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三浦さんの冬合宿

三浦さんから、CDが届きました。冬合宿の写真集ですね。

2006 冬合宿(三浦編) マイフォト

スキーの写真が素晴らしいですね。

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六義園 桜模様

_545 六義園の桜は満開です。この桜が有名な六義園の桜で夜はライトアップされている。まだ、夕方の6時前でしたので、ライトアップはされていない。

元禄年間に有名な柳沢吉保が創設した庭園ですね。この桜は山桜のように花びらは小さい、そして早く開花しますね。近くにソメイヨシノの本場がありますが、この桜は異なる。しだれ桜です。

_544 庭園入口ですが、私が8年間過ごした会社から徒歩数分です。今日が最後の日となり、思い出多い六義園の桜見物とした。

天気が良い桜の季節には、弁当持参で昼休みに職場の連中と庭園にでかけました。内緒でビールを飲んだりしましたね。(笑)

_548 _550

6時から職場の親しい仲間から歓送会がありますという事でしばしの時間を庭園で過ごした。

夕日が丁度落ちる頃で、沢山の観光客がライトアップを待っている状況でした。しばし、桜を離れ静かな庭園を散歩することにした。

_549 _551 (宜春亭)

園地図参考

明治になり岩崎弥太郎の別邸として存在していたんですね。この宜春亭と裏の石灯篭は落ち着いた気持ちにさせてくれます。

_546 _547 散策のあと、又、元のしだれ桜に戻りました。京都、奈良方面では未だ桜は開花していないそうだ。私が関西に出かける迄待っていてくれてるようだ。(笑)

しかし、この六義園のしだれ桜一本を観る為に観光バスで見物客は殺到する。それ程、人々を惹きつけるのは何なんだろうか?

_552 遂に夕日は落ちましたね。そろそろ宴会場に出向かないといけませんね。8年間お世話になった六義園ともこれが最後になるかも知れない。

そんな気持ちで夕闇迫る、しだれ桜をあとにしました。

(蛇足)

_557 歓送会で”おかか”のママと職場の仲間から花を頂きました。職場の皆さん長く有難う御座いました。

1年後に又、”おかか”でお会いしましょう。(笑)

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Ysさんの冬合宿

Ysさんの冬合宿の写真集が掲載されています。

Ysさんの岩岳 冬合宿写真集

何と言っても岩岳スキー場から眺めた鹿島槍ガ岳が素晴らしい。雄大な八方尾根も見事だ。

joとバレリーナ4号の最後のフライト

是非皆様、雪景色を楽しんでください。

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2006年 冬合宿速報

_531 2006年 冬合宿は無事終了した。超快晴に恵まれ、スキーと雪上での飛行機大会は大成功でした。

写真は岩岳スキー場から白馬岳、鹿島槍ガ岳を望んだ写真です。あまりの快晴に飛行機を飛ばすグループもゴンドラでスキー場の上まで上がりビールを飲みました。

_532 真ん中の双耳峰の山が懐かしい、後立山連峰の盟主であります、鹿島槍ガ岳です。右は五龍ですね。

広大なスキー場は八方尾根のスキー場です。学生時代はこの八方尾根のスキー場には良く来ました。懐かしいスキー場ですね。

今回は雪上での離陸・着陸がメインテーマでしたので、各自工夫したフロートとかスキーを飛行機に履かせた製作工夫が焦点でした。今回の経験は雪といえども、色んな雪の状態が存在するという現実を認識できました。

昨年は膝までの深雪に覆われた雪でしたが、今年は二層の雪でした。午前中の早い時間は表層は氷の板で覆われ、5センチ下に堅い雪面が存在する二重構造の雪面でした。午後は表層の氷が融けデコボコの雪面で水が多く含まれた状態です。

多くのペットボトルを使用したソリは二重構造の雪面で層間にソリが食い込み離陸は出来ない状態で失敗でしたね。フロートはその点、どんな雪でも離陸可能でした。

Ysさんのソリは巾が広く、バネも仕掛けてあり全て完璧でしたね。私もお借りして離陸可能となりました。詳細については別途雪上考察をするつもりです。

_511 テッチャンのサンデーα号はフロートで離陸は成功しましたが、満足の行くフロートでの飛行は出来ませんでした。しかし、フロートを外した、飛行では完璧な飛行でしたね。未だ、FS30のエンジンの調子が出ないので、4~5回目のフライトではエンジンパワーも上がりました。

しかし、重大事件が勃発でした。この飛行機は前回の秋合宿で初飛行の前に着陸した飛行機に垂直尾翼を壊された訳ですが、怨念というか・・・・・。

_539 何と、空中でカッチンのフラミンゴ機の垂直尾翼を右主脚で蹴飛ばし、破壊してしまい、カッチンの飛行機は木の葉のように舞い降りて来ました。

サンデーα号を緊急に着陸させましたが、右主脚が少し後方に曲がっていました。ホンマ奇跡に近い偶然ですが、空中衝突したんですね。

2006年 冬合宿写真集(1)

今回はビデイオ撮影に私は力を入れましたので、写真は少ないです。後日、三浦先輩の写真を掲載しますので、お楽しみです。ビデイオは雪上での離陸・着陸・タッチアンドゴーがメインですが、別途これも後日報告となります。

