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今日は秋晴れ

 今日は朝から久しぶりの秋晴れである。年賀状の宛名住所録もパソコンに入力出来たし、挨拶文も写真もレイアウト出来た。次女の指導でパソコンも上達した。(笑)

 しかし、4名の名前の漢字も読み方も判らずに放置してある。一人は中学時代からの友人であるが、今迄名前の読み方も漢字も判らずに過ごして来たのには驚いた。こんな経験は皆様にはおありですか?(笑)子供の頃から苗字かあだ名で呼んでいたんですね。

ミサヨは今月末の28日に帰国するそうだ、Blogを眺めると冬支度の薪がトラックで届いたという記事です。仰山の薪というか原木を買うんですね~~~。トラック一杯の原木にはビックリした。これで、暖房をとるのだろう、ブルゴーニュの冬は厳しい。

 そういえば、赴任する為に引越しの準備をしないといけないが、ラジコンの飛行機をどう移送するか?そして、向こうで飛行機を製作する為に何を持参しないといけないのか?頭を悩ませている。日本のように飛行機の燃料も無いだろうし、部品もないだろうし、高級な特殊接着剤も無いだろうし・・・。

ベトナムに船便で送ると共産圏ですから、ハイテクのラジコンは荷物検査で引っかかり、私は逮捕されないだろうか?明らかに、ハム用の巨大アンテナとか無線機類は危険だな~~と思う。ラジコンの無線操縦機とか超マイクロサーボモータなんぞは、危険かも知れない。ウムム・・・ム。

 専門の輸出入業者さんと相談して船荷と持ち込み機材は決めたいと思う。現地の日本人駐在員の話を聴くと、郵便局経由の船便は何時到着するか判らないと言う。検閲に時間がかかるんでしょうね。ハノイのハイフォン港で足止めをくらっては・・・。

航空便は値段は高いが安全で早いそうだ、佐川急便さんがベトナムでは活躍されているそうだ。日本企業を相手に工場の部品関連の輸送は企業の命運を握るからでしょうね。

 さて、天気も恵まれているので今日は秋葉に買出しに出かける予定である。飛行機関連の部品の買出しと飛行機のキットを購入してハノイでの豊かなラジコン生活を営む為の買出しである。

(秋葉情報)

2006beranda 本日、秋葉で昔のミゼットみたいな車を見つけました。面白い、広告を全身に描いています。

秋葉も急に高層ビルが立ち並びオフィス街のような按配になりました。昔のゴチャゴチャした雰囲気が好きなんですがね~~~。

ラジコンショップを三軒回り、燃料4リットルから飛行機キット、部品とか用意できました。

(ASAMIのその後)

 電動機では有名でした秋葉のASAMIが今度は、”ラジコン天国”として3フロアで明日の11月1日にオープンするらしい。エレベータの張り紙にはそんな通告が有りました。残念ですね、明日からオープンなんですかね?ホンマ縁がなかったな~~。

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吉報西より来る

 つい数年前迄ある会社の役員の秘書をしていた女性の吉報が入りました。彼女は安芸の国の出身で東京の大学を卒業され、グローバルな会社の役員秘書として海外担当の役員の秘書として10年近く勤務された。

 私が始めて彼女とお会いしたのは、私がコンテンツ本部の企画部長の時でした、上司が取締役で経営企画室担当の役員でもあり”火の玉コンビ”とあだ名を私はつけていました。それ程、役員と秘書は息が合い、日夜激務をこなしておられました。

その激務というと、上司の役員は朝4時に起床しメールをチェックし朝風呂に入り、そして6時には車で会社に向かうような人で、分刻みの日常生活のスケジュールを全て管理し夜は深夜まで仕事をされていた。

 仕事一筋の上司はその後も活躍され、副社長まで昇進されてゆく。そばで支えたのは彼女でした。ある時、私がガメラⅡレギオン襲来の映画のプロヂューサをしていた頃ですが、彼女の上司から映画の完成試写会に連れて行ってくれと頼まれた。そして、その後、高級なレストランで食事を彼女に奢れという。

上司は超多忙であり、日頃の彼女の激務に優しさで答えることが出来ない上司が、暇な私にしばしの休息の時間を与えて欲しいと望まれたんでしょうね。要は饗応接待係を命じられたのだ。”ところで、結婚されないのですか?”と野暮な事を訊いてしまった。

彼女の答えは、”結婚したいです!”という意外な答えに驚いた。”しかし、職場が職場だけにお会いするのは爺さんばかり!”とおっしゃられていました。秘書という仕事は華やかに見えるが、周りは爺さんばかりなのだ。(笑)

  彼女は都立大学体育会卓球部の出身だったと記憶する。私も少しは卓球には経験があるので、レストランでは卓球の話で凌いだと思う。しかし、何処の会社でも秘書室の女性は出会いに乏しいのだろうな~~と、その時に認識したものだ。

 (両親の介護)

そんな彼女に人生の転機が訪れた、上司は米国に赴任され且つ、彼女の両親が倒れられたのだ。彼女は安芸の国に帰り必死に介護をした。会社では彼女に安芸の国の支店で働いては?という提案にも彼女は両親の介護を選択した。

 一月ほど前に、彼女の元上司と二人で山登りをしました。元上司は本当に嬉しそうに彼女の幸せについて語ってくれました。”彼女の献身的な両親への介護は地元で話題になり彼女を会社に返すのではなく、是非、地元の素晴らしい男性と結婚させようという運動が起こったそうです。”

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2006年度、秋合宿迫る

 赤とんぼ恒例の秋合宿がまじかに迫りました。11月10日から三日間開催されます。さて、昨年は如何な按配だったでしょうかね?

