪問した時に現地の名産であるシードルを飲んだ。リンゴ酒ですね、甘くて沢山は飲めないけど、美味しいものでした。日本でも飲めるのかな~~~?

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