_543 恒例の合宿最終日の写真です。今回は見送りのワンチャンが来ませんでした。素晴らしい天気に恵まれた素晴らしい合宿となりました事を取り合えず報告します。

pict0524e 三浦さんの写真です。全員の集合写真となりました。

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七支刀あれこれ

最近新聞報道とか橿考研での七支刀レプリカ展示とか話題である。

橿考研 展示(七支刀復元)

茨城新聞 記事

岩手日報 記事

七支刀 

古代の刀を復元されたのは、河内国平氏だそうで、昔から鋳造か鍛造かという議論が存在した。この刀というか矛は4世紀中葉に百済の王がヤマトの大王に贈与されたと言われる貴重な金象嵌が施された刀であります。

今回の復元作業にて概ね鋳造技術で製造されたという結論だと理解しました。そして、以前にも記事を書いたが、この形は太古において自然に鉄が出来た形の思い出だと思います。

昔読んだ本では、鉄の発明は川原で見つけたそうだ。砂鉄が含まれた川原に山火事で焼けた流木が流れ堆積し、そこに火砕流が流れ込み炭化した流木と砂鉄で川原が自然の溶鉱炉となり、枝がついた木のまま鉄になったそうだ。その形が七支(枝)刀の原型ではないだろうか?

4世紀の日本史は中国の歴史書には記事が無く、日本がどういう状況であったのか?謎の世紀と言われている。朝鮮半島では百済、高句麗、新羅と国同士が争いが絶えず、特に百済は高句麗の南下に悩まされていた。

この七支刀は奈良の石上神社に収蔵されているものだが、その独特の形状から謎が多いとされてきた。以前、石上神社に関しては記事を書きました。

石上神社と出雲 JoBlog記事

MuBlog 関連コメント

この頃と基本的には考えが変わっていませんが、最近は興味あるサイトを見つけました。

出雲建雄神社 記事

この記事では元々が、現在、熱田神宮に存在する天叢雲剣は石上神宮に存在した事になります。ヤマトタケルが景行大王の指示で東国遠征の折、携行した草薙の剣ですね。

そこで、再度、頭の中を整理したいので、以下のように考えていいのだろうか?

Continue reading "七支刀あれこれ"

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2006年 冬合宿迫る

今年も赤とんぼの冬合宿がまじかに迫りました。昨年は参加者が少なく4名でしたが、今年は盛況の模様です。

2005年 冬合宿準備 過去記事

2005 冬合宿始末記(1)

2005 冬合宿始末記(2)

明日からの岩岳の天気予報

昨年も同じ頃に合宿をしましたが、雪の量が多く且つ飛行機の調子も悪くて雪上からの離陸は誰も成功しませんでした。明日24日は岩岳付近は午前中は零度、積雪2メータだそうです。

今回は三浦さん、管理人、わこちゃん、Ysさん、ラジコン親爺、岩ちゃん、カッチン、joと沢山のメンバーが参加予定ですので、誰かは成功するでしょうね。(笑)

(24日 予定)

・千葉方面では6時30分岩ちゃんがラジコン親爺宅到着、荷物をラジコン親爺の車に積み替えて出発。

・横浜方面ではわこちゃん、joはJR稲田堤駅に7時30分到着。三浦さんの車で出発。

・午前10時、中央高速は双葉SAにて三島発山小屋管理人、千葉組、横浜組が集結。朝食の蕎麦を食らう予定。Ysさんと連絡予定。

・昼頃に白馬、佐の坂は道の駅でYsさんと合流し、昼飯のおにぎりを購入して飛行場に向かう。飛行場の設営作業を行いフライトを行う。

・夕方3時過ぎにはフライトを切り上げ、食料の買出しにJASCOに向かう。三浦総料理長の指示に従い素材の買出しと酒を購入。

・5時には山小屋到着、仕込に入り温泉に向かう。6時半頃には夕食の料理に取り掛かる。

・赤とんぼビデイオ映画の鑑賞会を酒を飲みながらやる。

(25日 予定)

・朝6時半起床。朝食準備に入る。午前はスキーチームとフライトチームに分かれ現場に向かう。

・朝10時過ぎにカッチンが到着予定なので、フライトチームは迎えに行く。

・夕方4時前には切り上げ、山小屋に集結する。食材の買出しと、温泉を済ませ、大宴会の準備は6時頃より始める。

(26日 予定)

・6時半起床、朝食と山小屋の掃除をい済ませ朝9時半には帰路につく。

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村の鍛冶屋さん

昨夜、DASH村では鍛冶屋さんよろしく、鍬(クワ)と鉈(ナタ)を製作していました。

DASH村 クワ・ナタ製作 鍛冶という部分をクリックしてください、クワ・ナタの製作について説明が有りますね。

先ず、軟鉄を必要としますが、カスガイとか釘とかを集めて来ます。鉄は含まれている炭素の量で呼び方が異なるそうだ。0.08%から2.0%の炭素が含まれていると鋼(はがね)と呼びそれより含有炭素量が少ないと、軟鉄とか鍛鉄と呼ばれるそうだ。

材料の軟鉄を集め、藁(ワラ)を焼いた灰と泥を接着剤として投入し溶かしてゆく。約600度で溶かしてゆく。炭を砕いて炉を作り下からフイゴで風を送り1200度程度に熱する。炎が紫色になれば温度がいい按配だという。

そして叩いてゆくのだ。そうそう、軟鉄と鋼の区別はグラインダーにかけると火花が散るが、その時に糸を引くような火花がでると軟鉄だそうだ。鋼は糸を引かずいきなり線香花火のような火花が散る。

折り曲げては叩き、鍛造してゆく。そして、最後に鋼の板を刃先に接続する。これも、藁の灰と泥の接着剤をつけて炉に入れ、叩く。

クワの柄を差し込む場所は、穴を開けるんですね、その方が丈夫であるそうだ。しかし、素晴らしい人間の知恵だと、ホトホト感心した。

戦国時代から稲作の生産力が急増したそうだが、多分、村村には鍛冶屋さんがおり農機具を製造してくれたり、修理してくれたからではないでしょうか?