2005年度 秋合宿写真集

2005年度 秋合宿速報版

2005年度 秋合宿事件簿

2005年度 秋合宿YSさん写真集

2005年度 晩秋の安曇野

しかし、毎年同じ場所で同じ頃に同じメンバーで、かれこれ29年間も継続してきましたね。晩秋の北安曇野の風景は頭の中に焼きついてしまいました。

又、今年も昨年と同じように過ぎ去るのではないでしょうか?しかし、それが一番幸せに感じるのは不思議なものです。

 以前、私が米国に駐在で約4年間程度合宿に参加できませんでしたが、今回も又、ハノイに赴任しますのでこれがしばしの別れの合宿になりました。

楽しく、のんびりと信州の秋の風情を楽しみたいと思います。

(閑話休題)

 本日、千葉遠征予定が早朝は雨でしたので、取り止め。しかし、どんどん天気が良くなり残念でした。

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昨晩から、全ての電池に充電を行い万全を喫していたのですが、残念でした。今週末の日曜日は予定があるので、多分このまま秋合宿に突入でしょうね?グライダーは大丈夫だろうか?心配ですね?

 そこで、今日は年賀状の宛先をパソコンで入力した。息子が以前に何処かで仕入れたCDがそんざいしたので、そのソフトで宛名を約200件入力した。しかし、MSワードにも宛名の機能が付いているんですね?知らんかった。

さて、年賀状の裏側はどうするか?写真と、移住の挨拶状になりますが、これから何のソフトを使うか、内容をどうするか考えないといけない。

(続き・・)

年賀状の裏側は、ともかくMSワードで製作を始めた。ハノイの写真と挨拶文と現地の連絡先とか諸々・・・・と。そして、葉書大での印刷はどないしてやるんやろ~?と、悩んでいたら、次女が孫と一緒に晩飯を食べに来た。

 そうそう、夕方から腕をふるい”バラ寿司”の製作をしていたのだ。家内は仕事でいないけど、多分に晩飯の頃には次女と孫が空腹で現れるのでは?と、予測していた。

(原木栽培 椎茸)

この前に、娘・孫を連れて甲府に葡萄狩りに出かけたが、その時に地元甲府で仕入れた原木栽培の椎茸が一品であった。湯で戻し、人参・筍・蓮根と煮るとこれが逸品である。

高野豆腐も細かく切り、バラ寿司を作りトッピングはカイワレ大根と紅生姜と金糸卵とデンブである。ついでに、汁物を作り万全で待機していた。

 この次女と孫とも来年春には北海道に移住する予定である。私は、来月末には多分、ハノイに移住するので家族団らん?で晩飯を私が作るのもあと僅かの期間だ。

しかし、我が家は”一家離散”になるんですね~~?長女はブルゴーニュ、次女・孫は北海道は夕張へ、私はハノイへ、そして息子は来春から琉球から横浜の実家に帰りサラリーマンを始める。家内はこの4箇所を巡るだけで、一年が過ぎてしまいそうですね?(笑)

 そうそう、次女にMSワードの使い方を教えてもらい年賀状も裏側のレイアウトと諸々をバラ寿司と引き換えに、教えて貰った。(笑)

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新庄・サッポロ・日本ハム

 昨夜は遂にニチハムが優勝した、新庄が胴上げされ野球人生を終えた。札幌では最高70%を越える視聴率、平均でも50%を越えたそうだ!北の大地が大きく揺れた夜だったようだ。

44年ぶりの優勝らしいので、少し過去を調べてみた。東映フライヤーズで水原監督の時代で張本とか尾崎とか土橋がいて、相手は村山が投げる阪神タイガースだったんですね?4万人を越える観客を動員した新庄も最後に花が咲いたようでしたね。

人間の引き際は大事だな~~と、本当に思いました。桜のように舞い絶頂で終わるのもどこか日本人が好むところがあるんでしょうかね?

 実は昨夜は宴会が何時もの恵比寿のベトナム料理の”We”で開催されていた。だから、録画でしか観ていない。それでも、感動は伝わりました。

恵比寿の宴会は、おまつ女史が今回ジェネラルマネージャに昇格した祝いと、松本ヨッシー君が今度外資系の会社の社長に内定したお祝いの席でした。ついでに、私の壮行会も有りましたがね。資本家は小島先輩でした、ホンマ散財させてしまいました。

2006beranda_012 富田君は仕事の都合で参加できませんでしたが楽しい宴会でした。さて、皆さんの前途を祝したいと思います。

で、家に帰ると社会保険庁と富士通の厚生年金基金から封筒が届いており、年金の振込みの通知が届いていました。

もう、そんな歳なんやな~~?と、現実に引き戻されるがこれから、私はハノイで一旗揚げないといけない。難しい年齢になったもんですね。

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神楽坂界隈 山田塾

 神楽坂界隈は皆様ご存知、♪粋な黒塀みこしのまあちに~~♪で有名な料亭と芸者さんの古(いにしえ)の風情が残る場所です。が、私の思いではこの地に理科大学が存在し山田文道教授が経営学の大学院で教鞭をとられ、その院生を囲んで彼らの相談役をする勉強会に参加させて頂きました。

座長はニューヨークに駐在されていた鎌倉さんで、私は1998年頃から参加させて頂き、とりわけ、私が社長をしていたシナンシャル・システム・コンサルテングでは先生に企業内経営大学院の教頭として幹部社員の教育をお願いした。

 数年前からは、勉強会の後ワインを飲む会が特定の場所で行われる事になり先生も基本的には院生を持たないお立場になられてからは、夕方4時頃からワインハウスで勉強会が行われる習慣となった。

2006beranda_004 昨夕は神楽坂を歩いていると、携帯電話の着ぐるみが交差点を歩いていました。そうそう、今、各社大変なバトルが始まりましたね。

孫さんの突然の発表で、各社も戦々恐々ではないのだろうか?

