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八重山諸島の旅 竹富島(6)

石垣島から船で10分程度の距離にさんご礁で出来た小さな島があります。竹富島です。グラスボートでさんご礁の海を観賞したあと、民芸館と御嶽に立ち寄りました。

御嶽(みたけ)は覚えていますか?昨年の沖縄旅行で勉強しました。

_1562 _1569 _1567 _1568 世持(ユームチ)とは琉球王朝時代の庄屋さんみたいな役職だったそうです。

当時は士族と平民に別れていたそうで、平民の地域の親玉が世持(ユームチ)と呼ばれたそうです。

この場所は神聖で火の神(士族)と農耕の神(平民)の両者が降臨する神域です。此処では、国の重要無形民俗文化財になっている種子取祭が執り行われる場所でもあるそうです。

日本の古代の神社を考える上でも、何かルーツを見る思いがするのですね。元々住んでいた人々が祭祀する神とその後、政治的に支配した人々が祭る神を共存させる考えは重要な知恵ではないだろうか?

_1564 _1571

聖域には沖縄の県花でもあるデイゴの巨木が茂っていました。本土では桜の花が季節の節目ですが、同じ時期の咲くデイゴが沖縄では桜なのだ。

学校の入学式がある頃には真っ赤な花を咲かせて沖縄の人々を祝福してくれるそうだ。

_1558 _1560

御嶽のそばに民芸館があり覗いてみた。芭蕉の繊維から織り上げる、芭蕉布を実際に織る現場を見学できた。

亜熱帯では麻と芭蕉布は涼しくて、汗も吸い取ってくれる素晴らしい織物素材なのかも知れない。

さて、御嶽ですが、石垣島にも沢山ありました。

_1683 _1684 川平(かびら)湾を見下ろす山の上にも御嶽はあります。

遥か羽田から飛行機で那覇に2時間半も飛び、那覇から40分も飛行機で南下した島々の人々の信仰の場に触れる事が出来てよかった。違和感がないのが不思議でした。(笑)

参考文献 竹富島

参考文献 御嶽とは何だ

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