(河内王朝時代から)

日本列島が国として統一されるプロセスでこの鉄による農工具は極めて重要だったでしょうね。朝鮮半島の南端に鉄を産する場所があり、そこからの輸入に頼っていた。奈良の4世紀、5世紀の古墳からは沢山の輸入した鉄の延べ棒(鉄テイ)が発掘されている。

任那という場所はまさに、その拠点ではなかっでしょうか。しかし、新羅と百済にこれらの小さな国々は併合されヤマトは拠点を失うのですね。その時代から本格的に日本で鉄の生産が開始されるのではないでしょうか?

河内王朝(応神大王、仁徳大王、雄略大王、等々)の時代には巨大古墳の建造と朝鮮半島、大陸との交流が激しくなります。大規模土木工事には人間の動員力だけでなく、土木工事に必要な鉄の機材が無ければ実現しませんね。

大和盆地とか河内平野(湿地)、葛野盆地、北河内平野、等々は渡来系の技術者が中心になり農耕地に開拓がすすんだのでしょうね。

DASH村の鍛冶を観ていて、これは古代に於いてはハイテクそのものだったと思いました。刀とか武器に鉄は重要だという認識はありましたが、むしろ、鉄による農工具の普及が生産力を強大にした原動力ではないでしょうか。

大和国原望景 過去記事

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カッチンのフラミンゴ雪上機

_485 _486 本日、カッチンの”フラミンゴ機”の雪上機が届きました。

工作はビデイオのカバーを利用した工作です。脚三脚にソリを履かせました。

ベニヤ板とビデイオテープのカバーをうまく工夫してソリが製作されていますね。流石にカッチンですね。これなら、巧く離陸可能でしょうね?

赤とんぼの皆さん、独自に色々と工夫してソリを製作されたようです。涙ぐましいですね。

私は、今回はフロートを履いたサンデーα機とソリを履いたバレリーナ4号機で冬合宿に臨みます。

_484 朝の白き富士。

真っ白ですね、朝の富士も気持ちいいです。

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サンデーα水上機完成!

_481 _482 サンデーα機の水上機が完成しました。

この飛行機は友人のテッチャンが25年程度昔に生地を完成させた儘放置され、押入れで眠っていた飛行機です。

それを、譲り受け前回の信州の合宿で初飛行したのだが、飛ばす前に駐機場で着陸した飛行機に衝突され、負傷しました。(尾翼が折れた)

今回は、エンジンを古代のエンヤ19BBから最新のOS FS30という4サイクルのエンジンに置換しました。馬力はOS25FXよりは劣るけれど、トルクはあるので水上とか、雪上からは離陸がやり易いと考えました。

フロートはテトラのバルサキットから製作をしました。フラミンゴ10機に搭載する予定でしたが、前回の千葉遠征で機体を大破してしまい、サンデーαにおはちが廻りました。

重量は1.7キロもあるので、少し重いですね。車輪を外せば軽くなりますが、何時でも陸上機として飛ばせるように、水陸両用としました。

さて、月末の岩岳ではこの水上機は雪田から離陸飛行が出来るでしょうか?請う、ご期待です。

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夕焼け富士

_480 _479 もう直ぐ春です、富士の夕焼けも素晴らしい。

朝は真っ白な富士であるが、夕方は黄金色である。

何時までもこのような姿でいてほしいですね。

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2006年3月のスケジュール

年度末でしょうか、都内の道路は混雑しています。皆さん、決算時期ですから最後の追い込みなんでしょうね?

我が家のインターネット環境も遂に、光ファイバーになります、電話も光に代えます、安くなるそうです。今月一杯で申し込むと工事費はロハだそうです。(NTT東日本)

今月末で、長年お世話になった富士通グループともお別れとなり、そうですね、37年か38年間という長い期間でしたね。楽しい思い出しか残っていません。携帯電話も変更が必要になりますね。もともと、電話は使わないので、必要無いと思いますが、ラジコン飛行機を飛ばす時に仲間と連絡が必要ですから、取り合えず、何処かと契約が必要です。

(冬合宿がまじかに迫る)

3月24日から何時もの信州は岩岳の”ちんぐるま”で冬合宿が始まります。私は”バレリーナ4号”と”オーラムスポーツ”を持参する予定です。来週火曜日にわこちゃんが自宅に飛行機を持参されるので、一緒にカッチンの飛行機も搭載して、三浦先輩の自宅に輸送する予定である。

今回は白馬村の佐野坂飛行場で雪上から離陸・着陸するのが目標です。私も一応、ペットボトルからソリを製作して、バレリーナ4号の主脚に取り付けました。請うご期待ですね、これが駄目なら、Ysさんが製作されたソリを貸して頂き成功させるつもりです。(他力本願)

_478 そういえば、テッチャンのサンデーα号が前回の合宿で初飛行失敗でした。そこで、エンヤ19BBエンジンが墜落してシャフトが壊れたので、OSFS30の4サイクルエンジンに置換して、今回の合宿で飛ばしてみます。

_262 前回の合宿で誰かの飛行機が着陸でテッチャンの飛行機の尾翼を破損しましたね?