我々にとりとにかく、安くて便利になればいいですよね。出来れば、将来何時でも携帯で世界中の場所の人とメールや会話が出来ればいいと思います。

2006beranda_005 ここは、フランスの娘が住むブルゴーニュではないのですが、何故かそんな看板がでています。ワインが美味しい街だという意味なんでしょうかね?このカフェにも以前に山田塾のメンバーと飲みに入りました。

洒落た店が多いのも神楽坂の雰囲気ですね。

2006beranda_007 この”MATOI”というお店がこの数年間、山田塾の勉強会が行われている場所です。

ワインと食事が美味しくて大変お世話になっています。確か三階建ての居酒屋ですが、我々は二階の個室を夕方から借り切り、勉強会と飲み会をしてきました。

今日は、私も皆様にしばしのお別れを言いに来たのですが、先日、山田先生からひどい風邪に侵され、点滴中であり本日は参加出来ないとのメールを頂いていた。しかし、宮原御大が参加されるという事で山田先生欠席のまま勉強会というか、飲み会が何時もの通り開催された。

2006beranda_008 今日は院生一人と卒業した片寄君と小倉君が参加してきた。そして、年寄り仲間も集まり楽しい会話がすすんだ。

私のハノイの出張報告と鎌倉さんの上海報告がメインの話題でした。皆さんにしばしの別れの挨拶を致しました。山田先生とは別途ご挨拶をするつもりです。

2006beranda_010 最後に宮原御大を中心に別れの記念写真を撮りました。二人の卒業生は既に席を外しているが概ね年寄りばかりの写真となりました。

又、日本に帰って来ましたらこの勉強会に復帰したいと思います。暫くのお別れの会となりました。

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フランス田舎からの便り

 ミサヨが新しいBlogを始めた模様です。彼女はブルゴーニュの田舎に住んでいますが、とても食いしん坊な女性です。

  ヨンヌ県からボンジュール(ミサヨBlog)

「googleearth_placemark_chablis.kmz」をダウンロード グーグルアース(yonne,chablis)

航空写真で左にAuxerreという地名がありますね?数年前に私はそのあたりをウロウロしていました。そして、日本でも有名な白ワインで有名なシャブリ(Chablis)の場所でも有ります。ワイン通にはたまらんですね?

とても楽しい記事が登場すると思います。ともかく、カテゴリーが生き物、食い物、買い物というジャンルしか有りません。(笑)

一応アーテイストとして、日本とフランスを舞台に活躍しています。

(秋の夕暮れ)

2006beranda_002 鎌のような月が夕焼けの空にでてました。ベランダから眺めるとこの頃は随分と低い位置にお月さんがでるんですね?

農業国家の国では太陽が神ですが、何でイスラムの人々はお月さんが大事なんやろな~~?と、考えてましたが、暑い砂漠ではやはり涼しくなる夜の方がいいんでしょうね?

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jo君が体験したハノイ(6)

 今回はベトナムでの宴会の模様です。今回ベトナムの某国営企業の社長さんから招待を受けました。会議のあと是非ご招待したいという申し出がありました。

2006betonamu_162 会議室は広くて、ホーチミンおじさんの銅像が有ります。社長の話ではどこでもこのような按配だそうです。建国の父ですからね。

最初は何の料理か判りませんでしたが、最後のどうやらスッポンの料理だけど、大丈夫か?という申し出で、勿論、大賛成でした。

 場所は郊外の静かな湖に面した隠れ家のような別荘風の建物の庭で開催されました。ベトナムでは職場の一部幹部だけが会食をするのではなく、昔の日本の会社の職場のように皆さん集まるのですね。労働者が偉い国なのです。(え~~話やね)

2006betonamu_167 最初は、スッポン(巨大なもので30センチ程度ありました)の血をアルコールでのばして飲みます、日本と同じですね。ベトナム語でスッポンはBaBaと言います。ベトナムの輸出産業だそうです。

とても、現地の人々にとり高級料理になるそうです。唐揚げ、鍋にして食べました。

2006betonamu_174 地鶏の肉は格別に美味しい一品でしたね。ブロイラーではなくて、田舎の庭で駆けずり回っていた鶏だそうです。この日の最高に美味しい料理と思いました。

海老もベトナムの輸出産業ですが、味は美味しいですが地鶏の肉には及びませんでしたね。

2006betonamu_176 鍋もたっぷりのハーブを入れて食べます、豆腐とかスッポンとかの肉も入り美味しく頂きました、脂っこくないのがいいですね。

調味料は何なのか?判りませんが、今後現地に住めば判ると思います。

2006betonamu_180 楽しい宴会も終わりました。握手をして今後の再会を約束しました。本当に美味しい料理と楽しいひと時を有難うございました。

今度は、こちらが招待する番ですね?お好み焼きかタコヤキで迎え撃ちましょうかね?(笑)

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(閑話休題)

てっちゃんのBLog記事(ハノイは暑かった!)

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jo君が体験したハノイ(5)

 今回はハノイに赴任される日本人の為に生活環境について報告します。今多くの企業がハノイに進出してきています。ご心配なのは子供達の教育環境ではないでしょうか?ハノイには日本人学校が有ります、校舎も新築され小学生と中学生までは大丈夫です。

2006betonamu_157 2006betonamu_149 たまたま、この学校のコンピュータシステムは現在私が関係する会社が担当していまして、完璧です。(笑)

校舎も新築され、セキュリテイーも万全ですし、バスで送り迎えがされています。現在150名の生徒が通っていますがキャパは250名までは大丈夫だそうです。運動場も体育館もプールも全て完備で日本人スタッフも沢山おられます。

2006betonamu_151 2006betonamu_155 各教室には無線ランも装備され、コンピュータ教室も充実し先生方もパソコンランで繋がり近代的な日本に劣らない環境です。

ハノイ市内からはバスで20分程度で到着しますので、ご安心下さい。校長先生も先生方も素晴らしい、優しい人々でした。

(食料の買出し)

2006betonamu_074 2006betonamu_076 日本人向けのスーパーも何箇所か有ります。今や現地の人々も買出しに来るそうですね。うどんも、納豆もカレーもなんでもあります。勿論、日本から輸入した食材は高価になります、日本の倍程度の値段はします。

しかし、郷に入れば郷に従うのが現地に溶け込む一番いい手段ですから、日本人が住む住居には現地の魚屋とか八百屋が訪問販売に来るので安く買えるそうです。

なんせ、月収が1万円の国ですから物価は推して知るべしです。そして、地元のハーブを沢山食べる事でお腹の中に現地に適応できる細菌を育てる事でしょうか?(笑)

(住居環境)

学生の場合は大學の寄宿舎がありますが、企業にお勤めの場合は会社が概ね日本人の奥さんとか子供が便利に暮らせるアパートを用意されるのではないだろうか?

 2006betonamu_068 2006betonamu_072 私の場合は会社で日本人ばかりが住むアパートを用意してくれました。プールもテニスコートもジムも卓球台も完備された便利なアパートです。電気製品も家具も調理器具も全て甘美されていますので、着るものだけを持参すれば何時でも暮らすことが可能です。又、奥様方の為に買い物の車が出ますので、便利ですし日本語が通じる管理人とサービスマンが常に待機していますので、便利です。(ホテルみたいなもんですね、掃除も皿洗いもしてくれます)

 米国のように治安が悪い訳ではないので、安心して暮らせるのではないでしょうか?病院もSOSという病院があり、日本語も通じるし世界中から優秀な医者が集まっています。医療関係では、初期治療については大丈夫ですが、本格的な手術は日本に帰られてやる事になると思います。保険は海外で適応かのな保険が有りますので、多分会社が面倒みてくれると思います。

 私は、ゴルフはもう4年間程度御無沙汰ですが、ハノイには4箇所程度はゴルフ場があるそうです。駐在の日本人は週末にはやられているそうですよ。私は、ラジコン・クラブを見つけて飛行機を飛ばしますがね。

未だ、10日程度の旅で知りえた浅はかな情報ですが、多分、安心して暮らせる場所だと思います。しかし、亜熱帯の国ですから虫とか蚊とか強烈かもしれないので、蚊取り線香とか虫除け薬とか正露丸は必須でしょうね?(笑)

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jo君が体験したハノイ(4)

 さて、今回は19世紀中葉からフランスの侵略に遭遇したベトナムの当時の面影について一部紹介しましょう。その前にグーグル・アースでハノイを観て見ませんか?グーグル・アースをインストールしてない人は先ずこれをインストール下さい。既にインストールされてる人はダウンロードだけで結構です。

グーグル・アースhttp://earth.google.com/

「GoogleEarth_Placemark.kmz」をダウンロードハノイの航空写真です

2006betonamu_123 この建物はフランス統治時代のオペラハウスだそうです。沢山のフランス統治時代の遺物は残存しているそうですが、この辺りには沢山の当時の建物が残っているそうです。

フランスは1859年に南部から侵攻し、最後には清仏戦争が1884年に開始され全土がフランスの植民地となりました。ベトナムの友人から聞いた話ですが、サイゴンとは西貢と表記しますが、西欧諸国に貢いだ土地という意味だそうです。

フランスはローマ字を導入し、現在のベトナムの文字となったそうです。今回の出張では日本語とベトナム語の辞書を買いましたが、65000ドン(約650円)でしたので、三冊買いました。(仲間に千円で売ろうかな~~~?)

2006betonamu_161 フランス統治時代の素敵なホテルがありました。昼ごはんをこのレストランで頂きましたが、フランス料理のお店が付属しており素晴らしいです。

Sofitel Metropole Hanoi というホテルです。

簡単な動画で雰囲気を味わって下さい。

「2006betonamu_220.avi」をダウンロード

「2006betonamu_219.avi」をダウンロード

 ハノイに赴任するのを一番楽しみにしているのは、フランスに在住している娘です。さてこれからどうなるか?楽しみですね。

マイフォト 躍進するハノイは今-その3

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jo君が体験したハノイ(3)

 ベトナムという国は私が知る限り共産党一党独裁の社会主義国家である。ベトナム戦争で国家は疲弊し、しかし米国を破り独立した国である。その後、ソビエト流の計画経済を進めたが成果はでなかった。そして、ソ連崩壊であり、東西ドイツの統一であり、中国の開放経済導入ではないでしょうか。

 ベトナムは何処へ行くのか?豊かな穀倉地帯に恵まれ食料は自給自足できる、問題は工業化をどう進めるか?それが、今のベトナムの現状であり、WTOへの加盟により又、海外投資を受け入れる政策転換により2020年には近代工業国に躍進したいと考えている。

さて、ベトナムという国の歴史ですが、私の理解では北部のハノイと中部のフエ、そして南部のメコンデルタ地域と三つの国が存在していました。北部のハノイは昔は昇龍と呼ばれており、中国の影響を強く受け越南国と呼ばれていた。中国の科挙制度を導入し中国の支配体制下にありましたね。

2006betonamu_032 2006betonamu_039 ここは、最古の大学です、科挙試験に受ける秀才を学ばせた場所であり、多くの科挙試験に受かる人材を輩出させた場所です。

今でも、彼らの名前は刻印され名誉を讃えています。

2006betonamu_034 2006betonamu_037 日本は聖徳太子さんの頃から、中国の世界戦略の枠には組み込まれない独自な化外の国として存在しましたが、陸続きの朝鮮半島もベトナムの地もそうは行かなかった訳です。

 ベトナムと日本の関係で思い出すのは、歴史的に二例有ります。先ず、遣唐使として玄宗皇帝の時代に海を渡り中国で科挙試験に受かった安倍仲麻呂です。安南都護府長官(ベトナム知事)に任官した事実です。

二番目の歴史的事例はモンゴルとの戦争です。13世紀末に元王朝(モンゴル)は日本にもベトナムにも侵攻しました。しかし、ベトナムでは三度に渡る元の侵攻に対して勝利したのですね。陳興道将軍の名前は今でも軍神としてベトナムでは尊敬されています。

 東アジアにおいて珍しく、日本とベトナムは元軍を撥ね返した事実は有名な歴史的事件でした。ゲリラ戦法は当時から受け継がれ、米国とのベトナム戦争でも発揮されたんでしょうかね?歴史は重いものではないでしょうか。

 (市井の老人)

 今回一番感動したのは、Mr.Khueさんとの出会いでした。ハノイ工科大學の近くに会社が有り社長と二人で露天を歩いていると、下着のシャツに半ズボン姿のみすぼらしい老人と出会いました。しかし、その御仁はつい先日までベトナムの重工業担当大臣をしていた共産党の幹部でもある人なんですね。

早速、社長に紹介され電話番号と自宅の住所もお聞きしました。ベトナムという国は怖いと思いましたね、何気ない風体では決して身元が割れないのです。昔は大臣と言えど月収は一万円、現在は二万円程度ではないでしょうか?