今回は冬合宿でリベンジします。エンジンは30の4サイクルで引っ張りましょう!

(傘寿の祝い)

家内の父が傘寿の祝いですので、月末には関西に家族で大移動し、能登半島の輪島に大移動する予定です。娘の家に猫が二匹生息しているので、息子は餌やりの為に自宅待機であります。娘二人と家内と孫とで関西への移動ですね。

しかし、傘寿といえど現役で未だ20年は事務所をやると言われるので、こちらも元気を貰う感じですね。ホンマ昔の人は元気です見習う必要がありますね。

(新春花見大会in 上野)

今年も濃いメンバーで上野での花見大会が予定されている。4月3日ですね、夕方は何時もの上野動物園前のピザ屋さんの庭で開始し、二次会はけんた&アトムパパの自宅で音楽会となります。今回はどのようなセッションが用意されてるか?楽しみですし、私は飯炊き爺として活躍の予定です。

ホンマ、関西、輪島から帰ると直ぐに花見である。忙しい爺さんとなりました。

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大阪人の気質 そのルーツ

先日、大谷晃一先生の”大阪学”という面白い本を読み、現在の大阪人のルーツが5世紀の仁徳大王の時代に遡るという話に納得した。

(仁徳大王基礎知識)

崇神王朝という三輪山で栄えた王朝が突如、神功皇后とその息子である応神大王(九州で生まれる)が河内に王朝を開く。どうもここで、王朝が交代したのではないか?というのが、学会でもひろまりつつある。

応神大王の二代目が仁徳大王である。学者の中には応神は存在せず、仁徳大王からが河内王朝が始まるという人もいます。いずれにせよ、河内に王朝を開き海外とも交流を始め巨大古墳を河内に建設した大王である。

(淀川、大和川の氾濫と堤防)

当時の河内は絶えず洪水に見舞われていた。当時の大和川は今と異なり、柏原から北へ恩智川、玉串川、長瀬川、平野川という幾筋にも別れ河内平野を北上していた。現在のように新大和川が堺から大阪湾に注ぐのは近世である。

現在の枚方から森小路に及ぶ淀川左岸(茨田と呼ぶ)に堤防を築き河内への氾濫を防止する大土木工事が仁徳大王の時代に挙行された。

工事は難航し、仁徳天皇の夢枕に二人の人柱を立てれば、工事は成功するとお告げがでたそうだ。そして、東国、武蔵国出身の強頸(こわくび)が人柱に立ち、もう一人は河内の茨田(まんだ)ころもこが選抜された。

武蔵の国の強頸は素直に大王のお告げに従い、人柱となったが、ころもこは反抗した。

彼は、神のお告げは信用出来ない、もし、そのお告げが本当なら川に浮かべた瓢を神の意思で沈めて欲しいといった。もし、沈まないなら神のお告げは嘘である。

栓をした瓢(瓢箪)が沈むわけが無い、これで、彼は仁徳大王の夢のお告げを否定したのだ。合理的精神と権威者に対する恐れを知らない行動は日本書紀に記述される事となる。

難波の場所は古代より瀬戸内海航路により、先進大陸文明との交流が深く、合理的精神が培われて来た場所である。相手が最高権力者と言えども、理にかなわないと見れば従わない精神が培われてきたのではないだろうか?

現在の大阪人の心の一部は既にこの5世紀の時代から育まれて来たのかもしれない。

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日本海 島根半島と富山湾

先日二つの、海と生物に関する素晴らしい番組を観ました。一つは、富山湾の不思議と、もう一つは島根半島近くの海に漂う、漂流ダコ(ムラサキダコ)の話です。

(富山湾の不思議)

まず、富山湾の不思議についてです。この湾では深海でしか生息しないズワイガニとかホタルイカが獲れるので、有名ですね。そして、1万年前の木が海底で腐らずに存在しているという不思議があります。

番組参考web

番組では富山湾の後ろに控える日本アルプス、とりわけ立山連峰とこの海が深い関わりがあるという説明でした。私は学生時代には立山、薬師岳等々を縦走していましたので、懐かしく番組を観ていました。

標高3千メータに降り注いだ雨とか、膨大な雪解けの水は地中にしみこみ、富山湾の海底から噴出しているんですね。この水が1万年前の木を腐らせないし、深海の生物をおびき寄せるそうです。

画面では確かに海底で噴出している、水の模様が映っていました。そして、富山湾の海底は沿岸部から急勾配で千メータの海底へと谷(海底谷 ふけ)が続いているんですね。

富山湾ふけ

それに、深海でしか生息しないオオグチボヤの群生が富山湾にいるんですね。

富山湾オオグチボヤ参考

見るからに、ひょうきんな姿をしていますが、世界で唯一富山湾でコロニーを形成してるそうです。それだけ、栄養が豊富であるという事だそうです。大きな口を開いたり閉じたりして海中の栄養を吸収してるそうです。ホヤの仲間なんでしょうね?