 しかし、何ですね西欧諸国では考えられない社会ではないでしょうか?そういえば、昔の日本も公務員とか先生という職業は聖職と言われていましたね?給料は安くて奉仕する仕事だと。随分と最近は異なりましたね?(笑)

又、元文部大臣が療養されている病院を訪問しましたが、奥様も露天で野菜を売る人と同じような質素な服装でした。彼女も大學の教授だそうですが、実に質素なお姿でした。

 本当に裏側の世界を未だ知らない私ですが、何か昔の日本をみてるような気になりました。ベトナムは恐るべき国かもしれませんね。

 (閑話休題)

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2006sayaunndoukai_003 これ、赤とんぼですが、頭の先に重心があります。狭い場所でも留ることが可能でして、ゆらゆら揺れることも可能。

実に素晴らしい竹細工ですね。孫が大層喜びました。見事な作品だとは思いませんか?ベトナム恐るべし!

マイフォト 躍動するハノイは今ーその2

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jo君が体験したハノイ(2)

 今回は、食について報告です。多分皆様はこれが一番ご興味がおありでしょうね?(笑)

2006betonamu_015 2006betonamu_016 初日の昼飯はこのお店でした。社長が15年間ハノイで暮らし一度も食中毒を経験していないお店だそうです。(笑)

赤いのはハンバーグ、小魚の唐揚げ、豚、鳥、餃子、何だか判らないけど、沢山のものをハーブと一緒に食べました。ハーブの種類は多くて、何が何だか判らないけど、籠に山盛りのハーブを食べました。

多分、食あたりを避けるにはハーブが大事なんやろな~~~?と、勝手に考えています。駐在三年目の角井君の話では、駐在当初は蚊によく噛まれたそうですが、最近は噛まれないと言う。原因はこのハーブを食べていれば、体質上蚊に噛まれないように変化するのだという。ホンマかいなと、思うけど、そうかもしれん。(笑)

2006betonamu_022 2006betonamu_023 (肉とパン考察)

 この鉄板焼きのお店は10年以上も続いているそうで、社長がお勧めのお店です。昔は鉄板の上に蓋をしなかったので、ラードの油が飛び散り背広が油だらけになって往生したそうです。今は、蓋をしてくれるので、テーブルに持って来られて焼けるまでの間に油が飛び散る被害は有りません。

ハノイの肉は、”堅い”の一言ですね。堅い肉がお好きな方なら大丈夫でしょうが、私には堅く感じました。美味しいのですが、何故か私には不向きでした。けど、パンは美味しいでしたね。パンは沢山食べました。(笑)

2006betonamu_024 本当の名前は判らないけど、ズッキーニのようでキュウリのような一夜漬けのような酢漬けは美味しいでした。

ピクルス類でしょうね?油っこいものを食べる時には是非このようなものも一緒に食べるといいと思いました。

2006betonamu_061 (生春巻きと)

定番の生春巻きですね。これは、日本でも経験が多いので問題なく食せます。海老のチリソースも日本と同じ味がします。ベトナムでは海老の養殖産業が盛んだそうです。外貨を稼ぐ主力産業だそうですよ。

ベトナム古来の食文化に中国の食文化が入り、そして19世紀にはフランスの食文化が入りました。世界でも有数な素晴らしい食文化が独自に生れた国ではないでしょうか?

2006betonamu_075 これは、嫌なので、食べません。ドリアンですね。こいつは、存在するだけで回りに強烈な匂いを漂わせるので困り者ですね。(笑)

ベトナムには果物が豊富だそうです。有名なのはドラゴンフルーツですね。サボテンの実です。ベトナム戦争の時にベトコンが食していたそうです。中身は真っ白で胡麻のような粒が沢山入っています。美味ですね。

2006betonamu_126 路上で果物を売りさばくおばちゃんです。自転車に大きな籠をぶら下げて田舎から運んで来たんでしょうね。場所はハノイ市内ですから何時間かけてきたんだろうか?

バナナ、スイカ、その他沢山の果物を並べていますね。これで、一日の売り上げは5000ドン、多分50円程度だろうか?

2006betonamu_128 (鄙びた日本食屋)

ハイフォン港に片道3時間程度かけて出かけましたが、鄙びた日本食屋が有りました。日本人シェフと結婚したベトナム女性がその後、経営されてるそうですが、寂れていました。そういえば、サンノゼにもこんな鄙びた日本食屋があったな~~。鍋焼きうどんを食べました。

 (注)

・蚊に噛まれるという表現を使いましたが、ハノイの蚊は凄いと聴きましたので、刺されるでは雰囲気が出ないので、噛まれるとしました。(笑)

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jo君が体験したハノイ(1)

2006betonamu_143 ベトナムの現在を鋭く?見つめてみたいです。(笑)

北河内生まれのjo君が同じ河内(ハノイ)にこれからの第二の人生を賭けて、挑戦します。今回は12日間に渡る事前調査の為の渡航も終わり、素晴らしい国である事が判りました。年内には赴任する事に決めたわけです。

 昭和20年代の私が生まれ育った河内の国を彷彿させる、現在のハノイは大変面白いと思います。

 今回は交通事情について報告しますが、写真の豚さんをバイクで運ぶ風景が何処か、心を惹かれました。可愛そうな、生きたまま狭い籠に押し込まれ運ばれる姿、しかし、逞しく生きるベトナムの人々の姿がそこに有ります。

2006betonamu_055 2006betonamu_056 写真はハノイ近郊の農家の路地での風景です。そこには、馬、牛に車を 牽かせた農民の姿があります。脱穀の

風景も私の子供の頃と同じく、足でドラムを回転させて、稲の実を剥ぎ取る姿です。

2006betonamu_057そして、籾を乾燥させていました。初日に現地で世話になる人が、joさん何が最初に観たいですか?と質問されたので、迷わず、田圃!と答えました。そして、紅河を渡り近くの田圃に案内して頂けました。

2006betonamu_026 2006betonamu_027 ハノイの街中の交通事情です。90%はバイクですね、車も自転車も少ないですね、バイク天国がハノイです。

埃が凄くて、皆さんマスクをして運転しておられますね。何か銀行強盗ではではないのですが、最初は不思議な光景に映りました。

「2006betonamu_215.avi」をダウンロード

「2006betonamu_216.avi」をダウンロード

「2006betonamu_217.avi」をダウンロード

「2006betonamu_218.avi」をダウンロード

2006betonamu_144 紅河の橋を渡るバイクのカップル。ハノイはこのヒマラヤから中国の雲南省を経由して流れる大河である、紅河のデルタに生れた古都であります。

メコンデルタよりは歴史的には早く稲作が発達した場所だそうです。今でも、1500万人を抱え(ベトナム全土は8500万人)、500万トンの米を産出しベトナムの20%の米を作りだしています。

 河の色は紅色をしており、まさに紅河なんですね。稲作は日本と同じく苗代から苗を植えるテクノロジーであるらしく、二毛作です。しかし、メコンデルタは種を直接に田圃に蒔く稲作だそうで、違いがあるそうですね。

2006betonamu_050

河の色が判りますか?紅がさしているでしょう?

しかし、河内生れの人間が又、場所は違うが稲作の故郷である、越南の河内に移る住むことになりました。これも、何か縁があるんでしょうね?

マイフォト 写真集(1)

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帰国します

 十一日間に渡るハノイ出張も今日で終わりです。深夜十一時の便で日本に帰ります。朝の六時頃には成田でしょうかね?

現在、ベトナムの首相が日本を訪問されているのでは、ないでしょうか?ベトナムは来月にはapecがハノイで開催されるし、wtoの加盟もあり、急速に経済が成長しているんでしょうね。

昨日は、昼間にシャツ一枚の爺さんと露店で出会い(元 通産大臣)、夜は退院まじかの元、文部大臣を見舞いました。十二月には日本の学界に招かれて東京だそうです。

 この十一日間の初めてのベトナム訪問は刺激の強い感動の連日でしたね。還暦を迎えた歳に今度は、第二の人生をベトナムから再出発するとは予想もしませんでした。

さて、波乱の人生はどいなるんでしょうね?ホンマ?

 (閑話休題)

さて、ハノイではつい先週にラジコン飛行機のクラブが発足したニュースを掴みました。車で三十分程度の距離の小さな飛行場で飛ばしているようです。これは、ビッグニュースです。

 

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ハノイ通信 もうすぐ帰国

 未知の国に来て九日目です。驚きの連続ですが、こちらの人々は優しい人々ばかりです。食事も美味しいですし、交通事情を除けば問題がありません。

今晩は現地の人々とのスッポン料理の宴会が予定されています。ベトナムでは、犬とか猫も食べるそうですので驚いています。牛肉は硬いでしたね、日本のように柔らかくありませんでした。

こちらの人々の月収は一万円位から三万円程度でしょうか?即ち物価は安いと言うことですね。私が入社した昭和四十四年で三万円ですから同じようなものですね。

 ベトナムでは来月にAPECが開催されますので、その会場も見学してきました。ベトナムの人々は花が好きで、会場付近は花で飾られていましたね。優しい人々なんですね。

ハノイは年中、どんよりした天気が続くそうで、紅川の河口ですので、その影響だそうです。冬は夜はとても寒くなるそうです、勿論昼間も寒いそうです。湿気のせいだそうですね。セーターが必要だそうです。

 ベトナムではコーヒーが名産だそうです、とても濃くのある味がするそうです。ラジコン飛行機を飛ばす人々には出会えませんでした。それが、残念ですね。

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ハノイ一週間目です

 早くもハノイに来て一週間が過ぎました。

とにかく、車で移動する時は目をつぶっています。バイクが車の前後を取り囲み、数センチの距離で走行します。横断歩道には信号が無いので、日本人では渡れないでしょうね。

毎日、暑いです。34度でしょうか、そしてどんよりした天気が毎日です。霧のロンドンは有名ですが、ここハノイはどんより天気の蒸し暑さです。

ベトナム料理は最高に美味しいですが、日本食も食べています。食事は何でも美味しいのがここハノイではないでしょうか?

最初の二日間は立派なホテルでしたが、東ドイツのホテルのようで、部屋には虫がウロウロしてました。三日目からはnikko hotelという五つ星ホテルなので、快適です。

田舎も見学しましたが、昭和20年代の日本のようで子供の頃の北河内の田園風景でした。本当にタイムスリップした気持ちになりましたね。

もう数日で帰国予定ですが、年内にはこちらに赴任する予定です。

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夕焼け富士ともしばしの別れ

2006fujitsuobkai_010  今日の夕焼けも素晴らしい。黄金色の雲をまとった富士が美しいです。

今日は朝から、日本晴れの天気で富士山も綺麗に見えました。一日中綺麗なお姿でしたね。風が強くて自転車で昼下がりにプリンスペペ迄、食材の買出しに出かけたが、吹き飛ばされそうでした。

明日の夕方6時過ぎのベトナム航空の便でハノイに出発しますが、到着は現地の夜10時頃ですね。5時間半のフライトです。帰国は19日ですから10日間程度の滞在になるのでしょうね。

 先日も恵比寿のベトナム料理で宴会でしたが、生春巻きとフォーは大好きです。そして、空芯采というベトナムの野菜(日本の小松菜ににてるかな~~?)も大好きです。そして、有名なドクダミの葉っぱを食べてみようと思います。

この前、ベトナム人のVu博士からお聞きしましたが、ベトナムではドクダミの葉を好んで食べておられるそうです。健康にとても良いそうですよ。そういえば、あまり太ったベトナムの人はおられませんよね?何事も挑戦ですね。

 週末が一回有りますので、出来ればラジコン飛行機が飛ばせる場所が有るのか?偵察をしておきたいと思います。それに、ラジコンショップが存在するのか?これも、気になります。電動機はレーニン公園で飛ばす事ができるんでは?と、思いますが、これもチェックです。

本命は紅川の堤防ではないか?と密かに期待しています。さてさて、仕事ですからあまり趣味の方は抑えて、真面目に出張する積もりですが、さてどうなるでしょうか?