深海生物はコロニーを形成しないのが、常識だそうです、栄養分が無いからなんですね。

この富山湾の深海から急斜面の谷を登り立山連峰から地中を通過して噴出す水を求めてホタルイカも集まってくるんですね。

(標高千メータの落葉樹林帯の水)

海底から噴出す水を分析すると、立山連峰の標高千メータの落葉樹林帯の水と同じ成分の水に生物が集まっているそうです。そうです、腐葉土を経由した水なのですね。

この話は何処かで聴きましたね?そうです、オホーツクの流氷の氷の成分とアムール川の腐葉土の話を思い出します。

オホーツクの豊かな恵み(過去記事)

番組では、何故標高千メータの腐葉土の水が重要なのか?には触れていませんでしたが、私はフルボ酸鉄ではないか?と思います。植物プランクトンに必須な物質ですね。

しかし、学生時代は立山連峰には登ってはいたが、まさか眼下の富山湾の海底千メータと重要な関係があったとは思いもよりませんでした。この自然の幅が広く深いお互い関係が緊密である世界は不思議そのものですね。

(島根半島と漂流ダコ)

もう一つの番組は島根半島沖に漂う”漂流ダコ(ムラサキダコ)”の話です。これは、珍しいタコだそうで、普通は海底で岩場に隠れて生息してる8本足のタコが一生を海面近くで漂流して暮らすそうです。名前はムラサキダコというそうです。

番組紹介記事

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潜水艦とスターリングエンジン

スターリングエンジンという言葉はご存知でしたか?私はひょんな事からこのエンジンの存在を知りました。それは、日本の潜水艦で今、このエンジンを搭載して試験中だいうのですね。

(スターリングエンジン基礎知識)

歴史は古く1861年にスコットランドの牧師ロバート・スターリングさんが発明されたエンジンだそうだ。外燃機関の一種であるが、シリンダー内の空気もしくは気体を外から加熱・冷却する事で熱エネルギーを運動エネルギーに変換するエンジンだそうだ。

動作原理 参考

どうもデイスプレーサ・ピストンがミソのようですね?まるで小学生が学校で面白くてなんとか理解しようとしてる、私が面白いです。(笑) こんなエンジンが大昔のガソリンエンジンの内燃機関が発明される前に存在したんですね。

大人の科学 参考

9800円で模型が発売されているようですね。これは、内部の気体は単なる空気の様子ですね?

手のひらで動くエンジン 参考

こんな可愛いい手の温もりで動くエンジンも有りましたよ!ともかく、温度差が有ればいんでしょうね?何か古くて新しい感覚になりましたね。

ビー玉スターリングエンジン 参考

これは、小学校の理科で実験が出来そうですね?試験管とビー玉と注射器とアルコールランプがあれば出来そうです。面白いですね。

埼玉大学のスターリングエンジン研究 参考

小学生のレベルが卒業できれば、次に大学のレベルに行きますか?(笑)色んなスターリングエンジンを研究しているんですね。(笑)・・・・私の頭では限界!

2ピストン型スターリングエンジン 参考

やっぱり、初心者に戻りましょう。何と、2ピストン型のスターリングエンジンもあるそうだ。これは、判りやすいモデルですね。片側は暖め、片側は冷やすだけで回転運動を得る事が出来ますね。しかし、こんなにうまくゆくんでしょうかね?

米国研究機関 農業ポンプ利用

米国の研究機関でも色々と具体的なスターリングエンジンの利用を具体的に考えているようですね。太陽熱を利用したスターリングエンジンを動力源とした灌漑システムのようです。

あさしお 潜水艦 実験中

スエーデンの潜水艦には最初に搭載されたそうですが、日本でも研究中のようですね。考えてみると原子力潜水艦でも蒸気タービンを廻して電気を得てるんですよね?バッテリーに充電してるのかな?

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春風荒れる横浜中華街

3月12日(日曜)、横浜は朝から春の嵐でありました。天気は良いのですが、風が強く関西人には多分理解できない、関東の風が吹いた。

京都、奈良は盆地ですから周囲の山で風は遮られ、強い風は吹かない。ところが、関東は盆地ではないので、凄まじい風が吹く。そんな日に横浜中華街に食事に出掛けた。東急東横線は朝の10時頃に風に吹き飛ばされたビニールが架線にかかり、ダイヤが乱れている。

_242 大倉山駅近くの民家の庭の木の上に妙なもんがありました。缶を数個束ねて有ります。折りしも風が強く、缶同士が衝突して音響が周囲に響いていました。

この木は何なのか判らんですが、きっと、カラス脅し?みたいなもんでしょうか?