(閑話休題)

 ところで、新しいNHKの朝ドラの”芋たこなんきん”、メチャ面白いと思いませんか?主役の藤山直美さんは本当に上手です。親爺の血を受け継いでいますね?医者の、おっさんとの息もぴったりで感心しています。

田辺聖子さんの原作でしょうかね、大阪の下町の雰囲気がとてもでていて、何処か懐かしさを感じます。最近のドラマでは最高のものが出来るんではないでしょうか?

我が家の家内も芋、なんきんは大好きですので、ハノイに行く前に”なんきん”を今朝、煮ましたよ。美味くできました。(笑)

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フランス田舎 遺跡発掘と民宿

 フランス田舎シリーズですが、雰囲気は写真からイメージが概略掴む事が出来たのではありませんか?基本的には普通の家をその儘にして、旅人を宿泊させるものです。

旅人同士と主人も一緒に食卓を囲みます。贅沢な食事はでませんが、田舎の雰囲気を堪能できますね。

 マイフォト フランス田舎 遺跡発掘と民宿

 (円形劇場の発掘)

ガリアの土地にローマが侵攻し多くのローマ文化を残しました。円形劇場はその典型かもしれませんね。

Cimg0480 Cimg0478  幾つかの、短い動画もご紹介します。

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喧々諤々のOB宴会

 昨夜は面白い宴席に招待された。実名をだすと企業秘密に触れるので、ここは幕末は京都の某料亭”越南亭”での会合の模様として報告しましょう。

 (会合目的) 幕府研究所のjo藩士の同期の宮君が理学博士号(金沢学問所発行)を取得した祝いと、先輩の吉義さんが米国公認会計士の資格を取得した祝いであった。発起人は私の恩師の昔、幕府の常務老中で現在は京極の瓦版屋の社長である、親狸親分。

 (参加者紹介)

 ・長老 元幕府 老中に職にありここに集まる連中を指導し、現在隠居し西洋油絵を描いておられる吉原翁。会合の裁定役。

 ・元幕府 軍艦製造担当の副将軍の杉田翁。幕末の激務により身体を壊され、現在は静養中である。

 ・元幕府 軍艦製造担当の常務老中で今回、メリケンの会計士免許を取得された吉義翁。今だ青年の志を持つ永遠の青年。

 ・元幕府 外国奉行担当の副将軍のコジラ翁。最近は隠居したふりをして幕府再興を密かに狙う翁。特に、体力増強の為に若手のjoを誘い山伏修行を密かに行っている。

 ・元幕府 ソフト担当 常務老中で現在、京極の瓦版屋の社長の親狸親分。情報屋は表の顔だが、密かに幕府再興を画策する翁。

 ・元幕府 ソフト担当の奉行であったが、学問所の改革の為に学問所常務老中に派遣された異色の肉体派の宮君。幕府再興の鍵を握る新兵器の開発企画を担当してる。

 ・元幕府 ソフト担当の奉行で今は隠居された岡田翁。

 ・元幕府 ソフト担当、諜報担当奉行のjo君。今回は幕府再興の為に密かに日本を抜け出しアジア諸国と幕府との連携を画策する策士。

 (議論伯仲)

 表向きの会合趣旨は両名のお祝いであったが、やはり幕府再興の議論で伯仲した。焦点は学問所常務老中の宮君の新兵器に関する、元 軍艦製造担当の常務老中であった吉義翁の口角泡を飛ばす議論であった。

 最後まで、静かに議論の成り行きを聞いておられた、長老の吉原翁の意見は意外な、新兵器の開発の話ではない、もっと根源的な再興に必要な指摘だった。

場面設定に無理がありましたが、何で薩摩・長州がでてこないのか?不思議ですね、しかし滅び行く幕府を見捨てることが出来ない美しさは感動でした。

 (越南亭にて 吉義さんトイレで不在?)

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毎日 雨ばかり

 連日、雨ばかりでうんざりしますね?今日も横浜は雨ですね。郵便局に用事があり出かけたが、びしょ濡れで帰宅しました。昨日は、仕事上、英文の履歴書が必要だと言われ作りました。日本語の履歴書を翻訳すればいい話ではないので、少し、神経を使い歯痛になりました。(笑)

日本の履歴書は最初は学歴から始まる習慣があるようですが、欧米では仕事の履歴から始まるんですね?そして、得意な仕事の分野を述べるようで、最後に学歴というかアカデミック バックグラウンドとなるようです。

そして、インターネットで富士通さんから直接、ノートブックパソコンを購入しました。10万少しでしたが、仕事で必要だろうと思い痛い出費でした。

Cimg0576  さて、フランス田舎の写真のご紹介シリーズが続いていますが、今回は葡萄園と民宿の続きです。眺めているだけで、のんびりしますね。

 マイフォト フランス田舎 葡萄園と民宿

さて、今晩も恵比寿で宴会ですので雨の中でかけないといけませんね。風は強いし、寒いし、横なぶりの雨だし、億劫になります。今晩の帰りの電車は大丈夫だろうか?

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来週はblog休載します

 来週9日から19日迄の10日間仕事でベトナムはハノイに出かけてきます。

ある翻訳/出版の会社の社長さんと二人で出かけます。今回は仕事ですので、趣味の世界は有りませんが越南という国はどういう国なのか?この目で確かめて来たいと考えております。

ベトナム料理は私は大変好きでして、日本では恵比寿の”We”で何回もご馳走になっています。しかし、本場の料理はどないなもんか?特に、ベトナムはハノイのある北部と中部のフエ、南部のホーチミン(旧 サイゴン)では2千キロも離れているので、異なるのではないかと?今回はハノイですが、料理の分析も楽しみです。

 日本から5時間半の距離ですから、意外と近いと思いますね。今は台風が来る季節だそうですが、水害に遭遇しないように祈っています。

ハノイ&ハロン湾

ハノイの天気

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フランスの田舎民宿

Cimg0970  フランスの良さは田舎にあるのではないでしょうか?今回ご紹介するのはフランス東部のスイス国境に近い場所の民宿屋さんです。

民宿のご主人と一緒に食卓を囲み食べ、田舎の人々とおなじように生活をします。料理も田舎の素朴な料理で本当のフランスの田舎の生活を体験できるのですね。

Cimg0962 ホテルで宿泊するのもいいですが、民宿に泊まられては如何ですか?

息子の写真を観てると、私も又、行きたくなりました。のんびりと数日間過ごせば日頃の疲れも吹き飛ぶのではないでしょうか?

 マイフォト フランス田舎民宿写真集

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Cimg0974 お世話になりました。

又おいでね!

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世界で活躍する職人さん

 息子がフランスから帰国し、一番感動した土産話は”弓の職人さん”に会えた話でした。

Cimg0991  お名前は”笹野光昭”さんでした。私は音楽の世界に詳しくないのですが、調べてみると大変な人である事がわかりました。

 笹野氏 受賞履歴

2004年にフランス国家最優秀職人賞(弦楽器弓部門)を受賞し、ソルボンヌ大講堂でシラク大統領から表彰されたそうです。受賞式模様

三年に一度、受賞者が決まるそうですが、1924年に開始し今回が22回目だそうだ。菓子職人とか料理人とかワイン作りの職人とかフランスが世界に誇る職人としてMOFの称号を与えるそうだ。

 私は知らなかったが、ドイツに渡り楽器の製作職人として腕を磨き、そして弓のメッカであるフランスで最高峰を獲得されたようです。調べると、弓(バイオリン、ビオラ、チェロ)等の弓は18世紀にフランスで現在の形が発明されたそうだ。バイオリンはイタリアのクレモナが有名ですが、弓はフランスだったんですね。

 しかし、こんな著名な人が学生の分際の息子とよくお会いして頂いたと驚いています。

 フランス パリ 笹野光昭さん工房訪問記録

「CIMG0994.AVI」をダウンロード

工房の写真を見せて頂いて、思うのは狭い場所で製作されている驚きでしたね。数多くの道具類には彼の今までの血と汗とノウハウの結晶なんでしょうね?私のラジコン飛行機製作工房とはエライ違いだ。(比較する方がおかしい?)

 MOFと言えば、そういえば、料理研究家の辻静雄さんが昔、フランス料理を広めたという事で名誉賞を頂いたはずです。 辻静雄さん関連

職人と言えば、イタリアで今年、大西誠さんがピザ職人として、最優秀賞を受賞されていますね。

 多分、私が知らない専門の職人の世界で大活躍されている日本人がおられるんでしょうね?頼もしい限りです。昔、映画で”耳をすませば”というアニメ映画が有りましたが、バイオリンの職人修行で少年がクレモナに行く話しが有りましたね。夢のあるいい話だと思いました。

世界を股に、本場で一番の職人になるという挑戦はこれからの若者に勇気を与えることだと思います。

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急に寒くなる今日この頃

 懐の話もそうだけど、急に寒くなりましたね。昨日で息子も沖縄に帰り、又、老人二人の静かな家に戻った。夜中に起きて、わが”デイープインパクト”ちゃんを応援したが、三着だった。騎手も馬も最後までよく頑張った、見事だった。

悔やまれるのは、僅かに仕掛けが早かったのかも知れない。しかし、これからも二人は海外で挑戦して欲しいと思います。

しかし、日本から調教用の馬を持ち込み、飲み水も日本から持ち込み、一体どれくらいの金がかかったんでしょうかね?海外にでて、出張者が勝てる程生易しいものではないのかも知れないと思いました。ゴルフ選手もサッカーの選手もビジネスマンも皆そうだと思うが、現地に腰を下ろして風土に馴染まないと難しいかもしれない。

 繊細で優美なサラブレッドの天空を駆けるが如き姿はこの上ない美しさが有ります。あの細い足で地面を蹴っているとは思えない。何か違う力で駆けているように思うのは私だけだろうか?ヨーロッパ文明で貴族が楽しむものには、気品がありますね。

正装をした人々が天馬の舞の舞台の観客として参列する。日本から応援に駆けつけた人々は数千人という、どないな格好で参列したんだろうか?日本が誇る天馬が舞台に登場するのに・・・・・・と、思いました。

 もう一つ、登山という貴族が楽しむ世界があります。ヨーロッパアルプスとヒマラヤは英国の貴族が最初に楽しんだ世界ですね。日本の野口さんが最近特に警告を鳴らしておられるのは日本、アジアの登山隊のゴミ問題です。

世界で登山家として日本はかなり有名です、多くの著名な登山家が生まれ足跡を残された。一昨年前にアイガーを訪問したが、今でも北壁には加藤ルートと呼ばれるルートは有ります、マッキンレーの槙有恒さん、女性登山家の今井通子さん、田部井淳子さん、マナスル登山隊、百名山の深田久弥さん、等々素晴らしい人材が輩出しました。

 日本人と山との関係は古代より精神世界で深い係わり合いが有りますので、近代ヨーロッパの貴族の精神と何処かで通じる所があったのかも知れません。

凱旋門賞から山の話に飛んでしまいましたが、ま、許して下さい。

 (フランス 田舎の森)

息子の土産の写真集から片田舎の森の風景を掲載します。幾つか、短い動画も有りますので楽しんで下さい。

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