_243 _244 東急東横線は現在、中華街迄線路が延びましたので、便利になりました。横浜駅から馬車道、日本大通り、中華街となり、終点です。

アメリカのチャイナ・タウンもそうですが、中華街には必ず門がありますね。中華街に出入りする門にはそれぞれ、名前があります。古い中国の伝統ですね。

_247 _249 飲茶では有名な、”菜香(さいこう)”というお店に入りました。同行の娘二人のお気に入りのお店だそうです。

MISAYOが珍しいものを注文しました、西洋釜飯みたいなもんで、ご飯の上にひき肉みたいなもんが載り、塩漬のニシンが載っていました。右側の写真がそうですね。美味しいものでした。

_250 _253 門を二つ紹介です。菜香のお店は左側の写真の門のそばにありました。

人通りは多く、ギュウギュウ詰めの路地でした。休日は混むんですね。

今日は、一日、強い風に吹かれ外には出ない方が得策でしたね。

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懐かしい写真

IMG (ハム時代の写真)

1981年の正月に神奈川10メータネットワークのメンバーが集合したときの写真ですね。確か、大倉山の駅の近くでアイボール・ミーテイングした時の写真です。

村山さん(JM1OIA),松本さん(JA1AYC),井上さん(JL1CHV),黒川さん、岡本さん、等々が集まりました。28.690MHzの周波数に神奈川在住の方々が集まり、交信していました。皆さんは今、どうされているんでしょうか?

IMG_0001 (Tomとの思い出)

Townsのコンテンツを担当していた頃の写真で、場所はアメリカです。男前の青年がTom君ですね、アメリカのソフトハウスの人々へのエバンジェリズムと米国でのソフト開発では大車輪の活躍をしてくれました。

IMG_0005 IMG_0004 当時は全米をサンフランシスコの拠点を中心に、カバーしていました。多くの有名なゲームソフト開発者さんとか、社長さんとかTownsの思いに賛同してくれる人々を捜し求めました。

写真には、セガの爆発的なヒット作、ソニック・ザ・ヘッジホッグを開発した仲間がおられるようですね。奥さんは富士通の人でした。ともかく、マークキャンターだけは、別格のオモロイ人材でしたね。会うたびに、宴会でした。

IMG_0007 IMG_0008

(ハワイのハレクラニホテル)

このホテルはワイキキに近い快適なホテルでしたね。専用のビーチもあり、夕焼けもとても綺麗な場所でした。

海岸の庭には大きいなプールもあり、是非、一度ステイされてはいかがでしょうか?

IMG_0009 懐かしい、ニューヨークですね。今はもう存在しないツインタワーがありますね。惨劇前の写真となりましたね。

東海岸は西海岸とは異なる、良さがある街でした。

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飛鳥浄御原宮 建物跡発掘

奈良新聞ニュース

読売新聞ニュース

昨年三月 飛鳥浄御原宮 正殿跡発掘

朝、新聞を開くと天武天皇の飛鳥浄御原宮の建物跡の発掘のニュースが飛び込んで来ました。橿原考古学研究所の発表ですから、間違いはないと思います。

昨年、正殿跡が発表されていましたので、引き続き発掘が進んでいたんでしょうね。不思議と日本の歴史では宮跡がよくわからないのですね。古墳は墳墓ですから、判りやすいですが、宮跡は掘建て柱なのと、使用後は建材を再利用するので、抜かれてしまい跡がわからなくなるんですね。

どうも、この宮跡の下層部からは、飛鳥岡本宮が発掘されたようですね。同じ場所に建設したんでしょうか。

(朝廷とは)

日本が本格的に中国の律令制度を導入する迄は、どのような政治形態だったのでしょうか?大臣(おおおみ)、大連(おおむらじ)という有力豪族が大王の住まわれている宮の庭に集まり、議論して大事な事を決め、大王に伺いをたてていたのではないでしょうか?

この事から、朝廷という言葉が出来たと何処かの本で読みました。朝に集まるので、寝坊の人は昔も今も出世できない仕組みでしょうね。(笑)

(律令制度)

日本が近代的な政治形態をとり始めたのは、聖徳太子さんが決めた”十七条憲法”でしょうね。隋王朝が中国を統一し、国のかたちを法律により定めてゆく、所謂、律令ですね。聖徳太子さまは馬子とともに、中国に対抗する為に仏教と律令の必要を感じたんでしょう。

天武天皇は更に、飛鳥浄御原令を発令し、近代化を進めました。中央集権国家の行政法を定めたようです。律については、大宝律令まで待たねばなりませんが、其れまでは唐の律を流用したのかも知れません。律は刑法に相当するんでしょうか?

(天皇と日本)

天武天皇は天皇という称号と其れまで、倭と呼ばれていた我が祖国を日本と呼ぶように決めた人と歴史家はいいますね。中国が認めなければいけません。勝手に自分で国の名前は決める事ができなかった時代です。

ですから、几帳面な歴史学者さんは、天武天皇以前の大王は天皇と呼びません。大王と呼んでおられますね。

これからの、考古学では本当に政治が行われた、宮の発掘に重点が移るのではないでしょうか?古墳はあくまで死後の世界ですからね。早く、飛鳥にでかけて発掘現場を見たいものです。

(追加記事)

本日夕、NHKのテレビでは明日香村の石舞台古墳(馬子の墓か?)のそばで、建物の柱穴を発掘し、記紀の記述と合致すると発表した。

聖徳太子、推古天皇とともに絶大な権力を持った蘇我馬子の墓の造営記事に建物を建てて工事をした記述があり、これで、石舞台古墳が蘇我馬子の墓である証拠を掴んだという発掘になるかもしれない。

明日の朝刊には詳細が記事としてでるでしょうね。今、明日香、飛鳥は忙しい!

朝日新聞社ニュース

SANKEIニュース

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雪上機のソリ試作

_240 _239 バレリーナのソリを試作しました。

四角い、ペットボトルを縦に輪切りにして、ベニヤを載せ、金具で主脚に取り付けました。

一応、ソリの役目はする様子ですね。これだと、軽いです。さて、着陸時の衝撃に対応できるか判りません。なるだけ、衝撃が無いように操縦を頑張るしかないですね。

Ysさんの、ソリもありますし、試してみたいと思います。

_225 _124 さて、フラミンゴが大破したので、代替機はどうするか?ですね。オーラムスポーツの32SX機かチップマンク70機になりますね。

離陸さえすれば、着陸は雪の中ですから、何とでもなります。(笑)

残り、二週間ですね、頑張ります。(笑)

追加 Ysさんのホームページから

電動機ソリ仕様

尾輪をソリ仕様へ

ソリ各種個別仕様

スーパータイガー雪上仕様

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都の造営について

先日のテレビ番組で、面白いクイズ番組がありました。場所は確か中国だったと思うのですが、一人で一時間で町を清掃してしまう人?何故出来るか? そんな質問でしたね。

答えは簡単、町が斜面に造営されていて斜面の一番上に導水路の水門があり、その水門を開き、一斉に道路に水を流し、路上のゴミを流してしまう。なるほど!関心して眺めていました。

そこで、思い出したのが我が祖国、平安京です。子供の頃に道に迷うと、立小便をすれば流れる方向が南だと誰かに教えられた。これは、実は奥が深い話なのか?今更思うのでありますね。

(古都時代は水洗便所)

平安京 朱雀大路構造

藤原京 トイレ遺構

古代では、川屋というように水洗でした。勿論、貴族のお家では、おまるが使用され下女が下水(川屋)で流したんでしょうね。貴族の男性は縁側で下男が竹筒を差し出しそこに用を足したと何処かで聴きました。(笑)

何れにせよ、都全体がスロープになっていないと、下水は流れない訳ですよね。上水は井戸ですから水脈が有ればよい。

都の条件は風水、四禽図に合うのが条件ですが、東は青竜ですから川が流れていないといけない。都の下水を最終的には川に流したんでしょうね。

やはり、都造りで一番重要なのは、井戸から水が出る事と下水が流れる斜面という事と最終排水の川が存在する事ですね。

平安京は鴨川であり、長岡京は桂川であり、飛鳥京は飛鳥川ですね。平城京はどうなんでしょうか?網の目のように下水溝が整備されていたそうですね。それと確か奈良坂と呼ぶように斜面に都は築かれていますね?

下水の歴史

(都市は坂に出来る)

日本の都市を考えると、一部の例外を除き概ね海岸沿いか大河川の近くで成立している。これは、世界共通の現象であるそうです。パリはセーヌ川、ニューヨークは海とハドソン川、サンフランシスコは港、ロンドンはテムズ川、上海・香港は港。

海運の便と伏流水があること、そして、下水溝が流れる斜面というのが都の条件のようですね。

実は、京都のMu先生が長岡京について記事を書かれており、ついつい都の造営についてわき道にそれました。

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横浜大桟橋界隈

先日、用事があり横浜港の大桟橋界隈を逍遥した。30年以上も横浜界隈に住んでいるのだが、意外と初めての場所が多いものですね。

CIMG0231 CIMG0233 大桟橋の近くの道を歩いていると、明治の頃の横浜港、大桟橋の写真なのか、絵なのか判らないけど、パノラマで掲載されていました。

大きな煙突を持つ船が沢山港には繋留されている様子が判りますね。きっと昔の横浜港は外人で満ちた、お洒落な港町だったんでしょうね。

CIMG0226 CIMG0230

現在の大桟橋の周りの情景です。近代的なスイカの輪切りのようなホテルとか、ランドマークタワーとか、神戸にあるのと同じような、ポートタワーとかが有ります。

私は大学時代は神戸で過ごし、社会人になってからは、何の因果か横浜で過ごすようになりました。

話は飛びますが、横浜に住んでる人は神奈川県人であるという意識が殆ど無いと聴いています。私も神奈川県と聞いても何処の県かいな・・・?そんな感覚ですね。東京、横浜というライバル意識ではないでしょうかね?

CIMG0225 CIMG0219 横浜開港資料館というのが、大桟橋の近くに有ります。

参考web

日米和親条約が締結された場所がここなんですね。知りませんでした。そして、左の写真の右下に古い大砲がありますね。これは、幕末の頃に使われた大砲を碇に改造して使用していたものだそうです。

マイフォト 横浜大桟橋界隈

写真は上記マイフォトに掲載しておきました。参照下さい。

旧、横浜正金銀行本店(現、神奈川県立歴史博物館)

横浜と飛行艇

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千葉飛行会 2006/3/5

_230 快晴ではあるが、前日の雨で飛行場の近くのあぜ道はぬかるみ、車がぬかるみに入り、千葉のラジコン親父の4WDの車で引っ張ってもらい、やっと脱出出来たのです。

朝の8時前から大変な作業で、カッチンは衣服が泥だらけ、私は尻餅をついてドロドロ、えらいめに会いました。

_236 わこちゃんの自作、”サカナ”飛行機です。05エンジンを搭載した、エレボンだけで飛ばす飛行機だそうです。

アイデアは何時も素晴らしいですね。可愛いい飛行機に出来上がっています。なんとか、エンジンも始動できました。小さなエンジンは始動が難しいんです。

_234 _233 一生懸命にエンジンを始動するわこちゃんです。手でプロペラを廻していますね。かわいい、小さなエンジンです。

魚の形の飛行機を作るという発想は面白いと思いますね。

飛べばの、話ですがね。(笑)

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しかし、翼端の一部にフイルムの張り忘れが有りました。どうも、翼のバランスの調整で翼端に錘を埋め込んだときに、あとで張り忘れた様子です。

これは、珍しい、早速テープを応急処置で張る。(笑)

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結果はやはり、飛びませんでした。

主翼のエルロンをエレベータにすれば、エアーブレーキになりますよね!(笑)全翼機を最近作りすぎて、勘違いをした模様です。

_235 私のフラミンゴは一度は完璧に飛行をしたのですが、二度目の離陸で操縦ミスにて墜落大破してしまいました。(涙)

せっかく、冬合宿に持って行こうとしたのに、どうしょうか?おまけに、フロートもあるんですがね。主翼は無傷ですが、胴体を大きく破損しました。修理は困難でしょうね。

”バレリーナ4号”は完璧でしたね、素晴らしい飛行でした。初飛行は大成功でしたね。カッチン、ラジコン親父ともに元気に飛行機を飛ばしていました。岩ちゃんは、沖縄10島めぐりの旅だそうで、今日は欠席でした。

そうそう、ヒバリが上空で鳴いていました、もうそんな季節なんでしょうか?

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聖武天皇と大地震

先日の朝日新聞に興味ある記事が掲載された。

朝日新聞ニュース(聖武天皇と地震)

実はこの記事は、横浜県立歴史博物館をブラブラしていたときに掲示板で見つけた。734年(天平6年)に生駒断層帯が動き阪神・淡路大震災級の大地震、マグニチュード7.0~7.5クラスの地震が発生し、大災害をもたらしたそうだ。

古来、天変地異の責任は天皇に帰属するという考えでしたから、責任を痛感されたんでしょうね。仏教への帰依と大仏建立の考えはこの時に強く感じられたのではないか?というのが、今回の岡山大学の考古学者と地震学者の発表のようです。

話は、飛びますが、先日テレビで平城京廃都の理由は大仏建立時の公害にあるという放送がされました。昔から私も存じていた大仏建立時の青銅の精錬時の廃液と大仏さんの金メッキの時に使用した水銀50トンに及ぶ蒸発(アマルガムを熱で蒸発させ金を蒸着させる)による都の汚染です。

5トンの金を蒸着させるには50トンの水銀が必要だったんですね。大仏表面にアマルガムを塗り、内側から炭火で熱して水銀を蒸発させたんですね。

奈良時代は国際関係も渤海、新羅、唐との緊迫した関係と同時に天災に多く襲われ、内紛が多発し、実は大変な時代であった事がわかります。今、静かな古都として安心して佇むことが出来るのが本当にご苦労さんと、いいたいですね。

出雲心の旅 その弐

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雪上機談義 工夫編

今月末に予定されている、信州は岩岳での冬合宿に備え、雪上機の工夫が赤とんぼで模索されている。

(水上機をそのまま利用する)

柔らかい雪であれば、水上と変わらない環境であろうという考えより、フロートを使い雪上を飛ばす考え方がある。

_190 _188 私のフラミンゴはその考え方である。このまま、水上でも飛行可能な筈である。

わこちゃんもフロートを二個用意して、この方式で二機飛ばす考えだそうだ。Elebeeという機体とカルマート25スポーツ機用にフロートを用意したそうだ。

Ysさんんもフロート方式で1機は用意されていると聴いている。

(ソリを主脚にする)

雪上を考えると、柔らかい雪だけではなく、堅く氷った雪もあり氷の上を離着陸できねばならないかも知れない。そうすると、ソリの方が安全であろう。

Ysさんが各種自作されている。

060225b

見事なものですね。機体の重量に応じてソリは設計されるべきでしょうね。着陸時の両足にかかる重量でソリの面積は決まるのではないでしょうか?

Ysさんのアイデアは金属とシナベニヤと発泡スチロールの三種の素材をうまく混合して設計されている点が工夫の表れですね。

山小屋管理人さんからの、メールを読むと、ペットボトルを利用するアイデアだそうだ。

_228 多分、四角いペットボトルを縦に半分に切断する。キャップの部分は切り落とし、出来た二枚を繋ぎ合わせ先端がそり上がるソリとする。

その上にシナベニヤを貼り付け、金属の金具を取りつけるアイデイアだ。

雪面に接する部分をペットボトルの素材で滑り易くするのがアイデイアですね。勿論、Ysさんの雪面素材でも表面にはエナメル塗装を行い、滑りは良く工夫されている。

エンジン機はグロー燃料をしようするので、排気ガスとか燃料で普通の素材は溶かしてしまう難しさがあります。

さて、合宿では誰の飛行機がちゃんと雪上で離着陸が出来るでしょうね?

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ブルゴーニュ便り

MISAYOがブルゴーニュ便りをアップしたと連絡が来た。

MISAYOブルゴーニュ便り

冬のフランス東部の田舎の暮らし報告です。

読んでいると、便利な生活だけが幸せではないように思えますね。しかし、不便な生活を送るのも大変である事も事実ですね。

皆さんはどう、思われますか?

フランス東部、ブルゴーニュの田舎にご興味の方は、MISAYOに連絡して下さい。そうそう、もう直ぐに日本に一時帰国してきます。

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